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年の瀬に

 紅白歌合戦のゲスト審査員に姜尚中氏の姿を見いだして、年越し蕎麦が鼻の穴から出そうになった大晦日でしたが、皆様如何年末をお過ごしでしょうか。

 小生としましては、今年は色々ありましたが、前半の沈滞を何とかある程度改善することが出来、次の年への期待を少しは持てそうかなと思います。

 しかし、今は長々と回顧と展望を書いている余裕はありません。なにせ、大晦日なんだから大掃除をしようと思ったものの、あまりの惨状にちっとも終わらず、今夜どう寝るかが喫緊の課題なわけで・・・やはりあまり進歩していないようです。
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by bokukoui | 2008-12-31 23:57 | 身辺些事

今日の東急デハ5001号の状況番外篇(フジテレビ関係)

 「今日の」と書いておきながら昨日のことなのですが、渋谷駅頭デハ5001号について、先日報じた後付近を通りかかった所、内部の展示に今までにない特徴が見いだされましたので、特にそれについてのみ紹介しておきます。

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by bokukoui | 2008-12-29 18:54 | [特設]東急デハ5001号問題

戦前の映画を見た話(亀井文夫作品2点)

 少し旧聞に属する件ですが、前月の浦嶋嶺至(礼仁) 画業20周年トークイベントに行った際、たまたま出会った昼間たかし氏に教えていただいた昔の映画の上映を見に行ったので、そのことを忘れる前に書いておこうと思います。といっても、既に充分時間が経ってしまっているので、結構あやふやなのですが・・・何しろ映画というのは、メモを取るのがなかなか難しいもので。

 見に行った映画とは、上のリンクにある通り、亀井文夫監督作品の「姿なき姿」(1935年・29分)と「支那事変後方記録 上海」(1938年・77分)の二本立てです。映画館に映画を見に行ったなんて何年ぶりだろう。酒井翁メイド系映画(?)を見に行って以来かも。
 場所は京橋のフィルムセンターです。そういや中島らも『なにわのアホぢから』の中のひさうちみちおの漫画で、「京橋で映画を見る」というと、東京ならフィルムセンターに行くことだけど、大阪ではポルノ映画を見る意味になるというネタがありましたな。

 閑話休題、先に結論を書けば、二本とも非常に面白く鑑賞し、時間があっという間に過ぎました。もっともそれは、映画としての出来の善し悪しを云々するというよりも、「歴史の史料として」非常に面白かったということなので、映画ファンの方からすれば邪道な感想かも知れません。ただ、史料として見るならば、コマ送りでじっくり見たい所で、映画館で一通り見るだけではかえって欲求不満が溜まる感もないではありません。
 以下うろ覚えですが、個々の映画について印象に残っていることをつらつらと。

 まず、戦前の日本最大の電力会社であった(最大の民間企業でもある)東京電灯のPR映画「姿なき姿」について。小生は電力業の歴史にも少なからず関心がありますので、この日見に来た最大の理由でもあります。
 昭和初期の日本の電力は水主火従(特に東京電灯は水力依存傾向が強かった)でしたので、大規模な水力発電所の映像が続々と流れ、インフラ好きにはたまりません(フーヴァーダムの迫力には残念ながら負けますが)。火力発電所も紹介され、確か「お化け煙突」の千住火力も出てきましたっけ。
 このような大規模な水力発電所を建設するには、まず山を切り開いて資材運搬手段を講じねばなりません。今なら道路でトラックですが、戦前のことですから軽便鉄道を敷設して建設資材を輸送します。その模様が数多く出てくるので、画面から目が離せません。そもそもこの映画自体、軽便の機関車が大写しになって始まっています(文脈がちょっと分かりにくいのですが)。
 その中で、確か大井川の開発だったかと思いますが、橋を架けて川を渡る軽便鉄道の背後に、もう一本川を渡らない別な線路があって、二本の列車が同時に走っているという、模型のレイアウトのような情景がありました。あれはどこなんだろう。
 映画の最後は、冬の送電線を守る作業の大変さを写しています。新潟県や長野県から山を越えて東京まで延びる送電線を、雪をスキーで乗り越えて保守するのですが、ナレーションでは、食料を運び上げておいた山小屋に冬の間中こもって保線員は作業をするとのことでした。大変な作業であることはもちろんですが、この地域の住民にしてみれば、降雪で農作業が出来ない時期の間じゅう衣食住東京電灯持ちの賃金仕事というのは、合理的なものだったのかも知れないとも思われました。
 映画では、電気が産業や生活に不可欠になっていると強調するシーンがあり、そこで流線型の電気機関車・EF55が疾走しているのはよく分かるのですが、電気の使用例として「劇場照明」が挙げられているのが、何だか突飛な例に思えました。しかもその劇場、羽根をつけたおねいさんたちが階段で隊列をなしてダンス・・・ヅカか。いや、東京電灯だから東京宝塚劇場? というところでやっと気づいたのですが、1935年当時の東京電灯社長は小林一三だったのでした。成程。

