2006年 08月 22日 ( 1 )

私はなぜ巨大ロボットを蔑視し電車を愛するようになったか

 昨日の話(といっても実際のところ大部分は今日書いていたのですが)の続きは、教育の実践、つまり急遽入ったバイトの地理の授業の準備で忙しいので小休止。明日にでも。

 今日はその急遽入った地理の授業のために塾に行っていたわけですが、そこで授業時間の間の休憩時間に某講師と生徒がなにやら会話をしていました。講師曰く、
「ガンダムは大人が鑑賞するだけのことのある素晴らしいアニメだ、世界観が濃く、背景設定が深い」とか何とか生徒に向かって教示しています。生徒もそれなりに感心して聞いているようです。その講師は、見た目は頗る現代的な「イケメン」青年なので、小生はほほうとそれなりに面白く思いつつも、また同時に『嫌オタク流』「人生に必要なことを全部『ガンダム』で学ぶバカ」という一節を思い出してみたり。
更科 前に会社勤めをしていた時に、呑みの席で、いい歳をした同僚が新人をつかまえて説教を始めたんですよ。「おまえは一年戦争を知っているのか!」って。で、何を言ってるんだと思ったら『ガンダム』の話なんですよ。「おまえは『ガンダム』の一年戦争を知らないだろう、おまえはどうせ『スーパーロボット大戦』でしかガンダムを知らないだろう」みたいな説教を一時間ぐらいネチネチと。
高橋 そんなこと、どうだっていいじゃん!
中原 一時間もよくネタが続くなあ。
更科 『ガンダム』だったら何時間でも話せるんです。高度経済成長期の日本の会社で、上司が太平洋戦争の思い出話で若手社員をやりこめていたのと一緒ですよ。『ガンダム』がオタクにとっての太平洋戦争みたいなことになっているんです。
                          (同書pp.170-171)
更科 オタクに軍オタが多いのは、『ガンダム』のせいですよ。オタクには『ガンダム』が刷り込まれている。『ガンダム』は第二次世界大戦の対立構造、連合軍対ナチスを下敷きにした作品だからやっぱり一番ウケが良くて、その後、ベトナム戦争をモチーフにした『ボトムズ』という作品もあるんだけど、それだとマニア人気止まりなんですね。(中略)
高橋 でも、それならベトナム戦争とか第二次世界大戦のドキュメンタリーを観た方が絶対面白いんじゃないんですか。
更科 面白いですよ。戦争映画の方がずっと面白い。
                              (同書p.173)
 全く個人的な話で恐縮ですが、小生幼稚園年少の砌、入院して手術を受けたことがありました。その頃から『鉄道』図鑑を愛読していた小生に対し、入院・手術という大事への励ましというのか、父が玩具を買ってくれました。それが「トレインロボ」というタカラの合体変形ロボットもので(こちら参照)、当時それなりに流行っていたようです。
 ところで入院当時の小生の病室は大部屋で、その科の特質上入院患者には老人が多かったのですが、小生の隣もそうでした。そのご老人が、小生にNゲージの貨車を2輌くれたのです。病室で小生はそれを使って遊んでいたものでした。KATO(関水金属)のスニ40とコキ5500であったかと思います。
 さて退院後、貨車だけでは遊べないと小生は親に線路と機関車をねだりました。ここで親が「鉄道模型かファミコンか、どっちかだけ買うよ」と言ったそうで、その時に鉄道模型を選択したのが我が人生の重要な分岐点だったような気もします(笑)。何せ今に至るまで、ゲームボーイ一台といえども、コンシューマーのゲーム機を何一つ所有したことがないので。
 で、買ってもらった模型の機関車がEF65PF、つまりトレインロボのそれと同じのでしたので、当時幼稚園年少の小生は両者をとくと見比べ(トレインロボも縮尺はNゲージに合わせている)、子供向けの手に持って遊ぶことが前提のトレインロボと、鉄道模型とでは製品の精度が著しく異なっている、ということを認識しました。当たり前ですが。
 ある程度大人なら、玩具の性格の違いを踏まえて、精度が違うからどうこうというのではない、それぞれにそれぞれの楽しさがある、と思えるのですが、幼稚園児にそんな理屈は通用しません。それまでにどうもロボットアニメ系の素養よりも小学館の学習図鑑的素養の方がはるかに多かったと思しき幼稚園児の小生は、ここで一つのテーゼを打ち立ててしまったのです。

 鉄道模型=リアル、現実に忠実=高度
 トレインロボ=玩具的、架空=低レベル
 ∴(鉄道模型のような)現実>(トレインロボのような)架空


 この偏見は、中高以降の多くの友人との出会いや知見の積み重ねで大いに修正はされてきているのですが、しかし幼稚園児の信念だけに「三つ子の魂百まで」なので、どこか今でも小生の心の中にそれが巣食っているようなところがあることは、否定できないと言わざるを得ません。
 技術的背景を欠いた「巨大ロボット」に魅力を感じたことが小生は一度もないのです。もっといえば、どうも巨大ロボットを鑑賞する能力自体が欠如しているようです。見分けつかないんだもん。

 ところでここで斎藤環氏(氏を「タマ兄」と呼ぶことを提唱したいのですが賛同者が集まらず残念)の『戦闘美少女の精神分析』をひもとくに、氏の「おたく」の定義の第一項に「虚構コンテクストに親和性が高い人(p.30)」とか書いてあります。
 小生はしたがって、根本的にオタクではありえないということになります。まあ、自明のことですね・・・石を投げないでください。

※コメント返信は次回以降の記事をご参照ください。
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by bokukoui | 2006-08-22 23:58 | 出来事 | Trackback | Comments(6)