カテゴリ:制服・メイド( 84 )

お詫び(帝メ顛末)・腰痛など

 先月、借り物のノートパソコンを座卓の上に置いてせっせとゼミのレジュメ作成に励んでいたところ、月末に報告が終わった翌日(今月1日)の朝の起床時腰に違和感を覚え、現在に至るも無くなっていません。1日のレポが時間かかったり、その後新たな記事を書かなかったり、コメントレスが遅れているのもだいたいそのせいです。
 やはりこの姿勢は良くないので、そのためにも新マシンを導入せねばと思うのですが、ビスタ登場以後の状況がさっぱり分からず、どうしたものやら。旧マシンの周辺機器のうち、キーボードとディスプレイは生きているので、ノートパソコン買ってきて自宅使用時にはそれにつなぐ、というのも、ちょっと考えなくもないのですが。

 さて、表題にあります通り、遅くなって申し訳ありませんでしたが、こちらについて。

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by bokukoui | 2008-05-08 23:57 | 制服・メイド | Trackback | Comments(8)

近況と連休の予定(帝メ)など

 漸くゼミの報告も終わってホッと一息ついたのですが、しかしまだ所用が様々に山積でなかなか落ち着けそうにありません。一応先月までの停滞振りから今月は復活したようにも思われますが、しかし活動の効率はなかなか以前のようには行かないようで。疲れが溜まりやすくて睡眠時間が長い傾向は余り変わりませんで。一頃よりマシなのは確かですが。

 で、例によって昨晩は報告レジュメ作成に天手古舞いだったのですが、なぜかそういう間の悪いときに限って(笑)MaIERiAの渡辺順一氏より電話。3日に即売会・帝国メイド倶楽部があるのでどうするのかという話でした。てんぱってたので適当に切ってしまいましたが、この即売会去年は行けなかったので、今年は行ければと思うところです。しかしこっち方面の活動といえば、先日の「新春メイドさん放談2008」位ですっかり停滞しており、行ったところで手ぶらでは意味がありません。そこで、手持ちの在庫ネタをいろいろ漁り、応急に一冊まとめて持って行こうと思います。タイトルとりあえず決めました。

 『「戦時下」のメイド』

 要するに、以前出していた『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891~1900』が完売したので、今度は戦時下の『パンチ』からネタを拾おうってわけですが。ま、二番煎じですね。それでも無いよりはマシ、ということで。

 ところで、今朝ようやく完成したレジュメを印刷しようとレーザープリンタのスイッチを入れたところ、なぜか赤い警告灯が付いてにっちもさっちもいかず、再起動を繰り返してもいっかな解消せず、遂に古いプリンタ(綺麗に刷れない)を使う羽目になりました。遅刻するかと思いました。
 先日はパソコンのスピーカーが「ぶちっ」と音を立ててお亡くなりになり、そろそろシステム更新の時期ということでしょうか。
 もっともこの所用の状況では、新しい機会を検討・導入する余裕がなさそうで・・・疲れているのでもう今日は寝ることにします。
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by bokukoui | 2008-04-30 21:01 | 制服・メイド | Trackback | Comments(2)

酒井翁三たび立つ

 昨年、一昨年に続いて、メイド趣味界の長老・酒井シズエ翁の主催する座談会が今年も開かれておりました。題して「新春メイドさん放談2008」であります。
 もはや新春ではありませんが、昨年同様小生が編集作業を延引せしめたことが少なからず影響しておりますかと思います。申し訳ありません。

 今年の放談は大きな発展がありました。放談の参加者は酒井翁と北庭さん、そして小生も末席を汚しておりましたが、新たに Luv-Parade貴島吉志さんが参加されたのです。
 貴島さんは、過去当ブログで報じております通り(20062007)、過去二回の放談に大変熱心なコメントをしてくださった方であり、いわゆる「メイド」コンテンツの作成にも携わっておられる方でもあります。貴島さんをお迎えしたことで放談の濃度が一気に上がった感があり、大変喜ばしいことでした。放談中は圧倒される思いでありました。

