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今日の東急デハ5001号の状況(46) 2年が経過

 デハ5001号が渋谷に設置されて、去る26日で2年になります。
 いろいろ忙しいので、その当日には行けませんでしたが、今日は所用で出かけるついでに写真を急いで撮ってきました。

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by bokukoui | 2008-10-27 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題 | Trackback | Comments(5)

真理はかれらを自由にしない

 今日は18歳以下の方お断りのお話です。

 このところ各方面の図書館やら文書館やらを梯子して回っているのですが、そんなわけで某日国立国会図書館に行った際のこと。
 行ったことのある方はご存じと思いますが、国会図書館は閉架式で、コピーも窓口に出して頼む方式になっております。最近はすっかりIT化(死語)されて便利になっており、コピーを申し込み場合も、端末で操作すると用紙が出てくるのですが、書名と申込者の名前があらかじめプリントされているので便利です。あとはコピーしたいページだけ記入して、書物本体の該当ページに栞(細長く切った藁半紙みたいのが大量に用意されている)を挟み込んで提出すればOK。
 昔は住所氏名なぞを用紙にいちいち書かねばならず面倒だったのが、たいそう楽になりました。もっとも、コンピュータによる検索システムがなかった昔は、利用者が本を探すまでがそもそも今と比較にならないほど大変だったでしょうね。国会図書館には今でも膨大な検索カードを収めた抽斗つきの棚が並んでいますが、もはや今の人間には使い方すら分かりません。あれをいちばん使いこなしていたと言われるのが、山川均だと誰かが言っていたような記憶がありますが、しかし考えてみれば、山川の生きていた当時に今の国会図書館の建物はまだないような・・・旧帝国図書館時代の話なのかな。

 話が逸れました。
 そんなわけで某日、小生は国会図書館で雑誌を閲覧し、何ページかコピーすべきところを選び出して、申込用紙をプリントアウトして記入、栞も挟み込んで雑誌複写カウンターに行った時のこと。
 大体において、18歳以下入館お断り(最近まで20歳以下だったような・・・いつから変わったんでしたっけ?)な国会図書館は、クソガキおこさまがいないため、自治体の図書館と較べて静かです。のはずなのですが、なにやら罵声を上げている輩がおります。カウンターに本を出した中年の男性が、やはり中年男性である図書館員を怒鳴りつけております。
 ついつい聞き耳を立てているうちに判明したことは、どうも図書館員が、コピーのページを確認しようとしたことが、その中年男性の気に入らないようでした。
 うろ覚えの中からその中年男性の言葉を復元してみれば、こんなことを言っていたと思います。

 「見れば分かるじゃないか! 真実はひとつだ、見たままじゃないか!」

 少なくともその男性がコピーを申し込んでいたのは、「金田一少年の事件簿」掲載の『少年マガジン』ではなかったことは確かです。

 国会図書館でコピーを申し込むと、受け取った図書館員はまず、申込書と挟んである栞を照合します。で、小生もやった覚えがあるのですが、申込書に書くべきページ数を書き間違えることがあります(栞はページを見ながら挟むので間違えにくい)。その場合、当然図書館員は当然どちらが正しいか確認を取ります。そこら辺から話がこじれたっぽいですね。しかしだからといって怒鳴ることでもあるまいに。
 ところで今までの利用経験からすると、国会図書館の応対は、特に感動的なほど親切というわけではないですが、特段何か不快感や問題を感じたことはありません。多少杓子定規なところはなくもありませんが・・・。小生個人の経験では、古い地図のコピーをする場合、可能な範囲(「半分」以下)が微妙に違っていたことがあって、多少交渉したことはありましたが(結局2回行って全面コピーしちゃうんだけど。古い地図は、将来的には国土地理院でネット上に公開するようにして欲しいですね)。
 あの怒鳴っていた人は、自治体の図書館と違っているから何かキレてたのかなあ・・・あんまりあの場所で見たことのない状景だったので、悪い意味で印象に残りました。

 そういや国会図書館と困った話といえば、例の戸井田議員は最近何をしているのでしょうか。次の衆院選の結果や如何。

※2012.4.20.追記
 2008年4月から、国土地理院の地図についてはおおむね、全面コピーが認められるようになったそうです。詳しくは以下をご参照下さい。
 国会図書館サイト「地図の著作権」の「著作権の保護期間が過ぎたものや、著作権者の許諾を得ている場合は、「著作物全体」の複写が可能です。」項目
 国土地理院サイト「承認申請Q&A」の第42項
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by bokukoui | 2008-10-25 21:42 | 書物 | Trackback | Comments(4)

「象の鼻パーク」の転車台と軌道跡について 補足情報・異説など

 去る日曜日に公開された、横浜港の「象の鼻地区」の「港の貨物線の鉄軌道及び転車台」について、見学記を先日書きましたが、関連する情報や補足すべきことなどがいくつかありますので、引き続きご紹介をば。

 では、ネット上で得られた情報をいくつか。
 まずはニュース。神奈川新聞・カナロコより。

 「遺構3点セット保存展示へ/横浜・象の鼻地区」
 「横浜の象の鼻地区/港の歴史語る遺構一般公開」

 前者は保存決定を伝えた8月のニュース、後者は先日の、小生も見にいった見学会の模様を報じたものです。
 次いで、鉄道雑誌の名取編集長が執筆しているブログ「編集長敬白」より。

 横浜港で“出土”した転車台群。(上)
 横浜港で“出土”した転車台群。(下)
 横浜港で“出土”した転車台群・続報。(上)
 横浜港で“出土”した転車台群・続報。(下)

 前二つの記事は、日本鉄道保存協会の関係者が見にいった折のもので、後半はその後寄せられた様々な情報を紹介しています。写真が多くあるのみならず、鮮明な図面や絵はがきなども紹介されており、興味のある方は是非どうぞ(そのような方からは、とっくに見たよ、という声が聞こえてきそうな・・・) 

 個人のブログから二つご紹介。

 「まちなみとでんしゃ」さん「横浜の鉄道風景 その1 ハマの転車台」
 「猫猿日記+ちゃあこの隣人+」さん
 どちらも、この転車台の上に長年鎮座していた倉庫の写真があり、公園化工事以前の様子が分かります。

 さて、この転車台について、小生は見学記中で、「なぜ穴をこんなに深く掘ったのでしょうか」という疑問を提示し、「注油用のスペース確保」などの説を紹介しました。この件について別の意見を聞きましたのでご紹介いたします。
 まず、話を分かりやすくするために、この転車台の簡単な模式図を以下に示します。
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発掘された転車台の横断面の模式図

 いかにも、ペイントで5分で描いたようなテキトーな図(苦笑)ですが、ご寛恕下さい。黒の線が縁石と煉瓦積みの土台、茶色が天板とそれに取り付けられた腕・軸受(天板中央の空白部はマンホール)、左右の赤が車輪、真ん中の赤が軸です。

