カテゴリ:制服・メイド( 84 )

霞ヶ関の馬車道に行く

 開店以来2年は経っていますが、久々の馬車道訪問が霞ヶ関店だったというお話。

 大学院の指導教官(独立行政法人化したから厳密には「官」じゃないけど)のご下命により、内閣府が行っているさるお仕事のお手伝いをすることとなったので、本日打ち合わせの会議のため午前中に霞ヶ関に行って参りました。で、指導教官が招集をかけた院生が他にも何人かおりまして、そのうち一人(某氏とします)は学部ゼミ時代も一緒にその指導教官のゼミに出ていた人でありました。
 思い返せば小生学部3年生の砌、この指導教官のゼミの報告で、この某氏が何を考えたのか「女学生の袴の誕生と普及」という報告をしたのでありました(今の某氏の研究内容と全く異なっており、某氏はそういった趣味は多分ないと思われます)。で、この日のゼミの最後に、それまでの質疑応答の内容とは全く関係なく、指導教官が
「ところで、セーラー服っていつできたの?」
 と、ぽろっと疑問を零されたので、つい小生は某氏が何か口を開くよりも早く、脊髄反射で
「大正10年です」
 と即答してしまい、以後小生は研究室内で「制服マニア」の烙印を押されるに至ったのでした。
 せめて1857年と言っておけばよかった・・・
※1857年:英国海軍がセーラー服を水兵の制服に採用した年

 話を戻します。
 今回の召集の通知を受け取った時、「内閣府」「合同庁舎5号館」の文字を見て直ちに「あ、馬車道のある建物だ」ということに思い至り、この指導教官と某氏も参加するからにはなんとしても皆で馬車道に行きたいものだと思ったのですが、今回幸いにも会議が午前中で終わった頃がお昼、という絶妙の時間配分でしたので、早速院生一同を引率して合同庁舎の最上階に向かいました。一度も行ったことがないくせに案内人です。館内の案内板の類には「馬車道」の文字がなく、本当に場所はここだったかと内心少しびくついていましたが。
 行ってみればやはりちゃんと馬車道はありました。天井のあまり高くない普通のビルの中にあるのは何となく見慣れず不思議な感じがします。26階という絶好のロケーションで、眺めはなかなかよいところでした。お昼時の割に空いていて、すんなり席が取れたのは良かったですが、ちゃんと客が入っているのかと多少気を廻したくもなります。
 社員食堂的性格を反映してか、メニューの種類はかなり少なかったですが、値段もだいぶ安くなっていました。どうして安くできているのでしょう。テナント料の扱いはどうなっているのでしょうか。ここは最近タウンミーティングの大盤振る舞いで大顰蹙を買った内閣府も入っているビルだけに(まああれは電通のボッタクリと考えた方が納得行きますが)、些か気になります。
 ああそうそう、肝心の食事のほうですが、そちらの質は通常店舗と変わりなかったと思います。量がすこし少ないような気もしましたが。馬車道については最近ドリンクバー導入という情報を聞き、馬車道の楽しみであったコーヒーの品質がどうなったか心配しましたが、この店舗ではドリンクバーはなく(水はセルフサービス)、コーヒーも美味しゅうございました。
 勿論紫の袴に矢絣の制服も同じです。何故か一緒に来ていた他の院生に受けていました。某氏はご自分の報告が元凶だということを忘却しておいででしたが(苦笑)

 で、官庁にどの役人の趣味なのか馬車道が入店していたわけなのですが、何でも同社は本庄早稲田店なるものを開店し、早稲田大学本庄キャンパス内に店舗を構えているそうです。ウヌレ早稲田。
 ここはわが大学は、アンナミラーズをキャンパス内に誘致するしかありますまい。松本楼よりもその方が学生に支持される(笑)
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by bokukoui | 2006-12-05 23:59 | 制服・メイド

某Y氏への私信(「メイド」喫茶取材方針に関する一提言)