 というわけで、放談の本文は酒井翁のサイト・旦那様と呼んでくれへ。

 そうそう、「一人で勝手に喋らない」という反省の元に今年の放談に臨んだ小生でしたが、今年は体調不良で酒も呑めなかったし、そんなに酷いことはやらかしてないと思います・・・多分きっと・・・穴を掘って埋まったら有効需要が増えるのかな。
 放談中で散々している『COMICリュウ』の話は、ナヲコ先生の作品感想はじめそのうちしたいと思っていましたが、買い始めた頃から不調になって今なお果たしておりません。明日は発売日だし、今度こそ・・・とも思いますが、月末にゼミ報告が急遽決まるなど新学期でドタバタしておりますので、やはりまた先のことになりそうです。

 今年も放談に皆様のご感想をいただければ嬉しく思います。
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by bokukoui | 2008-04-18 22:52 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

馬車道へ 行く力も無き 秋の風

 しばらくヘタっているうちに、エキサイトブログのトップページの仕様が変わっていました。エキサイトの仕様変更というのは、これまでの経験則では大体においてユーザーの不興を買うことの方が多いような気もしますが、今回も個人的には読み込みがちょっと遅くなったようでそれは遺憾。ユーザー一般の声は、これまでの仕様変更に比べればマシなようですが。

 で、ヘタっていたというのは、先週以来また調子が芳しくなく、ここ数日は平均睡眠時間18時間という開渠を達成してしまいました。しかも塾講師バイトはちゃんと行ってたりするところが馬鹿げています(行く直前まで寝ていて帰って直ぐ寝る)。まさに生ける屍。
 何時に寝ても頭が少しは活動してくるのは16時以降のようです。体内時計がどうなっているのやら。

 今日はそんな日々故に仕事が遅れているお詫びをしに某お役所に午前中からお出かけ。午前中から出かけると昼頃が大変辛くなります。のでお役所での用事終了後、同行の方からファミレス・馬車道にて昼食を認めんとのお誘いを戴くも(どこのお役所か分かる人には分かるでしょう)、なすすべもなく撤退。仕事穴あけまくりでどの面下げて袴を見られるのだという思いもありますが。
 多少は目算も立ったので、少しでも用事を済ませねば、また次の用事が・・・。
 午前中から無理やり行動して昼の山を越えると、夕方以降ハイになるので少しでも用を済ませたいところです。ただこれをやると、その次の日の睡眠時間記録を更新してしまう恐れも。

 なお、口内炎は治りましたが、発疹は治りません。酷くもなりませんが。謎。
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by bokukoui | 2007-11-08 18:17 | 制服・メイド | Trackback | Comments(2)

『空間のイギリス史』より・お屋敷とメイドとナショナルトラスト

 引き続き頗る忙しいのですが、なんだかむしろそっちの方が何か書きたくてたまらないような、そんな妙な意欲が突発的に沸いてきて、何かトランス状態的な今日この頃です。しかし実際忙しくて時間がないのもまた事実なので、昨日同様引用を多めにすることで内容に代えさせていただきます。
 今日は久々にメイド方面に関係した話題です。

 という口上で紹介するのは、ずっと前から積んでおいて、暫く前に読んだこの本です。

川北稔・藤川隆男編
  『空間のイギリス史』
(山川出版社)

 歴史上の「メイド」に関心のある向きでしたら、川北稔先生のお名前は皆さんご存知のことと思います。『路地裏の大英帝国』の編者として名を連ねておられる方ですね・・・って、同じことを前にも書いた覚えがありますね。川北稔編・綾部恒雄監修『結社の世界史4 結社のイギリス史 クラブから帝国まで』についてこのブログで以前取り上げました時のことでした。で、この書物もやはり川北稔先生の名前に釣られて買ったようなものでした。
 本書は川北教授退官記念で出されたものらしく、『結社のイギリス史』と似て、300ページ足らずの本に20本の論文がひしめいています。それだけ一本一本は短いもので、実証というより問題提起の性格の強いものとなっています。そういう点で読み手を選びそうというのは『結社~』と類似してます。ただ、本書の場合は一応「空間」というテーマが設定されているものの、「結社」ほどその性格が決めやすいものではないですから、バラバラ感がより一層強くなってしまっているのは否めず、従ってやや印象が薄くなってしまいました。