 上で挙げた名取編集長のブログ記事に、日本鉄道保存協会の関係者がこの転車台を見に来たことが記されていますが、小生その中のさる先生にお会いする折がありましたので、なぜわざわざ穴を掘って、腕をつけたりしたのか、という疑問を伺ってみました。
 すると指摘されたことが、小生は見学記に「肩の滑車で天板の重量を受け、真ん中の軸は中心を出す役割だけを持っているのだろう」と書いたものの、そうではなくてむしろ逆であり、真ん中で載っかった貨車の重量を受けているはずだ、というのです。そして、腕を三角に組んであるのは、強度上の理由ではないか、ということでした。いわば橋梁におけるトラスのような役割を、腕が果たしているわけです。また、天板にかかる力を分散させることもあるのかもしれません。天板に乗った貨車の重量が中心の一点に集中したら、板が持たないかもしれないということです。
 言われてみれば、いわゆる「転車台」、蒸気機関車を方向転換させるものの多くは、真ん中で荷重を受けていました(真ん中と両端と、3ヶ所で重さを受け止める「三点支持式」という転車台もありますが、それは20世紀の新しいものだとものの本で読んだ覚えがあります)。その方が転車台を回す力が軽くて済むそうです。
 転車台の車両が載る部分というのは、いわば小さな橋のようなものですから、トラスで補強するという発想もありそうです(軽便鉄道の小さな転車台で、レールをへの字に折り曲げた補強をつけたものの写真を見た記憶があります)。この点はその場に居られた、理系の憑かれた大学隠棲氏も指摘するところでありました。
 また、この天板の材料については、鋳鉄でなくて錬鉄などかもしれないと仰ってましたが、鋳鉄の場合は特に、圧縮力には強くても曲げには弱いので、トラスで補強する意味はありそうですね。

 ちなみに先生方が転車台を見にいかれた時は、19日の見学会のように天板を外したりはしなかった代わりに、マンホールの蓋を開けて中を覗き込んだそうです。そして、「試しに回してみたら動いた」(!!)そうで、しっかり作られていて保存状態も良かったのだと察せられます。今でも回せるほど、回す力が小さくて済んだということは、これも中心で重量を受けていた証左、になるのかどうか。

 もう一つ、「(わざわざゲージを1067ミリにしたというのは)国鉄の貨車は入れたのでしょうか」という点に関しては、これについてはG氏(見学記参照)からも後でご指摘いただきましたが、大きさからしても耐えられそうな重量からしても、普通の貨車は入ってこれなかっただろう、とのことです。

 以上、いろいろな情報が集まりましたので、皆様に感謝しつつ、纏めさせていただきました。

※追記:公園「象の鼻パーク」として整備・公開された状況は以下の記事をご参照下さい。
 「象の鼻パーク」の現況・転車台の保存状況を見る
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by bokukoui | 2008-10-23 23:35 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(0)

「象の鼻パーク」の転車台と軌道跡見学記

 先週の記事で紹介した、横浜港の「象の鼻地区」の「港の貨物線の鉄軌道及び転車台」を見てきました。以下にその見学記を(※この記事以外に、続篇もありますのでそちらもどうぞ)。

 この日は畏友たんび氏(氏も鉄道趣味者で、かつ貨物線に少なからぬ関心を抱いておられます)を誘って横浜に赴きました。
 13時からの見学会の前に、まず後述のG氏に教えていただいた、山下公園で開催中のインド関係フェスティバル「ディワリ・イン・ヨコハマ」を覗き、カレーなど食します。一番怪しそうな店にしよう、と二人の意見が一致し、そして同じ店を選定したのは慶賀の至り。
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まだ開場後まもなく、比較的空いている「ディワリ・イン・ヨコハマ」

 早い時間でまだ空いていたのがもっけの幸いでした。昼間からインドビール試飲の誘惑に駆られますが、後のイベントとおのが体型を考慮して踏みとどまります。揚げパンのようなもの(名前失念)がなかなか美味しゅうございました。
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マリンタワーは改修中、天気はやや雲が多く残念

 やがて昼が近くなり、家族連れなどで次第に混み始めました。我々は次なる目的地に向かいますが、その途中山下公園では海中のゴミをダイバーが拾うというイベントをやっておりました。
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氷川丸を背景に集合するダイバーの方々

 我々が次に向かったのは、これは小生が大学に張ってあったポスターで知ったのですが、26日まで開催している横浜開港資料館の展示です。名前が売り飛ばされなくて良かった良かった。
 で、開港資料館の展示は「白船来航」と題し、今からちょうど百年前の1908年10月に、世界一周航海の途中日本に来航したアメリカ艦隊(艦隊を白く塗っていたので「白船」と呼ばれた)に関する資料を展示しています。これはアメリカ海軍力の伸長を世界にアピールする意図があり、日露戦争に勝利した日本への示威も目的ではあったのですが、いざ来航してみれば日本では大歓迎のお祭り騒ぎだった、という件。確かに、「こんなものまで!」という記念品、おみやげの類には目を見張ります。
 鉄道趣味者的には、アメリカ海軍軍人向けの乗車券などが目を惹きますが、これは鉄道国有化から鉄道院発足までのごく短期しか存在しなかった官庁、帝国鉄道庁発行になっているのが珍しいところです。当時のマスコミがアメリカ艦の写真を載せ、また絵はがき(当時の有力広報メディア)になったものも展示されていました。軍艦好きとしては、この頃は弩級艦の由来であるドレッドノートが完成したばかりの頃で、弩級艦以前の味わい深い艦形の戦艦やら装甲巡洋艦やら、それを出迎えた日本艦隊ともども見ていて楽しいものです。

 見ているうちに見学会の時間が迫ってきたので、残念ながらそこそこで打ち切って出ます。会場は既に開いていて、人が入っている様子です(後で聞いた話では、時間前に人が集まってきたので、早めに開けたそうです)。
 たんび氏と小生は「何人ぐらい来ますかね」「30人くらいじゃないですか」「4、50人は来るのでは」などと会話しながら会場に入りましたが、自分たちの見方の甘さを思い知らされました。
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見学会の解説に集まった人々(の、一部)

 100人以上来ていたことは確かに思われます。自分のことは棚に上げて、何でこんなマニアックで渋いものを見にこれだけの人が集まったのかと驚きました。流石にお年を召した男性の方が多かったのですが、女性の姿もあり、あまつさえ若い女性やカップルまでいたのは、やはり観光地である横浜ならでは、なのでしょうか。普通カップルでいきなりこんな所に連れてきたら、別れ話ものと思いますが・・・

 閑話休題、解説は、まず港湾局の方が出てこられ、ついで講師の堀氏と米山氏(この本で星晃氏にインタビューしてた人)が、港湾の歴史および鉄道の歴史の観点から解説を加え、その後かなり活発な質問が出されました。15分の予定とありましたが、30分はかかったと思います。
 この場所で、小生は旧知の軍艦マニアの方々に久しぶりにお会いしました。「三脚檣」のNさんとGさんです。技術と歴史に途方もなく詳しい方々で、この方々と色々お話を伺ったことで、自分一人で見に来たのでは気がつかなかったであろう多くの知見を得ることができました。

