カテゴリ:鉄道(その他)( 56 )

取手市埋蔵文化財センターで鉄道交通展&小池滋先生講演会

 表題のような展示が現在行われ、またこの週末には如上の講演会があるそうです。
 けしからん事に取手市埋蔵文化財センターにはウェブサイトがなく、市役所のサイトは前回の展示企画の終了のお知らせしか載っておりませんが、地元紙のネット版に記事がありましたのでご紹介。

 常陽リビングニュース「取手の鉄道交通展」
 取手の鉄道交通の歴史をたどる企画展が、4月18日(日)まで取手市埋蔵文化財センターで開かれている。午前10時~午後4時半、入館無料。

取手は古くから水戸街道の宿場町として栄え、明治29年に日本鉄道土浦線が開通し取手・藤代の両駅が開業したのを始まりに、4年後には藤代-龍ケ崎に龍ケ崎鉄道、大正2年には取手-下館に常総鉄道が開通し県南の中核都市として成長した。

今展には同市の鉄道交通の歴史を写真や当時の沿線図、時刻表、沿線名勝案内、絵はがき、大正末期から昭和初年にかけて計画されたが幻に終わった「筑波高速度電気鉄道」の沿線開発計画図、終戦後に撤退した鉄道連隊の資材が入った部品箱「一〇〇式鉄道牽引車第三属品箱」などが展示される。

期間中の3月27日(土)午後1時半と3時からの2回「ひたちレイルクラブ」による鉄道模型運転会が行われ、28日午後1時半からは取手市役所内福祉交流センターで「鉄道とミステリー小説」と題して日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員の小池滋さんが講演。4月10日(土)午後1時半からは公開講座「日本鉄道土浦線の路線策定~龍ケ崎・流山の反対はなかった」が開かれる。いずれも予約不要。
 体調が許せば、日曜日小池先生の講演会を聞きに行きたいところです。

 統一協会関係の記事の纏め的なものなどを考えていなくもないのですが、またそれより前の記事出書きかけのままのもあったりしますが、今週は万事不調で寝てばかりいて何も進みません。機械の調子も微妙だし。なんともかんとも。
[PR]

by bokukoui | 2010-03-26 23:59 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(0)

【備忘】「鉄道旅行の味わい 食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化」

 寒さで縮こまっているのは例年のことですが、小生の体調だけでなく機械もどうもおかしくなっています。しばらく前、ノートパソコンがHDDから激しい異音を発し、さてこそ破損の前兆かとびびっていたことにも震え上がりました。デフラグして、しばらく電源を落として冷ましたら? 今のところ普通に動いているようですが。しかし昨年にデスクトップ機がお亡くなりになって以来、このノート一台で全ての作業をこなし、いつも携帯して使用しているため、過負荷がかかっているのかも知れません。どうも筐体にひびが入って微妙にゆがんでいるような・・・そんな手荒く取り扱ったつもりはないのですが。博論執筆を見据えて新型機導入を検討すべきかも知れません。でもその為には、目前の用事を片付けて部屋の大掃除を・・・と言い続けて何年経ったのでしょう。

 暗い近況報告をしてもどうにもなりませんので、少しは楽しげな話を、自分の備忘をかねてご紹介。先日、大学図書館に張ってあったポスターで知ったイベントです。

天理ギャラリー 第139回展
「鉄道旅行の味わい
―食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化―」


 詳細はこちらのサイト参照。概要を引用しておきます。
 車窓にうつる風景を眺めながらの食事は、単に空腹を満たすためだけのものではなく、風情を盛り上げ旅を強く実感させるものでした。
 本展では食堂車メニューや宣伝チラシなどの資料から、かつて憧憬の対象であった食堂車を取り上げるとともに、全国のバラエティに富んだ駅弁ラベル(掛け紙)を紹介し、鉄道の旅において食事がどのような役割を果たし、変遷してきたかをご覧いただきます。


◆会期/2010(平成22)年2月22日(月)~4月3日(土)
◆開館時間:午前9時30分~午後5時30分
 ※閉館30分前までにご入館下さい。
◆休館日:毎週日曜日
◆入館料:無料
◆会場:東京天理教館ビル9階 天理ギャラリー

◆列品解説(ギャラリートーク)
 日時:2010(平成22)年3月5日(金)・3月22日(月・祝) いずれも午後1時30分より
 担当:乾誠二当館学芸員

◆先着500名様に開催記念券を進呈いたします。

◆主な展示資料
○食堂車関係
 ・山陽鉄道 神戸自由亭販売品目録 明治32年
 ・鉄道省 食堂車絵葉書 戦前
 ・仙台ホテル 食堂車メニュー 昭和3年
 ・日本食堂 ビュッフェ絵葉書 昭和34年
 ・日本食堂 食堂車案内リーフレット 昭和26年
○駅弁ラベル
 ・東海軒 鯛飯御弁当 静岡駅 昭和4年
 ・阿部弁当店 いかめし 森駅 昭和30年代
 ・富山ホテル支店 鱒乃寿し 富山駅 戦前
 ・崎陽軒 シウマイ 横浜駅 昭和29年
 ・筑紫軒 かしわ飯 折尾駅 戦前
 ・萩乃屋 御弁当 大津駅 大正9年
 ・石蔵屋 御弁当 門司駅 戦前
 来週月曜日からの開催です。無料なのに学芸員によるギャラリートークもあるんですね。開催記念券狙いまでするつもりはありませんが、どちらかのギャラリートークを狙って行ってみようと思います。

 ところで、今突然、ブラウザ(IE)上で、「右クリック」が全く無効になってしまいました。どういう原因なのか、しかしこれはブログやメールを書く上ではまことに不便な事態です。設定をいじった覚えもないのに。
 これもまさか本体の不具合が影響しているのか、そんなことはないと思いたいのですが・・・

※追記:右クリックは復活しました。

※更に追記:この展示会、ギャラリートークの日に行ってきました。こちらをご参照下さい
 →「天理ギャラリー展示略感~汽車の窓から釜を投げないで下さい」

[PR]

by bokukoui | 2010-02-20 23:59 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

長野県上田市・別所温泉のポスター

 うやむやのうちに夏も終わりかけており、今年はさほどの猛暑ではなかった感もありますが、小生はすっかりバテ果ててしまっており、ここ数日は身動きもままならぬことも多く、何事沈滞しきっております。つまり平常通りと言うことです。厄は落ちませんでした。
 そんな愚痴を書いてもしょうがないですが、何か実のある話を書く気力もないので、以前に撮った写真を使った小ネタを一つ。

(続きは以下に)
[PR]

by bokukoui | 2009-08-25 17:19 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

笹田昌宏『あの電車を救え! 親友・岸 由一郎とともに』紹介

 昨年の岩手・宮城内陸地震で亡くなられた、交通博物館学芸員の岸由一郎さんについては当ブログでも過去に何度か触れ、先日も岸さんが地震に巻き込まれる遠因となったくりはら田園鉄道の廃止後の現況と保存について紹介しましたが、その岸さんの活動をまとめた本が出版されました。
f0030574_2118734.jpg

 アマゾンによれば発売日は明日23日だそうで、そのためか現在のところ出版元のJTBパブリッシングのサイトにはまだ案内がありません(奥付では8月1日発行となっています)。しかし近日中には店頭に並ぶものと思います。小生はちょっとしたご縁がありまして、発売前に本書を一冊戴き、その帰途に読み切ってしまいました。それだけ引き込まれる内容で、ご関心のある方には是非お手元に置いていただきたい一冊と思い、ご紹介する次第です。

 本書の著者の笹田昌宏さんは、岸さんの長年のご友人で、『全国トロッコ列車』を岸さんと共著で、本書と同じ版元から出されています。
 本書では、岸さんの関わったさまざまな鉄道の保存活動、具体的には都電や京福電鉄、蒲原鉄道、新潟交通などのエピソードを中心に、交通博物館や鉄道博物館のことも触れられています。日本の各地の保存活動に、いわばそのハブ的役割を果たしていた岸さんの存在の大きさが、改めて痛感されます。
 鉄道の歴史に興味のある方に是非読んでいただきたいのはもちろんですが、扱われている保存活動の対象が全て鉄道であるとはいえ、単にその世界にとどまらない価値があると思います。それは、歴史と現在の人間とをどうつなぐかという大きく普遍的な課題に対し、ものを残すという活動を通じて、一つの偉大な活動の先例を示していると小生は思います。
 あとはこの先例そのものを、歴史的な事項にしてしまわないのが、肝要なことです。

