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オタクと公務員 カマヤン氏のご意見に関連して&書記長向け新デモ案

 咳が止まらないわ頭は痛いわそれでも締切は来るわと、小生がじたばたと日々を送っております間、世間ではいろいろなことが話題に上っていたようであります。

 さて、論文とお仕事を一区切りして昨日今日と見ていたネットの記事で、大変興味深いものがありましたので以下にそれについて一筆。
 それは、マンガ家にして運動家のご存じカマヤン先生のブログの、ちょっと遡りますが19日付の記事です。

 「我々に足りないものは・・・」

 この記事は、いわゆる「児童ポルノ法」の改訂が、本来の趣旨である児童の人権保護から、関係の乏しいマンガなど実写でないものの表現規制へ逸脱することへの反対運動について、カマヤン先生がそのご経験について振り返ったもので、全部で12項目の箇条書きからなっています。
 そのうち前半の7までは、運動の経験について語られていますが、8以降はそれらの経験に徴して「オタクを官僚として官庁に送り込むべき」という主張をされています。幾つかの項目を引用します。強調は原文の通り。
8;官庁に入省入庁できる能力のあるオタクも一定数いる。だがオタクは、とくに有能優秀なオタクは自滅願望がたいがい強く、入省入庁の能力を持っていてもわざわざ権威のないライターなどになりたがる傾向がある。だから我々はここから先、「運動」を継続発展させるために、入省入庁能力のあるオタクをそそのかし、省庁へオタクを送り込むべきである。省庁内にオタク同志が一定数増えなくてはここから先のマンガ規制反対活動・表現規制反対活動は展開が難しい。たとえば文化庁、経済産業省などに同志を送り込みたいところだ。

9;有能優秀なオタクは自滅願望が強く、自滅願望が強いがゆえにオタクである。よって、我々は有能優秀なオタクを、「省庁に入省入庁し、オタク業界全体のために犠牲になってほしい」と、彼のマゾヒズムを最大限に煽るべきである。たとえば東大生であるオタクは一定数実在する。有名大学の法学部のオタクは一定数存在する。彼らに入省入庁を「オタク界全体の捨石となってくれ」と薦めるべきである。「内部から変えると言って成功した例はない、単に自分ひとりの生活の安定と栄誉のためにオタクを裏切りやがったんだ」という陰口悪口を彼らは必ず言われる、だがオタク界全体のためにそこをどうにか耐えてほしい、と、彼らのマゾヒズムを煽るべきである。また実際に我々の敵並びやっかみ以外の何もできないバカ野郎がそう誹謗するだろうが、誹謗した時には我らのために身を挺して入省入庁した同志を程よく擁護するべきである。同志のナルシシズムを刺激するために。

10;官庁においてオタクの数は少ない。よって入省入庁が無事できれば、オタク関係の行政はそのオタク同志がほぼ一手に扱うことができる。このオタク同志はオタク同志としてのアイデンティティが強く、「官僚なんかよりもライターに本当はなりたかった」という自滅願望を抱えている限り、官僚的出世よりもオタク界全体のための行政に身を粉にして奮闘してくださるはずである。ついでに言うと、日本においては、日本以外でもそうなのだが、官僚が同時にライターをなしている例は多く、歴史に名を残している文筆家の多くは官僚を兼業している。官僚であることはライターであることにプラスこそあれ、実は何の妨げにもならない。また文筆家として大成したいことがその願望の最たるところである場合、いつでも官僚を辞職し、文筆一本で立つこともできる。あからさまに言われることはほとんどないが、日本においては、官僚出身である文筆家と、非官僚出身文筆家との間には、出版業界ならびに社会からの扱いにおいて、物凄い開きがある。文筆家として後世名を残すために官僚となることは実はたいへんに有効有益だ。
 なるほど、なるほど。
 さて、このようなお題であれば当然発言を期待されるであろう、そしてカマヤン先生も期待していたであろうネット上の著名人といえば東大アニ研出身のオタク評論家・イラストレーターの有村悠氏に他ならないでしょうが、有村氏はご多忙なのかご関心があまりないのか、カマヤン先生の呼びかけに「はてなブックマーク」で短く答えられたのみですので、呼ばれてもいないのに小生が勝手に一筆。

 「オタク」の勢力を増したい時には数に算入され、そうでないときは無視される鉄道趣味者の世界では、鉄道が大好きで、運輸省に入って、文筆家としても名をなした、といえば私鉄史研究の大御所である和久田康雄氏のお名前が浮かぶわけで、「先例」がないわけではありません。しかし、官僚とは組織で仕事をすることが他の仕事に較べても重要ですから、官僚個人が政策に大きな影響を及ぼせるわけではないでしょう。
 和久田氏の場合でも、九州赴任時に西鉄の福岡市内線廃止と地下鉄建設が都市交通審議会で答申され、欧州のように折角の路面電車を改良して生かす方法(最近話題のLRTの先駆的手法)を取ればいいのに、と個人では思いつつも、市民集会で答申の内容を弁護することになってしまって「あまり楽しいことではなかった」(『私鉄史探訪60年』マイロネBOOKS p.178)ということもあったそうです。

 途中まで書いて数年間ほったらかしの「東京大学オタク物語」に記した如く、官僚を輩出するような学校は元々オタクが比較的多いところと思います。ですから既に、それなりの人数のオタクが各官庁に浸透しているものと思われます。今も活動されているのか存じませんが、90年代にはNHK狂育というサークルが『霞ヶ関グルグル』なんて官僚内幕同人誌なんぞ作っていたことがあったくらいで。※追記:検索したところ、今でも活動されているようです。
 小生の知っている範囲でも、官舎で「ふにふに抱き枕」の類と同衾している国家一種官僚が複数いましたし、またお役所からいただいたボーナスを、コミケで『マリみて』同人誌に大部分突っ込んでいた人とかも知っていますが、既にブックマークでも指摘されている通り、別段それが政策に結びつくわけではないですし、趣味をおおっぴらにしているよりも、仕事と趣味の区別はうまくつけているのだろうと思います。何より官僚組織とはチームプレイで仕事をするところでしょうし。

 「有能優秀なオタク」に自滅願望が強いのかどうかは小生には判断しかねますが、そうなのであればカマヤン先生の仰るような展開もある程度望めるかも知れません。しかし、むしろ逆に、オタクとして自分は抑圧されてきたという意識が強すぎる場合、反動として出世願望というか権威主義というか、そういうのに取り付かれて役所という権威を目指すという事例もあります。そのような場合は、有村氏の指摘されるが如く「ネット右翼」的というか、少なくとも表現規制反対といった考えとは距離のありそうな、そのような役人になってしまうかも知れません。
 急いで付言しておけば、お役所もさすがに、そのような抑圧の反動としての権威主義に取り付かれたような人物は、大概面接でふるいにかけているようです。小生の高校の同窓生で官僚になられた方々を思い浮かべても、やはり優秀な方が多いと思います。そりゃ中には、同窓生が集まると「あいつはまだ汚職で捕まってないのか」といわれる人もいますが。

 ですので、役所に人材を送り込んでも、直接的な効果を過大に見積もることは出来ません。しかし組織で仕事をする役所ですから、組織の一系統に浸透するほど、上から下までオタク文化に理解のある人が一通り配置されれば、組織として理解ある方向に動きうるかも知れません。
 そして、実はこれまで着実に、オタク的素養を持つ人材は送り込まれてきているのです。ですからいつかその日が・・・? でもそうなったらなったで、省庁間の縄張り争いになったりして。
 とまれ、そうなるとますます日本のオタクの未来は、官僚とオタクの揺籃の地としての灘と開成のアニ研・漫研などが握っていることになりそうな・・・大学は大きすぎて、同じ大学を同じ年に出た程度ではなかなか人的ネットワークになりづらいところがありますので(慶應は違うのか?)。

