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一応直ったのか?(メールアドレスについて)

 次第に寒くなってまいりましたが、皆様お変わりないでしょうか。
 小生はここ数ヶ月来のだるさ、眠気、疲労感、微熱、頭痛に、最近新たに口内炎と発疹を症状に加え、多角化が進んでおります。個々の症状自体はむしろ改善しておりますので、もう少し何とか・・・

 で、そんなこんなでパソコンの使用頻度が低下したせいなのかどうなのか、メールの送受信が旧来のアドレスでもそこそこうまく行くようになりました。
 ので、とりあえず旧来のリムネットのアドレスの方をまたメインに戻すようにしたいと考えております。ちょうど gmail アカウントを取って二月になりますが、万事復旧に向けての一ステップということで、何卒ご諒解下さい。具体的なアドレスは、このブログの左側の「ご案内」をご覧下さるようお願い致します。
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by bokukoui | 2007-10-30 23:59 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

今日の東急デハ5001号の状況(35)~あれから一年

 体調と機械の調子と、諸般の事情により間の開いたこの企画ですが、最初に記事を書いたのが昨年の10月27日だったので(モニュメント設置は10月26日だったらしいですが)、やはりこの日は何か・・・と思って取材に行ったわけではなく、たまたまこの日、図書館の督促の嵐等の諸般の事情により、渋谷を通りかかったのですが、折角なので写真を撮っておきました。
 というわけで久しぶりに。

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by bokukoui | 2007-10-27 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題 | Trackback | Comments(10)

ファッショに近きものは絶対に不可の日

 何とかまあ、不調は不調なりになんとかやっている今日この頃です。
 今日は以前に仕込んでおいたネタをご披露。

 全くもってどうでもいい話ですが、本日は第35代総理大臣・平沼騏一郎の生誕140周年でございます。平沼は1867年10月25日、当時の暦では慶応3年9月28日生まれだそうで。
 そのことからちょいと思い出したことを簡単に。

 もう数年前になりますが、『歴代首相物語』という、首相の列伝の本が出ました。小生の属している研究室の先輩方が、この本の筆者の中に何名かおられまして、そんなこんなで買って読みました。決して厚くはない本ですが、中身はなかなかどうして濃くて面白いですよ。編者が御厨貴先生だからなのかどうなのか(御厨先生が書いているのは小泉純一郎の項だけですが)、「首相のリーダーシップのあり方」という点に主に注目して各篇は執筆されており、多くの筆者が担当しているにもかかわらず、そこに一貫性があります。
 個人的には、歴史書としての価値もさることながら、自分が子供の頃、同時代に見ていた政治家たちの様相が描かれた近年の箇所が、このような形で読むと意味が違って見えてきたのが面白い経験でした。同時代を生きていても、いやむしろ同時代だからこそ、一歩引いて眺めて評価するのは難しいのかもしれません。

 さて、この本の平沼騏一郎の項目に記されていた、平沼のリーダシップを評した箇所が大変面白いので、以下に引用しておきます。執筆は村井哲也さんです。あらかじめ平沼の事跡をこちらなんかで読んでおくと、より一層分かりやすいでしょう。
 平沼は結局、近衛内閣から継続された施策を行ったのみで、わずか八ヶ月で辞任した。時流に乗って政界に隠然たる勢力を誇ったものの、首相として明確な方向付けを示すことも出来なければ、強力に政策を実行することもできなかった。平沼は、首相退陣後においても、それまでの現状維持勢力に対する攻撃同様に、近衛らの国内革新政策への攻撃をも強めていった。そしてそれは、かなりの威力を持ち得た。リーダーシップを阻む勢力としては、相変わらず強みを発揮したのである。つまり平沼の政治力は、首相としてリーダーシップを発揮する時ではなく、在野の時にこそのみ、輝くものであった。ひとたび首相となった時には、持つべき施策や構想も、各勢力を強力に束ねて行くリーダーシップも、持ち合わせてはいなかったのである。(p.125)
 なるほど。
 もっとも、これは平沼に限らずとも、類似の事態は世にまま見られることではあると思います。政治的方向性は勿論左右問わず。