 そんな中で、以下にご紹介する内容は、これまた『結社のイギリス史』の時に触れた、ナショナルトラスト運動についての箇所です。お屋敷、つまりカントリー・ハウスと、メイドさん、つまりサーヴァントが話の中に出てきますので、以下に引用しておきます。
 国民の遺産となるべき空間を保存するというトラストの目的は、創設以来変わっていないが、何を遺産として定義するかは時代によって変化してきた。第一次大戦後、三人のトラスト創設者や彼らを支えてきた中心メンバーが亡くなると、トラストの体質は保守化し、広く国民の参加を呼びかけるアピールは希薄となった。1930年代から50年代にかけて、トラストの主たる関心は、カントリー・ハウスというイギリスの伝統的支配階級の富と権力を表象する建物の保存に向けられた。もはや維持できなくなった地主貴族の邸宅を相続税の免除など優遇措置をとってトラストの資産とし、地主は一定期間、邸宅を一般公開することを条件にそのまま住むことを許された。こうした地主貴族の遺産を国民の遺産とするトラストの価値観は、近代以前の地主が支配した伝統的な農村社会を理想化する反動的なものという批判を受けた。また、同じ時期に労働者階級に広がったハイキングの流行など、大衆のルーラリズムとは乖離していた。
 しかし、トラストは、1965年にネプチューン計画と名づけられた海岸線の保護活動を皮切りに、一般への積極的なアピールを再開し、活発な国民の取込みを始めた。会員数は1970年頃からかつてないペースで急激に伸びはじめた。これは、自然環境保護への関心とリテッジ・ツーリズムの人気に支えられた結果だといえるだろう。国民の遺産は拡大され、ふたたび自然景観や、カントリー・ハウス以外の歴史的建築物の保存に積極的に乗り出した。カントリー・ハウスの獲得数は1960年代から次第に減少していき、逆に民衆の社会や文化を表象する建物の獲得や、既に取得していた資産の一般公開に努めるようになった。こうした資産のなかには、救貧院や農業労働者の住まい、セミ・ディタッチド・ハウス(大戦間期に中産階級や労働者階級上層部に普及した二世帯の共有住宅)などがあるが、それ以外にも、カントリー・ハウスで働いたサーヴァントの居住空間を再現し、カントリー・ハウスの所有者ばかりでなく、そこで働いた人びとの生活にも焦点をあてるという試みが始められている。
 こうした方向転換がなされたのは、時代遅れのエリート主義というトラスト内外からの批判が、「国民」の遺産を守るというトラストの存在意義を揺るがしはじめたからである。たしかにトラストは、遺産を定義することにより、特定の対象を国民の意識に刻み込むのに貢献してきたが、国民の側も、自分自身の興味や価値観をフィードバックし、トラストに影響を与えている。なぜなら、トラストは、国民の遺産を保存する団体としての正当性を維持するために国民全体のニーズに応える必要があり、さらに、会員数や訪問者の数が急激に増加するにつれ、会費や募金による収入が、財源の大きな割合を占めるようになってきたからである。トラストにとって、国民が信じたいと願う過去のあり方を創出することは、自己の存続にとって必要な条件であった。(pp.171-173)
 この後に、トラストによる過去へのまなざしは進歩の栄光という性格のものであったこと、こういった過去への嗜好が「イギリス病」の元凶と批判する声もあったが、イギリスの景気が良くなるとむしろこういった過去への嗜好が広く受け入れられるようになったこと、それがいわばイギリス自体をテーマパークにしているようなものではないかという批判もあること、などなど、なかなか興味深い話題があります。
 「国民が信じたいと願う過去のあり方を創出する」というのは、歴史の遺産を受け継ぐということの難しさを感じます。まあ日本はそれ以前の問題が大きいとは思いますが。また以前の記事でも書いたことですが、このように創られた「イギリス人の信じたい過去」に対し、日本人がどのような反応を示したのかという例として、メイドさんをめぐる話題は興味深いものであろうかと思います。
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by bokukoui | 2007-08-03 23:57 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

