2006年 07月 30日 ( 1 )

ネオ・ヴェネツィア建設プロジェクト

 正直忙しかったり諸般の事情で、ここんとこブログに書くことがないのですが、なんとなれば Europa Universalis 2 (略してEU2)というゲームをつい久しぶりにやってしまったからです。
 どういうゲームかはリンク先を参照、といってしまえばいいのですが、簡単に言えば1419年から1819年まで400年の世界史をシミュレートしたスウェーデン製のゲーム(英語)です。グラフィックは比較的簡素ですが、宗教対立や海外植民地建設など、当時の世界の特徴をよく捉えたシステムと、豊富な歴史イベントに彩られた、よくできたゲームです(日本語版もありますがやや問題あり)。
 で、小生も数年前から英語版・日本語版を楽しんでいました。ここ一年余り論文などがあって遠ざかっておりましたが、最近EU2のWiki(上掲リンク先)を久しぶりに見たところリニューアルされており、ついやる気を起こしてしまいました。で、折角なので英語版に最新パッチを当て、さらに世界中のマニアが改造した改良ヴァージョン(改造しやすいのがこのゲームの特徴)のAGCEEPというのを入れてみました。

 そして、今までやったことがなかったヴェネツィアをやっています。下の図がゲーム開始時(1419年)のヨーロッパ(画像はクリックすると拡大します。以下同じ)。
f0030574_2202140.jpg
 神聖ローマ帝国やイタリアは元より、フランスもバラバラ。ヴェネツィアの領土は本拠地ヴェネトはじめアドリア海沿岸の他、エーゲ海の島々やクレタ島など。島は防御しやすいので有利です。
 ヴェネツィアは貿易の中心地があって経済的に有利な上、海軍が強力なのですが、その分陸軍が割りを食っています。しかし、やがてスペインやポルトガルが海外進出すると、経済の中心は大西洋に移ってしまい、ヴェネチアはかつての栄華を誇るわけには行かなくなります。そこで今回のプレイの目標は、「新大陸にネオ・ヴェネツィアを建設する」ことに置きました。
 ところで、スペインはじめ大航海時代に名を馳せた国々は、コロンブスやマゼランなど、未知の世界を探検して発見することのできる探検家が歴史イベントで登場します。ところがヴェネツィアには探検家がいません。これでは新大陸を発見し植民することが困難です。しかし、海軍の技術が高く、貿易が活発であるなどのいくつかの条件を満たせば、ランダムで探検家が登場します。その可能性に賭けて、ひたすら海軍重視の国策を貫徹して、ランダム探険家の登場する16世紀中盤に備えることにしましょう。その分、オスマン帝国との陸戦は困難が予測されますが・・・。

 そういった戦略で15世紀を戦います。難敵オスマンとの戦いは、有力な海軍でダーダネルスとボスポラスの両海峡を封鎖してオスマンをアジアとヨーロッパに分断し、その隙にコンスタンティノープル(ゲーム開始当初はビザンツ帝国ですが、たいがいすぐオスマンが滅ぼして、イベントで遷都します)を占領するという作戦で勝利、領土を奪います。イタリア本土でも弱小国を滅ぼして版図を広げ(やりすぎると国際的評判が悪化して袋叩きにされることも)、またボヘミア王国と同盟してハンガリー・ポーランド・リトアニアの東欧同盟と戦って領土を拡張します。
 かくて1世紀余りを戦い抜き、領土はこんな風になりました。
f0030574_23105784.jpg
 イタリアからバルカンにかけての、青緑と言うか、青味がかった緑色の土地がヴェネツィア領です。
 ちなみに今回、フランスは百年戦争を片付けるのに失敗したのか、この時点でパリのみ領土の弱小国となって、ブルゴーニュ公国(図中暗赤。イングランド=明るい赤と紛らわしい)や何故かロレーヌ公国(フランス中部のオレンジ)がのさばっています。ドイツでもオーストリアが滅亡し、ボヘミア(中央部の茶色)に吸収されています。ブルボンもハプスブルクもない、複雑怪奇な欧州情勢です。

 この直後、立て続けにヴェネツィアに探検家が3人も登場。お蔭で狙い通り北米に到達することができ、カリブ海にも進出します。メキシコ以南は大部分スペインとポルトガルが押さえていましたが、北米は英仏が僅かに拠点を持っていた程度で、早速植民地建設に勤しみます。
 かくて三十年ばかり植民地経営をした結果の北米がこんな感じ。
f0030574_2324030.jpg
 同じく青緑がヴェネツィア、赤がイングランド、紺色がフランスです。真ん中あたりの仏領は、ちょうど現在のニューヨーク附近(カーソルがあるのがボストンあたり)、なんとか奪いたいところですが・・・