 話が先走りました。
 解説の内容を適宜織り交ぜつつ、軍艦マニア両氏の見解を参考にさせていただいて、肝心の物について説明しましょう。以下の写真はクリックすると拡大表示します。
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転車台と軌道跡 写真奥が海側

 これは、横浜港で明治から大正時代にかけて使われていた、港の荷役用の軌道と転車台(当時は旋車盤とか言っていたらしい)です。明治20年代に建設され、今回発掘された軌道と転車台は、税関の海側に面した位置のものでした。これらの施設は関東大震災で被害を受け、震災によって出た瓦礫で埋められてしまいました(転車台や軌道の周りに転がっている煉瓦の欠片は、その瓦礫のようです)。その上に戦後倉庫が建てられ(倉庫の上屋は霞ヶ関の海軍航空隊で格納庫として使っていたものを転用したのだとか)、最近まで倉庫用地となっていました。それが、再開発でこの辺り一帯を公園化することになり、倉庫を撤去して土地を整備していたところ掘り当てた、という経緯になります。以下に見学会で配られていたチラシを載せておきます。
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配付された資料 地図と写真に注目

 この軌道は、ゲージ(レール同士の間隔)が3フィート6インチ、1067ミリあって、JRはじめ日本で一般的な線路と同じ規格です。当初は孤立した港の中の軌道でしたが、後に港が拡張されると貨物線と接続したそうです。
 一方、転車台の直径は8フィート、約2.4メートルほどで、蒸気機関車を方向転換させるものと比べるとごく小さなものです。上のチラシで、トロッコらしきものが写っている写真が載っていますが、このような人力で押す小型の車輌を、荷役用に使っていたのだろう、ということです。ポイントでなく転車台なのは、場所の節約の他、手で押す車輌の場合はカーブがあると抵抗が増して押すのが大変なので、なるべく直線で軌道網を構成しようとしたためではないか、との米山氏の説明でした。この地域には40箇所以上も、このような転車台があったそうです。技術的には、このような貨車用の転車台はイギリスで多く見られるとのこと。
 現在のところ、転車台の天板(正式にはなんと呼べばいいのか分からないのですが、鉄で出来た円盤の部分をこう呼ぶことにします)やレールのメーカーは分からないそうです。工事を発注する広告はあるそうですが、レールなどは今後調査してロールマークがあれば・・・との由。明治20年代ではまだレールの国産化は始まっていませんから、輸入なのは確かでしょうが、一体どこから輸入したんでしょうね。
 ところで、上の地図によれば、この附近にはまだまだ線路も転車台もあるはず。今後さらなる発掘は行われるのでしょうか。これ以上見つかっても困る、というのが当局の本音かも知れませんが・・・

 さて、今日の見学会では、ご丁寧に転車台の天板を載せた状態の、外した状態と、両方の形を見せてくれていました。より細部に迫って見てみましょう。
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転車台(一番海側のもの)

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転車台の天板を外したピット

 転車台の構造は、井戸のような丸いピットを掘って、周りを煉瓦で固め、縁を石で囲っています。真ん中に軸が付き出していて、ピットの中の肩の部分に8つの滑車が置かれています。この上に天板が載っているわけです。縁石には、天板を固定するための金具を差し込む穴が設けられています。
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転車台の天板

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転車台の天板 側面から(腕と軸受に注目)

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天板を支える車輪(やや縁石が崩れた箇所から撮影)

 転車台の天板には車輪を通すための溝が刻まれ、真ん中にはマンホールがあります。横から見ると、天板の下面には斜めに腕が取り付けられ、軸受らしき部品が腕の先に取り付けられています。
 回すためのハンドルなどはなさそうで、載せた貨車そのものを押して回転させたのでしょう。

 軍艦マニアの方々に色々お話を伺いましたが、まず話題になったのが、何で穴なんか掘ってあるのだろう? ということでした。肩の滑車で天板の重量を受け、真ん中の軸は中心を出す役割だけを持っているのだろう、と考えられますが、なぜ穴をこんなに深く掘ったのでしょうか。軸を据え付ける面も、滑車と同じ高さで構わなさそうです。
 ピットは煉瓦が10段は積んであって、かつ縁石がありますので、深さは70~80センチくらいありそうです。この転車台や軌道の水準は、横浜港の満潮時水面から69センチしかなく(この一帯を公園として整備する際は、海面から3メートル以上の高さにするそうです)、台風で高潮の時満潮が来て、海から風が吹いた日にはえらいことになりそうですが(震災以前はもうちょっと高かったのかもしれませんが)、なぜわざわざそうまでして穴を掘ったのでしょう。
 ここでN氏から出た意見としては、マンホールを設けていることからして、軸受や滑車に注油をする必要があり、その際の作業スペース確保のためではないか、ということでした。なるほど、注油の際にいちいち天板を持ち上げるのは、いかにも重くて大変そうです。しかしそれにしてはここまで穴を掘るのも大仰とも言えるかもしれません。

 この重そうな転車台の天板ですが、おそらくは鋳物で一体成形されているようです。勿論腕と軸受けはボルトでつないであるのでしょう。厚みは貨車を支える必要からかなり厚そうで、縁を見ると1インチくらいはあるのかなと思われます。
 これだけのものが当時の日本で国産できたのでしょうか? G氏のご意見では、イギリス辺りでこういった貨車転車台の規格があって、メーカーに注文すれば規格通り製作してくれたのではないか、との見立てでした。腕と軸受、ピットの複雑な構造も、海外の規格に理由があるのでは、とのお説でした。確かに、海外(特にイギリス植民地)との比較検討が、この転車台の意義の解明には必要でしょう。
 
 写真で分かるとおり、転車台に繋がるレールは、縁石から斜めに傾いてずり落ちているような感じになっています。
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縁石とレールの関係(海側から2番目の転車台)

 これは、おそらく元々枕木を敷いてレールを敷設していたのが、長い年月で枕木が朽ちて消滅し、支えがなくなって傾いたのだろう、との意見でした。この上によく無事に倉庫が載っかっていたものです。
 また、たんび氏が疑問として挙げられたのは、関東大震災で地盤が傾くなどしてこの軌道群が放棄され、転車台もろとも瓦礫で埋められたのは分かるが、何でその時レールや天板を外して屑鉄として再利用しなかったのか、ということでした(これはうろ覚えですが、震災直後は復興需要で屑鉄価格が高騰した筈)。確かに奇妙です。頑丈な天板だったから埋められて80余年を経ても大丈夫でしたが、或いは腐食してピットへ崩落して、地上が陥没ということもあり得たかも知れません。転車台をそのまま埋めた理由は、奈辺にあったのでしょう。