 ついでに話を広げれば(こないだの記事の続きの意味も少し込めて)、ネット上の言論というものの方向は、往々にして攻撃すること(disる、とかいうらしい)の方向に向かいがちのような気も致します。まあ、議論を積み重ねて何かを作るというより、バトルやる方がゲームとしては楽しいし盛り上がるからなんでしょうか。しかし何か目的があって議論する、ということには不向きだとすれば、ネットの使い道もあんまり大したことはないのかもしれません。
 こないだの記事の続きは、不調だし時間ないし、正直どうしようかというところです。最近あまりネットを見ていないので良く分かりませんが、古澤書記長の活動もヲチャの人たちが新顔含め? また登場していたり、色々あっちこっちに論争広がったりして、大体どうもネットの論争というのはとめどなく拡散して議論の目的も筋道も訳が分からなくなっていくことが間々あるように思われたのでありました。

 まこと、ネットの論争は複雑怪奇、なんて。
 それだけに先帝陛下のご聖徳を偲び、ご遺訓を以って表題とさせていただいた次第であります。
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by bokukoui | 2007-10-25 22:53 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(4)

何とか

 またしばらく、よんどころなく動けなくなっておりました。眠気がどうにもなりませんでした。鉄道記念日のフェスティバルも、鉄道博物館の開館にも何もできず。「続きは明日」とか前回の記事で書いておきながらこのざまであります。
 で、そんな状態で各方面から督促の嵐(借金の督促がないだけまし)なので、図書館への資料返却あたりから片付けていく所存です。ブログの続きは・・・まあ反応もないようですが、書くといったからには近日中に続きを書け・・・ればいいなあ。
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by bokukoui | 2007-10-19 19:53 | 身辺些事 | Trackback | Comments(7)

人の噂も百箇日~「アキハバラ解放デモ」を写真と共に振り返る

 ここ二月ばかり体調不良で悶々と寝床の中で大部分の時間を過ごしたものですが、今のところ、ぼちぼち改善に向かっておると思っています。この症状について、さる方から「慢性疲労症候群」ではないかというご指摘を受けたりもし、なるほど思い当たる節もいくらかありますが、ただ対処法はどうもはっきりしないので、結局はできる範囲でなるべく従来どおりやるように戻して行こうと思います。

 さて、そんなこんなで溜まった作業に追われつつ、久しぶりにネットを見た折に山本夜羽音先生のブログを拝見すると、めがねっこファン一同で鯖江に行かれたという記事にぶつかり、表題の「アキハバラ解放デモ」の終了後の夜の飲み会がまざまざと記憶に蘇ってきました。ので、折もちょうどデモから百日の間をおいた今宵に、これまで公開の機会を逸していたデモの夜の写真をアップしてみようかと。
 ・・・と思ったら、ちょうど「アキハバラ解放デモ」の執行委員会が解散とのこと、ちょうどいい折でしたね。七十五日どころか百日経ってしまって、その間色々とあったようですが、これで一区切りというところでしょうか。

 というわけでお蔵出し写真を幾つか。
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「アキハバラ解放デモ」後、法政大学前の濠端の公園で打ち上げ

 デモ後の打ち上げ(一次会)の様子です。後ろの工事中の建物は法政大学です。古澤書記長の根城なのでここまで来て打ち上げをした次第。実際はこの三倍くらいの人がいましたが、たまたま写真のフレームに入ったのがこの面子でした。
 主だった方の名を挙げれば、一番左が山本夜羽音先生です。デモの際に使った旗竿は、実は夜羽音先生が持ってきたものだったのだとか。
 一人飛んで右手に缶を持った白いシャツの人物が革萌同の八木書記長、二人飛んで手前のベージュの上着を着た人物が革非同の古澤書記長、一番右がinumushさんです。(他の人についてもどなたか把握はしておりますが、一連の騒動で余り名前の出てこなかった方々ですのでお名前を挙げるのは当面控えておきます)
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神楽坂の飲み屋にてデモ後の打ち上げの二次会

