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コミケット71顛末

 当初の予定では今年一年を振り返るまとめ記事の予定でしたが、本日参加したコミケット71に関し書くべきことが少なからずあるため、今年のまとめは「回顧と展望」(笑)とでも題して新年に先送りすることとし、様々の出会いに恵まれた今次のコミケ報告を以って本年の締め括りに代えさせていただきます。

 さて、まず当サークルの状況について簡単に。
 なにさま新刊もなく古い本の在庫セールという状況で、多少の士気低下もあって搬入をやや控えめな数にとどめておりました。が、当サークルの主力頒布品である『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション1891~1900【改訂版】』、『不完全メイドさんマニュアル』、『不完全メイドさんマニュアル【拾遺】』の三冊を纏め買いしてくださる方も少なくなく、気が付けば正午ごろにはこれらは完売してしまいました。その後も多くの方にご来訪いただきましたが、ペーパーも13時過ぎになくなってしまい、無駄足となってしまって申し訳ありません。なんとも困った、しかしまた正直同人誌作成者としては嬉しくもある誤算でした。
 思うに「メイド」趣味が今尚安定して成長? していること、今回の大晦日コミケが、おそらくは曜日との兼ね合いや安定した天候のせいもあってでしょうが、多くの人が来たのではないかと思われること、これらが原因なのではないかと思います。正直このところやや「メイド」同人活動の士気低下気味の小生でしたが、来年はまた気合いを入れなおして取り組むだけのことがあるようです。
 もっとも、来年の「メイド」の状況がどうなるかは分かりませんが・・・今度こそしぼむかな? 何しろさっき、紅白歌合戦で和田アキ子がピンクの「メイド」服着て「萌え~」とか言ってた位なので(苦笑)。
 ともあれ、来年も続けるだけの励みになりました。ご来訪くださった皆様に心より感謝いたします。

 さて、コミケの主目的は本を売ったり買ったりすることですが、それに伴う人との出会いもまたコミケの楽しみであり、小生の場合そのウエイトが次第に増してきたようにも思います。そして今回は、特にその方面で大きな成果があったように感じられました。
 まずご来訪下さったのは、歴史系「メイド」サークルとしてもっとも著名な、SPQRさんでした。開場前にご来訪くださって新刊をくださいました。精力的かつ真摯に研究しておられることに頭が下がります。なによりお返しに渡すべき当方の新刊は存在しないことがなんとも情けないことです。
 開場後来てくださったのは、まずはいつもおなじみ小手鞠萌さん東京大学メイド研究会の笹川会長で、騒がしいコミケの一隅でひと時楽しく歓談しました。笹川会長には新刊も頂いてしまい恐縮至極、なによりお返しに渡すべき(以下同文)。

 そしてまさか、という訪問者の方が。
 まず、先月小生が索引をこしらえた『エロマンガ・スタディーズ』の著者・永山薫さんがわざわざお運びくださいました(コミケに参加されるとブログにあったので、訪ねてみようと考えてはいたのですが)。大変恐縮しました。同書制作に関するお話などを伺うことが出来て大変有意義でした。あとで『少年』の出版社を直しておこう。
 そして、小生がネットをはじめた前世紀以来好きで見ている、類例のない絵とお話のサイト「銀茄子園」の作者である銀茄子さんが来て下さいました。先月、銀茄子さんが『閉ざされた部屋』という書物のことをサイトに書いておられた時に、ちょっと小生がご連絡申し上げたことがあり、そのため今日わざわざおいで下さったのでした。何年も前から尊敬申し上げていた方にお会いできて感動も一入でした。

 サークルで売る方は昼過ぎには終わったので、協力者のA井氏・A澤氏(どうもありがとうございました)にお任せして多少館内を巡覧。といっても行くところは限られており、カマヤンさんの新刊と発掘された在庫を入手してちょっとお話させていただいたり、以前ナヲコ先生の本を買いに行ったイベント「ショタスクラッチ」主催の松村直紀さんがおられたところでショタのカレンダーを買い込んだり(今年は鉄道の日イベントに行けなかったので卓上カレンダーがなかったというだけの理由です。ホントだってば・笑)、そしてナヲコ先生にもご挨拶して、「ナキムシのうた」制作秘話?を教えていただいたり、買った本の数は少なくとも充実したコミケでした。他にも旧友諸君と色々と会えたし。

