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鉄道混乱

 急に寒くなり、小生はどうも気分が悪くてぼうっとしておりますが、今日は鉄道も調子が悪かったようで。

 本日は新幹線の上野~大宮間が止まって大騒ぎの上(Excite エキサイト : 社会ニュース)、中央線でもその後事故があった由ですが、更に小生の利用している東急田園都市線も車輌故障で、ちょうど小生の住んでいる付近の区間だけ止まるという事態が発生しました。
 しかも折悪しく、止まっている時間帯に小生はアルバイト先の都合で町田に行かねばならず、何も知らないで家を出て、駅に着いたら人でごった返していてびっくりした次第。PASMOの払い戻しなどで改札内に人がたまり、改札外にはタクシー待ちの行列が。
 青葉台までバスか歩いて神奈中バスで町田入り、という案も考えましたが、本数が少ないし町田街道近辺の混雑が読めないので断念し、親の救援を仰いで長津田まで送って貰い事なきを得ました。
 すると、普段はそれほど混まない、国道246号下り線の下長津田交差点の右折レーンが、車列が右折レーンをはみ出すほどの列になっておりました。この辺本線は混むんですが、右折レーンがこんなに繋がったのを見た覚えがありません。
 で、それらの自動車は、ほぼすべて長津田駅前に向かったのでした。

 いやはや。
 やはり、大手私鉄幹線クラスの鉄道の輸送力を、ほんの一部といえど乗用車で置き換えると、こういうことになるようです。日曜の中途半端な時間帯の、かなり郊外の方でしたから、まだ影響はこの程度で済んだわけですが。
 このところ、こういった鉄道の支障が伝えられることが多いように思われますが(或いは情報システムの発達によって各地の小さな事故情報もあまねく伝達されるようになったためにそう感じている面が全くない訳でもないのかもしれませんが)、なにがしかインフラが次第に疲労して故障が多くなる時代になってきたということがあるのかもしれません。高齢化するのは人ばかりではないわけで。
f0030574_0115613.jpg
不通・折り返し運転に伴う乗換などでごった返す東急長津田駅改札
(携帯電話のカメラなのでお見苦しい点はご容赦下さい)

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by bokukoui | 2008-09-28 23:57 | 鉄道(現況実見) | Trackback | Comments(3)

北原遼三郎『東急・五島慶太の生涯―わが鐡路、長大なり』雑感

 しばらく前に大学に行った際、生協書籍部の新刊コーナーで見つけて、中身をよく見ぬまま買った本について。

北原遼三郎
  『東急・五島慶太の生涯
 東急の事実上の創業者として名高い、五島慶太の伝記です。五島の伝記や東急の歴史の読み物はたくさんありますが、今年7月発行の、ごく新しい本です。
 で、350ページあまりあるハードカバーのかなり厚い本なのですが、小生は今日一日の電車の行き帰り+αで読んでしまいました。それは面白かったからというよりも、知っている話が大変多かったので、読むのに手間が取れなかったという方が正確な気がします。

 本書は巻末に「※本作品は、独自の取材、調査をもとにしたノンフィクション・ノベルです。」とあるので、つまり小説ですから、経営史的に新たな観点がないなどという感想はそもそも見当外れと思います。では小説として、読み物として面白いかというと、正直それも・・・というのが正直な感想です。
 本書は五島慶太を中心にしつつも、その息子の五島昇、そして五島のライバルであった堤康次郎にも記述を割き、五島と堤(堤の子息・康明などもちょっと出てくる)の比較や関係についての叙述が軸となる・・・のかといえばそうでもないようです。つまり本書の小説的問題は、五島慶太の何が面白かったのかが読者にいまいち伝わってこないところにあると思います。
 おそらく、面白さの芯が読み手に伝わってこないのは、本書の構成上の欠陥にその原因があろうかと思います。普通、伝記というのは時系列に沿ってその人の人生を追っていくものですが、本書は時系列が前後に錯綜し、おまけにそこに堤の話が挿入され、ごたごたなのです。多くのエピソードが挿入されていて、それ自体は興味深いのも多いのですが、いったいどういう文脈でそのようなエピソードをその場所に入れているのか、よく分からない場合が多いように思われます。
 章立ては一応単元別? というのか、鉄道経営や映画や晩年の北海道開発や、トピックごとに纏めてあるような感じですが、それもあまりはっきりとはせず、読んでいて時間が前後し、どうもすっきりしません。一例を挙げれば、本書中盤で東映の歴史が追われ、それ自体はいいのですが、途中で何の断りもなく五島慶太没後の五島昇の経営の話になっていて、え? どこで五島慶太死んだの? と読んでいて戸惑いました。
 また、本書には写真・地図などが一枚もなく、東急本体のみならず箱根山戦争や伊豆や北海道の開発で多くの地名が出てくるのに、少々不親切です。地図を載せれば五島や堤の野望もよりいっそう分かるでしょう(確か猪瀬直樹『土地の神話』に、晩年の五島が伊豆の地図を自室に張って、それを睨みながら戦略を立てていたという逸話があったと思います)。といって、その地名が大体頭に浮かぶマニア筋には、新味が乏しいと思われてしまうでしょう。

