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いろいろと

 各方面に不義理が溜まっておりますが、年度内に終わらせるのは不可能でした。
 とほほ。
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by bokukoui | 2006-03-31 23:56 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

締切がいっぱい

 本日も一件ありましたが、明日と来月3日と5日と・・・

 うわああああああん。
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by bokukoui | 2006-03-30 23:52 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

御礼

 本日、開設以来拙ブログにご来訪いただいた方が延べ千名を越えたようです。
 向後ともご愛顧の程。

 しかし締切の方は益々危機的な状況を迎えておりますので、申し訳ありませんが本日はネタすらご提供できません。コメントへの返信も今しばらくお待ちを。
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by bokukoui | 2006-03-29 23:53 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

小ネタのみ

 昨日阿呆なことをやっていたせいで、いややっていなくてもどうせ進んだとは思えませんが、いろいろ締切が迫っているので今日はお休み。

 ・・・だけで終わるのも寂しいので小ネタ一つ。
 今日所用で駒場の学生会館に行った所、ロビーに段ボールの廃品が転がっていました。そこに書いてあった商品名。

   「大きな妹ラーメン」

 検索してみたらメーカーが見つかりました。
 それにしても、何がしか疑問を持たれるセンスではあります。
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by bokukoui | 2006-03-28 23:59 | 出来事 | Trackback | Comments(2)

「東京大学オタク物語 その三」公開:「反白色テロル大連帯」に迫る

 多忙でどうしようもないはずなのに、いやそういう時だからなのか、今まで画像データを取り込むなど準備作業を進めていた表題のコンテンツを、一気呵成に完成させてしまいました。

 今回のお題は、話としてはやや脇道にそれますが、あの「反白色テロル大連帯」について、貴重なビラの画像や、関係者から直接聞いた他に類例のない情報、どうでもいいような考証などを各種取り揃えてお届けしております。墨東公安委員会の個人データ保護に目をつぶらざるを得なかったこの企画、是非ご一読ください。ついでに小生のプロフィールはあまり穿鑿しないでいただけると助かります。
 左のMaIDERiA出版局へのリンクからお越しください。
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by bokukoui | 2006-03-27 23:58 | 思い付き | Trackback | Comments(3)

被爆電車とPSE法

 先月既に公になっている話ですが、広島の路面電車である広島電鉄で未だ活躍する「被爆電車」こと650形4両のうち、2両が引退するそうです。こちらの記事こちらの記事をご参照ください。
 小生は、広島の路面電車は数度訪問し、一度は車庫も見学、全線乗ったものですが、650形に乗ったか記憶は定かではありません。ただ、8月に訪れた時、この電車が「慰霊」などと大書した幕を車体の横に下げて走っていたのは鮮明に記憶しています(垂れ幕を特別につけていましたが、通常に営業運転していました)。広島では超低床電車が続々投入されていますし、第一製造六十余年を経た以上、昭和初期頃の鋼製車は戦後の電車より無駄に頑丈なので長持ちするものですが、さすがに引退もやむを得ないことではあります。モノがモノですので、何らかの保存措置が取られる公算は低くないだろうと楽観しておりますが・・・

 さて、保存とは言っても、電車なんですから出来れば動く状態で保存して欲しいと思います(被爆電車はまだ2両残ってはいるわけですが、いつかはその2両も引退せざるを得なくなることもあるでしょう)。それも明治村みたいなのではなく、本来走っていた場所で(この場合なら広島で)走らせることが出来れば大変望ましいことでしょう。
 で、こういう場合、歴史的価値として保存し日常の営業には供さないわけですから、保安装置の基準であるとか車籍の取り扱いであるとか、法的な規制は通常の営業に供する電車と同じである必要は無いのではないかと考えます。法制面はあまり詳しくないのですが、営業線上を運賃を取って走るには車籍が必要な筈で、そのために保安面等で法的な基準を満たさなければなりません。それはそれで必要なことですが、歴史的価値ある保存車輌にまで一律に適応する必要は必ずしもないと思われるのです。

