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京急・弘明寺駅の「青い光」による投身自殺対策

 今日は小生、大学院のゼミに行っておりましたが、「人身事故で・・・」と1時間も遅れてしまった人がいました。帰路、駅の電光掲示板を見たら、それとはまた別に何か事故で電車が遅れていたようです。そんな日に表題のようなニュース(最新ではないのですが)が目に止まりましたもので、元京急の弘明寺駅利用者として、大変関心を惹かれました。
 詳細は以下の読売新聞記事参照。

 「青い光」で飛び込み防げ!京急・弘明寺駅、設置後ゼロに

 新聞記事は消える恐れが高いので、念のためウェブ魚拓も取っておきました。
 記事の主要な内容は以下に引用しておきます。
 防犯効果があるとして街路灯に用いられるようになった「青色照明」を、鉄道会社が踏切や駅ホームに、飛び込み自殺防止の目的で導入する動きが広まっている。

 実際に自殺防止に役立つかどうかは専門家の間でも意見が分かれているが、すでに青色照明を設置している鉄道会社は「それまで毎年起きていた自殺がゼロになった」などと効果に手応えを感じている。

 京浜急行は今年2月、横浜市南区の弘明寺駅で、ホームの端の照明8基を青色に変えた。同駅では前月の1月、ホーム端の人けのない場所で2日続けて夜間に飛び込み自殺があった。同駅は、未遂も含め、毎年2、3件の飛び込み自殺が起きており、「自殺を1件でも減らすため、できることはなんでもしてみようと、わらにもすがる思いで始めた」(同社鉄道本部安全対策担当)という。

 同社によると、同駅では青色照明設置後、飛び込みは起きていない。

 JR東海も今年8月以降、愛知や岐阜、三重県で、東海道線や中央線などの踏切計10か所に試験的に青色照明を設置し、効果を探っている。JR東日本やJR九州でも、導入に向けた検討を始めている。

 鉄道会社の中で青色照明をいち早く導入したのはJR西日本だ。車が強引に踏切を渡るケースが後を絶たず、頭を悩ませていた同社は、2006年12月以降、大阪府と和歌山県を結ぶ阪和線などの踏切計38か所に青色照明を設置。その結果、夜間の車の踏切事故がゼロになり、飛び込み自殺もなくなったという。
(以下略)
 弘明寺駅は踏切(品川方)とトンネル(浦賀方)とに挟まれた駅で、踏切については以前ちょっと思い出を書いたことがありましたが、そういえば当時通勤していた父が「通勤していた期間中、何人かはねられた」とか言ってましたっけ。その当時の弘明寺駅は橋上駅舎ではなかったので、遮断機強行突破を図る輩が今よりも多かったろうと思いますが、これは自殺ではなくて事故ですね。あまり自殺の話を聞いた覚えはありませんでした。

 記事(もしくは魚拓)には駅の写真がありますのでそれを見ますと、なにぶん夜でないと照明の効果が分かりませんから、画面がくらいので状況がよく分からないのですが、青い照明はトンネルの側に設けられているようです。このトンネルはそう長いものではなく、昼間ならば向こう側が透けて見える程度だったかと思いますが、夜ともなれば暗さをより一層かき立て、自殺者をその闇の中に誘い込む機能を持っていたのかも知れませんね。
 もっともそれならば、ホームの照明の色を変えるのではなく、トンネルを明るくしても同じような効果があったかも知れませんが。
 或いは、中央線なんかにはかなりありそうなことなのですが、一度「飛び込み名所」となりますと、また次も・・・という現象もあったのかも知れません。こうなってしまうと、なかなか手の打ちようが難しいですね。

 新聞記事の末尾で「慶応大の鈴木恒男教授(色彩心理学)」が「青色を見ると落ち着くという実験データはあるが、珍しい色だから人目につくため、犯罪や自殺を避けようという意識が働くことも考えられる。ただし、明かり一つですべて食い止められるという過大な期待は禁物」とあるように、この照明の結果のみで自殺が減ったと言い切るのは早計かも知れません。
 ですが、同じ駅で続けて自殺が起きたら、それこそ弘明寺の坊さんを呼んで祈祷でもしたくなるところでしょう(本当にやったとしても関係者を笑う気にはなれません)。ある駅で自殺が多くなりやすい原因(そしてなくなる原因)というのは相当複雑そうで、そうそう分かるものではないでしょう。だから、「藁にもすがる」ような試行錯誤をするしかないのでしょうね。

 しかし、この「青い光」というネタを早速こういうネタにする辺り、bogusnews も案外鉄道ネタ好きですな。もっともこの「青い光」では、常磐線が一日運休したような気が・・・
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by bokukoui | 2008-12-12 23:59 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(6)

JR東海が日本車両の株式公開買い付け、子会社化へ

 暑い日が続きますが皆様お変わりないでしょうか。小生は暑さ負けしかかっております。まあ去年よりは何ぼかマシですが。

 さて、今日も今日とて新聞を開きましたところ、表題のごときニュースが。
 プレスリリースは以下のリンク参照。

 JR東海、日本車両と資本業務提携し株式公開買い付けを開始

 新聞報道については、ネット上で見つけたところでは、地元のためか中日新聞が詳しいようです。

 JR東海が日本車両を子会社化 友好的TOB、リニア開発体制固め
 夢実現へ“投資”262億円 JR東海の日本車両子会社化

 後者の記事はかなり詳しいものです。以下に一部抜粋。
 JR東海が15日発表した日本車両製造の子会社化は、2025年の営業開始を目指す“夢の超特急”リニア中央新幹線の実現に向けた布石といえる。民営化後、東海道新幹線を軸に鉄道事業者として安定した基盤を築いた上で、鉄道車両の製造まで手を広げ、従来の鉄道の概念から外れた技術の固まり「リニア」の実用化を加速させる。 (有川正俊)

(中略)

 今回の子会社化は、JR東海が資金力を発揮し、リニア中央新幹線の開発から製造、保守までを自社が担う意思を明確に打ち出した投資となる。松本正之社長が「車両開発を本格的に推進するための技術力強化」と強調するように、JR東海が単独で負担する超電導リニアの事業費5兆1000億円の一部ともとらえられる。