 さて、この倉庫跡地、昔の防波堤の形から「象の鼻パーク」と名付けられて公園となるのですが、この転車台跡地はどうするのでしょうか。米山氏曰く、汐留駅跡地でも同じような転車台の遺跡はあったが、天板が載っておらず、また場所から保存も叶わなかったとの由。市の方の説明では、何とか見える形で残したいということで、現在検討しているのは、転車台や軌道の水準が公園の水準より低いことを生かして、上にガラスのようなものを張って、広場として機能させつつ遺跡を見えるようにするということです。この遺跡が、見える形でそのまま保存されるのは大変喜ばしいことですね。来年6月2日は横浜開港150周年ということで、その日を期してここも公園としてグランド・オープンする予定だそうですが、それまでにそういった工事が完成するよう、期待しております。
 もっとも保存は遺跡活用の第一歩ともいうべきで、この正体や歴史的な意義などは、さらなる検証が必要でしょう。米山氏は、この軌道は国鉄の貨物線に繋がっていたことを強調し、「全国にこの軌道は繋がっていた」と説かれていました。しかし写真に写っていたトロッコの台車のようなものの運用では、全国に繋がっていたとは言えなさそうですね。国鉄の貨車は入れたのでしょうか。直径8フィートの天板に載るためには、軸距はそれより短くなければなりませんし、転車台同士がくっつき合っていることからして複線中心間隔は9フィートちょっとくらいしかなさそうです。小生は明治の貨車のことはよく知りませんが、確か阪神間開業時の小型客車の軸距が8フィートだったはず。明治の小型の貨車なら何とか・・・? 大正時代に放棄された理由も、もしかするとその辺にあるのかも知れません。

 とまあ、短い時間の見学で、小生は学会報告(の準備報告)の準備で忙しいためそのまま帰りましたが、なかなか充実した半日でした。特に、わざわざ転車台の天板を外して、ピットの中や天板の様子も分かるように展示してくれた港湾局関係者の皆様の配慮には頭が下がります。
 米山氏はこの転車台群と軌道を「重要文化財もの」と語っておられましたが、正直そこまでの価値が認められるかは疑問なしとしませんが、相応の保存と展示の措置が執られることを望みますし、またその方向にあることは喜ばしいことです。近代史が他の時代より圧倒的に重要な横浜ならではかも知れませんが、近代の遺産に光が当たることを、嬉しく思います。

※追記(2008.10.23.):この記事の補足情報を書きました。是非ご参照下さい。
 また、「転車台」「ターンテーブル」「天板」の使い分けがいい加減だったので、修正しました。

※更に追記:公園として整備・公開された状況は以下の記事をご参照下さい。
 「象の鼻パーク」の現況・転車台の保存状況を見る
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by bokukoui | 2008-10-19 17:59 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(2)

ドブネズミみたいに美しくなりたい

 図書館閉館までねばっての帰途、半蔵門線大手町駅でふと線路を見下ろしたら、でかいネズミがコンクリート枕木のあたりをうろうろしておりました。
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 携帯電話のカメラで撮影したので分かりにくいですね。
 知識として地下街などにネズミが生息していることは知っていましたが、いつも使う地下鉄の、しかも線路で見たのは初めてだと思います。小生、およそ動物には疎いのですが、枕木やレールの大きさから見て十数センチの体長のネズミ、となればやはりドブネズミでいいのでしょうか。こやつらがケーブルを齧って運行停止、なんてことにならなければいいのですが。
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by bokukoui | 2008-10-17 22:38 | 鉄道(現況実見) | Trackback | Comments(6)

鉄の道は一日にしてならずぢゃ

 なんだか睡眠がうまく取れず、疲労ばかり溜まってふわふわしているような感じです。
 まあ、そんな話をしてもしょうがないので、溜まっていたメールをようやく返したりしたついでに見つけた著名法螺ニュースサイトのネタを一つ。

 bogusnews
「真の鉄道ファンはわれわれだけ」鉄道の日に“レール鉄”が宣言採択
「鉄道の日」の14日、全日本レール鉄同好会(本部:品川)が都内大崎で総会を開いた。席上、
「真の鉄道ファンと呼べるのは、われわれ“レール鉄”だけである」
との宣言が読み上げられ、満場一致で採択された。

レール鉄は、鉄道の線路を構成する軌条(きじょう)=いわゆるレールだけを好む鉄道ファンのこと。最近ではキモくないタレント鉄オタの登場で鉄道趣味が市民権を得つつあるが、レール鉄はかねてから「あんなものは鉄道趣味とは言えない」と主張してきた。
「鉄道とは文字通り“鉄の道”。つまりレールのこと。レールこそが鉄道の主役であり、列車や駅弁などおまけ。真の鉄道ファンならレール鉄の道を突き進むべき」
というのだ。
(後略)
 10月14日が鉄道の日であることがここまで広く浸透していることには慶祝の意を表したいと思います。bogusnews主幹も「白金桟道橋」や「短尺レール」など、ネタの吟味にも力を入れており、その力の入れようを心強く思います。
 しかし。
 これはそんなに嘘ニュースでもない、そうもまた同時に思ったわけで、小生が読んだ第一印象は、「『全日本レール鉄同好会』の会長は、やっぱ石本祐吉氏かなあ」というものでした。つまりこんな本もあるもので。

写真と図解で楽しむ

線路観察学

石本祐吉 著(アグネ技術センター)
線路を構成するうえでの主役であるレール,分岐器,PCまくらぎについて,それぞれの製造工場,貨物駅や製鉄所などの特殊な線路の現場を取材しまとめた一冊.
『増補版 鉄のほそ道』の姉妹編.


 石本さん、また新刊出されるんですね。詳しい書誌データはリンク先にありますが、2310円なら買いでしょう。あ、小生、姉妹編の『増補版 鉄のほそ道』持ってます。面白いですよ。(万人には勧めませんが)
 ボーガスニュースの「『エセ鉄道ファンにしてただの“列車好き”である“乗り鉄”などを撃滅し、レール鉄が鉄道界を前衛として支配していく』という“レール鉄原理主義”」という台詞に笑いつつも、結構「鉄道趣味とは鉄道に乗ることではない。乗っているのはただの顧客だ」などと、最近の「鉄道ブーム」に放言することもある小生としては、いくらか苦笑も混じらざるを得ませんでした。もちろん「乗り鉄」を否定する訳じゃないし、そこから裾野が広がっていくのは結構なことです(少なくとも、初心者向け=「萌え」に走ったミリオタより何千倍も)。
 もっとも石本氏は、鉄道が出来て観光地がどう発展したかとか、鉄道官僚の人事だとか、こういった話題に「それが鉄道とどういう関係があるんですか?」と仰った、それくらいに筋金入りの方ですが・・・。石本氏ほど極端でなくても、古レールの研究なんてのは結構メジャーな趣味で、以前このブログでも紹介したこちらのサイトなどは、その代表的なものです(最近更新ないようですが・・・)。

 しかしまた、世の中にはさらなる「鉄」マニアという方もおられまして、小生の存じ上げるさる軍艦マニアの方は、軍艦を造る鉄のことをひたすら究めておられました。
 「鉄」の道も深いのであります。

 確かに一般には知られることがちっとも想定できない世界ですが・・・「今日の早川さん」に、アグネちゃんが登場(アグネス・チャンじゃないぞ)したところで、分かる人はあんまりいなさそうですしね。

 それはそれとして、上掲ボーガスニュースの記事中に「短尺レール」というのが出てきますが、これは普通のレールが現在一本25メートルの長さ(25メートルごとに継目がある)なのに対し、それより短いものを指します。溶接してロングレールになっているのが今の日本の幹線では普通ですが、戦前の日本では25メートルどころか幹線でも10メートルごとに継目のあるのが普通でした。そんな路線を3軸ボギー客車で走ったらさぞ喧しかったでしょう。
 で、そんな昔ながらの10メートルの短尺レールなんて、今時はもうほとんど絶滅しているだろうと思いますが、それが写っている写真があったので以下に紹介。クリックすると拡大表示します。
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名鉄美濃町線 新関駅構内(2005.3.11.)