『MANOR HOUSE』発売


 実は昨日であったらしいのですが、百年前のイギリスの貴族のお屋敷の生活を再現したドキュメンタリー『MANOR HOUSE』が発売になったとのことです。
 詳細は上掲リンクの公式サイトのほか、ここの概要や、ヴィクトリア朝のメイドといえば言わずもがなの久我様のブログの熱の籠った紹介記事などをご参照下さい。何でも巻末の"Special Thanks"に久我様のお名前が載った由、おめでとうございます。心より敬意を表します。
 森薫先生の初回特典もついていることですし、当然小生の買うべきものではあるところですが、アメリカ旅行で全財産使ったので買えそうにありません。とほほ。誰か金貸して(苦笑)

 とはいえ、日本の「メイド」ブームも、このような(これまでの常識では)一般受けするはずがなく当然日本語版が出るはずもなかったものが出る、という意味のある成果も齎したということは、大変喜ばしいことであります。『MANOR HOUSE』が売れれば、もしかするとその前作に当たる、百年前のイギリスの中流階級の暮らしを同じく再現ドキュメンタリー化した『THE 1900 HOUSE』も日本語版が出るかもしれません。それが今小生が一番夢見ていることです。
 このところアメリカの電鉄の話をせっせと書いたとおり、日本的近郊住宅地の元祖は十中八九アメリカの電鉄会社にある(一般に日本における電鉄系近郊開発の祖と目される小林一三は、その創業に当たって発行したパンフ『最も有望なる電車』の中で、「外国の電鉄会社が盛んにやって居る住宅経営」と書いていますが、この「外国の電鉄会社」がどこかという具体的な指摘はこれまでされていないようです)と思うのですが、もしかすると、ロンドンのメトロポリタン鉄道(地下鉄。「メトロ」の語源。余談ですが、なんでも郊外支線ターミナルのベイカー・ストリート駅ビルには様々な商店が入っていたそうで、駅に百貨店という経営スタイルのモデル?)の沿線開発が参考にされた可能性もないとは言えないので、まあイギリスの中流階級の生活も知っておきたいなと。しかし偏った興味関心の持ち方ですね(苦笑)

 というわけで、このような資料が商業ベースで出るようになってくることは大変喜ばしいことではありますが、率直に言えば、同人の資料系としてはなかなか立ち位置が苦しくなってきますね。ことに小生の場合は、語学上の制約もありますので、よりニッチ的な位置を探すしかないのかもしれませんが、もういっそハーヴェイ・ガールズ本とかに転向するかねえ。
 まあ、ともあれ、何はなくとも仕掛け品を片付けることが先決なのですが。
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by bokukoui | 2007-05-26 23:59 | 制服・メイド | Trackback | Comments(6)

「帝国メイド倶楽部 八」欠席のお知らせとお詫び

 下の記事に書いた事情により、本日から13日までアメリカ旅行に行っております。
 ので、その間ブログの更新は(おそらく)出来ません。何卒ご諒承下さい。

 さらに日程の都合上、同日の「帝国メイド倶楽部 八」には、小生は欠席せざるを得ません。コスカと違って「メイド」へのこだわりがしっかりある、楽しい即売会だけに大変残念ではありますが、又次の機会に宜しくお願い致します。サークル自体は渡辺プロデューサーが参加し、在庫の他ペーパー程度は置いておくつもりです。申し訳ありません。
 なお、帰国の予定からすると、イベントが終わった頃に会場に着けるかどうか、くらいになりそうです。ので、可能であれば最後に(在庫と売上の回収に)会場に馳せ参じるかもしれません。イベントには参加できませんが、終了後にお茶一杯飲むことくらいは出来るかもしれません。うまく行けば渡辺プロデューサーに連絡を入れておきます。

 ちなみに今回の訪米の個人的目玉の、Orange Empire Railway Museum は、いつぞやネタに使った19世紀末~20世紀初アメリカの有名なウェイトレス、ハーヴェイ・ガールズの関連団体とも縁があるようで、満更制服ネタとも無縁ではない・・・のかもしれません(笑)
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by bokukoui | 2007-05-08 06:42 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