(中略)

 技術的には確立されたリニアとはいえ、実用化をにらんだ車両開発には長期間を要するのは必至で、子会社化した日本車両はその核となる。

 日本車両はJR東海が昨夏から運用を始めた新型新幹線車両「N700系」の開発パートナーで、高い技術力を誇る。「110年の歴史を持つ国内有数メーカー」(松本社長)で、JR側の信頼もゆるぎない。

 JR東海は以前から、社長を日本車両に送り込むなど経営面でも関係は深いが、子会社化を機に、技術本部長をトップに両社でプロジェクトチームも発足させる。リニア実現に向け、リニア事業体としての企業像づくりを進めることになる。

◆日本車両、JR傘下で生き残り

 「われわれ車両メーカーは設計と製造だけだが、提携により開発や保守でも交流ができるようになる」。15日の会見後、日本車両製造の生島勝之社長は、提携のメリットに相乗効果を挙げた。ただ、JR東海の子会社となる背景には、リニアプロジェクトで重要な要素となる車両の製造などで、必要な資金調達を円滑に進めるといった経営面での戦略もみてとれる。

 同社の2008年3月期連結決算は経常損失が18億円、純損失は54億円に上り、経常損益は37年ぶりの赤字化だった。

 JR東海、西日本の新型新幹線車両「N700系」を一挙に3年分受注したため、部品や製造施設などの初期費用がかさんだことが原因だった。

 日本車両は私鉄や国外電鉄の車両製造も手掛けるが、JRへの依存度が高い。

 このため、JRの大きなプロジェクトに参画すれば会社を挙げての事業となり費用も膨らむ。

 JR東海の松本正之社長は「(赤字となった)業績は一時的なもの。今回の提携とは直接かかわりはない」と述べ、提携と日本車両の“救済”とのかかわりを否定。だが、日本車両を子会社化する理由について明確な答えはなかった。

 JR東海が、リニア事業を車両製造まで含め完全に“手綱”を握って進める意向なのは確か。日本車両としては独立色を薄めてもJR東海傘下で事業への参画度を深め、必要な巨額投資でも調達を有利に進める狙いがあるとみられる。(細井卓也)

(後略)

 御興味を持たれた方は是非元の記事をお読みください。

 さて、小生は戦前の鉄道のことばかり最近は調べているので、現在の世界の鉄道情勢にあまり明るくはないのですが、大雑把なイメージでは、世界の鉄道車両メーカーは合併して数を減らして大規模化しているようです。この傾向は鉄道車両製造に限ったことじゃないでしょうが。その中で日本の鉄道車両製造会社は(比較的)小規模で数が多い印象があります。その競い合いが技術の進歩を促進してきた面は勿論ありますが、鉄道技術が成熟した現在では、むしろ欧米の大会社に対して国際競争に不利な面があるようにも思われました。
 最近のJR東日本と関東私鉄各社における標準型車両の導入は、そういった分立傾向を統合に変える意味もあると思われ、まあ各私鉄ごとの車両の個性が減るのは趣味者的には寂しいですが、成熟産業である鉄道の向かうべき方向として、妥当なところと考えられました。

 で、そんな中で、いわば「垂直統合」を図るJR東海の戦略や如何に。上掲新聞記事の「日本車両を子会社化する理由について明確な答えはなかった」という一節が気になります。
 JRが自社の車両製造能力を強化する、という点ではJR東日本の新津工場と形の上では似ているともいえますが、やはり「リニア」という新システムを目指すという点でかなり違っているでしょう。
 日経新聞の記事では、この子会社化を新幹線技術を輸出する構想の布石であると、葛西敬之会長の「リニア新幹線の技術は未来へ無限の可能性を持っている」という言葉を紹介して記していましたが、果たして?
 鉄道車両を国際的に売り込む、という点では未だ海のものとも山のものともつかないリニアが支持を得るには、かなりの時間が必要でしょう(上海のリニア、あまりいい評判を聞きません)。「技術的には確立されたリニア」と中日新聞の記事にありますが、システム全体として確立されたのかは疑問が残ります。リニアが実現すれば、JR東海とその配下の日本車両が技術を独占してウマー、という目論見のようですが、既存の鉄道システムと全く別個のリニアを、現在の高速鉄道システム(多くの国では在来線直通が可能)よりも好んで導入しようとする国や地域は、どれほどあるのでしょうか。

 日本車両の株のうちJR東海が取得するのは過半数の50.1%で、日車の株式上場は維持されるとのこと。これは私鉄などへの納入を続けやすくする意図があるそうです。日車側も、リニアと運命共にするまでのつもりはやはりないでしょうし。でも、日車の上得意にしてJR東海に上がりをだいぶ持っていかれた名鉄、どうすんだろ。

 今後の展開には、気長に注意を払っていきましょう。葛西会長退陣後どうなるか、名古屋財界を支えるトヨタの繁栄も磐石ではなく(GMを販売台数で凌いだのも、GMがトヨタより派手にへこんだだけの話ですし)、2025年まで先は長いですし。
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by bokukoui | 2008-08-16 23:34 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(0)

山之内秀一郎元JR東日本会長死去

 今朝新聞の社会面を見たところ、表題のごときニュースが載っていて驚きました。

 山之内秀一郎氏死去 元JR東日本会長

 8月8日に亡くなられていた由。合掌。

 山之内氏の経歴については、新聞記事よりも Wikipedia の記事の方が詳しいですね。

 国鉄分割民営化の際の活躍で名を知られた山之内氏ですが、(もちろん問題点もあるにせよ)国鉄の民営化が成果を挙げられたのは、国鉄内部に民営化して経営の自由度が増せばやっていける、という意欲を持った人々が大勢いたから、ということは重要な要因と思います。昨今は民営化流行りですが、国鉄を参照例として引用する際には、このことに留意すべきでしょう。
 それにしても、山之内氏が亡くなるとは、国鉄の分割民営化も歴史の域に入り始めたのだなあ、という感を受けました。