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名鉄揖斐線 黒野駅構内(2005.3.11.)

 拡大表示していただければ、赤で印をしたところに継目があることがお分かりいただけようかと思います。枕木の本数からして、これはおそらく10メートルレールだったでしょうね。既に廃線になってしまった線路ではありますが・・・。

 レールの継目の音といえば、小生は阪和線の快速が強く印象に残っています。幼時帰省の際に阪和線の快速に乗った際、少しガタがきはじめた103系や113系が全速力で走る様は、なんともスピード感がありました。それはレールの継目を車輪が越えるジョイント音と、風切り音、窓枠がガタガタ揺れる音によって、大いに盛り上げられていたのでした。そして雄の山トンネルを抜け、紀ノ川の平野が一望されると、ああ和歌山に来たなあと思ったものでした。
 しかしJR化後だったと思いますが、ロングレール化によりすっかり静かな走りになってしまい、スピード感は失われました。その後は帰省も自動車化して(阪和道が開通)、阪和線も長らく乗っていませんね。

 このような感興を催す、しかし一般的には騒音と振動のもとであるレールの継目ですが、日本ではほとんどの場合相対式継目といって、左右のレールの継目を揃えて同じところでつなぎます。一方、相互式継目といって、左右のレールで継ぎ目をずらす方法があります。概して、欧州は相対式で、アメリカは相互式といわれております。
 相対式は上の写真で分かりますから、相互式の具体例を。これはグランドキャニオンの駅で撮影したものです(前にもこの写真は掲載していますが、今回は一部を大きめで)。この写真はクリックすると拡大表示します。
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グランドキャニオン駅にて(2007.5.11.)

 ところで、日本は明治末からレールの国産化を行いますが、その際のレールの規格はアメリカの鉄道に準じたものにしていました。明治の当初こそイギリスの影響が濃かった日本の鉄道ですが、20世紀以降はアメリカの影響の方がむしろ強いのではないかと小生は考えています。レールの規格もその一例だと思うのですが、継目のやり方は昔のままで変わらなかったということでしょうか。

 なんだか話が例によってとっちらかりましたが、純粋に近い「鉄」の道もあるということで。マニアの世界はbogusnews主幹の斜め上を行く濃さなのであります。
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by bokukoui | 2008-10-15 22:33 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)

簡単に『月刊COMICリュウ』11月号雑感

 いろいろ忙しいのですが、また次の号が出そうなので、手短に。
 今回は新創刊2周年特集(小生が本誌を買い始めて1年ともなるわけですが)、ということで付録がいろいろついているのですが、そちらは我が琴線に触れるところなく・・・ま、本誌について以下簡単に。

・ナヲコ「なずなのねいろ」
 なずな回想編も大詰めでしょうか。なずなの、父から引き継いだ天性の音に心揺れる花梨さん。そしてようやく、なずなが叔父の眞さんに、密かに三味線の手ほどきをしていたことの繋がりが見えてきました。花梨さんと眞さんの繋がりはいよいよ妖しさを増してきましたが・・・
 幼少なずなが三味線を弾いているシーンで、三味線の「カンカン」という音の書き文字が、マジックで大胆に書いてあって、しかもわざと(でしょう)文字を塗り残してあるあたり、なずなの荒削りな音が伝わってくる感じです。

・速水螺旋人「螺子の囁き」
 今回もロシアメカ、アントノフAn-2。戦後の1947年初飛行の単発複葉機、万能の軽輸送機です。ポーランドで1991年まで作っていたとは・・・地上を見やすくするのか、ちょっと変わった風防が可愛いです。

・神楽坂淳/伊藤伸平「大正野球娘。」
 大正なのに扉の絵がT-34/85・・・。いきなり後日談状態で、おまけにペン入れ怪しいページもあったり、そして途中で終わっているような・・・。女の子の絵はラフでも、T-34はきちんとペン入れしてるのはどういうことか。
 いきなり心配になってきました。

・大塚英志/ひらりん「三つ目の夢二」
 エプロン+和服の女給さんに目が奪われた読者は決して小生のみではないはず(ホテルの従業員なら「女中」でいい気もしますが)。それはそれとして、震災の中で夢二は幻想モードに入り込んでアレなシーンになっております。

・石黒正数「響子と父さん」
 いよいよ石黒作品再登場。微妙な距離感を堪能。とはいえ現状では「ネムルバカ」ほど印象が強くないのですが、シリーズを今後重ねて魅力も深まることを期待します。

・ちみもりお/ワタリユウ「冥王計画ゼオライマーΩ」
 新連載。何でも昔のロボットアニメの復活というか続編みたいなものらしいのですが、ロボット系を受け付けない小生としては如何とも評価しがたいところです。とりあえず女の子はとても可愛らしく、初回から触手まがいに絡め取られるなど、見所も。
 で、何で受け付けないのに感想を書いているのかといえば、ナヲコ先生の『からだのきもち』のあとがきで、編集が「ゼオライマーも出したし」、だからナヲコ先生のエロ作品集も出しましょう、という文脈で出てきたので気になったので・・・正直関連は分からん(笑)

・安彦良和「『麗島夢譚』事始」
 エッセイ漫画としても面白かったのですが、次回から連載再開らしく、喜ばしいことです。それにしても、博多から筑肥線経由で平戸に行ったら、そりゃ時間かかりますわな。

・たまきひさお「トランス・ヴィーナス」
 祝隔月連載決定(それにしても、月刊連載の漫画と同じくらい、隔月や不定期の連載があるのではないかと・・・)。一気に読まされるパワーの点では、本誌でも随一の作品と思います。「純愛も 行き着く先は肉欲なのよ」ってなもんで。

・アサミ・マート「木造迷宮」
 扉絵を見た瞬間、ヤイさんの幼少時代の話かと一瞬思いました(笑)。駄菓子屋のバアさんがいい味を出しています。

・安永航一郎「青空にとおく酒浸り」
 今回は本来のストーリーに戻って一安心。「ノーパナイザー」ってのは、目にも止まらぬ速さで女性のぱんつ(下着の方)を脱がす奇怪な技を使う輩、という意味だと思っていたら、ちゃんと本来の? 意味があったんですね。

