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夏風邪 附:「みすず」雑感

 どうもそんな感じ。絶不調。
 そんなに蒲柳のたちでもあるまいにと思いつつ、しかしこの一月あまりずっと風邪みたいな状態のままだったような気も思い返すとします。運動をまったくしないからなのかもしれませんが、運動するくらいなら死んだほうがマシです。
 「運動会」は体育の運動ばかりじゃない、政治運動や市民運動でも、というネタは久米田康治先生の『かってに改蔵』であったなあ。過激派スタイルの地丹の絵のバックに岡林信康「友よ」の歌詞が書かれていて爆笑した覚えがあります。何人分かるのか。高校生の頃、学校の音楽祭で「友よ」を歌おうと提案しましたが、共産趣味を小生にはじめて教えてくれた友人一名が共産、もとい協賛してくれただけで速攻却下されました。もう十年も前のこと。

 書きたい話はいろいろありますが、そういう事情で今日は時事的話題でお茶を濁させていただきます。

 「みすず」きょう解散 監査の信頼回復急務 移管作業は混乱なし

 「みすず」という名前にかかわる話題を以前書きましたが、とうとう解体ということで、企業経営に対する見方の移り変わりにいささかの感慨。ここんとこ付き合っていた戦前の電鉄の営業報告書など見ると、どうも怪しい会計操作っぽいものが目に付いて、読むのにいろいろ首を捻り通しだっただけに一層その感を深くします。もっともその戦前(大正時代)の経営は、株主重視の情け容赦ない経営という点で、ある意味今よりもむしろ「アメリカ的」だったとも思いますけど。
 ま、これで「みすず」検索結果のトップが再びみすず書房の手に戻る日も近いでしょう。でもまだ山本義隆先生の『一六世紀文化革命』は資金繰りが苦しくて購入できておりませんし、そもそもいつぞや買い込んだマクルーハンもクリステヴァも未だに手をつけていないのでありました。

 昨日の記事も一応完成したし、今日のところはこれにて休養。
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by bokukoui | 2007-07-31 23:57 | 出来事

小田実氏の訃報に接し若干の感慨

 右足に奇態な痣が出現。赤城農相を襲ったかぶれの同類か。
 尾篭な話で恐縮ですが、ここ一月あまり消化器の具合も思わしくなく。

 表題の如く小田実氏が亡くなられたという報を新聞で読みました。
 小生は氏の代表作『何でも見てやろう』を読んだことがあります。そも遡れば、本書の題名を知ったのは、北杜夫氏のエッセイを読んだ時のことでした。なんでもどこぞの書評に、小田氏の『何でも見てやろう』と北杜夫氏の『どくとるマンボウ航海記』を比較して、「小田実のユーモアは、北杜夫の白痴的ユーモアよりも数等優れている」などと書かれていて、読んだ北杜夫氏がフンゼンとするという話が載っていたのでありました。出典のエッセイの本が思い出せないのですが・・・。
 で、大学に入ってから、確か何かのバイトで小田実の書いたものをざっと読む機会があり、その際に読んだ内容をMaIDERiA出版局の「今週の一冊」の中で使ったりもしましたが、その時に『何でも見てやろう』も読み通しました。結構面白かったですよ。
 で、小生が小学生の頃から愛読していた『どくとるマンボウ航海記』と比較した時、一昔前の書評者が『マンボウ』を「白痴的」と評した理由が少し分かった気もしました。『マンボウ』には直接的な社会批評的内容は全くといっていいほどないのです。言い換えれば、小田氏の作品は『何でも見てやろう』という通り、世界一周して「見てやろう」という問題意識が強くあります。しかし『マンボウ』にはあんまりそういうのがないんですね。こだわって見に行くのはトーマス・マンゆかりの地ぐらいなもので、その問題意識の(表面的な)なさが評者をして「白痴的」と言わしめたのでしょう。
 でも小生思うに、それこそが『マンボウ』の優れた点ではないかと。「見てやるぞ」と構えたところがない故に、出会った事象に対して普通の人には思いもよらない面白い観察と表現をなしえて独自のユーモア世界を形作っているのであります。まあ、これは当時の堅苦しい思想に嵌った(マルクスが堅苦しいのではなく、嵌り方が堅苦しいのだと、一応そうしておきます)書評者の目が曇っていたのであろう、そう思う次第。

