カテゴリ:鉄道(その他)( 56 )

近況 及び小池滋先生トークなど補足

 昨夏は暑さに倒れましたが、今夏は逆に涼しさにやられてしまったようで面目ない限りです。急に涼しくなってどうも風邪のようで、さらには尾篭な話で恐縮ですが、ここ2日ほどは手洗いにこもっているうちに日が暮れてしまいました。そんなことをしているうちに、用事がさらに積もり積もっていろいろ危険な状態に。そんな時に限ってネット環境が完全にお亡くなりになっているのですが・・・

 前回の記事「『没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展』&小池滋トーク@世田谷文学館」に、書き忘れていた点が数点ありましたので補足。
 小池先生のギャラリートークは、100人の人を集めた1階ホールでの話が終わった後、2階の展示室に移動して、展示を前にいくつかのお話をされました。
 それは宮脇氏との思い出話的なことが中心でしたので、ここで記すのもどうかと思うのですが、ひとつ『時刻表昭和史』に関連して話されたことを書き留めておきます。本書における1945年8月15日の玉音放送の場面は、この出来事を描写した記述数ある中でも、最も優れたもののひとつではないか、小池先生としては、本書と太宰治「トカトントン」が、この事件を描いた中で双璧である、そう考えておられるとのこと。
 小生、子供のころ太宰のそれを読んだのですが(「走れメロス」と同じ本に入っていたんです)、題名くらいしか覚えておりません。やはり子供に太宰は難しすぎたのでしょう。

 少し前、何かの本だったか論文だったかで、歴代『中央公論』の編集長を取り上げて、編集長によってどのように『中央公論』の編集方針が変わったのかを検討した論文を読んだのですが(困ったことに出典をまったく覚えていないのですが)、その論文中、宮脇俊三編集長時代は半ページかそこらであっさり片付けられていて、どうもあまり特筆すべき点がなかったようです。
 どちらかといえば、中公新書や中公文庫のような、知識を誰にでもわかりやすく一般に広める、そちらの方に宮脇氏の業績はあったのかもしれません。鉄道紀行をマニアのものから一般のものにしたように。
 そういえばこの日、世田谷文学館を訪ねた際、小生の鞄の中には宮崎市定『科挙』が入っていました。特に選んだわけではないのですが、考えて見れば微妙な縁。

 展示では、宮脇氏の海外紀行についてもいろいろ展示していましたが、そこの著作リストを見てふと気づいたのは、アメリカについて題名に冠した本はなかったんだなあ、ということでした。アメリカの鉄道に乗った人の書いた本を翻訳した(実際には監修程度だったようですが)のはありましたけど(T.ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』)。本を売っていたコーナーで適当にめくった本に、アメリカに知人らとツアーを組んで行き、オレンジエンパイア鉄道博物館にも行った(記述は少しですが)との話があったのですが、やはり乗る派で歴史を尊重する人には、アメリカはいまいち食指が動かないのでしょうか。
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by bokukoui | 2008-09-11 14:33 | 鉄道(その他)

「没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展」&小池滋トーク@世田谷文学館

 所用の合間を縫って、世田谷文学館で今週末(連休明け)まで行われている展示没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展」に先日行って来ました。で、この日行われていた、ヴィクトリア朝文学研究の日本の第一人者にして稀代の鉄道趣味者である小池滋先生のギャラリートークも聞いてきた次第。
 実のところ、ひねくれ鉄道趣味者の小生はあまり熱心な宮脇読者ではない(鉄道は乗るものだと思っていない)のですが、多少の興味は惹かれましたし、小池先生のトークもあるというので、時間をやりくりして出かけた次第。

 世田谷文学館に行ったのは初めてでした。なかなか立派な建物です。
 入場券を購入して企画展を見ますが、入場券がマルス発行の切符を模していて、なかなか愉快な工夫。凝っています。でも折角なら、国鉄時代の常備券風にした方が趣旨としては・・・? そういえばこの展示会のポスターも、交通公社の時刻表の表紙を意識したデザインでした。関係者に趣味の方がおられるのでしょうか。
 展示は、宮脇氏の編集者時代の業績から、鉄道紀行を執筆した際の諸々の資料・ノート類などがありまして、なかなか面白いものでした。初めての作品であった『時刻表2万キロ』で使われた(作品中でも記されている)、乗り潰した区間を赤でなぞった白地図があったのですが、これが驚いたことに、全線完乗後もずっと使われていたようでした。新線が開業するたびに書き足されて、累計の乗車済キロ数も増えていったのですが、国鉄末期の改革でローカル線廃止が始まってからは累計キロの計算をやめて、新線開通時にプラスの距離だけ書くようになっていました。時代の変化がわかりますね。
 で、この白地図、新線はJR東西線あたりまで書き込まれているのが驚きでした。物持ちがいいというか、最後まで原点を大事にしていたというべきなのか。

 総じて、緻密に物事を整理していくこと自体、宮脇氏は結構好きだったのかもしれません。時刻表を読み解くことを楽しみとしたり、編集者として活躍したりしたのも、その性向の表れ方の異なった側面だったのかもしれませんね。
 もっとも、鉄道趣味者が皆緻密で整理な人ばかりではありませんけど(自省)

 ギャラリートークにはおよそ100人もの来場者がありました。平均年齢は結構高く(国鉄黄金期に青春だったような・・・?)、女性は10人いたかどうか。
 小池滋先生のお話の内容をかいつまんで以下に述べますと、

・宮脇作品についてもっともよく言われることは、「一般の鉄道文学とどう違うのか」ということであるが、自分(小池先生)の答えとしては、紀行文学が空間移動の記録であるのに対し、宮脇文学は時間をも移動する、時間が主人公であるということ。