・魔夜峰央「黄昏マンガ家ミーちゃんのSFですよ」
 「クレプスキュール」が一応終わったので、今度はエッセイ漫画。『リュウ』編集部はSF好きが多いんでしょうか。コマ割りがひたすら横にだけ区切っています。

・永井朋裕「うちゅんちゅ!」
 幼稚園ネタが引き続き。ある意味『LO』よりいかれてます。

・つばな「第七女子会彷徨」
 今回も二本立て。もしかするとこれはすごい作品なのかもしれない、と思うようになりました。今回は特に、死んだ人の意識をデータ化して「天国」を作ってしまう話が特に。

・天蓬元帥「ちょいあ!」
 『電撃大王』だとか『まんがタイムきらら』だとかの掲載でも違和感のない作品だけに、個人的にはあまり注目しておらず、殊にガスマスクをいつも装着していたガス子がガスマスクを取ってただの美少女になってしまったのは遺憾だと思っていましたが、今回久々にガスマスク姿が見られたのは良し。あとどうでもいいお国自慢ネタもよかったのではと。岡山といえばママカリもいいですが、大手饅頭は外せない。


 駆け足で見てきましたが、今回も基本的には満足の内容。次回はやっとこさ『さすらいエマノン』掲載ということで期待大です。
 それにしても、今号の『ゼオライマー』だとか、付録の出淵裕『機神幻想ルーンマスカー』だとか、大暮維人『BURN-UP EXCESS&W』だとか、ひとむかし或いはそれ以上前の漫画を、復刊させたり続編を出したり、そういうのが『リュウ』周りは多い気がします。そのお陰でナヲコ先生の作品も、未収録作品が単行本化されたので文句のないところですが、市場の飽和というか成熟がこういった方針を採らせているのでしょうか。
 で、小生がふと思ったのが、

『COMICリュウ』の商売敵は復刊ドットコム

 ではないかと。実際、ナヲコ先生の単行本未収録作品集は復刊ドットコムで要望されて、結構票集まってましたからね。
 或いはむしろ逆に捉えるべきかもしれません。復刊交渉開始の目安である100票まで行かなくても、この分ならいけそう、というのを漫画を扱っている出版社が先に目をつけて交渉すれば、復刊ドットコムよりも或いは手早くやりやすいかもしれない、そんなことをふと思いました。フリーライダー的やり方ですけど、本気で出すならノウハウのある方が、漫画雑誌を定期刊行しレーベルも持ってる方が、有利でしょう。なんだか野党のよい政策を丸呑みして、実行したら自分の手柄面する自民党みたいですが。
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by bokukoui | 2008-10-13 23:55 | 漫画 | Trackback | Comments(4)

カレンダーを買いに日比谷公園に行く

 いろいろ忙しいのは当分変わりそうにないのですが、所用の合間を縫って表題のごとき買い出しを。
 とはつまり、この週末日比谷公園で行われている、鉄道フェスティバルを覗いてきた、ということです。

 イベントの内容はリンク先を参照していただければ宜しいのですが、各鉄道会社および関係企業がブースを出してなんぞ即売会などやっている、そんなところです。「鉄道の日(10月14日)」に近い週末に行われています。
 過去には何度か通った小生ですが、ここ数年は気力体力の低下に伴い足が遠のいておりました。しかし今日は他にも所用があって出かけたことから、事のついでと最近の「鉄道ブーム」の状況観察も兼ねて寄り道した次第。
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日比谷公園「鉄道フェスティバル」の模様

 午前中は雨も降ったあいにくの天気でしたが、かなり人出は出ているようです。客層は、おなじみ鉄道趣味者の他、ご老人・家族連れなどが多く、つまり例年と同じということですね。
 販売ブースだけでなく、例えば鉄建公団(名前変わったんだっけ)などの展示もありましたが、これも例年と同じです。今年は、英国に輸出した高速電車を中心に、海外に輸出した車両を紹介した「世界で活躍する日本の主な鉄道車両」というのが目立ちました。
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「世界で活躍する日本の主な鉄道車両」パネル

 いろいろ載っていて興味が湧きます。アメリカの通勤電車は日本製が多いんだなあなどと感慨にふけりますが、中国における「解放形」がないのが残念(古すぎ)
 一角のステージでは、「鉄道アイドル」木村裕子氏と、横見浩彦氏がトークショーをやっていました。横見氏は結構でかい人でした。
 大日本印刷、凸版印刷などのブースもあります。子供が群がっていたので覗きませんでしたが、どういう関係だったのでしょう。これらの企業は社史編集支援事業を行っており、鉄道会社の社史も手がけておりますが、それとは関係なさそうだし。

 数年ぶりに来たとはいえ、小生特に鉄道グッズの類には関心なく、地元の路線を取り上げたトレインシミュレーターはコンシューマー機専用で如何ともなしがたく、ただ実用的な目的から来年度のカレンダーを求めます。私鉄各社のブースが並ぶ一角はどこも賑わっていましたが、その中でもなぜか営団改め東京地下鉄が大行列でした。副都心線開通効果なのか、単に手際が悪かったのか。
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東京地下鉄ブースの大行列

 結局京急の卓上カレンダーを買いましたが、これは数年前にやはり買った覚えがあります。そのカレンダーを使っていた年は、論文にせよ報告にせよ割とうまく行った年のような気がしたので、まあ下らぬ縁起担ぎとは思いつつ。後で買った卓上カレンダーを見てみると、写真の出来やレパートリーに文句はないのですが、かつてのに記載されていた撮影地の情報がなくなったのがちょっと残念。

 結局他に買い物はしませんでした。
 この鉄道フェスティバルが、毎年定番行事となって賑わっていることは大変結構なことですが、やや毎年変わり映えしない感もちょっと抱いたので、私的改善案を思いつきました。まだまだ日比谷公園に場所はありそうなので、要するにブースをもっと広い範囲から募ればよいのではないかと。で、鉄道会社に関係団体、鉄道関係のコンテンツを扱う企業(今回はスカパー!のブースが目立った。木村裕子氏を呼んだのもここか?)、というこれまでの範疇と異なった主体を呼び込みましょう。
 というわけで、是非労働組合を。私鉄労連、JR総連、何はなくとも動労千葉。「闘争貫徹」鉢巻とかの公式グッズをそろえましょう。もちろんカンパ箱をでんと据え、釣銭はそこへ(笑)・・・なんてことを思いついたのは、なぜかその場にいたラーゲリ氏が「日比谷公園といえばデモ隊しか思いつきません」とのたもうていたから、でしょうか。労組の強力さは十分鉄道の特徴であると思いますが(除西武)。

