カテゴリ:書物( 63 )

『日本会議の研究』を読んで、ミソジニーとオタクについて考える

 最近はようやく心身の沈滞から脱しつつあるのか、少しは本を読めるようになってきました。そこでもっぱら、積読の本を崩していたのですが、その中で珍しく、最近出た話題の本を読んでみました。それが菅野完『日本会議の研究』(扶桑社文庫)です。
 日本会議といえば、安倍政権を支える保守系市民団体として、最近メディアでも注目されるようになってきました。以前からも、例えば歴史教科書問題などで、小生の見解からすれば反動きわまりない攻撃をしかけてくる連中として、何となく存在は知っていましたが、その正体はよく分からないものでした。同書はその成り立ちと主要人物の活動について、詳細に調査した書物であり、一気に読んでしまいました。

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by bokukoui | 2016-07-09 12:18 | 書物 | Trackback(2) | Comments(19)

昼間たかし『コミックばかり読まないで』略感、及びイベント告知

 「革命的非モテ同盟」のクリスマス粉砕デモは無事に終わり、小生は多忙で足を運べませんでしたが、海外にもネットを通じてデモの存在が報道されたようで、まずは成功だったようです。もう革非同のデモも十年目になるでしょうか、ここまで根強く続いていることを嬉しく思います。

 この活動を介して、小生多くの人に出会いましたが、その中の一人がルポライターの昼間たかし氏です。それほど交友があるわけではないですが、以前鉄道関係の記事話題を提供したりなんかしたこともありましたっけ。で、そんな昼間氏が先日単著を発表されましたので、紹介かたがた少し感想を述べたいと思います。ただ、それは小生が現在博論執筆が追い込みであるということと、以下に述べるように、本書が実に広い幅を持っているがため、そう簡単に感想を筆に出来るものではない、という理由から、感想はごく簡単に、以前ツイッターで書いた内容をまとめておくにとどめます。

 こういった前提でご紹介するのが、

  昼間たかし『コミックばかり読まないで』イースト・プレス

 です。
 なお来週29日には、本書の著者・昼間たかし氏が出演するイベントがあるそうですので、そちらもご紹介しておきます。
12月29日13:00~
若者よ、反骨のルポライター ・竹中労に学べ!「自由な批評、愚かな批評」

 【出演】
 武田砂鉄(フリーライター)
 昼間たかし(ルポライター)
 鈴木邦男(評論家)

芸能界から政界まで、タブーなき真相を追い続けた「元祖ルポライター」竹中労。
そんな、反骨のルポライターをリスペクトしてやまない『紋切型社会』の武田砂鉄、『コミックばかり読まないで』の昼間たかしという新しい書き手二人が、竹中労の功罪を徹底対論。
さらに、32歳で竹中労と出会い、次第にその魅力に惹きつけられ、『竹中労 左右を越境するアナーキスト』を刊行した評論家の鈴木邦男を交えて、体験的ルポルタージュの系譜と真髄を、次世代に向けて縦横無尽に語り尽くします。


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by bokukoui | 2015-12-21 22:41 | 書物 | Trackback | Comments(7)

近況と放出本について・つづき 或いは、歴史は毒にも薬にもなるということ

 当ブログは先月、「近況報告・放出本のご案内」の記事一本を書いたきりで、またしばらく更新が途絶えておりましたが、それは相変わらず身辺に諸事山積してあっぷあっぷしていたからでして、本の整理こそ一応終わったものの書類や雑貨の整理は今だしで、判子がないインクがないなどと探し回っているような状況に加え、昨日から新たに非常勤ながら講師業を始めたりしたもので、ますます溺れそうになっているような、そんな状況です。
 講義は一般教養的な日本史をやっているのですが、最初くらいは「歴史学とは何か」という話をしておきたいと無い知恵を絞り、直接生活や仕事の役に立たなさそうな歴史について知ることの意義をわかりやすく伝えるために、一晩徹夜して表題の「歴史は毒にも薬にもなる」というフレーズを捻り出しました。歴史を学ぶことで直接日常生活の役に立つわけではないから、歴史はいわば「主食」ではないけれど、日常の経験と常識の範囲を越えて何かを考えるときには、歴史は有用な「薬」であるということ、しかし有用であるがために、扱い方を誤ると「毒」になってしまう、というつもりです。うまく「薬」となれば、視野を広げて想像力を養い、ひいては冷静に物事を見る手助けとなるけれど、「毒」にしてしまうと陰謀論や善悪二元論を振りかざして、無辜の人を傷つけてしまうかもしれない、まあそんな話をしました。
 で、その際に、具体例を出したほうがわかりやすいだろうと、整理された蔵書の中で発掘された、こんな本を持っていきました。
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朝鮮民主主義人民共和国・平壌で製作されたらしい『朝鮮通史(下)』
上中下の三巻本で、すべて日本語で書かれている