 肝心の『何でも見てやろう』の話に戻して、同書で小生が最も印象に残ったエピソードを以下にご紹介。
 それは小田氏がギリシャに行ったときのこと、一ギリシャ青年が以下のように小田氏にぶちまけます。

「こんな国ってあるだろうか? 世界中の国の教科書で、最初のページではこれだけ詳しく登場し、その後二度と出てこない国なんて」

 記憶にのみ頼っておりますのでうろ覚えですが、確かこんな趣旨だったかと。
 言われてみれば確かに。日本の世界史の教科書では、その後登場するのは1830年の独立ぐらいですかね。しかしこのギリシャ青年の見方も今にして思えば偏っている面もあり、ビザンツ帝国とは事実上ギリシア人の国であったし、オスマン帝国でもギリシア人の存在は大きかったわけで。
 近代ギリシア史をちょこっと読むと、近代のギリシアというのはかなり国家運営(特にキプロスの件とか対トルコ政策周辺)がアレな国のように思われ、しかしそんなハタから見てアレな運営をしてしまうのもこの青年がぶちまけたがごとき偉大すぎるご先祖の名が、強力なアイデンティティを形成すると同時に重荷になってしまっているからなのかもしれません。

 話を戻して、兎角評判のある小田氏ではありましたが、ベ平連の活動はやはり時代に名を残すものであったと思うのでありまして、しかし結局その系譜を継いだ市民運動というのはできなかったのかな・・・。どうもわが国は「市民運動」というのが根付きにくい傾向があるのか、根付くような政策があまり顧慮されなかったのか、ネットの普及も必ずしもその傾向を変えるに至っていないのかと思うことがあります。ちょうど一月前の「アキハバラ解放デモ」のことなど思い出すにつけ。なんか小生がネットをやっていないうちにいろいろあったみたいですけど。

最後に余談。
 「白痴」って変換候補に入っていないんですね。「白雉」はあるのに。
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by bokukoui | 2007-07-30 23:57 | 時事漫言

いろいろと

 建て直し中です。
 あ、今月は「よりぬき『筆不精者の雑彙』」6月分の更新もしてませんでしたね・・・よろず当分先送り状態になりそうです。
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by bokukoui | 2007-07-29 23:58 | 身辺些事

凹み中

 作業に作業に問題が発見され、激しく凹んでおります。
 色々と進めていることがらの優先順位について、再検討する必要があると言わざるを得ません。今更どうしたものかと・・・。

 先日新しい地図帳を買って、ひらがな市町村名の増加にいささかの感慨を抱きましたが、今回の参議院選挙の候補者一覧を見て同じような印象を受けました。あまりに特異な漢字の場合はともかく、投票所には候補者の名前も掲示してあるのだし、そこまでひらがな表記にせんでもいいのに、と思いました。特に「維新政党・新風」もそんなことをしているとは苦笑。旧字体でも使った方がらしくないかい?
 比例でひらがな表記の人名のない党は「新党日本」だけですか。むしろ有田芳生氏の名前は読み方が分かりにくいのでひらがなにしても良いような気がしますが・・・「よしふ」という響きはちょっと不穏ですかね。カタカナで書くと特に。

 黒川紀章の「共生新党」という党名を見るにつけ、駕籠真太郎先生の「動物の王国」という作品に出てくる「共生党」を思い起こしてしまいます(『ハンニャハラミタ』収録)。動物愛護から暴走した無茶苦茶な政党という設定でした。


 選挙についてまじめに考えていることもありますが、時間も精神的余裕もないのでそっちは省略。
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by bokukoui | 2007-07-28 23:59 | 出来事