 夜も更けて場所を移し、更に呑みます。ここの面子は、左手の後ろを向いているのが古澤書記長、手前の縞のシャツを着ているのが柳橋曹長さん、その奥の妖しげな萌えグッズ(?)の側に座っているのがしゅうちゃ(Syuu-Chan)さん、そして一番右が夜羽音先生です。他の人については一枚目同様の事情です。
 考えてみればデモ主催の「三派」の首脳が一堂に会したのって、これが最後だったのかもしれませんね。
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戦い済んで夜が明けて 疲労困憊して眠る古澤書記長

 徹宵呑んだ後、夜が明けてからの情景。見ての通りです。デモの準備に走り回っていた書記長、流石に徹夜呑みはきつかったようです。
 なお、股間の思わせぶりな白紙は、Syuu-Chanさんが載っけたものです(笑)

 さて、これら写真を手がかりに、思い出したことと今の感慨とを引き続き述べるべきところですが、写真アップだけで充分疲れたので今宵はここでおしまい。続きは明日にでも。
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by bokukoui | 2007-10-09 23:52 | 思い付き | Trackback | Comments(4)

鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(後篇)

 昨日の記事、鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(前篇)の続きです。

 昨日はなんか妙なテンションで気負い立ってしまい、今日は反動で呆然と一日を過ごしてしまいました。なかなかV字回復とは行きませんで、正直昨日の書き込みを後悔せぬでもないですが、しかし内容が時期限定モノでもあるし、ざっと続きをアップしておきたいと思います。

 前篇でも述べましたが、展示車輌の詳細については鉄道博物館のサイトに一覧があるのでそちらをご参照下さい。どれも綺麗に磨かれて公開を待つばかりになっていましたが、昨日に引き続き一つご紹介。
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一等展望車マイテ39

 昔の特急列車の最後尾につながれていた展望車です。特急列車に愛称がついた1929年以降ならば、展望台を囲っている柵の真ん中に「富士」や「つばめ」などと列車名を入れたテールマークを取り付けるのが本来ですが、実際開館の時には何か取り付けるらしいです。
 かつて大塚英志・杉浦守『オクタゴニアン』の書評をブログに書いた者としては一つ、意表を突いて「オクタゴニアン」のテールマークを希望したいところですが、なんでも博物館に「オクタゴニアン」の実際のマークが所蔵されているとか。更に言えば、今回鉄道博物館はお召し列車に使われた御料車を何両も展示車輌に加えましたが、その中には実際の「オクタゴニアン」の展望車だった10号御料車も含まれています。
 となれば、『オクタゴニアン』2巻発売時には是非大塚英志先生をこの鉄道博物館にお招きして記念イベントを・・・と思ったりもしたのですが、しかしいつになったら2巻が出るのかいな。

 話を戻します。
 上の写真で、車体とホームの間の隙間がアクリル板でふさがれている(光の加減で光っています)のが分かるかと思います。子供の来館を考えて、このような安全対策にはだいぶ気を配ったようです。海外の博物館じゃこんなのは見られない、と評していた人がおりました。ま、旧交通博物館が古い建物のせいでエレベーターもなく、ましてバリアフリーなど概念自体なかったものですから、そのようなところは念入りなのでしょう。

 他にも鉄道ファンの方々が廃車後の保存活動をしてこのたび目出度く博物館入りとなったキハ41000形気動車や、車体を輸送のために二つに切断したのを巧みに接合したことが新聞記事でも報道されたオハ31形客車を見るにつけ、渋谷駅頭に無惨な姿を晒している東急デハ5000形5001号のことが悔やまれてなりません。実際、鉄道博物館の展示パネルの中で、国鉄の新性能電車の第一陣として通勤輸送に活躍した101系電車の傍らに立てられたものは、以下のようにちゃんとデハ5000形を含む私鉄の車両についても触れていたのです。
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国電101系の傍らの展示パネル(写真の出来が悪くすみません)
左列上から小田急2200形、営団300形、東急5000形 右は小田急3000形(SE車)