 その後の詳細は省略しますが、フランスはその後ブルゴーニュ公国に併合されて滅亡(史実の逆!)し、そのブルゴーニュがイングランドと戦争した結果、フランスから引き継いだ植民地を焼き払われ、空白地になった隙に我がヴェネツィアが植民者を送り込んで横取りに成功。かくしてマンハッタンにヴェネツィアの旗が翻りました。
 さて、現在「ニューヨーク」と呼ばれている都市は、そもそもはオランダが建設したもので、「ニューアムステルダム」という名前でした。イギリスがそれを奪って改名したのです。さて、ヴェネツィアが建設したらどんな名前になったのでしょうか?
f0030574_23391725.jpg
 左側の枠内がマンハッタンの都市名ですが、まさに「ヌオヴァ・ヴェネツィア」になっております(笑) いや、よくできたゲームですね。
 ちなみにこの調子で、「新」のついた都市名リストの一部(半分くらい)を以下に挙げておきます。
f0030574_23492687.jpg
 ニューヨーク⇒新ヴェネツィア以外にも、ニューオーリンズ⇒新トリエステだとか、ダラス(フォートワース?)⇒新ナポリだとか、南アフリカに新ローマができたりだとか、なかなか愉快なことになっています。それにしてもよくできたゲームであることよ。
 なお、植民地ばっかり作ってヨーロッパ本土は結構放っておきましたが、それでも18世紀後半にはこのようになっております。
f0030574_043681.jpg
 ヴォルガ川からローヌ川まで、地中海からバルト海まで制覇しました。真ん中のボヘミア(茶)は同盟国です。
 新大陸の全体はこんな感じ。ネオ・ヴェネツィアはここまで大きくなりました。
f0030574_0185365.jpg
 北米はだいぶ支配下に置きました。ノヴァ・フィレンツェもあります(笑)。実際のピッツバーグあたりかな?

 さて、明日から小生は世界史の夏期講習をするのですが、予定では扱う範囲はちょうどこのEU2が扱う範囲と同じ位になりそうです。このゲームを、ヨーロッパのどこか列強で一通りクリアすれば、歴史に対する「土地勘」というか、大まかな方向感覚のようなものは養われるのではないかと思いますし、少なくとも地理は覚えるので、それだけでも教育効果はあるのではないかとかなり真面目に思います。それだけこのゲームはこだわって作られているのですが、翻って考えるに、日本の国産のシミュレーションものにこのような力作があまり見られないのは残念なことです。日本のゲームは往々にして「輸出コンテンツ」と言われているようですが、シミュレーションの愛好者からすれば、日本は後進国のような気すらします。
 まあ、教育的効果のあるゲーム、というか、そもそも歴史に素養もしくは関心のある人向きのゲームであり、女の子が脱いだりするゲームとは別の意味で「大人向け」「アダルト」なゲームというべきなのでしょう。そして、こういう意味での「アダルトゲーム」は、日本ではあまり盛んではないように思います。ゲームとしては長く遊べる(特にEU2を作った会社は気長にパッチを出してくれるし、ユーザーも改造してネットでデータを配ったりする)ので、コストパフォーマンスの点でも非常に優れていると思うのですが・・・ま、時間がかかりすぎるのも問題だし、なによりメーカーとしては儲かりにくいということなのかな・・・?

 一方、ゲームと教育、なんていうとすぐさま「子供に害のあるゲームを~云々」みたいな、人口に膾炙した例では「ゲーム脳」みたいな、多く「トンデモ」な言説が世間に跋扈しています。小生はその方面の議論にさほど詳しくないですが、多くの場合標的になっているのはいわゆるコンシューマーのゲームで、パソコンのゲームでも話題になるとすれば廃人を生みやすいとされるオンラインゲームだとか、『ポスタル』みたいな「暴力的」とされるゲームとか、さてこそ女の子が脱いだり(メイド服や制服やスクール水着の場合脱がないこともあるのかもしれませんが)するゲームとかで、EU2みたいなゲームが話題になることはあまりないようです。
 実はある意味このゲームは「酷い」ゲームで、「ネオ・ヴェネツィア」の元ネタである漫画のようにのどかなものではありません。原住民を植民の邪魔だとジェノサイドしたり、国教と異なる信仰の信者に改宗を強いたり、やってることは結構無茶苦茶なのですが、プレイヤーが「大人」なのであまり騒がれることがないのでしょう。「大人向け」のゲームを「大人」がやってる分には問題ない、というのなら幸いなのですが、最大の理由は、上に書いたように、日本ではこの手のゲームの占める地位が低い、ということにあるのでしょう。

 とまれ、ヨタはこの辺にして、明日の授業のプリントを作らねば。
 EU2の方は、今後ロサンゼルス(不動産屋がハウステンボスみたいな調子で「ネオ・ヴェネツィア」を作った)を目標に植民地を拡大して行きたいと思います、ってそんなヒマがあったら夏の本を・・・

追記:そのロサンゼルスのネオ・ヴェネツィアこと Venice に行ってきました。こちら参照。
[PR]

by bokukoui | 2006-07-30 23:56 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(7)