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カテゴリ:歴史雑談( 132 )

「散宿所」についての覚書~電気事業史の忘れられた言葉について

 今月に入ってブログの更新が進んでいないのは、例によって書き手の心身の問題のほかに、機器のこのところの酷い不調もあった(ネットになかなかつながらない)のですが、そんなに引き籠ってばかりいても進展がないと、関西へ史料調査に出かけていたのも一因であります。関西では主として、戦前の電気事業について昔の雑誌などを調べておりました。
 そんな中で、昔の電気関係の資料を見ているとしばしば目に付く「散宿所」という言葉について、ふと思いついてツイートしました。
 散宿所とはこのように、今なら電力会社の営業所とでもいう時、戦前で使われている言葉です。ちなみに電器屋が昔はなかったというのは、もちろん全くなかったわけではないのですが、一昔前によくあった街の電器屋さんのようなのがまだ少なかったということです。都市部ではともかく、郊外では少なかったようで、この調査で出会った池田市の郷土史の本によると、戦後はいっぱい出来た電器屋も、昭和10年ごろの池田(当時は池田町)には一軒もなかったそうです。ちなみに池田には阪急宝塚線が通り、その総帥・小林一三の家がありました。郊外住宅地としては戦前からかなり発展していた地域です。
 さて、小生のこんな呟きに、ありがたいことにご自分で調べて教えてくださった方が二人もおられました。以下にそのツイートを引用します。
 まことにありがとうございます。n=1(@manga_koji)さんとダービー(@darbyz80)さんに、ここで重ねて御礼申し上げます。
 というわけで、なるほど法令に「散宿所」が記されているのか、と小生は、帰宅後手元の資料を調べてみました。以下ツイッターで既に流しましたが、再度まとめて書いておきます。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2016-09-28 23:56 | 歴史雑談 | Comments(2)

大正時代のプリンセスメーカー~「七歳の女房」はどう報じられたか

 今日まで有明ではコミケットが開催されていましたが、小生もすっかり同人からは遠ざかっております(このブログは本来、メイド系同人サークルの広報用として始まったのですが・・・)。もっともこの夏は某サークルに電波な原稿を寄せたりもしましたが・・・。
 さて、少し前に事情あって部屋の押入を漁って探し物をしていたら、十年以上前に出した同人誌が発掘されました。2001年10月に、小生がMaIDERiA出版局名義で作成した同人誌『大正でも暮らし』です。制服系イベントに参加しようということになって、売物を増やそうと、図書館や蔵書から適当に大正時代を中心とした女学生・女給・女中などの小ネタを集めるなどして、小生が突貫作業ででっち上げたコピー誌でした。しかし、でっち上げの割にはそこそこ評判が良かったように当時の小生たちには思われ、その後の同人への深入りの一歩となった一冊でもありました。その後も確か、何年間かはコピーして増産し続け、累計で百数十冊くらいは売ったでしょうか?
 で、懐かしさのあまりつい読み返してしまったのですが、裏表紙のネタにした新聞記事が今読んでもなかなか興味深いので、お蔵入りは忍びないと、ブログのネタとして復活させてみる次第です。
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1921(大正10)年1月5日付『東京毎日新聞』より引用


(新聞記事の書き起こしは以下に)
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by bokukoui | 2016-08-14 22:55 | 歴史雑談 | Comments(0)

歴史にまつわる雑彙~今年のネット記事備忘録

運転手さんそのバスに 僕も乗っけてくれないか
行き先ならどこでもいい
こんなはずじゃなかっただろ? 歴史が僕を 問いつめる
まぶしいほど青い空の真下で
 THE BLUE HEARTS の「青空」を聴くと、1940年に「バスに乗り遅れるな」と対独同盟を推進したものの、五年後の夏に敗戦となって皇居前広場で呆然となっている軍人、というポートレートがなぜか浮かんでしまう今日この頃です。もし小生が『日本のいちばん長い日』の再リメイクをするなら、ぜひこの曲は入れたいところでして。
 それはともかく、今年は戦後70年ということで、また世界遺産登録云々の件もありまして、歴史をめぐる話題がひときわ世間の耳目を集めたように思います。本来、このブログでも時機に応じて触れるべきところでしたが、すっかり沈滞しきって如何ともなりませんでした。そしてまた、歴史をめぐるこの間の状況もまた、精神を沈鬱にせしめるがごときものばかりでした。
 そのような中でも小生、ネットで見かけた気になる記事を幾つか、メモのようにしてはいたのですが、ブログどころかツイッターで触れることすら叶わず、今日に至ってしまいました。滞貨一掃といってしまえばそれまでですが、そういった心に引っかかった記事を、以下に備忘としてまとめておきます。時機を逸したものばかりではありますが、むしろ話題の変転が日どころか時分であるネットの時代だからこそ、少し時間が経ってから見直す意義もあろうかと思います。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2015-11-21 22:42 | 歴史雑談 | Comments(2)