 個人的に知っている方々やエピソードなども出て来るので、あんまり客観的な感想をうまく記すことが出来ませんが、多分小生のそのような感情を抜きにしてもなお、鉄道や近代史や博物館に興味を持たれる方にとっては、手許に置く価値のあろう一冊と思います。
[PR]

by bokukoui | 2009-07-22 23:39 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(2)

鉄道と漫画・MATSUDA98篇 19才の「鉄道むすめ」はなぜ死んだか

 当ブログでは前にも「鉄道とマンガの話」なるシリーズをやっておりましたが、久しぶりのその続き、みたいな話です。
 先日、書店で平積みになっていたのを何気なく見かけ、つい購入してしまったのがこの一冊。

MATSUDA98
『鉄道むすめ~Terminal Memory~

 左の書影はオンライン書店boopleから引用しましたが、実際の色調より濃いめな感じがしますので、(※追記:boopleがなくなったのでアマゾンに差し替えました)作者のMATSUDA98さんのサイトの画像を参照されるのが宜しいかと思います。サイズも大きいし。


 「鉄道むすめ」という、鉄道の現業従業員の制服姿の美少女フィギュアのシリーズがあるということは知っていましたが、フィギュアには関心がないので特に注意を払ってはいなかったところ、マンガになっていたのには驚きました。というか、どうやらフィギュアから小説やらゲームやら実写ドラマ(!?)やらにメディア展開し、これはゲームを漫画化したものらしいです。うーん・・・
 小生はそれだけいろいろ展開しているらしい「鉄道むすめ」業界については全く疎いので、これから自分が書く感想がとんでもなく頓珍漢ではないかという恐怖に襲われましたので、まずは斯界に通じておられる先達の方々の感想を、検索して発見した範囲でご紹介したいと思います。

・「こばぴょんのブログ」さん
・「アーリオ オーリオ」さん
・「mujinの日記」さん
・「Planetary Diary」さん
・「それは舞い散るマッチのように(ただいま受験生!!)」さん
・「日々に暮らす」さん
・「マンガ肉が足りないっ!」さん
・「睦月堂工房」さん
・「みきろぐ♪」さん
・「青い留置線・改」さん
・「犀の目ぶろっぐ」さん
・「ゆな日記」さん
・「3日坊主のメイドさん」さん
・「びぜんやのみたものよんだもの」さん
・「side=2」さん

 数多く見つかりました。なかなか人気のようですね。感想を書かれている方は、どちらかと言えばマンガや「萌え」方面にご関心の方が多いようで、鉄道も好きそうな方も見受けられますが、そういう人以外にも浸透することに成功しているようです。しかしこうなると、がっつり鉄道のことを書くつもりの小生はやっぱ頓珍漢なのかと・・・
 本書は3部構成で、それぞれが前後編に別れています。前篇は雑誌記者(男)が各々の鉄道を取材に行って「鉄道むすめ」に案内してもらい、後篇が彼女たちのエピソードになっています。取り上げられているのは順に、銚子電鉄・三陸鉄道・広島電鉄です。個人的には以前どれも乗ったことがあるもので(三陸鉄道は全線乗ってないと思いますが。確か小本から岩泉にバスで抜けたので)、その折のことを思い出しつつ読みました。昔行った時はまだ「己斐」駅だったなあ・・・

 小生の感想ですが、女の子の絵はとても可愛いし、お話もラブコメ的なのではなくて、鉄道を舞台とした職業意識とキャラクターの成長がテーマとなっている真面目なもので、それに観光案内というか地域振興的な要素も盛り込まれています。鉄道会社も随分協力的なようで、このマンガとタイアップしたスタンプラリーをやっているそうです。
 このような、「美少女」+他の何か、的なものについて、当ブログでは以前『おしおき娘大全集』を酷評したことがありましたが、このマンガ版『鉄道むすめ』はそのような問題はありません。絵師のMATSUDA98さんは、鉄道なんか知識もないし描いたこともない旨を書かれていますが、やはり現地取材の成果か、情報もいろいろ盛りだくさんで、面白く読めます。もしかすると「鉄道むすめ」抜きの番外編取材マンガが一番面白かったり? かはともかく、他の「萌え」+ネタ的なものと違い、見に行って乗って感じることができるものだけに、ちゃんと取材すれば、他のその手のものが陥りがちな弊を免れた、地に足の付いたものになるのだろうと思います。
 このような媒体を通じて、直接観光収入に結びつくという形でなくても、鉄道への認知度と好感度が上がることは、現今の社会情勢に照らしても結構なことと思います。否、むしろ直接的な収益よりも、無形の好感度の方が重要かも知れません。結局、銚子や三陸のような鉄道の存続は、地元の支持にかかっているわけですから。また広島も、路面電車が存続できたのは、警察が軌道内自動車乗入禁止に理解があったことが一因と聞きますが、これも地元の理解なくしてはできないことです。

 という感想を抱きましたが、一方で多少改良して欲しい点も感じたので、絵とお話とでそれぞれ一点づつ。

 絵については、女の子はそらもう可愛いんですけど、鉄道車輌がいまいち可愛くないのです。鉄道の絵に間違いがあるとあら探しをしたいのではありません、むしろ本作の車輌の絵は正確です。写真資料を活用しているのでしょう。でも、その正確な車輌の絵と、「萌え」な美少女の絵を並べると、どうもしっくり来ない感じを受けてしまいます。お互いに浮いてしまうというか。
 では「可愛い」鉄道車輌の絵は、といって小生が即座に思い浮かべられる実例は、『速水螺旋人の馬車馬大作戦』巻頭を飾る「頭上の装甲列車」しか思いつかないのですが、「メカ」全般となれば宮崎駿『雑想ノート』も挙げられるでしょう。これらの作品では、美少女とメカとが一つの世界に馴染んでおり、しかもデフォルメされたメカの描写が、写実性と両立しているのです。
 もっともそれは、マンガの歴史において、女の子を漫画的にデフォルメして描く技法が長年にわたって発達してきたのに、メカものの中でも特に鉄道車輌については発達してこなかったせいもあるんじゃないかなと思います。それは昔、『アドルフに告ぐ』を読んでいて、手塚治虫以来の理由があるんじゃないかと思ったことがありますが、話が逸れるのでその話はここまで。

 お話については、銚子電鉄の章でせっかく、取材に来た記者が「鉄道むすめ」さんに「今日つくしさんがするべきことは観光案内なんかじゃなかったんじゃないですか?」という台詞があったのに、地域の乗客の影が薄かったのは残念だなあという気がちょっとしました。結局、外から来る人の視点にとどまっていて。
 どこで読んだか聞いたか忘れましたが、ローカル私鉄の経営について印象に残っている言葉に、「観光客100人が乗った売上は、沿線の高校生一人が自転車通学に切り替えることで吹き飛んでしまう」というのがあります。「ローカル線研究をするなら先ず沿線の高校に行け」とは、地方鉄道研究第一人者の方から聞いた言葉でした。黒部峡谷鉄道のような例もありますが、やはり鉄道の多くは、沿線の顧客あってこその存在でしょう。そしてローカル線の場合、その中心は高校生と老人である場合が大半です。
 というわけで、制服の女子高生をいっぱい出して、「鉄道むすめ」との間で「百合」風味も交えれば売上がさらに2割増し・・・になるかな?(笑)
 もっとも、では日常を支える安全や安心、を中心に据えたら、「鉄道むすめ」より「鉄道おばさん」の方が適切な気もしてきます。ロシアの電車みたいな。

 てなわけで、今まで敬遠していた「鉄道むすめ」ものでしたが、このマンガはなかなかと思います。改良を加えて続きを・・・と思ったら、どうも連載終了したみたいですね。残念。
 フィギュアからの展開なら、小説や実写ドラマと較べても、マンガというのはもっとも素直そうな選択なのに、案外扱いが軽いですね。これもやはり、マンガの文法で鉄道車輌を「可愛く」書く手法が確立されていないから、なんでしょうか。

 さて、既に充分長いですが、本書では安全を守るという鉄道員の責務が一つのテーマになっており、また広島電鉄のところで戦時中の女子職員の話が出てきたので、ふと思い出したことがあり、この機会に書いておきます。
 お話の前に、文字ばかりでも何なので一枚。
f0030574_043793.jpg
新潟電鉄(のち新潟交通)の戦時中の女性車掌
『新潟市史 通史編4 近代(下)』(新潟市)p.427より