 さて、そんなカマヤン先生のブログの22日付の記事「「人権」対「表現の自由」という偽の図式」では、「革命的非モテ同盟」古澤克大書記長に対し以下のような呼びかけがされています。
古澤克大書記長にはそのスキルを恃み、「国会前コスプレなんちゃってデモ」開催を期待したいところであります。「オタク=犯罪者」という宣伝戦が規制派から議員に対し繰り返し行われています。この宣伝戦を腰砕けにするための示威活動はあってしかるべきだと私は考えます。議事堂前・議員会館前の歩道は、慣例的に政治主張する場として黙認されています。そこにおいて、20人程度の、もっと多くても当然かまいませんが、「笑える」「ユーモアを非オタクにも感じさせる」コスプレ集団が「表現規制反対」「アニメーターの生活向上を」と、数日、アニソンなどを歌いつつ(つまり存在として無害であることを暗に示しつつ)議員関係者の目に触れることは政治的にたいへん有意義であります。ぜひ検討を願いたいところであります。公安やらが発狂すること請け合いですが、これは意義があります。
 この呼びかけについて「月よお前が悪いから」のartane氏が同日付「一年早かったのかもしれない」「(無題)」「d:id:furukatsu氏への公開の呼びかけ」の一連の記事で共同の用意がある旨を発言しておられます。

 カマヤン先生に認められるとは、書記長も出世したなあと羨ましく思うことしきりですが、これらの呼びかけに対する書記長の返答はあまり明確ではありません。22日付「我々は断固として表現を守り抜く」は、時系列的には呼びかけへの直接の返答ではないでしょうが、具体性に欠けるといわざるを得ませんし、23日付「id:artane氏へ」の内容も共同に前向きとは思われません。もちろん、当ブログでも詳細に報じた「アキハバラ解放デモ」関係(「革非同・古澤克大(フルカツ=furukatsu)書記長観察記」のタグをクリックされたし)の事後処理問題は尚意味あることですが、それだけに簡単にはできないことかも知れませんが。
 ですが、コスプレ大好きなはずの古澤書記長(コスプレキャバクラに通い詰めて借金作ったほど)が、カマヤン先生の呼びかけに対し反応が鈍い最大の要因は、うまうまと地方公務員になりおおせた書記長自身の本質的に有する「小役人」根性だろうと思います。

 とはいえ、カマヤン先生のご提案された「国会前コスプレなんちゃってデモ」ですが、面白そうとは思いましたが、どんな形であれアニメやマンガのコスプレであった場合、公安や多くの議員の方にとっては理解不能な、訳が分からず気持ちの悪いものとしてスルーされてしまう懸念もまた大きいと思われます。うまくやれば一般人に「無害」をアピールすることは出来そうですが。
 で、ここで小生がハタと思いついた一案は、少なくとも公安や「お堅い」保守的な人に対して一定の効果が期待できそうな、そして書記長の人脈が生かせそうな、そんなコスプレ? 的なデモの方法です。

 それは、自衛官を集めてデモをするというものです。

 現職の場合は法的な問題が懸念されますが、元自衛官・予備自衛官であれば問題はないものと思われます。予備自とデモに関しては、「アキハバラ解放デモ」後に元自衛官である書記長がクリスマス粉砕デモを打った際、「予備自衛官がそんなことをするとはけしからん、自衛隊内の然るべき筋に通告する」と主張した、これは現職の自衛官の方がいたというような話があり、その際に書記長周辺が調べた範囲では法的な問題はないはずという結論になっていました。小生も今、法律の専門家に電話して聞いてみましたが、よほどのことがない限り問題にならないと思われる旨でした。ちなみにその現職自衛官の方々は書記長デモを監視に来たそうで、その監視姿を怪しんだ公安に職質されたとか何とか。
 公的セクターの中で、自衛隊はオタクの浸透率の高さでは恐らく最高ではないかと思います。元自衛官のさる方に聞いた話では、自衛隊員は体育会系・オタク・その他に分類されるくらい、オタクが目に付くです。このブログでも以前、隊内で美少女ゲームが流行した結果「うぐぅ小隊」なる渾名が付いた部隊があったという話を書きましたし、別な筋から聞いた話では、砲兵隊の演習時に観測将校が、弾着が大幅にずれている旨を砲兵に電話で連絡したら(註:用語が旧軍ですが、自衛隊用語はよく知らんので、そのようなものと解釈して下さい)、電話口の返事が

 「え~、ぶっちゃけありえな~い!」

 だったとか。これだけプリティでキュアキュアな自衛隊の関係者であれば、デモの趣旨に賛同してくれる人もいるでしょう。現職の場合は確かに政治的行動は困難ですが、元ならば問題はないでしょうし、うまいことに自衛隊は組織の性格上、年齢の若い「元」が大勢いるわけです。
 で、作業服を着て分列行進でもやればいいのではないでしょうか。「保守的」な人に対して、より大きな効果を上げるものと思われます。そして次の日には、全然違う格好で現れると、公安もますます混乱することでしょう。左寄りの人たちは困惑するかも知れませんが。

 ちなみに、日本の政治的街頭行動の歴史を振り返りますと、大正年間の確か川崎造船所の労働争議だったかと思いますが、鎮圧に憲兵隊が出動したところ、それに憤慨した労働者たちが軍服を着用し(戦前ですから徴兵経験者が大勢います)、憲兵隊に対し自分たちも国家の一員なのだと主張して立ち向かったという話があります。これは確か、竹村民郎『大正文化帝国のユートピア』に書いてあったと思いますが、現物を図書館に返却してしまったので細かいデータを確認できていません。
 とまれ、市民の運動を考える上では、案外この方法はオーソドックスともいえるのであります。

 読み返すと、我ながら例によってまとまりのない文ではありますが、一応まとめてみるとこんな感じでしょうか。
・カマヤン先生ご提案の、オタクの官僚化はある程度進んでおり、将来オタクへのシンパシーが生まれる可能性はあるが、過大な期待はすべきでない。
・現在の公的機関中、構成員に占めるオタクの比率が最も高いのは恐らく自衛隊であり、手っ取り早くアクションするなら「元」の人は誘えるかも知れない。

※追記(2009.6.25.):一つ書き忘れていましたが、もし(元)自衛隊員表現規制反対デモをするならば、そのスローガンとしては以下のようなものが考えられます。
「自衛隊は災害救助に際し、思想信条で区別などしないし、してはならない。万一の有事の際も同様である。脳内の思想嗜好がどうあれ、差別をしないことが我々の死守すべき原則である。それに反するような法制度には賛同しがたい」
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by bokukoui | 2009-06-24 23:15 | 思い付き

岩手・宮城内陸地震から一年 そして人を悼むことについて若干

 20名を超える死者・行方不明者を出した、岩手・宮城内陸地震から一年が過ぎました。つい先日になって漸く遺体の発見された方がおられたそうですが、今なお発見されない方もあり、また復興については今なお、という状況のようです。

 地震発生の日付は2008年6月14日ですが、昨年もこの日付で地震と追悼記事を書いておりますように、地震当日は一日出かけていて何も知らず、翌日になって知人からの連絡で岸由一郎さんの遭難を知ってびっくりしたという経緯があり、小生としてはこの日付で書く方が何となくしっくりします。
 今思い起こすに、岸さん遭難の連絡を受けた時も出かけていましたが、それはちょうど、自分も出くわした通り魔事件から一週間後の秋葉原に行っていた折でした。その時は、電話で聞いただけで何ともピンと来ないというか、全く実感が湧かないというか、不思議な感じでした。