 「支那事変後方記録 上海」の方は、日中戦争初期に占領された上海の模様を撮影した宣伝映画です。しかし一見しては声高なプロパガンダ映画ではなく、むしろ淡々と戦闘が終わった上海の情景を描写しています(そのように作られています)。
 これは盛りだくさんで、市街戦の跡であるとか、揚子江(の支流)に浮かぶ各国軍艦、航空機の出撃前状況や防空戦闘の説明など、陸海空すべての状況が盛り込まれています。市街戦では、共同租界との境界線にあったことを利用して、国府軍が最後まで抵抗した有名な倉庫の状況が分かります。市外だけでなく、郊外で激戦が展開されたクリークの様子も映し出されます(この戦闘に関しては、以前紹介した『第百一師団長日誌』が良い史料になります)。軍艦関係では、連装砲塔を4基備えたイタリア巡洋艦(多分。連装砲塔の二門の砲の間隔が狭いので。実は仏艦の見間違い?)や連装砲塔3基備えたイギリス巡洋艦(多分)が大写しになりますが、艦名が分からない辺りが我ながらヘタレでありました(ご存じの方がおられましたらご教示下さい)。

 雑駁な感想ですが、「聖戦完遂」的なスローガンの単純な連呼ではなく、むしろ戦闘の過酷さを示唆させるような、そんな印象を受けます(そのため現在でも尚鑑賞に堪える作品となっているのでしょう)。兵士の戦死した地点に、木柱に「誰それ戦死之地」と記した慰霊碑を建てた情景が、随所に織り込まれています。市街戦に関して、「世界に類例のない激戦」といったようなナレーションもあったかと思います。
 実際、第1次大戦の陣地戦の経験を積んだドイツから導入した技術を活用し、中国軍としてはもっとも装備も練度も高い部隊が投入された上海戦は、大変な激戦であり、日本軍もその突破には様々な工夫と大きな犠牲を必要としました(詳しくは上掲リンクの『百一師団長日誌』参照)。その直後の第2次世界大戦の奔流の中で霞んでしまいましたが、当時としては確かに、一時代を画した戦場であったのでしょう。そして、その激戦という背景があったからこそ、その直後の南京事件へと繋がっていくのです。
 で、あからさまな戦意高揚でない、むしろ犠牲の大きさや激戦を強調する、一歩間違えば厭戦機運にも繋がりかねない、この映画が当時の軍に許されたのは、一時代を画した戦場ということを軍も感じていたからなのかも知れません。これは全くの思いつきですが。

 ところで、やはりプロパガンダ映画といえば、子供の扱いが大事ですね。この映画でも例に漏れず、子供が登場します。それもご丁寧にも、在上海在留邦人の子供と、中国人の子供と、両方を写しています。
 また、動物も同じような、プロパガンダの道具として使われるものでしょう。平和の演出に有効ですから、犬猫もこの映画に何度も登場したかと思います。ですがその中で、海軍陸戦隊の水兵さんが犬を連れて出かけるシーンがあったのですが、どういうわけかその犬、四本の足を全力で踏ん張って、首輪につけた縄を引っ張る水兵さんにちっとも従わないのです。映画だということで無理に引っ張り出されて不機嫌だったのか、はたまた抗日精神旺盛な愛国犬だったのか。

 さて、この「支那事変後方記録 上海」はDVD化されているようです。小生、この映画もできればコマ送りで見たい、さっき書いた巡洋艦の他にも、鉄道に関するシーンで復旧した駅に列車が入ってくる、その機関車がどうも大陸に送られた1435ミリゲージ改造9600形のような気がして、他にも確認したい所は多々ありましたから。で、アマゾンで見つけてちょっと覗いてみたのですが・・・
 同じシリーズで「南京 戦線後方記録映画」というのもあります。これにアマゾンでつけられたカスタマーレビューの酷いこと酷いこと。日本軍公認の映画を根拠に「虐殺事件はなかった」と言い切るというその神経は信じがたいものです。当然その映画に何を写すかは、軍の意向が反映されないはずはないですから(完全に意嚮そのまま、ではないにしても)。史料批判ということを知らないのでしょう。
 興味深いのは、「南京」については8件のレビューがあるのに比し、「上海」には一つもないということです。これは虐殺まぼろし説を批判している側にも言えそうな問題点ですが、上海があったからこそ南京もあったわけで(映画も上海・北京・南京と三部作になっているそうで)、その関係は念頭に置かねばならないでしょう。南京だけが歴史の中に漂っているわけではないのですから。そして、映画やその制作者の評価はまた別でしょう。