 山之内氏の詳しい経歴についてはうろ覚えですが、確か車輌畑の技術者として鉄道で活躍し、その後は宇宙開発事業団→宇宙航空開発機構(JAXA)のトップを勤められました。鉄道技術→宇宙開発という経歴は、新幹線計画の中心として知られる島秀雄と重なるものがあります。
 また、東大鉄道研究会に所属していたと Wikipedia の記事にありますが、確か割と趣味的な本も出されていたかと思います。やはり、「好き」な方だったのでしょうか。そういった人の活力を引き出せるのであれば、改革も民営化もまた良きかな、であります。
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by bokukoui | 2008-08-14 23:59 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(3)

アメリカの鉄道のニュース・CSX vs TCI

 このところ結構いろいろ、ものを書いたり人に会ったり活動しておりますが、その反動か今日はだいぶへたれた一日でした。昨夏に調子を崩して以来、未だ本復した感が無いのはまこと無念ですが、とりあえずは来る夏があまり暑くないことを祈るのみです。ストップ温暖化。小生の周りもいろいろ心身について不調の方が多いようで・・・
 で、『COMICリュウ』関係の話の続きはおいおい書いていきたいですし、来月の新刊についてナヲコ先生からもアナウンスがあったりしたのですが、それはまた書くとして、今日は鉄道に関するニュースを。

 数日前の日経新聞で読んだ(新聞本体が見当たらない・・・)ニュース。
英TCI、米鉄道とも対立 増配要求、Jパワーと似た構図
日本のJパワー(電源開発)に増配などを迫る英投資ファンドのザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド(TCI)が、米上場企業とも対決姿勢を強めている。米貨物鉄道大手CSX(フロリダ州)に資産の有効活用や増配を求め、TCIが推薦する取締役の選任を迫った。米議会では安全保障上の理由から外資の経営支配に異議を唱える声が上がるなど、投資ファンドへの対応は世界の企業、政府の共通の課題になっている。

 TCIはCSX株式の4.4%を保有する第3位の大株主で、歩調を合わせる第4位株主の米系ファンドと合わせた株式保有率は8.5%を超える。CSXが抱える遊休資産の有効活用や自社株買いや増配などの株主還元策を要求。CSXが25日に開く株主総会に向け、12人の取締役のうち5人をTCIが推薦する取締役を選ぶよう提案、委任状争奪戦に発展している。
 これは21日付のニュースです。
 電発の株を買って政府から苦情の入ったTCIが、アメリカの同じくインフラ系企業である鉄道企業のCSXの株を買って「株主還元」を求めているという話です。「CSX(フロリダ州)」とありますが、CSXはアメリカのミシシッピ以東22州(+コロンビア特別区とカナダの2州)に約23000マイルの路線網を持つ巨大鉄道会社で、本社がフロリダのジャクソンヴィルにあります。

(引用が多く極めて長いので続きはこちら)
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by bokukoui | 2008-06-26 23:42 | 鉄道(時事関係) | Trackback(1) | Comments(8)

岩手・宮城内陸地震の悲報 岸由一郎さんを悼む

 昨日、東北地方で大きな地震が発生し、大きな被害が生じました。特に山容の大きな変化の映像は、息を呑むばかりでした。亡くなられた方のご冥福と被災地の復興を祈念いたします。

 この震災で厄に遭われた方々について、既に幾つか報道がなされていますが、土砂崩れで押し流された旅館から本日発見された方々の中に、岸由一郎さんのお名前がありました。

 ・読売新聞の記事
 ・朝日新聞の記事

 上にリンクを張ったウィキペディアに略歴がありますが、岸さんはかつて万世橋の交通博物館の学芸員を勤め、その後大宮の鉄道博物館に移られて、開館と運営を担われると同時に地方私鉄の車輌や資料の保存に尽力されていました。今回も、廃止されたくりはら田園鉄道の関係でこの地方に来られて、そして震災に遭われたそうです。

 岸さんには、多少のご縁がありまして、何度かお会いしたことがありました。あまり個人的なことをここで書くことはしませんが、岸さんの師匠である青木栄一先生(『鉄道忌避伝説の謎』著者)には小生も大変お世話になっており、いわば大先輩に当たります。以前、開館前に大宮の鉄道博物館を見せてもらったり出来たのも、岸さんのお蔭が多分にありました。
 先週、都電のイベントをちょこっと覗いた際、行列整理などに駆け回っている岸さんのお姿をお見かけしました。ご挨拶申し上げようかと思いましたが、何しろ人出で応対に忙殺されていたご様子でしたし、小生も時間や同道者の都合などもあってその場をあとにしました。
 一言でも挨拶をすればよかったという後悔で一杯ですが、しかし話などしていたら衝撃がより一層大きくなっていたのかもしれません・・・

 岸さんは学術的な調査研究、実践的な保存活動、交通→鉄道博物館といういわば一般向け啓蒙活動、これらの各分野を連関して行っておられ、どの分野でも成果を挙げておられたと思います。結構こういう研究や活動というのは、各々の分野でタコツボになってしまいがちです。岸さんはそれを股にかけて活躍されていた点で、得がたい人材であったと思います。それだけに、岸さんの急逝が惜しまれてなりません。
 最近の「鉄道ブーム」のようなのに対し、小生のようなどっぷり浸かったマニアはついつい小言オヤジになりがちです(いや、長期的には小言は重要だと思いますよ)。そういう場面で、学者やマニアの蓄積と一般・初心者向けとの橋渡しをする存在は極めて重要で、幸い鉄道博物館は好調でしたし、産業遺産の保存への理解も広がりつつあり、「鉄道ブーム」もまずまず着実に広がって受け入れられていた今こそ、岸さんの存在はより大きな意義を持つはずでした。先日の原田勝正先生のような大御所の方の訃報に続き、このようなことになるとは、なんともやりきれません。

 重ね重ね、大変残念でなりません。日本近代史で鉄道業を扱っている小生としましては、せめてその業績の一端なりとも受け継げるだけの者になれるよう、精進するのみです。それ以上の手向けは多分ないでしょうから。