 というわけで、大変充実した一年の締め括りでした。
 多くの方に訪れていただいたことは大変嬉しく、今後の活動方針についていろいろ迷いのあった小生にとっては何より励みになりました。ご来訪下さった皆様に感謝申し上げます。
 そして、ここで上に名前を挙げたような、自分独自の分野で優れた活躍をしておられる方々とお会いできたこともまた、嬉しくまた励みになったことでした。以前にも書評の結論で述べたことがありますが、何事かに深く関心を持って営々と打ち込む人の営為は、やがてその蓄積が普遍性を持ちうるだけの可能性があるように思います。少なくとも、打ち込んでいる当人自身を豊かにしてくれると思います。ですので、小生は先日「革命的非モテ同盟」のクリスマス粉砕闘争について触れた折、「非モテ」と「オタク」とをくっつけたりするようなことへの違和感を指摘しましたのですが、広い意味で「オタク」であるということ(世間的な評価よりも自分の興味関心や嗜好に忠実に、何ごとかに打ち込んでいる人)はむしろより積極的な意義付けをしてもいいのではないか、そんな風に思っています。
 ただ、小生がそのように思っているのは、昔から自分の周囲にそのような尊敬できる「豊かなオタク」とでも言うべき人を多く見出してきたから、ということは確かです。ダメオタもいなかったわけではありませんが(苦笑)、そのような人との出会いが小生のこのようなものの見方を形成してきたのであると思います。そしてこの日も、小生のこの考えを具現したような多くの方々と出会えたということが、何よりの収穫だったのでした。

 と、大変充実した形で一年を締め括ることが出来ました。

余談:今日出会った方のうち何名かの方のお話から、「東大」と「オタク」の密接な関りをさらに再確認することと相成りました。これは冬休み中に「東京大学オタク物語」を完成させないと、って越年してしまいましたね。すみません・・・
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by bokukoui | 2006-12-31 23:49 | 出来事 | Trackback | Comments(3)

今日の東急デハ5001号の状況(16)

 今年最後の報告です。

(続きを読む)
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by bokukoui | 2006-12-30 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題 | Trackback | Comments(0)

壱周年御礼&明日の予定

 早いもので当ブログも今日を持って創設以来一周年となりました。
 ご来訪くださった皆々様に心より感謝いたします。

 で、ここでできればここ一年の当ブログの活動状況などを振り返って一筆まとめたいところなのでありますが、そのような総括は大晦日こそより相応しいことですし、また明日にもMaIDERiA出版局の活動をまだ控えているところから、今日のところはご挨拶のみとさせていただきます。ただここ一年の同人を初めとする趣味的活動において、ブログの占める位置がかなり大きくなったことなどから、MaIDERiA出版局の活動もいろいろ見直さなければならないように思うに至った一年ではあったと思います。

 さて、その明日の活動ですが。
 MaIDERiA出版局は東1ホールC-14aにてコミケに参加します。
 大変申し訳ないのですが、今回は、MaIDERiA出版局独自の新規発行物は見送りました。詳しくはペーパーにて(これは発行します)ご連絡申し上げますが、小生の心境の変化・近年の「メイド」を巡る状況などから、現今のサークルの路線にいささか考えるところがあり、明年以降の活動も含め再検討してしまいたくなった結果、そのような決断を下しました。要するに自分でやっていてあんまり面白くなくなったということです。
 ただし、頒布物に関しましては、これまで『人生いろいろ メイドもいろいろ』の漫画「検証!! メイドさんの乗るクルマ」(のち『不完全メイドさんマニュアル【拾遺】』に再録)をご寄稿くださったきゃーぬま氏が中心となって作った同人誌(二次創作)を取り扱うこととなりましたので、ご興味を抱かれた方はお立ち寄りいただければありがたく存じます。
 以下にその概要を紹介。

 タイトル:『おまえの話は人形ばかり』
 製作:木南ちはると愉快な仲間達
 内容:『Rosen Maiden』二次創作


 さらに緊急の企画・故サダム=フセイン氏追悼ということで、紙芝居アニメDVD『れっかうらんタン』も少数委託を引き受けます。

 色々と申し訳ありませんが、来年に向け陣容を立て直し、活動を見直していく所存ですので(その結果撤退するかもしれませんが)、何卒ご海容のほど伏してお詫び申し上げる次第です。
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by bokukoui | 2006-12-30 23:58 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