・自分がもっとも好きなのは『時刻表昭和史』。同書は「時刻表自分史」でもあるが、これは歴史の本である。しかし、それだけではなく、紀行文においても時間的移動がある。
 『時刻表2万キロ』でも、終戦の時の今泉駅の画出てきて、エピソードが出てきて、時間への「垂直の旅」へとのめり込んでいく。同書で全線乗り終えた足尾線の章でも、乗り終えてからタクシーで鉱山へ行き、坑夫の無縁仏の墓のことが出てくる。他の本でも、海外紀行でも同じ。
 過去へと遡る、時間の逆行が起きている。

・なぜ宮脇作品がそうなのか、直接聞いたことはない。宮脇は西洋史学科の出身だが、それは過去への関心の理由ではなく結果であろう。彼の中に、記憶の奥へと「垂直の旅」をしたいという欲求があったのではないか。
 ここから先は自分の勝手な想像であるが、宮脇は大正15(1926)年生まれで、数え年と昭和の年数が一致している。これがどこかに引っかかっているのではないか。昭和とともにある、自分の過去は同時に日本の過去である、という。

・20世紀の世界の文学の特徴は、主人公が人間から時間へと変わったこと。有名な例としてはプルーストの『失われた時を求めて』。(ここで立って、ホワイトボードに temps perdu と書く)
 これが20世紀文学の特徴。イギリス文学では、ウルフ『ダロウェイ夫人』を例にすれば、これは夫人が買い物に出かけながら次々と過去の追憶にふけるのだが、同時にビッグベンの鐘が鳴ることで現実の時間を表している。今動いている時間(現実、日常)と失われた時(過去、頭の中)とをどう接合するのか、それが20世紀の文学である。
 宮脇はこれを意識的に行っていた。時刻表が現実の時間を表す、『ダロウェイ夫人』の鐘の役割を担っていたのである。


 これも実に面白い視角と感じました。宮脇文学を評するのに、「鉄道紀行の代表」扱いして、内田百間・阿川弘之と並べておけばよし、というのが一般的な傾向で、この展示会の内容もその線に沿ったものでした(ちなみに展示によれば、阿川氏の鉄道エッセイ本が、宮脇氏の編集者としての最初の仕事だったとか)。しかるに小池先生は、宮脇文学を「20世紀の世界の文学」の中に位置づけて見せたわけで、その広い視角は、これまでに聞いた覚えのないものでした。世界の鉄道を乗っていた宮脇氏の作品を評するにも、そして「鉄道」という近代の重要な装置の意味を考える上でも、有意義な指摘と思います。

 その後、常設展も見ておきました。北杜夫作品に子供の頃なじんでいた(ので、宮脇氏のことを最初に読んだのは、『どくとるマンボウ途中下車』で、北氏を新幹線に乗せる編集者M氏として、ということになりますね)、そのあたりに特に注目して。
 一つ驚いたのは、大藪春彦が本名だと知ったことでした(パスポートが展示されていた)。何となく、特に「藪」の旧字のあたりに勝手にハードボイルドを感じていたもので。

※補足記事があります。こちらへ
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by bokukoui | 2008-09-08 15:49 | 鉄道(その他)

珍しくテレビドラマを見てしまったの記

 小生の母がビデオ録画していたものを、つい。
 TV朝日の『点と線』です。
 小生、原作を読んでおりましたので、そして何より鉄道が色々出てくる作品だけに、つい見てしまいました。

 テレビ朝日開局50周年記念、というだけあって(そういえば『点と線』原作の連載開始と年代設定もちょうど50年前ですね)、セットやキャストについて色々宣伝していただけの予算を費やしたためか、結構面白く見ることが出来ました。最後の方はちょっと迷走した印象もありますが、謎解き物としての明快さがドラマの眼目ではなかった、ということでしょう。
 鉄道描写については、文句を言えばキリがないですが、むしろかなり奮闘した方ではないかと。原作にない、鳥飼刑事が秋田に赴いた場面で、駅で電話をかける背後に硬券を収めた棚がちゃんと映ってたり。半世紀前の車輌や駅舎が碌に残っていない我国の状況としては、なかなかのものではと思います。ただ、贅沢を言えば、以前復活運転していたC62 3を動かせれば・・・あれは『点と線』当時、北海道で実際に急行まりもの運用についていたはずなので。

 ところで、以前小生は、マンガに出てきた「鉄道マニア女子中学生」に些かの感銘を受けた話を書きましたが、『点と線』の安田亮子は、日本文学史上初の「女性時刻表マニア」だったのではないか、と、ふと思ったのでありました。
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by bokukoui | 2007-11-29 22:45 | 鉄道(その他)

鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(後篇)

 昨日の記事、鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(前篇)の続きです。

 昨日はなんか妙なテンションで気負い立ってしまい、今日は反動で呆然と一日を過ごしてしまいました。なかなかV字回復とは行きませんで、正直昨日の書き込みを後悔せぬでもないですが、しかし内容が時期限定モノでもあるし、ざっと続きをアップしておきたいと思います。

 前篇でも述べましたが、展示車輌の詳細については鉄道博物館のサイトに一覧があるのでそちらをご参照下さい。どれも綺麗に磨かれて公開を待つばかりになっていましたが、昨日に引き続き一つご紹介。
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一等展望車マイテ39

 昔の特急列車の最後尾につながれていた展望車です。特急列車に愛称がついた1929年以降ならば、展望台を囲っている柵の真ん中に「富士」や「つばめ」などと列車名を入れたテールマークを取り付けるのが本来ですが、実際開館の時には何か取り付けるらしいです。
 かつて大塚英志・杉浦守『オクタゴニアン』の書評をブログに書いた者としては一つ、意表を突いて「オクタゴニアン」のテールマークを希望したいところですが、なんでも博物館に「オクタゴニアン」の実際のマークが所蔵されているとか。更に言えば、今回鉄道博物館はお召し列車に使われた御料車を何両も展示車輌に加えましたが、その中には実際の「オクタゴニアン」の展望車だった10号御料車も含まれています。
 となれば、『オクタゴニアン』2巻発売時には是非大塚英志先生をこの鉄道博物館にお招きして記念イベントを・・・と思ったりもしたのですが、しかしいつになったら2巻が出るのかいな。

