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ルネサンスとマキャヴェリとガンスリ

 世界史夏期講習一日目終了。えらく疲労。
 一応目標の百年戦争~ルネサンスは終了したので良しとしましょう。品性を疑われるので「ジャンヌ・ダルクを正しく火あぶりにする法」はしませんでしたが、代わりにフス派の強さを説明したり、いろいろ手持ちのネタを放り込んでみましたが、反応はよく分かりません。

 ところでルネサンスの話をしたので、イタリアの地図を描いて「ここがフィレンツェで、ここがヴェネツィアで・・・」などとやっていると、先日買ってきて読んだ『GUNSLINGER GIRL』の7巻のことなどがついつい頭をよぎったりもするのですが、それにしてもあれに出てくる「敵」側のテロ組織「五共和国派(パダーニャ、現実のパダーニャとは設定が異なるらしい)」の「五共和国」とはどこのことなんだろうなあ、と思ってしまいます。
 同じようなことを考えた人はいっぱいいるようで、2ちゃんで話題になった時の過去ログによると、ヴェネツィア・フィレンツェ・ミラノ・ジェノヴァ・ローマとか、フィレンツェとローマ外してトリノとボローニャを入れるとか、諸説入り乱れて確定していないようです。まあローマは「北部」じゃなくて教皇のお膝元だし、多分はずした方がいいような気がしますが。その伝で言えばボローニャだって教皇領なので、違いそうな気もしますけど。
 ルネサンスの当時で言えば、北部の五共和国といえばヴェネツィア・ジェノヴァ・フィレンツェ・シエナ・ルッカというところですが、これは多分違うだろうな(ミラノ・サヴォイ・マントヴァ・フェラーラ・モンフェラート等他の諸国は公/侯国)。あ、あとサンマリノ共和国があった(今もイタリアじゃないって)。詳細な地図はこちら
 ちなみにシエナ共和国はフィレンツェに吸収されて滅んでしまいますが、その経緯は以下のようだそうです。シエナの指導者は大砲に負けない立派な要塞で都市を守ろうとし、膨大な予算をかけてその計画を実行に移しました。ところが建設中にフィレンツェが攻めてきました。シエナは軍資金を全額要塞に注ぎ込んでいたので、防衛のため傭兵を雇う予算もありません。でも要塞は未完成で役に立ちません。かくしてシエナ滅亡。

 話が逸れてきましたが、『ガンスリ』7巻の感想としては、ますます話がどうなって行きたいのか分からないと言う感じです。新キャラを前面に押し出してヘンリエッタとかを引っ込めていますが、それでなんだか「テロに屈さず戦う」的な方向に話を持って行くつもりなのか、でも社会福祉公社側はまごうかたなき「白色テロル」以外の何者でもないわけで、その辺の屈託があまり感じられないのに少々戸惑ってしまいます(え? 目的のために手段を問わないマキャヴェリの国だからいいじゃないかって)。
 『GUNSLINGER GIRL』の話の設定、つまり少女を薬漬けにして政府のために戦わせる話自体をとって倫理性云々と難癖をつけるのは詰らないことだと思います。それを敢えて描いて、それで何がしかの作品全体の世界観を示せるのならばいいのです。そう期待して、4巻ぐらいまではかなり熱心に本作を読んでいたのですが、どうもそれは小生の見当違い(過大な期待)だったという感がそれ以降してきて、いささか読む熱意が衰えてきていますし、7巻でも同じような感想を抱いてしまいました。
 結局女の子が戦うという、そういう細部の話が描ければ良かったのかな? それならそれでいいけれど、ならば全体の世界観を考えて首をひねらせることのないよう、もっと上手に読者を「騙して」欲しいように思います。『BLACK LAGOON』とかはその辺、騙し方が上手いように小生には感じられます。 