 岸さんの人となりなどについては、リンクを張った小生の昨年の記事やウィキペディアをご参照下さい。
 事件から一年の時を経て、幸いにというか、鉄道に関するブーム?は根強く続いているというか、拡散しつつもそれなりに落ち着いて続いているような感じです。JR東日本の鉄道博物館の成功に嫉妬したのか、JR東海も対抗して博物館を作るそうで、このような状況でこそ岸さんのように、詳しくてかつ子供や普通の人に面白さを説明するのに長けた人材が必要なのに・・・(もっとも商業主義的色彩の強い鉄道博物館と、岸さんの思想・活動とは乖離している面があり、もし岸さん存命の場合それが表面化した可能性は否定できません)。
 小生はことによると来月、くりはら田園鉄道の跡地に足を運ぶ機会がありそうなので、その際に岸さんが志した事業の現況(地震でこれも一頓挫という話も漏れ聞きましたが)を見ることが出来れば、と思います。


 このような追悼の言葉は昨年も書きましたし、また小生もこれに補足してまだまだ詳しく書くことは出来ます。しかし、書いていてふと思うのですが、自分にこのようなことを書く資格があるのかと思うこともあります。

 このブログの前回の記事は秋葉原事件一周年についてでしたが、そこで書ききれなかった「追悼」のことについて、岸さん個人の追悼とは離れてしまいますが、地震と通り魔と連続して考えると頭の中でもやもやすることがあって、何か形にしたいと思います。論理的でもない思いつきですが。

(全く個人的なとりとめもない思念であることをご諒承下さい)
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by bokukoui | 2009-06-15 23:59 | 思い付き

12月10日(黒鳥忌)に思う

 去年も同じようなことを書こうとして果たせなかったので、今年こそ。
 書くべきことは一年経っても、その意味は変わっていないと思いますので。

 今年亡くなった著名人、といえば小生はやはりロシアの文学者・ソルジェニーツィンが思い浮かびますが、そのソルジェニーツィンが亡くなった際に当ブログに書いた記事中で、「感動はそれが自分にとって深くかけがえのないものであればあるほど、容易に他人と共通理解や共感できるようなものではない」ということを書きました。この件については、何人かの友人と十年ぐらい前に相当議論したことがあって、そもそも決着をつけるようなことではないのですが、今なお小生の心の中にわだかまっている思いです。小生は、感動を重視すればこそ安直に共有は持ち出すべきではないと考えたのですが(であるからこそ、小生は桜井由躬雄教授の言葉を忘れることが出来ないのです)、ある友人はそれを、共有し得ないような感動は価値がないと捉えていたようでした。
 今から書くことは、その更に延長線上にあるような話です。

 「感動」の話をしていながら、上に挙げた記事ではその定義をちゃんとしていなかったりしますが、強く感情が揺り動かされるようなこと、という大雑把な括りで概ね話を進める上で問題はないだろうと思います。そして、強く心揺すぶられるというと、これは揺すぶられる強さだけを問題にしているのであって、ベクトルの方向は問うていないわけです。
 となれば、先刻「感動」について述べたことは、より広く心の動き全般、例えば災害や犯罪のような悲劇に巻き込まれた人々の心の動きについても、同じように考えられるのではないか、と小生は思います。このことはしばらく前、岩手・宮城内陸地震の一月後に書いた記事で、あくまで「個人的な思い」として述べたことでもあります。

 となるとどうしても、犯罪被害者についても考えてしまいます。
 近年は犯罪被害者及びその家族への注目が高まっておりまして、それ自体はこれまでないがしろにされてきた面がありますので、重要なことであることはもちろんです。しかし、「被害者(家族)への配慮」を安易に持ち出すことは、反って被害者感情に対する敬意を欠いているように思われるのです。
 何となれば、その被害者及びその家族の衝撃や悲しみや怒りが大きければ大きいほど、安易に外野がその「心情を慮る」ことは難しくなります。更に、強い衝撃であればあるほど、それへの心の反応は、強さの見なさず幅や深みについてもまた、なかなか外からは窺い知るわけにはいかないでしょう。
 とすれば、「被害者(家族)への感情の配慮」ということを、当事者でもない外部の人間が安易に掲げてなにがしかの社会的要求をすることは、やはり賞賛すべきことではないのではないかと小生は考えます。その安易さは、強い衝動への個性(これが個人の尊厳を支える大事な要素と思いますが)を伴った反応の幅に対し無頓着ということに繋がります。すなわち、そういった安易な主張に適合的なように、被害者(家族)の感情を、いわばテンプレートの中に押し込めてしまうことに繋がります。それは感情に対する敬意をもったこととは考えられません。そこでは、外部の観衆にとって都合の良いストーリーに、いわばワイドショー的に、事態が丸め込まれてしまっているわけです。
 また、「家族」と一括りにすることも、同様の誤謬に陥る危険性があるでしょう。家族だからといってすべてが共有可能でないということは、容易に想像できることの筈です。

 話が逸れるのであまり詳しくは触れませんが、このような安易な感情の利用は、犯罪の場合「加害者」が明確になっていると、ただ漠たる不安や不満を抱いている人々にとっての、単なるストレス発散のための攻撃性発露の口実となっている場合も、率直に言ってしばしば見かける光景であります。これが、事故の場合を考えると、手近な犯人捜しと処罰でこと足れりとしてしまうことに繋がり、それは原因究明と再発防止に反って支障を来すという具体的な社会的損害にも繋がります。

 ではどのような対応を被害者(家族)に対し取るべきなのか、ということについては、小生は確たる政策論を持ち合わせているわけではありません。ただ、一つの考えとしましては、その損害の度合いも補償の程度も窺い知ることが出来ない「感情」という局面ではないところ、事務的にある程度(感情よりましな)算定が可能な、経済的な支援の方を、特に公的な政策としては中心に据えるべきであろう、そう考えております。


 さて、以上の話は、表題に付しました通りに、大変回りくどくはあっても、中井英夫『虚無への供物』の感想文のつもりです。
 12月10日は、『虚無への供物』開巻の日付(今年で54周年)であり、そして中井英夫の忌日でもあります(同じく十六回忌)。去年も同じ日付でこの記事を書こうとして果たせませんでした。一年経って少しは肩の荷が下りた気分ですが、しかしまだすべて書き切れたという感はありません。道は尚通し。
 この記事の内容を思うに至った、直接のきっかけとなった箇所を同書から引用できればいいのですが、しかしこの小説の性格上それが出来かねることは残念です。なにせ感動は人様々だから、『虚無への供物』を読まれた方であっても、小生がかかる想念を抱くに至った箇所を、どなたでも見つけるわけにはいかないでしょうから。
 それでももし、ここだね、と察せられた方がいたとしましたら、例え、わかり合うことが出来ずただ許すことしかできない人の世でも、いくらかの道しるべはあるということになろうかと思います。
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by bokukoui | 2008-12-10 23:59 | 思い付き

月替わり前後に思ったことなど

 月が変わりましたが皆様お変わりないでしょうか。温暖化は何処の世界の話かとばかりに気候は寒さを増し、小生は昨年の如く体調思うに任せず引きこもって、ブログもここ数日空白だった次第です。

 昨日は辛うじて起き出して何とかバイトに行き、今日はゼミなどあって割と一日活動し、事のついでに論文の中間報告がてら再来週のゼミ報告を急遽引き受けたもので、またしばらく引き籠もっているわけにも行かないのですが、そうでもしないと一年前みたいに際限なく引き籠もりそうなので、それもまたいいことだろうと思います。

 さて、そんな数日に思ったことや読んだ本、ネットで巡り会った記事など、書きたいことはあるのですが、とりあえず思いつくまま幾つか列挙。

 天野哲夫氏死去 「ヤプー」作者と一時告白

 『ヤプー』は確か持っているけど、読んだことのない本の山の中に埋もれていますね。惚れ込んでいた友人が身辺に何人かおり、そういう連中が読んでいても驚かないのですが、随分以前に(確か幻冬社版が出る以前)電車の中で妙齢の女性が読んでいて驚いた覚えが。
 ちょっとニュースを瞥見したところ、『ヤプー』作者は天野氏ではなく、当時判事だった倉田卓次氏という説もあるそうです。戦前にも尾佐竹猛という面白い文化的業績を残した判事がいましたが、こういう人がいることはあまりよく知りませんでした。小生の友人にもこれらの衣鉢を継げそうな人がおりますが・・・。


