カテゴリ:[特設]さよなら交通博物館( 15 )

回想・閉館後2年余の交通博物館館内

 季節の変わり目に毎度の如く体調を崩し、ここ十日程全く外出できずに引きこもるという惨憺たる状況で、先に掲げた裁判の傍聴も果たせぬままに終わりましたが、いつまでもそうもしておられませんので、昨日あたりからようやく動き出したような次第です。
 そんなわけで、当ブログも一週間放置し、最近定点観測を試みている交通博物館の最期の模様も調査していないのですが、最近当ブログに該記事を検索で探し当てて来訪される方も少なくない様子に鑑み、更新再開に際して表題の如き過去の画像を発掘してみた次第です。なお、関連する記事の増加に伴い、「[特設]さよなら交通博物館」カテゴリを設けました。

 神田にあった交通博物館が閉館したのは2006年5月のことで、建物の解体は昨年秋頃から本格的に始まった(別館は早くに撤去されていましたが)ようですが、その間の2008年7月、思いがけない機会で当時の交通博物館館内に立ち入らせていただく機会がありました。その際は館内を見て回れるとは思っておらず、カメラも持っておりませんでしたので、はなはだ画質の低い携帯電話附属機能のカメラによるものでしかありませんが、在りし日を偲ぶよすがとして、以下に掲げます。

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 これは1階のホール、蒸気機関車2輌が展示されていたところです。注目すべきは、閉館後2年を経たこの時点でなお、天井からヘリコプターがぶら下げられていることです。結局どこへ引き取られたのか・・・

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 この写真は、1枚目と同じ場所を反対側から撮影したものです。画面奥に受付(売店)だったところが見えますが、その右手が入口でした。

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 これは、交通博物館の発祥でもある、中央線の高架下の様子です(だったと思います)。周知の通り元々交通博物館は、鉄道博物館として旧万世橋駅の跡地を利用して設けられました。

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 これも旧万世橋駅の一部である倉庫だったと思います。今でも万世橋の上から、神田川に沿った旧万世橋駅跡にして交通博物館に使われていた煉瓦の構造物が見えます。その建物は川に面して窓が並んでいますが、交通博物館時代はその窓のある箇所は倉庫に使われていました。ところが、川沿いに窓があるもので湿気が入りやすく、展示資料の保存場所としては悪条件でした。そこで年中無休で除湿器をかけ通しだったそうですが、そのための電気は中央線から分けて貰っていたので、博物館としては電気代無料だったそうです。

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 これは閉館前に見に行かれた方も多かったかと思いますが、旧万世橋駅のホームに上がるための階段です。写真に見える戸を開けると中央線の電車が見えるはずです。

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 最後に、これは3階のかつての航空関係の展示フロアの様子です。壁のパネルがまだ残っており、展示品は箱詰めされた状態で積まれています。なかなか引取先が決まらなかったのでしょうか。閉館から2年経ってもこの様子だったのには、いささか驚きました。解体工事が始まるまで3年もかかったわけですね。

 以上、写真のお見苦しい点はご海容の程。
 交通博物館の建物の解体状況に関しては、今後も折に触れて見ていきたいと考えております。
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by bokukoui | 2010-03-12 10:40 | [特設]さよなら交通博物館

さよなら交通博物館 建物の解体状況(3)

 昨年末以来、(1)(2)と2回、当ブログで記事を書きました、神田の旧交通博物館の建物解体状況ですが、今年に入ってからも隔週くらいで3度程撮影に行っておりました。しかし諸事に追われたり倒れたりしていたので、紹介出来ないままでしたが、流石にこのまま寝かせておくのも何なので、先月中旬・下旬・昨日の3回分の写真をまとめて、定点観測風にご紹介したいと思います。
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昨年末からほとんど変化のない御茶ノ水側(西側) 「交通博物館」の文字も微かに残る
(2010.2.6.撮影)


(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-02-07 21:27 | [特設]さよなら交通博物館

さよなら交通博物館 建物の解体状況(2)

 相変わらず諸事に追われておりますが、いくら何でも何日も「タモさん×2」ネタをトップに置いておくのも気が引けるので、先日雨の中撮っておいた写真を使い、この企画の第2回をお送りします。第1回はこちらをご参照下さい。
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「交通博物館」の文字がかすかに残る旧交通博物館本館をお茶の水方から望む


(続きは以下に)
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by bokukoui | 2009-12-06 23:59 | [特設]さよなら交通博物館

さよなら交通博物館 建物の解体状況(1)

 ここしばらく、論文はじめ山積する所用に追われ、追われていると心身共に碌でもない状況になり、すると所用がますます片付かないという悪循環にはまっておりましたが、つまりよくあることというわけです。そうこうしているうちに月も変わって寒くなってきました。
 で、居並ぶ所用に無理矢理区切りをつけて、以下に話題を一つ。

 もう三年半も経ってしまったのですが、2006年5月に神田にあった交通博物館が閉館しました。閉館後、南側に建っていた別館は比較的早くに撤去されましたが、本館は入口には閉館を告げる看板を掲げたまま、あまり変わらぬまま建っておりました。小生はふとしたご縁で、閉館二年余後の交通博物館の中に入れていただいたことがありますが、なにせヘリコプターがまだ釣ってあったくらいでした。
 しかし鉄道博物館も開館して早2年、とうとう交通博物館本館の解体が始まりました。小生は時折秋葉原に足を運びますが(最近は史料撮影用にデジカメの新調を検討中)、その際の曖昧な記憶では、先月頃まではあまり変化がなかったのが、先月後半頃だったかに建物の一部に仮囲いが施され、解体工事が本格化したようです。
 やや手遅れの感もありますが、交通博物館の最後の姿を記録しておきたいと思います。
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交通博物館本館をお茶の水方から望む かすかに「交通博物館」のロゴの跡が残る
(この写真はクリックすると拡大表示します)