 それにしても、先週は秋葉原で自分と友人が通り魔に追っかけられ、今週は知人が天災で亡くなり・・・秋葉原の件について続きを、一週間たった今日に何か書くつもりでしたが(秋葉原には行きました)、人の命の儚さを改めて思い知らされ、今日のところはこれにて筆を擱きます。
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by bokukoui | 2008-06-15 23:58 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(3)

二つ繋ぐならついでにもう一つ

 今日は五・一五事件から四半世紀、先日の長崎市長暗殺を思い起こして、再び世間のきな臭ささを感じてしまったりもするのですが、もしかするとそれよりはマシかもしれない国際ニュース。

 南北朝鮮、56年ぶりの直通列車=17日に試験運行実施

 朝鮮半島の東側の海岸線も連結するとは、迂闊にも存じませんでした。

 ところで、リンク先の地図に「金剛山」という場所が出ていますが、金剛山には日本統治時代に金剛山電気鉄道という電鉄が走っていました。小生も昔の写真を見たことがありますが、戦前の日本の代表的な高速電車であった新京阪などを髣髴とさせる、なかなかどうして立派な電車でした。今でも平壌に保存されているとか(リンク先参照)。
 この電鉄は戦時中に一部休止され、恐らくは、その後の朝鮮戦争で起点の鉄原などが激戦地となったために消滅したものと思われます。ですが、観光路線として戦前それなりに名前が高かったらしいので、南北の鉄道を繋ぐのであれば、是非いつか金剛山電鉄も復活して欲しいものです。現状では電力不足の北朝鮮が拒否しそうですが・・・。

 ところで以上の話とあまり関係ないのですが、リンク先を読んだら朝鮮半島の日本統治時代の電力事業は、最後は四地区のブロックになって金剛山電鉄も京城電気に合併されてその電鉄部門になったとあります。日本では戦時中の電力国家管理においては、電力会社が副業でやっていた電鉄事業は切り離され(京都電灯と京福など)、また電鉄会社の副業の電力業は国策会社に召し上げられた(阪神など)のですが、朝鮮の電力統制は違ったようですね。
 日本の電力国家管理の研究で、朝鮮との比較について述べたのはそういえば今まで読んだ中では思い当たりません。欧米の事例を元に当時の人が日本の電力統制をどうするのかを議論した、それに関する研究は記憶にありますが、案外植民地の事例は盲点になっていて、しかも本国とは結構異なっていたのかもしれません。今度機会があったらちょっと調べてみよう。
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by bokukoui | 2007-05-15 23:59 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(0)

台湾新幹線開業に寄せて我が思い出などを語る

 回顧と展望よりも先に書いておきたい時事ネタができたので、予定を変更して一筆。まあいつものことですが(苦笑)。

 というわけで、遅れに遅れたすったもんだの末、日本の新幹線の技術も導入された(車輌が新幹線ベース)という台湾新幹線が本日開業したそうです。それも部分開業だそうで、残った区間は2月開業といいますが・・・これは大丈夫なのかな・・・。
 参考までに幾つかリンク。

“ぶっつけ本番”台湾新幹線開業 運賃半額で係員訓練
[台湾新幹線]システム混在でトラブル…開業後も不安の声
台湾新幹線が開業 日本の技術初輸出、欧式と混合
台湾新幹線が始動、日本のシステム採用で
台湾新幹線 トラブル続出 波乱含みの開業
陳総統が走り初め「新幹線輸出は成功ですよ」

 小生は台湾新幹線についてそれほど詳しいわけではありませんので、以上のようなマスコミ報道から読み取れる範囲で、かつ自分の経験と勝手に結びつけて、一筆記したいと思います。

 もう20年も前になりますか、小生は当時横浜市の南区に住んでおりました。最寄り駅は京浜急行の弘明寺(ぐみょうじ)という駅で、今では改装されて橋上駅舎になっていますが、当時は駅舎は地平にあり、小生が住んでいた方向から電車に乗るには一旦踏切を渡る必要がありました。そんなわけで、小さい頃から京急の踏切には慣れ親しんでいました。
 一方、休日となりますと一家で自動車に乗って買物に出かけたりしましたが、その時よく行ったのが相模鉄道星川駅附近にあるニチイでした(現在もサティ天王町店として盛業中)。自動車で行く場合、家から北上して国道一号線と東海道本線を横切り(東海道線はガードをくぐる)、そして相鉄の踏切を渡ってニチイに行くことになります。
 というわけで、ニチイに行く際、相鉄の踏切で待たされることが間々あったのですが、幼き日の小生はあることに気が付きました。相鉄の踏切は開け閉めが遅いのです。京急の踏切なら遮断機が下りたらすぐ電車が来て、電車が通ったらすぐ開くのに、相鉄の踏切は下りても電車が来るまで時間がかかり、かつ通り過ぎた後も開くのが遅いのです。子供心に、相鉄はなんとトロい電車なのかと思ったものでした。京急の踏切ならこんなに待たされないのに・・・。
 しかしやがて小生も自分の間違いに気が付きました。相鉄が遅かったのではありません。京急の踏切がやけにスピーディーだったのです。一体なぜなんだろう。京急は電車の加減速もドアの開け閉めも乱暴スピーディーだから踏切もそうなのかな、と子供の頃は単純に思っていました。

 それから時流れ十年余。京急と比べ万事お上品な東急沿線に移り住んで随分経ったある日、小生は『鉄道ピクトリアル』臨時増刊号(1998年7月・通刊656号)「<特集>京浜急行電鉄」を入手しました。そして丸山信昭「京浜急行の先頭電動車編成について」という記事を読んで、漸くどうして京浜急行の踏切の開け閉めが早かったのかという理由を知ることが出来ました。
 ではそれはなぜか、というと、・・・一言で強引に説明すれば「京急では脱線時の安全性及び軌道回路短絡の確実化のために先頭車は必ず電動車としており、その結果安全性と同時に迅速なポイント切替(による列車退避時間の短縮)を可能にしている」ということで、その結果、
踏切保安装置の場合は制御回路に10秒の時素リレーを挿入するのが常識になっている(当社では先頭車すべてM車であるため、時素リレーは使用していない)。
(丸山信昭「京浜急行の先頭電動車編成について」p.98)
ということなのですが・・・鉄道マニアじゃないとこの説明の意味分からないですよね。かといってこれを事細かに説明するのはあまりに面倒なことなので、多少なりとも関心のある方は、以前にも紹介したかと思いますが、原田勝正『日本鉄道史 ―技術と人間―』(刀水書房)の第7章を読まれると、この丸山氏の記事の意味がよく分かるかと思います。