暑気あたり 附:車中点景・やおい篇

 いろいろ駆け回って、そんな感じです。

 駆け回って帰宅の際、荷物は多いし気温は高いし、駅からバスに乗って帰ることにしました。バスはそれほど混んでおらず、座ることができました。小生の前の席には、黒い和服に身を包み、医療用らしいアルミの杖をついたお婆さんが座っていました。こういっては失礼ですが、少々御髪が薄くなっておられ(杖から察してもご病気なのかも)、結構なお年と拝察しました。バスに乗る際に横浜市の敬老パスを出していましたから、少なくとも70歳以上であることは確かです。
 で、走り出したバスの車内で、そのお婆さんは手提げ袋からなにやら書物を取り出し、老眼鏡をかけてぱらぱらとページをめくっておられました。巻末によくついている、既刊の書籍の案内ページのようです。いつもの癖で自然と目が行きます。
 小生は目を疑いました。

 どう見てもやおい本です。

 お婆さんが見ていた本は、アルルノベルスなるレーベルの、妃川螢著・実相寺紫子絵『恋におちたら』という作品でした。
 これはもしかして、やおいを好む女子、いわゆる「腐女子」のさらに進化した「腐婆」・・・というのはなんか失礼だし麻婆豆腐みたいだし、「腐媼」なんて表現でどうかとか暑さにうだった頭で一瞬考えてしまったのですが、冷房で頭を冷やして冷静に考えるに、おそらくこの著者か絵師がこのお婆さんのお孫さんか何かに当たるのではないかと、そのような仮説を立ててみました。実際お婆さんは、巻末の既刊案内ページを中心にぺらぺらページを繰っただけで、本文には碌に目もくれずまた手提げ袋に仕舞い込んでおられましたので。

 実はこの一件で小生が気になったのは、お婆さんがやおい本を持っていることよりも、巻末の既刊案内にあった次の本でした。

 宮川ゆうこ・桜遼『レールウェイポリスに口づけを』

 やおい本で鉄道を舞台にしたものが幾つかあるらしいとは聞いておりましたが、最近アニメ化もあって耳にする鉄道好きの女子の方々、いわゆる「鉄子」の方々の中には、このような作品を好ませ給う方もおられるのでしょうか。
 ま、鉄道は(最近はともかく)男ばっかりの職場の代表的なものでしたから、やおい作品の舞台としては結構使いやすいという事情かもしれません。昨今の「鉄子」流行がそれなりに深いものなら、より本格的な設定の鉄道を舞台としたやおいものも売れるかもしれませんね。小生もひとつ考えてみましょう。

 ・・・それは国鉄がまだあったころ、駅員と乗務員の間に生まれた禁断の愛。なぜならば駅員は国労、乗務員は動労。労労紛争が二人を引き裂かんとすればするほど一層愛は燃え上がる。数少ない理解者(でひそかにどっちかに惚れてる。ここの微妙な関係が中盤の肝か)の助役が下位職代行して二人の愛を支えていた。しかしそこに襲いかかる葛西大明神の魔の手国鉄改革の大嵐。孤立していた二人は新生JRへの移籍を周囲の妨害で果たせず、もはや二人は国鉄の如く分割民営化されるは必定。ならばいっそ現世は清算事業団、とばかりに二人は鉄路に身を投ずる。途端に二人の愛を引き裂いていた労組は彼らを「国鉄改革の犠牲者」に祭り上げて不毛な裁判闘争に乗り出し、ただ一人この愛の真実を胸にとどめた助役は、傷心を抱いて地方の第三セクターへと去っていくのであった。
 社会派やおい小説として如何でしょうか。

 つまりバス車内で見かけたやおい本案内と、最近起こったJR社員の新幹線投身と、長いこと積んでおいてやっと最近電車の行き帰りにさらっと片付けた葛西敬之『未完の「国鉄改革」』の印象とが、蒸し暑い気候によって脳内で蒸された結果、かかる妄想が生まれたということです。
 ・・・あー、おとなしく戦前の私鉄の経営分析に戻ることとします。
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by bokukoui | 2007-07-27 23:59 | 書物