 『日本民鉄電車特集集成 第2分冊』という、『鉄道ピクトリアル』誌の過去の記事から私鉄電車に関するものを集めた本(この本自体発行以来30年経ってますが)が小生の蔵書中にありまして、当時東武鉄道の杉戸教習所長であった早川平左衛門という人の書いた「今にして思う」という文章が気になっています。以前読んでいたのですが、最近調べ物で本書をまた繙き、思い出したのでこの機会に。
 この記事が何年に書かれたかが記載されていないのですが、三河島鶴見の事故からさほど経っていない時のようです。昭和40年前後でしょうか。
 この記事は、戦時中東武で起こった「社有史上最大」の事故について、直接は書いたものです。1945年4月11日、東武伊勢崎線剛志~新伊勢崎間で、タブレット扱いの間違いから下り貨物列車(蒸気機関車牽引)と上り電車が正面衝突し、死者58名、負傷者240名に及んだという大事故でした。早川氏はこの事故を回想し、原因について以下のように述べます。
 今にして思う、応召者は日を追って増加し、男子従業員は極端に減少したので、これが補充のため職場に働く女子従業員を運転士に養成する方針を樹て、直ちに実施されたのである。養成期間は電車構造と機器の取り扱いにつき2~3週間、電車運転見習約1カ月を目途に15人が養成され、単独作業についたのであった。なお内1名は単独仕業いくばくもなくして、当社佐野線渡瀬駅構内において正面衝突事故を惹起し、19才を一期に女子運転士初の犠牲者として惜しくも鉄路に散華したものである。本件(註:伊勢崎線の正面衝突)運転士もまたこれに準ずる短期養成者であって、今にしてこれを思えば教育の徹底と指導の充実によって、よくこれを防ぎ得たものとして惜しまれてならない。
 小生が知る限り、空襲に巻き込まれて亡くなったのは別として、女性の運転士が事故で殉職したケースはこれしか聞いたことがありません。しかし、本件は詳細が分からず、東武の社史にも東武労組が作った三十年史にも記載がなく、日時も状況も分からないのは悲しいことです。どなたか詳細をご存じの方がおられましたら、是非ご教示下さい。

 この事故(伊勢崎線も佐野線渡瀬駅も)の原因について、早川氏は要するに、戦時中のこととはいえ訓練が不十分だったことに帰していますが、どうなのでしょうか。確かに戦争中に事故が多かったことは事実ですが、他の会社も同様だったのでしょうか。
 戦時中の男手不足を補った女性運転士については、『鉄道ピクトリアル』2007年3月臨時増刊号(通刊787号)の京成特集号に、白土貞夫「京成の女性運転士第一号 髙石喜美子さんに空襲下の運転の想い出を聞く」という興味深い記事があり、元女性運転士の方にインタビューをしています。その中で、髙石さんが受けた講習について、「講習は津田沼教習所二階で行われ、最初の1ヵ月間は運転法規、続いて車庫での実習が1ヵ月、最後の1ヶ月が私達がお師匠さんと呼んでいた指導運転士が付き添っての見習い運転でした」と語っておられます。
 これを東武と比較すると、京成が教育に3ヵ月かけたのに対し、東武は1ヵ月半に過ぎません。戦時中とはいえ、やはりあまりに焦りすぎて時間をかけなかったことが、東武で19才の女性運転士が殉職してしまった原因の一つなのかも知れません。せめて京成くらいかけていれば・・・髙石さんの回想に事故で死者が出た話はありませんので、京成ではそのような事態はなかったようです。
 髙石さんの回想には、床下のラインブレーカーが火を噴いたので、火事になっては大変と感電の危険も顧みず「夢中で屋根に駆け登ってパンタグラフを下ろした」という、職業意識を感じさせる話もあります。当時の電車は車内からパンタグラフの操作ができなかったんですね。また、妹さんも京成で車掌を車掌をされていたんだとか。

 女性と鉄道の仕事の関係については、まだ書きたいこともあるのですが、最初のお題から外れまくってるし(いつものことですが)、充分長いのでこの記事はここら辺でいったん打ち切ります。
 次回の続篇「もっとも過酷な仕事に従事した「鉄道むすめ」たち~8メートルの雪を除雪せよ」(仮題)をご期待下さい。

※追記:続篇が完成しました。こちらへ→「もっとも過酷な「鉄道むすめ」の仕事 8メートルの雪を除雪せよ 附:飯山鉄道の隠しておきたい歴史」
[PR]

by bokukoui | 2009-05-12 23:52 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(13)

青木栄一『鉄道の地理学』『交通地理学の方法と展開』略感

 咳がまだ残りますが、だいぶ良くなったようです。
 いい加減まともに活動を再開せねばと、手近で片付けられそうな作業をぽつぽつ行い、賀状をくださった方には、寒中見舞をお送りしました。

 そんなわけで、正月のうちに書いておきたかった話題のうちから一つ。

 随分前ですが、『鉄道忌避伝説の謎』という本を当ブログで取り上げたことがありました。その本を著された青木栄一先生は昨年、2冊の著書を出しておられまして、その紹介と簡単な感想をば。

 『鉄道の地理学 鉄道の成り立ちが分かる事典

 この本の方が2冊のうち早く、昨年10月に出ています。(bk1) 本書は、「事典」とあるように鉄道に関する様々なトピックについて解説したものですが、もちろんありがちな「雑学本」なんかではなく、「歴史地理学という立場で書かれている」(「はじめに」より)ところに特徴があるわけです。
 その本書がどのような構成になっているか、引き続き「はじめに」から紹介しておきますと、
本書では、鉄道がどんな特徴をもつ交通機関であるか、どのようにして生まれたのか、そして日本にはどのように導入されたのかについて最初に触れ、山地や河川、気候などの自然環境とのかかわり、国家と鉄道との関係、大都市地域や地方都市・過疎地域の鉄道、駅の考察、産業と鉄道、そして現代における最先端の鉄道である新幹線などの話題を具体的に、かつ多くの実例を示して解説した。そして、最後に従来話題になることの少なかった鉄道地図の特徴にも触れて結びとした。
 と盛りだくさんの内容であり、総勢400ページにも達します。

 本書の内容は、初心者にとってはバランスの良い入門書となっており、マニアにとっては便利なリファレンス(大体どんなマニアでも、得意な分野と不得意な分野があるものなので)となり、たいへん有用です。解説は地図や図表類を効果的に使用して分かりやすく、またA5版と大きくない書物ですが、写真も結構充実しています。その写真の相当数が青木先生ご自身の撮影で、それが羽幌線の木造客車(!!)から広島電鉄のグリーンムーバーにまでまたがっているところが何ともすごいですね。
 取り上げられた内容の中で、国鉄のあり方や大都市の鉄道、高速鉄道といったトピックについては、国際比較がかなり試みられており、このようなタイプの書物としては出色のことだと思います。鉄道研究はどうしても自国のことばかりになってしまいがちで、それは日本人だから、というのではなく、外国の鉄道好きでもその傾向があるようです。海外の鉄道に興味のある人というのは、多くは海外旅行マニアで、歴史や技術には必ずしも関心のない場合が多いようですし。
 国際比較といっても、橋の話ではイギリスしか出てこなかったり、日本と比較のしようもない大陸横断鉄道などは割愛されていたり、細かいところをつつき出すと「これも入れて欲しかった」というトピックは幾らも思いつきますが、国際比較という視角を示したことの意義は大きいと考えます。