 イタリアの話題が続きますが、マキャヴェリも今日の授業で登場した訳ですけれど、ずばり『マキャヴェリ』という名前のボードゲームがあります。アメリカの名門アヴァロンヒル社が出していたゲーム(追記:最初はバトルライン社という会社が出していたそうですが、同社が倒産してアヴァロンヒル社が引き取ったそうです)で、ちょうどルネサンス前後の諸国分立状態のイタリアを舞台に、外交交渉を中心に勢力を拡張するゲームです。よく似たものにWW1前夜の世界を舞台にした『ディプロマシー』というのがあります。『マキャヴェリ』を対戦した結果を報告したサイトがあるので、ルールなどはそちらを参照してください。
 このゲームは外交交渉がメインで、軍隊のコマの強さは基本的にどれも同じです。決着は戦力の多寡で決まりますが、一つのエリアに置ける戦力は決まっているので、他のプレイヤーの協力を取り付けないと大体引き分けに終わってしまいます。といって、協力してばかりでは勝てません。どこで裏切るかがポイントです(笑)。小生も昔は戦史研で何度かやりました。裏切るのがポイントなので「サークルクラッシャー」の異名を取るゲームですが、とても面白いゲームです。
 なお、偶然の要素が全くない『ディプロマシー』に対し、『マキャヴェリ』は疫病が流行って軍隊のコマが吹っ飛ぶ、なんてイベントが起こるので、その点流動的で面白いと言えば面白いです(余計な要素が入っている、ともいえますが)。戦史研で聞いた過去のプレイ例で、こんな話がありました。
 新入生の国と先輩の国が隣同士。ある夏、疫病で先輩の国が大打撃。
先輩「ここは協力してやっていきましょう。お互いいつ災害に遭うか分からないんだから」
新入生「うーん、それもそうですね。では疫病の際は助け合うということで約束を」
先輩「うむ、そうしましょう」
 というわけで新入生は先輩の国を攻めませんでした。
 翌年、今度は新入生の国に疫病が。
新入生「先輩、今度はこっちが災害です。宜しくお願いします」
先輩「チャーーーーーーーーンス!!」
 その新入生は二度と戦史研に来ることはなかったとか、なんとか。

 「ゲーム脳」ってのは、こういう発想をしたがる人間にこそ、奉るべき敬称だと思います。

※公開後情報を戴いたので、一部修正加筆してあります。情報提供いただいたF氏に感謝致します。(8.1.)
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by bokukoui | 2006-07-31 23:59 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(1)

ネオ・ヴェネツィア建設プロジェクト

 正直忙しかったり諸般の事情で、ここんとこブログに書くことがないのですが、なんとなれば Europa Universalis 2 (略してEU2)というゲームをつい久しぶりにやってしまったからです。
 どういうゲームかはリンク先を参照、といってしまえばいいのですが、簡単に言えば1419年から1819年まで400年の世界史をシミュレートしたスウェーデン製のゲーム(英語)です。グラフィックは比較的簡素ですが、宗教対立や海外植民地建設など、当時の世界の特徴をよく捉えたシステムと、豊富な歴史イベントに彩られた、よくできたゲームです(日本語版もありますがやや問題あり)。
 で、小生も数年前から英語版・日本語版を楽しんでいました。ここ一年余り論文などがあって遠ざかっておりましたが、最近EU2のWiki(上掲リンク先)を久しぶりに見たところリニューアルされており、ついやる気を起こしてしまいました。で、折角なので英語版に最新パッチを当て、さらに世界中のマニアが改造した改良ヴァージョン(改造しやすいのがこのゲームの特徴)のAGCEEPというのを入れてみました。

 そして、今までやったことがなかったヴェネツィアをやっています。下の図がゲーム開始時(1419年)のヨーロッパ(画像はクリックすると拡大します。以下同じ)。
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 神聖ローマ帝国やイタリアは元より、フランスもバラバラ。ヴェネツィアの領土は本拠地ヴェネトはじめアドリア海沿岸の他、エーゲ海の島々やクレタ島など。島は防御しやすいので有利です。
 ヴェネツィアは貿易の中心地があって経済的に有利な上、海軍が強力なのですが、その分陸軍が割りを食っています。しかし、やがてスペインやポルトガルが海外進出すると、経済の中心は大西洋に移ってしまい、ヴェネチアはかつての栄華を誇るわけには行かなくなります。そこで今回のプレイの目標は、「新大陸にネオ・ヴェネツィアを建設する」ことに置きました。
 ところで、スペインはじめ大航海時代に名を馳せた国々は、コロンブスやマゼランなど、未知の世界を探検して発見することのできる探検家が歴史イベントで登場します。ところがヴェネツィアには探検家がいません。これでは新大陸を発見し植民することが困難です。しかし、海軍の技術が高く、貿易が活発であるなどのいくつかの条件を満たせば、ランダムで探検家が登場します。その可能性に賭けて、ひたすら海軍重視の国策を貫徹して、ランダム探険家の登場する16世紀中盤に備えることにしましょう。その分、オスマン帝国との陸戦は困難が予測されますが・・・。

 そういった戦略で15世紀を戦います。難敵オスマンとの戦いは、有力な海軍でダーダネルスとボスポラスの両海峡を封鎖してオスマンをアジアとヨーロッパに分断し、その隙にコンスタンティノープル(ゲーム開始当初はビザンツ帝国ですが、たいがいすぐオスマンが滅ぼして、イベントで遷都します)を占領するという作戦で勝利、領土を奪います。イタリア本土でも弱小国を滅ぼして版図を広げ(やりすぎると国際的評判が悪化して袋叩きにされることも)、またボヘミア王国と同盟してハンガリー・ポーランド・リトアニアの東欧同盟と戦って領土を拡張します。
 かくて1世紀余りを戦い抜き、領土はこんな風になりました。
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 イタリアからバルカンにかけての、青緑と言うか、青味がかった緑色の土地がヴェネツィア領です。
 ちなみに今回、フランスは百年戦争を片付けるのに失敗したのか、この時点でパリのみ領土の弱小国となって、ブルゴーニュ公国(図中暗赤。イングランド=明るい赤と紛らわしい)や何故かロレーヌ公国(フランス中部のオレンジ)がのさばっています。ドイツでもオーストリアが滅亡し、ボヘミア(中央部の茶色)に吸収されています。ブルボンもハプスブルクもない、複雑怪奇な欧州情勢です。

