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Gmail アカウント取得

 下の記事での某後輩氏のお勧めに従い、とりあえずの連絡用に Gmail のアカウントを取得しました。
 bridge.unit(アットマーク)gmail.com
 です。当面、こちらならばメールが通じるかと思います。

 この8月は熱中症でなければ夏風邪でずっと熱を出していたようなもので、何とも最悪でした。子種が無くなっているかもしれません、という下ネタはさておいて、皆様にいろいろと不義理の段、改めてお詫び申し上げます。
 定期更新の再開はまだしばらく。
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by bokukoui | 2007-08-30 17:45 | 身辺些事

パソコン逝く

 何とか小生の体調は復活の方向に向かいつつあります。今日の天気が比較的涼しいのも幸いしました。
 しかし、一月ほど前からネットに繋がらない症状が出ていたパソコンが、とうとうすっかりおかしくなってしまいました。これまでは部屋を極度に冷やしてだましだまし作業したりして使っていましたが(これやると体が持たないのですが)、言うことを聞かなくなってしまっています。修理するか買い換えるか今この記事を書き込んでいる別の機械を使うかなど、代替手段をちゃんと講じないといけません。メールが使用不能になって久しいので、hotmailあたりを復旧までのつなぎにアカウント取るかも。

 というわけで、こんな状況で所用が片付かず、ブログの更新はしばらくこんな調子です。コメントしてくださった皆様には返信が滞って大変申し訳ありません。コメントはありがたく読んでおりますので。
 ・・・って、しばらくこのブログ放っといた割に、ここ暫くアクセス数が妙に増えてますね。小生の死亡情報でも流れていたのでしょうか。
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by bokukoui | 2007-08-23 16:34 | 身辺些事

元の木阿弥

 株価に連動してか、また調子が・・・。
 帰省もどうなることやら。

 コメントや怪しい画像は気長にお待ちください。
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by bokukoui | 2007-08-18 10:07 | 身辺些事

コミケのこと・鉄道趣味と博物館雑感など

 色々とお騒がせ致しましたが、そしてここ一月多くの方に大変不義理ばかりで申し訳ありませんでしたが、体調もある程度マシになってきたので、旧来のペースに戻していくように努力していきたいと思います。用事が溜まっているので長い記事を書いている暇はないですが、コメント返信などからボチボチと。

 とりあえず喫緊の告示として今週末の件。
 先にお伝えしたとおり、MaIDERiA出版局は落選したので今回のコミケには参加致しません。但し在庫の委託を3日目(日曜日)の東ポ-48a「原辰徳前監督」にて行います。といっても置くのは『英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891~1900【改訂版】』だけですが。在庫が幾らでもある、と思っていたら、数えたところ5,60冊程度まで減っていました。改訂版を出してから1年間、結構ご愛顧いただいたようで有難い限りです(売上ペースが改訂前の旧版時代と比べ落ちていない)。でももう増刷することは多分ないと思いますので、ご関心のある方は是非どうぞ。
 なお小生は、今週末はどうしてもよんどころない家庭の事情で帰省せねばならず、会場にはおりませんので何卒ご諒承下さい。

 今回のコミケは久しぶりにメカミリ分野、つまり鉄道趣味者や軍事マニアの連中の出展日が3日目に戻ったようですね。鉄道趣味はマンガ『鉄子の旅』成功とアニメ化のせいか最近妙に脚光を浴びることがあるようで、昨日もテレビ東京のWBSにてブームの背景を探るという企画で取り上げられていました。
 一般論としては裾野が広がることは結構なことだと思いますが、といってWBSでビジネスとして云々と取り上げられると正直あまり嬉しい気分ではありません。そのニュースでは、昨今「オタク」ビジネスが脚光を浴びた結果、古くからある鉄道も表に出てきたみたいに纏めていました。なんだかなあ。
 昨年閉館した交通博物館に代わって大宮にJR東日本が建設している鉄道博物館(10月開館予定)では、交通博物館より学芸員の人数が減らされたために、所蔵している文書史料類を図書室で公開することが難しくなっているそうです。元々交通博物館でも図書室は日曜日しか開いていませんでしたが、これは人手が足りなかったからだそうで、それが改善されるどころか逆方向になってしまったのは、やはりJR当局が交通博物館をテーマパーク的に利益を出そうとしていて、そういった「博物館」的機能に無頓着だからのようです。
 なるほど鉄道趣味が「ビジネス」ならそうすることになるのでしょうが、博物館の機能はテーマパークとは異なると思います。短期的な利益を追いすぎると、かえって長期的には好ましくない結果を招くことになるのではないかと。日本の鉄道は、博物館で過去の業績を蓄積しておくだけの価値は世界的に見ても充分あると思うだけに。