[資料メモ]女子小中学生制服化大作戦

 昨日の記事に引き続き、学生服大手・瀧本の社史から引用してみたいと思います。

 今日のところは、本筋である学生服に関るところから。昨日の記事同様、引用に当たっては数字を横書きで読みやすいように直しています。
ミットプランの推進
 昭和36年、素材メーカータイアップによる学生衣料の開発第一弾として、伊藤萬、三菱レイヨンとプロジェクトを組み女子中学生の制服化を推進する「MIT計画」を打ち出した。MITとは、三菱レイヨン、伊藤萬、瀧本の頭文字を取ったものである。
 その当時、義務教育の中学生の制服は、男子については詰エリの学生服を着ていたが、女子はほとんど各学校ごとに指定の制服を着ており、その種類はひじょうに多かった。
 同じセーラー型の制服でもライン胸あて、ポケットの型、刺しゅう、スカートのひだの型、ひだ数など千差万別であった。また一部には自由服装の学校も増えつつあった。これは当時の自由主義的社会風潮からくるものであった。
 それらの制服は、小ロットの生産で、合理化がすすまず、しかも高値で消費者に購入されていた。また衣料品がじゅんたくに出回ってくるに従って、オシャレをする女子学生が増え、自由服装の学校は、通学の服装に派手な格好が目立つようになり、教育面で好ましくないという意見が一部の学校によって問題になってきた。
 こうした情勢をいち早く察知した当社は、女子中学生の制服化を推進することも、企業の社会的使命であるという考え方から、東京支店を中心に、真剣に女子中学生の制服化と取組んだ。
 女子中学生の制服化で、第一の問題は安く提供するということである。それには定番品をつくり、レディメード化して安価に提供する必要があるということで、女子中学生服の学校一括納入を提唱した。
 第二の問題は、制服化をすることによって全生徒が着ることが前提となる。とくに中学校は義務教育であるから、この点が重要で、制服の買えない生活困窮者をどうするかが焦点となり、当社は、素材メーカー、商社、小売店の各段階が互いの利益の一部を出し合い、これらの学生に無償で提供することを打ち出した。
 当時生活保護家庭の中学生は、全生徒数の3%に達し、それに近い生活をしている生徒数も3%を数え、これらの人達に制服を無償で提供するという、過去になかった社会奉仕的な意図を持った女子中学生の制服化運動が、MITプランである。
(pp.176-178)
 衣料品が潤沢に出回っておしゃれをする人が増えるということは、衣料品全体の市場は伸びている一方で差異化が激しくなって企業間競争はむしろ激しくなっていくということなのでしょう。そんな時流を逆手にとって「制服化」を推し進め、安定した市場を確保するという作戦とすれば、瀧本の経営戦略は見事という他はありません。にしても「当時の自由主義的社会風潮」って何よ。60年安保か?
 ついでに、この「ミットプランの推進」の項には、女子の制服の話しかありません。男はどうでも良かったのか? あんまりオシャレに関心なさそうだからどうでも良かったのか。