 この直後、立て続けにヴェネツィアに探検家が3人も登場。お蔭で狙い通り北米に到達することができ、カリブ海にも進出します。メキシコ以南は大部分スペインとポルトガルが押さえていましたが、北米は英仏が僅かに拠点を持っていた程度で、早速植民地建設に勤しみます。
 かくて三十年ばかり植民地経営をした結果の北米がこんな感じ。
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 同じく青緑がヴェネツィア、赤がイングランド、紺色がフランスです。真ん中あたりの仏領は、ちょうど現在のニューヨーク附近(カーソルがあるのがボストンあたり)、なんとか奪いたいところですが・・・

 その後の詳細は省略しますが、フランスはその後ブルゴーニュ公国に併合されて滅亡(史実の逆!)し、そのブルゴーニュがイングランドと戦争した結果、フランスから引き継いだ植民地を焼き払われ、空白地になった隙に我がヴェネツィアが植民者を送り込んで横取りに成功。かくしてマンハッタンにヴェネツィアの旗が翻りました。
 さて、現在「ニューヨーク」と呼ばれている都市は、そもそもはオランダが建設したもので、「ニューアムステルダム」という名前でした。イギリスがそれを奪って改名したのです。さて、ヴェネツィアが建設したらどんな名前になったのでしょうか?
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 左側の枠内がマンハッタンの都市名ですが、まさに「ヌオヴァ・ヴェネツィア」になっております(笑) いや、よくできたゲームですね。
 ちなみにこの調子で、「新」のついた都市名リストの一部(半分くらい)を以下に挙げておきます。
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 ニューヨーク⇒新ヴェネツィア以外にも、ニューオーリンズ⇒新トリエステだとか、ダラス(フォートワース?)⇒新ナポリだとか、南アフリカに新ローマができたりだとか、なかなか愉快なことになっています。それにしてもよくできたゲームであることよ。
 なお、植民地ばっかり作ってヨーロッパ本土は結構放っておきましたが、それでも18世紀後半にはこのようになっております。
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 ヴォルガ川からローヌ川まで、地中海からバルト海まで制覇しました。真ん中のボヘミア(茶)は同盟国です。
 新大陸の全体はこんな感じ。ネオ・ヴェネツィアはここまで大きくなりました。
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 北米はだいぶ支配下に置きました。ノヴァ・フィレンツェもあります(笑)。実際のピッツバーグあたりかな?

 さて、明日から小生は世界史の夏期講習をするのですが、予定では扱う範囲はちょうどこのEU2が扱う範囲と同じ位になりそうです。このゲームを、ヨーロッパのどこか列強で一通りクリアすれば、歴史に対する「土地勘」というか、大まかな方向感覚のようなものは養われるのではないかと思いますし、少なくとも地理は覚えるので、それだけでも教育効果はあるのではないかとかなり真面目に思います。それだけこのゲームはこだわって作られているのですが、翻って考えるに、日本の国産のシミュレーションものにこのような力作があまり見られないのは残念なことです。日本のゲームは往々にして「輸出コンテンツ」と言われているようですが、シミュレーションの愛好者からすれば、日本は後進国のような気すらします。
 まあ、教育的効果のあるゲーム、というか、そもそも歴史に素養もしくは関心のある人向きのゲームであり、女の子が脱いだりするゲームとは別の意味で「大人向け」「アダルト」なゲームというべきなのでしょう。そして、こういう意味での「アダルトゲーム」は、日本ではあまり盛んではないように思います。ゲームとしては長く遊べる(特にEU2を作った会社は気長にパッチを出してくれるし、ユーザーも改造してネットでデータを配ったりする)ので、コストパフォーマンスの点でも非常に優れていると思うのですが・・・ま、時間がかかりすぎるのも問題だし、なによりメーカーとしては儲かりにくいということなのかな・・・?