 というわけで、初心者から上級者まで広くお薦めできる本書ですが、恐らく最大の問題は、本書を読めば「鉄道」については一通り以上の知識を得ることは出来るけれども、「地理学」については? というところにあります。本書ではケッペンの気候区分のA・B・C・D・Eごとの環境と鉄道の関係とか、鉄道地図についてといった、地理的な用語や技術に直接関連させて述べた章もありますが、別にこういったことを指して「鉄道の地理学」と言っているわけではありますまい。
 これは青木先生から直接教えていただいたエピソードですが、本書を出すに当たってWAVE出版(同社にとって本書が初めての鉄道関連書籍なんだとか)の社長が青木先生に曰く、「原稿を拝読しましたが、この本は見事な鉄道の社会学ですなぁ」とか言ったんだとか。別に書名を間違えたわけではなく、鉄道という人の営みを説明しているから社会学、と思ったらしいのですが、それだけ「地理学」というもののつかみ所の難しさを示しているようにも思われるのです(あ、つかみ所のないのは社会学もかな・・・?)。
 こう思われるのは、本書が鉄道について、自然環境や社会との関係(この関係を結びつけるのが技術であり経営システム)を通じて述べているため、鉄道の総合図を描いていても、地理学そのものについて語っているわけではない、それはあくまで道具として黒子の役割だから、小生としてはとりあえずそのように考えることにしました。黒子(道具)としてでは、歴史学や制度論などと区別がつけにくいため(これらも使われているので)、「地理学」の特質が見えにくいのでしょう。

 では、「地理学」について鉄道との関係を知るためには、そこで昨年青木先生が出されたもう一冊の本『交通地理学の方法と展開』の意義があるのでしょう。

『交通地理学の方法と展開』

 本書の構成はリンク先に紹介されておりますので、そちらをご参照ください。まさに、交通地理学とは何か、ということが本書を貫くテーマとなっているわけです。また本書の内容の一部は、以前紹介した「交通地理学を考える」(『地理』第42巻(1997年)10月号~12月号所収)を書き改めたものです。で、本書を読みますと、交通地理学の歴史を理解することが出来ます(小生は体系的に地理を弁擁したことがありませんので、その理解がどれほどのものかはあまり自身があるわけではありませんが)。特に、交通現象の実態に関心を抱かず、物理学的な法則を機械的に当てはめて交通現象を研究しようとした計量地理学の立場には、厳しい批判を向けておられます。
 本書の冒頭の近いところで、青木先生は有末武夫「交通」(石田龍次郎編『地理学研究のための文献と解題』)の一節を引き、交通地理学には「交通現象それ自体の解明を目的とする研究」と、「地域性あるいは他の何かを理解するための手段として交通現象を解明」するものとがある、としています。そして青木先生は「私は交通地理学の研究は、あくまで現実の交通現象への関心が出発点であるべきだと思っており、地域社会との関連で交通現象を解明しようとする研究はすべて交通地理学になると考えている。したがって、有末のいう第一の立場に立って自分の研究を推進してきた」(p.5)のでした。

 さて、これは地理学に門外漢の者のはなはだ勝手な印象でありますが、正直に言えば、やはり本書を読んでなお、「交通地理学」のイメージが明確になったとは、やはり思いにくいところが残ります。というのも、青木先生ご自身述べておられるように、交通に関する地理学は概して「地域性あるいは他の何かを理解するための手段として交通現象を解明」する研究の方が中心であったようで、青木先生の手法は、地理学では決して主流の立場ではなかったように読み取れます。また一方、一時代の地理学会を風靡したらしい計量地理学は、現実の交通のあり方にちっとも関心を示さず、結局「崩壊」してしまったそうなので、結局地理学であることの意義とその中での位置づけは、よく分からないのです。
 日本の鉄道の歴史に関する学術書を、日本近代史専攻である小生はもちろん何冊も持っているわけですが、こういう本には大概最初の章で、研究史を振り返ってこの本の狙いと意義はどこにあるか、ということを説明しています。で、そのようなところにはほぼ必ず、先行研究の一つとして青木先生のお名前が挙がっています。小生自身も修論の最初のところでやはり同じように書いたし。
 つまり、歴史学の中では、青木先生の研究の意義は認められ、研究史の系譜上に位置づけられているのですが、地理学でそれがどうなのかは、本書を読んでもそれほど明らかになったという印象を受けづらいのです。地理学で青木先生の業績に近い方向というと、小生は三木理史先生くらいしか存じ上げませんが、三木先生の本でも、先行研究整理のところでは歴史学に傾斜していた印象があります。今試みに『近代日本の地域交通体系』(大明堂)の第1章をめくってみましたが、やはりその印象は変わりません。地理学的な説明はおよそ1/4で、しかも地理学の手法を如何に活用するかという説明は詳しくても、具体的な蓄積については歴史学に属するものの方がずっと多いのです。

 もちろん、歴史と地理で不毛な陣取り合戦なんかしても何の意味もありませんし、むしろこの状況は、両者の敷居が結構低く、順当に交流が行われているものと思います。小生はその区別をはっきりすることを主張したいわけではありません。ただ、交通地理学というのは、その成果を高めようとすればするほど、かえって輪郭がぼやけてしまうことがあるのかも知れません。本書に於いて、上掲引用箇所に続けて、青木先生はこのように書かれています。「必要と思ったものは何でも取り入れてきたし、何にでも参入するという基本姿勢を貫いてきた。地理学の研究対象や方法についても限定することなく、なるべく広く考えるようにしてきた」(p.5)これはもちろん、セクショナリズムに囚われるのと較べて遥かに素晴らしいことです。
 ただ、このように様々な分野にまたがって浸透していった際、地理学は他の学問と較べても「他の学問ではない地理学」という印象を、強く与えにくくなるのかも知れない、そんな感があります。

 更に、本書の特徴としては、学問の垣根まで飛び越えて、「鉄道研究と鉄道趣味」という一章が設けられています。これこそ、狭い枠に囚われず、有用なものは何でも取り入れる姿勢が、よく反映された章であると思います。

 以上、門外漢の頓珍漢な見解で本書の売れ行きに悪影響を及ぼしたりしたら、はなはだ恐縮なことなのですが・・・しかし、鉄道はじめ交通について(特に歴史)興味を持っている多くの人に、議論の前提となる蓄積の様相を示し、様々な刺激を与える可能性を持った書物と思いますので、ソフトカバーの本にしてはちょっとお値段が張りますが、書架に揃えて然るべき一冊と思います。

 最後に、本書を元に今後の交通史研究の方向について思ったことですが、青木先生は「メソスケール鉄道史」ということを以前から提唱されており、本書でも一章を割いています。メソスケールとはミクロとマクロの中間のスケールのことで、鉄道史の場合、日本全国規模(国鉄)がマクロ、市町村か郡程度(ローカル鉄道)がミクロになります。
 鉄道史の研究は、戦前~戦後まもなくのマル経による研究(山田盛太郎とか)が、日本全国をかなり大雑把に捉えた理論優先の研究で、それへの批判から史料の詳細な研究に基づくミクロの研究が発達した(その最大の功労者が青木先生)のですが、ミクロの研究が進展すると、今度はそれをどうやって日本の歴史の中に、マクロの規模の中に位置づけるのかという議論が出てきました。そこで、両者を繋ぐものとして青木先生はメソスケールを提唱されているようです(本書pp.146-147)。
 もっとも、現在の所では、小生が思うにメソスケールの研究は緒に就いたばかりであり、青木先生が先年『日本の地方民鉄と地域社会』(古今書院)という論文集を編まれましたが、また三木先生の本もメソスケールを多分に意識していますが、それでこの分野が活発になった(メソスケールという言葉が広く普及した)とはまだ言えません。
 で、小生思うに、メソスケールの鉄道史は、やりようによっては単にマクロとミクロを繋ぐというだけではない、それ独自の価値を持ちうるのではないかと考えています。最近都道府県史がいろいろと出ていますが、都道府県はちょうどメソスケールに相応しく、この手法で地域の特性を見ることで、交通と他の分野の歴史とを関連させて新たな知見を得られるんじゃないかと。

 え、具体的にはどういうことかって? それを書いて先に他の人に研究されたら癪なので、秘密です(苦笑)。今手がけているテーマに一区切りつけたらやってみたいなあ、と思っているのですが、一人では手に負えないだろうし効率も悪そうなので、やはり同志を募って研究会設立ですね。まあ再来年度あたりに研究会設立を目指して同志の糾合をこれから行えれば、と夢想しています。
 ま、それよりも目前の課題が目白押しなのですが。
[PR]

by bokukoui | 2009-01-07 23:43 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

ミニシンポ@地下鉄博物館「東京の地下鉄の歴史と都市交通」聴講記

 今日は新幹線の初代車輌・0系が記念運行も終わって完全に引退した日だから(参考ニュースリンク:こちらこちら)なのか、Googleのトップ画像が↓
f0030574_2334164.jpg
なんて風になってまして驚きましたが、それなりに鉄道の歴史が世間の人々の耳目を惹くようになってきているのでしょうか。0系の車輌は確か鉄道博物館に収められると聞いていますが(現在あるのはカットボディのみ)、何せ走行できる路線が限られている以上、動態保存や復活運転は多分不可能でしょうね。蒸気機関車なら、とりあえずレールさえちょこっと引けば、「動かす」だけは出来ますが、電車(しかも交流25000ボルト)ではそうも行きません。可能な限り鉄道車輌は動く形で保存するのが望ましいのですが・・・。