 さらに、この項目の続きには、小学生についての話が載っています。そこを以下に引用。
小学生服  ミットプランで、女子通学服の制服化が緒につき、さらに東レテトロクイーン(注:東レが開発した女子学生服のブランド。瀧本の社史曰く「MITプランの模倣」だが、「学生服素材の高級化の時代要請から積極的に参加」したとのこと。p.179)の出現で、土台ができた。次いでねらいは、小学生の制服化に焦点を当て、東洋レーヨン及び日本毛織と組んで、小学校のスクールユニフォームの開発をはかった。
 これはあくまでも学校でユニフォームを制服として採用してもらうため、当時、大阪の新阪急ビルで大々的に発表会をし、近畿の小学校役200校、千人程度の先生、PTAの役員を招待し発表会を開いた。
 この小学校の制服も、生活保護を受けている生徒には東洋レーヨンとタイアップして、校長や民生委員の証明があれば無償で給付するというミットプラン方式を採用して、積極的に販売努力を行った。
 ブランドは、「東レ通学服スクール」「ニッケエリート」の両立てで、これもひじょうに反響を呼び、2~3年後には、かなりの採用校ができ、大阪では全小学校の約60%が制服化に踏み切るというほど成果が上がった。
 現在全国で、数千校の学校が制服を採用しているが、その普及につとめたのが当社であったのである。
(pp.179-180)
 関西に修学旅行で行った折、奈良県の小学生が制服なのを見て驚いたものでしたが、これも瀧本の営業の成果だったのでしょうか。
 それはともかく、こっちは男女ともに制服化を推し進めていたようです。
 義務教育なだけに、制服化が経済的な問題を引き起こさないように気を使っているのが伺われます。うがった見方をすれば、ある程度無償で給付しても、全校制服化に踏み切れば算盤が立つと計算してのことなのでしょうが。
 学校制服の歴史を振り返ると、明治の女学校のそれなんかにしても、華美なファッションは学校の生徒に相応しくない、またファッションによって家庭の格差が可視化されて教育現場に出現することを嫌う、そんなことが採用理由として大きかったように思われます。瀧本の戦後の経営方針も、これに則ったものであったといえると思います。
 華美なファッション、特に女性のそれが教育の場で忌避されるのは、やはりそれが男の目を惹きつけるものだから、ということがあろうかと思います。ですから制服採用の理由の一つに、異性の目を無闇と惹くようなファッションを禁じることで学業に専念させるというのは、やはりあったと思うのですが、しかしそのような性的な視線をはねつける筈だったファッション自体が、フェティッシュな欲望のまなざしの対象となってしまうのですから、人間とは摩訶不思議で面白いものです。

 社史には他にも、運動着や園児服の話だとか、この社史が編まれた1975年ごろにブレザー制服の導入を始めていること(「いずれ男女ともブレザーの時代が来る」(p.280)、当たりましたね)など、興味深い話は尽きませんが、その辺はまたの機会にして、今宵はこの辺で失礼。
 この資料を紹介してくださった某氏に、心から感謝する次第です。
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by bokukoui | 2007-04-26 23:53 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

[資料メモ]スクール水着の誕生と傷害保険

 まだ本調子でないので軽い話題を。

 学生服大手の瀧本という会社の社史を、さる方のご好意でコピー1部いただくことができました。「スクールタイガー」という学生服のブランドで有名な会社です。同社は1925(大正14)年の創業で、各種の衣料品を扱っていましたが、戦後学生服関係に絞って現在に至ります。その瀧本が1975年に作った、『瀧本五十年のあゆみ』という非売品の社史なのですが、幸運にもコピーが今手元にある次第です。
 で、小生の関心の戦前の記述はごくあっさりしているのがちょっと残念ですが、しかし学生服大手の会社がどのように発展していったか、特に戦後では化学繊維の開発とどう歩調を合わせていったかがうかがい知れる、結構貴重な文献ではないかと思います。国会図書館にも所蔵されてないみたいだし。

 ざっと一読しただけですが、とりあえず読者の皆さんの興味を惹きそうな箇所を何箇所か引用して見たいと思います。今日はまず、本命の学生服からちょっと外れますが、スクール水着の歴史にまつわるお話を。引用に当たっては数字の表記を横書きで見やすいように変えています。
スクール水着 海水が公害で汚れ、海水泳が思うようにならず、小学校を中心にプールの設置が始まった。
 当社(注:瀧本)は、こうした情勢の仲で水着の需要動向を調査したところ、一般市販の水着はひじょうに派手なものばかりであり、学校の水泳にはやはり統一された学生向けの水着が必要であるということがわかった。そこで、東レ―八木商店―瀧本の共同企画としてスクール水着に取組んだのが昭和41年であった。
 当初の素材はナイロンを使用していたが、ナイロン66(プロミラン)が開発されると、これに転換した。
 スクール水着の販売で、とくに重視したことは水禍である。このため当社は、スクール水着傷害保険をつけ、当時死亡の場合5万円の保険金つきという制度で販売した。
 プールの急速な普及とともに、スクール水着も伸び、現在(引用注:社史発行は1975年)では数百校の指定を得て、30万枚近い水着を納入するという安定商品になっている。
 傷害保険は二、三年続けたが、プールでの事故がほとんどなくあまり意味がないということで、現在は、八木商店サイドで、ベルマークにスクール水着を登録し、学校の設備増強に役立つ方策をとっている。
(同書pp.238-239)
 当初プール授業の導入で、事故がけっこう懸念されていたようですね。その後実際、プールに飛び込んで底で頭を打って障害を負ってしまったという事故が何件か発生しているかと思いますが、それを思えばこの保険をやめてしまったのは早計だったかもしれません。もっとも、死亡で5万円っていくら1966年とはいえ安いような感もありますが。