 欧米、特に英国では、鉄道趣味者が廃線になった鉄道などを買い取り、自主的に運営する保存鉄道がまま見られます。実は調べていないのですが(苦笑)、これらの鉄道に課せられる法的規制が一般の営業に供する鉄道と全く同じであるとは考えにくいのです。
 日本で同様な活動をしている団体はあまりありませんが、東大鉄研のOBが尾小屋鉄道という廃線になった軽便鉄道の車輌と終着駅附近の線路を買い取って、時々運転会をしているという例があります。聞いた話では、尾小屋鉄道を買い取る時、別な軽便鉄道の出物(?)として、下津井電鉄という路線も候補に上がったそうです。ところがこの路線は社名の通り電化路線でしたので、電気が絡むと安全云々で法規制がややこしいから止めた方がいい、という意見が出て沙汰止みになったとか。なんでもその意見を主張したのは、東大工学部で電車の研究をしておられた本邦きっての専門家だったということで、そのような人が言うからには相当に困難なのでしょう。
※追記:正確には「法規制云々より設備の維持メンテナンスや感電のリスクがあまりにも大きすぎるというのが理由」だそうです。この箇所を訂正し、削除します。本文全体の論旨は修正しておりません。

 話を近代遺産全般に広げると収拾がつかなくなるので止めておきますが、要するに日本ではこういったモノの保存活動に対する理解が乏しく、それを支援するような枠組みは無に等しいのではないかということです。古代の遺物と違って(もしかしてアッピア街道は現役?)、近代の遺産は現役で、もしくはそれに近い状態で保存することが可能であり、その方が保存の価値も一層高まると思うのですが。
 鉄道車輌の静態保存の場合でも、置いてある土地の固定資産税に優遇措置を与えるとか(もちろん、保存物件を一般に公開しなければ優遇は受けられないようにすべきですが)、支援策は色々考えられると思います。
 日本は世界一たくさんの船を作り、世界一速く正確な鉄道を作り、世界一大きな自動車会社を窮地に追いやるほど(あの会社は自業自得か・・・)自動車を作っているのですが、それらの歴史的保存に関しては大して注意を払ってこなかったように思われます。しかし「ものづくり」が日本の強みだというのなら(ホリエモン逮捕のせいかそんな言説を最近良く見かけるような気がします)、その「もの」に相応の敬意を払って然るべきでしょう。

 で、やっと表題である現在話題のPSE法と話が繋がってくるのですが、もう随分ここまで長文を書いて疲れてしまいましたので、簡単に一言。
 ゲームのようなコンテンツ産業が日本の将来を支えるというのなら、過去のゲーム機が容易に稼動する状況を作る方が合理的のはずなのに、それを妨害するような法制度を作るとは解せないと思っていました。しかし、これまで日本の発展に貢献してきた産業の過去の遺物に対する扱いを考えれば、所詮そんなもんだという結論になってしまいます。
 今回PSE法に関して世論がある程度盛り上がり、経済産業省もいくらかは反応せざるを得なくなったことが、今後近代文化遺産全般の活用に繋がる第一歩となれば、大変意義深いことなのですが・・・。PSE法反対も、これくらいのでかい話に結びつけることで、より盛り上がれば何よりであると思います。ビンテージ云々にとどめてしまうにはもったいない話です。いかがでしょうか(元)室長。(←最後の箇所は私信)
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by bokukoui | 2006-03-26 23:56 | 鉄道(時事関係) | Trackback(1) | Comments(2)

久しぶりに自動車を運転する

 今日はちょっと関っている資料保存活動の手伝いで、資料の移送に際し運転手役を務めました。ちなみにこの事業の同道者の一人が、昨日の記事にトラックバックしてくれた憑かれた大学隠棲氏であります。
 春休みで天気も良かったせいか道路がえらく混んでいたので少々疲れました。国道246号線の元石川交差点が先日立体交差化されていたのを初めて通過。246号線の立体交差化も大分進んだものと感じますが、横浜市内で残った最大の交差点・江田駅前はどうにもならないだろうなあ・・・
 地元ネタで済みません。江田駅前交差点は、交差点の頭上を東名高速道路が走っているので、立体交差化が極めて難しい交差点なのです。 