 一方、ゲームと教育、なんていうとすぐさま「子供に害のあるゲームを~云々」みたいな、人口に膾炙した例では「ゲーム脳」みたいな、多く「トンデモ」な言説が世間に跋扈しています。小生はその方面の議論にさほど詳しくないですが、多くの場合標的になっているのはいわゆるコンシューマーのゲームで、パソコンのゲームでも話題になるとすれば廃人を生みやすいとされるオンラインゲームだとか、『ポスタル』みたいな「暴力的」とされるゲームとか、さてこそ女の子が脱いだり(メイド服や制服やスクール水着の場合脱がないこともあるのかもしれませんが)するゲームとかで、EU2みたいなゲームが話題になることはあまりないようです。
 実はある意味このゲームは「酷い」ゲームで、「ネオ・ヴェネツィア」の元ネタである漫画のようにのどかなものではありません。原住民を植民の邪魔だとジェノサイドしたり、国教と異なる信仰の信者に改宗を強いたり、やってることは結構無茶苦茶なのですが、プレイヤーが「大人」なのであまり騒がれることがないのでしょう。「大人向け」のゲームを「大人」がやってる分には問題ない、というのなら幸いなのですが、最大の理由は、上に書いたように、日本ではこの手のゲームの占める地位が低い、ということにあるのでしょう。

 とまれ、ヨタはこの辺にして、明日の授業のプリントを作らねば。
 EU2の方は、今後ロサンゼルス(不動産屋がハウステンボスみたいな調子で「ネオ・ヴェネツィア」を作った)を目標に植民地を拡大して行きたいと思います、ってそんなヒマがあったら夏の本を・・・

追記:そのロサンゼルスのネオ・ヴェネツィアこと Venice に行ってきました。こちら参照。
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by bokukoui | 2006-07-30 23:56 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(7)

地理に続き

 世界史の授業の準備などで多忙に就き本日お休み。

 どうも気候も諸事の効率低下に貢献してくれているようです。ついでに機器も機嫌の悪いことが多いので、何ともいけません。無線LANというのは、気温や湿度が上昇すると、送受信性能が低下するのでしょうか。
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by bokukoui | 2006-07-29 23:59 | 身辺些事 | Trackback | Comments(2)

書物を購う~藤田省三とガンスリとそしてヴィクトリアンなあれ

 今宵は機器の不調により更新がやや遅れております。これも気温のせいなのか。

 学会関連の用事で大学に行き、ついでに書籍部を覗いてきました。明日まで青土社セールと題して同社の書物を15%引きで売っており、『現代思想』と『ユリイカ』のバックナンバーを書架いっぱいに並べていました。結構古い号の在庫もあって、物持ちがいいというか、返品をしないで溜め込んでいるようです。いつか売れるという自信でもあるのでしょうか。
 で、思想に縁のない(思想が分かるほど頭が良くない)小生ですが、折角だから一冊ぐらい買おうかと思って物色。『ユリイカ』の「オタクvsサブカル」とかにも多少関心は湧きましたが、結局『全体主義の時代精神』を古書で何気なく買って読み、いささかの感銘を受けた藤田省三の特集号(2004年)を購入することにしました。
 それを持ってレジに行ったら、レジ前に『ガンスリンガーガール』の最新刊が平積みで堆く積んであったのでこれも一冊購入。実は最近、続きを買ったものか悩みつつあったのですが、まあ1割引ならいいやと思った次第です。なお、ガンスリの他に生協のレジ前で平積みにされていたのは、『まほらば』『エクセルサーガ』『ドラゴン桜』『太陽の黙示録』というよく分からない組み合わせでした。

 さて、今日の本来の書物購入の眼目は、書籍部ではなく神保町でありました。
 先日、酒井シズエ翁とゆんさんと、新宿の「ヴィクトリアンカフェ・エミリー」にて清談した折、小生が『我が秘密の生涯』を話題にのぼせ、あまり「メイド趣味」の皆様方に注目されてこなかったのではないかと言った話をした折、ゆんさんからヴィクトリア時代のエロ本と言えば富士見ロマン文庫に翻訳があるので、それも調査したらどうかというご意見が出ました。富士見ロマン文庫は、『ペピの体験』を持っていたくせにヴィクトリア者の存在に気がついていなかったので、それはなるほどと思ったのでしたが、その後ご親切にもゆんさんから在庫している古書店の情報をお寄せいただいたため、早速立ち寄ったのでした。
 それは三省堂裏手の羊頭書房という店でしたが、なるほどある書棚の一番下の段が富士見ロマンで埋まっています。小生はそこにしゃがみこみ、数十冊の富士見ロマン文庫を一冊づつ手に取っては解説・あとがきの頁を開き、「ヴィクトリア時代の作品」とあるものだけを抜き出していきました。アメリカの麻薬でフリーセックスなのとか、おフランスの文芸風作品とか(これがホントの「フランス書院」)、そんなのが多くてヴィクトリア物はそう多くなく、発掘作業は草臥れました。
 それでも結局5冊を発掘し、気を良くしておまけに小林信彦『神野推理氏の華麗な冒険』も買い込んできたのでした。ゆんさん、情報ありがとうございました。

 さて、内容の分析はそのうちに、という状況ですが、『パール傑作選』のⅠとⅢを発見したのにⅡがないのははなはだ癪に障るので(『パール』はヴィクトリア時代後期に出ていたその手の雑誌)、富士見ロマン文庫自体の探索は当分続けることになるでしょう。情報提供歓迎。
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by bokukoui | 2006-07-28 23:59 | 書物 | Trackback | Comments(2)