 ヨタはともかく、阪神と阪急のブースが並んでいるのを見て、阪急阪神の百貨店と高島屋が経営統合で合意したという昨日のニュースを思い出しもしました。呉服店系の百貨店と電鉄系の百貨店が本格的経営統合、というのに時代を感じ・・・いや、東急百貨店が白木屋を乗っ取ったのは半世紀も前でしたっけ。そういえば昔、高島屋が難波駅ビルに入居した際、南海が高島屋の株を持ったという話をどこかで読んだ覚えがありますが、あれは今はどうなったのかな。
 昨今の経済の急展開の中で、私鉄各社も合従連衡の時代にまた入るかもしれません。アメリカの鉄道が大手4社(+カナダ2社)のほぼ独占体制になったほど、過激なことになるかは分かりませんが。
 ・・・話は更に逸れますが、アメリカの鉄道といえば、以前扱った、ファンドと揉めていた大手鉄道CSXの件はどうなったのでしょう。もはやファンド側もそれどころではないのかもしれません。こうなると日銭の入る鉄道業の方が強く確実?・・・アメリカの大手私鉄は1960年代頃から80年代頃まで、しょっちゅう倒産していたような気もしますが、まあ今なら多分。

 話が千々に乱れた割に、肝心のフェスティバルの紹介が不十分で申し訳ありません。
 このフェスティバルへの小生への関心がその程度だったということですが、しかし来週の日曜日に横浜港で行われるという鉄道の遺跡見学イベントの方は、諸事多忙とはいえ鉄道史やっている横浜市民としては万障繰り合わせて行く所存です。ご興味のある方々も是非。港が舞台なので、船に興味のある方にも向いているかもしれません。
 詳細は以下のリンク参照。(リンク先はpdf)

 象の鼻パークで発見された鉄軌道及び転車台見学会を実施します!

※追記:この見学会に行ってきました。記事はこちら
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by bokukoui | 2008-10-11 23:07 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(3)

「ぼくは なたにやせんせいが たんにんでなくて ほっとしました」

 たまたま見つけたネットの記事に、個人的に興味深いものがあったので、全くもって個人的な感想などをふと記したくなりました。

 まず、発端になった記事がこちら。

 イザ!「組合と学力に関連性はあるか? 低学力地域は日教組票多く」

 最近話題になった、中山前国交相の発言についてですね。「日教組が強いところは学力が低い」と発言したものの根拠を示さず、そこでマスコミ(確か朝日新聞)が日教組組織率と学力テストの関係を調べたらどうも関係はあまりななそう、と報じられました。そこで産経がかかる記事を作ったようです。
 で、この記事、いくら何でもこれは酷い、ということを批判されたのがこちらの記事。

 黙然日記「産経の記者があまりにも。」

 上の産経系ニュースの記事が、先に結論ありきで無茶な数字の扱い方をしていることについては、黙然日記さんが的確に指摘されているので、付け加えることはそれほどありません。母集団の大きさを全く無視して数で比較している時点でおかしく、しかもその怪しい数字ですら「例外」が複数見いだされるのに説明はうやむや。更に得票率と比較して相関係数を取られた方がおられました(ストーンヘンジの夢「検証! 産経新聞「組合と学力に関連性はあるか?」(平成20年10月8日))が、相関係数-0.17というのは、普通は「相関が見られない」という評価でしょうね。それにしても、このブログの筆者の方のおっしゃるとおり、今時エクセルをいじくれば計算できる程度のこともしないのは手抜き、というか、先に結論があったんでしょうね。(※追記:相関係数-0.17は得票「率」ではなく得票「数」によるものです。得票率による相関係数は-0.038でした。お詫びして訂正します)
 ある問題について目につく「悪役」にすべての責任を押しつけてしまうのは、前回このブログで書いたような、「単純、明快」に世界が割り切れるはずだという誤謬に繋がっていると考えられます。さてこそ、これまでの成田空港を巡る様々な反対運動と、それへの対応の歴史を無視して、空港反対派のせいで(しかも反対した理由は公共心がないから!)空港完成が遅れたといった発言に繋がっているのでしょう(しかし「中国がうらやましい」とは・・・)。「単一民族」にしてもそうです。「日本人」に複雑な要因を持ち込む連中が許せないということでしょう。

 というわけなのですが、黙然日記さんでこの産経の記事でやり玉に挙げられたらしい民主党の日教組系参議院議員のお名前を見て、大変懐かしい思いに打たれました。ので、以下に至極個人的な思い出をつらつらと述べさせていただきます。個人情報だだ漏れの危険性がある記事ですな。

 その議員とは、那谷屋正義議員です。
 那谷屋先生、十数年前、小生が小学生だった頃、隣のクラスの担任でした(小生は3組で、那谷屋先生は2組だった)。名前が変だった(笑)ので覚えております。サイトで現在のお顔を拝見すると、当時の面影が確かにありますが、髪の毛はもっと多かったような。
 しかし、小学生の場合、隣のクラスの担任というのはあまり関係がないんで、いまいちイメージが湧かないんですよね。ただ、何となく「熱心」な先生だ、というイメージはありました(母親ネットワーク経由のイメージか?)。
 で、一度何かのイベントで、クラス間の交流を深めるというのか、給食の時間にクラスをばらばらにして混ざって食べる、というのがありまして、その時小生は2組に行きました。そして、壁に貼られていた、クラスの目標、スローガンを書いている模造紙を一読して、ぎくりとなりました。

 「目標 給食残量ゼロ」

 一般論として、小生は食べ物を残すことに強い抵抗があります。飲み会を友人とやっているような時、隣の卓の連中がごっそりと残して席を立とうものなら、はなはだ悲しい気持ちになります。それはもったいない精神とか、お米には一粒一粒神様が~、とかいうのではなくて、生活の運営上に於いて容易に避けられるはずの不合理が生じたことが悲しいのです。
 ですがまた、嫌いなものというのは人間どうしてもあるものですし、味の違いが分からないというのはいささか残念なことです。よほど栄養状態に悪化を及ぼすのでもない限り、好き嫌いの矯正はそんなに無理せんでも・・・と思ってしまいます。
 そうなると給食というのはなかなかに苦しい局面で、空腹は我慢するから食わずに済ますという選択肢は難しいし、かといって残すのが禁じられるとまことに進退窮まります。そして今にして思うのですが、大人になってしまうと嫌いなものでもそれなりに誤魔化して多少は食べられるようになりますが、子供の頃の「嫌い」「食べられない」という思いこみは宗教的禁忌に近いものがあり、自分を誤魔化すことがまず出来ないのです。
 更に事態をややこしくするのが、予算の関係上当時の横浜の給食は、近隣の川崎や町田に比べて「まずい」ということでした(もっとも、学校別の調理だったのは不幸中の幸いでしたが)。そして個人的なさらなる困難として、小生は当時大変に鈍くさい(今でもだけど)餓鬼だったので、そもそも食べるのに時間がかかるのです。

 小学生だった当時の小生は、この問題に苦慮したあげく、「中学校も給食」と聞いて遂に「給食のない学校に行きたい」と一念発起して、中学受験をすることにしました(ついでに体格が小さかった小生は女子に「可愛がられ」ておりましたので、「男子校に行きたい」というのも動機)。
 それでまあ今日に至ると。
 ・・・今検索したら、なんだってー!!! 欺されていたのか?