 で、その「上海」をアマゾンのページを改めて見ると、驚くべき発見がありました。これは経時的に変わるかもしれませんので、画像の形で取り込んで示します。以下の画像をご参照下さい。
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 ・・・・・・。

 「類似した商品から提示されたタグ パンツじゃないから恥ずかしくないもん

 もう詳しく解説する気はありませんので、意味の分からない方はご自分で検索してください。
 結局、「南京」は南京事件ということでしか興味を抱かれず、「上海」は趣味の偏ったミリヲタのみが関心を示したということになります(「南京」の「類似した商品から提示されたタグ」には、「チャンネル桜」が出てくる)。
 ・・・なるべく本はアマゾンではなく、神保町で買いたいと思います。

 嗚呼、昔の映画を見て面白かった、ということを書きたかっただけなのに、何でこんなハナシになってしまうのでしょうか。亀山監督、申し訳ありません。
 最後ぐらい真面目にまとめれば、映像資料の活用については、歴史学の研究はまだあまり多くを蓄積していない、現状のごたごたはそれ故の一時的な(将来解決せられるであろう)問題である、そう信じたいものです。
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by bokukoui | 2008-12-27 23:55 | 歴史雑談

冬コミ:『KAMPANIA Vol.1』並びにMaIDERiA出版局の状況

 前回の記事でデモの様子をお伝えした「革命的非モテ同盟」古澤書記長が、来る冬のコミケット75で同人誌『KAMPANIA Vol.1』を発行するそうです。
 ついては、サイトやらブログやらを持っている徒輩はそれを宣伝すべし、というメールが書記長から関係者一同に送られてきました。無視するつもりだった小生も諸般の事情により協力やむなしということになり、ここに書記長が送りつけてきたコードを貼り付けておく次第です。

kampania

 関係者というのはその同人誌に寄稿した人々のようで、とは即ち小生も書記長から原稿を依頼されたのでありますが、さて書記長のブログに掲載された『KAMPANIA Vol.1』の表紙の画像を見ると、「墨田東公安委員会」なる名前が印刷されているのはこは如何に。
 文句を言った所、書記長は「締切ぎりぎりだったじゃないですか」とか何とか言い返してきましたが、原稿を最後に出したのは実は小生ではなかったりします。大体、論文作業で忙しい上に、「非モテは社会問題か?」なんてお題では、筆も滑らぬというものです。折角「京成電気軌道における後藤国彦~大和田悌二との関係を中心に」という、歴史学的に新たな発見を寄稿してあげようと申し出たのに却下したのは書記長だし(そら却下するわな)。

 というわけで、自分が担当した原稿の内容については正直自信を持ってお勧めするわけにはいかないのですが、しかし労働収容所組合氏が「数学と非モテ」「宗教と非モテ」というテーマで原稿を寄せておられるそうなので、そこは(そこだけは)お金を払って読む価値があるだろうと思います。
 なお、リンク先のラーゲリ氏の記事中で、クリスマス粉砕デモ記事中でも触れた書記長の卒論に関して、氏が評論をしておられますので、ご興味のある方は是非ご一読ください。

 さて、人様の宣伝ばかりするのも何なので、一応自分の話も。

 久しぶりに、三日目(30日・火)西2ホール 「す」09b で参加することと相成りましたが(書記長のとことも近所ですな)、学会報告で忙しかった関係上、オフセット印刷の本を拵えるわけにはいきませんでした。しかしなにもないのも寂しいので、溜まっている資料のコピーを綴り合わせたコピー本を、一日で拵える予定です。つまり、前に構想を示した英国諷刺雑誌『パンチ』の記事集成の第1次大戦版『「戦時下」のメイド』の、そのまた試作版というか、そんなものです。完全版は出る・・・日が来るのかな?
 ちなみに戦時中の『パンチ』の漫画とは、以下のようなものです(これはメイドさんが出てこないので、同人誌に収録することはしません)。この画像はクリックすると拡大します。
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王立ロンドン動物砲兵隊

 これは1917年新年号の漫画です。ドイツに空襲されるので、ロンドンは動物園でも武装、というわけですが、このブログでも以前取り上げた『速水螺旋人の馬車馬大作戦』に出てくる、ディプルカプル王国の戦象部隊と同じような発想ですな。
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by bokukoui | 2008-12-26 23:41 | 制服・メイド