 まあこのパネルの内容も些か国鉄中心史観に過ぎるという気もしますが、しかしそれでも5000には触れているわけで、それだけ同車の意義が大きかったということの証左であります。切断したオハ31の復元の際の継ぎ目は、だいぶ探した(笑)けれど見つからなかったほどきちんと継ぎ合わされており、さてこそ5001もいつか・・・、と思ってしまうのです。
 なおこの写真で分かるように、パネルには最近の駅の表示同様、英語・中国語・韓国語が併記されており、フランスやドイツで英語表示のない展示に悩んだという経験者の方々から、好評価を得ていました。
 ちなみに展示パネルの一つ、貨車に関するものには以下のような付箋が・・・。
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 なんと言っても鉄道博物館ですから、いつぞやの「大鉄道博覧会」(ブログでちょっと触れました)のようなことはないよう、万全を期していると思います。

 とまあ、交通博物館に比してかなり車輌の実物展示が充実した鉄道博物館ですが、しかしひとつ画龍点睛を欠く憾みがありまして、それは展示されている新幹線車輌が東北・上越新幹線用の200系ということです。つまり、東海道新幹線開業時に開発された0系がいないんですね。交通博物館にも先頭部分のカットモデルしかありませんでした(これは鉄博でも展示されている)が、JR東日本の博物館という性格ゆえの問題が出てしまったようにも思います(あ、でも青梅から持ってくれば・・・)。
 ただ勿論、この点は鉄道博物館当局も認識していて、近日廃車が予定されているJR西日本の車輌(これは開業当初製造のものではありませんが)など、譲り受けることは検討しているようです。0系のない日本の鉄道博物館は考えられないので、是非早期の導入を期待したいところです。あと将来的には、ケチなことを言わず500系も。「世界最速」の国際的アピール度を踏まえて。

 一通り車輌を見学して、2階に上がります。2階は大部分吹き抜けで、車輌展示を上から見下ろす回廊になっています。その回廊を生かして、実に膨大な日本の鉄道の年表が作られています。海外事情や私鉄・バスの動向なども押さえてあって、また模型展示とも組み合わされていて、感心しました。
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2階の歴史年表

 見学時間の都合上、あんまり細かく見ることが出来なかったのは残念でした。また来ましょう。
 もっとも膨大な年表だけあって、やはりここにも付箋が。
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 やはりマニアの眼は厳しいですからね。それにしても、これだけの展示を作るという作業の大変さがしのばれます。

 2階には、これも一つの目玉である、巨大なHOゲージの鉄道模型レイアウト(ジオラマ)があります。当面は混雑を予想して入替制にするとか。ひな壇状になった観客席が設けられています。模型の方はほぼ完成しており、車輌も試験走行していましたが、まだ中に人が入って仕上げの作業をしていました。
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まだ作業中の模型レイアウト

 ちなみに写真中の矢印の先のビルは、明らかにJR東日本本社ビルですね(笑)。折角だから解体された旧国鉄のビルだとか、或いは他のJR 各社の本社ビルも建ててはどうかと思ったり。

 2階の残りの部分には、特別展のための部屋があります。開館当初は新幹線についての特別展をするそうですが、ちょっと覗いてみたところ、新幹線の前頭部の非常用連結器をしまって置く所のカバーが一つ置かれていただけで、これからという状態でした。
 確かその並びには図書室もあったと思いますが、これも準備中で今回は見学できませんでした。また倉庫の確かまたその並びにあって、一部外から見えるようになっており、交通博物館で見た覚えのある品物や模型などが垣間見えました。 