 大雑把にまとめれば、鉄道というのは極めて膨大で様々な要素が絡み合ったシステムであり、線路を作る土木関係の技術、車輌に関する技術、運行をコントロールする信号の技術、そしてこれに経費と営業の都合とが絡み合って構成されているわけです。そしてこれらの要素は複雑に関係しあっており、踏切で待たせる時間を短くするためには地上設備だけではなく車輌の構成に工夫をするといった工夫も必要になってきます。丸山氏の論文の末尾を引用しておきましょう。
・・・短絡不良の問題、先頭Mc車の問題、複線・複々線の安全問題等は、今日まで鉄道全体の問題になったことはない。現在でもこの種の問題は鉄道全体のなかの土木屋、運転屋、車両屋、信号屋の「no-man's-land」(第一次大戦中、独仏軍の塹壕線における両軍の中間無人地帯の意味で、危険で誰も踏み込めない領域のこと)なのである。独仏軍の間では29ヵ月で終わったが、鉄道では今も続いている。(前掲論文p.99)
 しかしてこのような問題は恐らく鉄道に限ったことではなく、現代の巨大なシステム全般に言えることなのではないかと思います。鉄道が、人類が造った近代的な巨大なシステムの中でももっとも早いものであろうとは思いますが。しかしまたもちろん、他の交通機関(自動車)と比べても、鉄道は線路と車輌が一体となって一つのシステムとなっている色彩は強いだろうと思います。
 19世紀に鉄道が普及していくしていく中で、人々がこの初めて出会った巨大なシステムを受容していく過程を描いた興味深い書物、ヴォルフガング・シヴェルブシュ『鉄道旅行の歴史 十九世紀における空間と時間の工業化』(法政大学出版局)では、当時の人々が鉄道について線路と車輌を一体として認識していった様子を述べた章を「機械のアンサンブル」と題しています。小生の印象に残った言葉でした。

 さて、漸く台湾の話に戻ってきますと。
 既に報じられている通り、台湾新幹線は当初欧米の技術を導入するはずが、台湾大地震を機に地震国日本の技術も導入されることとなった結果、各国の技術が入り混じったものとなっていることが懸念されています。小生もまた同感です。「機械のアンサンブル」が不協和音を奏でる可能性を否定することはできません。
 勿論、外国技術の導入から始まっていても、それを自分のものへと消化し切れれば良いのですが、お仕着せを切り張りしたようなものを導入してしまうと、それを自分に合わせるのに無駄な労力を使ってしまうことになります。こういった事態が起きる原因は、勿論受け手の側だけではなく売り込む側にも多分にあることは、先進国の技術を学ぶことで発展していった日本の歴史を振り返れば大体見当のつくところですが。
 或いは、個々の技術を構成する部品そのものは、外国からの導入でも別に構わないのかもしれません(例えば、京急の新型車がジーメンスの制御器を用いていることは、マニア筋では有名です)。それをアンサンブルとして奏でる、全体のシステムの見通しを自ら立てられているのであれば、外国からどこをどう輸入すればよりシステム全体を合理化できるか判断できるでしょうから。しかし、外国のそれに限られなくとも、バラバラの技術を主体性もなく寄せ集めては、やはり駄目でしょう。
 しかしまた、後発の国が先進国の技術に追いつき追い越すためには、そういった困難を乗り越えることもまた必要なのではありますが。

 ところで、台湾新幹線に関しては、このような技術的側面からの懸念と同時に、「日本の技術を導入した」ということから大々的に報じられている面があります。しかし、上記のような「機械のアンサンブル」の意味合いを忘れて、「日本の技術が輸出された!」と喜ぶことは間違っているでしょう。上掲読売新聞記事の「日本のシステム採用」なる文言は、ほとんど誤報といっても差し支えないかもしれません。妙なことに、マスコミ報道には台湾新幹線の技術的懸念と、「日本の新幹線輸出」という文言とが両立しているのです。もっともこれはマスコミに限らず、その報道を求めている消費者も同様でしょうけど。
 本件に関連して、こんな記事もありました。

世界駆けた「新幹線3代」の夢

 小生が思うに、島安次郎・秀雄父子を軸に日本の鉄道史を語ってしまうことにはかなり大きな問題があると思いますが、それは今は措いておきます。ただ、この記事を読んでただ「日本の新幹線の技術は素晴らしい」などと思っていては、やはりあまりに単純すぎるものの見方といえるでしょう。大体、「世界に誇る技術」といって、どこがどのように「誇る」べき点なのでしょうか?
 この記事におけるおそらく最大のポイントは、次の島秀雄の発言にあります。
 「新幹線に目新しい技術はない
 個々には目新しくなかった技術を、目的に応じて自在に組み合わせて独自のシステムを創造したことこそが重要なのです。ついでに言えば島秀雄は十河信二と連袂辞職したので、システムを使いこなして自分のものにするという仕事は後任の手に残されました。独自のシステムを身につけるまでの苦闘は齋藤雅男『驀進』(鉄道ジャーナル社)に詳しいので是非。
 ということは、です。「新幹線の技術を輸出」ということは、実は原理的にきわめて困難な、ほとんど語義矛盾のようなことであるとも考えられるのです。