 まあJRにおねだりばかりしても埒が明かないのなら、鉄道博物館はそういったことに手を出さない、と割り切って所蔵文書は国立公文書館に寄せるという方法もあるかと思います。本音を言えばそうしてくれた方が嬉しいです。大宮は遠いし、電車代もかかるし(苦笑)。

※追記:鉄道博物館を開館前に見学した記事はこちら
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by bokukoui | 2007-08-16 12:47 | 鉄道(その他)

退化したわたくし

 ようやく動けるようになって来ました。熱も下がって37度丁度くらいです。
 下でご指摘がありますが、どうも発汗作用による体温調節機能が低下しているようで、なんだか変温動物に退化しかかっているようです。運動すればよくなるのではないかと親に指摘されましたが、もちろん運動するくらいなら熱中症のほうがマシです。
 機械のほうは現在回復の目処なし。体が治ったらこっちも。コメントもいつかは返信を・・・

 mixiものぞいて見たところ、「秋葉原解放デモ」「革命的非モテ同盟」関連のヲチャの方の足跡がついていてちょっと驚き。なんか未だにネット界隈で揉めているようですが、一番根本的な問題はどこかへいってしまったようです。それなら小生も本件に関する秘蔵の画像を公開してやろうかとやくたいもないことを考えましたが、その前にするべきことが山積なのでありました。そもそも画像アップロードができるようになるのはいつのことか。
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by bokukoui | 2007-08-14 16:01 | 身辺些事

引き続き干物状態

 もうずっとへろへろです。何とか動き出さないと非常にまずいことは分かっているのですが・・・。
 どんなに冷房をかけても冷水を飲んでも、自分の体の内部が一番熱いように感じるのは何とも不愉快なものです。

 ついでに機械の方もまったく繋がりません(のでメールが全く不通です)。この書き込みは母親の機械を借用して書いておりますが、こいつも相当に挙動不審です。

 こんな報告ばかりでは申し訳ないので、先日のガーディアン・エンジェルスがらみの記事を何とか完成させておきました。何とか調子を戻して用事を片付けるまで、もうしばしこんな状況だと思います。コメントもいつか必ず。
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by bokukoui | 2007-08-11 21:05 | 身辺些事

家の中で熱中症

 いろいろとありまして、またベッドの日当たりが良すぎて表題のごとき状況に陥ったりして、ここ数日どうにもならずひっくり返っていました。何とか立て直していきますが、その間ブログの更新は不定期で頻度も落ちるかと思います。前回の記事の続きや、コメントの返信も遅くなってしまいますが、今しばしお待ちください。
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by bokukoui | 2007-08-08 23:23 | 出来事

デハ5001号の状況簡易版~ガーディアン・エンジェルスの展示

 このところの多忙で碌々調査にも行けませんで、さらに写真を撮ってもネットの状況からアップも出来ず、一月近くも間が開いておりました。さすがにこれはまずいので、所用のために渋谷を通りかかったのを機にちょっと覗いてきました。ただし、機器の状況から写真は今回はなしです。何卒ご諒承下さい。

(続きはそのうち掲載)

 さすがにこのまま長期放置は問題なので簡単に。
 主旨は二点です。

1.車内の展示が兎角評判のNPO団体「ガーディアン・エンジェルス」の紹介になっていた。

 この一連の観察記で、二度ほど(最初の記事と、その後の目撃記録)この団体について書きました。その段階では、言われるほど関係はないのかもしれない、と考えていましたが、今回はそうでもなかったようで。
 ただ、これまでの展示の経緯から徴するに、渋谷区も方針が決まらず、地元の商店街がどうこうするという話も途中から進展した気配がなく、結局たらい回しでGAに展示の番が回ってきた、ということのようにも思われます。いっそ一般公開のギャラリーにしたほうが有効のようにも・・・。

2.冷房、いまだ作動せず

 以前の記事でも触れましたが、デハ5001の車内には一応冷房機が設置されています。しかし室外機をどこに置くか決まっていないせいで稼動しておりません。その状況は未だ変わっていないようです。さすがに車内は暑いです。
 しかしこの調子では、夏の間にちゃんとつけられるのか・・・
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by bokukoui | 2007-08-04 23:58 | [特設]東急デハ5001号問題