明日の予定・その他

 えらく頭痛がします。昨晩は2時に就寝しましたが、起きたのが16時半。それが現在の体調の原因なのか結果なのか。

 明日はコミケに行き、東大戦史研の売り子を手伝う予定です。場所は西1ホールに-05aです。小生に御用のある方はそちらまでどうぞ。大体いると思います。
 そこでは戦史研の会報以外に、MaIDERiA出版局の委託として『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション1891~1900【改訂版】』も置かせてもらう予定ですが、さらに大物委託品? として、自主制作アニメのDVDを置く由。先ほどラーゲリ緒方氏から連絡があったので、備忘として以下に記載。

 タイトル:「れっかうらんタン」
 原作:イラク戦争
 製作:東京大学紙芝居アニメ研究会
 価格:200円

 以下雑事。
 一昨日に「拉致問題を口実に他人に噛み付く学者」の話を書いたので、次の読む本として積読本から良知力『青きドナウの乱痴気 ウィーン1848年』を選択。なかなか面白い。
 ちなみにこの本を選んだ理由は、「拉致問題を力ずくで他人の批難に利用する」→「拉致問題の力」→「らち・ちから」→「良知力」という、すごくどうでもいい語呂合わせからです。いやまあ、S田センセイと故良知力氏を同列に扱うのは、いくらなんでも故人に無礼とは思いますが。

 書きたいことはいろいろありますが、しかし頭痛が酷いので、明日に差し障るし、これでおしまい。
 ・・・あ、年賀状を作るの忘れてた・・・去年喪中で作らなかったからな。明日作って、コミケ会場で配った方が早いかもしれませぬ。
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by bokukoui | 2006-12-29 23:58 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

なんとかして

 今日こそは短く。昨日は全然短くなりませんでしたので。

 エチオピアのソマリア侵攻ニュースをちょっと探していたついでに、こんな海外ニュースを発見。

 英女王の発音、庶民にぐっと近づいた!?=ミュンヘン大教授の研究

 もっとも、記事の題名にあるように「庶民」に近づいたというのは、はちょっと言いすぎのような気もします。
 received pronunciation = 容認発音について幾つかのサイトを参酌するに、この容認発音とは「上流階級に容認された」という意味だそうです。記事を読む限りでは、エリザベス陛下のご発音は「上流容認発音」から「標準容認発音」に変ったそうですが、結局のところ容認発音内部の変化であるのならば、大局的には庶民と違う上流階級内ということに変りはないのではないか、とも思われます。
 ただまあ、「ハイソ」「パンピー」くらいの階級差は存在しているとしても、王室や貴族のような限られた超上流階級というのはもはや絶滅状態である、というように解釈するのならば、それなりに合理的かなと思います。
 もっとも、ここらへん論者によって容認発音の定義や範疇などが異なるかもしれないので、あくまで単なる思い付きということで。

※参考にしたサイト
英語の訛りの特徴を分析する「ゴスフォード・パーク」
RP(容認発音)とアクセント

 全然関係ありませんが、pgρ氏に創価学会の音楽コレクションを貰ったのでBGMとして愛聴中。もっとも、学会歌は軍歌・労働歌の亜流と考えられるので音痴にやさしい「バリアフリー音楽」かと思ったら、歌自体は合唱になっちゃってました。
 このところ、仕事上で前の教室にいた4年間に一度したかどうかのミスを連発しへこんでいるので、精々学会ソングで空元気でもつけるとしましょう。
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by bokukoui | 2006-12-28 23:58 | 時事漫言 | Trackback | Comments(5)