 敷地の一番北側は、主に子供向けに鉄道の技術に関する体験コーナーを多く設けた3階建ての棟があり、体験学習的なことができるようになっています。カーヴを曲がるのために鉄道車輪の踏面が円錐台形になっていることを実見できるコーナーなどなかなか面白く、またここは側を走るJRの線路もよく見え、実物と展示とを一望に収められます。
 で、側を走る線路が複々線だったので、小生と同道の鉄道趣味者一同、「あ、複々線だから東北本線と高崎線だな」「分岐するのはまだ先なんだね」と愚かな会話をしておりました。鉄道博物館から見える複々線の線路は、高崎線と川越線ですのでお間違えなきよう(それにしても何年鉄道趣味やってるんだと・・・)。

 再び1階に下りてきて、準備中のお土産・軽食コーナーの横を通り過ぎます。ちょうど我々の見学の頃、お土産コーナーに商品が搬入され始めていたようでした。
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商品搬入中のお土産コーナー

 上の写真でも「TOMY」のロゴが分かるかと思いますが、どうもプラレールをはじめとする玩具ばかりのように見受けられ、折角なのだからオリジナルのグッズだとか、或いはもっと「博物館」の名に相応しいようなものも置けばなどと思いますが、きっとその辺は当日までに配慮されているだろうことと思います。

 さらに1階には、運転のシミュレーターが一室に並んでいます。山手線の205系や新幹線などもありますが、やはり話題を集めているのは、世界初とも言われる蒸気機関車の本格的シミュレーターでしょう。
 もちろん見学の我々は実際に触ることは出来ませんでしたが、ちょうど案内係の方々が取扱を研修している場に居合わせ、開館前にシミュレーターのシステムを起動する操作を行っているのを見ることが出来ました。で、システム起動時に何か耳慣れた音が・・・。これらのシミュレーターは、Windows XP で動いていたのでした。NTではないようで。
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XPで動いている蒸機シミュレーター(ブレはご寛恕の程)


 順番は逆になりますが、最後に本来の出入口(既報の如くSuica対応の自動改札あり)を一旦出て、それからまた最初に入った運営側のスペースへと戻って、見学は終了となりました。
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正面入口の前で某氏を記念撮影 後ろではなお作業中

 入口がタッチ式の自動改札であることがお分かりいただけようかと思います。
※上掲写真の某氏は小生と一緒に見学した一人で、当ブログのこちらの記事に登場する某氏と同一人物です。

 見学はおよそ2時間でしたが、それだけの時間をかけても駈足だったというのが率直な印象です。つまりそれだけ見応えがあるということで、丁寧に見れば、或いはシミュレーターや体験コーナーなどをやってみたりすれば、一日じっくり楽しめるだけのボリュームがあると思います。また車輌の下側を見せるなど、見せ方の工夫も色々と凝らされており、なるほど「子供連れ」「鉄道好き以外の人々」に訴求するところはそれなりにあろうかと思います。子供連れで来るにはちと入館料が・・・という気はしなくもありませんが。
 以前小生がこのブログで何度か述べた(これとかこれとか)懸念、つまり「JR東日本博物館」になってしまうのでは、とか、博物館より遊園地に近くなってしまうのでは、図書室の資料の公開はどうなるのか、といった懸念が払拭されたわけではありませんが、しかしここは館長さんの「これは第一期工事である」というお言葉を信じ、第二期工事が行われるくらいに繁栄することを願う次第です。

 鉄道博物館の開館は10月14日の日曜日ですが、何人ぐらいの人が来るのでしょうね。
 交通博物館の閉館の時には約1万4千人が訪れ、また鉄道博物館の隣の大宮工場が一般公開する日は3万人も来るそうです。開館初日は3万人、或いはそれ以上でしょうか? いずれにせよ、新交通システムのニューシャトルがパンクすることは目に見えていますので、臨時バスを出す可能性もありますが、健脚の方は大宮から歩いた方が宜しかろうと思われます。
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by bokukoui | 2007-10-05 22:34 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

鉄道博物館@大宮 開館前に見せてもらったの記(前篇)