 以上の話と何の関係もなくもう一つ。
 少し前にマスコミでも報道されて知り、そして革命的非モテ同盟の古澤書記長がブログに書いていたお陰で、本件に関するリンクを集めたブログこちらも参考になる)を経て、当人のブログにたどり着くことが出来たのですが、元東大生が文科省の時間などの殺害予告をブログ上に書いていたという件について。
 これは30代入りも近いのに人生の展望が見えない東大院生としては、触れておくべき事柄と思いまして。といって、小生はこの人のブログを今になって初めて知ったわけで、そのごく一部を斜め読みしたに過ぎず(そんなに暇ではないのだ)正直見当外れな所もあるかも知れませんが。

 なるほど教育に様々な問題があることは確かとは小生も思いますが、但しそれは制度的な問題に限った話ではなく、そもそも教育するということ自体がはらんだ問題という面もあるでしょう。教科書には限界があるけれど、しかし先ずそれを正しいと教えなければ先へ進めない、自分で考えるようになることが教育の目的にしても、先ずは先例の考え方を注入しなければならない。そこに様々な軋轢や矛盾は生じるでしょう。
 で、小生がrealiste0氏のブログを瞥見して一番違和感を感じたのは、そういった教育の問題は、大学に入る前、受験勉強の過程でとっくに気がついてるだろう、そうでなきゃやってられないんじゃないか、ということです。もっと平たく言えば、「あなたのお悩みは十年前に通過するべき地点ではなかったんですか」ということです。
 それを越えて大学に入って学問に触れ、与えられるものではない「真理」に近づくのが、高等教育というものであろうと思います。

 そして、realiste0氏は、「真理」というものを振りかざしているのですが、それが何であるのか、何によって真理と見なせるのか、といったことはちっとも説明してくれていないようです。ので、「真理」は「真理」なんだから「真理」とでも言わんばかりのような感を受けます。
 瞥見した印象からは、氏は「真理」とは自明なものとしてアプリオリに存在してるとも考えていたのではないか、という気がしてきます。あまりに平板で凡庸な解釈ですが、受験勉強の初期設定のまま大学に来てしまい、高等教育の段階に適応することが出来なかったのでしょうか。

 ここで小生しばし思うに、realiste0氏のような人は昔から結構いたのであって、自明と当人が思い込んでいるだけの「真理」に現実がそぐわないことに絶望して(本来それは受験までの段階か、せめて入った後に乗り越えられるべきことの筈ですが)明後日の方向に行く人というのは、30年前ならセクトでゲバ棒を振るい、15年前ならオウム真理教に入信していたのが、今日では「はてな村」で管を巻いているのではないか、ということを思いつきました。
 しかし小生も、さすがにこの見方はどんなもんかと思い直したので、やはり文学部卒の身では分かりかねるところかも知れないと、東大法学部卒の友人某氏に電話して聞いてみました。

小生:「某氏、本件について小生はかくかくしかじかと考えたが、貴殿は如何お考えか」
某氏:「あー、そりゃ考えすぎ。ありゃ中二病を引きずってるんですよ」
小生:「・・・え? それでいいの?」
某氏:「あーいうの、オウムにもセクトにも入れないよ」

 ところで、某氏の言う「中二病」的なものをこのようにこじらせずに済むには、学校などでの友人などとの交友関係が重要なのではないかと、自身を省みて思うのですが、多分realiste0氏はそこでも失敗があって、こういう事態に繋がる一因になったのだろう、とも思います。
 そこで、小生は少々意地悪く、このような教訓を本件から引き出すことにします――realiste0氏の状況を改善するのに、ネットは、すくなくとも「はてな」諸サービスは、役に立たなかったのだと。

※こういった教訓を引き出したのは、そもそも小生が本件について知るきっかけとなった「革非同」古澤書記長のブログ記事の、あまりの内容に影響された可能性が大である。なんとなれば、書記長の該記事の書いている内容は一見むちゃくちゃに見えるが、それはすべてを「はてな」中心に考え、すべてを「はてな」に奉仕させる、「はてな」中心の世界観(「はてな」主体思想)を書記長が抱いていると考えれば理解可能である。もちろん、理解できれば賛同どころかより一層むちゃくちゃと分かるだけの話であるが。詳しくは約一年前の拙稿を参照。一年経っても何も変わらない。


 つまらない話を長々と書いてしまいました。
 これもすべてコミンテルンの陰謀です。
 ・・・↑のリンクは、戦史研など物好き東大生共が拵えたと思しき、田母神空幕長の件をからかって作ったmixiコミュニティ「コミンテルンの陰謀を暴く会」ですが、マッカーシーの写真を貼って
 偉大なる空に輝かれる日本の軍事指導者、田母神俊雄氏によって、日本に暗躍する恐るべきコミンテルンの陰謀が明らかにされました。
 私たちは、この凶悪で非道徳的な陰謀を断じて許しません。私たちは非日活動委員会が国会で組織される、その日までコミンテルンの陰謀を暴き続けます。
 等とヨタをとばしているにもかかわらず、コミュニティ参加者を見ていると、東大関係者でない、なんだか「本気」らしき加入者が・・・ネタキャラだよね、と思いたいけど、mixiだしなあ。
 嗚呼、陰謀論はふる星の如く。
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by bokukoui | 2008-12-03 23:59 | 思い付き

第1次世界大戦停戦90周年 附:近況若干

 先日ドイツ革命90周年を記念した以上、今日はこの話題で・・・と思ったのですが、体調思わしからざるに付き、というかネタもないので、今日は記念するのみにとどめます。

 先日ある方ともちょっとお話ししたことなのですが、第1次大戦の方がイデオロギー的な味付けがない分、「戦争の悲惨さ」をよりストレートに語ることが出来るのではないか、そんな風に思うこともあります。ソンムやパッシェンデールの夥しい死者達に、何か尤もらしい意義を与えようとしても、何の意味もなかったということが最大の意義なのではないか、そう思います。小生が、日本でしばしば行われる「戦没者追悼」などを巡る議論について、いくらかの違和感を覚えるのは、一つにはこの辺りに起因しているのだと自分では思っています。


 ついでに近況など。
 先日来そのためにごたついていた学会報告ですが、先日無事終了しました。当初の構想とは全然違ったものになりましたが、何とか形になってほっとしています。もっとも向後この報告を論文に纏めるために、まだしばらくどたばたしそうです(年内くらいは)。ですが、今日は一日、緊張が一段したせいか、全く身動きが出来なくなって引きこもっておりました。
 ところで、学会報告用のレジュメを書いていたところ、気がついたらA3用紙で本文4枚資料篇7枚の大作になってしまい(普通文学部系はB版で作るのですが、作成中にこれは枚数が増えすぎてまずそうだとA版に切り替えました)、それを80部も作ったものだから、コピー代がえらいことになり、素寒貧になりました。そして残部が30部近く・・・近日中に小生に会う方々は、メモ用紙にも焚き付けにも鍋敷きにも使える紙片を一塊押し付けられることになろうかと思いますので、ご諒解の程。
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by bokukoui | 2008-11-11 23:40 | 思い付き

秋葉原事件と「包摂」につき雑感 或は東浩紀氏に聞きそびれたこと

 グダグダだった「『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』感想」記事の続き(まとめ)、というか、これに関連した諸記事、阿佐ヶ谷ロフトのイベント新宿ロフトプラスワンでのイベントの感想をも含めた一応のまとめとして、最近多少思ったことなど書きたいと思います。

 ところで、いきなり話は逸れるのですが、このブログのアクセス解析を某日ふと辿ってみたところ、ロフトの経営者・平野悠氏のページ掲示板からアクセスがあることが分かり、そして今月1日のロフトプラスワンのイベント「秋葉原通り魔事件 絶望する社会に希望はあるか」について、平野氏の感想が記されていることに気づきました。これが中々興味深い内容で、掲示板の記述というのはリンクもしにくければ消えることも多いので、以下にその大部分を引用紹介させていただきます。同じ文章はこちらの8月5日付け記事にもあります(が、5日付けの記事がえらくいっぱい・・・)。改行は一部改めましたが、その他は原文のままです。
ロフトプラスワン「秋葉原通り魔事件──絶望する社会に希望はあるか」
投稿者:平野悠 投稿日:2008/08/04(Mon) 10:48


一聴衆としての意見を書かして貰います。

・・イライラするだけのライブだったと思ったのは私だけか?