 というわけで、新幹線やグーグルとは何の関係もありませんけれど、鉄道への広い関心?ということで、表題の如きシンポジウムというか講演会が地下鉄博物館という公開の場で先月開かれました。小生それを聞きに行っておりましたのですが、諸事に追われて2週間も経ってしまいましたので、いい加減忘れたり資料を亡くす前に記録を記しておきたく。
 このミニシンポとは、交通史学会が例会を兼ねて企画したもので、詳細はリンク先を参照していただくとして、要点を抜粋すれば以下の通りです。
テーマ:「東京の地下鉄の歴史と都市交通」

鈴木勇一郎 氏
「戦前東京の地下鉄計画」 

久多羅木吉治 氏(東亜建設工業株式会社 技術部長) 
「東京圏における高速鉄道の歩みと未来」
 鈴木勇一郎さんは、以前歴博フォーラム「旅-江戸の旅から鉄道旅行へ-」にて、「近代日本のおみやげと鉄道」という、とても楽しい講演をされた方です。
 さて、小生は交通史学会の会員ではありませんが、たまたま研究室に告知のハガキが貼ってあってこれを知り、、地下鉄博物館にて公開で行う、というのであれば、そして鈴木さんの講演であれば、これはと思って聞きに行った次第です。幾人かの友人にも本件のことを伝えておいたところ、2名の同道者も集まり、子供の頃以来行ったことがなかった地下鉄博物館に足を運びました。
 交通史研究会の会員は、申し出れば無料で入館できたそうですが、我々は非会員なので210円払って入館します。で、講演開始までに博物館を見学・・・というほど時間がなかったので、とっとと講演会場に。
 交通史学会がどれほど会員がいてどの程度活動しているのか、小生は全く存じませんが、例会となればそれなりの人数が来ているだろうと思ったところ、案外少なくて30人ほどでした。ということは我々が1割・・・来場者はやはり年齢層の高い男性が多かった気がしますが、趣味者なのか若めの方もおられましたし、またどういうわけか、こういう場所ではあまり見かけないうら若き女性3人連れがいました。

 閑話休題、講演の内容をかいつまんでご紹介しましょう。

 まずは鈴木勇一郎さんの講演「戦前東京の地下鉄計画」です。
 この講演の概要は、日本最初の地下鉄を実現したとして名高い早川徳次の東京地下鉄道は、東京市を含めた様々な地下鉄計画の中の一部を担っていた存在であるということ、結果的に東京地下鉄道は東急を築いた五島慶太の傘下に入りますが、それは五島の私利私欲だけではない五島なりの交通調整(様々な交通機関や事業者が入り乱れると、混乱して効率が低下し利用者の不便にもなるので、政策的にそれを調整すること)の考えがあったこと(しかし結局東京の交通調整は営団が出来たのみ)、といった辺りにあります。以下箇条書き。

・戦前東京の地下鉄は、早川徳次を中心とする東京地下鉄同の物語としてもっぱら語られ、五島慶太の東京高速鉄道と新橋で争い、遂に乗っ取られる経緯はかなりよく流布した話である。しかしこれは、東京の地下鉄の中では一部の話に過ぎない。相対化の必要がある。
・この講演では、地下鉄だけでなく、明治から蓄積されてきた様々な都市交通を語る。その際、市内・郊外交通の関係と、経営体のあり方という二つの視点から俯瞰する。問題提起的な話。

・東京史における市街電車の成立は、1903年の東京馬車鉄道・東京市街鉄道・東京電気鉄道の三社が誕生したことによる。この三社がまもなく合併して東京鉄道になり、1911年に市有化される。
・これらの市街電車はしかし、市内交通機関にとどまらない性格を有していた。東京電気鉄道は当初川崎電気鉄道と称し、信濃町から渋谷、中目黒、池上を経て川崎に至る路線を構想していた。市内と郊外の直通連絡を志向していたのである。しかし、結局それは実現せず、当初の構想は忘れられて旧市内に閉じこめられ、市電に取り込まれて市内交通になってゆく。
・東京の郊外私鉄については、東京市の市営主義で郊外私鉄が山手線より内側に入れなかった・・・と良く云われるが、東京市に鉄道の免許権限はない。許認可権を持っているのは国で、市は牽制はするが、国は時として免許を与えた。しかし国の方針は揺れ動き、都市交通も振り回される。

・川崎→東京電気鉄道の計画を実質的に引き継いだのが渋谷~横浜の武蔵電気鉄道(1906計画:後の東急へ繋がる)。しかしこの電鉄は高速鉄道(路面電車ではない、専用軌道を有する電車)を志向したため、路面電車と規格が異なり、そのままでは市内直通が困難に。
・1914年に武蔵電気鉄道は市内有楽町への支線を出願し、それは地下式か高架式として、明確に高速鉄道による乗り入れを志向。
・1919年には利光鶴松らの東京高速鉄道(後の五島による地下鉄とは別)が、市内・郊外の半環状線・新宿~小田原の路線を出願。これは市内の計画が却下されて、残りが現在の小田急になる。従来、市内の出願はダミーともいわれてきたが、市内と郊外を一体化した交通ネットワークを志向していたのでは。
・同年、ロンドンを調査した早川徳次等による地下鉄出願。

・一方、1917年には鉄道院主導で東京市内外交通調査会が作られて、東京における高速鉄道計画を策定、私鉄に地下鉄免許が下りる。
・しかし、1923年の関東大震災後、国の政策が転換し、計画が進んでいた東京地下鉄道以外の私営地下鉄の免許を失効させる。代わって市が1926年に免許を獲得。その翌年に、最初の地下鉄・東京地下鉄道が上野~浅草を開業。
・ところが、東京市は起債の許可が政府から得られず、建設資金調達の目処が立たなくなった。そのため、民間から再び参入の動きが出、東京高速鉄道が東京市の免許路線の一部を肩代わりして建設することを要望し、1932年に一部免許を譲受。

・東京高速鉄道の経営を五島慶太が実質的に掌握し、巷間よく知られる東京地下鉄道との対立へ。新橋でぶつかった両線が、乗り入れを巡り衝突。
・割り込まれた東京地下鉄道は、明治時代から市内直通を画策していた京浜電気鉄道(現京急)と共同し、京浜地下鉄道を設立。品川~新橋~浅草の相互直通を構想する。このため、当時の京浜の電車は、第三軌条集電方式である地下鉄用の、コレクターシューが取り付け可能の構造になっていたといわれる。
・そこで五島は「強盗慶太」として東京地下鉄道・京浜電鉄とその関連会社を乗っ取り。これは市内・郊外の統合的運用を意図した、事実上の交通調整となっていった。同じ頃、イギリスではロンドン交通営団が組織され、都市交通が一元管理されていた。

・1932年、東京市の市域拡張(大東京:現在の23区の範囲に)。これにより、広がった市に相応しい交通が必要に。
・大東京の交通調整では省線が重要な要素であったが、その参加が交通調整のネックになった。
・1938年、各地の交通調整を進めるために陸上交通事業調整法成立。交通事業調整委員会を設置。
・その委員会の検討では当初、帝都交通株式会社という半官半民の経営体による統一が検討されたが、結局郊外は地域ブロックごと、旧市内は地上交通を東京市、地下鉄を特殊法人に統合することとなる。帝都高速度交通営団が設立され、私営の地下鉄(計画)も市の計画も、全てを継承した。

・戦後、郊外と市内交通の関係は、相互乗り入れの促進によって改良された。一方経営体の問題は、東京都が戦後、地下鉄を営団へ渡したのは戦時中でやむを得なかったからだと主張しだし、複雑な関係が続くことになる。


 引き続き、久多羅木さんの講演です。久多羅木さんは元々営団地下鉄で長年建設に従事され、交通計画やトンネルなどがご専門なのだそうです。そして営団を辞めて、今は建設会社に勤めておられる由。
 さて、久多羅木さんの講演は、理系だからというのか、パワーポイントによる上映画像が多く、しかしそれはレジュメの形では配布されませんで、またお話全体も多岐に渡って、こういった「講演」の形式にあまりお慣れではなかったのか、話を一本の線でまとめて以下に述べることが難しいので、小生が取ったメモの中から興味深いトピックを箇条書きで列挙していきたいと思います。