「モンスの天使」備忘~第一次世界大戦停戦記念日に寄せて

 今日11月11日は、第一次世界大戦の停戦の日です。1918年11月11日午前11時を以って第一次世界大戦は停戦となり、長きに渡った大戦はひとまず終結しました。これを記念して、欧米諸国では今日は、平和を祈念し戦没者を追悼する記念日になっているそうですが、日本ではぜんぜん知られていません。大変覚えやすい日付なのですが、第一次大戦に対する彼我の意識の差を感じます。そしてこの大戦が世界に及ぼした影響を考えれば、この意識の差はそのままにしておいて良いものではないのではと思います。
 そんなわけで、今日は第一次大戦に関する一挿話をご紹介・・・と思うのですが、これは実は小生が某大学で行っている「日本近代史」講義の使い回しです。講義では毎回紙を配って、感想や質問等を書かせているのですが、第一次大戦の講義をしたとき、こんなことを書いてきた学生がいたのです。
第一次世界大戦に関して質問なのですが、このワードと一緒に、モンスの天使というのを、高校の授業でちらっと聞いたのを覚えているのですが、一体「第一次世界大戦」と「モンスの天使」は、どのような関わりがあったのでしょうか。
 これは面白いことを聞いてくるなあ、面白い高校の先生がいたんだなあと感心して、小生は何回かあとの講義のプリントに、延々と解説を書いておいたのですが、考えてみればほとんどの学生は関心ないであろうことにやたら労力を割いたようでもありました(苦笑)。そんなわけで、この機会に多少の加筆修正を施した上で、ネットに挙げておきます。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2015-11-11 11:00 | 歴史雑談 | Comments(2)

自民党政策集団「平河会」に関するメモ @MValdegamas さん・@jfjun さんのツイートまとめ

 しばらく前から、かつて自由民主党の議員が結成していた「平河会」という政策集団についてちょっと知りたいと思う事情がありました。平河会とは、1973年に宮澤喜一を座長として、派閥横断的な勉強会として結成された政策集団で、当初はかなり活発に政策提言などを行っていたようですが、その後の展開がいまひとつ分からず、いささか気になっていました。
 とはいえ戦後政治史なんて小生は全然門外漢なもので、そこである時お会いする機会があった @MValdegamas さんに平河会について伺ってみました。とはいえ古い上にマイナーな話なもので、さしもの @MValdegamas さんにもすぐに適切な参考文献は思い浮かばれないとのことでしたが、その後ありがたいことに調べられた結果をツイートして下さいました。そのまま流してしまうのは惜しい情報ですので、以下にまとめておきます。なお、小生自身も若干の調査を行いましたので、ついでに補足として挙げておきます。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2014-08-23 23:56 | 歴史雑談 | Comments(0)

近代デジタルライブラリーの史料を見てふと思う~戦時下のアメリカ女性観

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第2次大戦中、アメリカのコンソリーデーテッド・ヴァルティー社の工場で働く女性工員
(Bill Yenne "The American Aircraft Factory In WWII" より引用)