授業一区切り

 三日連続古文&地理授業終了。草臥れた。
 ので、今日の更新は特にありません。

 しかしやはり地理というのは危険な学問ですな。地形図と参謀本部、ケスタ地形とヴェルダン要塞、ジェット気流とB29、と毎日軍事ネタが出てきているから危険というのではなくて(いやそれも危険だけど)、歴史と比べると政策提言的な学問である、といえば聞こえはいいけれど、帝国主義政策や植民地支配ともいい感じに結びついた学問だということでしょうね。あと国民国家形成やナショナリズムとも関連は深いでしょう。いやまあ歴史も潔白では全然ないが。
 というわけで、軍事を志すものは地理学を修めましょう。

※注:本項は清水馨八郎センセイを批判する目的で書かれたものではありません。昨日ご発言を引用した某先生は、この人に一時師事していたせいで統一教会(勝共連合)の支持団体の会員にいつの間にか名前を入れられていた、という話をしてくださったことがありましたが・・・同様の目にあった人は、きっと大勢いたでしょうね。
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by bokukoui | 2006-07-27 23:59 | 出来事 | Trackback | Comments(0)

地理の授業二日目

 三日連続の授業を二回に分けてやるので今日がとりあえずの中日。草臥れ中。

 以前世界史の授業をやった(今もやってますが)時、高校生に世界地図を描かせたという話を書いた覚えがありますが、今回の地理でも同じことをやってみたところ、まず赤道を書いてから地図を描くという感心な生徒がおりました。将来が楽しみです。
 ところで、地理の授業は数年ぶりなのですが、おかげで用語の漢字をいろいろ忘れていて冷汗ものの経験を多々しました。脳が老化し始めているのかもしれません。ただ、授業それ自体は地理の方が楽ですね。歴史と違って組み立て方が自分で適当に決められるし、いろいろな話題を盛り込めるし。
 
 昔現役高校生だった頃の先生の話だったか、地理も世界史も空間的に広い範囲を扱うが、世界史はそれに加えて時間的にも広い範囲を扱うので、世界史の方が地理より偉いのだと言っていた先生がいたような記憶があります。高校生の頃、小生は社会を世界史と地理と二つ取っていたのですが、当時は地理の方が得意だったので、勝手なことを言うなあと思っただけでした。
 今になると、地理の授業で世界史の雑学を差し挟むのは容易であるのに対し、世界史の授業で地理の雑学を挟める機会はそう多くないという気がします。地理的な状況を説明するのに歴史的説明はしばしば必要になりますが、歴史を地理的な環境決定論で語るわけには行かない場合が多いですし、その影響をある程度認めるにせよ、世界史の授業にまでつなげるのは一苦労で、苦労しても生徒の大概にはマニア過ぎて分からないし(苦笑)。
 学問で考えても、地理学の範囲内には「歴史地理学」というのがありますが、歴史の範疇から地理的なアプローチをかけて地図を活用する例は余り多くないようです。これは交通地理学の重鎮で鉄道史の泰斗である先生のご指摘でありましたが。

 しかし、こんなこと書いている奴がなんで日本史の院生やっているかは、最大の謎ですな。
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by bokukoui | 2006-07-26 23:58 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(2)

食と教育について雑感

 今日から三日間、夏期講習の講師として地理を教えることになり、同じ日に国語もやっていてなかなか多忙です。
 それにしても最近の若い子は、昔地形図を作っていたのが陸軍参謀本部の陸地測量部だと知らないんだねえ、というのはヨタにしても、国土地理院が国土交通省所属になっているところに微妙に時の流れを感じてみたり。

 それと全く関係ありませんが、本日夕刊の日経新聞の記事を読んで知った話で、品川区の鈴ヶ森小学校に於いて、最近流行りの「食育」というのか、朝食をとる食習慣の大切さを実践するような話題が載っていました。六年生の二クラスを対象にして、一方のクラスは早めに登校させてボランティアによる一律メニューの朝食を摂らせ、もう一方のクラスは今までどおりの生活を行うということを三週間行ったそうです(こちらが同小学校のサイト)。何となく「ためしてガッテン!」の企画みたいな感じがしますな。
 で、結果は現在集計中だそうですが、何でも子供たちの集中力が上がっただか、計算問題かなんかのなんだか点数が上がっただかの効果があった、みたいらしい、ようなことが記事に書かれていました。