 歴史をプロパガンダとして扱ったわかりやすい例、と思いついたときは好例だと思ったのですが、講義を終えて冷静になった今にして思うと、しょっぱなから学生諸君をドン引きさせてしまったのではないかと反省しきりです。そして、講師業のはじめが共和国ネタというのも、我ながらなんだかなあというか、ある意味らしいというか・・・。

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by bokukoui | 2013-10-08 23:47 | 書物 | Trackback | Comments(0)

桜桃忌によせて 『斜陽日記』の太田静子と「和田の叔父さま」のモデル・大和田悌二

 6月19日は太宰治の誕生日であり、入水自殺した太宰の遺体が発見された日でもあることから、「桜桃忌」と呼ばれて太宰を偲ぶ日となっています。こういった作家の忌日としては、おそらくもっとも広く知られているものだろうと思われ、没後60年以上を経た現在でも、この日付前後には様々な太宰関連のイベントが行われているようです。というわけで、当ブログでも便乗して? 太宰治関係の話題をひとつ。

 『斜陽』といえば太宰治の代表作として名高く、敗戦後の日本社会を表す代名詞の一つのように位置づけられ、いまさらその内容について喋々する必要はないでしょう。そして、その『斜陽』が、ある女性の手記を基にして書かれているということも、それなりに有名なのではないかと思います。

 その女性の名は、太田静子といいます。詳細はリンク先の Wikipedia でも見ていただければよいのですが、もともと文学に関心のあった彼女は、太宰に手紙を出したことがきっかけで出会い、太宰に日記を書くことを勧められ、その日記が『斜陽』の中で、時にはほとんど書き写されるようにして使われています。そして静子は太宰との交流の中で子供を授かりますが、本妻に他の愛人もいた太宰は生まれた子供を認知したものの、ついに子供の顔を見ることなくこの世を去りました。
 太宰没後、静子は愛人として津島家(太宰の実家)から排斥され、未婚の母として親類からも絶縁されるという苦しい状況の中、『斜陽』のもととなった日記を『斜陽日記』として出版しました。お金の問題もあったのでしょうが、太宰関係者方面からのひどい扱いに対して自分と生まれた子供の名誉を守りたいという思いが強かったと、その子供である太田治子は書いています(『斜陽日記』小学館文庫版に所収の「母の糸巻」)。
 当初、『斜陽日記』については、『斜陽』からでっちあげたのだなどと心ない批難もあったといいます。太宰が『斜陽』の一部にこの日記をほとんどそのまま使っていたので、そんなことを言う徒輩も出たのでしょう。そのせいか、太宰没後に出版されて以来長いこと絶版だったらしいですが、その後小学館文庫から、そして現在でも上に挙げた朝日新聞出版から刊行されているようです。
 そういうわけで現在はその価値を認められている『斜陽日記』ですが、だからといって『斜陽』が太宰の盗作というわけではもちろんありません。読み比べれば一目瞭然ですが、戦中から戦後すぐにかけての疎開生活を描いた『斜陽日記』と、敗戦後の世界で破滅しゆく者たちを描いた『斜陽』とでは、たとえ一部にまったく同じ表現があったとしても、その持つ意味は異なります。むしろ、そんな換骨奪胎を思いついた太宰治の偉大な作家としての感覚に感心し、日記を読んでそんな使い方を考えた太宰はやはり凄い作家だったといえると思います。まあ小生は文学には疎いので、思い付きですが。