 今日は久方ぶり、おそらく数ヶ月ぶりに調子よく仕事を済ませることが出来、今度こそ回復基調かと思えれば嬉しいところで、さてこそひと仕事終えた後の心地良い疲労感に身を任せつつ、今日はこれまた珍しく挙動がまっとうなパソコンを操って、久しぶりにまっとうな記事を更新しようと思い立ったのですが、もし一晩寝てもこの疲労が取れなかったら・・・

 えー、それはともかく、事実上の更新停止前最後に書いた記事が、十日後の来る10月14日に大宮にて開館予定の鉄道博物館に関するものだったので、それに関連する話題を。
 今月に入って、鉄道博物館の開館についてはマスコミでもしばしば報道されており、ネット上でも勿論報じられていますし(例えばこことか)、また先日は皇太子殿下もご視察されたとの由。
 で、ここ二月ほとんどをベッドの中で鬱々と微熱気分で過ごしてきた小生が、その間ただ一日だけ思い切って出かけたことがありまして、それがさる方のご紹介で「鉄道博物館を事前に見せてくれる機会があるけど行かない?」と誘われたのであります。これは逃す手はないと、ふらつく身体に鞭打って大宮まで遠征してきました。
 しかしやはり不調だったせいか、撮った写真がどれもこれも撮影者の脳味噌の如くボケボケで、紹介するのにためらうようなものばかりなのですが・・・。ですがまあ、展示物の紹介の写真は、前掲のこちらのような報道専門家の手になる記事に委ね、そういうものでは報じられないような、開館前ならではのものをご紹介できればと思います。

 鉄道博物館はJR大宮駅の北にあり、新交通システムのニューシャトルで一駅行ったところにあります。その駅は大成駅といいますが、博物館の開館と同時に「鉄道博物館前」になるのだとか。小生が事前見学に行った折は、まだ駅は工事中でした。
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工事中の大成駅

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矢印の先の白い鉄板の場所が博物館に直結するコンコースへ繋がる予定

 結構まだ工事が残っている様子で、当日までに間に合うのかなとちょっと心配になりましたが、今頃は完成しているのだろうと思います。

 本来の入口ではなく、スタッフ用の裏口から入れてもらいます。建物の中はスリッパに履き替えて移動。開館前に土足で往来して汚れてしまうことのないように、とのことです。
 見学者一同は一室に通されてパンフレットをいただき、そこへ館長さんがご挨拶に見えて恐縮至極。簡単なレクチャーをしていただきました。
 この鉄道博物館の敷地は約7万㎡を予定しているそうですが、今回開館するのは約41600㎡で、まだ3万㎡近い敷地があるとの由。館長さんは「今度の開館はあくまで『第一期』のつもりです」と力強いお言葉でした。
 予算はJR東日本が100億円、さいたま市が25億円を拠出したそうです。なお、貨物に関する展示もあって、そのためJR貨物もお金を出したそうですが、それは1億円との由。いや、経営状態を考えれば、貨物がお金を出しただけでも大英断であるというべきですね。
 博物館のコンセプトとしては子供に「疑似体験」をしてほしい、また鉄道好き以外の人にも来て楽しんでもらえる場にしたいとのことでした。ですから鉄道マニヤ・鉄道ヲタクどもが、子供そっちのけでシミュレーターを占拠していたら、趣旨に反すると注意してあげましょう。

 話を戻しまして、いよいよ施設内部を見学します。
 博物館は3階建てになっていて、その3階から見てまわります。博物館の半ばは大きな吹き抜けになっていて、1階に置かれている車輌群が目に留まります。
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3階から見下ろす転車台を中心とした保存車輌群

 この写真に近いものは新聞報道などでも既出かと思いますが、ただ左下隅に3人の人のいるのがお分かりいただけるかと思います。時期的には当たり前な話ですが、この日の博物館には案内スタッフとなるべき方々がその研修で何人も来ていたんですね。