昨夜の渋谷界隈~「12・23クリスマス粉砕デモ」観察記録

 今日はクリスマスイブですが、クリスマスといえばヴァレンタインデー・ホワイトデーともども毎度お馴染み古澤克大書記長の「革命的非モテ同盟」のデモの季節です。
 今年は書記長のデモの件がヤフーのニュースでも報じられ、ついでに「昨年の様子」ということでヤフーから当ブログの昨年の「クリスマス粉砕デモ」の記事にもリンクが張られ、アクセス数がどえらい数になっておりました。二日で元に戻りましたが。
 ちなみに小生がそのことを知ったのは、突然書記長が小生に電話してきて「ヤフー見てみ」と嬉しそうにご注進してくれたからであり、別にアクセス解析で気がついたわけではありません。しかしあの当ブログの記事、書記長が去年やらかした plummet 先生への贈賄騒動についても報じていたから、大概の人が忘れた不祥事を発掘する効果もあったんじゃないかと・・・

 というわけで、クリスマス関係の暇ネタを探している一部マスコミにとって、実は結構報道価値を認められるに至ったらしい(これは考えてみれば大したことです)書記長のデモが23日に行われましたが、小生は翌日ゼミ報告を控えており、多忙に付きブログ記事執筆は困難と思われました。が、秘密工作員トダ氏からのタレコミ等により、今年もデモに関する情報をまとめてお届けします。

 今年のデモは、場所こそお馴染みの渋谷でしたが、時間が夜19時という、そもそもデモなんかあまりしなさそうな時間帯でした。書記長曰く、昼間は右方向の方々が街宣活動をしているため、警察との調整の結果こうなったのだそうです。
 かくて日もとっぷり暮れた夜19時過ぎ、宮下公園には30人に近い人が集まっておりました(「主催者発表」は60人)。更に数名のお巡りさんと、取材陣も何人かいたそうで。
 今回はヤフーの宣伝が効いたのか? 人数もこれまでになく多めで、新顔の方も何人もいたのは慶賀の至り。去年はフランス人取材班が来ていましたが、今年もその際に来ておられたフランス人留学生の方が今年も来ておられました。更に、古澤書記長ともども革非同デモに当初から参加されていたGonzalezさんが今回も横断幕を用意しておられましたが、そのGonzalezさんが同志(?)のポーランド人の方を伴われておりました。国際色豊か。
 去年のデモでサンタにガスマスクの格好だった方は、(※追記:別の方だったそうです。訂正します)今年は着ぐるみで登場され、また外に女装ハルヒコスがいたりパンクファッションがいたり、彩り様々だったようです。まあ、女性はいなかったわけですが(身内の見物人にはいた由)。
 また、以前から何度か参加されていた、ファシスト団体「黒い旅団」(都知事選で名を馳せた外山恒一のファシスト団体「我々団」と東京支部が、外山氏の九州への拠点移動に伴い独立した団体)の山田惣氏も参加。元自衛隊員というのは、「ファシスト」としては筋がいいですね。

 自衛隊といえば、書記長の自衛隊時代以来の友人の方が持参された、差し入れの日本酒を開け、デモ隊は気勢を上げます。
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乾杯の音頭を取る書記長

 そんなこんなでそろそろ人も集まってきた所で、トラメガを取って書記長がアジ演説を行い、場を盛り上げます。
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アジ演説をする古澤書記長 トラメガを支えるのはGonzalez氏

 アジ演説は格好が大事で中身はどうでもいいので、内容の紹介は省略。というか情報なし。
 更にデモ開始まで時間が多少あったため、数名の有志がマイクで一口演説を。Gonzalezさんは秋葉原通り魔事件で今年は「非モテ」が注目を浴びた年であった旨を語られ、また山田旅団長も一席語られたかと思いますが、そこでGonzalezさんが「ポーランド人が来ている場でファシストは如何なものか」と突っ込むと、山田旅団長「ピウスツキー将軍万歳!」なんてネタをやって更に突っ込まれておったとか何とか。

 そうこうするうちに時間となり、デモ隊は宮下公園を出発します。
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宮下公園を出発するデモ隊

 今回、秘密情報員の扱ったカメラの性能の限界上、写真の出来があまり宜しくないことはご諒承下さい。一応以下の写真はクリックすると拡大表示します。
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渋谷公園通りを堂々下るデモ隊

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同じく渋谷公園通り 店の照明とイルミネーションの中を行進

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丸井の前を進むデモ隊、祝日で繰り出している群衆の注目を浴びる
(写真が暗いのはご容赦下さい)

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109前にて、群衆(カップル多し)の注目を浴びる
携帯電話でデモ隊の写真を撮る人も続出
(この写真は拡大表示しません)