 というわけで、いまいち狙いのはっきりしないのが残念な本だったなあ、というのが一読した率直な感想です。
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by bokukoui | 2008-09-26 22:50 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(2)

11月号も出たのに『月刊COMICリュウ』10月号雑感

 いろいろトラブル続きだった電子機器関係の環境も、憑かれた大学隠棲氏のご指導のおかげでかなり使えるようになりました。まだ細々といろいろ残っておりますが、そして部屋そのものの環境はむしろ混沌度が増しているのですが、これで作業効率は大きく改善されたものと思います。ただしこれまで効率低かった分の(体調もあるが)ツケはまだだいぶたまっておりますので・・・再来月には学会報告もあるし、なかなか気の休まる暇がありません。

 そんなわけで、今月発売の『COMICリュウ』もまだ読んでいないのですが、先月号の感想が速水螺旋人「螺子の囁き」の鉄道ネタについてしか書いておりませんでしたので、今回こそ簡単に感想をば。

・ナヲコ「なずなのねいろ」
 引き続きなずなの幼少時代回想篇。両親と別れ義母と姉(半分だけ血縁)のもとに引き取られたなずなが描かれます。義母が姉の花梨さんに、なずなに三味線を教えるよう命じます。
 「・・・はい・・・/・・・ねぇ、お母さん」
 「先生と呼びなさい」
 「おかあさん / おとうさんはどうしてこないの? どうして撫菜ちゃんを迎えにこないの・・・?」
 複雑な人と人との関係の中で、三味線との関係もまた様々に絡まって展開しています。

・安永航一郎「青空にとおく酒浸り」
 今月号はこれまでのストーリーと全く何の関係もなく、「瀬戸内海の西の方のちょっと信じられないすごい話大会」と題して、某県のコワ~い話を4つ紹介。いやあ、大分某県教育界(教育ネタ以外も1つあるけど)あなおそろし。しかし単行本化の際、この話どうするんでしょうか(あ、だからなかなか単行本が出ないのか)。
 ところで、このような噂話をもっともらしく広める効果的な手法は、過剰なほどしつこく「この話はフィクションです」と繰り返すことなんですね。「建前上フィクションです。」「フィクションです 信じないでね。」「やばいくらいフィクションです。」「何度も言うけどフィクションですから」・・・そして巻末の目次についている著者ひとことコーナーで「ここだけの話だが、実はフィクションというワケでもないんだ。」

・とり・みき&唐沢なをき「とりから往復書簡」

 単行本が出たので早速購入。最初からのネタが分かって大いに満足。単行本は執筆者によってページの印刷の色を変えてある凝りようですが、単色の雑誌版の方が読みやすい気もします。パッとページを開いた一瞬、とり・みきか唐沢なをきか、どっちの絵かわからない、そこがいいとも思います。もちろん編集部の気合いはひしひしと伝わってくるのですが。
 ところで今号の漫画では、とり・みき氏が「唐沢なをきが描いたとり・みきの自画像(唐草風呂敷のあれ)」を描くという実にややこしいコマが。単行本の帯の写真の元の絵を描いた時のシーンですね。

・黄島点心「くままごと」
 こぐまどもの名前が次第に判明してきて楽しみが増えました。ですが、「ツィッギー・ハィッギー」ってどう発音するんだ。

・永井朋裕「うちゅんちゅ!」
 「アンファン・テリブル」な幼稚園。実に「教育的」な保母さん。毎度ながら「酷い」漫画でした。(誉めてます)

・つばな「第七女子会彷徨」
 2本立て。このシリーズ、以前掲載されたときは印象に残らなかったのですが、今回はなかなか。特に「私達の顔は個人情報の塊! 顔隠し君大発売」の方が。それにしてもめんどくさい世の中になったなあ。

・いけ「ねこむすめ道草日記」
 今回は新キャラ・狛犬姉弟(当然犬耳)が登場。弟が妹に見えてなりません。狛犬の化けた姿が、袴を膝で括ってあるのに頭身が低いので、ちょうちんブルマ状態なのもまた良し。
 ところで、いけ氏はサンセットゲームズでTRPGの仕事もされているのか・・・。

・魔夜峰央「クレプスキュール」
 今回で一応最終回、単行本化との由。いかにも続きそうな終わり方なだけに、是非第2部に続いて欲しいですね。隔月掲載でしたが、1話がその分長く、さらに濃度も高い作品でしたので、大変読みでがあったいい作品でした。