 1階までエレベータで降りて、その車輌群を見て廻ります。
 どのような車輌があるかは博物館のサイトでも分かることですので、詳細は略します。交通博物館でお馴染みだったものもありますが、保存車輌の数が増えて新顔が幾つも眼にできたのは嬉しい限り。
 小生が思うに今回の新たな展示物の目玉は、路面電車ではない専用軌道を走る電車の元祖である、甲武鉄道が1904年に作った(電気関係はアメリカから輸入)デ963形電車ではないかと思います。電車大国日本の礎というべき存在なので。もっともこの車輌、モーターを外されて客車状態で地方私鉄に流れていったもののため、電車といいながら現在のところ足回りは電気関係部品なしです(レストア構想もあるらしい)。それでも台車枠にはアメリカの有名な電車メーカー・ブリル Brill 社の銘板が残っており、小生は喜んで写真を撮りましたが暗かったためうまく写っておらず残念。ブリル社の歴史を書いたごつい洋書をオレンジエンパイア鉄道博物館で買ったけど、まだ読んでません。
 それはともかく、この貴重な電車は、最後は松本電気鉄道で使われて廃車になったのですが、その後同社の車庫に保管され続け、この度の鉄道博物館開業に当たって寄贈されたとのこと、大変喜ばしいことです。もっとも、ここで聞いた話ですが、その昔この車輌が松本電鉄で廃車された頃、既に松本電鉄から国鉄に「貴重な車輌だから要りませんか?」と申し出があった由。しかし国鉄の返答は、
「どうぞご自由に潰しちゃってください」
 だったんだとか。それに対し、松本電鉄の先代の社長が、いやこれは貴重なものだから、と自社で置いておいたんだとか。日本の産業遺産に対する考え方の水準を良く物語る話だと思いますが、ここは先代の社長の写真ぐらい掲示してはとも思われます。

 交通博物館最後の日を見に行ったこのブログの記事中で、ちゃんと大宮に持って行くのかと心配したドイツ製マレー式蒸気機関車・9850形(9856号)も、無事展示されていました。この機関車は交通博物館で、車体の一部をカットして蒸気機関車の内部構造が分かるように展示されていましたが、今回の鉄道博物館では更に下からも見られるように、ちょうど線路をくぐる地下道のようなものを設け、また外部から動力でピストンなどを動かしてみせるような展示をするそうです。なかなか結構な工夫と思いますが、この時はその動かすシステムのためらしい作業が行われていました。
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作業中の9856号の様子
右手の降りる階段(手すりが見える)が下側からの見学のためのもの

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上に同じ 動作実演部分の調整作業中

 このように、既に報道陣に公開されるなど、一見したところはほとんど出来上がっているように見えた鉄道博物館でしたが、まだ作業中の箇所も散見されました。
 例えば、この車輌展示フロアには車輌以外にも様々な展示物や解説パネルがあり、交通博物館から持ってきた自動車の実物や船の模型などもあるのですが、その一つはこんな状態でした。
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 これでまた見に来る楽しみが出来ました。


 ・・・やはりまだ体が本調子ではないようです。
 急に疲れてきたし時間も頃合なので今日はこの辺でお休み。続きはまた明日掲載します。

※追記:後篇はこちら
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by bokukoui | 2007-10-04 17:49 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(10)

「明日という字は明るい日と書くのね的希望」

 表題は小林信彦『神野推理氏の華麗な冒険』かその続篇の『超人探偵』の台詞から取りました。どっちだったのか、出典の詳細を確かめている余裕がありません。

 実際のところは、何の希望もなく寝床の中でのたうったまま、まるで二ヶ月を無駄に過ごしてきました。月が改まった今日からは・・・と思いますが、今も耳管の奥が痛くて頭が上げられません。といって流石にもう時節柄寝てばかりも要られないのであります。ブログを二月休んで分かったことは、どんなつまらぬ文章といえど拵えるには気力体力をそれなりに要するということでした。

 病状報告ばかりも何なので、お蔵出し写真をひとつ。
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 中央本線辰野駅にて2005年3月撮影。意味の分からない方は地図を見て、またこちらなどご参照下さい。
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by bokukoui | 2007-10-01 16:46 | 鉄道(現況実見) | Trackback(1) | Comments(2)