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わたしの経県値

 こんなページを見つけました。

 経県(経県値&経県マップ)

 先月旅行記で、「本州の都府県はすべて行ったことがあることになります」云々と書いたこともあり、一つやって見ました。
 で、こんな結果に。

 小生はいわゆる「乗り鉄」ではありませんが、流石にそれなりの間やっていると、これくらいにはなるようです。あと鉄道の旅の場合、駅で時間があれば降りて周辺をぶらつく位のことはするので、純粋の「通過」や「接地」はそんなにないと思います。なお、駅を降りて別の私鉄に乗り換えてどこかに行った場合は、一応「訪問」扱いにしておきました。
 あとは北海道と沖縄ですな。沖縄が未踏というのは鉄道趣味者にありがちなパターンですが、北海道というのはちと珍しいかもしれません。北海道は行くならやはり「旅館藤や」かな、なんて考えてもいますが、やはり先立つものが・・・。
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by bokukoui | 2006-11-30 23:59 | 思い付き

今日の東急デハ5001号の状況(8)

 本日も見て参りました。正確には昨日になっていますが。
 時刻は午後6時少し前、車内の公開が終わる直前でした。

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by bokukoui | 2006-11-30 01:20 | [特設]東急デハ5001号問題

5001保存全史(お寄せいただいた情報をまとめて再録)

 先日「東急ファン」様から当ブログのコメント欄に、東急デハ5001号関連の情報をお寄せいただきました。コメント欄ですと見づらいので、コメント返信もかねてここにまとめておきます。

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by bokukoui | 2006-11-30 01:20 | [特設]東急デハ5001号問題

諸般の事情により

今夜の更新時刻はやや遅くなると思われます。しばしお待ちを。
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by bokukoui | 2006-11-29 23:19

もうちょっと詳細

 というわけで補足。
 再起動を繰り返しても無線LANが繋がらないという事態に業を煮やし、親の機械でこの文章を書き込んでいます。
 ネット以外の動作に特に問題はないので、大概の作業に差し障りはありませんが、ちょっとした調べものができないのが不便で、そして当ブログの更新ができないのが困り者といったところです。は、さては渋谷区の陰謀か?(笑)
 メールに関しては、時たま短時間繋がった際に受信できるので、読む方は読めています。しかし不思議なことに、送る段になるとしばしばうんともすんとも言わなくなります。さような状況下であることをご承知置きください。

 そんな訳で諸作業の効率が落ち、いろいろ夜中にも所用をちょこまかと。
 でもまあその間に、深夜アニメの『BLACK LAGOON』『RED GARDEN』とか見ているわけですが。どっちが面白いかというと、最近もしかしてこの両者の放送時間の間の隙間埋めに見ている『V.I.P.』が一番気楽に見られるだけ純粋にエンタテインメントというか癒しのごときものになっているんではないかという気がします。あと、後者の提供の代アニのCMに出てくる楽太郎師匠にツッコむのがその次ぐらいの楽しみかも。

 明日はうまく繋がるといいのですが。デハ5001号調査予定です。
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by bokukoui | 2006-11-29 02:44 | 身辺些事

携帯電話より

パソコン不通。
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by bokukoui | 2006-11-28 23:59

偏向した山川出版社の歴史参考書に抗議する

 なんか、ここんところ抗議してばっかりのような。

 今日、日経新聞の朝刊を読んでいたら、社会面に「大陸の鉄路今も“故郷”」と題して、南満洲鉄道(満鉄)が昨日で創設百年だったこと、それを記念して満鉄職員のOBや家族で作る財団法人満鉄会(戦後、引き上げてきた社員に退職金や未払い給与を支払ったりするために発足し、現在はOBや家族の親睦団体となっている)が百周年大会を開いたことが述べられていました。
 先週は京阪電気鉄道創設百周年でしたが、今週は満鉄百周年だったのですね。気がつきませんでした。
 日経新聞のサイトには、この社会面の記事が紹介されておりませんので、やや古いものですが、類似の話題を扱ったニュースへのリンクを張っておきます。