 話を戻します。
 上の写真で、車体とホームの間の隙間がアクリル板でふさがれている(光の加減で光っています)のが分かるかと思います。子供の来館を考えて、このような安全対策にはだいぶ気を配ったようです。海外の博物館じゃこんなのは見られない、と評していた人がおりました。ま、旧交通博物館が古い建物のせいでエレベーターもなく、ましてバリアフリーなど概念自体なかったものですから、そのようなところは念入りなのでしょう。

 他にも鉄道ファンの方々が廃車後の保存活動をしてこのたび目出度く博物館入りとなったキハ41000形気動車や、車体を輸送のために二つに切断したのを巧みに接合したことが新聞記事でも報道されたオハ31形客車を見るにつけ、渋谷駅頭に無惨な姿を晒している東急デハ5000形5001号のことが悔やまれてなりません。実際、鉄道博物館の展示パネルの中で、国鉄の新性能電車の第一陣として通勤輸送に活躍した101系電車の傍らに立てられたものは、以下のようにちゃんとデハ5000形を含む私鉄の車両についても触れていたのです。
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国電101系の傍らの展示パネル(写真の出来が悪くすみません)
左列上から小田急2200形、営団300形、東急5000形 右は小田急3000形(SE車)

 まあこのパネルの内容も些か国鉄中心史観に過ぎるという気もしますが、しかしそれでも5000には触れているわけで、それだけ同車の意義が大きかったということの証左であります。切断したオハ31の復元の際の継ぎ目は、だいぶ探した(笑)けれど見つからなかったほどきちんと継ぎ合わされており、さてこそ5001もいつか・・・、と思ってしまうのです。
 なおこの写真で分かるように、パネルには最近の駅の表示同様、英語・中国語・韓国語が併記されており、フランスやドイツで英語表示のない展示に悩んだという経験者の方々から、好評価を得ていました。
 ちなみに展示パネルの一つ、貨車に関するものには以下のような付箋が・・・。
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 なんと言っても鉄道博物館ですから、いつぞやの「大鉄道博覧会」(ブログでちょっと触れました)のようなことはないよう、万全を期していると思います。

 とまあ、交通博物館に比してかなり車輌の実物展示が充実した鉄道博物館ですが、しかしひとつ画龍点睛を欠く憾みがありまして、それは展示されている新幹線車輌が東北・上越新幹線用の200系ということです。つまり、東海道新幹線開業時に開発された0系がいないんですね。交通博物館にも先頭部分のカットモデルしかありませんでした(これは鉄博でも展示されている)が、JR東日本の博物館という性格ゆえの問題が出てしまったようにも思います(あ、でも青梅から持ってくれば・・・)。
 ただ勿論、この点は鉄道博物館当局も認識していて、近日廃車が予定されているJR西日本の車輌(これは開業当初製造のものではありませんが)など、譲り受けることは検討しているようです。0系のない日本の鉄道博物館は考えられないので、是非早期の導入を期待したいところです。あと将来的には、ケチなことを言わず500系も。「世界最速」の国際的アピール度を踏まえて。

 一通り車輌を見学して、2階に上がります。2階は大部分吹き抜けで、車輌展示を上から見下ろす回廊になっています。その回廊を生かして、実に膨大な日本の鉄道の年表が作られています。海外事情や私鉄・バスの動向なども押さえてあって、また模型展示とも組み合わされていて、感心しました。
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2階の歴史年表

 見学時間の都合上、あんまり細かく見ることが出来なかったのは残念でした。また来ましょう。
 もっとも膨大な年表だけあって、やはりここにも付箋が。
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 やはりマニアの眼は厳しいですからね。それにしても、これだけの展示を作るという作業の大変さがしのばれます。

 2階には、これも一つの目玉である、巨大なHOゲージの鉄道模型レイアウト(ジオラマ)があります。当面は混雑を予想して入替制にするとか。ひな壇状になった観客席が設けられています。模型の方はほぼ完成しており、車輌も試験走行していましたが、まだ中に人が入って仕上げの作業をしていました。
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まだ作業中の模型レイアウト

 ちなみに写真中の矢印の先のビルは、明らかにJR東日本本社ビルですね(笑)。折角だから解体された旧国鉄のビルだとか、或いは他のJR 各社の本社ビルも建ててはどうかと思ったり。

 2階の残りの部分には、特別展のための部屋があります。開館当初は新幹線についての特別展をするそうですが、ちょっと覗いてみたところ、新幹線の前頭部の非常用連結器をしまって置く所のカバーが一つ置かれていただけで、これからという状態でした。
 確かその並びには図書室もあったと思いますが、これも準備中で今回は見学できませんでした。また倉庫の確かまたその並びにあって、一部外から見えるようになっており、交通博物館で見た覚えのある品物や模型などが垣間見えました。 

 敷地の一番北側は、主に子供向けに鉄道の技術に関する体験コーナーを多く設けた3階建ての棟があり、体験学習的なことができるようになっています。カーヴを曲がるのために鉄道車輪の踏面が円錐台形になっていることを実見できるコーナーなどなかなか面白く、またここは側を走るJRの線路もよく見え、実物と展示とを一望に収められます。
 で、側を走る線路が複々線だったので、小生と同道の鉄道趣味者一同、「あ、複々線だから東北本線と高崎線だな」「分岐するのはまだ先なんだね」と愚かな会話をしておりました。鉄道博物館から見える複々線の線路は、高崎線と川越線ですのでお間違えなきよう(それにしても何年鉄道趣味やってるんだと・・・)。