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ハチ公前を行くデモ隊

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渋谷駅東口交差点を行くデモ隊

 かくてデモは無事に終わり、宮下公園にデモ隊は戻ってきました。
 今回のデモでは、書記長が風邪気味で不調との由で、Gonzalezさんがメガホンを握ることが多かったと仄聞しますが、また他にも交代でシュプレヒコールを上げていた方もおられたそうですが、全体としてシュプレヒコールに勢いがあり、なかなかいい感じのデモというのが終了後の声でした。沿道の反応も悪くはなかったようで、無視されることは一番辛いわけですから、カップルの話の種にでもなっていれば上出来でしょう。携帯電話などで写真を撮っていた人は相当数いました。
 夜にデモをするというのもあまり例のないことではないかと思いますが、これもむしろ人出が多い時間帯に当たって良かったとも。また、声は夜の方が通るのかも知れません。今後も夜にデモをやるとすれば、電飾でも導入できれば更に宜しいでしょう(笑)
 というわけで、デモ終了後の情景。
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デモ終了後の模様
左から山田旅団長、Gonzalez氏、古澤書記長

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報道陣から取材を受ける書記長

 今回は報道陣も何人か来ており、また、遠巻きにデモを観察している連中も数名いたとのことです。何でも東スポにこのデモの記事が翌日掲載されていたそうで、また某テレビ局関係で何かの材料に、ということで撮影に来ていた人がいたそうです(「非モテ」よりは、秋葉原事件関係か労働問題にむしろ軸足があったようです)。
 ネット上のこのデモに関する記事としては、現在発見できた所では

・うらたん「渋谷でクリスマス粉砕デモ!非モテ同盟」
・ムキンポのはてな日記「12・23クリスマス粉砕デモ&忘年会」
・chez sugi「The First of the Three Spirits」
・Wild Flowers「クリスマス粉砕デモ」


 があります。
 またこの翌日、24日に高円寺で、「素人の乱」主催のクリスマス粉砕デモがあったそうで、Gonzalezさんほかそちらに参加された方もおられたようです。

 その後の忘年会では、種々の話題が議論されたものの、例によって例の如く、「非モテ」の話はほとんどされなかったとか何とか。秘密工作員の情報では、「中世から近代に至る多摩の歴史」などが論じられていたということです。更にはこの居酒屋にいたデモ関係者中、カップルが二組いたという反革命的な情報も寄せられております。
 また、書記長が先日ネット上で発表し、一部で絶賛?された卒業論文(前半後半)も話題に上りました。もっとも、この論文については本年4月に書記長周囲で輪読&討論会をやった(ここでいう「査問会」)ため、論文そのものよりはネット上の意外な反響についてのものが多かったようですが。
 書記長が論文をネットに載せたので、4月の討論会の内容についても、近日中に何らかの形でご興味を抱いた方が読めるような環境を整える予定です。詳細はそのうち。

※追記:討論会(合評会)の内容をアップしました。こちらへ→合評会本篇補遺と解説
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by bokukoui | 2008-12-24 23:38 | 出来事

日本にも諸葛孔明の子孫がいた?

 寒くなったかと思ったらまた暖かめになったり、どうも気候が落ち着かず、お陰で小生も調子もあまり思うに任せぬ今日この頃です。去年よりかはマシでしょうが。

 で、小生の近況でありますが、論文をまとめるべくこまごまと調べ物を各地でしていて、このところは戦前の財界人について人名辞典的なものを片端からめくり倒すということを行っているのですが、その途中で変わった人名を見つけました。

  諸葛小弥太

 森村銀行の偉い人だったそうです。

 ま、渡来人系の秦氏などもいることですから、伝承で諸葛孔明の子孫で称しているのかとも思ったのですが、或いは全然関係のない由来なのかも知れません。
 ところでこの名字、読み方がよく分からないんですね・・・え、「しょかつ」だろって? いや、人名辞典の「も」の項目に載ってたんです。「もろかつ」とかでしょうか。「諸角」なんて名字もあるので、そっちと類似の命名経緯であって、中国とか無関係かも、とも思ったのは、そういう次第です。

 今度森村グループの社史でも見てみたら、読みが書いてあるかも。
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by bokukoui | 2008-12-22 23:56 | 身辺些事

今日の東急デハ5001号の状況(48)

 いろいろと所用に追われたりしておりますが、その合間に急いで写真だけ撮ってきました。その後も忙しくて、記事のアップが遅れ気味です。その代わり、というわけでもないですが、今回は写真が多い目です。

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by bokukoui | 2008-12-18 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題