 しかし、それって、「特別扱い」されて注目されているクラスの子供たちの士気が上がった、ということが実は大きいんじゃないかという気がします。
 食文化は様々な側面を持っている大変興味深いもので、小生も食文化関連の本を読むのが結構好きだったりしますが、それを「健康」の名の元に教育現場に押し入ったり、その際に「伝統」の食生活(それは往々にして「自然」と規定される)をやけに高く評価したりするのは、どんなもんだかなと思うこともあります。この「伝統」もご多分に漏れず、ホブズボームばりに言えば「創造された伝統」ということはよくありがちなことで、今から七十年余り前に書かれた柳田國男『明治大正史世相篇』の食文化の末節には、
温かい飯と味噌汁と浅漬けと茶との生活は、実は現在の最小家族制が、やっとこしらえ上げた新様式であった。これを超越してまたこの次の案を夢むべく、あまりにその印象が深く刻まれているのである。
なんて書いてあるしねえ・・・。
 あと、朝食を摂る食習慣というのも、地域的・歴史的に必ずしも普遍的ではないのではないかとも思います。

 以上、「好き嫌いがない=味も分からぬ田舎者」という家訓の元で育ち、給食が嫌さに中学受験をした人間の戯言でした。
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by bokukoui | 2006-07-25 23:59 | 食物 | Trackback | Comments(2)

わたしの「靖国問題」

 昨日の記事の補足。
 「ヴィクトリアンカフェ・エミリー」でそれはどうよ、と思ったことがもう一つあったので追記。
 メニューで、いろいろなお茶に独自の愛称名をつけているようなのがあるのですが、「真紅」だの「雛苺」だの「翠星石」だの「蒼星石」だのつけているのはどんなもんだろうかと。

 昭和天皇の発言を記した侍従長のメモが出たとかでここ数日ニュースになっており、新聞の紙面で秦郁彦や御厨貴など日本近代史専攻者にとってはお馴染みのお名前を拝見するということになれば、やはりここは何か書くべきであろうかと思いつつ、正直関心の乏しい方面であったのでスルーしていたのですが、何となく新聞社のサイトやカマヤン氏のブログなどからネットをうろうろしていると、「捏造だ」とか「陰謀だ」とか言う話を持ち出す人が結構いたりしてなんだかなあと思ったりしたので、少しばかり書こうかと。
 歴史とは多くの人々の様々な営為が積み重なってできたものであり、それを解明するとは史料という断片を元に営為の重なり合いを解きほぐしていくことだと思うのでして、「犯人探し」では決してありません。「犯人」におっかぶせて終わり、という単純な解決で済む問題ではないからです。しかし世の中には陰謀論を持ち出したがる人もまた多く、それは混沌とした歴史、ひいてはこの世というものに明快な解決を求める心境があるからなのでしょう。それは何日か前に書いた「全能感」を求める心境と類似しているのかもしれませんが、今は置いておきます。

 単純化の問題点、という話は、歴史がらみで前にもしたことがあるのですが、今回の問題についても同じようなことを感じた、というのが率直な感想です(今回も、やれ「アメリカの陰謀」「中国の陰謀」という言辞を弄する連中は決して少なくはなかったように思います)。貴重な史料が見つかったという点では実に喜ばしい話で、史料を探索し分析することなしに史学はありえないのですが、その根本の史料に対し安直に「捏造」だの「陰謀」だの書く人たちは、きっと歴史とは関係のない何かを論じたいのであろうとも思います。そして、いわゆる「靖国問題」は、歴史的なものとは無関係ではありえないと思うのですが。