 最近は大学の近代史の講義で、戦争中のことなどを扱っておりまして、手持ちの写真などを学生諸君の目を少しでも惹こうと活用しておりました(前回の記事の写真とか)。で、最近はデジタル化された昔の書物などもいろいろありまして、ネット上で見られるという便利な世の中になっております。そんなデータベースの代表例といえば、何といっても近代デジタルライブラリー、通称「近デジ」で、小生も日頃からお世話になっております。
 で、先日の講義で、日本人の戦時中の対米観として、アメリカ女=贅沢に慣れきった連中、みたいな通念があって、日本人は精神力では負けない、戦争を続けていればアメリカ人どもはきっと戦争に疲れて音を上げて(きっとドイツがイギリスとソ連を滅ぼしてくれるだろうし?)大日本帝国は勝利するのだ!的な発想があった、という話を紹介しました。でも実際は、というのが上に掲げた画像なわけですが。むしろ、マニュアル化や機械化が進んでいたアメリカの工場では、未熟練の女性でもただちに高度な製品を安定して作れたのですが、その点日本では・・・。

 さて、そのような戦時下の日本人のアメリカ女性観を代表する記事といえば、戦争末期の1945年の『主婦之友』新年号に掲載された「この本性を見よ! 毒獣アメリカ女」という記事が有名?ですが(「兵器生活」の記事が背景なども併せ全文紹介してくださっています)、これはちょっと長いので授業では紹介しづらいかなと思い、もうちょっと手ごろなのがないかな、と近デジを検索してみました。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2014-06-07 23:59 | 歴史雑談 | Comments(3)

戦史、軍事などに関係するメモ

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1942年4月15日、真珠湾の空母レキシントンから下ろされる8インチ砲塔

 最近は不調なりに何とかやってますが、用事はそれ以上に多くておぼれそうになりつつ、何とか回している感じです。少しは本も読めるようにはなっていますので、ひところよりはマシですが、世の新しい話にはついていけておりません。とりあえずいくつか、ネット上で目に付いた事項のメモのみ。

 東大五月祭で自衛隊装甲車両を展示(togetter)
 東大戦史研の五月祭展示にまつわる話。学祭への自衛隊の協力企画は何年も前から @Im_Weltkriege 猊下が進めていた事業でしたが(今は関わっておられません)、今回は車両入構という新企画が実現したようで、一部で話題になっていた模様です。本件に関する小生のコメントは、該まとめ内にあるので、そちらをご参照ください。

 これだけなのも何なので、他にも軍事関係ともいえそうなトピックをいくつか備忘までに。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2014-05-24 23:59 | 歴史雑談 | Comments(5)

富岡製糸場の世界遺産登録内定を祝い、社会経済史の普及を希う

※若干追記しました。(2014.5.2.)
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富岡市の竜光寺にある、富岡製糸場の工女の墓に建てられた案内板
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 既に各メディアで大々的に報じられており、やや時機を逸しつつありますが、富岡製糸場の世界遺産指定が内定したというニュースについてやはり触れておきたいと思い、思いつくまま一筆しておきます。

 富岡製糸場については、当ブログの記事で過去に訪問記事を書いています。

 富岡製糸場見学記(1) / (1)の2 / (2) / (3) / (4)

 大まかなところは以上の記事で書いたとおりで、それほど継ぎ足すことはありません。今回の記事は、上掲の記事で掲載しなかった写真をお蔵出しで引っ張り出しつつ、思い付きをいくつか足していこうかと。

 富岡製糸場の世界遺産としての価値については、小生思うに、ある産業分野での近代的工場生産が非西欧の国に導入された記念碑であり、しかもその産業が導入された国で発達して世界の市場を制覇するに至ったという、近代化における一つの模範的な例として、世界史的な価値があるといえましょう。さらに、産業構造が変化して、日本の製糸業自体が最後はなくなってしまうのですが、富岡はそのほぼ最後まで現役で働き続けたという、一世紀以上の厚みを持った存在であることも、大きな価値です。
 今回、詳しいイコモスの判定を小生は読む余裕を得ていませんが、「世界史的な普遍性」という点では、京都の寺社や姫路城より上であると個人的には考えます(個別性はまた普遍性とは違う意味合いの価値と思います)。日本でこのような近代遺産といえば、他には・・・あと百年ぐらいしたら、東海道新幹線が指定されるかもしれない!?