 再び1階に下りてきて、準備中のお土産・軽食コーナーの横を通り過ぎます。ちょうど我々の見学の頃、お土産コーナーに商品が搬入され始めていたようでした。
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商品搬入中のお土産コーナー

 上の写真でも「TOMY」のロゴが分かるかと思いますが、どうもプラレールをはじめとする玩具ばかりのように見受けられ、折角なのだからオリジナルのグッズだとか、或いはもっと「博物館」の名に相応しいようなものも置けばなどと思いますが、きっとその辺は当日までに配慮されているだろうことと思います。

 さらに1階には、運転のシミュレーターが一室に並んでいます。山手線の205系や新幹線などもありますが、やはり話題を集めているのは、世界初とも言われる蒸気機関車の本格的シミュレーターでしょう。
 もちろん見学の我々は実際に触ることは出来ませんでしたが、ちょうど案内係の方々が取扱を研修している場に居合わせ、開館前にシミュレーターのシステムを起動する操作を行っているのを見ることが出来ました。で、システム起動時に何か耳慣れた音が・・・。これらのシミュレーターは、Windows XP で動いていたのでした。NTではないようで。
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XPで動いている蒸機シミュレーター(ブレはご寛恕の程)


 順番は逆になりますが、最後に本来の出入口(既報の如くSuica対応の自動改札あり)を一旦出て、それからまた最初に入った運営側のスペースへと戻って、見学は終了となりました。
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正面入口の前で某氏を記念撮影 後ろではなお作業中

 入口がタッチ式の自動改札であることがお分かりいただけようかと思います。
※上掲写真の某氏は小生と一緒に見学した一人で、当ブログのこちらの記事に登場する某氏と同一人物です。

 見学はおよそ2時間でしたが、それだけの時間をかけても駈足だったというのが率直な印象です。つまりそれだけ見応えがあるということで、丁寧に見れば、或いはシミュレーターや体験コーナーなどをやってみたりすれば、一日じっくり楽しめるだけのボリュームがあると思います。また車輌の下側を見せるなど、見せ方の工夫も色々と凝らされており、なるほど「子供連れ」「鉄道好き以外の人々」に訴求するところはそれなりにあろうかと思います。子供連れで来るにはちと入館料が・・・という気はしなくもありませんが。
 以前小生がこのブログで何度か述べた(これとかこれとか)懸念、つまり「JR東日本博物館」になってしまうのでは、とか、博物館より遊園地に近くなってしまうのでは、図書室の資料の公開はどうなるのか、といった懸念が払拭されたわけではありませんが、しかしここは館長さんの「これは第一期工事である」というお言葉を信じ、第二期工事が行われるくらいに繁栄することを願う次第です。

 鉄道博物館の開館は10月14日の日曜日ですが、何人ぐらいの人が来るのでしょうね。
 交通博物館の閉館の時には約1万4千人が訪れ、また鉄道博物館の隣の大宮工場が一般公開する日は3万人も来るそうです。開館初日は3万人、或いはそれ以上でしょうか? いずれにせよ、新交通システムのニューシャトルがパンクすることは目に見えていますので、臨時バスを出す可能性もありますが、健脚の方は大宮から歩いた方が宜しかろうと思われます。
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by bokukoui | 2007-10-05 22:34 | 鉄道(その他)

鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(前篇)

 今日は久方ぶり、おそらく数ヶ月ぶりに調子よく仕事を済ませることが出来、今度こそ回復基調かと思えれば嬉しいところで、さてこそひと仕事終えた後の心地良い疲労感に身を任せつつ、今日はこれまた珍しく挙動がまっとうなパソコンを操って、久しぶりにまっとうな記事を更新しようと思い立ったのですが、もし一晩寝てもこの疲労が取れなかったら・・・

 えー、それはともかく、事実上の更新停止前最後に書いた記事が、十日後の来る10月14日に大宮にて開館予定の鉄道博物館に関するものだったので、それに関連する話題を。
 今月に入って、鉄道博物館の開館についてはマスコミでもしばしば報道されており、ネット上でも勿論報じられていますし(例えばこことか)、また先日は皇太子殿下もご視察されたとの由。
 で、ここ二月ほとんどをベッドの中で鬱々と微熱気分で過ごしてきた小生が、その間ただ一日だけ思い切って出かけたことがありまして、それがさる方のご紹介で「鉄道博物館を事前に見せてくれる機会があるけど行かない?」と誘われたのであります。これは逃す手はないと、ふらつく身体に鞭打って大宮まで遠征してきました。
 しかしやはり不調だったせいか、撮った写真がどれもこれも撮影者の脳味噌の如くボケボケで、紹介するのにためらうようなものばかりなのですが・・・。ですがまあ、展示物の紹介の写真は、前掲のこちらのような報道専門家の手になる記事に委ね、そういうものでは報じられないような、開館前ならではのものをご紹介できればと思います。

 鉄道博物館はJR大宮駅の北にあり、新交通システムのニューシャトルで一駅行ったところにあります。その駅は大成駅といいますが、博物館の開館と同時に「鉄道博物館前」になるのだとか。小生が事前見学に行った折は、まだ駅は工事中でした。
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工事中の大成駅

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矢印の先の白い鉄板の場所が博物館に直結するコンコースへ繋がる予定