 なんだか書いているうちに自分でも詰まんなくなってきました。
 まあ要するに単純化の不毛さを批判したかったのですが、小生の単純な頭ではそれは難しそうで、こういった問題に巻き込まれた時に「公式参拝是か否か」の二択の踏絵を突きつけられるような、白黒つけたがる人々とうまく渡り合う自信もありません。
 ならばここは先賢に学ぶが宜しかろうと思い、陰謀論的単純化の欲求に対して、果てしなき混沌の世界に読者を誘う文章を探しました。靖国ネタでこの手の文章といえば、内田百閒「遊就館」しかないだろう、と思ったら、文庫で持ってたはずの『冥途・旅順入城式』がどこへもぐりこんだか行方不明。困った。そこで代わり、というのは失礼だけれども、「遊就館」を扱った種村季弘「九段の怪談」を引用しておきましょう。
 靖国神社には学校行事などで昼間行くとかならず付属の遊就館を見せられた。二万数千点を収納するという武具のことはもうよく憶えていないが、玄関前に古い大砲がごろごろしていたのは憶えている。招魂社は、もともと靖国神社が明治初年には東京招魂社と呼ばれていたのだから、私の小学生の頃は春秋の例祭が特にそう俗称されていたのだろう。一般の人間には、しかし鎮魂の儀式そのものよりは神社の境内に小屋掛けした、見るも俗悪なおどろしい見世物の方がお目当てで、聖をもっとも遠ざかった地平に現われるその無惨なスペクタクルが「招魂社」と思われていたのではなかったであろうか。
 断片的な記憶しかないが、夜祭には父に連れられて何度か行った。兄が名古屋幼年学校に入ったので、その武運長久を祈るために、一家がにわか靖国熱に罹っていたのである。
 九段の坂を上ると、押しかぶさるように、夜目にも黒々と巨きい大鳥居がそびえている。大鳥居下の暗がりを抜けると、夜店、小屋掛けのぎらぎら光る裸電球がパッと目にまばゆい。闇のなかでその一帯だけが、鋏を入れたようにくっきりと切り取られている。その向かい側にはふたたびふかぶかとした夜闇に没している。闇の奥のどこかから「おおっ、おおっ」とおそろしい声がやってくる。招魂(たまよばい)である。
 真黒な人垣の向こうに何か車のようなものが通るらしい。ギギィーッと車軸の軋む音が耳に立つ。怖ろしくて目を開けていられない。やがて人垣は崩れて、三々五々、けたたましい照明のなかに浮かび上がる極彩色の小屋掛けの方へ散ってゆく。
 父は子供に毒々しい見世物を見せたがらなかったが、それでも帰り道は内臓をぶちまけたような呼び込みの垂幕の前を通らないわけにはいかない。紺や緑の地の上にのけぞった人体から真っ赤なものが迸っている。布の色が薄汚れて褪せかかっているのが、なおのこと迫真の恐怖をかき立てる。有田ドラッグの衛生博覧会、アルコール漬けの胎児、蛇娘、丹波の山の奥で獲れた因業な熊女、お化け屋敷、玉乗りの曲芸……。
 敗戦を境にわが家の靖国神社詣での習慣はなくなった。満洲の特攻隊で戦闘機に乗っていた兄がその愛機でいち早く帰還してきてからは、武運長久祈願の必要がなくなったからである。いまも招魂祭がおこなわれているのかどうかは知らない。しかし、どういう種類の祭礼か、戦後になっても靖国神社境内に露店や見世物は立つらしい。そのことを私は、吉行淳之介の『祭礼の日』という小説を読んで知った。
(『書物漫遊録』pp.145-146)
 有田ドラッグの衛生博覧会@靖国神社、絶妙の組み合わせですね。
 これを読んで、小生は靖国について一般的な議論の世界から外れた位相を見出せたことを面白く思い、さる公式的な日本史の試験問題を作る仕事を請け負った時、以上の箇所を問題のリード文に使いました。その試験を受けるのは中学生ぐらいが多いらしいですが、中学生に社会科資料集に出てくるような、新聞に出てくるような、そんなのと違った「靖国」を読んでもらって印象に残れば、と思ったからです。

 というわけで、本日の記事の表題の「靖国問題」とは、「靖国神社を巡る政治的・歴史的問題」という意味ではなくて、「靖国神社をネタにした試験問題」のことなのでありました。
 でも、日中韓問わずネットで靖国神社をネタに文章を書いている連中の相当部分だって、靖国そのものより、それに託した己の心的な何かをぶちまけてるだけでしょうけど。
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by bokukoui | 2006-07-24 23:57 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(10)

久方ぶりにその方面のお店に行く

 本日は酒井シズエ翁のお誘いにあずかり、新宿の「メイド喫茶」であるところのヴィクトリアンカフェ・エミリーに行ってきました。酒井翁と共に、以前即売会などでお会いし、当ブログにもコメントをお寄せくださるゆん氏もご同道されました。お二方ともまこと奥行きの深い方で、愉快なひと時を過ごすことができました。

 お店についてですが、いわゆる「メイド喫茶」と聞いたときに連想されやすそうなチープさからの脱却を図るべく努力している点は、評価すべきであると感じました。椅子とテーブルが割合しっかりしたものであったのは、居住性の点でもよかったと思います。もっとも、壁と天井はそこまで手が回らなかったのかコンクリート打ちっぱなしでしたが・・・。
 行った時間帯や曜日がたまたまよかったのか、余り混んでおらず騒がしくもなく、メイド的スタイルのウェイトレスさんも過剰なサーヴィス的パフォーマンスもなく、ゆったりくつろげたのは結構なことでした。お茶も美味しゅうございました。
 客層は、おおトンム(同務、朝鮮語で「同志」の意)よ! という人々もおりましたが、女性もおり、殊に女子中学生七人の集団がそれとは知らずに入ってきてわいわいやっていたりしたのはちょっと面白い光景でした。ちなみに彼女たちは、ウェイトレスさん自分たちの記念写真を撮ってもらっていて、そこらへんの行動原理が典型的アキバ系とは異なっているようなのも一興でした。
 混雑というほどではないにせよ、そこそこお客も入っていたようですので、同店がより「ヴィクトリア朝」風らしい内装になれるよう、壁紙を張るだけの収益が上がることを祈っておきます。
 ただ一つだけはっきりと苦言というか疑問点を呈しておきたいのは、小倉優子(だっけ?)とかいうアイドルのコスプレ写真のポスターみたいなのを張っていたことです。その主旨が小生にはさっぱり分かりません。店の方向性を混乱させるという点からも、宜しく剥がしてヤフオクで売り飛ばし、代わりに一昨日の記事で紹介した情報学環に頼んで第一次大戦ポスターの複製でも貰ってくれば宜しいと思います(それはそれで違うか)。