今日こそは短く

 忙しいはずなのに昨日は長々と書いてしまい大後悔。
 今日はほんとに手短に。

 昨日紹介した「教育再生 有識者からの提言」とは、「日本教育再生機構」という、やっている「民間タウンミーティング」「民間教育再生会議」というお題からして、要するに「教育再生会議」別働隊的役割を果たしていると考えるのが妥当と思われる団体のコンテンツでした。「提言」からトップページに行けない不親切設計だったので、小生は昨日これら「提言」記事の性格を深く考えずに記事を書いてしまいました。
 で、先ほど「日本教育再生機構」のトップを見ていたところ、「教育再生への提言はこちらから」なんて掲示板みたいな書き込みをするところがあるし、「提言」の個々の記事にはこれまた掲示板の書き込みのように時刻が載っているし、そのURLをみると cgi なんて文字も入っているので(小生はコンピュータにちっとも詳しくないので正確なところは分かりませんが)、これは「提言はこちらから」から書き込んだ内容をそのままアップする掲示板みたいな性格のものなのでしょうか。
 もっともそれにしては面子がやはりある方向の人びとがかなり集まっており、しかもそれなりに名が通っていて忙しそうな人びとですから、自由意志でここまで集まるとも考えにくく、おそらくこの団体の事務局が依頼して、会員や賛同者の人たちに書き込んでもらっている/貰ったコメントを誰かが代打ちしている、というあたりかなと推測します。

 で、掲示板の書き込みに近いものなので、皆長さはごく短く、たいした濃さや深さを持ってはいないものばかりですが、流石に数が多いので、小生が適当にピックアップして斜め読みしたものの中でも、少なくとも部分的には、意味ある箇所も見出せます。しかしまあ、やはり長さの制約が大きいのでしょうが、大体のものはどこかで見たことがあるような、お約束のテンプレートを思い起させるものにとどまっているのは否めないところです。
 しかし、そんなこの「提言」の中から一つ素晴らしく個性的なものを見つけました。もっともこの場合の「個性的」というのは、あまりにも酷いので忘れられないという意味ですが。

 それは、「教育再生」に向けた提言/島田洋一(福井県立大学教授、拉致被害者を「救う会」副会長)です。
 大して長くもないので、以下に全文をコピペしておきます。
 新政権誕生から4日目の9月29日、首相官邸において、安倍晋三首相、塩崎恭久官房長官はじめ政府「拉致問題対策本部」関係者と拉致被害者「家族会」、「救う会」役員による懇談会が行われた。終了後、横田早紀江さんが記者団に対し、首相が思わず涙した場面が大変印象的だったと語っていた。
 実は私もその場にいて、強い衝撃を感じた一人である。私の記憶では、あれは出席者が一渡り発言し、司会役の中山恭子補佐官が首相に再度コメントを求めた時だった。いつも通り話し出した安倍氏が、「五人の被害者の方がタラップを降りてきた時の喜びを、他の皆さんにも味わわせねばならない、今は私がその責任をもつ立場にあります」という段になって突然声を詰まらせた。すぐ持ち直したものの、テーブルを囲んでいた約20名のみならず、壁際に椅子を並べメモを取っていた多くの政府関係者にも、首相の決意と責任感がこの上なく明確に伝わったはずだ。
 官邸から帰る道すがら、全く対照的な場面が脳裏に甦ってきた。5,6年前、後輩の結婚披露宴直前の控え室でのことである。話が拉致問題になり、五百旗頭眞氏(現・防衛大学校長)が興味なさげに次のように語った。「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね。こっちは、はるかに多くの人間を強制連行しているのに」。
 私が「救う会」に関わっているのを知る何人かが、一瞬身を堅くするのが分かった。反駁しようかと思ったが、場が場だけにグッと押さえた。それだけに一層不快な記憶として残っているのだろう。その後五百旗頭氏が認識を改めたことを望むが、次代の国防を担う若者たちが、「拉致なんてあんな小さな」という空気のもとで教育されてはならないと思う。
 安倍首相を突き上げた思いが、できるだけ広く深く教育の場に浸透していくよう願っている。
DATE: 2006-10-26T11:04+0900
 これは凄いです。
 この「提言」、その内容の出来不出来はあっても、とにかく「教育」に関する何がしかの言説を集めたものではありました。しかしこの島田氏の提言は凄いですね。なにせとってつけたような最後の2行以外教育と何の関係も無いんだもの。「教育」の代わりに、「憲法改正」とかでも全く同じ様に文章をでっち上げられるでしょう。いくら「救う会」副会長だからって。「再生機構」の他の人はこれをどう思っているのでしょう。
 しかも、末尾以外の本文にしたところで、実はこれ拉致問題についても何も語っていませんね。要約すれば「安倍首相は素晴らしい、五百籏頭眞はケシカラン」ってだけです。ゴマすりと個人攻撃以外の何をも読み取ることは出来ません。拉致問題がただの私怨に摩り替わっています。「救う会」の他の人はどう思うのでしょう。