 日本の鉄道技術を構成する様々な技術とシステムの源流を辿っていくと、そのかなり多くの部分は戦前のアメリカの電鉄に行き着くのではないか、小生はそう考えています。そのアメリカのインフラについて、くしくも今日の日本経済新聞に興味深い記事が載っていました。アメリカの道路インフラが老朽化し、渋滞によるアメリカの損失は一年間に円換算で20兆円にも昇るというのです。
 アメリカで自動車ばかりがのさばり電鉄の技術が滅びてしまったからこんなことになったんだ、と電車大好き人間の小生は戯言の一つも言いたくはなりますが、ではなぜアメリカの社会の中で電車が滅びてしまったのか、それには技術的解決だけで済まない様々な要因や偶然(ある技術の発展段階と、その社会の経済的状況のマッチング)があったことと考えられます。アメリカの渋滞を解決するために、それ自体はきわめて優れて効率的であることは間違いない日本の電鉄システムを丸ごと持っていったからといって、アメリカのインフラ問題が解決するわけではありません。
 多くの技術が絡まった巨大なシステムは、それ自体複雑なだけではなく、その巨大さ故に人々の生活と様々な形で関係してきます。ですから、技術について考えるために、更なる広い歴史的・文化的文脈を視野に入れる必要があるでしょう。新幹線技術移転の場合、「台湾=親日、韓国=反日」などという図式にのっかって理解しようとするのは愚の骨頂です。もし日本との関係を考えるのであるならば、日本の植民地統治時代に如何なる鉄道と現地とのかかわりが生じたか、日本が去った後どのような技術が移植されたのか、そういったことを検討しなくては普遍的な意味ある答えを出すことは出来ないでしょう(もちろん、そういった単純な図式で何でも割り切る連中が、意味のある答えを出そうなどとは考えてもいないのでしょうけど)。
※ついでに言えば、「日本の技術を受け入れた台湾は素晴らしい」と台湾=親日の構図で礼賛する人々は、二つの点で間違っていると小生は考えます。一つはここまで延々と述べたように技術のシステムを軽視しているということ。もう一つは、最終的には台湾人が自立して自らの技術システムを築くということを無視し、いわば植民地的立場に置き続けようとしていること。彼らは台湾に対し友好的なつもりなのでしょうが、これは侮辱以外の何者でもないと思います。

 もっとも、そういった文化的背景にまで話が及ぶとなると、研究や理解も相当に困難になってくることも確かではありますが。
 先日話題にした、『鉄道忌避伝説の謎』の著者・青木栄一先生の「交通地理学を考える」にこんな一節があります。
・・・(空港アクセス鉄道について)地理学の研究会でも発表したが、空港アクセス鉄道導入の要因を、道路交通渋滞の激化、空港アクセスの長距離化、空港利用者の巨大化などに求め、さらにそれぞれの国における鉄道利用の哲学(鉄道を日常的にどのように利用しているか、鉄道に対する考え方など)が大きく影響していると述べたところ、若手の研究者からアクセス距離や空港利用者数との関連で定量的に立地要因を求めなければ意味がないという批判を受けた。距離や利用者数では説明できないといってもなかなか納得してくれず、鉄道利用の哲学などというものに言及したのは科学的ではないと思われたようだ。その後、一九八〇年代に入ると、西ヨーロッパの大型空港では空港アクセス鉄道が広く導入されたのに対し、アメリカでは距離、利用者数ともに大きい空港が多数あるにもかかわらず普及はそれほどでもないという結果があって、両地域の鉄道利用の哲学の違いをはっきりと表していた。(「交通地理(2)pp75-76)
 定量化できる=「科学的」ではない、とでもしておきましょうか。とまれ、これは難しいけれど、等閑に付していいわけではないでしょう。そうでないと人文系研究者の出番も減るし(笑)

 どえらく長くなりました。
 まとめると、技術を考える上では何か一点を切り出して云々するのではなく、全体としてのシステムがどう築かれるのかということが重要で、さらにそれは文化的・歴史的要因とも関係してくるということです。
 台湾新幹線が、やがて台湾の人々――技術者も乗客も――の間に、由来がどこだったか忘れてしまうほど「自分達のもの」として根付いたシステムとなりますように。
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by bokukoui | 2007-01-05 23:56 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(11)

鉄道の話題

 今日の記事にこの表題を掲げれば、当然阪神・阪急の経営統合と村上ファンド保有の阪神株の問題について論じるであろうと思われるでしょうが、それに関連する新聞記事をネットで見ているうちに、全然違う、しかし興味深い鉄道記事を見つけたのでそっちの話をすることに致します。
 経営統合問題について一言だけ述べれば、阪神・阪急は経営が対立してお互いのカラーを明確に打ち出してきていたことからより多くの利益を一世紀近くに渡って獲得してきていたのではないかと思うのです。あと、阪神経営陣の対応の悪さはどうにかならんかという意見も多いのですが、村上ファンドにどうせ経営するつもりがないのなら、徹底的にほっとくというのも実は一つの選択肢だったのかもしれない、などとふと思ったりもしました(そういう意味では阪神の経営陣は「動きすぎた」かも。どっちにせよ褒められたものではなさそうですが・・・)。

 さて今日の本題ですが、日本の鉄道ではなく中国の鉄道について、ちょっと前のですがこんな記事。

 毎日3000トンの“糞尿”が線路に ロケットの予算はあるが、「黄害」防止の対策は後回し

 汚い話ですが、しかし(それだけに)興味深い話ではあります。
 で、これに関連して、日本の鉄道におけるトイレのお話などしてみようと思います。その際にネタ本として使うのは『星さんの鉄道昔ばなし』を持ってきましょう(ピクトリアルに昔列車トイレ特集があったはずですが)。この本は米山淳一という人が、国鉄の車輌設計者で、戦後の国鉄最盛期の主だった旅客車輌の設計に中心となって関った星晃氏に往時の話をいろいろインタビューしたものです。結構面白いですよ。アマゾンの書評にあるとおり、インタビュアーがやや提灯持ち的なのは否めませんけど・・・
 さて、この本では、米山氏の問がゴシック体で、星氏の答えが明朝体で印刷されています。大概の部分は、米山氏が1~2行質問を発すると、星氏が4~5行答えるというくらいの比率で話が進みます。しかし、新幹線に話が及び、そして新幹線のトイレについて米山氏が「トイレの話を少し」と話題を振ると(p.144)、星氏の喋ること喋ること。少しだったはずなのに、以後7ページに渡りトイレの話が延々と続きます。この間、米山氏は1ページ当たり2行分の合いの手を入れるのが精一杯という状態。ページを開いただけで他の箇所と違うことが分かってしまいます(笑)
 ちなみに、小生は一度星氏から直接お話を伺ったこともありますが、その時もやはりトイレの話をされると一番熱が籠っておられました。星氏ご自身、四半世紀に及ぶ国鉄での業績の中でも、列車トイレの改良をもっとも誇るべき仕事と考えておられるようです。