 社員40万人「満鉄」創業100年 運営悩むOB会

 さて、このリンク先の記事にも名前と写真が出てくるのが、満鉄の看板列車として有名だった特急「あじあ」です。上掲日経の記事でも、「十一月半ば。当時最速の特急「あじあ」の写真が飾られた満鉄会事務所(東京・中央)では、幹部らが大会準備作業に追われた」と、かなり強引な形ですが登場しています。そしてどうも、高校の日本誌教科書の中でもこれに触れたものがあるようです。教科書に登場する重要語句を集めて解説を付した、受験生にはお馴染みの必携アイテム、山川出版社の『日本史B用語集』をめくってみましょう。
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 新課程用の2006年1月発行の第1版第5刷、341ページより引用。

 僅か3行足らずの記述にも拘らず、鉄道趣味者からするとツッコミどころが複数見つかるというとんでもない記述です。
 まず、「あじあ」(「号」をつけないのが正式の愛称)は列車につけられた愛称であって、機関車の名前ではありません。「あじあ」を牽引したのは、そのために設計された流線形のデザインで有名な「パシナ」形機関車です。
 しかし何よりも問題なのは、「時速110kmは鉄道の世界最速」という記述。どこの世界ですか?

 実際のところ、パシナの性能は時速110キロ以上出たようです。齋藤晃『蒸気機関車の挑戦』から引用すると、
 パシナの運転最高速度は時速110キロと教示されているが、当時キャブに同乗した方々の話を総合すると、水平区間の走行は常時時速100キロを超え110キロにたっすることもしばしばあり、通常運行でも時速120キロまで出すこともあった。試運転の最高は短時間であったが時速135キロを出したとのことである。アメリカの常識1インチ1マイルよりもやや控え目に感じる。(同書p.192)
 だそうです。「1インチ1マイル」というのは、蒸気機関車の動輪の直径インチ数と、実用最高速度のマイル数が大体一致するという、アメリカの機関車の通例です。パシナの動輪は直径2メートルなので、インチに換算すると約78.7インチ、これをマイルに読み替えると時速約126.7キロになります。それと比べると、最高110キロだったパシナの引く「あじあ」の速度は、「やや控え目」というものですね。

 特急「あじあ」は大連~新京(長春)間701.4キロを8時間半で走ったので、平均は時速82.5キロとなります。これは当時(1930年代)の世界ではどの程度のものだったのでしょうか。齋藤氏の前著『蒸気機関車の興亡』から拾ってみると、

・1929年、イギリスのグレートウェスタン・・・平均時速106.5キロ
・1931年、カナダのカナディアンパシフィック・・・平均時速110.8キロ
・1932年、イギリスのグレートウェスタン・・・平均時速114.9キロ


 ここら辺が蒸気機関車界の俊足連中です。これは平均速度なので、最高はこれよりも更に速かったわけですが、平均が既に「あじあ」の最高速度を上回っています。
 ちなみに戦前世界最高速だったのはドイツのディーゼル特急「フリーゲンダー・ハンブルガー」で、1933年の登場時最高速度時速160キロでベルリン~ハンブルクを結び、その平均速度は時速124.6キロだったそうです。
※追記:フリーゲンダー・ハンブルガーに開通3日目に乗った日本人の話はこちら

 「あじあ」については、その流線形のデザイン(機関車パシナと客車のどちらも)は高く評価されており、いつぞやネタにしたデザイナーのレイモンド・ローウィーも褒めたといいます。確かにパシナの流線形は、ボイラーと足回りをうまく一つに纏めており、ローウィーデザインの流線形機関車がボイラーと足回りがはっきり分かれてしまっているのより綺麗に見えると思います。
 ですが、速さの点では、そんなに速かったわけでもありません。しかし「あじあ 満鉄 世界最速」でぐぐると、結構な方が「あじあ」=世界最速、と信じておられるようです。参考書も間違えているくらいですし。
 このところしつこく追っかけている東急デハ5001号の話に強引にくっつけると、結局日本における技術史への関心なんて所詮この程度だ、ということになるのでしょうか。

 というわけで今日のお題の「偏向」とは、「歴史教科書」とこの言葉がくっつけられた時に普通出てくる文脈である「自虐史観」批判ではなく、逆に「自賛史観」とでも言うべき逆パターンを、産業技術指摘方面への関心の薄さと共に批判する、というものでした。
 鉄道趣味は国粋主義的になりやすいといわれることがありますが、それは主に日本の鉄道史を国鉄関係者やそれに近い人が書いてきたため、どうしても自画自賛になる傾向があったのでした。小生もそんなわけで、子供の頃から日本の鉄道技術は昔から偉大であったと刷り込まれてきておりましたが、この齋藤氏の著作や、髙木宏之氏の見解などを知って、自分でも色々読んで考えるにつけ、このような「自賛史観」は適切ではないのではないかと思うに至りました。
 皮肉にも「自虐史観」を声高に叫ぶ連中はその頃から台頭してきて、どうも心地良いのかそれに転ぶ人もまた少なくなかったわけですが、同じ頃に逆方向のパラダイムシフトを経験した小生は、そもそもそういった人々に対し冷ややかな眼差しを向けるだけの理由があったわけなのでした。
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by bokukoui | 2006-11-27 23:57 | 鉄道(歴史方面)