 小生のメールがどういうわけか調子が悪く、受信は普通に出来るのに送信が一切出来ないという、使用者の筆不精精神が乗り移ったが如き動作不良を起しておりますので、現在某新聞社の辻政信と恐れられている旧友Y氏へ送るべきメールをやむなく当ブログにアップしておきます。まあ他の人に見られて困るようなものでもないし。

(以下本文)
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by bokukoui | 2006-12-04 22:27 | 制服・メイド

コミケ当籤・MaIDERiA出版局更新

 既に各地のサークルで報じられていますが、今冬のコミケット71の当落結果が判明致しました。
 結果、当サークルは幸い参加できることとなりました。
 日程・場所は

  3日目(12月31日・日) 東1ホール C-14a

 です。
 12月は緊急の要件もないので、新刊を今度こそ用意できるかと思います。今年は全くの新刊というのはまだ用意できていないので・・・。
 今回は配置場所が少し変わりました。今まで東4ホールだったのが東1ホールへ。どちらにせよ、一番端っこという状況は同じ様ですが。また、今回は隣の東2ホールに評論系がいます。評論がこれだけいつもメイド(創作少年)に近いのでしたら、評論に引っ越してもいいんですけどね・・・。
 なお、最近のMaIDERiA出版局の新企画「旧稿再録」企画の元である「原辰徳前監督」の代打サークル「原に代わって代打吉村」も当籤とのこと。東2ホールS-06aだそうです。

 以上の告知を兼ねて、MaIDERiA出版局サイトも多少更新しました。といっても、例によって「よりぬき『筆不精者の雑彙』」に10月分を追加した程度ですが。
 なお、渡辺プロデューサーは、「mixi経由でないけれどこのブログは定期的に確認している」との由です。
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by bokukoui | 2006-11-08 23:59 | 制服・メイド

ファミレス馬車道の思い出~嗚呼店長の美技

 今回のコスカで知った情報でいささか驚いたのが、制服で有名なファミレス・馬車道のシステムが変わって、ドリンクバーが導入されたということでした。ということは、お代わりのコーヒーをウェイトレスさんが注ぎに来てくれなくなってしまうのでしょうか。・・・むむ、残念。
 残念というのは、馬車道のコーヒーは結構美味しかったのでそれが楽しみでもあったからです。正式な商品名は忘れましたが、ちょっとお高い目のコーヒーを注文し、お代わりは普通の(これも結構いい)をもらう、という形で、質量共に楽しめたからです。人件費節減のためなのでしょうが、何とも・・・。とはいえ実見はしていませんので、何はともあれどこかの店舗に行ってみる必要があるわけですが。

 以上の話とはあまり関係なく、以前馬車道に行った時のことを思い出したので一筆。

(以下の話は、一部の昆虫が苦手な方にはお勧めしません)
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by bokukoui | 2006-11-06 23:58 | 制服・メイド

コスチュームカフェ17号店・顛末など

 というわけで、ここ二日ほど急遽企画を始めて告知したように、コスチュームカフェ17号店に出展してきました。
 新刊につきましては申し訳ありません。冬コミにはきっと・・・と今までも似たようなことを言っていたような気が・・・。

 コスカはすっかり大規模になり、都産貿の2階から4階まで使って開催されるのも通例になりました。今回当サークルは4階でしたが、いわゆる大手サークルをはじめとする、18禁などを扱うサークルは3階に集められていました。そのせいか、開場しても比較的人の流れは穏やかなように感じられました。その分3階は大変だったらしいですが。
 その3階の人の流れを捌くために、同人通の編集長氏(ここに登場)が参加していて、事のついでに顔を出してくれたり、いつもお馴染みの小出鞠さん檸檬児さんも来て下さいましたが、しかし、有体に言ってなんだか人の来るのが少ないような・・・あ、いや、売上が少ないのは新刊を出していない以上自業自得ですし、「新刊は?」と聞いてくださる方には土下座して詫びるしかないのですが、そもそも立ち止まってくださる方や見てくださった方の反応が今ひとつ以前より鈍いように感じられたのです。
 これもコスカが大規模化した分、「普通の」即売会になってしまい、制服系といいつつも実は制服にこだわるサークルさんや参加者がその分少なくなってしまったからかなあ・・・などと、帝国メイド倶楽部と引き比べて思うのでした。実はコスカのこういった傾向は、昨年ごろから段々と実感しつつあるのですが。