社会学者のおしゃべりになにも持ち帰ることが出来なかったのは私一人か?。

<イベント宣伝コピー>
秋葉原通り魔事件は単なる半狂人による特殊な犯行ではない。宮崎勤幼女殺人事件、オウム事件、酒鬼薔薇事件と続くこの20年の社会の闇の部分── 若者達の不満や怒りを見据えないと、事件の真相は見えてこない。『現実でも一人。ネットでも一人』という絶望的な状況で人は脱社会化するしかないのか?

【出演】宮台真司(社会学者)、東浩紀(哲学者/批評家)、切通理作(評論家)、雨宮処凛(作家)、月乃光司(こわれ者の祭典)、タダフジカ(ギタリスト)、他
【司会】藤井良樹(ルポライター)

一昨日プラスワンに久しぶりに行ってきた。な、なんと場内はソールドアウト。店長の話では200人近い人が入っていると言っていた。

社会問題系、それも夏休みで東京にはドンドン人がいなくなっている、さらには、月初めというのは案外客が入らないのだが・・・テレビの取材が入っていた。

当日私は血圧の調子も悪く、イライラしていたのかも知れないが途中から入って、あまりにもつまらなかったと言うよりひどかったので、途中(休憩中)で帰った。

話は秋葉事件の加藤容疑者の話が中心だった。

宮台慎司、東浩紀と言ったいわゆる社会学者が訳のわからんことしか言っていなかった様に見えた。満員の聴衆の中で私は切れまくっていた。

所詮両学者の自慢話のステージだったなって思った。

なにも私らを説得できていない。学者って私たち頭の悪いものにもちゃんと解るように喋らなければいけないって言うことを解っていないな。

所詮社会学者?なんて、人の個々の弱さとか、苦しさとかはは理解できないらしい。

やたら訳のわからん語彙を使いまくって、さらには「誰々の学説では・・・」と言ってしまう。

秋葉事件を単なるよくある社会現象としてとらえてしまっていた。

やっと社会的に弱い立場の人たちが団結して立ち上がろうとしているのにこの彼らは全くそこに近寄ろうとしない。理解しようとしない。G8の話題すら出てこない。

基本的に現代のグローバリズムな世界を肯定しているのだ。

だから、「ニート問題は解決しません」とか「運動自体は否定しませんが意味がない」「運動では社会は変わらない」と言った発言が出てくることに、私は一人?怒っていた。

赤木論文(希望は戦争)にも「それで赤木君はライターの仕事が成立して良かったじゃないの」には絶句。

東浩紀はなぜかはしゃぎまくっていて実にかっこ悪かった。

まともなのは切通理作さんぐらいだ。

藤井良樹は「この問題は面白いのでもっと続けよう」と場内の空気も読めていないと思った。

さらには憲法改正論者宮台さんの「石原慎太郎のブレーンをやっている。それが私のロビー活動」と言った発言には、もう「こりゃ~ダメだ」と思った。

確かに奴らは学者だから論理ではかなわない。論争を仕掛ける度胸はない。

しかし、彼らが社会学者?の領域に安住しているのを私は見ていた。


だから学者ってダメなんだって35年前の私たちが教授を追求したした事が思い出された。

これならまだ、田原総一朗とか久米宏の方が人間的だ。

ちゃんと両氏を批判するには、当日のテープを聴き直さなければいけないのだが、とにかく私は感情的についていけなかった。

月乃さんが、雨宮さんがどういう反論をするか見ていきたかったが、私はもうこれ以上聞きたくないと思って帰りを急いだ。

せっかくロフトプラスワンに出演していただいたのに、こんな事書くオーナーでした。すみません。出演者のかたがた。
(以下略)
 これを読んで、既に書いたようにこの日のパネルディスカッションを面白いと思っていた小生、当初一読してウムムと唸りましたが(小生もまた、東氏の言う「難しい言葉で救われる人」なのでしょう)、ややあって考えるに、案外これらの発言は繋がっている面もあるのではないかと思うに至りました。

 それは「包摂」と「場」ということです。

 事件について様々な言説があり、更には様々な言説を生んでしまう構造自体を批判するという言説もあったことは、『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』にも明らかな通りです。小生は、元々ある意見を持っている人が、たまたま起こった事件にひきつけて自己の意見を語ることが悪いとは思いません。それを悉く批判しては、何も言えなくなってしまいますので。勿論目に余る場合もあるとは思いますが・・・(上掲書で言えば、リバタリアン蔵氏の書いたものは、アキバの事件がどうあろうと自分の「正論」が正しい、誰が逆らえるのか、などと書いており、いったい誰にどういうつもりで書いているのでしょうか)。
 そう断った上で、このような事件のより少ない世の中になるように、おまじないではない対策としては、やはり宮台真司氏の指摘する「社会的包摂」のある世の中に近づけていく、ということが最も現実的な方法なのだろうと思います。国と個人との間の中間団体というものが、20世紀の日本では解体されていきました。その代わりになるかと思われた企業もバブル崩壊後はそういった余裕をなくしています。そこで、包摂の場を作り直すことが求められるのです。
 と、そこまで考えたときに、小生は阿佐ヶ谷ロフトでの鈴木邦男氏の発言を思い起こしました。宮台氏の示す戦略は有効としても、今すぐ包摂を求める人にとっては十分具体的というわけではありません(他の論者よりは、おおむね具体的ですが。ナイフ規制などおまじない的対策はもちろん除きます)。然るに鈴木氏は、抽象学説抜きで、しかし同じ方向の、極めて具体的な解決策を示しておられました。

 「一水会に入ればいい」

 「包摂」の場を作るということであれば、雨宮処凛氏の運動も、はたまたロフトをこしらえた平野氏も、それほど隔絶したことをやっているわけでもないのではないか、そう感じた次第です。そして戦後日本でのこの最大成功例が、多分創価学会でしょう。
 とまあ、小生とりとめもなく考えているうちに、新宿ロフトプラスワンでのパネルディスカッションの際、最後の質問の時間に言い出そうとしてうまくまとまらなかった、イベント自体は興味深かったけれど引っかかっていた、そんなことがらの全体ではないにせよ切れっぱしを、ようやく掴まえることが出来ました。

 それは、「包摂の場を作るに当たって、ネットの役割果たして如何」ということです。

 新宿ロフトプラスワンの「秋葉原通り魔事件 絶望する社会に希望はあるか」の中で、包摂の場を設けることの重要性については、論者の間で一致が見られています(包摂して「楽しく生きる」事が最重要か、それと社会改革運動とを二正面作戦で行うべきかの点については意見が割れていますが)。ですが、包摂の場とネットの関係については意見が分かれていて、しかも東氏と切通氏との議論が全くかみ合わなかったように思います(レポ(1)末尾参照)。図式的に切り分ければ、ネットで加藤容疑者に救われる可能性があったことを強調するのが東氏、それに疑問を呈するのが切通氏、という構図でしょうか。
 更に図式的なことを続ければ、小生はここでの議論については切通氏の側に近いので、さてこそ表題のように、東氏に包摂の場を作ることとネットとの関係について、より深く聞いてみたいと思うに至った次第です。