 で、それだけやはり列車のトイレ取替えは大事業のようです。日本でも新幹線の開発当時(1964年に新幹線は開業しているから、上掲記事の「1970年代以降のたゆみなき技術革新」はちょっとおかしいですね)から三十年以上かかって全部取り替えたようで、規模の大きい、しかもトイレを必要としそうな長距離列車が多い中国の場合、総取替えに半世紀かかったとしても不思議ではありません。
 さらに、文化的な問題もいろいろ関係してきそうです。前掲書からちょっと引用。
・・・日本人は昔は汚いものは便所に捨てる、という汲み取り便所のクセがあるでしょ。だから、初めにタンクをつけた時には、ずいぶんいろんな異物が便器に投げ込まれたんだ。便器の中にジュースのビンがあったり、下駄があったり、それぐらい異物が投入されたんですよ、日本では。ところが、今は一般の生活が洋式になってきたでしょ。そんなことを自分の家でやったら大変だってことが、みんな染み付いてきた。そういう時代になってから、あの真空式のシューっていうのができたからよかったんだ。つまり、時代の進歩とうまく合ってるんですよ。・・・(p.147)
 というわけで、こういった改良は技術や生活水準の向上と平行して進んでいくわけですね。取り上げた記事では「これは今まで言える環境にないので我慢していただけで、徐々に育ちつつある人権意識の高まりとともに、大きな問題に発展する可能性は大きいのではないだろうか」と述べられていますが、人権意識というか、生活水準の向上がこのような問題を問題として意識させるようになる面の方が大きいのかな、などとも思います。(こういってはなんですが、一般的に途上国では、線路際ってスラムが多いですよね・・・)
 そして、星氏の談によれば、列車のトイレ問題は日本の場合1949年から始まっていて、新幹線でやっと改良が実現した、そんな経緯があるようです。中国でも高速鉄道を作るそうですが、その際の技術的要請から人権意識やらなにやらとは別に、トイレの改良は実現する可能性があります。しかしそれを一点豪華主義ではなく、全国的なシステムと出来るかどうか(「車両にタンクをつけることよりも、タンクからどうやって汚物を抜き取るか、地上設備が大事なんだからね」前掲書p.148)は、やはり社会の生活水準とかが向上する必要がありそうですね。
 というわけで、トイレ一つとってもなかなか色々な問題があって難しい、いや、社会の様々な人々が関係してくるという点では、実はロケットを打ち上げるより難しかったりするんじゃないのか? と思ったりするわけです。
 
 ところでどうでもいい話ですが、黄害の沿線に及ぼす影響を評価するなら、撒かれた汚物の量を路線延長とかで割った方がより適切なような気もしますが、或いは輸送密度で割り振って推測するとか、まあでもそんな細かいことは中国の鉄道当局も考えていないのかな。

 こんなことを書いているうちに、小林一三の本にあった車内マナーに関する逸話など思い出したのですが、もういい加減長いし、またの機会に。

※さらに補足記事→「鉄道と衛生の話・補足」
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by bokukoui | 2006-05-29 23:53 | 鉄道(時事関係) | Trackback(1) | Comments(3)

日本社会と鉄道についてぐだぐだと思う

 連日教育話も疲れるので、本日は鉄道の話を。
 とはいえ今日鉄道の話をするのはそれはそれで重くなりそうですが。

 今日は尼崎の事故から一年ということで、事故の後JR西日本は如何なる対応をしたのか、ダイヤに「ゆとり」は生まれたのかということがマスコミによって検証されていました。どうも必ずしも余裕時間はあまり増えていない箇所もあるようで、それに対する批判の声も上がっているようです。
 一方で関東ではJR東日本が、自社開発の工法に何か問題でもあったのか、山手線の線路を隆起させて運休という不祥事を引き起こし、顰蹙を買っていました。同じような事件は前にも起きていたらしく、それへの批判と共に、列車の遅れの被害を被った乗客の怨嗟の声がマスコミで紹介されていました。

 ここで西では安全のための余裕が足りないといい、東では電車の遅れに敏感に文句をつける、という大衆の行動(やそれを無批判に報じるマスコミ)を、自分勝手なものだと批判するのは容易ですが、それだけでは芸がないので、やはりこの事態は日本社会に厳密に定時で運行する電鉄というシステムが深く深く根付いているということを無意識的にあらわしているのだなあ、と考えるのが適当であろうかと思います。
 考えるに、日本の都市は極めて効率の良い電鉄という輸送機関を中心に発展してきたわけですが、このシステムは満員電車という形で通勤通学者に肉体的・精神的負担を転嫁することで、都市インフラの整備にかけるコストを低下せしめてきたのではないかと思います(しかもその整備コストの少なからぬ部分は電鉄事業者の費用負担で行われました)。このことは、電鉄中心に都市圏が形成されながら、やがて自動車にすっかり取って代わられたアメリカの都市なんかと比較すると、何か日本の特質が見出されるのではないかと妄想しています。もしかすると日本の場合、都市で節約できた公共投資を、その分地方に均霑するという効果さえあったのかもしれません。まあこれ以上は土木に詳しい方にお任せしますが。
 しかしそういった状況も次第に曲がり角に来ているわけで、電鉄界の古豪阪神と、電鉄業の範囲を拡張した阪急の提携という話が出るのもその象徴なのでしょうな。で、村上ファンドは本当に株を売るのかな?