 春眠暁を覚えずといいますが、妙にこのところ眠いことが多く、一日16時間はいけそうです。最近徹夜が効かなくなったのは年のせいかとも思いますが、よろず睡眠の状況が良くないようです。今夜もとっとと寝ることにしましょう。
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by bokukoui | 2006-03-25 23:59 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

「やつら」と「わたしたち」

 高校生の時分だったか、国語で長田弘の「『敵』という名の怪獣」という話を読まされました。その頃は余りその意味が良く分かりませんでしたが、今はいくらか判るような気がします。

 で、奈良県でこんな条例が可決された由。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/060310.html
 この記事では「案」ですが、通っちまったそうです。
 そのことをニュースで聞いて、冒頭に書いたようなことを思いました。

 当ブログ読者の方に多いであろういわゆる「オタク」方面の方と密接に関連する条項を挙げるならば、18歳未満の者が「正当な理由がなく、有害図書類(奈良県青少年の健全育成に関する条例第21条第1項の規定により指定された図書類又は同条第2項の規定に該当する図書類をいう。以下同じ。)及び有害がん具刃物類(同条例第22条第1項の規定により指定されたがん具刃物類をいう。以下同じ。)を所持する行為」が「不良行為」に含まれている模様です(ネット上で見つけたのは2月20日時点の案なので、可決されたものとは異なっているかもしれません)。「正当な理由」って何なんでしょうね。
 そして、この条例の第4条には(同上)、「県民(少年を除く。)は、不良行為少年を発見したときは、当該少年にその行為を止めさせるため必要な注意、助言又は指導を行うとともに、必要に応じ、保護者、学校(学校教育法第1条に規定するものをいう。以下同じ。)の管理者又は職員(以下「学校関係者」という。)、警察職員その他少年の保護に関する職務を行う者に通報するよう努めるものとする。」のだそうでございます。
 松文館事件を想起せずにはおられません。あの事件は、息子がエロマンガを持っていることに気が付いた親が、何をトチ狂ったか、平沢勝栄に通報して漫画家と出版社を逮捕させた事件でした。そんなこと家庭内で解決しろと思わずにはいられませんが、条例の文面からすれば、奈良県ではこのような行動が推奨されることになるのでしょうか。

 さて、数日前に書いた記事のコメント欄でのたんび氏のご指摘と本件の問題構造は通底するような面があるのではないかと思われます。それは、世の中の様々な問題は、清く正しく暮らしている自分とは関係ない「やつら」が外部から襲ってくるために起こってくるのであり、自分は正統性をもって「やつら」を批難することが可能で、かつ「やつら」を排除すれば問題は解決すると考えてしまいがちな心理状況が少なからず存在する、ということです。
 考えてみれば、「オタク」もその心理状況下で「やつら」として排除される存在の有力候補ですね。最近いろいろと話題になったお蔭で、あまりそのような目に合わなくて済む(そのような振舞いをする輩がいた場合、少なくともネット社会では逆に徹底的に攻撃される)ようになって慶賀の至りですが、その一方で「オタク」の持っていた「何か」が失われたような気がしなくもありません。そこまでして掴むほどの地位だったのか、どうか。

 まあとにかく、陰謀論とかにはまらないようにしよう、というのが本稿の趣旨な訳ですが、言うは易く行なうは難し。自分にとって嫌いな「やつら」(嫌韓厨の心理とかはこれかな?)、何をやってるんだか分からんような「やつら」(宗教関連とかが例でしょうか)、何かキモいことやってるような感じの「やつら」(同性愛者差別とかこれですね。やおいも入るのか?)に対してもそう言えるかどうか、「DQN」「珍走団」「学会員」とかを代入して思考実験することにします。仲良くする必要はさらさらありませんが、別段いちいち宣戦布告する必要も必ずしもないだろうし、そういう攻撃的な行動は、最後は自分の首を絞めるはずだからです。
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by bokukoui | 2006-03-24 23:57 | 時事漫言 | Trackback(1) | Comments(5)