 話がいつもながらとっちらかりましたね。
 クラス間交流給食の日はたまたま献立が何とかなる内容だったので事なきを得ましたが、その張り紙を見た際の小生の心情が本日記事の表題なのでした。幸い小生のクラスの担任の先生は、その辺あまりやかましくなかったので、余計そう思ったんですね。
 ところで、小学校のその頃、小生は既に聯合艦隊の主力艦の艦名は全部言えるくらいの軍国少年でしたが、特段授業で何か「日教組の圧迫」的なことを感じたことはありませんでしたね。まあ、鈍くさい餓鬼だから気がつかなかっただけかもしれませんが。

 那谷屋先生は21年間横浜市で小学校の先生をされていたそうで、しかも田園都市線沿線と横浜駅周辺との学校ばかりだったようです。だとすれば、その間に担任した児童で有権者になった者、およびその父兄、その他学校関係で名前(特徴ある名前だから忘れにくい)を覚えた小生のごとき者、数千人は横浜市に今なおいることでしょう。
 もともと横浜などは民主党がそれなりに票を集めやすい地域ですから、この地域の有権者が参議院選挙でまあ民主に入れるか、という時、選挙公報を見て知った名前があれば、「へー、あの先生出るんだ。じゃあ折角だから名前書いてあげよう」というケースもそれなりにあったんじゃないかと思います。産経の記事には神奈川県は出ていませんけど、日教組系の候補だからその票がすべて組織票、というのも短絡的な話ですよね。日教組でも入れない人もいるだろうし。
 え? 小生ですか? 投票の秘密は守られるべきものです。でもこの長々しい記事を読まれた方には、もう分かると思いますが。
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by bokukoui | 2008-10-09 19:43 | 食物 | Trackback | Comments(11)

秋葉原通り魔事件 加藤容疑者起訴へ

 表題の件につきまして、そろそろ留置の期限も迫ってきていることから、動きがあるのではないかと思っておりましたが、いよいよ起訴の運びのようです。

秋葉原事件の加藤容疑者を起訴へ 完全責任能力を認定
<秋葉原殺傷>「責任能力あり」精神鑑定、遺族らに通知


 これまでの報道から鑑みるには、精神鑑定がそれほどこの事件においては重要とは思われませんでしたが(例えば宮崎勤の事件のような例と比べて)、何かしら裁判員制度に向けた対応などから、時間短縮のため先に済ませておいたということもあるのでしょうか。
 いずれにせよ、今後しばらくは裁判関係の報道がそれ相応に出てくるものと思われます。しかし争点自体は、それほど多くはないかもしれません。
 小生としては、事件当日警官の背中越しに見た人間が加藤容疑者だったのか確認のために、可能であるならば傍聴に行きたいところですが・・・。もうしばらく、裁判関係の情報は注視して行くつもりです。

 このニュースに関して、mixiその他ブログなどで見る意見に、少なからず「さっさと死刑にしてしまえ」的な乱暴なものが見いだされるのは、それは当然予期されるものとはいえ、やはりあまり見いだして楽しくなるようなものではありません。あまりこのことについて長々と述べる気は今のところありませんが、そもそもややこしいこの世界の出来事をあまりに単純に割り切ってしまうことが解決だと思う風潮が瀰漫することは、好ましいとは思えません。
 以下は小生のさる畏友の意見で、小生もまた深く同意するところですが、「建前」というのは大事なんだよということです。ネットの普及は、それまで言論を公にするような立場も経験もなかった多くの人々に、世界に向かって意見を発信することを可能にしましたが、それによって「建前」と相互に支え合う関係に本来あるはずの「本音」の暴走が起きているのではないか、という趣旨のことでした。
 しかし、「建前」というのは、社会のシステムを維持する上でかなり重要な役割を果たしているものです。
 法律的な問題解決のシステムというものも、内実と同じように形式的な手続きを積み重ねるということが大事なわけで、そのことを無視した言説ばかりまかり通る世の中になってしまうことは(特に裁判員制度開始も近い昨今)、そういったシステムの維持発展に好ましいこととは考えにくいところです。あまり形式一点張りなことにも問題はありますが、手続きの正統性を無視した単純な解決を求める声が増えすぎることも「盥の水ごと赤ん坊を流す」ようなことと言えるでしょう。

 やや話が逸れるかもしれませんが、最近の中国が行った宇宙遊泳に関して、「水中撮影による捏造だ」という批難をする徒輩に対し、宇宙開発の専門家・松浦晋也氏が、ご自身のブログで「このっ、バカ共がっ!」という記事を書いたところ、コメント欄がえらいことになったということがありました。そのコメント欄たるや、専門家に対し自分の無知を棚に上げて説明を要求し続け、説明を読んでも理解できないとループを繰り返し、旗色が悪くなると「説明が偉そう」などと言い出す、そんな状況になっておりました。
 これもまた、「単純、明快、分かりやすく」あるべきであって、専門家はそのように一般人に対し説明することが当然である、そのような考えが存在するという点で、一脈通じるのではないかと、ふと思いました。物事をやたらと「単純、明快」に求めることは、誰か悪いやつを求める陰謀論的な視野狭窄に陥りやすくなるでしょうし、犯罪の場合でいえば「さっさと吊せ」的言説に通じるのではないかと思います。
 小生のごとき者がかようなことを述べるのも僭越ではありますが、ある分野に詳しくなればなるほど、「単純、明快」には言いにくくなるのではないかと思います。

 例によってまとまらぬので適当にこの辺で締め括りますが、ややこしさを嫌ったり排除したりはすべきではない、なんとなればこの世は結構ややこしく複雑なものなのだから、そしてそのややこしい中になにがしか道筋をつけるには、本音を押し通すのではない、手続きを積み上げることが大事なのだろう、そのように思う次第です。
 秋葉原の事件のような凶悪犯罪の弁護に対し、「あんな犯人を弁護するとは何事だ」という声が、「本音」的座談の席、そしてネットではまま見られます(今回もそうなることでしょう)。しかし、裁判という制度そのものを健全なものに維持するためには、弁護士が被告人の利益を最大化するために全力を尽くすことは当然であります。弁護という手続きを弁護士がきちんと積み上げなければ、制度の意義に関わります。「積み上げ方がおかしい、下手くそだ」という批判を弁護士にすることはかまいませんが、「悪い奴のために手続きなんか積み上げるんじゃない」という批難は全く理不尽です。今回の裁判についても、そのあたりを取り違える声が余り出ないように祈る次第です。
 まあ、松浦氏の記事も、コメント欄が大いに荒れたものの、論点の整理と資料の収集といった着実な手続きを積み重ねることで収束の方向に向かっており、あんまり最初から悲観的になることも賢明ではないですね。

 秋葉原の事件から話がだいぶ逸れましたが、今回はこの辺で。
 裁判についてはまた新しい話題が出れば、追いかけたいと思います。
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by bokukoui | 2008-10-06 23:59 | 時事漫言 | Trackback | Comments(6)