昔のものを読んでいるときに思うこと

 いつかまとまった形で書きたいと思っているけれどまとまりそうもないのでここに書いておくことにします。

 戦前期、殊に満洲事変以降のさまざまな日本の出版物には、「愛国」的な言辞が溢れております。企業関連のもの、例えば小生専門の電鉄関係でも、電車で神社参拝に行くのは天皇関係の「聖地巡礼」であると宣伝しているような。これは大阪電気軌道(今の近鉄)の例ですね。
 こういうのを取り上げて、原武史氏は天皇中心の大日本帝国の論理が関西の私鉄王国を飲み込んだのだと評されていたかと思いますが、小生思うにこれはただ単に時局に乗ずることで消費者がそれを口実として消費活動(この場合は電車に乗る)をしてくれればいいというだけのことで、「帝国の論理が浸透」などという大げさなものではないのではないか、そう思います。これは他のさまざまな「愛国」的要因を強調したかに見える企業宣伝類も同様だと思いますし、また宣伝にとどまらず自分の主張をもっともらしく見せるときの適当なツールとして使っていただけという面はかなりあるでしょう。だから敗戦後、ツールをあっさり取り替えられたわけで。
 つまり何がいいたいかというと、最近万事につけ、とりわけCMなどでよく使われている「エコ」という言葉、その社会的役割は当時の「愛国」と大体似たようなもんじゃないか、ということであります。

 ということは今の論文の趣旨に関係ないので、今はこれ以上突っ込んでいる暇なし。機会があればまた考えて見ます。あとこのブログで悪口ばっかり書いてる原武史氏については、近著『滝山コミューン一九七四』は新刊紹介を読んで激しく食指が動いており、論文が終わったら是非読みたいと思っています。鉄道以外のことを書いた本なら面白く読めそう?

 与太はともかく、今日も作業はそこそこ進んだものの、引っ張りすぎて他の所用も重なっており、しっちゃかめっちゃかです。ついでに、パソコンはまったくネットに繋がらなくなりました。メール環境は当分復旧の目処が立っておりません。申し訳ありませんがこれも論文後に対策します。
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by bokukoui | 2007-07-26 23:59 | 歴史雑談

二歩前進一歩後退

 論文の方は少なくとも進んではおりますが、ネットのトラブルの方はより悪化しているようで、今日はうんともすんとも言いません。パソコンそのものも挙動不審気味です。というわけでメールの送受信がほとんどできておりませんので、連絡不行き届きとなっておりますことを重ね重ねお詫び申し上げます。
 論文の区切りがついたら、本格的に修理に取り組む予定。

 瞼に炎症ができて目医者通い。片目だけコンタクトレンズを入れていると左右の視力バランスが極度に偏るので、なんだか変な感じです。さっきまで普通に見えていたものが角度しだいで突如ぼやけたり、どうもくたびれます。悪いときには悪いことが重なるもので。

 書きたいこと自体はいろいろあるんですけどね・・・まだしばしこんな調子かもしれません。もし繋がって、少し余裕があれば、そのときにちょこっと書くという、不定期更新にするかもしれません。
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by bokukoui | 2007-07-25 23:59 | 身辺些事

地図帳新調

 気がつけば世間は夏休みの季節になりつつあり、バイト先の塾では夏期講習のシーズンとなっておりました。
 で、今年も地理を教えることとなりましたので、数年ぶりに地図帳を新調。これまで使っていた地図帳には「東ティモール」という国がなかったり、また国内も平成の大合併があったりして、そろそろ新しいのが欲しくなってきた次第で。
 今回は二宮の2007-2008版を誂えましたが、以前持っていた同社のそれと比較すると、スペインの国内の行政区分が新たに掲載されていて感心。以前同社のを買ったのはイタリアの州が載っていたから、という理由が大きかったりしましたが、この調子でイギリスも州ごとにちゃんと区分した図を載せて欲しいところです。
 一方国内は、平成の大合併で平仮名・カタカナの怪しい地名が大量に出現し、慨嘆することしばし。そしてまた、最新版にもかかわらず3月に廃止になった鹿島鉄道はまだ線路が掲載されており、これはこれでまた思い出に暮れることしばし。

 とまあ、論文を引っ張りすぎて他の用事に食い込みつつあり、あと数日で何とか・・・。
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by bokukoui | 2007-07-24 23:56 | 身辺些事