 清談二時間余、昨今の「メイド」事情やら歴史の話題やら自衛隊やら「オタク」方面についてやら、話柄は多岐に渡りましたが、それにしても「富士見ロマン文庫」だの「清岡純子」だのまで登場するとはいやはや(笑)。
 ちなみに話題にした「ナボコフ病」のページはこちら(トップページはこちら)。
 また機会がありましたら是非清談を>お二方
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by bokukoui | 2006-07-23 23:59 | 制服・メイド | Trackback | Comments(0)

お茶の本とコーヒーの本を読む

 ただでさえ積読本が堆く積み重なっているところに、先日研究室にて定価の半額で本の放出をするというのでつい数冊引き取ってしまい、このままではいかんと数冊片付けました。
 今日はその中から二冊を取り上げて比較しつつ感想など。

 その二冊とはどちらも中公新書で、
角山栄『茶の世界史 緑茶の文化と紅茶の社会と、
臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液です。お茶とコーヒーの対決というわけですな。

 それぞれの本の著者は、角山栄氏といえば説明するまでもなくイギリス社会経済史の研究者で、というか当ブログを読まれる方ならば『路地裏の大英帝国』の著者としてご存知でしょう。一方の臼井隆一郎氏は、ドイツ文学の研究者のようです。
 本としてはそれぞれの著者の立場の違いからか、前者は史料に基づいた実証的な話が、特に日本茶の輸出とその挫折について細かいのが特徴で、一方後者は独特の語り口で上手にコーヒーの歴史の各時代で面白いところをピックアップした読み物となっています。なので単純に、前者を話が細かい割に全体像としての茶の「世界史」がフォローし切れていない(中国の話が少ない)だとか、後者は実証的な面(数値的データなど)が弱い、とあげつらっても始まりません。どちらも、叙述にそのような個性があることを承知で読めば、結構面白い本だと思います。

 さて、18世紀の英国ではコーヒーハウスが大流行していたのですが、世紀半ばには衰退してクラブに取って代わられてゆき、同じ頃からイギリス人は紅茶へと傾斜していきます。その原因はいろいろとありますが、『コーヒーが廻り世界史が廻る』にあった面白い指摘によると、「ロンドンのコーヒーはあまりに男の飲み物であった」(p.86)ために女性の反発を招いたのもその一因であるといいます。そしてその背景に、この時代から形成される近代市民社会の構成要素である「近代家族」とコーヒーがそぐわなかった、女性(主婦)が仕切る家庭では紅茶が好まれた、という事情があるといいます。
 家族論の観点からこの指摘がどれほど信憑性があるかは寡聞にして存じませんが、確かにコーヒーよりも茶の方が「家庭」に親和的なイメージがあります。或いは、家でお客をもてなす時にも、お茶の方が日本でも英国でも多そうです。逆に、外で飲むものとしてはコーヒーの方が茶よりも優位にあるような気がします。なんとなれば、喫「茶」店といいながら、飲んでいるのはもっぱらコーヒーですよね。そして、喫茶店は家族の団欒で行くところではあまりないですね。
 だとすれば、メイドさんが淹れるのはコーヒーより紅茶が相応しいといえる、のか・・・?

 どちらも面白い本ではありますが、しかしこの二冊の本には共通した食い足りない部分もあるように小生には思われます。それは食文化との関連性がほとんど触れられていないことです。日本が緑茶で英国が紅茶である理由も、様々な文化的相違が関与しているにせよ、米かパンかの食生活がもっとも大きな理由だと思うのです。コーヒーについても、アラビアとヨーロッパで受容のされ方が異なっていた理由にそれがあるのではないでしょうか。競合していた飲料(酒類)についての言及はありますが。
 特に日本のお茶の文化について、今回紹介した本は日本の茶道文化の重要性を世界史レベルで力説していますが、小生はそれに若干の留保をつけたく思います。なんとなれば、日本人の内部において、茶道という文化がどれだけ浸透していったのか、正直なところ疑問に思うからです。大多数の庶民の日常生活に浸透した、まさに日常茶飯事となったお茶の歴史に注目するならば、そして飲料である茶の歴史と密接な関連性を持つ食文化との連携も含めて語るなら、やはりここはお茶漬けの歴史について一筆する必要があるのではないでしょうか。

 なんてことを考えたのも、小生が最近『魯山人味道』の影響で、海苔の茶漬けなぞに凝っているせいかも知れません、というかきっとそうだ。
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by bokukoui | 2006-07-22 23:58 | 食物 | Trackback | Comments(2)