 ネットはもっぱら言語によるコミュニケーションツールなので、ただ漠然と「包摂する場」を設けるという点、参加者が「ああ自分はこの場に包摂されているんだなあ」と直接感じるためには、面倒な手段なのではないでしょうか。ネットの場では、ある程度相手を想定して、そちらに繋がる言葉を発しなければなりません。そして発言しなければ場にいると相互に認識できないのですが、これは結構面倒なことです。mixiのコミュニティのように、ただ入るだけで一員になるネットの場もありますが、その程度の場や加入具合で、果たしてどれほどの包摂の効果が生まれるのでしょうか。
 あまりに古典的かもしれませんが、やはり直接会って同じ場所と時間を共有することの方が、場を育てる上では有効だと思います。特に、雨宮氏の活動の中にも「公園呑み」がありましたが、飲み食いを共にするということが一番効果があるんではないかと。なんだか民俗学や人類学みたいな発想ですが。

 話が逸れますが、この点では呑みニュケーション大好きな、「革命的非モテ同盟」の古澤書記長は正しいかも、と思います。何せネット上で書記長が書くことは、しばしば格好つけて理論づけようとしてずっこけているにもかかわらず、書記長が多少の「場」を維持できているのは、デモや呑みなどリアル活動のお蔭に他なりません(このことを本人が一番分かっていそうにないのが笑いのポイントなのですが。書記長は内容証明郵便で探偵事務所に文句をつけたら「はてなブックマーク」がたくさんついたことを未だに自分の活動の最大成果と勘違いしている節があります。テレビにも新聞にもロフトにも出たのに、それよりも! そのことをいくら批判されても全く懲りていないのは、最近になっても「内容証明万歳」などと書いていることからも伺われます。まさに「はてな脳の恐怖」と題して森先生に分析していただく価値があると考えざるを得ません)。場を盛り上げて維持することが大事(「面白くなければ続かない」とは書記長の弁)で、言論の精緻さを上げることは必ずしもそれに優先するものではないのかもしれません。実際、「言論は仲間の結束を高める効果はあっても、反対者を説得する効果は少ない」と、ロフトプラスワンのイベントで論じられていますし。
 ただし、あまりにいい加減では、仲間の団結すら出来なくなってしまいますので、全くどうでもいいというわけではないのは勿論です(ウェルダン穂積氏のデモの失敗は、身内かためすら出来なかったことにあるでしょう)。

 その、イデオロギー闘争は不毛、といった指摘に対し、おそらくこの記事の先頭で引用した文章から察せられるように平野氏は不満と怒りを持っておられるようです。平野氏が政治の季節を乗り越えてこられた方であることを思えばそれもさもありなん、と思いますが、しかし実際のところ、政治運動を起こした諸団体にしたところで、理論ありきで行動していたわけではないのではないかと思います。簡単に言えば、メットかぶってゲバ棒振り回していた人々が、皆マルクス・レーニン思想に通暁していたわけではないだろう、ということです。言論は場を作るための道具として、その効力を発揮するのです(多分、「やまざき」氏が古澤書記長を「ガチ左翼」と勘違いしたのも、言論と場の関係を前者が優先と思っていたからでしょう)。
 結局場を作って人を包摂することが、政治運動においても基本ではないでしょうか。人が集まれば人脈も広がるでしょうし、うまく行けばカネ・モノも集まることもあるでしょう。そうすればロビイングも有効に行えることでしょう。

 例によって長すぎて書いているほうも草臥れてきたのでいいかげん締めにします(いつものことだけど)。折々友人に話していることを文字に起こそうとしただけなのに、何でこんなに面倒なのか。3秒で考えたことを書くのに3時間かかっても終わらないので。質問のある方は電話してください(笑)
 だから、ネットという文字ばかりのメディアによる場の建設は面倒で、多くの人を包摂する場を作るには不適ではないかと、嫌というほど感じたのでした。

 纏めると、場を作って包摂することが大事で、そのアプローチ方法は左右いろいろあるけれど、その際にネットの力は過信しない方がいい(地理的事情などで会いにくい人をフォローする、など使途を明確にすれば便利で有効でしょう)のでは、そんなところです。
 そして付け加えるならば、包摂の際に気をつけるべきことは、何かを排除することによる包摂、ネガティヴ・キャンペーンによる包摂に陥らないようにすることでしょう(言論という面倒な手段に頼らざるを得ないネットでは、最も手軽な言論作成方法であるネガティヴ・キャンペーンがより起こりやすいでしょう)。包摂の境界線はあいまいにしておくに越したことはありません。その方が流動性の高い包摂が可能になります。
 排除やネガティヴ・キャンペーンに陥らない為には、批判よりも自分が幸福になる方法を掲げるべきでしょうが、これはこれで難しいものです。何が幸福かなんて、分かったら苦労しません。それこそ人生かけて考えねばならぬことです。最初から明快なロードマップを示して「幸福」に至る道を示すことはかえって出来ません。だからこそ、先ず場を作ることを重視するべきなのです。
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by bokukoui | 2008-08-25 23:59 | 思い付き

ドイツ軍「暗黒の日」90周年に寄せて速水螺旋人氏の話など

このいくさ 負けだとエーリヒが言ったから 8月8日は暗黒の日
ウィリー

 時は今から90年前の1918年8月8日。折りしも4年目に突入した第1次世界大戦の西部戦線はアミアン南方で、連合軍(協商軍)はドイツ軍に対し戦車を押し立てて攻撃を開始しました。ドイツ軍は大損害を被って退却しましたが、連合軍側も当時の戦車の信頼性がすこぶる低かったために攻勢はすぐ鈍り、ドイツ軍は戦線を再建します。しかし、ドイツを事実上仕切っていた参謀次長のエーリヒ・ルーデンドルフの精神が参ってしまい、以後ドイツ軍は連合軍に主導権を奪われて押される一方となり、そのまま11月の休戦に至ります。
 第1次大戦に詳しいT.S.レイサー氏の記すところによると、
 戦後、ルーデンドルフは書いている。「八月八日はドイツ軍にとって暗黒の日であった」。この日、ドイツ軍は大損害を被ったが、回復可能な程度の損害だった。しかしルーデンドルフは回復しなかった。逆境にあって性格の最悪の部分が出、ヒステリー性の麻痺に襲われた。部分的勝利に満足できなかったルーデンドルフだが、部分的敗北を補う行動を、何一つ考えることはできなかった。以後終戦までドイツ軍は行動指針を失い、単に起こったことに対応するしかできなくなった。
(訳:桂令夫・斎藤通彦)
 「ドイツ軍暗黒の日」というのは、戦後ルーデンドルフらが主張した「ドイツ軍は戦場では敗れなかったが、国内の自由主義者とユダヤ人による、背後からの匕首に刺された」という神話の一環をなすものではあるようですが、これ以後ドイツ軍の前線でも厭戦気分が広く蔓延した、ということは何かの本で読んだ覚えがあります(レン・デイトンだっけかな?)。