 ちなみに本の売れ行きが悪いと、個人的に困ることが一つあって、ちょうど手元不如意だったものですから、他のサークルの本を買いに行く軍資金がないということでした(苦笑)。幸い、時間が経つにつれ多少なりともお求め下さる方が出てくださったので資金は調達できたのですが、そうすると今度は渡辺プロデューサーコスプレ写真を撮りに行ったまま戻らず(笑)、なかなか出かける機会がありませんでした。
 とはいえ、最終的には頂き物を含めてこれだけの成果が。
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 画像はクリックするととても大きく拡大します。
 まだ読んでいないので詳細な紹介はしませんが、実在のお店の店員さんやドラマに出てくるメイドさん、学校制服など実物系の資料が中心なのはいつも通りですね。そしてコスカといえば何故か多い軍事系、今回も一点収穫しました。
 ・・・真ん中の何かが異彩を放っていますが、気にしないことにしましょう(なみりゅうこさん、いつもいつもありがとうございます)。
 詳しい紹介はまた折を見て。

 3階のサークルはあまり行きたいところがなく、ただいつもお伺いしている「初芝電産と11月の休戦」さんには行こうと思っていたのが、売り子業務に従事しているうちに機を逸してしまい、残念と思っていたところ終了間際に向こうから訪ねてきてくださいました。ありがたいことです。
 そしてもう一つ意外な出会いがあって、「ロールケーキ」というサークルのmizutamaさんという方で、このサークルの手伝いをしておられた方が渡辺プロデューサーの関係者だったりするのですが、実はナヲコ先生のファンで、それでネット検索して小生が書いた文章にたどり着かれたことがあった由。まこと奇縁であると感じ、その場に居合わせた渡辺プロデューサーも「世界は狭いなあ」と感心していました。個人的には、ナヲコ先生のファンが実は結構多いのではないかと思われて、とても愉快でした。

 もはや恒例行事と化しつつありますが、イベント終了後は「むしぱん(SORAARTRON)」の皆さんと、そして「ランスロットカフェ」のなみりゅうこさんと小出鞠さんとで、お茶を一服・・・と思ったらいつもの店が貸切だったのでウェンディーズにて遅い昼食を摂りました。小生にとっては喫茶よりこの方が良かったように思います。朝食はしっかり食べたのですが、午後になって矢鱈と腹が減り、しかし席を離れることも出来ず、しまいには会場を行き来する方々が身に纏っている、コスカならではというべきひらひらフリル一杯の衣裳を見ても、「可愛い~」「萌え~」とか思う以前に、「ワンタンメン食いたい・・・」と思うようになっていたからです(笑)
 少時歓談しますが、先ほど上に書いたようなコスカの規模拡大に伴う性格の変化、というのもこの席で話題に上ったことでした。制服系にこだわるならば帝国メイド倶楽部の方が濃い目でいい、ということに議論はまとまりましたが、しかしメイド系は帝メで何とかなるとしても、いわゆるファミレス系や学校制服系は、行き場に困るという感もあります。
 しかし、コスカがこういった問題を抱えているにもかかわらず今尚参加する意味があるのは、それは最後になみさんが仰っていたことですが、やはりその場に集う人間のつながりがあるからだということです。小生もそのご意見には全く賛成したいと思います。

 とまあ、まったりと一日イベントを楽しんできました。
 折角なので、明日も後夜祭として当ブログで制服系の話題を扱うこととしましょう。馬車道の話とか。
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by bokukoui | 2006-11-05 23:57 | 制服・メイド

神戸屋の歴史をさぐる(戦前篇)