 結構まだ工事が残っている様子で、当日までに間に合うのかなとちょっと心配になりましたが、今頃は完成しているのだろうと思います。

 本来の入口ではなく、スタッフ用の裏口から入れてもらいます。建物の中はスリッパに履き替えて移動。開館前に土足で往来して汚れてしまうことのないように、とのことです。
 見学者一同は一室に通されてパンフレットをいただき、そこへ館長さんがご挨拶に見えて恐縮至極。簡単なレクチャーをしていただきました。
 この鉄道博物館の敷地は約7万㎡を予定しているそうですが、今回開館するのは約41600㎡で、まだ3万㎡近い敷地があるとの由。館長さんは「今度の開館はあくまで『第一期』のつもりです」と力強いお言葉でした。
 予算はJR東日本が100億円、さいたま市が25億円を拠出したそうです。なお、貨物に関する展示もあって、そのためJR貨物もお金を出したそうですが、それは1億円との由。いや、経営状態を考えれば、貨物がお金を出しただけでも大英断であるというべきですね。
 博物館のコンセプトとしては子供に「疑似体験」をしてほしい、また鉄道好き以外の人にも来て楽しんでもらえる場にしたいとのことでした。ですから鉄道マニヤ・鉄道ヲタクどもが、子供そっちのけでシミュレーターを占拠していたら、趣旨に反すると注意してあげましょう。

 話を戻しまして、いよいよ施設内部を見学します。
 博物館は3階建てになっていて、その3階から見てまわります。博物館の半ばは大きな吹き抜けになっていて、1階に置かれている車輌群が目に留まります。
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3階から見下ろす転車台を中心とした保存車輌群

 この写真に近いものは新聞報道などでも既出かと思いますが、ただ左下隅に3人の人のいるのがお分かりいただけるかと思います。時期的には当たり前な話ですが、この日の博物館には案内スタッフとなるべき方々がその研修で何人も来ていたんですね。

 1階までエレベータで降りて、その車輌群を見て廻ります。
 どのような車輌があるかは博物館のサイトでも分かることですので、詳細は略します。交通博物館でお馴染みだったものもありますが、保存車輌の数が増えて新顔が幾つも眼にできたのは嬉しい限り。
 小生が思うに今回の新たな展示物の目玉は、路面電車ではない専用軌道を走る電車の元祖である、甲武鉄道が1904年に作った(電気関係はアメリカから輸入)デ963形電車ではないかと思います。電車大国日本の礎というべき存在なので。もっともこの車輌、モーターを外されて客車状態で地方私鉄に流れていったもののため、電車といいながら現在のところ足回りは電気関係部品なしです(レストア構想もあるらしい)。それでも台車枠にはアメリカの有名な電車メーカー・ブリル Brill 社の銘板が残っており、小生は喜んで写真を撮りましたが暗かったためうまく写っておらず残念。ブリル社の歴史を書いたごつい洋書をオレンジエンパイア鉄道博物館で買ったけど、まだ読んでません。
 それはともかく、この貴重な電車は、最後は松本電気鉄道で使われて廃車になったのですが、その後同社の車庫に保管され続け、この度の鉄道博物館開業に当たって寄贈されたとのこと、大変喜ばしいことです。もっとも、ここで聞いた話ですが、その昔この車輌が松本電鉄で廃車された頃、既に松本電鉄から国鉄に「貴重な車輌だから要りませんか?」と申し出があった由。しかし国鉄の返答は、
「どうぞご自由に潰しちゃってください」
 だったんだとか。それに対し、松本電鉄の先代の社長が、いやこれは貴重なものだから、と自社で置いておいたんだとか。日本の産業遺産に対する考え方の水準を良く物語る話だと思いますが、ここは先代の社長の写真ぐらい掲示してはとも思われます。

 交通博物館最後の日を見に行ったこのブログの記事中で、ちゃんと大宮に持って行くのかと心配したドイツ製マレー式蒸気機関車・9850形(9856号)も、無事展示されていました。この機関車は交通博物館で、車体の一部をカットして蒸気機関車の内部構造が分かるように展示されていましたが、今回の鉄道博物館では更に下からも見られるように、ちょうど線路をくぐる地下道のようなものを設け、また外部から動力でピストンなどを動かしてみせるような展示をするそうです。なかなか結構な工夫と思いますが、この時はその動かすシステムのためらしい作業が行われていました。
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作業中の9856号の様子
右手の降りる階段(手すりが見える)が下側からの見学のためのもの

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上に同じ 動作実演部分の調整作業中

 このように、既に報道陣に公開されるなど、一見したところはほとんど出来上がっているように見えた鉄道博物館でしたが、まだ作業中の箇所も散見されました。
 例えば、この車輌展示フロアには車輌以外にも様々な展示物や解説パネルがあり、交通博物館から持ってきた自動車の実物や船の模型などもあるのですが、その一つはこんな状態でした。
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 これでまた見に来る楽しみが出来ました。


 ・・・やはりまだ体が本調子ではないようです。
 急に疲れてきたし時間も頃合なので今日はこの辺でお休み。続きはまた明日掲載します。

※追記:後篇はこちら
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by bokukoui | 2007-10-04 17:49 | 鉄道(その他)

コミケのこと・鉄道趣味と博物館雑感など

 色々とお騒がせ致しましたが、そしてここ一月多くの方に大変不義理ばかりで申し訳ありませんでしたが、体調もある程度マシになってきたので、旧来のペースに戻していくように努力していきたいと思います。用事が溜まっているので長い記事を書いている暇はないですが、コメント返信などからボチボチと。

 とりあえず喫緊の告示として今週末の件。
 先にお伝えしたとおり、MaIDERiA出版局は落選したので今回のコミケには参加致しません。但し在庫の委託を3日目(日曜日)の東ポ-48a「原辰徳前監督」にて行います。といっても置くのは『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891~1900【改訂版】』だけですが。在庫が幾らでもある、と思っていたら、数えたところ5,60冊程度まで減っていました。改訂版を出してから1年間、結構ご愛顧いただいたようで有難い限りです(売上ペースが改訂前の旧版時代と比べ落ちていない)。でももう増刷することは多分ないと思いますので、ご関心のある方は是非どうぞ。
 なお小生は、今週末はどうしてもよんどころない家庭の事情で帰省せねばならず、会場にはおりませんので何卒ご諒承下さい。