・地下鉄の定義はややこしい。ここでは主として地下を運行している事業者の路線、くらいの意味とする。世界最大はロンドンとされるが、地下区間だけを取り上げれば東京は約270キロで世界最大。ちなみに地下第2位はソウル(約260キロ)で、ほとんどの区間が地下。

・東京の地下鉄ネットワークは、世界に例のない特徴を幾つも持っている。相互直通はその一つで、適切な英語の訳語がない。これは日本人の緻密な性格やソフト面のきめ細やかさによるものか?
・また、地下鉄を地上の電車と同じ、20メートル級10両編成の大規模な列車が走るのも割と珍しい。東京では、都営12号線の車輌が他の路線よりも小ぶりだが、あれくらいが地下鉄車輌の世界標準。

・東京の高速鉄道網の整備には、震災と戦災が大きな転機になった。また、1962年の都市交通審議会6号では、地下鉄計画が大幅に郊外に延伸され、郊外との連絡が図られた。

・地下鉄を作る上では、特に建設規格が重要である。(具体的に、トンネルをの掘り方がどのように変わってきたか、図を出して詳しい解説があったのですが、それは残念ながらここでは述べられません。建設中の面白い写真も色々あったのですが・・・)
・地下鉄は排水などの都合上、水平な線路を造ることが出来ない。最緩勾配は2パーミル。
・地下鉄の経費は高い。在来線を東京から下関まで作る費用で、新幹線は名古屋までしかできないが、地下鉄は横浜までしかできない。

・昔、「牛の乳の出が悪くなる」と鉄道建設反対運動があったというが、地下鉄でも反対があった。麻布付近で反対があり、その地域は都電廃止後鉄道がなく「陸の孤島」となった。その後南北線を作ることになって地元に行ったら「反対したのは親爺の代だから、宜しく」といわれた。
・地下鉄建設の問題は、開削工法の場合周辺への影響が大きいこと。そこで周辺への影響が少ないシールド工法が採用されるように。千代田線は20%をシールド工法で作ったが、有楽町線は66%。その後の路線は大部分シールド工法。

・今年開通した副都心線について。副都心線は従来と異なるコンセプトであり、千代田区付近を通らず、副都心の大ターミナルを貫通している。
・郊外から地下鉄に直通した電車が、地下鉄に乗り入れると遅くなるというのを解消するため、副都心線では速達制を重視し、東西線程度の表定速度を確保した。これには平行線の存在もある。
・また、他線との乗り換えを便利に、なるべく歩かずに済むよう工夫した。

 他にも色々あったのですが、図なしでは上手くお伝えできず残念です。余談ですが、昔の鉄道反対云々は怪しいという話(鉄道忌避伝説)はこの本で説明されておりますが、大体その伝説では「宿場が衰退する」「火の粉で火事になり、蚕に悪影響」なのであって、「牛の乳の出が悪くなる」というのは新説な気が。日本では牧畜が盛んではないし、大体コールドチェーンがなかった昔は、牛乳用の牛は町中かせいぜい郊外で飼っていたのではなかったかしらん。
f0030574_21435953.jpg
質疑応答時の会場の様子

 閑話休題、質疑応答の要点は以下の通り。

 まず、司会の早稲田の山根講師が問題提起的な指摘を幾つか。
・早川徳次への影響、震災復興など、後藤新平の存在が大きいのではないか。20世紀の初頭は世界的な都市論ブームで、留学した官僚が欧米の情報を持ち帰っている。後藤もそれに関係。
・地下鉄に於いては、土木技術と同時に電気技術が深く関与している。長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか。現在でも電気技術は重要。

 これらについき、講演者の回答。

久多羅木さん:地下鉄の技術は安全性を重視し、戦前の打子式ATSにはじまり、新幹線より早く日比谷線でATCを導入している。そういった先進性がある。

鈴木さん:後藤の話をしなかったのは、東京の都市計画の中でその話は既に語られており、それとは違う話を今回したかったため。地下鉄については早川の話も以前から有名であるが、五島や早川や東京市を並列的なプレーヤーとして扱ってみた。
 震災以降の、国の地下鉄政策の方針転換(私営容認→市営)は、後藤の影響の可能性はある。
→(山根):後藤はアメリカと縁があり、ニューヨークを真似て市政調査会を作った。都市の拡大を問題視せず、大都市でいいんだ、という開き直りの都市行政となっていくのではないか。それを主導するのが技術官僚で、彼らを支えた一人が後藤。

 続いて、会場から出た質問。

・90年代に営団民営化の話が出てから、副都心線の構造が変わったようだが、その辺りの背景は。
→(久多羅木):営団の民営化は営業状態と関係なく、特殊法人改革の一環として行われた。営団民営化という決定自体は、閣議決定では4、5回されている。民営化の結果、白金付近は複線になった。

・帝都交通株式会社とはどのような構想か。
→(鈴木):各私鉄と省線を含めて会社を作ろうとしたが、省線参加が大きな問題になった。

・東京市としても地下鉄の位置づけが不明確。
→(鈴木):地上の交通(路面電車)から高速鉄道に移行すべきとは認識していた。だから経営も引き続き市が行う、という発想を持っていた。

・地震の際、地下鉄にいたらどうすればよいか。
→(久多羅木):地下鉄の構造物は、大地と共に揺れるので、地上より相対的に安全。自分なら地下鉄に避難したいくらい。但し怖いのはパニック。

・東京の地下鉄建設が終わったら、技術者集団はどうなるのか。トンネルの多い新幹線などに転身するのか、海外に打って出るのか。
→(久多羅木):今後も大深度地下は活用されるだろう。

 この辺で、時間いっぱいになりました。
 なかなか面白い話でした。個人的には、やはり歴史的な方向に関心が向いてしまいますが、久多羅木さんの建設秘話的な麻布地区住民の声は興味深く、こういう話をもっとたくさんしていただければ、と思わずにはいられませんでした。
 歴史方面でいえば、山根さんの「長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか」というご指摘はなかなか面白いと思いました。ただ、長距離送電の実用化それ自体がもたらすのは、端的に言って電力の価格が低下するということですが(供給量が増えるから。また、大規模な水力発電は、将来の需要増を見込んで作られるため、建設当初はどうしても余剰電力が生まれる。そのため電力会社は余剰分を安売りして電力需要を開拓しようとするので、電力の活用が進む)、電力が安くなるだけでは地下鉄建設の強いインセンティヴになるのかどうか。地下鉄の運営に際し、電気代が直接的にどこまで重要かは検討が必要です。むしろ、社会での電力の活用が進むことで、電気産業全体が栄えるという間接的な形で関与しているのではないかと思います。電力会社と鉄道会社は、資本・技術・経営の各面で関係が深いので、この方向はもっと追求されるべきと小生は考えています。
 東京の交通調整について、鈴木さんの講演では鉄道省の行動の経緯がやや弱いと感じました(と、ご本人に後で言いました)。なかなか分かりにくいのは確かなのですが。しかし、当時の交通調整委員会の議事録など読んでも、省線は都市交通で重要な存在なのに、交通調整への参加を渋り、「線路が繋がっていて駅も共用しているから、新法人には出資できない」と主張したり、出資するにしても運営は鉄道省が委託という形で行う、と主張したり、揉めています。結局委託では見目の前を通り過ぎただけで意味がない、と委員会で一番文句を言っていたのは堤康次郎でした(衆議院議員の資格で参加)。
 鉄道省は巨大な現業部門と、交通事業の監督部門とを同時に抱えており、しかも都市交通上重要な存在なのに、現業部門の中では「全国の交通体系が国鉄の任務であって、都市交通はおまけに過ぎない」と軽んじられ、その捻れが、おそらくは戦後に至るまで様々な問題を引き起こした(反って良かった面もあるかも知れませんが・・・)といえます。そして東京市(→東京都)は、自分こそが中心と自負してみても、結局自分の力では出来ずじまいで他の当事者から経営能力を疑われたり。実際東京の都市交通は、市や都の範囲を超えているわけですが。
 となると、世界に比類なき相互直通運転の発達も、こういった戦略レベルでの当事者のごたごたを、現場の作戦レベルで解決しちゃった・・・という、ある意味「日本的」なことだったのかも知れません。そしてそれに協力的だった、満員電車の乗客の存在と。 
[PR]

by bokukoui | 2008-12-14 23:36 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