 気がついたらコスカ17号店は明日でした。しかし、再来週の学会報告の準備が念頭にあって、すっかり忘れておりました(その割にはブログを猛烈な勢いで更新したりしておりましたが)。何も準備は出来ませんが、ペーパーは作りますので(これから・笑)、比較的のんびりしたイベントであるコスカの場で、ご来訪していただけた方とのんびり最近の情勢について歓談できれば幸いです。
 で、昨日に引き続き、コスカ前特集と称して制服方面の話題をひとつ。昨日はコスプレ喫茶について江戸時代まで遡りましたが、今日のお題はウェイトレス制服で名高い神戸屋です。

 先に書いたように、小生は今度日本近代史に関し若干の報告をさる会で行う予定なのですが、その準備として読んでいた資料のひとつに京阪デパートの営業報告書がありました。京阪デパートは、1932(昭和7)年に京阪電鉄が大阪方ターミナルの天満橋に作ったデパートです(正確には、それまで京阪が沿線で展開していた「京阪ストア」も譲り受けて営業しています)。その後京阪は阪急に併合されたりまた独立したりしますが、戦争前後の物資不足で天満橋の百貨店は閉店し、のち松坂屋がテナントとして入り、松坂屋撤退後は京阪シティモールとなっています。
 現在の京阪百貨店は、これとは別にずっと後になって、あの守口市駅に作られたものです。

 で、その京阪デパートの第2期営業報告書についていた株主名簿を見ていたら、こんな名前がありました。
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 神戸屋の創業者の方ですね(神戸屋のサイトの沿革参照)。京阪デパートの株を20株持っています。京阪デパートの総発行株数は2万株ですから僅か0.1%の零細株主。ただ株主が桐山政太郎個人ではなく、神戸屋名義のようです。だとすると、神戸屋が京阪デパートと取引関係を結ぶ際に、お付き合いで株を少数引き受けた――というところではないかと思われます。
 ちなみに第1期営業報告書の株主名簿には神戸屋の名前はありません。営業報告書を読むと、この第2期の期間中、1933年9月23日に天満店を正式開店し、10月9日定款の変更を届けて「飲食物営業」の一項を追加しています。そしてこの第2期中に神戸屋が株を取得していることからすると、京阪が天満の百貨店を正式開業した際に、今で言う「デパ地下」のように神戸屋のパンを扱いだした、ということなのかもしれません(ただ単に食堂の営業を始めただけなのかもしれませんが。まあそれでも洋食のパンは神戸屋が納めたでしょう)。デパートに出店することで販路を広げるという神戸屋にとってのメリットだけでなく、京阪デパートにとっても約款を変更して?迎え入れるだけの価値があったのかもしれません。

 余談ですが、戦前の私鉄の百貨店兼業として有名な阪急や東横は電鉄直営で(他には大阪電気軌道)、別会社を立てた例はこの京阪や大阪鉄道(現近鉄南大阪線)が目立っています。この二社の共通点は、百貨店兼業に乗り出したときの会社の経営状態が悪かったということです(笑)。だから直営で兼業百貨店を創業する資本が調達できず、別会社を立てて出資を外部から募ったようです。神戸屋もそれにつき合わされたのでしょう。
 まあ、こういったこと(?)を学会で発表の予定です。

 もう一つ余談ですが、神戸屋は非上場企業なのですが、暫く前に非上場企業を集めた四季報を読んでいたら神戸屋が出ていました。で、筆頭株主はやはり今も社長である桐山家・・・かと思ったら、桐山家の名を冠した育英を目的とした財団でした(正確な名称を失念してしまいましたが)。神戸屋の利益が上がると奨学金が増えるようです。まこと、結構なお話ですね。食べて美味しく儲けて学べる。 