 今回のコミケは久しぶりにメカミリ分野、つまり鉄道趣味者や軍事マニアの連中の出展日が3日目に戻ったようですね。鉄道趣味はマンガ『鉄子の旅』成功とアニメ化のせいか最近妙に脚光を浴びることがあるようで、昨日もテレビ東京のWBSにてブームの背景を探るという企画で取り上げられていました。
 一般論としては裾野が広がることは結構なことだと思いますが、といってWBSでビジネスとして云々と取り上げられると正直あまり嬉しい気分ではありません。そのニュースでは、昨今「オタク」ビジネスが脚光を浴びた結果、古くからある鉄道も表に出てきたみたいに纏めていました。なんだかなあ。
 昨年閉館した交通博物館に代わって大宮にJR東日本が建設している鉄道博物館(10月開館予定)では、交通博物館より学芸員の人数が減らされたために、所蔵している文書史料類を図書室で公開することが難しくなっているそうです。元々交通博物館でも図書室は日曜日しか開いていませんでしたが、これは人手が足りなかったからだそうで、それが改善されるどころか逆方向になってしまったのは、やはりJR当局が交通博物館をテーマパーク的に利益を出そうとしていて、そういった「博物館」的機能に無頓着だからのようです。
 なるほど鉄道趣味が「ビジネス」ならそうすることになるのでしょうが、博物館の機能はテーマパークとは異なると思います。短期的な利益を追いすぎると、かえって長期的には好ましくない結果を招くことになるのではないかと。日本の鉄道は、博物館で過去の業績を蓄積しておくだけの価値は世界的に見ても充分あると思うだけに。

 まあJRにおねだりばかりしても埒が明かないのなら、鉄道博物館はそういったことに手を出さない、と割り切って所蔵文書は国立公文書館に寄せるという方法もあるかと思います。本音を言えばそうしてくれた方が嬉しいです。大宮は遠いし、電車代もかかるし(苦笑)。

※追記:鉄道博物館を開館前に見学した記事はこちら
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by bokukoui | 2007-08-16 12:47 | 鉄道(その他)

江戸東京博物館「大鉄道博覧会」

 連休中も絶賛論文中。
 そんなわけで纏まったことはかけませんので、お茶を濁すべく現在やっている展示会に関するご案内など。

 大鉄道博覧会 昭和への旅は鉄道に乗って

  於:江戸東京博物館

 7/10~9/9と、夏休みいっぱいやっているそうです。
 ので、別に急いで行く必要は無いだろうと思われますが、急いで今週末の連休に行くと面白いことがあるかもしれません。
 実はさる方からこの展示に関する色々な事情を伺ったのですが、諸般の事情により展示開始時点でのパネルに誤りがいろいろ出来てしまったそうです。差し替えの手筈も整っているそうですが、まだ今週末ではツッコミどころが発見できるかも。で、会期末に再訪して違いを楽しむのもまたマニアな方にとっては一興かもしれません。
 小生は論文が終わったらそのうち・・・って同じ様なことを前にも書いた覚えが。
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by bokukoui | 2007-07-13 23:58 | 鉄道(その他)

スキャナ導入記念お蔵出し鉄道写真

 色々と忙しく所用が溜まっております。そんな所用の一つとして、スキャナで資料を取り込んだりとかしているのですが、そのスキャナ導入の際のテストとして、古い写真を取り込んでみました。元の写真が一眼レフとはいえオンボロで、おまけに撮影者がリアル厨房~工房の頃の写真なので出来栄えはアレですが。
 ちなみに何でこんな企画をしているかというと、忙しさと眠さで文章を書く気力が無いからです。古澤書記長が声明を出されたりしておりますが、昨日の続きはまたいつか。
 では写真を。
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京阪京津線東山三条附近 路面区間を行く80形
(1995年5月頃か)

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徳島線阿波池田か? JR四国最後の急行だった急行よしの川のキハ58 1035
(1991年8月)

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小坂精錬鉄道小坂駅
(1992年8月)

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有田鉄道藤並駅 キハ58003
(1993年頃か)

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筑豊本線原田駅 門司港発原田行客車鈍行
(1993年8月)

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野上電気鉄道日方駅構内車庫跡 車輌は富山地方鉄道射水線から来たデハ10形
(1994年8月頃か)

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高松琴平電鉄志度線房前駅(?) 元南武鉄道の買収国電850形
(1998年3月)

 どれも現存しない路線もしくは車輌のはず。
 それにしても酷い写真ばかり。デジカメ登場という技術の進歩に素直に感謝した次第でした。

※2012.10.5.追記:この時のスキャナがお亡くなりになった後、複合機を導入したときにも、同じような企画をやってみました。→「複合機導入記念お蔵出し鉄道写真」

※2012.10.14.追記:さらに続きで、この記事の野上と琴電の他の写真もアップしてみました。→「鉄道の日記念企画(続・複合機導入記念)お蔵出し鉄道写真 高松琴平電鉄と野上電鉄」
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by bokukoui | 2007-07-10 23:58 | 鉄道(その他)