『空間のイギリス史』より・お屋敷とメイドとナショナルトラスト

 引き続き頗る忙しいのですが、なんだかむしろそっちの方が何か書きたくてたまらないような、そんな妙な意欲が突発的に沸いてきて、何かトランス状態的な今日この頃です。しかし実際忙しくて時間がないのもまた事実なので、昨日同様引用を多めにすることで内容に代えさせていただきます。
 今日は久々にメイド方面に関係した話題です。

 という口上で紹介するのは、ずっと前から積んでおいて、暫く前に読んだこの本です。

川北稔・藤川隆男編
  『空間のイギリス史』
(山川出版社)

 歴史上の「メイド」に関心のある向きでしたら、川北稔先生のお名前は皆さんご存知のことと思います。『路地裏の大英帝国』の編者として名を連ねておられる方ですね・・・って、同じことを前にも書いた覚えがありますね。川北稔編・綾部恒雄監修『結社の世界史4 結社のイギリス史 クラブから帝国まで』についてこのブログで以前取り上げました時のことでした。で、この書物もやはり川北稔先生の名前に釣られて買ったようなものでした。
 本書は川北教授退官記念で出されたものらしく、『結社のイギリス史』と似て、300ページ足らずの本に20本の論文がひしめいています。それだけ一本一本は短いもので、実証というより問題提起の性格の強いものとなっています。そういう点で読み手を選びそうというのは『結社~』と類似してます。ただ、本書の場合は一応「空間」というテーマが設定されているものの、「結社」ほどその性格が決めやすいものではないですから、バラバラ感がより一層強くなってしまっているのは否めず、従ってやや印象が薄くなってしまいました。

 そんな中で、以下にご紹介する内容は、これまた『結社のイギリス史』の時に触れた、ナショナルトラスト運動についての箇所です。お屋敷、つまりカントリー・ハウスと、メイドさん、つまりサーヴァントが話の中に出てきますので、以下に引用しておきます。
 国民の遺産となるべき空間を保存するというトラストの目的は、創設以来変わっていないが、何を遺産として定義するかは時代によって変化してきた。第一次大戦後、三人のトラスト創設者や彼らを支えてきた中心メンバーが亡くなると、トラストの体質は保守化し、広く国民の参加を呼びかけるアピールは希薄となった。1930年代から50年代にかけて、トラストの主たる関心は、カントリー・ハウスというイギリスの伝統的支配階級の富と権力を表象する建物の保存に向けられた。もはや維持できなくなった地主貴族の邸宅を相続税の免除など優遇措置をとってトラストの資産とし、地主は一定期間、邸宅を一般公開することを条件にそのまま住むことを許された。こうした地主貴族の遺産を国民の遺産とするトラストの価値観は、近代以前の地主が支配した伝統的な農村社会を理想化する反動的なものという批判を受けた。また、同じ時期に労働者階級に広がったハイキングの流行など、大衆のルーラリズムとは乖離していた。
 しかし、トラストは、1965年にネプチューン計画と名づけられた海岸線の保護活動を皮切りに、一般への積極的なアピールを再開し、活発な国民の取込みを始めた。会員数は1970年頃からかつてないペースで急激に伸びはじめた。これは、自然環境保護への関心とリテッジ・ツーリズムの人気に支えられた結果だといえるだろう。国民の遺産は拡大され、ふたたび自然景観や、カントリー・ハウス以外の歴史的建築物の保存に積極的に乗り出した。カントリー・ハウスの獲得数は1960年代から次第に減少していき、逆に民衆の社会や文化を表象する建物の獲得や、既に取得していた資産の一般公開に努めるようになった。こうした資産のなかには、救貧院や農業労働者の住まい、セミ・ディタッチド・ハウス(大戦間期に中産階級や労働者階級上層部に普及した二世帯の共有住宅)などがあるが、それ以外にも、カントリー・ハウスで働いたサーヴァントの居住空間を再現し、カントリー・ハウスの所有者ばかりでなく、そこで働いた人びとの生活にも焦点をあてるという試みが始められている。
 こうした方向転換がなされたのは、時代遅れのエリート主義というトラスト内外からの批判が、「国民」の遺産を守るというトラストの存在意義を揺るがしはじめたからである。たしかにトラストは、遺産を定義することにより、特定の対象を国民の意識に刻み込むのに貢献してきたが、国民の側も、自分自身の興味や価値観をフィードバックし、トラストに影響を与えている。なぜなら、トラストは、国民の遺産を保存する団体としての正当性を維持するために国民全体のニーズに応える必要があり、さらに、会員数や訪問者の数が急激に増加するにつれ、会費や募金による収入が、財源の大きな割合を占めるようになってきたからである。トラストにとって、国民が信じたいと願う過去のあり方を創出することは、自己の存続にとって必要な条件であった。(pp.171-173)
 この後に、トラストによる過去へのまなざしは進歩の栄光という性格のものであったこと、こういった過去への嗜好が「イギリス病」の元凶と批判する声もあったが、イギリスの景気が良くなるとむしろこういった過去への嗜好が広く受け入れられるようになったこと、それがいわばイギリス自体をテーマパークにしているようなものではないかという批判もあること、などなど、なかなか興味深い話題があります。
 「国民が信じたいと願う過去のあり方を創出する」というのは、歴史の遺産を受け継ぐということの難しさを感じます。まあ日本はそれ以前の問題が大きいとは思いますが。また以前の記事でも書いたことですが、このように創られた「イギリス人の信じたい過去」に対し、日本人がどのような反応を示したのかという例として、メイドさんをめぐる話題は興味深いものであろうかと思います。
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by bokukoui | 2007-08-03 23:57 | 制服・メイド