今日の東急デハ5001号の状況(7)

 本日も様子を見てきました。
 まず、午前11時40分ごろ訪れた状況をご覧下さい。

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by bokukoui | 2006-11-26 23:58 | [特設]東急デハ5001号問題

サントリー学芸賞の鉄道本略論 第2章 原武史氏講演録摘要(下)

 昨日の記事に引き続き、原武史氏の国立公文書館講演の内容のメモをアップします。

 <原武史氏講演要録>
3.
・JR東日本では、NREが駅での食事提供事業に関してのさばりすぎており、味の画一化が進んでいる。JR東日本との密接な関係からNREは駅の好位置を独占しているが、これも権力関係を反映している。
・駅そばや駅弁というのは、江戸時代の地方分権の名残り。
・竹内好と鶴見俊輔が駅弁論争。竹内は横川の峠の釜飯(1958発売)、鶴見は高崎のだるま弁当(1960発売)を支持。峠の釜飯は発売当時から好評で、だるま弁当はそれに対抗して発売されたもの。しかしこの論争も窓の開く古き良き時代の鈍行の話。
・デパートで開かれる駅弁大会の客は女性が多い。
・常磐軒は新幹線品川駅に入れず、JR東海パッセンジャーサービスがのさばっている。これも一種の「伝統の創造」。

4.
・丸山真男(1914年生)は戦争体験を思想に結実させた。宮脇俊三(1926生)は戦前からの乗車体験を生かし、昭和史の生き証人として継承している。
・宮脇氏は自分はいい時代に生まれた、という。実際、宮脇氏の生きた時代は、鉄道の黄金時代であった。このように時代に生み出された人は、もう出て来ない。

・現在の鉄道趣味界は、かつてのスターに続く世代が乏しい。
・「オタク化」が進んでいる。1970年代の鉄道ジャーナル誌上での東西私鉄論争には多くのマニアが議論に参入できた。しかし今はそうではない。趣味の細分化が進み、同じ鉄道の共通語で会話できる幅が狭まっている。
・女性の鉄道趣味界への参入。酒井順子(注:『負け犬の遠吠え』の作者)の『週刊宝石』連載記事。鉄道は女性にとって安心して任せられる存在?

 講演の内容は以上で、以降質疑応答となりましたが、時間が押していたのでごく短時間に終わりました。

質問1:関西私鉄は最近JRとの競争で不利な立場となっており、経営が悪化している。今後関西私鉄の文化はどうなるか?(注:当時は村上ファンド阪神株買占めもJR西日本尼崎事故もまだ)
回答:バリアフリーなどソフト面での対応で私鉄の文化は生かせるのではないか。

質問2:新幹線は今後どこまで作るべきか、整備新幹線についてどうお考えか?
回答:誘致に地域によって温度差がある。東北が熱心で、歴史的には明治天皇の東北巡幸にあるのではないか。九州新幹線は必ずしも地元の人は喜んでいるわけではない。東北は鉄道にこだわるが、九州はこだわらない。それだけに九州新幹線が出来たことは興味深い。

 以上です。
 このたび2年ぶりに引っ張り出して書き写してみて、今更ながらツッコミどころの多さに我ながら驚いていますが、現在小生はビールを大瓶換算5本くらい飲んだ直後で、冷静な評価が恐らく困難だと思われますので、今日のところは内容紹介にとどめ、ツッコミは『「民都」大阪対「帝都」東京 思想としての関西私鉄』の内容にも触れつつ、またの機会とさせていただきます。
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by bokukoui | 2006-11-26 23:57 | 鉄道(その他)

東急デハ5001号車内の配布物

 前回の報告のための調査の際入手した、渋谷駅前の東急デハ5001号車内で配られていたペーパー類を紹介します。以前配布されていたものについてはこちらをご参照下さい。

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by bokukoui | 2006-11-26 01:25 | [特設]東急デハ5001号問題