 さて、史料は読んでも文学作品にはまったく疎い小生ですが、今回なんで『斜陽』の話をしているのかといいますと、それは『斜陽』に「和田の叔父さま」として、『斜陽日記』では「大和田の叔父さま」として登場する人物(のモデル)に、小生が関心を持っているからです。『斜陽』の登場人物は、主人公かず子(太田静子がモデル)やその母、弟(これは太宰オリジナルで、太宰自身を投影しているといわれる)、上原(太宰がモデル)と、みんな破滅に向かって突き進んでいくような人々ですが、そんな中でかず子母子にお金や疎開先の別荘を世話する、世俗的な力を持った人物が「和田の叔父さま」です。『斜陽日記』でもやはり、静子と母が「大和田の叔父さま」の経済的援助に頼っていたことが書かれています。
 で、この「大和田の叔父さま」とは何者かといいますと、当ブログでも何度か取り上げた、大和田悌二(1888~1987)という人物です。大和田は戦前の逓信省で次官まで勤め上げた官僚で、退官後は日本曹達の社長となって戦中・戦後の長きに亙り同社に君臨しつつ、電電公社の経営委員長などにも就きました。大和田は逓信省時代、当初は海運事業の監督に従事していましたが、昭和10年代に電力国家管理の立役者として活躍、ついに電力国管を実現しました。また退官後は日本曹達のほか、京成電鉄の取締役や監査役を長く務めました。その辺の関係で、当ブログでもこれまで、以下の記事で大和田について書いています。

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by bokukoui | 2013-06-19 23:59 | 書物 | Trackback | Comments(0)

佐高信『電力と国家』を巡って考える 業務編

 本記事は、

 「佐高信『電力と国家』を巡って考える 綜合編」
 「佐高信『電力と国家』を巡って考える 技術編」


の続きです。今回で完結です。
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戦前に出版された電気事業関係の本
左上から時計回りに、三宅晴輝『電力コンツェルン読本 日本コンツェルン全書13』春秋社(1937年)、駒村雄三郎『電力界の功罪史』交通経済社出版部(1934)、吉田啓『電力管理案の側面史』交通経済社出版部(1938)、大和田悌二『電力国家管理論集』交通経済社出版部(1940)

※佐高信『電力と国家』の「主要参考文献」になっているのは最後のだけ

 最初に書いたように、本書には大きく、(1)松永安左エ門と木川田一隆を持ち上げるあまりに妥当性を欠く、(2)松永や木川田の「公(パブリック)の精神」とは何かが曖昧、(3)先行研究や文献を充分読んでいない、といった問題があると考えられます。その具体的な内容については、前回に書いた通りです。今回はそれらを踏まえ、本書から敢えて何を読み取るか、ということについて考えます。

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by bokukoui | 2012-12-17 23:30 | 書物 | Trackback(1) | Comments(2)

佐高信『電力と国家』を巡って考える 綜合編

 当ブログでは以前より、日本の電気事業史についていくつかの記事を書いてきました。電気事業はその重要性の割に、あまり注目されてこなかったような印象が小生にはありますが、昨年の大震災と原発事故という大変不幸なきっかけではありますが、ある程度は電気事業の様相についての関心が高まったように思われました。小生としても多少ともそういった関心を持たれた方へのご参考になればと、そして電気事業史研究に手を染めている自分自身の問題意識を確認することにもなろうと、記事を執筆してきた次第です。
 ただ、震災から二年近くを経ても、あまり議論は深まっていない、世界の電気事業の中でも相当に波乱に富んだといえる日本の電気事業の歴史的経験が電気について論ずる人々の間でも共有されていない、そんな印象を小生は持っています。自分の微力を恥ずるばかりではありますが、腐らずに研究と発信を続けていくつもりではあります。

 という前置きで今回書評を試みるのは、

佐高信『電力と国家』(集英社新書)

です。佐高氏の名は夙に有名ですから説明の必要はないでしょうが、その氏が震災と原発事故を受けて、日本電力業の歴史に学ぶべく昨年10月に上梓されたのが本書のようです。小生がしばらく前に手に入れたものの奥付には、昨年11月発行の二刷とあり、また著者名とタイトルで検索してみてもかなりの件数の感想がネット上に見出されるなど、それなりに読まれている本のようです。
 小生は佐高氏の著作にはあまり馴染んでおりませんでしたが、時折目にする氏の企業社会批判には肯うところもありました。また、歴史に着目して電気事業を論じているということは、震災後の、発送電分離と自然エネルギーを無批判に礼賛するばかりで来し方に学ぼうとしない多くの言説に残念な思いを抱かされることの多かった中では、期待を抱かせるものでした。
 本書の帯にはこうあります。
 現在は官僚にも電力会社のトップにも、
 公(パブリック)の精神は失われている。
 凄まじい葛藤の歴史をたどり直すことによって、
 是非とも、その精神を獲得してほしい。
 それを願って、私は本書を発表する――。
 なるほど、なるほど。