アキハバラ前史?としての柴田翔「ロクタル管の話」 附・共産趣味など

 昨日の記事を鑑みるに、やはり慣れない自衛隊の話など書くのではなかったと思うばかりで、今日はやはり小生の好きな方の自衛隊に(多少)関係する本の話でもしようかと思います。
 で、自衛隊といって陸上とか海上とか航空とかなんてのはありきたりなわけで、ましてや『戦国自衛隊1549』などと言い出す手合いに用はありません。自衛隊といえば中核自衛隊。なんつったって陸海空より古いのだ。
 「革命的非モテ同盟」の古澤書記長が「アキハバラ解放デモ」の後に中核派だと叩かれていた時に、古澤氏は元自衛官だから、中核派ならこれがホントの中核自衛隊、という駄洒落をやろうかと思いましたが、どうもこの駄洒落が通じる雰囲気ではなかったので断念しました。

 枕が本題から逸れまくりなので、話を戻しまして。
 日経新聞の夕刊一面下段に、曜日ごとに筆者の変わるコラムがあり、その筆者は半年おきに交代しているようです。で、先月交代した今年後半のコラム執筆者の中に、芥川賞作家の柴田翔氏の名がありました。それで表題の小説のことを思い出した次第。

 柴田翔氏の芥川受賞作を収めた単行本『されどわれらが日々――』は、表題作(これが芥川賞受賞作)ともう一篇、短編を収めています。それが「ロクタル管の話」です。ロクタル管とは真空管の一種で、この小説は朝鮮戦争勃発当時のラジオ少年の姿を描いた小説です。この中で、秋葉原電気街形成以前の露天商なんかが描かれているんですね。後に秋葉原のガード下に囲い込まれるようなラジオ部品の露天商が、神田から須田町あたり一帯に分布していたのだとか。そこで売られている真空管は、米兵が朝鮮に送り込まれる前の最後の歓楽のために軍の資材をかっぱらって横流ししたものという世界です。
 「秋葉原」の読み方の歴史について一仮説を述べたりした者としては、その描写自体なかなか興味深いものでした。しかしのみならず、ラジオ少年がなぜラジオに惹かれているのか、そのココロの描写が今読んでも何か心打たれるものがありました。正直、今読んでもすんなり頷けるのは、「されど~」より「ロクタル管の話」だと思うのです。
 そういえば「アキハバラ解放デモ」への批判として、秋葉原は「萌え」系のオタクが増えたせいで「本来の」コンピュータのマニアなどがかえっていづらくなっている、というのがありました。その気持ちは分からなくもないですが、しかし時とともに街の性格は移り変わるものですから、何が「本来」かは簡単には決められないでしょう。もし、街の扱う主な商品が変わっても、街に集う人のメンタリティに共通点が多ければ、それが街の性格を規定する重要なファクターになるでしょう。もしかするとそういうものがあるのかもしれない、なんてことまでこの作品を読んでいて思ったのでした。

 小生のくだくだしい説明より、「ロクタル管の話」からその箇所を抜書きする方が分かりやすかろうと思いますので、以下に少々長いですが、参考となりそうな箇所を引用。
だが、あの頃のぼくらのラジオへの、いや、より正確には、一般に真空管を使って、ある回路を作ること、への熱中には、実際一種特有のものがあった。…回路を作って行く時、ぼくらはいつも自分の現に住んでいる世界とは別の世界を、その一見複雑にこんぐらがった配線の向うに、作っているような幻想を抱いたものだ。…
 …ぼくらを掴んでしまって接して離そうとしない配線の向う側の世界の本当の魅力は、おそらく、その世界で起きることが、
それは非常に正確であり、そのことは疑いえないのだけれども、同時に、決してぼくらの眼には見えることはないのだという点にあったのだ。