 こういったある種「人間らしい」欲望が露骨に表れている裏には、きっと何か個人的で「人間らしい」理由があるのでしょう。小生は政治学には全く疎いですが、それでも五百旗頭眞氏の名前ぐらいは知っています・・・って、ご子息の五百籏頭薫氏が日本政治史の研究者だからですが(笑)。より大物の学者(でしょう、著作とかざっと調べましたが)に拉致問題を振りかざして噛み付くその姿は、一体拉致問題をどう考えているのかと思わざるを得ません。島田氏は北朝鮮問題でよくテレビに出てくる伊豆見元氏にも拉致を振りかざして噛み付いておられるようです。これが島田氏の芸風なのでしょう。
※参考リンク:「世に倦む日日」より「謀略の解読」「安明進証言と蓮池薫証言の矛盾」これもこれで謀略論ですが、しかし島田氏のような「救う会」関係者の行動からすれば、このように見られても仕方ない面はあるでしょう。

 島田氏がこういった行動をとる背景には、何がしか学会での勢力争いや人間関係、学閥のようなことが影響しているのかもしれません。島田氏は八木秀次氏と親しいらしいので、このような「提言」の趣旨と外れた頓珍漢な文章も、ボツにすることが出来なかったのでしょうか。
 小生は一応大学院生で、こういった類の業界の一つの末席に連なっているはずなのですが、このような人間関係に自分でも変だと思えるほど情報収集の意欲が無いので(どころか、一般的な自分の周囲の人間にもかなり無関心です。そういう意味では「非モテ」的かもしれません)、もうこれ以上どうでもいいですが。

 以上だらだらと書いたことは、結局「日本教育再生機構」のサイトの「顧問」で、「伊藤隆」という名前を見つけてしまったやるせなさをやつあたりしてごまかしているだけであるということは、重々自覚しております。
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by bokukoui | 2006-12-27 23:59 | 時事漫言 | Trackback | Comments(0)

本日多忙につき適当に思い付きを連ねる・教育とトイレと谷崎と

 いろいろあって忙しいです。
 明日の授業の準備とか、金曜の授業の仕込とか。
 しかして、昨日の記事のせいか急に多くの方にご来訪いただけ、恐縮至極。ご紹介してくださったブログ等が幾つかあったようです。

 書きたいことは幾つもありますが、なかなか時間的余裕がありません(小生は文章を書くのがものすごく遅いのです)。しかしトラックバックしてくださった先などから辿って、「教育再生 有識者からの提言」などという素晴らしいページを見つけてしまい、ますます頭を抱え込むのでありました。
 渡部昇一もクライン孝子も中村粲も驚きませんが、流石に念法眞教は如何なものかと(念法眞教に関してはカマヤン氏のサイトなど参照。これまたウィキペディアで編集合戦があった由)。

 よくコメントしてくれる某後輩氏と以前教育について討論し、「教育とは社会経済学の問題であって倫理・道徳ではない」という一点で同意を見ましたが、教育をそう見たくない人が多いということはどういう意味なのかと考えずにはいられません。

 しかし。
 小生がここで教育について語るということ自体が、「教育再生会議」の面々のごとく、他者をコントロールするという「教育」の快楽に酔い痴れているという側面は否定できません。小生がバイトで塾講師をやっているということもこのことの言い訳になるとはいえないでしょう。人を呪わば穴二つ。
 というわけで、今日は自己批判をかねて、教育をきっかけに左斜め45度なお話を。まあいつもどおりということです。

 上掲「教育再生 有識者からの提言」の栄えあるトップバッターは、トイレ掃除で人格陶冶を図る「日本を美しくする会」鍵山秀三郎氏であります。ついでに言えば「日本を美しくする会」は「おやじ日本」なる団体を「応援」しており、この「おやじ日本」には警察官僚としてメディア規制に熱心で「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」委員でもある竹花豊氏が関っています。