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by bokukoui | 2012-12-11 22:04 | 書物 | Trackback(1) | Comments(0)

追悼 北杜夫 「パンツだけは持ち帰った男、ここに眠る」

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 本来は「日本の電気料金における総括原価方式の導入について」という記事を書こうと思っていたのですが、個人的には大きなニュースだったので、予定を変更して表題の件について。

 作家の北杜夫さん死去 「どくとるマンボウ」シリーズ
 北杜夫さん死去:ユーモアと少年の好奇心 永遠に
 北杜夫さん死去…父への複雑な感情が文学に
 北杜夫さん死去 昆虫通じて県内でも交流

 なだいなださん 北さんを悼む「生きた天才だった」
 作家の佐藤愛子さん 「話し合える相手を失った」
 北杜夫さん ソウとウツ、作品の力に 三浦朱門

 謹んで哀悼の意を表します。
 
 小生が「子供向け」でない本を読み始めた最初が、北杜夫の本でした。小学校4年生のことでしたが、最初に読んだのは『さびしい王様』だったと思います。親が持っていたもので、それから中学生頃までに「どくとるマンボウ」シリーズなども一通り読み、『楡家の人々』も読みました。『高みの見物』『奇病連盟』なんかが結構好きで繰り返し読んでいた覚えもあります。もっとも高校生以降は疎遠になってしまい、比較的近年の斎藤茂吉についての本なども読む機会を逸してしまいました。読んでいない作品も結構あったのですが。
 今にして思い返せば、小生にとって北杜夫作品はいわば、児童文学というかジュブナイルというか、今風にいえばライトノベルのような存在だったのかな、と思います。同様に小生は小学校5年生の頃『坂の上の雲』なんぞ読み、講談社X文庫ティーンズハートなど読んでいたクラスメイトの女の子を内心馬鹿にしておりました。まあ「厨二病」のようなものとご寛恕ください(苦笑)。
 実は小生がマンガを読むようになったのは中学生~高校生頃で、高校生ごろはハヤカワ文庫なんぞ主に読んでいたかな(司馬ではなく吉村昭など読むようにもなりましたが)。いわば年齢相応に読むようになったともいえますな。

 子供の頃一番好きだった北杜夫作品は、やはり『どくとるマンボウ昆虫記』で、当時既にマニア的な心理を抱いていた小生の心を鷲掴みにしました。また年齢から、自分の少し上の年齢の人々を描いている『どくとるマンボウ青春記』なんかも繰り返し読みました(なもんで『新世紀エヴァンゲリオン』は主題歌を聴いて笑いがこみ上げてしまい、見る機を逸しました)。
 小生は鉄道マニアですが、宮脇俊三の名は北作品の中で初めて知ったように思います。それは、北杜夫の結婚式の司会を頼まれたけど、喋り方がぼそぼそしているので適任でなく、得意の皮肉も結婚式では発揮できず、なだいなだに替えられてしまった人として、だったような(笑)。それ以前に『どくとるマンボウ途中下車』の中で北杜夫を新幹線に無理矢理乗せる編集者M氏としても登場していたことには、あとで気がつきました。
 そんなこんなで、結構北杜夫作品には馴染みましたし、読書の楽しさを教えられたのは間違いなく北杜夫のおかげであったと思います。そして、はっきりこうだとはいえませんが、何がなし今でも影響を受けていると思います。国語の素養であるとか、ものの見方であるとか、今後とも小生のどこかに残り続けていると思います。分かりやすいのでは、最近の記事の巻頭で「憤慨のあまり」ではなく「フンガイのあまり」と書いたのは、その影響です。
 一時期、阿川弘之や遠藤周作にも手を出したのも影響でしたが、そっちは実はあんまり読み広がりませんでした。特に阿川作品については、一応小生も戦史マニアで鉄道趣味者なんですがね・・・しかしそれだけ、北杜夫作品と小生の相性がよかったのかもしれません。