次号の発売日も迫る『月刊COMICリュウ』1月号雑感

 毎度ながら、次号の発売日ぎりぎりにならないと書けないこのシリーズです。

・ナヲコ「なずなのねいろ」 
 素晴らしいものを素晴らしいと受け止めることは、実はとても難しい。そんなお話。・・・長かった回想篇も、シームレスに(?)現在へと繋がってきました。眞さんの前でおめかしして「エヘッ」と照れるなずなの表情がとても可愛いです。しかし、単に「可愛い」の一言では済まされない微妙な何かを、なずなと眞さんの間に感じてもしまうのは、小生が前世紀以来のナヲコ先生の読者だから(コアマガジンの単行本を読んでいるから)、というだけではないはずです。
 このところページ数が少なくて寂しいのですが、次回はお休みらしいです。年末年始の楽しみが一つ減りました。

・速水螺旋人「螺子の囁き」
 今回のお題はイギリス海軍の戦列艦ヴィクトリー。・・・んー、これは木造でメカかどうか疑問だし螺子なんか使ってるのかと(備品や艤装品を含めれば使ってるでしょう)思う人も結構いたのではないかと推測しますが、しかし何より、こんなに有名な教科書に載っているようなものが登場とは、ネタ切れでないかと心配になってしまいます。速水先生に限ってそんなことはないと思いますが。
 ちなみに、今回のコラムで速水先生オススメの映画『マスター&コマンダー』、小生も以前評判を聞いてDVDを買いましたが・・・爾来数年、未だにシュリンクすら剥がしておりません。

・小石川ふに「ゆるユルにゃ-!!」
 タイトルページで津軽三味線をかかえたなずな、そしてその後方でおびえるヨークたちネコ娘。・・・大丈夫、津軽三味線の材料は犬の皮だそうで(?)。小石川先生がこんなことをするに至った経緯はナヲコ先生のサイト参照。
 本題の方は、ヨークが双子ネコをお供に旅に出て一転、と思いきやなにも変わってないような(笑)。チキンラーメンを生のまま齧るのが好きな小生としては、ひたすら「ぽりぽりぽりぽりぽり(以下数十回続く)」と「チキンにゃーメン」を齧っているところは、微笑まずにはいられません。
 
・大野ツトム「ネム×ダン」
 これまでもなかなか面白いと思ってきた本作ですが、今回は特に冴えていた感が。途中で止まることなく、最後まで笑いっぱなしのような読後感でした。続きが楽しみだなあ、と思ったら、大野ツトム氏は次号から光瀬龍原作・押井守脚色「夕ばえ作戦」を連載するそうで(宣伝に5ページも使う力の入れよう、なのか単にページが余ったのか)、「ネム×ダン」はしばらくお休みのようで。
 いよいよ編集長の趣味?全開のSF漫画雑誌になりつつある感じもして、それはそれで一向構わないのですが、『リュウ』ではオリジナル作品で結構面白い漫画を描いていた漫画家さんが、原作つきになった途端に大暴投をやらかした先例もあるので――どなたの作品かは申しませんが――なんだかちょっと心配な気もしてくるのでした。

・神楽坂淳/伊藤伸平「大正野球娘。」
 繰り返しますが、どなたの作品かは申しません。ええ。
 で、おそらくは本来の漫画の鑑賞方法とは多分ずれた視点から、(一部)読者をハラハラドキドキさせているであろう本作ですが、今回は人見知りの女の子が心を開く様子を描いていて、一読安心。
 さらに間違った鑑賞法ですが、本作中に登場していた路面電車は屋根がシングルルーフなのがいただけない。大正時代ならやはり二重屋根でないと。1107と車番が描いてありますが、この番号の東京市電の電車は実在して、旧東京電車鉄道251形→東京鉄道1101形として20両作られたそうです。このグループは、大正10年に車庫の火事で3両が失われ、そして震災で残った車輌もほぼ全滅しましたが、たった1両生き残ったのが1107号だったそうな。
 で、大正14年に番号改正があって、別な車輌がこの番号を・・・え、もういいですか?

・大塚英志/ひらりん「三つ目の夢二」
 夢二はどこまでもダメ人間。
 それにしても、このご時世扱いの難しそうな題材を果敢に取り込むとは、原作者・大塚英志ならではと言うべきか、『リュウ』の読者は"大人"なのか。

・西川魯介「ヴンダーカンマー」
 シリアス路線かと思ったら、一転、何の脈絡もなく一同はアフリカ戦線に出張して、砂漠の発掘を。なんだか『インディー・ジョーンズ』みたいですな。
 やられ役雑魚キャラ扱いのマチルダ嬢哀れ。

・アサミ・マート「木造迷宮」
 サエコさんの病気見舞いに女中のヤイさんが・・・というお話。こういうキャラクターのお話を、「ツンデレ」なんてありきたりの言葉で括ってしまうのは、何とももったいないことです。