 小生は以前19世紀英国の家事の指南書など抄訳したりして、少々家事の歴史をかじったりしました。で、20世紀の先進国では、家庭電化の普及などをてこに家事の合理化が進んだ(皮肉を言えば戦争のおかげ)のでありまして、その結果生活の質はおおむね向上しました。こういった家事の合理化に際しては、勿論市場の拡大を狙った企業の活動も大きいですが、婦人問題の運動家とか学者が生活の合理化を唱えて啓蒙普及活動に励んだのもあるでしょうね。
 で、鍵山氏のご高説ですが、小生には今ひとつ納得できません。同じ成果をあげるのにより少ない労力で済む/同じ労力でより大きな成果を上げることは「合理化」でありまして、まずもって大変結構なことだと思います。合理化を実行するには、状況の分析力・解決を編み出す発想力・アイデアを実現する実行力などが問われ、これはなかなか大変なことです。しかして特に企業経営においては、これが重要なことは論を俟ちません。
 家事の世界で合理化が進んだことは否定すべきではないし、ことトイレに関してはTOTOやINAXなどによる技術進化もめざましい物があると思います(小生の家の便器も数年前にリフォームして取り替えましたが、汚れがつきにくく落ちやすくなっています。おまけに水使用量まで減っています)。然るに、鍵山氏の会の清掃法は、どうもそういったことを一切顧慮に入れず、熱湯や紙やすりを使い、あまつさえ感染症の危険性も埒外に置いているようです。
 以上の問題点については、こちらの「七転び八起き日誌」で経験者の方が縷々指摘しておられます。小生は、合理性を欠いた行為に従事することへの教育的効果は疑問視せざるを得ません。

 でまあ、ここで言いっぱなしなのもあれなので、ふとここら辺までウェブ上の情報を読んで思いついたことを発展させるべく書架から一冊の本を取り出しました。
 岩波文庫の『谷崎潤一郎随筆集』を。
 どういう関係があるかって? 有名な「陰翳礼賛」の中で、谷崎が便所のことを色々書いているのですな。
 私は、京都や奈良の寺院へ行って、昔風の、うすぐらい、そうしてしかも掃除の行き届いた厠へ案内されるごとに、つくづく日本建築の有難みを感じる。(中略)数奇屋普請を好む人は、誰しもこういう日本流の厠を理想とするであろうが、寺院のように広い割りに人数が少く、しかも掃除の手が揃っている所はいいが、普通の住宅で、ああいう風に常に清潔を保つことは容易ではない。取り分け床を板張りや畳にすると、礼儀作法をやかましくいい、雑巾がけを励行しても、つい汚れが目立つのである。で、これも結局はタイルを張り詰め、水洗式のタンクや便器を取り附けて、浄化装置にするのが、衛生的でもあれば、手数も省けるということになるが、その代り「風雅」や「花鳥風月」とは全く縁が切れてしまう。彼処がそんな風にぱっと明るくて、おまけに四方が真っ白な壁だらけでは、漱石先生のいわゆる生理的快感を、心ゆく限り享楽する気分になりにくい。なるほど、隅から隅まで純白に見え渡るのだから確かに清潔には違いないが、自分の体から出る物の落ち着き先について、そうまで念を押さずとものことである。
 といわけで、清掃をすること自体が目的であるならば、便所の構造自体も変えてしまったらどうでしょう。「伝統」とやらを重視する「教育再生会議」やら「教育再生機構」やらのご理念とも一致するかと思いますが。
 もっとも、谷崎先生のご意見がかなり偏ったものであることは念頭に置いた方がいいと思いますけど。大体昭和初期に水洗便所を「手数も省ける」といって導入するというのは、ごく限られた階層の話でしょうな。
 そして、谷崎先生は結構な(ノーベル文学賞級の)「変態」であられるということです。作品は面白いけれど、かといって一般の教育理念に安易に適用できる価値観じゃないですね。

 さてここで「変態」ということで思いついたことが。
 19世紀のヴィクトリア朝では、中間以上の階級は子供をパブリックスクールに送り込むことを当然と見做していました。そして全寮制のパブリックスクールでは、罰則としての鞭打ちが始終行われておりました。鞭打ちが当時の英国人の人格陶冶について如何なる影響があったのかを記した文献は読んだことがありません。ただ、どうも現在のSM趣味の原点はヴィクトリア朝の鞭打ち趣味にあり、そういった趣味がこの時代に生まれたのは、パブリックスクールのこういった仕組みによるとする説が有力なようです。
 さてここで、素手素足のトイレ掃除が、上掲「七転び八起き日誌」にあるように教育現場に取り入れられている状況が将来的にもたらす影響を、ヴィクトリア朝の先例を斟酌して推測しますと。