 話を戦前に戻します。
 さっきリンクを張った、神戸屋公式サイトの会社沿革によると、神戸屋直営の小売店の第一号は1936年に「直営店の第1号店、神戸屋今池店オープン。パン料理、喫茶として好評を博す」とあり、単なるパン屋にとどまらず、料理も提供するレストランに近い性格を持っていたのではないかと察せられます。
 で、この1号店が出来たのは「今池」だそうですが、これは具体的にどこなのでしょうか。当時の神戸屋は大阪の会社ですから、大阪のどこかなのでしょう。小生は地名辞典の類を大学の図書館で目に付くだけあたってみました。その結果、大阪市内の「今池」は1箇所しかないということが判明しました。現在それは阪堺電車の駅名にのみ残っています。マピオンの地図によると、ここです。
 大阪環状線の新今宮の南、南海本線の萩之茶屋の東。
 マピオンの地図では決して分かりませんが、この駅の位置は、当時の言い方をすれば、釜ヶ崎飛田遊郭の間ということになります。
 ここに食事も取れるパン屋が出来た場合、客層はやはり遊郭方面の関係者が多くなるのでしょうか。パンの耳を巡って店の裏口では行列が出来るのでしょうか。
 神戸屋一号店は、こんなところにあったんでしょうかね。
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by bokukoui | 2006-11-04 23:57 | 制服・メイド

本朝コスプレ喫茶ことはじめ

 色々忙しさに紛れて失念していましたが、そういえば明後日にはコスチュームカフェ17号店があるというのに何の準備もしていません。夏に準備号を出した本は・・・冬コミには何とかします。申し訳ありません。ペーパーは必ず作ります。

 で、ここ何日か、我ながら狂気のような勢いで様々なことを書いてきましたが、考えてみればこのブログは元々メイドとか制服とかを扱っていたMaIDERiAというサークルの、テキストコンテンツや同人誌を管轄するMaIDERiA出版局のサイトの日常報告として始めたものでした。今ではとてもそうとは思えません。ついでに、MaIDERiA出版局サイトも、段々違う種類のコンテンツに侵食されているような(笑)。トップページにのみアクセス解析をつけていますが、どうも「東京大学オタク物語」の人気が一番高いような気がします。
 ついでに、mixiのあしあと機能を信用する限り、渡辺MaIDERiAプロデューサーは当ブログを週に一度も見てくださっていないようです(泣)
 まあ制服とかメイドとかの話題を碌に書いていないしなあ。しづ子さんところの更新停止以来、最近の「メイド」業界の情報もあまり入手できなくなってしまったし。

 しかしコスカが近いので、今日は一つそっち方面の話題を書きます。最近は「メイド」喫茶に限らず、「執事」喫茶とかも増えてきているようですので、そこで、古文献を読んでいて出会った管見の限り日本最古の、「コスプレ」喫茶らしきお店のお話を紹介したいと思います。
 出典は、1688年に発行された井原西鶴『日本永代蔵』の巻四より「茶の十徳も一度に皆」です。引用元は小学館の日本古典文学全集第40巻『井原西鶴集(3)』(1972初版、1988第16版)です。
 越前の国敦賀の・・・(中略)・・・町はづれに、小橋の利助とて、妻子も持たず口ひとつをその日過にして才覚男、荷ひ茶屋しをらしく拵へ、その身は玉だすきをあげて、くくり袴利根に烏帽子をかしげに被き、人よりはやく市町に出で、「えびすの朝茶」といへば、商人の移り気、咽のかわかぬ人までもこの茶を呑みて、大かた十二文づつなげ入れられ、日ごとの仕合せ、程なく元手出来して、葉茶見世を手広く、その後はあまたの手代をかかへ大問屋となれり。
※語註(出典より抜粋)
荷ひ茶屋:茶釜・茶器などをかついで煎茶を売り歩く商売。一服一銭。
玉だすき~をかしげに被き:恵比須神の服装をまねた主人公の姿。
「えびすの朝茶」:朝恵比須を信仰する町人向けに、主人公がその扮装で売ることから名づける。
十二文づつ:恵比須神への賽銭は十二燈(十二文)が普通。
葉茶見世:煎茶用の葉茶を売る店。
大問屋:敦賀で本問屋と称する一流の大問屋。


 つまり、恵比須のコスプレをして朝茶の行商をしたら、恵比須だけに十二文もみんな払ってくれた(普通は一服一銭なのに)ので、やがて元手が出来て大問屋になったというお話ですね。コスプレによる付加価値をつけることで人々の心を摑み、大きな利益を上げることに成功した、という点で、昨今流行る「コスプレ喫茶」の諸店も、祖と仰ぐべき偉大なパイオニア、とでもいうところでしょうか。