・五十嵐浩一「REVIVE!」
 前回のレポで、「各話同士のつながりが迷走している」という感想を書きましたが、なんと今回で最終回に。もうちょっと展開して、まとめて欲しかった感があります。

・坂木原レム「フルイドラット」
 扉絵が・・・なんといいますか。ミズキ-サイネンとアルミ-マリカの関係を並行して読んでみるのもまた楽し。

・神楽坂淳/伊藤伸平「大正野球娘。」
 顔見せ乳見せだった前回(第1回)と違い、今回はちゃんとお話が。お嬢様が、野球をやっていた青年(見合い相手・銀行家子息)の阿呆さ加減に激怒して、自ら野球チーム結成に乗り出します。なかなか面白いですね(原作の筋か、漫画の良さかどっちが大きいかは分かりませんが)。体育会系は明治時代から暑苦しかったのですね(小生は「体育会系はなぜ暑苦しいのか」という歴史研究を卒論でやろうとして挫折したことがある)。それにしても、この作品の設定の2年後は金融恐慌ですが、件の銀行家は無事だったのでしょうか。
 ところで、この原作小説はアニメ化されるそうですが、スカートの長さが短すぎますね。膝が見えるなんて、はしたなくってよ。この点は漫画の方がちゃんとしてますね(挿絵は未確認)。

・大塚英志/ひらりん「三つ目の夢二」
 以前別な騎崎サブゼロ氏作画で連載が始まったものの、その方の健康問題で中断、仕切り直しだそうです。大塚英志原作の漫画といえば、小生が読んだことがあるのは『オクタゴニアン』だけですね。あれも面白かったのですが、続きは・・・。
 それはさておき、これも大正です。ひらりん氏の作品は、以前連載されていた「のろい屋しまい」がありましたが、それと比べると絵の感じも少し変わって、読みやすくなっています。「のろい屋」はどうもページ内に情報を詰め込みすぎの傾向があって、もちろんそれが面白いこともあるのですが、往々作品の幹が見失われ、一読「ん?」となることがありましたが、今回はそのようなこともなく。
 袋を被った怪しい男の登場に『オクタゴニアン』を思い出しました。次回が楽しみです。

 
 早いとこ山積する所用に目鼻をつけ、今月発売の号にも取りかかりたいものです。
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by bokukoui | 2008-09-25 22:01 | 漫画 | Trackback | Comments(4)

自民党総裁選雑感~政権交代を知らずに僕等は育った

 あまりこういうことは普段書かないのですが、昨晩所用で某後輩氏に電話した際話題が表題のことに及び、一夜明けてあらかた忘れてますが(苦笑)備忘がてら以下に略記。

 自民党総裁に麻生氏が選出され、それ自体は当初の予想通りでしたのでどうということはないのですが、総裁選で「漫画を読んでいる」ということが売りになるという当今の世相に思うことしばし。テレビ報道(NHKしか見てませんが)でもその点がかなり報じられておりました。思うにこのような麻生評が確立したのは、一つにはネットで広まって後に事実らしいと言われた、「麻生太郎が『Rosen Maiden』を読んでいた」という一件に拠るところが大きいでしょう。別に『ゴルゴ13』を愛読していただけでは秋葉原方面的な層の支持を得る要因にはあまりならなかったでしょうから。やはりオタク界隈で評価の高いローゼンだったからこそですね(確かに、お年の割にはなかなか広く読まれていることには小生も感心します)。
 ですが、麻生氏にはこういった過去の実績? もあることは一応指摘しておくべきことでしょう。

 【オタクと政治】ポスト福田康夫の最有力候補、麻生太郎氏はオタクの味方か?
 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下、「児童ポルノ法」)の改正が議論されています。今回の改正における最大の争点は、単純所持規制の導入とマンガ、アニメ、ゲーム等、実在の児童を被写体としない創作物について、将来における規制を見越した調査研究規定の導入の2点です。自民党、公明党による法案は単純所持規制(「自己の性的好奇心を満たす目的」という限定付ではあるが)、創作物規制に関する調査研究規定導入のいずれについても「是」としています。