 あまり関係ありませんが、先日夕方から町田にバイトで出かけた折、町田駅の新宿よりの踏切でえらく待たされました。ちょうど下り線の場内信号機(だろう、多分)が見えるので、暇つぶしに観察していたら、停止(赤)と注意(黄)しか点燈しないという状況で、通る電車は皆ノロノロ運転でした(まあほとんどの列車は町田に停車しますが)。あれは何かダイヤに問題があるような。過密ダイヤとかゆとりダイヤとかとは別に、うまいダイヤと下手なダイヤはあるわけで。

 追記。明日は早いのでコメントへの返信は今しばしお待ちを。ありがたく読ませていただいておりますので。
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by bokukoui | 2006-04-25 23:47 | 鉄道(時事関係) | Trackback | Comments(3)

被爆電車とPSE法

 先月既に公になっている話ですが、広島の路面電車である広島電鉄で未だ活躍する「被爆電車」こと650形4両のうち、2両が引退するそうです。こちらの記事こちらの記事をご参照ください。
 小生は、広島の路面電車は数度訪問し、一度は車庫も見学、全線乗ったものですが、650形に乗ったか記憶は定かではありません。ただ、8月に訪れた時、この電車が「慰霊」などと大書した幕を車体の横に下げて走っていたのは鮮明に記憶しています(垂れ幕を特別につけていましたが、通常に営業運転していました)。広島では超低床電車が続々投入されていますし、第一製造六十余年を経た以上、昭和初期頃の鋼製車は戦後の電車より無駄に頑丈なので長持ちするものですが、さすがに引退もやむを得ないことではあります。モノがモノですので、何らかの保存措置が取られる公算は低くないだろうと楽観しておりますが・・・

 さて、保存とは言っても、電車なんですから出来れば動く状態で保存して欲しいと思います(被爆電車はまだ2両残ってはいるわけですが、いつかはその2両も引退せざるを得なくなることもあるでしょう)。それも明治村みたいなのではなく、本来走っていた場所で(この場合なら広島で)走らせることが出来れば大変望ましいことでしょう。
 で、こういう場合、歴史的価値として保存し日常の営業には供さないわけですから、保安装置の基準であるとか車籍の取り扱いであるとか、法的な規制は通常の営業に供する電車と同じである必要は無いのではないかと考えます。法制面はあまり詳しくないのですが、営業線上を運賃を取って走るには車籍が必要な筈で、そのために保安面等で法的な基準を満たさなければなりません。それはそれで必要なことですが、歴史的価値ある保存車輌にまで一律に適応する必要は必ずしもないと思われるのです。

 欧米、特に英国では、鉄道趣味者が廃線になった鉄道などを買い取り、自主的に運営する保存鉄道がまま見られます。実は調べていないのですが(苦笑)、これらの鉄道に課せられる法的規制が一般の営業に供する鉄道と全く同じであるとは考えにくいのです。
 日本で同様な活動をしている団体はあまりありませんが、東大鉄研のOBが尾小屋鉄道という廃線になった軽便鉄道の車輌と終着駅附近の線路を買い取って、時々運転会をしているという例があります。聞いた話では、尾小屋鉄道を買い取る時、別な軽便鉄道の出物(?)として、下津井電鉄という路線も候補に上がったそうです。ところがこの路線は社名の通り電化路線でしたので、電気が絡むと安全云々で法規制がややこしいから止めた方がいい、という意見が出て沙汰止みになったとか。なんでもその意見を主張したのは、東大工学部で電車の研究をしておられた本邦きっての専門家だったということで、そのような人が言うからには相当に困難なのでしょう。
※追記:正確には「法規制云々より設備の維持メンテナンスや感電のリスクがあまりにも大きすぎるというのが理由」だそうです。この箇所を訂正し、削除します。本文全体の論旨は修正しておりません。

 話を近代遺産全般に広げると収拾がつかなくなるので止めておきますが、要するに日本ではこういったモノの保存活動に対する理解が乏しく、それを支援するような枠組みは無に等しいのではないかということです。古代の遺物と違って(もしかしてアッピア街道は現役?)、近代の遺産は現役で、もしくはそれに近い状態で保存することが可能であり、その方が保存の価値も一層高まると思うのですが。
 鉄道車輌の静態保存の場合でも、置いてある土地の固定資産税に優遇措置を与えるとか(もちろん、保存物件を一般に公開しなければ優遇は受けられないようにすべきですが)、支援策は色々考えられると思います。
 日本は世界一たくさんの船を作り、世界一速く正確な鉄道を作り、世界一大きな自動車会社を窮地に追いやるほど(あの会社は自業自得か・・・)自動車を作っているのですが、それらの歴史的保存に関しては大して注意を払ってこなかったように思われます。しかし「ものづくり」が日本の強みだというのなら(ホリエモン逮捕のせいかそんな言説を最近良く見かけるような気がします)、その「もの」に相応の敬意を払って然るべきでしょう。

 で、やっと表題である現在話題のPSE法と話が繋がってくるのですが、もう随分ここまで長文を書いて疲れてしまいましたので、簡単に一言。
 ゲームのようなコンテンツ産業が日本の将来を支えるというのなら、過去のゲーム機が容易に稼動する状況を作る方が合理的のはずなのに、それを妨害するような法制度を作るとは解せないと思っていました。しかし、これまで日本の発展に貢献してきた産業の過去の遺物に対する扱いを考えれば、所詮そんなもんだという結論になってしまいます。
 今回PSE法に関して世論がある程度盛り上がり、経済産業省もいくらかは反応せざるを得なくなったことが、今後近代文化遺産全般の活用に繋がる第一歩となれば、大変意義深いことなのですが・・・。PSE法反対も、これくらいのでかい話に結びつけることで、より盛り上がれば何よりであると思います。ビンテージ云々にとどめてしまうにはもったいない話です。いかがでしょうか(元)室長。(←最後の箇所は私信)
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by bokukoui | 2006-03-26 23:56 | 鉄道(時事関係) | Trackback(1) | Comments(2)