 で、他にも興味深いところがありますので、機会があればまた紹介引用してみたいと思います。
 ちなみにこの瀧本については、ウィキペディアの記事がどういうわけか編集合戦になっておりますが、それ以前に記事本文に誤りがあります。「同社の商標のスクールタイガーは1929年に登録されている」とありますが、社史によれば戦前には「タイガー」印を商標登録していなかったため、戦後登録しようとしたら他のシャツメーカーが既に使っておりさあ大変。とりあえず特許事務所に相談して、「スクールタイガー」はじめ「タイガー」+〇〇という商標を登録する一方、そのシャツメーカーに対し商標無効を訴えます。これが1952年のことのようで、「スクールタイガー」商標は翌年に認められた由。
 これはそのシャツメーカーから「スクールタイガー」の商標はうちの「タイガー」を侵害すると逆に訴えられたりしながらも、遂に瀧本が戦前から広く「タイガー」印を使っていたことが認められて勝訴となるのですが、それが1971年。19年もかかったのか・・・(以上、社史pp.188-192)
 知財だの商標だの著作権だのかしましい昨今からすれば、悠長なお話でした。

 ところで、ではいつから「タイガー」印を瀧本が使っていたのかというと、社史を丹念に読んでも良く分かりません。瀧本が子供服専業になった1930年に虎のマークを作ったらしい(p.41)のですが、会社の創業者は創業当初から虎のマークを使いたがっていたらしく(p.40)、一方裁判の話では「昭和2年(注:1927年)頃の手帳などタイガー印の入った証拠品」(p.191)を提出して勝訴したとあるし・・・まあとにかく、ウィキペディアの「1929年にスクールタイガーを登録した」というのではなさそうです。
 今の瀧本のサイトを見ると、現在の「スクールタイガーα」のロゴが、社史に載っている30年以上も前の当時(ロゴ作ったのはもっと昔だろうなあ)のそれとほとんど変わらないように見え、それがかえって格好よくも感じられるのでした。

※この記事の続きはこちら
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by bokukoui | 2007-04-25 23:55 | 制服・メイド | Trackback | Comments(5)

妄想の対象としての「メイド」について思うことなど(1)

 一月以上も前ですが、酒井シズエ翁・北庭さんとの「メイドさん放談2007」のネット上への公開に際し、酒井翁のサイトに掲示板などがないためなのか、公開を報じた拙ブログの記事が図らずもその代用の役割を果たし、多くの方のご意見をいただけたということがありました。更にそれにお応えして小生はダイクストラ『倒錯の偶像』を中心に記事を書いたのですが、それ以降この方面の記事を書いておりませんでした。
 ですが、その後「制服学部メイドさん学科」の鏡塵さまが、この鼎談に関連した新たな記事(『「これがWNF(ワールドネコミミフェデレーション)のやり方か――!?」』)を執筆されており、その内容を興味深く拝読すると共に、思うところも些かありましたので、これは一筆と思っておりました。が、その後所用がいろいろあったり、エロマンガの話とか鉄道旅行記とか、別件の記事に力を注いだりしているうちに延び延びになってしまいました。
 そんなこんなのうちに、先月末に色々と記事を書いたエロマンガ方面では、イベントの「プロデュース」をした永山薫氏がご自身のブログで「ここ最近、メイドについて考察中」だそうで(そういえばイベントの時にはメイドの話は出なかったなあ)、ますます何か書きたい意欲が高まり、あまつさえこんなネットニュースまで見つけてしまっては。