※以下2011.10.30.加筆
 ところで今回の北氏の訃報に、上に挙げたように大学の後輩のなだいなだ氏、作家仲間の佐藤愛子氏などからコメントがあるのはまず順当ですが、数日待ってもまだご存命のはずの阿川弘之氏のコメントがネットで見つかりません。ここで考えられるのは、(1)阿川大尉は御年90を越えてコメントを出せる状態でない、(2)もう文筆活動は一切お断りだ、(3)文春以外のメディアにコメントする気がない、(4)コメントする際にネット転載不可を条件にした、などがありますが、どういうことなのか、続報を待ちたいところです。
 さらに余談ではありますが、上で名前が出たついでに故宮脇俊三氏のことを考えてみると、最近よく「三大鉄道文学者」みたいな感じで「内田百閒・阿川弘之・宮脇俊三」みたいに列挙する風潮がありますが、個人的には違和感を覚えます。作家としてそれぞれ作風はかなり異なるように思われますし、何より宮脇俊三は創作というより紀行作家で、だいぶスタンスが異なるように思うのです。
 こう言ってしまえば何ですが、百閒はたとえ鉄道のことを一行も書かなくたって日本文学史に名を残したでしょうし、阿川弘之の作品はどちらかとえいば海軍の方がモチーフとして重要でしょう。しかし宮脇俊三文学マイナス鉄道はほとんどゼロでしょう。念のために書いておきますが、モチーフの幅の広さが作家としてのいい悪いじゃないですよ。でも実態としてそうなるわけで、むしろ「鉄道文学」なる看板を掲げるなら、百閒や阿川氏は「純度」が低いという評価も可能です。

 で、今回訃報を機に北杜夫作品を多少読み返してみて、やはり宮脇文学への影響を語るなら、阿川よりは北杜夫を考えた方がいいんじゃないか、という気が何となくします。もうちょっとちゃんと、宮脇や阿川を含めて読み返す必要はあるのですが(同じ旅を北・阿川両者がそれぞれ旅行記として書いているものがあるので、その相違と宮脇とを比較すればよいでしょう)、そもそも年齢的にも阿川氏より北の方が宮脇に近い(阿川大尉は戦争に行かされた世代ですが、北・宮脇は行き遅れた世代)ですし、何より地方出身の阿川氏に対し、北と宮脇は昭和初期の東京山の手育ちで、これって結構重要なことではないかと思います。
 宮脇も編集者時代、阿川氏の乗り物本を作ったりしていたと思いますが、やはり北杜夫に「どくとるマンボウ」シリーズを世に送り出させた方が編集者の仕事として重要で、かつ私的なつきあいも相当あった(家が隣だし)ようですし、ユーモアのなどのセンスはやはり北杜夫に近いのではないかと思うのです。
(主な加筆は以上、その他にも若干あり

 ですが結局、年が年でしたし、小生はライトノベルとして北杜夫を読むばかりで、読み方を切り替えるべき時にふさわしく読み替えていくことはできませんでした。大学に入ってから読み返すことはほとんどなく、それはそれでもったいないことにも思われますが、しかしまた、同じ作品をもう一度、違う角度から読み返せる機会が残っているということは、幸いなことかもしれません。優れた作品であれば、読むときによってまた新たなる衝撃を読者に与えてくれるでしょうし、それだけの優れた作品群であることはまちがいありません。
 また作品をひもとき、新たな読書の経験を積みたいと思います。実のところ小生、このところ心身の疲労のせいか、文学どころか専門書も、マンガですらもろくに読めていない有様です。わくわくしながら北杜夫の本を読み返していた、そんな頃の心の元気を、一部なりとも取り戻したいと、痛感します。
 最後に、そんな心情にかなう北作品の一節を引用し、締めくくりに代えさせていただきます。
・・・そして私は、読書についてある信念を、ほとんど妄想に近いものを持っている。それは、自分が必要とする書物は、自分が必要とするときに、必ず自分がよむであろうという確信である。それゆえ私は、どんなにすばらしいといわれる古典をまだよんでいなくても、わざわざ急いで読もうとは思わない。それが私にとって必読の書物であるならば、ある偶然――たとえば時間しのぎにはいった古本屋で目につくとか、そういったふうに必ず私の手にはいり、ある日気がむいて私がそれを読みだすことは必然であり確実であるという信念を抱いている。そうして、自分にとってかりそめならぬ本との出会い、それは早すぎても遅すぎてもいけない。それは恋愛にも似ている。運命そのものといってよい。