 もっともこの話には続きがあって、というかその部分が本題なのですが、主人公利助はその後「道ならぬ悪心発(おこ)りて」お茶を飲んだ後の茶殻を染料用と偽って買い集め、それを新品のお茶に混ぜて売り、一時は繁盛しますが、天罰が下ったのか「この利助俄に乱人(注:狂人)となりて」、自分で自分の悪事を喋り散らし、ついに体も弱って死んでしまいます。食品偽装表示のさきがけですね。
 さらに利助は死の床でも金銭にすさまじい執着を見せたので、店の者も恐れて近寄らず、死んでからも親類は怖がって遺産を受け取らず(この辺の描写は面白いので、興味を持った人は原文に当たってください)、結局檀那寺の坊主に渡したところ、「これを仏事にはつかはずして、京都にのぼり野郎あそびに打ち込み、又は東山の茶屋のよろこびとぞなれり」・・・あれ、最後はやおいネタで終わってしまいました。
 まあとにかく、現在の「コスプレ喫茶」業態の諸店が、まかり間違ってもこんな発展をしないことを祈ります。西鶴も本篇をこう結んでおりますので。
世間にかはらぬ世をわたるこそ人間なれ。

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by bokukoui | 2006-11-03 23:58 | 制服・メイド

<書物復権>企画に英国史関連書籍が登場

 先日書店に行ったら、学術書を多く扱う幾つかの出版社が連合して毎年行っている<書物復権>という古い本の再版企画の一環として、小生が以前MaIDERiAのサイトの「今週の一冊」で紹介した、水谷三公『英国貴族と近代 持続する統治1640-1880』(東京大学出版会)が再版されていました。
 ちなみに今回の復刊書物リストはこちら。『両大戦間の日本外交』も、『祖国のために死ぬこと』も絶版になってたのか・・・なんてこったい。

 この本は、英国貴族とは一体如何なる存在であったのか、そしてまた他国のそれと比べどのような特徴があったのか、ということを解説している書物で、イギリスの貴族のお屋敷だのなんだのに関心がある方には読まれることをお勧めします。カントリーハウスだの執事だのといったものが、なぜあのような形をしているのかという、政治的および社会経済的背景について、示唆されるところが大きいでしょうから。
 殊に最近の日本の一部では、「英国貴族」的な世界(お屋敷・執事・メイドさん)に何かと幻想を抱かれる向きが多いようにも思われますし、また日本の別の一部(前の「一部」と重なっていないわけでもないのかもしれませんが)は、「武士道」と「ノブレス・オブリージュ」をくっつけて、「国家の品格」がどうこうなどと幻想を抱かれる向きもあったりしますので、この本の価値はいよいよ大きなものとなるのではないかとすら思います。これは小生の幻想。

 『英国貴族と近代』の著者・水谷三公先生の著作で小生が他に所有している本に、中央公論社(中央公論新社)の「日本の近代」シリーズ第13巻『官僚の風貌』という本があります。本書は、日本の官僚の歴史について概説として述べられた、おそらく唯一(だと思う)の書物で、日本の官僚についてその歴史的形成過程を知りたい場合にまず読む本としてお勧めできます。このシリーズは、中央公論社が社運を賭けて発行し、結果会社を潰しただけのことはある、読み応えのある本が多いです(潰したのは「世界の歴史」の方が責任重大だったと聞きますが)。
 さて、英国貴族と日本の官僚、一見かけ離れた題材のようですが、社会の指導層とされる存在という点では共通しています。では相違点は何でしょうか。それは、貴族は土地という世襲の財産を持ち、基本的にそれで生計を立てている存在ですが、官僚は俸給に頼って生活している存在であるという違いです。官僚は国家運営という重責を担う存在でありながら同時に国家に依存している身分なのです。
 で、昔ゼミで読んだ論文に書いてあったことで、今現物が見つからないのでうろ覚えなのですが、確か故坂本多加雄の「独立・官吏・創業 ―明治思想史における「政治家」と「官僚」―」という論文で(『年報近代日本研究8 官僚制の形成と展開』(1985)所収)、マックス・ウェーバーが説くところに拠れば、俸給に縛られた存在である官僚は経済的に自立した存在ではないため(経済的に自立、とは有産階級であること)、国家の指導者としては相応しくない、という考え方があり、これは西洋の伝統的な発想だったそうです。そしてウェーバーのこの指摘を同時代の日本、つまり今から百年前の、官僚制度が整えられつつあった当時の日本の知識人(福沢諭吉とか幸徳秋水とか)も認識しており、明治維新のような「創業の精神」を失って硬直化・閉塞化していく当時の日本をどうするか、官僚層による「所有なき支配」のもとでの国家運営をどうするのか、という問題が問いかけられていたそうです。当時はこういったことを論拠に、官僚に恩給を与えるべきだ、なんて議論もあったようで、それが制度改革に結びつくこともあったようです。