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2014-05-01 23:06 | 歴史雑談 | Comments(6)

「儀狄先生の中国貨幣史講義~『中国嫁日記』の「小銭問題」の原因は歴史にあり」まとめ他

 ブログの更新もままならぬ近況ですが、昨年以来積み残している記事を少しづつでも片付けて行こうと思います。
 というわけで、去年作ったまとめを紹介しておきます。

 儀狄 ‏@giteki 先生の中国貨幣史講義~『中国嫁日記』の「小銭問題」の原因は歴史にあり

 これは昨年、『中国嫁日記』サイトで掲載されたマンガ「信じられないお金~小銭問題」を見た際、ここで語られている「中国の南方の人は硬貨を嫌い、北方の人は紙幣を嫌う」というお話にはきっと歴史的な背景があるに違いない、と思い、中国貨幣史を専門にする 儀狄 @giteki 先生にお伺いを立ててみたところ、期待以上の興味深い解説をしていただけた、というものです。『中国嫁日記』の井上純一氏にもこのまとめは紹介していただけたようで、2万を超えるPVをいただくほどの反響があってまとめた当人としても驚き嬉しく思いました。
 で、なんで今更ブログで紹介したのかというと、一部のツイートに鍵がかかっていて非公開だったのが、その後鍵が公開されたので修正しておこう・・・と思ったまま時間が経ってしまい、先日思い出したのでそこを直し、完成記念ということでこちらでも紹介した、という次第です。

 それだけなのも何なので、歴史系の話題をいくつかメモしておきます。

 米軍が見た日本軍 『日本軍と日本兵』著者・一ノ瀬俊也氏インタビュー(現代新書カフェ)

 映画における「日本兵」と「米兵」を考える(togetter)

 幻想の英雄・全文公開(山田順プライベートサイト)

 「愛国」の技法」を一生懸命まじめに実践すると死んでしまいます(青弓社)

 「大正デモクラシー」はどうして戦争を止められなかったのか 成田龍一氏インタビュー(Synodos)

 南京事件を認めてしまった安倍首相は・・・(togetter)

 他にも触れるべき、考えるべきことは尽きませんが、ひとまず。
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by bokukoui | 2014-02-20 23:59 | 歴史雑談 | Comments(2)

ヒンデンブルク80回忌記念まとめ~こなたま氏と高須克弥氏のやりとりを中心に

 このところいくら薬を飲んでも夜眠れず、日がな呆然となりながらよろよろ論文を書いているような感じですが、昨晩は特に酷い有様で全く眠れず、空が白んでくる時間に、気がついたらこんなまとめを作成しておりました。

「ヒンデンブルク80回忌記念まとめ ナチスをめぐる、こなたま氏と高須克弥氏のやりとりを中心に」

 面倒なので、このまとめに付けた説明をそのまんま引用しておきます。
1934年8月2日、ドイツ(ワイマール共和国)大統領ヒンデンブルク元帥が亡くなりました。首相ヒトラーはただちに「指導者兼帝国宰相」、つまり総統に就任し、独裁体制を打ち立てました。これはそんな記念日の直前に起こった、麻生太郎副総理のワイマール憲法とナチスをめぐる「失言」をきっかけとして、ネット上で生じたやりとりをまとめたものです。
主な発言者は、戦間期のドイツ史を専門とし、名編「やる夫がフューラーになるようです」をネット上に発表された、こなたま氏です。かたや、メディアによく登場する有名美容外科医院・高須クリニックを経営する高須克弥氏など。

この両者のやり取りは、「歴史修正主義」的な感情を抱く史学の基礎教養を欠いた人が、如何にして自説の正当性を主張するのかという点で一つの典型と考えられたため、煩瑣をいとわずまとめを作成しました。また、同様の事例として、手前味噌ではありますが、小生(墨東公安委員会)が西尾幹二氏と「ブログ論壇」なるもので接触した際の記事を上げておきます。

『諸君!』秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊雄=真贋論争』を決着する」
『諸君!』秦郁彦・西尾幹二対談の評論への西尾氏の批判について

歴史専門家を「細かいことにこだわって大局を見ない」と批難しながら、その「大局」自体の正当性の根拠を明確にせず、ただ賛同者を集めて互いに正しいと信じあっている、という状況が同様の事例と考えます。


(続きは以下に)
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by bokukoui | 2013-08-02 22:18 | 歴史雑談 | Comments(0)