 さて、上記のT.S.レイサーの記事は、『コマンドマガジン日本版』というボードゲーム雑誌の1996年4月発行の通巻8号から引用したものです。第1次大戦の本なら拙宅にリデル・ハートもA.J.P.テイラーもありますが、敢えてこんな趣味的雑誌から引用したのは、部屋がカオスでハートとテイラーが行方不明・・・ということもないではないですが、この雑誌は、今年出した初単行本『速水螺旋人の馬車馬大作戦』が大好評な(当ブログでも記事書きましたが)速水螺旋人先生の、多分商業誌初出誌じゃないかと思うんですよね。
 『速水螺旋人の馬車馬大作戦』173ページの年表によると、1996年の項に「速水青年、ウォーゲーム誌『コマンドマガジン(日本語版)』(国債通信社)においてコラムの執筆を開始。同誌付録ウォーゲーム『1918 Storm in the West』に出会い、本作は最も愛するウォーゲームの一つとなる」とあり、それまでは投稿しかしていないようなので、この号で始まったイラストコラム「弾丸通信」が、おそらくそうなんじゃないかと。
 ちなみに描かれているのは、ドイツ軍戦車・A7Vと、当時の軍服姿の女の子と、隅っこにイギリス軍鉄兜姿の自画像? と、そして余白を埋め尽くす薀蓄と趣味の文字。基本形は変わってないですね。ただ絵の感じについては、概して線の細い気がします。
 この「弾丸通信」は『速水螺旋人の馬車馬大作戦』には収録されていないので、一つスキャンして・・・とも思いましたが、まあ速水氏が載せたくなかったのにはそれなりの理由もあろうし、著作権の問題も考え、速水氏の自画像部分だけちょこっと引用。
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 「NHKの映像の世紀が面白かったぞ」というあたりに時代を感じます。この番組では、第2次大戦の回より、1次大戦の回の方が衝撃的で面白かったのを覚えています。シェル・ショックで飛び跳ねる人、そしてラストシーンが見渡す限りの兵士の墓標で、戦争のむなしさを痛感させられました(ことに『機関銃の社会史』を読んでいたので)。

 さて、この雑誌の付録で速水螺旋人氏も愛するというゲーム『1918』の話は、ずいぶん前にこのブログで取り上げました。プレイした者は誰もが認める傑作でありながら、お題が1次大戦というだけで売れ残り、噂では編集者が追われたという曰くつき。
 で、この噂の真偽については小生それ以上の根拠を持ちませんが(編集者が変わっているのは事実)、その元編集者氏の出したウォーゲームの同人誌を、小生持っております。何でそれを持っているのかというと、これは今から十年近く前のコミケで、当時問題になっていた、いわゆる「児童ポルノ法」の制定と表現の規制を巡って、積極的に活動しておられたカマヤン先生のブースにそれに関する同人誌を買いに行ったら、一緒に並んでいたので買った次第。つまり、元編集者氏とカマヤン先生は、当時ともに児ポ法反対運動に関わっておられたのです。今は知りませんが。

 そして十年近い時が過ぎ、カマヤン先生は漫画界から距離を置かれ、速水螺旋人氏の活躍は広がり、『1918』は再評価され、そして児ポ法改正の季節がまたやってきました。「改正」にかこつけて表現規制をするという政治勢力が蠢動していることは、このブログでも既に報じました。今も無体な表現規制に反対する運動は続けられており、この夏ではコミケはじめいくつもの即売会で、また専門書店などでも、反対署名の用紙配布が行われます(即売会では受付も)。
 詳細はこちらのサイトをご参照ください。

 創作物の規制/単純所持規制に反対する請願署名市民有志

 カマヤン先生は今も尚このような運動に関わっておられる由ですが、十年以上前からずっと運動している人は有体に言って少ないようです。それはこの運動が労多くして益少ないものであること、しばしば誤解や中傷があり、更には運動の内紛を招いてきたこと、また同じことが繰り返されるのでうんざりしてしまうこと(知識人の発言が今回少ないのはそのためもあるようです)、そういった困難があるようです。
 しかし、そもそも性格からいって困難の多いこのような運動で大事なことは、それこそルーデンドルフのように全面的勝利が得られないからといって精神的に挫折するのではなく、あきらめずに起こった出来事に対処し、イニシアティヴを失わないことであろうと思います。

 話が例によってとっ散らかりましたが、何とか元に戻ってきたということで。
 末筆ながら、署名へのご協力をお願い申し上げます。
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by bokukoui | 2008-08-08 23:59 | 思い付き

岩手・宮城内陸地震から1ヶ月

 先月14日に起こった岩手・宮城内陸地震からちょうど1ヶ月になります。
 13名の方が亡くなられ、10名の方が依然行方不明という大きな災害で、崩壊した土砂によるダムはなお解消されておらず(だいぶ作業は進んでいるようですが)、道路などの全面的な復旧の目処は立っていないようです。仮設住宅の入居が始まったということは先日報じられていましたが、「仮設」は仮設であって、復興はまだまだかかりそうです。むしろこれからの方が、関心が薄れるだけより大変になるかもしれません。

 なによりも小生にとっては、この地震で鉄道博物館学芸員の岸由一郎さんが亡くなられたために、今日このことについて一筆ものさずにはいられなかった次第です。
 岸さんを喪ったことの重さはむしろこれから次第に明らかになってくるのであろうと思いますが、小生としましては、自分の出来ることで岸さんのなした仕事の一端なりとも受け継ぐことが出来れば、そう思っています。そのようなことができる可能性のある立場に自分がいる、ということをよく自省して、今後励んでいかねばと思います。

 被災地の復興と、行方不明者の発見と、亡くなった方々の絶たれた意思の継承とを願い、しばし合掌。

(本題から逸れるのでお暇な方は)
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by bokukoui | 2008-07-14 21:55 | 思い付き

続「アキバ解放デモ」一周年 ネットとの付き合い方に関してなど

 昨日の記事の続きです。いろいろあって遅くなりまして済みません(実質一日遅れですね)(追記:結局2日遅れになりました)。
 気力体力の衰退著しく、とても纏まったことは書けないので簡単に。

 「アキバ解放デモ」は、その参加者に対して総括を示せなかったということで、主催者側に多大な問題があったと思います。ネット上の批判(決して正当な証拠に基づいたとはいえぬ)に晒されたとはいえ、デモはネット上ではなく街頭で起こったことであるのに対し、ネット上の「世論」のごときものによって肝腎の街頭行動の意味を見失った、その不手際は批判されるべきです。
 おそらく主催者側も、このデモがネットの力と何か密接な関係があると考えたのかもしれません。しかし、前回の記事で書いたように、どうもこの驚くべき動員の裏には、ビラ撒きというグーテンベルク以来の? 古典的手段が少なからず奏功していたんじゃないかと思われる節があります。

 ネットといいますが、ネットでもうまく拾われない声というものがある、という点では既存のマスコミと同じような問題点はやはり孕んでいると思います。ネットもまた社会の一部をフォローしているだけであって、「世論」として完全なわけではありません。マスコミよりは優れているという見方もあるかも知れませんが、そして確かに場合によってはそのようなこともあるかもしれませんが、むしろかえってある狭い範囲で集中的にある話題が捏ねくり回され消費される、タコツボ的な現象を起こしやすいこともあろうかと思います。
 「秋葉原」的な、いわゆる「オタク」的な人々の声というものは、ネットによってそれまでのメディア状況より相対的に広い勢力を得たことは間違いないでしょう。しかし、メディアの中でその勢力が広がったからといって、「オタク」内部で拾われる声が、すべての声について同じように勢力を拡張したわけではないですね。

 ネット上のこのデモへの批判の中には、その後の秋葉原でもパフォーマンスを巡るごたごたなどまでこれと結びつける場合もあるようです。なるほど450人もいれば、その中にそのような手合いがいなかったとはいえないでしょうが、それだけでデモの性格を断ずるのも偏頗です。また、もし「アキバ解放デモ」とパフォーマーの過激化に関係があるのだとすれば、ネット上でこのデモを散々批難した彼らの言論は、結局秋葉原の事態改善の役には立たなかったわけです。
 まあ、推測に推測を重ねても仕方ないのでこの辺で止めますが、何か現実を変えようと思うのであれば、やはりいつかどこかで誰かが実際に行動しなければならないのだろうと思います。それをサポートするためには、ネットはもちろん大変有効なツールであることは論を俟ちません。