 麻生太郎氏は、表現の自由を重視するという観点から、自民党、公明党による与党案について反対の意思を表明してはいません。
 麻生太郎氏は、1989年に起きた「有害コミック」騒動では、「有害コミック」を規制する立場から1991年に「子供向けポルノコミック等対策議員懇話会」を結成し、会長に就任していますが、この点について、現在に至るまで何らの弁明も説明もしていません。
 かいつまんでいえば、漫画が好きといっても、表現の自由などの問題についてはあまり認識していないようだということです。
 ま、少なくとも、過大な期待を勝手に抱くのは、政治的な常識(この問題自体が、決定的な政治課題とは見なされない)やめた方がいいとは思います。
 ・・・てなことを小生が書いてしまうのは、自民党や麻生氏支持不支持云々以前に、自分の周囲のある一部のローゼン厨に対して抱いている何かが、大きなバイアスをかけているのだろうなあとは自分でも思いますが。だから「ローゼン閣下」などと持ち上げる連中をどうも懸念してしまうわけで・・・超個人的身辺内輪話で済みません。作品自体駄目だというつもりは更にありません(好きでもないですが)。

※以下やや話が逸れるので小さな字で補足的に若干。
 上掲リンク先の山口弁護士ブログ記事のコメント欄では、この記事を批判する声が少なくないようで、「敵味方に分けるのは不適切な行動」と指摘する声が複数あります。ただ、山口弁護士は、「麻生氏はオタクの味方か?」と指摘されたものの、「敵」という表現は使っていません。味方でなければ即「敵」と考えているのだ、と即断することは、やはり好ましくないことでしょう。
 署名運動については、当ブログでも過去に触れました以上、小生もその成功を願ってやまないのですが、勿論その内部でも様々な意見があり、それらの意見や立場の違いを踏まえつつ、最適の方針を打ち出していかねばならないと思います。で、単純に運動の手法でいうならば、署名活動代表世話人の言動に問題意識を持った活動参加者の行動としては、山口氏にメールを送ることの方が適切だったと思います。内部の意見の対立の存在自体を押し隠すべきではありませんが、それを外部に晒して拡大しかねないような、コメント欄での言動の方が、得るものが少ないと考えるのです。
 他にも小生には本件に関し思うところや情報もありますが、話題が逸れますし一般的なことでもないので、ここで打ち切ります。


 ま、以上はともかく、今回の総裁選のニュースを見ていて、映されていた各候補の演説中、小生がどうにも気になってしまったのは、石破氏のそれでした。
 今記憶に頼って述べれば、「『民主党に政権を一度任せても良いじゃないか』という声もあるが、国家観の違う政党に任せることは、断じて許されない」という言葉でした(細部には異同があると思います)。この「国家観」とは何なのでしょう。
 どうにもおどろおどろしい言葉です。なんだかその昔の「国体」(運動会ではない方)なんて言葉も連想されそうな。乱暴を承知で言えば、現在の議会に存在する諸政党は(例え共産党であっても)、議会制民主主義と資本主義経済という根本的な体制は変わらないわけで。

 今回の総裁選における石破氏の主張は、これまでのキャリアからすれば当然とも言えますが、専ら防衛問題について論じていたことが多く、特にインド洋における給油についての論がその中心だったように思います(余談ですが、最近地下鉄の駅にインド洋の給油の重要性を訴える防衛省のポスターが張り出されていますね)。
 とは畢竟、これも安全保障政策(の一論点)の相違に過ぎない話ではないでしょうか。それは政策上重要な点であっても、「『国家観』が違う」というのは、ずいぶんな言い方に思われたのです。「民主党の政策は間違っているから支持すべきではない」というのは、それは政策について議論することを前提とした言い方ですが、「『国家観』が違う」というのは議論を排斥する感さえ受けるのです。

 そんなことを某後輩氏に話したところ、「国家観」という言葉は読売新聞などでは結構よく使われているとのこと。ナベツネか。
 氏曰く、このような大仰な割に何を指しているのかよく分からない言葉として、氏が気になっているのは「政権担当能力」だとか。確かに、何を以てすれば政権を担当する能力なのか、具体的に示してないですね。

 で、何で「国家観」みたいな言葉が出てくるのか、多少考えてみました。
 これも某後輩氏の指摘ですが、戦後長らく政権に自民党があったため、自民党の一党優位体制そのものが社会のシステムの一環となってしまっている、というのです。だから自民党が政権に居続けることが常態になってしまっていて、政権交代ということが実感できない、そのような通念が薄いのが日本の社会なのかも知れません。
 細川政権の時、一時自民党が政権を離れましたが、比較第一党だったことは変わらず、結局細川首相が政権を投げ出してしまったため、以上の観念を変えるには至らなかったのかも知れません。以前取り上げた『歴代首相物語』の中で、これも今現物が見つからないのでうろ覚えですが、「細川政権の最大の功績は政権に就いたことであり、最大の失敗は政権を投げ出したことである」との指摘がありましたが、政権交代の可能性と限界をこもごも示したということかも知れません。
 思えば、選挙によって政権が交代するということがありふれていたのは、戦前の1920年代の「憲政の常道」の頃と、戦後の55年体制成立前と・・・あわせて20年ありませんな。団塊の世代が多少は世間のことが分かるような年になった頃には、もう選挙による政権交代の時代は終わっていたわけです。「戦争を知らない子供たち」は、「政権交代を知らない子供たち」でもあったのかも知れません。