…そういうエピソードのうちに、ぼくらは時々見慣れないものにぶつかり、おどろかされ、ふっと戸惑うことはあったのだけれども、やはり大体に於てぼくらは陽気だったし、さっきから何回も言っているように、自分らが作り上げる、現実の向う側の世界の美しさに夢中になっていたので、それ以上の、ぼくらをおどろかせるような、見慣れぬ、少しばかり異様なものは、少なくとも表面的には、直ぐに忘れてしまっていたのでもあった。あの頃のぼくらの最大関心事は、何と言っても、やはり、美しさと言うことだったのだ。
 だから、あの頃ぼくらは自分たちの部へ、決して女の子を入れようとはしなかった。勿論ぼくらは、それは中学三年生としては随分子供っぽい連中の集まりではあったけれども、それでも、同級の女の子たちの漸く肉づき出した腰や胸のふくらみ、短いブラウスから出した、すんなりした白い腕、それに何にも増して、彼女たちが時折見せる、横顔をちらとかすめるあの表情、そういったものの美しさに決して無関心ではいられなかったし、そういう美しさがやがてぼくらの中に誘い出すであろう恐ろしいものを、ひそかに予感してもいたものだった。けれども、それだからこそ女の子達をぼくらは仲間に入れなかった。と言うのは、つまりあの頃のぼくらにとって――それは年相応の感じ方だったのだけれども――女の子は美しさそのものであって欲しいものであって、彼女らが美しさの追求者となることは、ぼくらが心秘かに考えている彼女らの本質を壊してしまうように思えたのだった。そして、ぼくらの女の子に対するこういう態度のうちに、また逆に、自分らを美しさの具現者ではなく、追求者と厳格に位置づけたことのうちに、あの頃のぼくらが電気回路だとか真空管だとかによせた憧れの、いわば質といったものを考える、一つの示唆のようなものがありそうな気もするのだ。そして、あのロクタル管の美しさが結局のところ、そういう憧れの対象たる美しさの質を、目に見える形で一番よく代表していた。ロクタル管の美しさ自体は、いわば虚像の美しさであったと言えるかも知れない。しかし、その虚像を通じて、ぼくらの憧れが指向していたのは、あの、ぼくらが見ることなく信じうる、曖昧さの全くない、確定的な正確さを持った電気現象の世界だったのであり、まさにそれ故に、ぼくらにとってロクタル管は美しかった。
柴田翔氏がラジオ少年だったかどうかは存じませんが、柴田氏のお兄さんの柴田碧氏はその昔東大の鉄道研究会に在籍していたということが和久田康雄『私鉄史探訪60年』に書いてありました。鉄道趣味者だったようです。この兄弟の父は東武鉄道の重役だったんだとか。時代を考えますとなかなか洒落た命名を子供にしたと思います。

 そうそう、中核自衛隊の話でしたが、これは「されど~」の方の話です。共産趣味的に読んでいてなかなか興味深いわけで、「駒場の歴研」などと出てくると、最近は革マルになったなあと感慨しばしです(今は知らない)。
 しかしこの小説の重要なテーマは政治思想というより、その状況下での青年男女のくっついたり別れたり、という方にあるのだろうと思います。そっちの方からも事のついでにちょこっと引用しておきますかね。あんまり重要な人物じゃない、宮下という助手が主人公に対し恋愛観を語るところ。
・・・恋愛は、それがどんなに周囲に祝福されているようにみえても、本質的に反秩序的なものです。いや、ぼくは性的欲望についてだけ言っているのではありません。そうではなくて、相手が自分にとって何よりも大事なものになるというプラトニックな愛情自体のうちに、既に反秩序的傾向、自分が属している秩序から抜け出して自由になりたい傾向があるのです。いや、逆なのかもしれません。自由になりたいという願望が、恋愛を生み出すのかも知れません。ですが、自由が何でしょうか。世界の中の束の間の存在であるぼくらにとって、自由が何でしょうか。
 ま、この引用は結構恣意的な切り方をしているのですが、どこがどう恣意的かは作品を読んで下さい。
 というわけでこの二編をおさめた一冊、オタク心から共産趣味と恋愛と一通り揃っているので、古澤書記長にお勧め。でもまあ、今一般に読んで広い支持を受けるかは、いささか微妙であろうとは思います。
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by bokukoui | 2007-08-02 23:58 | 書物