タクシーの無い国はあるか

 今日はさる先生にお願いして読書会をしておりましたが、そのお題の本がこちら。

佐藤芳彦
 『空港と鉄道 アクセスの向上をめざして
 成山堂書店「交通ブックス」の一冊です。

 表題の通り、近年世界的に増えているといわれる空港へのアクセスの手段としての鉄道について、日本の事例すべて、海外の主な事例、それぞれを紹介しつつ述べた本です。巻末には世界の空港アクセス鉄道を網羅した膨大な一覧表があって、資料としても使えます(が、空港アクセス鉄道が世界的に色々作られているので、決して古い本ではないですが、載っていないものもある由)。
 公共交通機関という括りに入れられる点では似たような(そしてマニア層も結構かぶっている・笑)鉄道と航空ですが、実はかなり異なったシステムで運営されていて(別に鉄道が線状で飛行機が点と点を結ぶ、みたいな単純なハードの話ではなく、如何にして切符を発行するかというような乗客に輸送サーヴィスを供するまでのシステム)、それは飛行機が最近まで特別な人の特別な時の乗り物であって鉄道ほど身近で日常的ではなかったことに由来するのだろうと思われますが、この異なったシステムを結びつける空港アクセス鉄道の難しさについて察することができ、その点が大変興味深かったです。それだけ小生が航空に疎いということですが。
 もっとも、読書会参加者から色々と出た指摘では、歴史的経緯が碌に触れられていないとか、著者が鉄道関係者であるため航空に関する記述にやや不満が残るとか、そういった問題点が出されました。小生の感想では、そもそも薄い交通ブックスの中に、日本と世界の個別事例(本書の第2章と第3章)を盛り込もうとするのはちょっと無理があったんではないか、個別事例の列挙は巻末の表に任せ、「空港アクセス鉄道とは何か」という一般論に的を絞って、その行論上必要な事例を触れればよかったのではないかと思います。
 更に個別事例紹介の問題点として、著者の方がJR東日本のパリ事務所に勤務されていたためか、第3章の世界の個別事例がヨーロッパ中心で、欧州の他はアジアしかなく、アメリカの事例が一つもないのは流石に問題かと。航空交通は世界一盛んで、自動車社会の進みぶりも世界一で、しかしそこで敢えて空港に鉄道を敷こうというアメリカの例(事例自体は結構数がある)の意味は、ヨーロッパやアジアとは全然異なった性格のものでしょうから。

 という話の本題を途中から逸れて、盛り上がったのがタクシーの話。
 最初は某国の空港で雲助にボッタくられかけたなんてところから、空港アクセスに関してはタクシーも多い(パリのシャルル・ド・ゴールは、鉄道もバスもあるけれど、半分近い旅客はタクシーを利用しているんだとか)よねという話になり、そこでハタと気づいたのは、鉄道について論じる際、比較対象としてバスに航空機、自家用車やトラックなんかはよく思い浮かべるけど、タクシーはあんまり扱われなかった(日本史の近代交通史で出てくるのは昭和初期の「円タク」の話ぐらいか)ということでした。
 タクシーが扱われにくいのは、他の公共交通の補助的な存在と思われがちなこと、零細な事業者(「個人」タクシー)が多く産業として把握しづらいこと、法的規制や公式統計と実態との乖離が大きいこと(他の交通機関よりは)、などの理由が考えられそうです。しかしここで見方を変えてみれば、世界中に鉄道の無い国なんて幾つもあるし、国内に飛行機やバスの便が碌々ないような国も少なくありません。しかしタクシーは、そんな国でも存在する近代的交通機関(つまり馬車だのラクダのキャラバンなんぞは却下)といえ、つまり世界中の交通事情を比較分析する上で最も普遍的な近代的交通機関ではないか、そのようなことが話題に上ったのでした。
 実際、碌にバスもないような中東やアフリカの国では、都市間の移動にもタクシーが使われていたりするらしいとか。

 しかし上に書いたような事情でタクシーの研究というのは難しく、殊に法制度史はまだしも利用者の側から見た国際比較、なんてのはかなり難しそうです。
 なにせ資料が集めにくいからこれはもう現地に行って乗ってみるしかないわけで(ついでに言えばタクシーは一国内でもかなり地域差が大きい交通機関です)、仮に「世界のタクシー」という本を出すとしたら著者の選定にはかなり難航しそうです。鉄道やバスや船や飛行機のマニアは世界中ゴマンといるけど、自動車のマニアも大勢いるけれど、タクシーマニア(それも使われている車ではなく、交通機関としての性格を研究している人)というのはあんまり聞いたことが無いなあ・・・。
 案外『地球の歩き方』のような旅行ガイドの、ありとあらゆるヴァージョンを集めて「タクシー」の項目を読み比べる、なんてのが手っ取り早いかもしれません。

 と、そこまで話をしていて最後に出た疑問。
 おそらく他のどんな交通機関よりも、世界中どんな国でも広く見られるだろうという点で「普遍的」と思われるタクシーですが、そのタクシーが現在存在しない国は存在するのか、という疑問です。
 現時点で唯一出てきた候補は、国内の自由で個人的な移動が最も制約されていそうな国、ということで、やっぱり我らが将軍様の共和国、ということになりました・・・。
 どなたか「北朝鮮のタクシー事情」をご存じないでしょうか。
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by bokukoui | 2007-06-21 23:58 | 鉄道(その他)

鉄道関係ほか雑纂~ポスト宮脇時代の鉄道文化状況について

 アメリカ旅行記は書くのがなかなか大変なので今日は一休み。

 海外旅行といえば、今日の日経新聞に、イギリスの旅行会社がヨーロッパのホテルなどに問い合わせてまとめた、評判の良い/悪い観光客の出身国というのが記されていました。評判の良いのが1位日本、以下アメリカ・スイスと続き、悪い方が1位フランス、以下インド・中国・ロシアだとか。日本人観光客の評判がいい理由として、整然として静かだとかもっともらしい理由が書いてありましたが、問い合わせた先が観光業者なのですから、これはおそらくは「おみやげ支出高」の順番に並べただけ、ではないかという気がします。要するに旅先でどれだけ気前よくカネを放出するかということで。
 だとすれば日本人に次ぐのがアメリカ人にスイス人、というのも理解しやすいですね。ドルを放出してくれるアメリカ人、またスイスも一人当たりGDPなどを考えれば豊かな国ですし。
 逆に最悪がフランス人の理由もそこら辺にあるのかも。新聞には外国に行ってもその国の言葉を使おうとしないなど我流、みたいなことが書いてありましたが、先進国民の割りに金払いが悪い、ってことなんではないかと。あと旅行業者に対しクレームが多いとかかな?
 まあそんな風に考えると日本人が最も評判がいいといっても喜んでいいのかは怪しい気もします。