 アキバ経済新聞
    「メード普及を目指し「日本メイド協会」設立-「メイド検定」実施も」


 あまりのツッコミどころの多さに、慌ててリンク先を見るに

 日本メイド協会

 なんともはや。
 とりあえず一言で評すれば、「『ブームから文化』への昇華」などという表現からは、所謂オタク文化の文脈において「メイド」に対して抱いているものが変態的妄想であり、だからこそ面白いのだという認識はあんまりなさそうだなあということです。この辺については、以前書いた「メイド」喫茶を「風俗だ」と批判するオタクの言い分を分析した拙稿とも関ってくるのではないかと思いますが、自らの妄想を妄想であることの意義と限界とを把握しないまま、だらしなく語って商業主義的な波に乗っかっていくことに対し、小生は強い懸念を抱いて・・・は別になくて、端から見ているとバカバカしくて面白いなあとは思いますが、まあとにかく、「メイド」に寄せられる様々な妄想とその発展の系譜や過程を考えてみることには一定の意義はあるのかなと思います。

 更に最近の「メイド」がらみニュースでは、アキバblogさん「駅前羞恥プレイ メイドコスプレで四つんばい」という記事が相当に話題を呼んだ模様です。これに関しては、当ブログにも時折コメントしてくださるMarkWater氏が、ご自身のmixiの4/17付記事コメント欄にて、左手首に包帯をしている=リストカットの可能性を指摘されており、その鋭い観察眼には胸を突かれました。
 で、この件に関しては、「痛いニュース」とかいろいろ見てみると、所謂「オタク」の方々からは概して非難されているようです。小生思うに、これは「メイド」に寄せる妄想のパターンとしては、今となってはもはや古典的な、90年代以前からあるようなもの――SM文化のそれ――であると考えられます。しかし、それが20世紀末から現在に至る、「萌え」という言葉としばしば結びついて語られるような、「オタク」の現在の主流とは異なってしまっているために、現在ではオタクな方々の批判を浴びることとなったのでしょう。
 ですが、以前拙稿で検討した如く、SM文化のそれとオタク文化のそれとが全く対立するようなものでもなく、根底のところでは案外繋がっているところもあるように思うのです。

 そんな「メイド」を巡る種々の妄想が渦巻くこのご時世に「日本メイド協会」なんてのが設立されたのは、種々の妄想のなかでの「正統性」を確保することで、向後の「メイド」を巡る商業的シーンにおいて優越的な地位を獲得しようという戦略なのでしょうか。小生は、「メイド」のここまでの発展の強みは、様々な妄想を幅広く受け入れてきたことにあると思いますので、正統性争いは長期的には「終わりの始まり」ではないかと思わなくもありません。しかしまあ、その作戦の可否は措いておいても、一つこれを機に「メイド」と妄想について思うところをつらつらと述べてみたいと思います。
 思いますが、まずえらく長文になりそうなので、また暫く忙しいし、今日のところは序文である以上にとどめて、以後はのんびり気長に長期連載記事として執筆予定。





 ・・・ってだけなのも何なので、最近の小生の「メイド」に関する妄想をここで披瀝。
 それは何かというと、

 メイドとはワーキングプアである。

 社会経済史的にはそんなに間違ってない筈です。だって「働いても豊かになれない」ことは普通だったわけで。
 で、世に(秋葉原方面に)溢れる「メイド」を、「ワーキングプア」に置き換えてみると、妄想ダダ漏れで楽しいですよ。

・ワーキングプア喫茶
・ワーキングプアカフェ
・ワーキングプア服
・ワーキングプアリフレ
・ワーキングプアヘアサロン
・ワーキングプア雀荘
・ワーキングプアロボ
・花右京ワーキングプア隊
・完全ワーキングプア宣言
・仮面のワーキングプア
・会長はワーキングプア様!
・ワーキングプアと大きな剣
・Working poor iN HEAVEN

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by bokukoui | 2007-04-18 23:58 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)