 つまり、ここ半世紀続いていると言えそうな「戦後レジーム」といいますか、その時代の日本国のありようには、政権に居続ける自民党というものが牢固として組み込まれているため、政権交代の可能性を「『国家観』の違い」などと考えてしまう傾向が存在するのかも知れない、などと思うに至ったわけです。
 それを思えば、安倍晋三政権は、「戦後レジームからの脱却」という些か曖昧なスローガンを、半分は実現したというべきかも知れません。何となれば、「戦後レジーム」の構成要素として、自民党は日本国憲法に勝るとも劣らぬ重要な構成要素として政権にあり続けたのですから、そのレジームを解体するには自民党が政権から下野することも含まれると考えられます。参議院では実現しましたね、ええ。

 話が例によってとっちらかりましたが、この辺で。
 選挙はやってみなければ分かりませんが、政権交代が起これば将来、小生も安心して自民党に一票を投じることが出来るというものです・・・いや、やっぱ自民も民主も与党的なものとして、社民党にでも・・・もっともその頃、社民党が幸いにして生き残っていれば、ですけど。
 その社民党の福島瑞穂党首が、「麻生氏は憲政史上最短の首相になる」と発言していましたが、9月24日に就任して東久邇宮首相の在任期間を越えるためには、・・・11月16日まで頑張ればいいのかな?
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by bokukoui | 2008-09-23 23:40 | 時事漫言 | Trackback | Comments(16)

今流行りのお米の話題に関連するような話

 色々忙しく、気候も宜しくなく、機械の調整にも手間取って、なかなか大変です。ブログの更新も思うに任せず、先月発売の『COMICリュウ』の感想も書かぬうちに今月号の発売日が来てしまいました(でも忙しくてまだ読んでません)。あんまり放っておくのも何なので、今日は珍しく? 時事的な話題に関連したようなことを一つ。

 昨今世間を騒がせております、本来工業用に使う汚染された事故米を食用に転売したという問題は、あちこちに波及して留まるところを知らぬ状況のようです。そして、問題の一つに、「工業用」に使うとされた事故米の用途を、農水省がろくろく把握していなかった、具体的には糊やベニヤ板の接着に使うと当初発表があったのに、各々の業界からほとんど使わないと反論された、結局「工業用」ってなんなのよ? ということがあります。

 「工業用糊に限り販売」 農水省の説明は大ウソだった(J-CASTニュース)

 では米で出来る食品以外の工業って一体何があるんだろう、と思っていた矢先、コンピュータ環境整備などで散乱した部屋の整理中、以前話題にした大河内正敏『味覚』(中公文庫版)が発掘され、その中に米の面白い工業利用の話があったので一つご紹介。書かれたのは敗戦直後の1946年のことです。
 ・・・日本は食糧には困らないと思っていたのが、今日になると米が一年に千二、三百石も足りないという騒ぎになった。ふり返ると、米が生産過剰で、農家は米価の下落に脅かされるから、米を消費する化学工業を研究してくれと農林省から鈴木梅太郎博士の研究室に依頼があったのは今から十年とは経っていない。というのは日本米の持つ味覚は、我々が賞味して、シナ人その他の人々には、ビルマ米やインド米、南京米、の方が向くのみならず、値段も安いから日本米は輸出が出来ないのである。輸出されている日本米は、ほとんど海外在留同胞の需要と、欧米人のわずかが、日本米の味覚を讃美するに過ぎないのである。ところがフランスは在留日本人の数と比べて、日本米の輸入が格段に多いから調べてみると、フランス人の味覚の発達からではなくて、有名なフランスの化粧品工業が白粉の原料にしていたのがわかった。日本米でないと顔に白粉の乗りが悪いそうである。
(同書pp.126-127 太字は引用者による)
 と、化粧品にしていたんだそうです。理研の総帥の発言なのでなにがしか根拠はあるのでしょう。
 では今度の汚染米も化粧品に・・・って、化粧品も今はそんなもの使わないのでしょうけど。だいたい今時「白粉」自体、歌舞伎役者や舞妓さんでもないと使わない気がします(女性陣のご指摘乞←このブログに女性読者がいるのかは微妙)。よしんば米を使ってたとしても、これも健康被害の懸念で採用されることはないでしょう。昔々、白粉に使っていた鉛白よりかはずっと安全だと思いますが。
 「昔ながらの製法」が安全を意味しない場合もあるのでございます。いや、実はこういうこと結構多い筈なんですけどね。
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by bokukoui | 2008-09-21 16:29 | 食物 | Trackback | Comments(6)