 最近目についた鉄道関連の話題、というと今日はN700系の話題がもっとも世間の耳目を集めていたと思われますが、個人的に気になったニュース二題。

 「鉄子の旅」TVアニメ化 テツブームの予感

 アニメになるという話は聞いていたけどCSでは小生は見られません。ついでに言えば原作の漫画も読んではいないのだな。まあ機会があれば見て/読んでみたいとは思いますが、しかし「テツブーム」って何よ。
 もう一つ。

 「鉄道アイドル」木村裕子さんに迫る

 朝日新聞のこのコーナーの関係者に鉄道趣味者がいるのかな? えらい充実振りですね。
 旅行の一つの形としての鉄道ではなく、車輌などに関心を持つ所謂「鉄道マニア」のパターンの女性がいるということは時代も変わったのだなあと思いますが、ただそれがグラビアアイドルとしての「売り」になるのだとすれば、それもなんとなく引っ掛かるのでして(「鉄道オタク」に対するある種の偏見――女性と縁がないという――を前提とし利用してるような)。もっと自然体であればいいなあと思うのです。

 以前鉄道趣味指南本?の『テツはこう乗る』の批評だとか、酒井順子氏の本の感想だとかをこのブログで書いてきましたが、鉄道と社会の関係、その文化的役割についても色々検討されるだけの時期になったということなのかもしれません。もっとも、以前原武史氏の著作について批評を試み(てそのまま途中で放置し)た際に述べたように、経営や技術や労働の裏づけなしでは、ただの思いつきの空論になってしまう恐れもあります。もし「テツ」が「ブーム」になったのであるとするならば、その懸念はより一層大きくなります。
 そんな時に出た、ごっつい鉄道史の研究書があるのでご紹介しておきます。

宇田正『鉄道日本文化史考』思文閣出版

 鉄道史の研究者として、斯界では長老の一人として知られた宇田正先生の最新刊(2007年3月)です。表題の通り「わが国の鉄道が社会生活や国民の意識の近代化のために有形無形に果たしてきた文化的役割(p.6)」についての文化史的な評価を試みた、様々な論文を一冊にまとめたものです。
 小生は本書を先日買ってきて一読した(アメリカに行った飛行機の帰りで)だけなので、大雑把な感想しか述べられませんが、文化史的なアプローチを種々試みられた本書はなかなかに示唆的なところがあったのは確かです。特に面白かったのは、小学校の国語の教科書の中にどのように鉄道が出てくるかという分析で、近代化のイメージを鉄道を介して如何に刷り込んでいったかが察せられて興味深いところです。
 ただ、どうしても、「文化史」といっても"正統的"というか、例えば柳田国男の民俗学と鉄道とか、和辻哲郎の自伝に見る鉄道観とか、そういった「硬い」方面の話中心なのは、「文化史」という大上段な括りが話の広がりを制約してしまっているような気もします。その中にあって流石に長谷川如是閑と近郊開発の話はすこぶる面白かったのでありますが。
 もちろん、宇田氏ご自身序章で指摘されるが如く、鉄道と文化の研究はまだ緒に就いたばかりですので、これはないものねだりというべき評だとは自覚しているつもりです。しかし方法論として例えば、小池滋先生の『「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか』のような作品が既にあるだけに、もそっといろいろ切り口がないかなと読後思わざるを得ませんでした。もっともそれは、宇田先生と小生の半世紀に近い年齢の差が、そういった鉄道と文化への見方の違いを産んでいるだけなのかもしれません。
 いろいろ適当なことを書きましたが、鉄道史に関心のある向きは押さえておいていい一冊だと思います。

 さて、では小生がここんとこ研究課題として位置づけている、近郊住宅地的な中流階層的=近代家族的価値観と結びついた電鉄業の展開、という文脈で文化史の研究をするとすると・・・『金曜日の妻たちへ』の分析はやはり必要なのかな?
 小池先生の文学作品を通じての鉄道研究のように、いろんなメディアを通じて鉄道と文化の研究は出来るだろうし、うまく切り取ればそれはけっこう世界の中での日本近代の特質を表してくれると思うんですよね。それこそ、日本製『A列車で行こう』シリーズとアメリカ製『Railroad Tycoon』シリーズが、それぞれどのように鉄道を切り取っているのか、というのは、日米の鉄道観の違いをある面よく表しているわけで。
 更に極論すれば、痴漢の歴史というのも鉄道と文化の一つの表れかもしれません(そういえば美少女系エロマンガに痴漢モノってあんまり見ないような)。小生が学部生であった昔、ジェンダー論の専門家・瀬地山角氏は痴漢の研究に意欲を示され、その成果を世に問う折には『痴の技法』と題する旨を講義の中で述べておられましたが、未だ上梓の声を聞かぬは残念でなりません。ことに最近東大の教官(独立行政法人化後の今は不適当な呼称らしいですが)が「痴の技法」を実践してしまったとの報を耳にするにつけ。

 話が例によって無茶苦茶になってきました。
 最後に無茶苦茶ついでに思い付きを一つ書けば、このところの「テツブーム」などとマスコミが名づけたりするような、鉄道を巡る商業文化の活性化状況というのは、出版業界を中心に一定の市場が見込める鉄道趣味分野において、大御所・宮脇俊三氏亡き後の主導権争いなのではないか、ということです。本命・原武史、対抗・酒井順子、大穴・関口知宏、なんてね。
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by bokukoui | 2007-05-23 23:58 | 鉄道(その他)