 次はスカトロ趣味が来る、と考えられます。

 実際、上のブログに「便器の水こしにビールを注ぎ飲む者さえ居ると聞く」とある(ソースが不詳ですが)ことからもその線は高そうです(笑)。変態が増えること自体は、案外世の中住みやすくなりそうかもしれませんけど。
 駕籠真太郎先生の作品を愛読している小生の趣味は、時代の先端を行っているのだ、なんて。今度、町野変丸にも手を出してみるか。

 ちなみにこんなことを思いついた直接の理由は、小生のパソコンのIMEは「そうじ」と打って変換したら第一候補が「双児」だったからです。『エロマンガ・スタディーズ』の索引を作ったせいですね。

※このネタの続きはこれとかこれとか
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by bokukoui | 2006-12-26 23:59 | 時事漫言 | Trackback | Comments(6)

聖夜の雑話~教育を巡る2題

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 吾妻ひでお『失踪日記』イーストプレス(p.164)より。
 12月25日、という日付でまず思い浮かんだこと。

 今日の小生は、女子高生とふたりっきりで・・・









 世界史の授業をしてました。
 他の生徒は諸事情により休み。お題が第1次大戦なので(冬期講習は20世紀を重点的に扱う予定)、調子に乗って巡洋戦艦ゲーベンやシュリーフェンプランについて一席ぶちました。女子高生にこういう話をして喜んでいるところ、生半可な風俗より変態プレイかもしれません。

 そういう変態が多いから、ということとはまったく関係ないでしょうが、ノーベル賞を受賞した野依良治博士が「教育再生会議」座長として「塾の廃止」を唱えていたことが最近報じられ、話題となりました。
 本件に関しコメントしておられる方は多く、その非現実性であるとか、優れた科学の研究者が社会政策において同等の見識を発するわけではない(この二つは決して相反するものではなく、むしろ相関しうると小生は思うのですが・・・)、自分の体験の絶対視等々の問題点は指摘しておられる方もおられるようです(畏友の「憑かれた大学隠棲」氏も書かれていますね)。
 ここに小生が一点付け足すとすれば、野依博士のお説のごとく「公立小学校で放課後に児童を指導し、「祭り」「演劇」「ダンス学芸会」などを体験させる「放課後子どもプラン」」について「塾をやめさせて、放課後子どもプランをやらせないといけない」とすることには、おそらく現今のもうひとつの重要な教育現場の問題であるいじめの対策と相反する可能性があるのではないか、ということです。
 子供の生活する世界に学校の占める位置付けがあまりにも大きいと、いじめに代表されるトラブルに遭遇した場合、学校に対する絶望を世界全体への絶望と取り違えて最悪の選択をしてしまう危険性が高まるのではないでしょうか。その際に、塾のような学校と別個の生活の一角をなす拠り所があると、そこまで思いつめることもなくなるのではないかと思います。
 ああ、もちろん地域でサッカーするとかでもいいんですけど、地域活動は学区制の学校の場合学校の縁が持ち込まれやすい気がするので、それも切り離せるという点、塾は肯定的に評価すべき性格を持っていると思います。
 ・・・まあこれも、中学受験経験者の個人的経験に基づくもので、到底一般化できないという面では野依博士と大同小異なのかもしれませんが。あと小生は、小学校で特に辛い目にあった記憶はあまりなく、殊に5・6年の担任の先生は、中学受験が多く2月1日は学級閉鎖状態の学級を良くまとめておられたと思います。

 ここで「部活」の文字を見て突然思い出したけど、今日の授業中女子高生に
「スポーツマンシップとは三つの差別から成り立っている。
 貴族・ブルジョワジーの労働者に対する階級差別。
 白人の黄色人種・黒人に対する人種差別。
 そして男の女に対する性差別である!」

 と、一席ぶちましたな。『機関銃の社会史』に影響されすぎだと我ながら思いますけど(苦笑)。
 でもまあ、19世紀の歴史を振り返ればそんなもんでしょ。
 で、もうちょっと真面目に言えば、学校教育現場における「部活」、運動系のそれは、色々と再検討すべき余地が大きいと思います。
 「放課後子どもプラン」も、こういった視点を持っている小生からすると・・・放課後の選択肢は学校と別に整備した方が・・・。

