2006年 08月 26日 ( 1 )

坂東眞砂子氏に提案する猫の「合理的」にして「倫理的」処置法

 今日は当ブログにしては珍しく、世間で最近話題になっている事柄に関連しつつ一筆ものしてみようと思います。表題でお分かりと思いますが、最近話題になっている作家・ 坂東真砂子氏が日経新聞のエッセイで、飼い猫が生んだ子猫を殺していることを書いたことに端を発した話題です。
 ガンダムに端を発した一連の話題は、皆様のありがたいご指摘を多々戴きましたので、もう少し考えて続きを書かせていただきます。

 本件に関しては皆様ご存知とは思いますが、幾つかのニュースサイトにリンクを張っておきましょう。

作家の坂東真砂子氏「猫殺し」に批判殺到
作家の坂東眞砂子が18日の日経新聞で日常的に子猫を殺していると語る

 拙宅では父親の選択で日経新聞を読んでいるので、小生はこのエッセイは既に読んでおりました。非常に厭味なことを書くようですが、小生が最初に読んだ時の感想は「あ、こんなこと書いたらきっとネットとかで叩かれるだろうな」と思ったのでして、その予想は当たった――いや、想像した以上に祭り状態になっているので、そういう意味では外れたのかもしれませんが――のではあります。坂東氏の行為自体に関しては、そのようなご判断をご自身下されたのでしたらそれは尊重申し上げたいのですが、ただそういったことをメディアで発表されるのは如何なものかとは思います。このメディアリテラシーに関しては重大な問題があるでしょう。
 小生自身、生き物を飼った経験は碌になく、今後もそんなことをしたいとは絶対に思いません。それに伴う責任を負い切れる自信が全くないからです。その点で、自分なりに責任を負う覚悟を示された坂東氏を「尊重申し上げたい」のです。
 で、ネットでも賛否両論・・・というかやはり否定の方がずっと多いようで、中には坂東氏の著作の不買運動を始めたサイトやら、氏の作品を店頭から撤去したと公言する書店員のブログまで出てくる状況です。小生は、作家の作品についてこのような事情でこういった行動をすることが妥当かどうか疑問に思わなくもないのですが、その是非は今は置いておくとします。で、この話題を巡る議論の問題点としては、猫が子を産みまくるという問題に対する解決の処方箋が「不妊手術」という方向で愛猫家業界ではおおむね固まっていらしいので(こちらのブログのコメント欄「あいうえお」氏参照)、それ以外の対応策があまり考えられず(「飼う」では解決にならない)、結局後は倫理的問題を巡る意見のぶつけ合いになって、水掛け論的様相を呈するに至り、うやむやになっていってしまうということではないかと思います。坂東氏は子猫殺しも不妊手術も罪としつつ子猫殺しを選んだ、という立場のようですが、一般的には前者は罪でも後者は違う、という認識の違いがあるので、結局議論に決着はつかないでしょう。
 そこでふと思ったのですが、何か代替的な方法を一つでも提示できれば、もうちょっと実際的な話が出来るかもしれません。

 さてここで、話はがらりと変わります。
 数日前のブログで、石毛直道氏の本を買ったということを書きましたが、小生は石毛氏の書物が好きで、古書店巡りの際に目に付くとよく買っています。石毛氏は、説明するまでもありませんが、著名な民族学者で、特に食文化について多くの著作をものされています。
 衣食住、といいますけど、小生は着る物は nerd 、住んでいる部屋は魔窟、という人間ですが、食う方には人並み程度の関心はあります。そして食べ物に関する本も好きで、古書店で見つけて値段が手ごろならば、石毛氏に限らず結構買っています。
 小生が食物について書いた本に関心を抱くようになったきっかけは、ひとえに種村季弘『食物漫遊記』(小生が持っているのは単行本版)を読んだのがきっかけで(種村季弘の本もこれが初めてだったかも)、これを読んで以降神保町に行くと必ず「いもや」の天どん(小生はこの写真の白山通りの店ではなく、三省堂そば人生劇場裏の店を推奨しますが、その理由をここに述べる紙幅のないのが残念です)を食するようになったというほどの影響を受けましたが(笑)、こうして読んだ食物関連の書物で面白かったといえば『食物漫遊記』の他内田百閒『御馳走帖』、そして石毛氏の書物を挙げたいと思います(その理由をここに述べる紙幅のないのが残念です)。

※追記:人生劇場裏「いもや」のその後については以下の記事をご参照下さい。
 →「神保町の変化 「いもや」グループ再編・中山書店閉店セール」
 →「神保町の「神田天丼家」(旧「天丼いもや」)移転 および天丼の雑談」

 で、数日前に小生は石毛氏の『鉄の胃袋中国漫遊』(平凡社ライブラリー)という本を買って、電車の行き帰りで読んでしまいました。今から20年以上前、文革が終わって四人組が打倒され、改革・開放路線に舵を切り始めた頃の中国を食べ歩いた記録です。頗る面白いので、中華料理の好きな人にとっては一読の価値があるでしょう。
 単行本は1984年に出版されましたが、平凡社ライブラリー版は1996年に再版されたものです。再版に当たって石毛氏は、
 その後の中国の変化はすさまじい。そこで、本書の記述には、現状にそぐわない点もある。わずか十年のうちに、中国の食生活の変動期における一断面をスケッチした、歴史的な記録として、読んでもらわなければならないことになったのである。
 ただし、変化したのは食生活をとりまく制度的側面であり、この本の主人公である食べ物に変わりはない。
(同書p.343)
 と述べておられます。しかしそれからさらに十年、中国はすさまじく変化し続けていますので、或いは食べ物にも変化が生じている可能性もあります。
 そう、少なくとも一つ、はっきりと変化してしまったことが明白なことがあるのです。それは本書で石毛氏が広州の清平路自由市場というところを訪れるくだりです。中国でも「食は広州にあり」といわれる広東人は、「四本足で食べないのはテーブルと椅子だけ」といわれるそうですが、それだけに実に様々な動物がこの市場では売られていたのです。
 野生生物で売られている代表的なものが菓子狸、つまりハクビシンで、結構な高級食材のようでした。一方犬も食用で売られており、そしてなんと猫も売っていたのだそうです。値段が載っていて、1斤(500グラム)あたりハクビシンは8元、牛が3元、豚赤身2.5元、猫2元、犬1.8元だそうで、実は犬猫は庶民向け安食材(昔の日本で言えば馬肉みたいなものか?)だったようです。
 皆様ご承知の通り、数年前SARSが流行した際、ハクビシンを食用にしていてウィルスが伝染したのがその原因とされ、今ではハクビシンの食用は禁止されてしまいました。その状況を伝えたニュースをこちらにご紹介して置きますが、このニュースで気になるのは末尾の市の当局が「市民に対し「文明的な食習慣」を身に付け、ハクビシンなどの野生動物を食さないよう呼びかけている」というくだりです。韓国でもソウルオリンピックをきっかけに犬を食べることが批判されるようになったといいますが(こちら参照)、ならば中国でも北京オリンピックをきっかけに、犬や猫を食わないように当局が圧力をかける、ということはありそうです。うーむ・・・。

 話を戻して、石毛氏の書物には写真が多いのが特徴なのですが(しかも全部カラー)、この清平路自由市場関連でも数葉の写真が掲載されています。同書から猫に関する写真を引用したいと思います(p.272)。スキャナがないのでデジカメで撮っており、お見苦しいのはご容赦を。

(以下猫の死体写真あり)
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by bokukoui | 2006-08-26 23:58 | 食物 | Trackback(1) | Comments(3)