・たまきひさお「トランス・ヴィーナス」
 突然ニューヨークに飛ばされた主人公タケヒロ君・・・と、早速金融恐慌ネタとは仕事がお早い。しかし株式取引所周辺は、妖怪や幽霊ぐらい幾らいてもおかしくないような空間ですので、実はそれほど笑うべきネタでもないのかも知れません。

・とり・みき&唐沢なをき「とりから往復書簡」f0030574_20311169.jpg
 『リュウ』の2周年パーティーでのくじ引きばなし。ここでナヲコ先生と小石川ふに先生が出会って上述のようなことになったわけですが、それはそれとして、何でもメイドさんがパーティーのアシスタントだったそうな。
 で、とり・唐沢両氏のメイドさんの絵など見比べていたりしたのですが、左に引用した唐沢氏描くコマの、左側のメイドさんがドロワーズなんだか「はいてない」んだかパッと見は微妙な感じ(笑)。よく見るとドロワーズだと分かりますが。

・平尾アウリ「まんがの作り方」
 中学生で漫画家デビューした川口さん、なぜ一度は引退したかというと・・・
 ネットって怖いですね。「数年前の私はそうして終わったのさ」と言い切ってる時の川口さんの表情がいいです。

・天蓬元帥「ちょいあ!」
 先々号の感想で、「岡山といえばママカリもいいですが、大手饅頭は外せない」と書いたら、今月号で本当に大手饅頭が登場してびっくり。これが荷物の底になって平たく潰れたり、カビが生えたのを蒸し直して食べたりという展開になったら、単行本買います。

・安堂維子里「Fusion」
 この作者の方は、これまで『リュウ』に何度か読み切りを書かれていたかと思いますが、これまで感想で取り上げたことがなかったですね。さらりと読めてしまって反って強く印象に残らなかったようなところがありましたが、本作は取り分けよかったと思います。
 もっとも、途中まで読んでいて、銀茄子氏「生殖の礎」(リンク先は一応成年向けなのでその旨ご注意下さい)を思い出して、もっと違った結末を勝手に予測してしまっただけ、印象が強くなったのかも知れませんが。

・京極夏彦/樋口彰彦「ルー=ガルー」
 先月書いたように単行本を購入。今月号でお話がいよいよ核心に入り、連続殺人事件と死体からの臓器持ち去りの意味が示唆されます。一方終わりが近づいてきたような寂しさも・・・。
 このタイミングで単行本を読んでおいてちょうど良かったですね。ストーリーも絵もいいだけに、取っつきにくさで知名度が上がらない作品なのかな、とも思います。設定が入り組んでいるだけに、単行本で読んだ方が楽しみやすい作品なのかも知れません。というわけで、小生の好みで「いつも夢いっぱい」の都築さんが表紙の2巻を挙げておきました。単行本の感想は・・・書くのが大変なので将来目標ということで。大体ナヲコ先生の『からだのきもち』『なずなのねいろ(1)』の感想すらまだ書いていないので・・・

・吾妻ひでお/中塚圭骸「吾妻ひでおの失踪入門」
 ブラコンとして著名な精神科医・香山リカ氏の弟で、ハルシオン依存の歯科医・中塚圭骸氏が吾妻ひでお先生と対談的な何かを繰り広げるコーナーですが、吾妻師匠の偉大さ故か中塚氏が順調に社会復帰し、娘さんも生まれたという話が数号前に出ておりました。
 その中塚氏、今号で曰くは「子どもができた」とお姉さんに電話を入れたら「ブチッと切られた」。どうも香山氏のブラコンとは、「僕(註:中塚氏)を自分(註:香山氏)のもうひとつの人格と捉えて、破滅願望の安全弁にしていたみたいなの」だそうです。それが子どもができるということで、依存対象に出来なくなったのかな。
 てなわけで、中塚氏はお姉さんに、今後は<若貴の関係>だと言われてしまいます。
――若貴(笑)。
圭骸「今後の付き合いは冠婚葬祭のみ。で、事務所も解散するからって。姉ちゃ
(註:「ん」脱か)来年で引退したいみたいなの」
吾妻「せっかくの緑の丘が、みるみるグランドキャニオンに」
圭骸「そう、なんか在宅失踪な感じ」
 吾妻先生、グランドキャニオンは実は結構緑が多いです――って突っ込むのはそこじゃないですね。香山リカ来年引退。ほんまかいな。


 まだ触れていない作品も数多くありますが、一々書いているときりがありませんので(完成前に次の発売日が・・・)この辺でおしまい。今月号は、特に外れが少なくて、読んでいて大変充実した印象がありました。今後もこのクオリティを維持していって欲しいと切に願う次第。
 しかし、いつも本誌を買っていた本郷三丁目の書店が、先月から『リュウ』置かなくなったんだよね・・・大丈夫かな。
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by bokukoui | 2008-12-17 23:53 | 漫画