鉄の道は一日にしてならずぢゃ

 なんだか睡眠がうまく取れず、疲労ばかり溜まってふわふわしているような感じです。
 まあ、そんな話をしてもしょうがないので、溜まっていたメールをようやく返したりしたついでに見つけた著名法螺ニュースサイトのネタを一つ。

 bogusnews
「真の鉄道ファンはわれわれだけ」鉄道の日に“レール鉄”が宣言採択
「鉄道の日」の14日、全日本レール鉄同好会(本部:品川)が都内大崎で総会を開いた。席上、
「真の鉄道ファンと呼べるのは、われわれ“レール鉄”だけである」
との宣言が読み上げられ、満場一致で採択された。

レール鉄は、鉄道の線路を構成する軌条(きじょう)=いわゆるレールだけを好む鉄道ファンのこと。最近ではキモくないタレント鉄オタの登場で鉄道趣味が市民権を得つつあるが、レール鉄はかねてから「あんなものは鉄道趣味とは言えない」と主張してきた。
「鉄道とは文字通り“鉄の道”。つまりレールのこと。レールこそが鉄道の主役であり、列車や駅弁などおまけ。真の鉄道ファンならレール鉄の道を突き進むべき」
というのだ。
(後略)
 10月14日が鉄道の日であることがここまで広く浸透していることには慶祝の意を表したいと思います。bogusnews主幹も「白金桟道橋」や「短尺レール」など、ネタの吟味にも力を入れており、その力の入れようを心強く思います。
 しかし。
 これはそんなに嘘ニュースでもない、そうもまた同時に思ったわけで、小生が読んだ第一印象は、「『全日本レール鉄同好会』の会長は、やっぱ石本祐吉氏かなあ」というものでした。つまりこんな本もあるもので。

写真と図解で楽しむ

線路観察学

石本祐吉 著(アグネ技術センター)
線路を構成するうえでの主役であるレール,分岐器,PCまくらぎについて,それぞれの製造工場,貨物駅や製鉄所などの特殊な線路の現場を取材しまとめた一冊.
『増補版 鉄のほそ道』の姉妹編.


 石本さん、また新刊出されるんですね。詳しい書誌データはリンク先にありますが、2310円なら買いでしょう。あ、小生、姉妹編の『増補版 鉄のほそ道』持ってます。面白いですよ。(万人には勧めませんが)
 ボーガスニュースの「『エセ鉄道ファンにしてただの“列車好き”である“乗り鉄”などを撃滅し、レール鉄が鉄道界を前衛として支配していく』という“レール鉄原理主義”」という台詞に笑いつつも、結構「鉄道趣味とは鉄道に乗ることではない。乗っているのはただの顧客だ」などと、最近の「鉄道ブーム」に放言することもある小生としては、いくらか苦笑も混じらざるを得ませんでした。もちろん「乗り鉄」を否定する訳じゃないし、そこから裾野が広がっていくのは結構なことです(少なくとも、初心者向け=「萌え」に走ったミリオタより何千倍も)。
 もっとも石本氏は、鉄道が出来て観光地がどう発展したかとか、鉄道官僚の人事だとか、こういった話題に「それが鉄道とどういう関係があるんですか?」と仰った、それくらいに筋金入りの方ですが・・・。石本氏ほど極端でなくても、古レールの研究なんてのは結構メジャーな趣味で、以前このブログでも紹介したこちらのサイトなどは、その代表的なものです(最近更新ないようですが・・・)。

 しかしまた、世の中にはさらなる「鉄」マニアという方もおられまして、小生の存じ上げるさる軍艦マニアの方は、軍艦を造る鉄のことをひたすら究めておられました。
 「鉄」の道も深いのであります。

 確かに一般には知られることがちっとも想定できない世界ですが・・・「今日の早川さん」に、アグネちゃんが登場(アグネス・チャンじゃないぞ)したところで、分かる人はあんまりいなさそうですしね。

 それはそれとして、上掲ボーガスニュースの記事中に「短尺レール」というのが出てきますが、これは普通のレールが現在一本25メートルの長さ(25メートルごとに継目がある)なのに対し、それより短いものを指します。溶接してロングレールになっているのが今の日本の幹線では普通ですが、戦前の日本では25メートルどころか幹線でも10メートルごとに継目のあるのが普通でした。そんな路線を3軸ボギー客車で走ったらさぞ喧しかったでしょう。
 で、そんな昔ながらの10メートルの短尺レールなんて、今時はもうほとんど絶滅しているだろうと思いますが、それが写っている写真があったので以下に紹介。クリックすると拡大表示します。
f0030574_0342947.jpg
名鉄美濃町線 新関駅構内(2005.3.11.)

f0030574_054994.jpg
名鉄揖斐線 黒野駅構内(2005.3.11.)

 拡大表示していただければ、赤で印をしたところに継目があることがお分かりいただけようかと思います。枕木の本数からして、これはおそらく10メートルレールだったでしょうね。既に廃線になってしまった線路ではありますが・・・。

 レールの継目の音といえば、小生は阪和線の快速が強く印象に残っています。幼時帰省の際に阪和線の快速に乗った際、少しガタがきはじめた103系や113系が全速力で走る様は、なんともスピード感がありました。それはレールの継目を車輪が越えるジョイント音と、風切り音、窓枠がガタガタ揺れる音によって、大いに盛り上げられていたのでした。そして雄の山トンネルを抜け、紀ノ川の平野が一望されると、ああ和歌山に来たなあと思ったものでした。
 しかしJR化後だったと思いますが、ロングレール化によりすっかり静かな走りになってしまい、スピード感は失われました。その後は帰省も自動車化して(阪和道が開通)、阪和線も長らく乗っていませんね。

 このような感興を催す、しかし一般的には騒音と振動のもとであるレールの継目ですが、日本ではほとんどの場合相対式継目といって、左右のレールの継目を揃えて同じところでつなぎます。一方、相互式継目といって、左右のレールで継ぎ目をずらす方法があります。概して、欧州は相対式で、アメリカは相互式といわれております。
 相対式は上の写真で分かりますから、相互式の具体例を。これはグランドキャニオンの駅で撮影したものです(前にもこの写真は掲載していますが、今回は一部を大きめで)。この写真はクリックすると拡大表示します。
f0030574_213640.jpg
グランドキャニオン駅にて(2007.5.11.)

 ところで、日本は明治末からレールの国産化を行いますが、その際のレールの規格はアメリカの鉄道に準じたものにしていました。明治の当初こそイギリスの影響が濃かった日本の鉄道ですが、20世紀以降はアメリカの影響の方がむしろ強いのではないかと小生は考えています。レールの規格もその一例だと思うのですが、継目のやり方は昔のままで変わらなかったということでしょうか。

 なんだか話が例によってとっちらかりましたが、純粋に近い「鉄」の道もあるということで。マニアの世界はbogusnews主幹の斜め上を行く濃さなのであります。
[PR]

by bokukoui | 2008-10-15 22:33 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)

カレンダーを買いに日比谷公園に行く

 いろいろ忙しいのは当分変わりそうにないのですが、所用の合間を縫って表題のごとき買い出しを。
 とはつまり、この週末日比谷公園で行われている、鉄道フェスティバルを覗いてきた、ということです。

 イベントの内容はリンク先を参照していただければ宜しいのですが、各鉄道会社および関係企業がブースを出してなんぞ即売会などやっている、そんなところです。「鉄道の日(10月14日)」に近い週末に行われています。
 過去には何度か通った小生ですが、ここ数年は気力体力の低下に伴い足が遠のいておりました。しかし今日は他にも所用があって出かけたことから、事のついでと最近の「鉄道ブーム」の状況観察も兼ねて寄り道した次第。
f0030574_22114079.jpg
日比谷公園「鉄道フェスティバル」の模様

 午前中は雨も降ったあいにくの天気でしたが、かなり人出は出ているようです。客層は、おなじみ鉄道趣味者の他、ご老人・家族連れなどが多く、つまり例年と同じということですね。
 販売ブースだけでなく、例えば鉄建公団(名前変わったんだっけ)などの展示もありましたが、これも例年と同じです。今年は、英国に輸出した高速電車を中心に、海外に輸出した車両を紹介した「世界で活躍する日本の主な鉄道車両」というのが目立ちました。
f0030574_22255961.jpg
「世界で活躍する日本の主な鉄道車両」パネル