(写真が多いので続きは以下に)
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by bokukoui | 2009-11-08 23:59 | [特設]さよなら交通博物館

さようなら交通博物館

 混んでいると分かりきっているところにはまず行かないのが小生の通例の行動ですが、こと今日に限っては通例に反してあえて出かけてきました。営業最終日の交通博物館へ(関係者を集めた閉館記念式典を月曜日にする由。関係者よりの情報)。
 交通博物館は幼時に来て以来何度来たのか正確なことはわかりませんが、閉館が本決まりになってからは三度くらいは来たように思います。
 以下、眺めに行って思ったことなどを箇条書きでつらつらと。

・館を埋める来場者はやはり家族連れが多いが、万世橋駅の現役時代を知っているのではないかという感じの高齢者の方も多く見受けられた。
・見るからにその筋の趣味者と分かる連中(小生の同類)もまた少なくなかったが、案外カップルも見受けられた。男が女に一生懸命説明をしているのも微笑ましき情景(まさに「愛するとは許すこと」ですね)。
・鉄道趣味者は所持する撮影機材に凝る者が少なくなく、閉館を取材に来た報道陣と咄嗟には区別が付かない。
・1階の鉄道コーナーは芋を洗うが如き大混雑であったが、2階・3階の船・自動車・航空機の展示コーナーはそこまでは混んでいなかった。人気の差か。
・しかし本物の「誉」エンジンは、いろんな意味で他のものに引けを取らないお宝だと思う。大宮に所沢の航空博物館に譲渡するとか?
・お子様は運転シミュレーターなどに群がるが、鉄道関連展示で一番混んでいたのは万世橋駅関連だったかもしれない。
・1階の吹き抜けの部分に展示してある蒸気機関車9856(ドイツのマッフェイ製、箱根の後押し用マレー機関車)は大宮にちゃんと持っていくのだろうか。大宮移転後の展示予定の紹介として実物車輌35両が挙げられていたが、その中になかったような・・・
・ついでに、9856と一緒に置いてあるこれまたドイツの名機01(ヘンシェル製)の動輪もちゃんと大宮に持って行くのだろうか。それにしてもマッフェイとかヘンシェルとか、ドイツの蒸気機関車屋はなぜ戦車もよく作るのだろう。
・鉄道の車輌の発達史として大型模型を集めたコーナー、JR化以後の車輌はJR東日本の車輌しかない(新幹線も東海道・山陽は無視。世界最速の500系の姿もなし)。なんという心の狭さ。昔の模型には小田急ロマンスカーや近鉄ビスタカー(新ビスタ)もちゃんとあったのに。
・なお、この模型コーナーのクロ151(パーラーカー)の塗り分け線が微妙に間違っているような気がする。
・今まであまり見に行かなかった屋外展示(行き方が分かりにくい)の弁慶・善光を今回はとくと観察。弁慶の足回りのうち弁装置関連部分は赤く塗られており(教材用?)、お蔭でアメリカ形スティーブンソン式の意味がやっと分かった。
・食堂もお土産品も当然のことながら大混雑で売り切れ御礼状態であったが、軽食用の万世のカツサンド(近所のよしみで売りに来たのか)が大好評。小生も一つ食するも、次から次へ売れてゆくため回転がよいのであろう、出来立てで温かく実に旨い。肉の万世が今日一日で幾つのカツサンドを売ったのか気になるが、それ以上に、小生は今後万世のカツサンドを売っているのを見るたびに今日のことを思い出すだろう。

 交通博物館は敷地が狭く、この手の博物館の目玉となるべき実物展示の点で不満があるのは確かです。カットモデルや模型に頼る場面が多いので、大宮移転で鉄道の実物車輌が数倍に増えるのは、基本的には歓迎すべきことと考えます。建物の構造も分かりにくく、エレベーターなどもないですしね。
 ただ、曲がりなりにも「交通」博物館と称し、船や飛行機、自動車を含めた総合的な展示であったのを鉄道に絞ってしまうのは、やはり残念です。結構なお宝も所蔵しているだけに、お蔵入りせずに有効な活用方法を考えて欲しいところです。常設展でなくてもなんとか。
 そして、「鉄道」博物館として充実するならいいと思うのですが、どうも「JR東日本鉄道」博物館になってしまうんじゃないかという点が懸念されます。JR化以降の鉄道車輌模型の展示が、東日本のそれに限られていたということがそれを示唆するように思われるのですが、これは今後再開時も日本を代表する鉄道博物館となるであろう展示施設の運営方針としては余りに視野が狭いものといわざるを得ません。民鉄も含めた(自前で博物館持ってる会社もあるけど)総合的な日本の鉄道の特質を示すよう、心がけていただきたいものです。
 最後に、史料の問題ですが・・・あの余りといえば余りな閲覧体制は改善されるんでしょうね。マイクロフィルムを見るのに何で付き添いがいるのかと小一時間(以下略)。国立公文書館みたいなシステムにして欲しいなあ(公文書館のマイクロは扱いやすく見やすい。国会図書館の憲政資料室のマイクロは旧式で扱いにくく見にくい)。短期的な商売にはなるはずもないけど、このような文化事業は、長期的には宣伝として相当に高い合理性を持つように思うのです。

※追記:鉄道博物館を開館前に見学に行った記事はこちら
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by bokukoui | 2006-05-14 23:57 | [特設]さよなら交通博物館