「ホモが嫌いな女子なんかいません!!!!」

 表題は皆さんもご存知の通り『げんしけん』4巻における大野さんの名台詞な訳ですが・・・なかなか現実は難しいですね。

 今日で世界史の春期講習の講義はおしまい。まだまだ手探りです。
 で、古代ギリシア・ローマなんぞやっていたのですが、生徒の女子比率が高かったのをいいことに、それに古代ギリシアだし、とホモねたを授業に盛り込んでみました。しかし目立った反応はなかったなあ・・・
 面白くしようと思ってネタを盛り込むと授業が終わらない。予備校という機能に徹するなら、基本は学校でやってきたことにして問題演習や細かいところの補足説明をやるのが筋だけど、そんな気の効いた生徒は滅多にいない。バランスを取るのは難しいです。世界史は科目として面白いことは面白いんだけど、面白さを感じるための基礎訓練段階で高校は終わってしまう、そんな気がします。まあ、それはどの科目も同じことなのでしょうけれど。
 世界史の概要をつかむなら、それこそボードゲームの "History of the World" をやったら良いんじゃないかと思いますが、それくらいのマニア精神のある生徒なら最初から苦労はしないよなあ。

 さて、明日はたんび氏のコスプレを見に大学に行くこととします。
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by bokukoui | 2006-03-22 23:59 | 出来事 | Trackback | Comments(4)

ニアミス事故の判決に思う

 表題の件について、月曜日の話ですが、管制官に無罪の判決が下りました。
 交通に関し人より多少の興味を持っている身としては、この判決には関心を抱かざるを得ませんでした。
 率直な感想としては、まことに妥当な判決であり、事故に関する司法の判断もやっとここまで来たかと思いました。交通のような高度で複雑なシステムの場合、現場の人間の能力に多くを負わせるのは不合理だと考えます。しかるに今までの日本の事故の事後処理では、現場の担当者の刑事責任を問うばかりで、その背後のシステムの問題を見据えた判断は少なかったように思われます(航空事故の文献などを読む限りでは)。その点、今回の判決は進歩といえるでしょう。検察が控訴しなければいいのですが。

 と思っていたら、日経新聞の21日付朝刊のこの判決を報じた記事に、白鴎大学法科大学院の土本武司教授が以下のようなコメントを寄せていました。
「事故の根本原因を作ったのが便名取り違えである以上、管制官の過失責任は認めるべきだ。負傷者を出した事故に誰も責任を負わないという結論で国民は納得するだろうか」(強調引用者)
 ・・・。事故の処理の至上課題は、原因を究明して二度とその事故を起こさないようにすることであるはずです。誰かの責任を問うのはその後の課題に過ぎません。そして既に述べたように、交通のような大規模で複雑なシステムの場合、現場の人間の責任のみで事故の原因の究明になるほど簡単な場合は決して多くないように思います。
 なにより、人間はミスをする存在です(と、この記事にコメントを寄せていた航空工学者加藤寛一郎氏も指摘しておりました)。その点を踏まえたシステム作りをせず、現場の人間の能力(ミスが起こりうる)に多くを依存して、それでいて事故の責任も押し付けるというのは、不合理でしょう。それは事故の解明をむしろ阻害してきたと考えられますし、昨年の尼崎にける鉄道事故の遠因もそこに求められるでしょう。
 この法学者の言い草は、事故の究明よりも「国民を納得」させるために誰かに責任を取らせることに重きを置いているように読み取れます。それは――極論すれば――生贄を差し出してまじないをするような、見当違いの行為のように思われてなりません。法律家とはこのような考え方をするものなのでしょうか。
 ・・・納得しない国民が悪いのか? ひとつみんなで『アクシデンツ』を読むとかどうでしょう。いっそドラマ化とか映画化とか。
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by bokukoui | 2006-03-21 23:58 | 時事漫言 | Trackback | Comments(4)