 というわけで、貴族の義務、「ノブレス・オブリージュ」の背景には、貴族層が財産という基盤を有するという前提があるはずでありまして、ただの給与所得者である国家公務員に「武士道」と重ね合わせている(武士は職務に対する給与ではなく、家禄を得ていたのですが)「ノブレス・オブリージュ」的な「エリート」精神を求めることが合理的かは一概には言えない、というかかなり問題があるのではないかと思います。無論この問題は、貴族的な財産所有と収入獲得の状況が好ましいものとは決して見做されない現在の社会状況において、「エリート」とされる対象の人の大部分にあてはまるかと思います。
 2冊の水谷著を読み合わせると、こういったことがおぼろげにも見えてくると思いますので、ご関心のある方はこの機会に2冊とも揃えられてはいかがでしょう。
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by bokukoui | 2006-09-16 23:59 | 制服・メイド

コミケ情報案内(通常記事ではありません)

 MaIDERiA出版局は来る13日、コミケット70に参加しますので、当ブログ内コミケ関連記事へのリンクをトップにおいておきます。ご来場を予定される方は是非ご参照下さい。
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久米田康治『かってに改蔵』14巻 p.36

・コミケ情報(3)
・コミケ情報(2)
・コミケ情報(1)
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by bokukoui | 2006-08-13 00:00 | 制服・メイド

英語のお勉強

 今日のことはまた後日にまとめて。
 多くの方にご来訪いただき、まことにありがとうございました。
 少なからぬ方々とも久闊を叙すことが出来、愉快なひと時でした(もっともその中の、これまた少なからぬ比率の方とは、明日もお会いできそうですが・笑)

 明日、久々に新企画に手をつけたものを頒布するので、それに関連の小ネタを一つ。
 今回『メイドの時代の黄昏 第1次大戦直前の英国メイド事情【無料配布先行試作版】』で翻訳した箇所は、主として家事使用人の自由に関する内容なのですが、その中で当時の家事使用人が自由の欠如に不満を持ち、

 service is such a tie.

 と良く言っていた、と述べている一節があります。
 ここで辞書を引くと、tie の意味で、「[普通は単数形で](自由などを)束縛する物、やっかい者、足手まとい」と書いてあります。ので、この台詞の訳は

 奉公とは束縛である。

 としてみました(ちょっと固すぎた気もしますが)。日本の現在の「メイド」や、「ご奉仕(service は「奉仕」とも訳せる)」とは随分イメージが異なりますね。
 一方、辞書を見ると、同じく tie の項目に「[複数形で]きずな、つながり」と書いてあります。ということは、もし件の台詞の a tie を ties に変えたら、今の日本の「メイド」イメージになってしまうんでしょうかねえ・・・「ご奉仕は絆である」か。

 何でこんなことを考えたかといえば、今日のコミケで後輩が企業ブースに行き、「公式同人誌」とかいう位置付けの良く分からないものを買ってきて、それが何でも各国の軍隊を美少女キャラに擬人化して軍事関連の英単語を教える(?)とかいう企画の二次創作ものだったので、もう毎度のこととはいえ、やはりなんだかなあの感を拭えなかったからでして。
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by bokukoui | 2006-08-12 23:58 | 制服・メイド