『月刊COMICリュウ』10月号の速水螺旋人「螺子の囁き」について

 体調も機器もその他もいろいろあって、なかなか何事も思うようにはいかず、こういった状況でネタも暇もないのですが、まあそんなことばかり書いていても何も面白くないので、目先の違った話を。

 で、せっかくタグまで作った割に、ちっとも更新していない『COMICリュウ』の話ですが、うっかりしているうちに次の発売日が目前にまで迫ってきたので、急遽一つ。もちろん、ナヲコ先生の「なずなのねいろ」はじめ掲載された漫画作品について書きたいのですが、それ以上に先月発売だった10月号には驚くべき記事がありましたのでまずその話を。
 それは速水螺旋人氏のイラストコラム「螺子の囁き」ですが、なんと今回のお題が

 ロシアの蒸気機関車「E形SL」

 だったので、これはもう驚いた次第。

 以前、速水氏の作品について書いた、単行本『速水螺旋人の馬車馬大作戦』と、この「螺子の囁き」を比較した記事の中で、兵器でないメカが「螺子の囁き」では登場しやすいから、鉄道も出るかも、という期待を表明しておきましたが、いやあ本当に出るとは嬉しい限りです。

 で、お題はロシア・ソ連熱愛者の速水螺旋人氏にふさわしく、ロシアの蒸気機関車でした。E型というのはずいぶん素っ気ない名前ですが、世界でもっともたくさん作られた蒸気機関車(およそ1万4千輌)として有名です。ロシアで速水氏は実見されたそうで、絵もいい感じです。比較的小振りな動輪が5軸並んで(先輪も従輪もない。軸配置は0-10-0)、その上にボイラーが載っかっている姿はスマートさは全くありませんが、機関車らしいパワフルさはありますし、どこか短足ぶりがユーモラスな感じもします。1912年初製造で2次大戦後まで作られていたとか(道理で数が多いわけです)。日本でいえばちょうど9600形と同世代ですね。小径の動輪をたくさん並べてその上にボイラーを乗せた貨物機、という点では似ているかもしれません。どちらも末永く活躍したし。
 兵器などのメカを巧みに描かれる漫画家さんが、こと鉄道になるとバランスが変になったりすることがままあったりしますが、そんなことないのが今回の「螺子の囁き」の嬉しいところです。短足な感じが、速水氏の画風とも相性がよかったのかも。もっとも、蒸気機関車のスペックで一番大事な動輪径は書かれていませんが(1320ミリだそうです。1333ミリと書いていた本も見た覚えがあります。どちらにせよ、ロシアの5フィート=1524ミリゲージより小さい動輪な訳で、1250ミリの9600以上に短足な感じ)。

 しかし、ハタと思ったのですが、ロシアの鉄道のことってどうも日本ではあまりわかりませんね。このE形は、世界最多生産ということで存在ぐらいは小生も知っていましたが、ロシアの機関車の技術的な特徴とか系譜、というのはさっぱりです。なるほど英米独と違い輸入機はありませんでしたが、満鉄が繋がっていたという浅からぬ縁はあるはずなんですけど・・・。
 当ブログに折々コメントしてくださる鈴木光太郎さんのブログ「蒸気機関車拾遺」では、最近ロシア関係の機関車が数多く登場していますね。E形より古い19世紀の話題が多いようですが、E形の話題も出ています。写真もあるので、興味を持たれた方は是非ご参照ください。紹介されているのがスウェーデン生産バージョンというマニアさに脱帽(E形はロシアの他ドイツとスウェーデンでも生産された由)。
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by bokukoui | 2008-09-17 23:45 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)

前途多難

 昨日は憑かれた大学隠棲氏にご来駕いただき、小生の崩壊した電子機器類のシステムの再構築をお願いしました。数ヶ月来の懸案でしたが、御蔭様でかなり事態は改善したと思います。もっとも、それと同時にするはずだった部屋の整理はつかず、むしろ電子機器設定のためかえって混沌としております。そしてまた、小生は身体から毒電波でも出ているのか、扱う機器の調子が悪くなることが多く、今回設定して貰った機器も、今暫く調整が必要のようです。
 で、毒電波発信源の調子はというと・・・今日も尾籠な話ですが、雪隠籠もりきり。ここ数日は割と良くなった気がしたんですけどね・・・。気候不順のせいでしょうか、頭痛も痛い今日この頃です。

 いろいろ仕事もあって前途多難ですが、折角機器の作業効率も向上したことだし、何とかこっちも含めやっていくつもりです。
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by bokukoui | 2008-09-16 12:00 | 身辺些事 | Trackback | Comments(0)