ピストンリングと海老の天ぷら

諸状況変わらず。

というわけで、もし繋がったら何か書きます。メールやファイルの送信は相変わらず困難です。すみません。

(以下後刻加筆)

 繋がったのでやくたいもない話。

 このたびの地震で最も評判が下がったのは東京電力ですが、一方大いに名を上げたのは、その操業停止によってピストンリングなどの生産が止まり、全国の自動車メーカーも生産が停止したリケンであろうかと思います。幸い操業も再開したそうで。

 で、この社名を聞いてあの戦前に名を馳せた理化学研究所の名を引き継ぐ会社がいまなお健在、どころかこれだけ重要な存在であり続けていることにいささかの感慨を催したのですが、小生しっちゃかめっちゃかの書架をひっくり返しているときに、自分が理化学研究所所長・大河内正敏の著書を一冊持っていたことに気がつきました。それで思ったことを若干。
 といっても農村工業の本とかではなくて、中公文庫の『味覚』という薄っぺらい文庫本です。これは戦犯容疑でひっくくられた大河内が巣鴨の中で回顧したうまいものの話が中心ですが、単にうまいものの話ではなくて、今まで見捨てられていた食材を有効活用して日本の食生活を栄養豊かにし、そしていっそ食うなら旨く食うように美食家の知恵で工夫して、もって日本の再建にも役立てようという意図が込められています。巣鴨の中でも意気軒昂ですね。

 食物について書いた本が好きで多少集めている小生ですが、本書はその中で結構好きな部類です。上の説明だけ読むとあんまり面白くなさそうですが、大河内正敏の食へのこだわりが政策論的な堅苦しさを払拭して面白く読めます。
 食についての本の中で小生が一番好きな種村季弘『食物漫遊記』で、種村氏は「食については大食いをやったことのあるような人でなければ信用しない」ということを書いています。食にまつわる原始的欲求を無視したお上品なものは読んでつまらない、という趣旨だったかと思います。で、種村氏の視点から見ても大河内博士の本は合格ではないかと思われる逸話が、これは子母澤寛『味覚極楽』の中に載っていたのを思い出しました。
 何でも大河内正敏は天ぷらが大好きで、ミツワ石鹸の社長の天ぷら会に招かれたときに、海老天を38匹食ったのだとか。ようやるな。

 何が言いたいのかといえば、暑くなってきたので海老天つきの天ざるが食いたいと思ったと、それだけです。発端の話題からどこへやら。

 益体もない話はおいてまた作業へ。
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by bokukoui | 2007-07-23 23:53 | 食物

従前のごとし 附:備忘・「東京大学オタク物語」向け資料

論文も、機械も。

(ちょっとでも繋がったら加筆するかも)

 繋がったので加筆。

 ここんとこブログがこんな調子で、ましてMaIDERiA出版局サイトは完全放置なのですが、ここ数日妙にアクセスが多かったりします。ブログは当社比5割増、出版局サイトに至っては10倍近く。ハテなんでだろうとアクセス解析を辿ったところ、先日話題にした『魔法少女リリカルなのは』の女装コスで東大駒場キャンパスの生協に買物に行ったというW/Hさんのブログ記事で、「東京大学オタク物語」がご紹介いただいていたためであるということが判明しました。既に拙文をご存知でいてくださったようで恐縮至極。

 それと関連して、というわけでもないですが、もしかしたら「東京大学オタク物語」と関連するかもしれないネット上の記事を備忘として以下にスクラップ。
 「烏蛇ノート」さんとこの掲示板のお題「非モテのハナシ」にて、東大卒で「恋愛弱者」な方が登場し、議論が展開されております。もっともこのスレッドの議論はあまりに多岐に渡って展開しているので、学歴関連の話は副次的なものでしかないようですが(忙しいのでとてもこの膨大なやり取りを読んでいる暇がない)。おそらく「何のために議論をするのか」という目的意識のズレがハナシをややこしくしているのだろうと思いますが、ただそれでも場を継続させようと努力されている皆様の努力には敬意を払う次第です。

 では論文に戻るとします。
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by bokukoui | 2007-07-22 23:53 | 身辺些事