『どくとるマンボウ途中下車』中央公論社(1966)50-51頁
 この言葉を信じ、読むべき運命の時を待つことにします。なお本記事の表題は、この引用元の『どくとるマンボウ途中下車』の中で、著者がいろいろと墓碑銘を考えるくだりがあり、巻末に記していた墓碑銘案からとりました。『さびしい王様』の次に小学生の小生が読んだのが、本書だったように思います。

 改めて、北杜夫先生の恩恵に感謝し、ご冥福をお祈りします。
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by bokukoui | 2011-10-26 21:51 | 書物 | Trackback(1) | Comments(0)

「DQNネーム」「キラキラネーム」の近代史~荒木良造編『名乗辞典』

 4月といえば出会いの季節(もう終わりですが)。新たに知り合った人も皆さん多いのではないかと思います。引き籠もりの小生には無縁の話ですが・・・まあそれはともかく。
 で、新たに出会った人の名前を読む機会も多かろうと思うのですが、最近はよく、「子供の名前に変すぎて読めない名前が多い」なんて声が聞かれますね。批判的に見る側はそういう名前を「DQNネーム」「暴走万葉仮名」などと呼び、肯定する側は「キラキラネーム」なんて呼んでいるようですが。ネット上でこの手の名前を集めたサイトとしては、「DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)」が有名ですね。
 具体的に、どういう名前が「DQN」になるのか、上掲サイトの中から引用してみましょう。
明確な掲載基準はありませんが、名言集や当事者の声をご覧いただければ、だいたいの基準が浮かび上がってくると思います。以下のものが代表例です。

* 漢字の読み方をぶった切りしている(心愛、大翔、光風)
* 漢字の読み方を完全に無視している(十兵、紗冬、桜桃)
* 漢字が悪い意味を持っている(憂、哀、未、倭、伽、汰)
* やたら難しい漢字を使っている(紫癒羅、純魅麗、楽瑠琥)
* 本来、別の意味を持っている(海月、心太、湯女、早世)
* 一目で勘違いだと分かってしまう(王子、宇宙、星)
* 語感が悪い、言いにくい(樹美羅、夏栄、莉瑠葉)
* 外国語に無理して漢字を当てている(花紗鈴、英翔、海)
* アニメ・小説の登場人物(ハム太郎、月、美月&美新)
* 食べ物、動物、モノ(賦鈴、栗、美音、らいおん)
* おこがましい(神王、天使、帝、天照)
* 冗談にもほどがある(苺苺苺、たまてば子、奈々安寿絵里)
* 悪意が感じられる(吾郎、ポチ男、カス美、大麻)
 といったところのようです。
 で、このような名前についてネット上で話題になる時は、まあ場所によって論調は大きく変わるでしょうが、どちらかといえば批判的なものが多いんじゃないでしょうか。例えばこんな感じで。まあ2ちゃんねるだけど・・・参考にはなるでしょう。
 さて、こういう名前を批判して、日本の将来が思いやられる、名前は昔ながらの普通なのが一番、なんていう人は上掲2ちゃんまとめのようによく見受けられますが、それでは過去を振り返ってみたらどうでしょうか。

f0030574_2050739.jpg そんな時に格好の資料を小生、大学の図書館で見つけました。

荒木良造編
『名乗辞典 付録・難読姓氏名辞典』
東京堂出版(1959)

 と、半世紀前に出された名乗りを集めた辞典です。図書館の資料室でたまたま見つけ、面白かったもので記憶にとどめていたところ、最近古書店でたまたま見つけたので手に入れておきました。本書をひもとき、日本人の名前の歴史を探ってみましょう。といっても、前近代であれば名前は全然違うので、対象はやはり近代以降で。
 本書収録の人名は、漢和辞典や歴史人名辞典の類から収集したものも多いようですが、主力は編者の荒木先生が、人事興信録や紳士録、職員録の類からせっせと収集し、場合によっては載せられた人にお手紙を出して問い合わせた、という確かなデータです。出典の人名録の類は昭和10年代から30年代初頭のものが中心なので、掲載されている人名の方の生年は大体明治から昭和初め、もっとも遅くとも敗戦直後くらいまでのものであろうと思われます。 

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by bokukoui | 2011-04-28 23:59 | 書物 | Trackback(1) | Comments(6)