よろずごたごた

 いろいろ不調なのですが、風邪の方はマシになったものの口内炎やら足の皮膚が剥がれるなど、新たな症状も抱え込んでおります。

 その不調が移った訳でもないのでしょうが、昨日我が家の自動車が、一旦停止後動かなくなるという不思議な現象を起こしました。エンジンを切って再起動したらまた動いたそうですが、なんだかパソコンみたいですね。昔の家電は叩けば直るという風習がありましたが、今や再起動の時代なのでしょうか。
 そういえば今の自動車、運転マニュアルと同じ厚さの電子機器(カーナビとか)操作マニュアルがついてきて、なんだこれはと思ったものですが、いやはや。
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by bokukoui | 2008-09-12 17:14 | 身辺些事 | Trackback | Comments(5)

近況 及び小池滋先生トークなど補足

 昨夏は暑さに倒れましたが、今夏は逆に涼しさにやられてしまったようで面目ない限りです。急に涼しくなってどうも風邪のようで、さらには尾篭な話で恐縮ですが、ここ2日ほどは手洗いにこもっているうちに日が暮れてしまいました。そんなことをしているうちに、用事がさらに積もり積もっていろいろ危険な状態に。そんな時に限ってネット環境が完全にお亡くなりになっているのですが・・・

 前回の記事「『没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展』&小池滋トーク@世田谷文学館」に、書き忘れていた点が数点ありましたので補足。
 小池先生のギャラリートークは、100人の人を集めた1階ホールでの話が終わった後、2階の展示室に移動して、展示を前にいくつかのお話をされました。
 それは宮脇氏との思い出話的なことが中心でしたので、ここで記すのもどうかと思うのですが、ひとつ『時刻表昭和史』に関連して話されたことを書き留めておきます。本書における1945年8月15日の玉音放送の場面は、この出来事を描写した記述数ある中でも、最も優れたもののひとつではないか、小池先生としては、本書と太宰治「トカトントン」が、この事件を描いた中で双璧である、そう考えておられるとのこと。
 小生、子供のころ太宰のそれを読んだのですが(「走れメロス」と同じ本に入っていたんです)、題名くらいしか覚えておりません。やはり子供に太宰は難しすぎたのでしょう。

 少し前、何かの本だったか論文だったかで、歴代『中央公論』の編集長を取り上げて、編集長によってどのように『中央公論』の編集方針が変わったのかを検討した論文を読んだのですが(困ったことに出典をまったく覚えていないのですが)、その論文中、宮脇俊三編集長時代は半ページかそこらであっさり片付けられていて、どうもあまり特筆すべき点がなかったようです。
 どちらかといえば、中公新書や中公文庫のような、知識を誰にでもわかりやすく一般に広める、そちらの方に宮脇氏の業績はあったのかもしれません。鉄道紀行をマニアのものから一般のものにしたように。
 そういえばこの日、世田谷文学館を訪ねた際、小生の鞄の中には宮崎市定『科挙』が入っていました。特に選んだわけではないのですが、考えて見れば微妙な縁。

 展示では、宮脇氏の海外紀行についてもいろいろ展示していましたが、そこの著作リストを見てふと気づいたのは、アメリカについて題名に冠した本はなかったんだなあ、ということでした。アメリカの鉄道に乗った人の書いた本を翻訳した(実際には監修程度だったようですが)のはありましたけど(T.ピンデル『アメリカ鉄道3万マイル』)。本を売っていたコーナーで適当にめくった本に、アメリカに知人らとツアーを組んで行き、オレンジエンパイア鉄道博物館にも行った(記述は少しですが)との話があったのですが、やはり乗る派で歴史を尊重する人には、アメリカはいまいち食指が動かないのでしょうか。
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by bokukoui | 2008-09-11 14:33 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(0)

「没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展」&小池滋トーク@世田谷文学館

 所用の合間を縫って、世田谷文学館で今週末(連休明け)まで行われている展示没後5年 宮脇俊三と鉄道紀行展」に先日行って来ました。で、この日行われていた、ヴィクトリア朝文学研究の日本の第一人者にして稀代の鉄道趣味者である小池滋先生のギャラリートークも聞いてきた次第。
 実のところ、ひねくれ鉄道趣味者の小生はあまり熱心な宮脇読者ではない(鉄道は乗るものだと思っていない)のですが、多少の興味は惹かれましたし、小池先生のトークもあるというので、時間をやりくりして出かけた次第。