 話を戻します。
 塾を廃止するといえば、もう随分昔に筒井康隆が「廃塾令」という諷刺小説を書いていました。野依先生はじめ「教育再生会議」の面々はそれを知った上でネタをしておられたのでしょうか。マスコミ関係者で筒井先生に取材した者がいないらしいのは残念です。
 それにしても。
 筒井康隆のネタを政府の会議で真面目に発言するとは、筒井康隆の目の鋭さも勿論あるにしても、現実とフィクションの壁なんて実はごく薄いということなのかもしれません。

 現実とフィクション、という論点が急に出てきたのは、こんなニュースも今日入ってきたからです。
 有害ゲーム、コミックは業界自主規制を 研究会
 児童ポルノ対策強化を=コミック自主規制、業界に要請へ-警察庁研究会
 後者の記事を引用しておきましょう。
 警察庁の「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」(座長・前田雅英首都大学東京教授)は25日、子供を性行為の対象とする内容のコミックやゲーム、アニメについて、誤った認識を助長し、犯罪を誘発する可能性があるとして、関係業界の自主審査や販売規制などの対策強化を求める最終報告書をまとめた。

 特に幼い子供を描くポルノコミックが、同人誌の即売会やインターネット上で多数販売されている現状に懸念を示した。同庁は報告を受け、業界に取り組みを求める。
 研究会のサイトはこちら、報告書はこちら(pdf)。
 補足しておくと、座長「前田雅英」のウィキペディアの項目が編集合戦のような状態になっています。
 別に先日書評したから言う訳ではありませんが、この研究会の方々、「研究」と題されるからには、永山薫『エロマンガ・スタディーズ』もお読みになられたのでしょうね? 最後の研究会にはぎりぎり間に合ったはず。「前田雅英」のウィキペディアの項目に引用されている内閣府の議事録(これこれ)の中で、前田氏とやりあっている瀬地山角氏は、その昔研究のためにエロマンガを読み比べたそうです(『お笑いジェンダー論』勁草書房 男がフェミニズムを研究することの意味を述べている点が初学者むけかと)。

 それにしても。
 結局のところ、何かを悪者にしてそれに責任を押し付けようという点では、教育再生会議もバーチャル~研究会も同じことなのでしょうね。人は自分の信じたいことを信じるわけで、そのメディアが小説であろうがテレビであろうがゲームであろうが携帯電話であろうが、そして教科書であろうが、その差をあまり大袈裟に言い立てるのは、あまり事態の解決に貢献するとも思えません。結局それは「おまじない」でしかないわけですから。教育基本法「改正」もまたお題目的側面が限りなく強かったことからすればある意味なるべくしてなった事態であるといえますが。
 小生が思うに、教育の価値とは、何かを悪者にしてそれでことは済んだと思わないような思考力を身につけることではないかと。地味地味と、日々その実践に励むことと致しましょう。(←シュリーフェンとどう関係あるのかね?)

※追記。
塾講師にしてエロマンガ作者であったという、今日の記事で扱ったような問題に関するもっとも適切な論者であろうと思われるカマヤン氏が、後者の問題について発言しておられます。参考になる資料もあるのでリンク。氏が塾の仕事で多忙な中、記事を書かれたことには頭が下がります。小生如きのコマ数で音を上げていては駄目ですね。
 ・・・野依博士、塾関係者がテンパってる冬休みの前にこんな発言をするとは、狙ってたんでしょうか?
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by bokukoui | 2006-12-25 23:59 | 時事漫言 | Trackback(1) | Comments(7)

今日の秋葉原駅前~「クリスマス粉砕闘争」見学記

 こちらの記事の続き。
 この中に出てくる「革命的非モテ同盟」12月24日クリスマス粉砕闘争を見てきました。
 我ながら物好きとは思いましたが、「反白色テロル大連帯」に関する記録を書いた者としては、その影響を受けた活動家が現れたとなれば状況を実見しておきたいものです。

 で、何とか時間をやりくりして、開始時間の12時ちょうどごろに秋葉原駅前に到着しました。さすがに年末の日曜日だけあって多くの人出で賑わっています。
 以下、撮影した写真を掲載します。

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by bokukoui | 2006-12-24 23:58 | 出来事 | Trackback | Comments(5)

今日の東急デハ5001号の状況(15)

 やや間が開きましたが、今日は色々と収穫がありました。

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by bokukoui | 2006-12-23 23:58 | [特設]東急デハ5001号問題 | Trackback | Comments(1)