 いろいろ載っていて興味が湧きます。アメリカの通勤電車は日本製が多いんだなあなどと感慨にふけりますが、中国における「解放形」がないのが残念(古すぎ)
 一角のステージでは、「鉄道アイドル」木村裕子氏と、横見浩彦氏がトークショーをやっていました。横見氏は結構でかい人でした。
 大日本印刷、凸版印刷などのブースもあります。子供が群がっていたので覗きませんでしたが、どういう関係だったのでしょう。これらの企業は社史編集支援事業を行っており、鉄道会社の社史も手がけておりますが、それとは関係なさそうだし。

 数年ぶりに来たとはいえ、小生特に鉄道グッズの類には関心なく、地元の路線を取り上げたトレインシミュレーターはコンシューマー機専用で如何ともなしがたく、ただ実用的な目的から来年度のカレンダーを求めます。私鉄各社のブースが並ぶ一角はどこも賑わっていましたが、その中でもなぜか営団改め東京地下鉄が大行列でした。副都心線開通効果なのか、単に手際が悪かったのか。
f0030574_22562334.jpg
東京地下鉄ブースの大行列

 結局京急の卓上カレンダーを買いましたが、これは数年前にやはり買った覚えがあります。そのカレンダーを使っていた年は、論文にせよ報告にせよ割とうまく行った年のような気がしたので、まあ下らぬ縁起担ぎとは思いつつ。後で買った卓上カレンダーを見てみると、写真の出来やレパートリーに文句はないのですが、かつてのに記載されていた撮影地の情報がなくなったのがちょっと残念。

 結局他に買い物はしませんでした。
 この鉄道フェスティバルが、毎年定番行事となって賑わっていることは大変結構なことですが、やや毎年変わり映えしない感もちょっと抱いたので、私的改善案を思いつきました。まだまだ日比谷公園に場所はありそうなので、要するにブースをもっと広い範囲から募ればよいのではないかと。で、鉄道会社に関係団体、鉄道関係のコンテンツを扱う企業(今回はスカパー!のブースが目立った。木村裕子氏を呼んだのもここか?)、というこれまでの範疇と異なった主体を呼び込みましょう。
 というわけで、是非労働組合を。私鉄労連、JR総連、何はなくとも動労千葉。「闘争貫徹」鉢巻とかの公式グッズをそろえましょう。もちろんカンパ箱をでんと据え、釣銭はそこへ(笑)・・・なんてことを思いついたのは、なぜかその場にいたラーゲリ氏が「日比谷公園といえばデモ隊しか思いつきません」とのたもうていたから、でしょうか。労組の強力さは十分鉄道の特徴であると思いますが(除西武)。

 ヨタはともかく、阪神と阪急のブースが並んでいるのを見て、阪急阪神の百貨店と高島屋が経営統合で合意したという昨日のニュースを思い出しもしました。呉服店系の百貨店と電鉄系の百貨店が本格的経営統合、というのに時代を感じ・・・いや、東急百貨店が白木屋を乗っ取ったのは半世紀も前でしたっけ。そういえば昔、高島屋が難波駅ビルに入居した際、南海が高島屋の株を持ったという話をどこかで読んだ覚えがありますが、あれは今はどうなったのかな。
 昨今の経済の急展開の中で、私鉄各社も合従連衡の時代にまた入るかもしれません。アメリカの鉄道が大手4社(+カナダ2社)のほぼ独占体制になったほど、過激なことになるかは分かりませんが。
 ・・・話は更に逸れますが、アメリカの鉄道といえば、以前扱った、ファンドと揉めていた大手鉄道CSXの件はどうなったのでしょう。もはやファンド側もそれどころではないのかもしれません。こうなると日銭の入る鉄道業の方が強く確実?・・・アメリカの大手私鉄は1960年代頃から80年代頃まで、しょっちゅう倒産していたような気もしますが、まあ今なら多分。

 話が千々に乱れた割に、肝心のフェスティバルの紹介が不十分で申し訳ありません。
 このフェスティバルへの小生への関心がその程度だったということですが、しかし来週の日曜日に横浜港で行われるという鉄道の遺跡見学イベントの方は、諸事多忙とはいえ鉄道史やっている横浜市民としては万障繰り合わせて行く所存です。ご興味のある方々も是非。港が舞台なので、船に興味のある方にも向いているかもしれません。
 詳細は以下のリンク参照。(リンク先はpdf)

 象の鼻パークで発見された鉄軌道及び転車台見学会を実施します!

※追記:この見学会に行ってきました。記事はこちら
[PR]

by bokukoui | 2008-10-11 23:07 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(3)

『月刊COMICリュウ』10月号の速水螺旋人「螺子の囁き」について

 体調も機器もその他もいろいろあって、なかなか何事も思うようにはいかず、こういった状況でネタも暇もないのですが、まあそんなことばかり書いていても何も面白くないので、目先の違った話を。

 で、せっかくタグまで作った割に、ちっとも更新していない『COMICリュウ』の話ですが、うっかりしているうちに次の発売日が目前にまで迫ってきたので、急遽一つ。もちろん、ナヲコ先生の「なずなのねいろ」はじめ掲載された漫画作品について書きたいのですが、それ以上に先月発売だった10月号には驚くべき記事がありましたのでまずその話を。
 それは速水螺旋人氏のイラストコラム「螺子の囁き」ですが、なんと今回のお題が

 ロシアの蒸気機関車「E形SL」

 だったので、これはもう驚いた次第。

 以前、速水氏の作品について書いた、単行本『速水螺旋人の馬車馬大作戦』と、この「螺子の囁き」を比較した記事の中で、兵器でないメカが「螺子の囁き」では登場しやすいから、鉄道も出るかも、という期待を表明しておきましたが、いやあ本当に出るとは嬉しい限りです。

 で、お題はロシア・ソ連熱愛者の速水螺旋人氏にふさわしく、ロシアの蒸気機関車でした。E型というのはずいぶん素っ気ない名前ですが、世界でもっともたくさん作られた蒸気機関車(およそ1万4千輌)として有名です。ロシアで速水氏は実見されたそうで、絵もいい感じです。比較的小振りな動輪が5軸並んで(先輪も従輪もない。軸配置は0-10-0)、その上にボイラーが載っかっている姿はスマートさは全くありませんが、機関車らしいパワフルさはありますし、どこか短足ぶりがユーモラスな感じもします。1912年初製造で2次大戦後まで作られていたとか(道理で数が多いわけです)。日本でいえばちょうど9600形と同世代ですね。小径の動輪をたくさん並べてその上にボイラーを乗せた貨物機、という点では似ているかもしれません。どちらも末永く活躍したし。
 兵器などのメカを巧みに描かれる漫画家さんが、こと鉄道になるとバランスが変になったりすることがままあったりしますが、そんなことないのが今回の「螺子の囁き」の嬉しいところです。短足な感じが、速水氏の画風とも相性がよかったのかも。もっとも、蒸気機関車のスペックで一番大事な動輪径は書かれていませんが(1320ミリだそうです。1333ミリと書いていた本も見た覚えがあります。どちらにせよ、ロシアの5フィート=1524ミリゲージより小さい動輪な訳で、1250ミリの9600以上に短足な感じ)。

 しかし、ハタと思ったのですが、ロシアの鉄道のことってどうも日本ではあまりわかりませんね。このE形は、世界最多生産ということで存在ぐらいは小生も知っていましたが、ロシアの機関車の技術的な特徴とか系譜、というのはさっぱりです。なるほど英米独と違い輸入機はありませんでしたが、満鉄が繋がっていたという浅からぬ縁はあるはずなんですけど・・・。
 当ブログに折々コメントしてくださる鈴木光太郎さんのブログ「蒸気機関車拾遺」では、最近ロシア関係の機関車が数多く登場していますね。E形より古い19世紀の話題が多いようですが、E形の話題も出ています。写真もあるので、興味を持たれた方は是非ご参照ください。紹介されているのがスウェーデン生産バージョンというマニアさに脱帽(E形はロシアの他ドイツとスウェーデンでも生産された由)。
[PR]

by bokukoui | 2008-09-17 23:45 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)