 世田谷文学館に行ったのは初めてでした。なかなか立派な建物です。
 入場券を購入して企画展を見ますが、入場券がマルス発行の切符を模していて、なかなか愉快な工夫。凝っています。でも折角なら、国鉄時代の常備券風にした方が趣旨としては・・・? そういえばこの展示会のポスターも、交通公社の時刻表の表紙を意識したデザインでした。関係者に趣味の方がおられるのでしょうか。
 展示は、宮脇氏の編集者時代の業績から、鉄道紀行を執筆した際の諸々の資料・ノート類などがありまして、なかなか面白いものでした。初めての作品であった『時刻表2万キロ』で使われた(作品中でも記されている)、乗り潰した区間を赤でなぞった白地図があったのですが、これが驚いたことに、全線完乗後もずっと使われていたようでした。新線が開業するたびに書き足されて、累計の乗車済キロ数も増えていったのですが、国鉄末期の改革でローカル線廃止が始まってからは累計キロの計算をやめて、新線開通時にプラスの距離だけ書くようになっていました。時代の変化がわかりますね。
 で、この白地図、新線はJR東西線あたりまで書き込まれているのが驚きでした。物持ちがいいというか、最後まで原点を大事にしていたというべきなのか。

 総じて、緻密に物事を整理していくこと自体、宮脇氏は結構好きだったのかもしれません。時刻表を読み解くことを楽しみとしたり、編集者として活躍したりしたのも、その性向の表れ方の異なった側面だったのかもしれませんね。
 もっとも、鉄道趣味者が皆緻密で整理な人ばかりではありませんけど(自省)

 ギャラリートークにはおよそ100人もの来場者がありました。平均年齢は結構高く(国鉄黄金期に青春だったような・・・?)、女性は10人いたかどうか。
 小池滋先生のお話の内容をかいつまんで以下に述べますと、

・宮脇作品についてもっともよく言われることは、「一般の鉄道文学とどう違うのか」ということであるが、自分(小池先生)の答えとしては、紀行文学が空間移動の記録であるのに対し、宮脇文学は時間をも移動する、時間が主人公であるということ。

・自分がもっとも好きなのは『時刻表昭和史』。同書は「時刻表自分史」でもあるが、これは歴史の本である。しかし、それだけではなく、紀行文においても時間的移動がある。
 『時刻表2万キロ』でも、終戦の時の今泉駅の画出てきて、エピソードが出てきて、時間への「垂直の旅」へとのめり込んでいく。同書で全線乗り終えた足尾線の章でも、乗り終えてからタクシーで鉱山へ行き、坑夫の無縁仏の墓のことが出てくる。他の本でも、海外紀行でも同じ。
 過去へと遡る、時間の逆行が起きている。

・なぜ宮脇作品がそうなのか、直接聞いたことはない。宮脇は西洋史学科の出身だが、それは過去への関心の理由ではなく結果であろう。彼の中に、記憶の奥へと「垂直の旅」をしたいという欲求があったのではないか。
 ここから先は自分の勝手な想像であるが、宮脇は大正15(1926)年生まれで、数え年と昭和の年数が一致している。これがどこかに引っかかっているのではないか。昭和とともにある、自分の過去は同時に日本の過去である、という。

・20世紀の世界の文学の特徴は、主人公が人間から時間へと変わったこと。有名な例としてはプルーストの『失われた時を求めて』。(ここで立って、ホワイトボードに temps perdu と書く)
 これが20世紀文学の特徴。イギリス文学では、ウルフ『ダロウェイ夫人』を例にすれば、これは夫人が買い物に出かけながら次々と過去の追憶にふけるのだが、同時にビッグベンの鐘が鳴ることで現実の時間を表している。今動いている時間(現実、日常)と失われた時(過去、頭の中)とをどう接合するのか、それが20世紀の文学である。
 宮脇はこれを意識的に行っていた。時刻表が現実の時間を表す、『ダロウェイ夫人』の鐘の役割を担っていたのである。


 これも実に面白い視角と感じました。宮脇文学を評するのに、「鉄道紀行の代表」扱いして、内田百間・阿川弘之と並べておけばよし、というのが一般的な傾向で、この展示会の内容もその線に沿ったものでした(ちなみに展示によれば、阿川氏の鉄道エッセイ本が、宮脇氏の編集者としての最初の仕事だったとか)。しかるに小池先生は、宮脇文学を「20世紀の世界の文学」の中に位置づけて見せたわけで、その広い視角は、これまでに聞いた覚えのないものでした。世界の鉄道を乗っていた宮脇氏の作品を評するにも、そして「鉄道」という近代の重要な装置の意味を考える上でも、有意義な指摘と思います。

 その後、常設展も見ておきました。北杜夫作品に子供の頃なじんでいた(ので、宮脇氏のことを最初に読んだのは、『どくとるマンボウ途中下車』で、北氏を新幹線に乗せる編集者M氏として、ということになりますね)、そのあたりに特に注目して。
 一つ驚いたのは、大藪春彦が本名だと知ったことでした(パスポートが展示されていた)。何となく、特に「藪」の旧字のあたりに勝手にハードボイルドを感じていたもので。

※補足記事があります。こちらへ
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by bokukoui | 2008-09-08 15:49 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(6)