【自分用メモ】東日本大震災に伴う図書館の開館状況など

 先月の大震災は東北から関東の太平洋岸を中心に大きな爪痕を残しましたが、一方首都圏の大部分は春めいて電力消費が減ったのか計画停電もしばらくお休みで、一見平常に戻ったような感もあります。小生も平常運転に戻って論文に勤しみたいところですが、相変わらず首や膝の違和感が取れません。本日医者に行った所、膝の感覚が一部ないのは末梢神経が損傷したせいだとのことでした。負傷から一月経ってもあまり良くならないので、どれくらい治癒にかかるのかと問うた所、3~4ヶ月といわれ凹んでおります。
 そんなことはともかく、作業を平常に戻そうとした時に立ちふさがっている意外な壁が、図書館でした。震災そのもので建物が壊れたといった被害は、東京近辺では液状化した埋立地や天井の崩れた九段会館でこそ伝えられましたが、それ以外にはあまり聞きません。ところが建物の中はそうはいかず、特に図書館は本が散乱して大変なことになったところが少なくなったようです。
 聞いた所では、大学でも震災直後、理系は実験装置の電源を入れることをやめ、研究中止の状態になっていたそうです。その点文系は大丈夫かと思ったら図書館が如上の事情で閉まっており、やっぱり中止状態になってしまいました。大学当局が「不要不急の登校や活動は控えるよう」旨をサイトに掲載し、ならば小生の研究なぞ不要不急だから自粛すべきかと引き籠もっておりました。不要不急って言葉はいやですね。

 とまれ、新年度が始まり、まもなく震災から一ヶ月、首と背中は痛むけど、もうちょっと活動せねばならぬと自分の行動範囲内での図書館の状況をまとめてみます。
 なお、震災による図書館一般の被災状況については、以下のサイトが情報を集約しております。

・SaveMLAK
 先月までの情報はsavelibrary @ ウィキが集約していたようですが、こちらも上のサイトに移行しました。
 資史料については歴史資料ネットワークをご参照下さい。募金も集めてます。
 では、「被災地」ではないけど計画停電だなんだで東京近辺の図書館の機能がどう低下しているか、現状を見ていきましょう。

(以下備忘の資料)
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by bokukoui | 2011-04-05 22:35 | 書物 | Trackback(1) | Comments(8)

ささやかな地震の教訓・本棚の転倒対策

 長期に亘りブログを休止しておりましたが、そうせざるを得なかった事情は後刻説明します。

 云うまでもなく、昨日の地震で東北太平洋岸を中心に多大な被害が生じました。被災された方々にお見舞い申し上げると共に復興の速やかならんことを祈念しますが(「宮城県栗原市で震度7」と聞いた時は「3年も経ってないのに・・・」と絶句しました)、関東でも結構洒落にならない揺れを感じました。
 その結果、小生の部屋はかかる状況となりました。
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 部屋の都合上、壁沿いではなく壁から直角に並べている本棚が4つあるのですが、そのうち2つが転倒しました。その結果、部屋の入り口をふさがれました。反対側の、部屋の入り口から見るとこうなりました。
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 焦げ茶色の薄型本棚(その1)(本来は文庫本用)と茶色の普通の本棚(その2)とを背中合わせに立てておいた所、どうも「その1」が倒れて「その2」を巻き込んだ模様です。

 最初の写真で、青で示したように、天井に突っ張りのあるタイプの本棚は全く無事で、中身が飛び出すこともありませんでした。
 というわけで、本の多い方は本棚の天井突っ張り棒などの地震対策を忘れずに・・・というのが教訓かというと必ずしもそう言い切れません。同じ部屋・隣の部屋に、同じように突っ張りなしで立てていた本棚6基が、倒れていないのです。思うに倒れなかった本棚は、倒れたそれより高さも奥行きもあり、重量もある高級品でした。倒れなかった理由はその辺にあろうかと思います。本棚「その1」は本来文庫本用で奥行きが17センチ程度と薄く、それが転倒の理由になったのではないかと。倒れなかった本棚は奥行き30センチあり、これが普通とはいえ奥行きがありすぎてかえって使いにくいのですが、転倒しにくい要因にはなるようです。もちろん、もし倒れたら、重い分余計大変そうですので、突っ張りなど転倒対策が無用ということはないはずですが。
 つまり、本棚について大事なことは、やはり良いものを買う、という身も蓋もないことが前提なのかなあ、と・・・。

(以下余談)
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by bokukoui | 2011-03-12 17:12 | 書物 | Trackback | Comments(16)