 先日、春日屋にしん氏など「アキバ解放デモ」に顔を出した方々にちょこっとお話を伺いましたが、皆さんネットの限界を踏まえつつ新たな活動を模索しておられました。それはまあ、小さいながらもデモとその後のゴタゴタが、多少は良い効果を一部の人には齎したのだろうと思います。
 で、デモ首謀者の一人であり、秋葉原の状況に重要な影響を与えた通り魔事件にもまさにその場で出くわした革非同・古澤書記長はといいますと、あれだけブログ大好きなのに先日ブログコメント欄を閉鎖しておりまして、これは秋葉原での経験を糧にして、ネット以外の活動にも力を注ぐのかと小生は期待を抱きました。正直、書記長の力が発揮できるのはしばしば論理的に破綻するネットの言論よりもむしろ街頭とかでの活動を行う妙な行動力、行動した結果の訳の分からない引きの強さにこそあると思っていたからです。
 そんな先日、古澤書記長から電話がありました。7月18日に阿佐ヶ谷ロフトで行われる秋葉原通り魔事件についての討論に出るので、ということでした。その時小生は、コメント欄閉鎖の英断を讃えましたところ、書記長はこう返答しました。

 「最近『はてな』では、コメント欄閉鎖が流行ってるようなので」

 ・・・。
 確かに書記長はこんな記事も書いてましたし、またちょいと検索してみたところこんなまとめ記事も見つかって、確かに個々のコメント欄に関する意見については頷けるところもありますけど、それはそれとして、書記長反省してねえ。
 まあ半年も前に書記長のネット狂いについては一筆しまして、特にそれに変更を加えるべき点もありませんが、それにしたって、一年経ってちっとは反省して欲しいというのが、率直な感想です。

 余談ですが、上掲まとめ記事中に出てくる先月の「はてな」村でのゴタゴタについて、kagami氏の名を久々に見出して多少の感慨無きにしも非ず。
 というのも、小生が革非同のイベントに出かけていって古澤書記長と知り合いになるきっかけをずうっと辿っていくと、小生が2年も前にkagami氏の書いた記事を読んで不満を感じ、というか猛烈な憤懣を感じ(ネットの記事を読んでそんなことを思ったことは滅多にありません)たことが実はそもそもの起こりだったことに思い至ったからでした。小生はそれ以後、美少女ゲームを題材に文学や哲学などの用語を鏤めて議論を展開する言説と論者すべてに対し、強烈な不信感を抱くに至ったほど頭に来たもので、このことはいつか記事にまとめたいと思っていましたが、なかなか大変な作業なので、今日に至っても実現してません。そんなわけで、正直、今回のkagami氏のブログ閉鎖騒動については、ブログやコメント欄を巡る諸状況より、氏自身のパーソナリティに起因するところが大きいと思っていますけど。
 ま、過去ログ自体は残ってるようなので、いつか書くことがあるかも。
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by bokukoui | 2008-07-01 23:54 | 思い付き

「6・30アキハバラ解放デモ」一周年 秋葉原について思うことなど

 繰り返しになりますが、今月は通り魔地震で思いがけず大きな出来事が身近に迫り、またごく最近知ったのですが、詳細は避けますが自分の知っている人に思いがけないこともあり、まったくもって碌でもないひと月でした。
 今日でこの月も終わり、来月からはもっと平穏無事な日々であって欲しいとつくづく思います。

 その碌でもない6月の終わりの日、6月30日とは、思い返せばあの「6・30アキハバラ解放デモ」の一周年にあたるのだなあとふと思い至りました。
 あれから一年、ある意味今こそ「秋葉原解放」が求められるようにも思われますが、そして何でも「第2次アキハバラ解放デモ」を企画している人がいるとも仄聞しますが(前回のデモの中心人物の一人・「革非同」古澤書記長に聞いたら「何も聞いてない」とのことでしたが)、時の経つのの早さには愕然と致します。
 まあ、ここ一年ばかり、小生自身が大変な不調沈滞の時期でしたので、余計早くも感じられたのでしょうけれど。こっちの方も、今月限りでいい加減厄落としと思いますが、そう思い通りになれば苦労はしません。

 個人的なことはともかく。
 何しろあれから一年、秋葉原を巡る状況はかなり激動といってよかったと思われます。「オタク」の一般化による観光地化が進み、歩行者天国での種々のパフォーマンスが増加して、それらに伴って(かどうか、ここの因果関係は考えるべきことなのですが)種々のトラブルが増加しました。少なくとも、「増加した」という認識が広がりました。これは「地元」であるとか、警察当局、そして「オタク」と称される/自称する人々の間でも共通認識として広まっていたといえるかと思います。「オタク」(もはやこの呼称である集団を括ること自体あまり適切ではないのかもしれませんが)内部でも議論は分かれていたように思います。
 そして「露出パフォーマンス」とやらをしていた女性の逮捕などの事件が起こり、秋葉原の歩行者天国の廃止を求める声も出、地元と警察とがパトロールを行ってパフォーマンスの取締りを行うという状態になりました。そこに起きたのが6月8日の通り魔事件で、これによって歩行者天国は中止となりました。このことの是非についての小生の考えは前に書きましたが、とまれ、急激な変化の一年であったと改めて感じます。

 今一年前に自分が書いた記事を読み返してみましたが、特段当時と認識は変わりません。
 やはりあのデモの最大の謎は、いったいどこからどうやって450人も湧いてきたんだ、ということに尽きます。それが分からなかった故に、デモ主催者もどう対応していいのか分からず、ネットでの議論も迷走し、悲惨な末路を辿ったのだと、小生は今でもそう思っています。おまけにこれで、きちんとした総括(粛清にあらず)が行われる機を逸したわけですし。
 その後、このデモに関して多少の情報が小生の手許に集まりました。そこで分かったことは、このデモの告知に関しては8000枚ものビラが事前に配布されており、これが動員に少なからず功あったものと思われます。ビラで来た人数が450人中半分以下としても、ビラの反応率2%というのは広告屋さんが感涙に咽ぶ数字であろうと思います。
 また、これは当日のレポや感想記事でも書いたことですが、どうも『涼宮ハルヒの憂鬱』という作品のファン層が集団で来ていたことが、直接的動員増につながったことは確かです。で、この中心人物と思われる「春日屋にしん」氏に先日ちょこっとお話を伺う機会があったのですが、この関係でアキバ解放デモに来た人は「40~50人はいたと思う」とのことでした。約一割ですね。

 ですが、やはりこの秋葉原に集まった450人の出自や思いというものは、今となっては分かりません。こういうときこそネット、と思っても、何せデモ主催者がゴタゴタで一般参加者の声を集約することをしなかった、またネット上の「叩き」「祭り」ということがそれを難しくしたので、結局具体的な思いは、ほとんど分からないのです(貴重な証言だった「さかぽよすの記」さんもサイト消えてる・・・どなたかキャッシュ持ってませんか?)。
 かろうじて言えそうなことは、今まで拾われてこなかった「何か」、例えばそれはマスコミなどに出ることもなく、ネット上の言論でも目立たず、多分秋葉原の再開発でも考慮はされなかった、そんな「何か」が存在したんだろうな、ということです。それは「何か」なので、当の参加者にだって具体的に原稿用紙10枚以内で記述せよ、と言われても出てこなかったことでしょう。デモ主催者は、デモを行って人を集めたからには、その「何か」をいくらかなりとも拾い上げる責任があったと思います。その点で、デモの主催者の失態の責任は重いと思うのです。まあ、ネット上でちょっかい出した連中も大勢いたことは確かですが。

 すみませんが、続きは別記事に。
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by bokukoui | 2008-06-30 23:58 | 思い付き