ミニシンポ@地下鉄博物館「東京の地下鉄の歴史と都市交通」聴講記

 今日は新幹線の初代車輌・0系が記念運行も終わって完全に引退した日だから(参考ニュースリンク:こちらこちら)なのか、Googleのトップ画像が↓
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なんて風になってまして驚きましたが、それなりに鉄道の歴史が世間の人々の耳目を惹くようになってきているのでしょうか。0系の車輌は確か鉄道博物館に収められると聞いていますが(現在あるのはカットボディのみ)、何せ走行できる路線が限られている以上、動態保存や復活運転は多分不可能でしょうね。蒸気機関車なら、とりあえずレールさえちょこっと引けば、「動かす」だけは出来ますが、電車(しかも交流25000ボルト)ではそうも行きません。可能な限り鉄道車輌は動く形で保存するのが望ましいのですが・・・。

 というわけで、新幹線やグーグルとは何の関係もありませんけれど、鉄道への広い関心?ということで、表題の如きシンポジウムというか講演会が地下鉄博物館という公開の場で先月開かれました。小生それを聞きに行っておりましたのですが、諸事に追われて2週間も経ってしまいましたので、いい加減忘れたり資料を亡くす前に記録を記しておきたく。
 このミニシンポとは、交通史学会が例会を兼ねて企画したもので、詳細はリンク先を参照していただくとして、要点を抜粋すれば以下の通りです。
テーマ:「東京の地下鉄の歴史と都市交通」

鈴木勇一郎 氏
「戦前東京の地下鉄計画」 

久多羅木吉治 氏(東亜建設工業株式会社 技術部長) 
「東京圏における高速鉄道の歩みと未来」
 鈴木勇一郎さんは、以前歴博フォーラム「旅-江戸の旅から鉄道旅行へ-」にて、「近代日本のおみやげと鉄道」という、とても楽しい講演をされた方です。
 さて、小生は交通史学会の会員ではありませんが、たまたま研究室に告知のハガキが貼ってあってこれを知り、、地下鉄博物館にて公開で行う、というのであれば、そして鈴木さんの講演であれば、これはと思って聞きに行った次第です。幾人かの友人にも本件のことを伝えておいたところ、2名の同道者も集まり、子供の頃以来行ったことがなかった地下鉄博物館に足を運びました。
 交通史研究会の会員は、申し出れば無料で入館できたそうですが、我々は非会員なので210円払って入館します。で、講演開始までに博物館を見学・・・というほど時間がなかったので、とっとと講演会場に。
 交通史学会がどれほど会員がいてどの程度活動しているのか、小生は全く存じませんが、例会となればそれなりの人数が来ているだろうと思ったところ、案外少なくて30人ほどでした。ということは我々が1割・・・来場者はやはり年齢層の高い男性が多かった気がしますが、趣味者なのか若めの方もおられましたし、またどういうわけか、こういう場所ではあまり見かけないうら若き女性3人連れがいました。

 閑話休題、講演の内容をかいつまんでご紹介しましょう。

 まずは鈴木勇一郎さんの講演「戦前東京の地下鉄計画」です。
 この講演の概要は、日本最初の地下鉄を実現したとして名高い早川徳次の東京地下鉄道は、東京市を含めた様々な地下鉄計画の中の一部を担っていた存在であるということ、結果的に東京地下鉄道は東急を築いた五島慶太の傘下に入りますが、それは五島の私利私欲だけではない五島なりの交通調整(様々な交通機関や事業者が入り乱れると、混乱して効率が低下し利用者の不便にもなるので、政策的にそれを調整すること)の考えがあったこと(しかし結局東京の交通調整は営団が出来たのみ)、といった辺りにあります。以下箇条書き。

・戦前東京の地下鉄は、早川徳次を中心とする東京地下鉄同の物語としてもっぱら語られ、五島慶太の東京高速鉄道と新橋で争い、遂に乗っ取られる経緯はかなりよく流布した話である。しかしこれは、東京の地下鉄の中では一部の話に過ぎない。相対化の必要がある。
・この講演では、地下鉄だけでなく、明治から蓄積されてきた様々な都市交通を語る。その際、市内・郊外交通の関係と、経営体のあり方という二つの視点から俯瞰する。問題提起的な話。

・東京史における市街電車の成立は、1903年の東京馬車鉄道・東京市街鉄道・東京電気鉄道の三社が誕生したことによる。この三社がまもなく合併して東京鉄道になり、1911年に市有化される。
・これらの市街電車はしかし、市内交通機関にとどまらない性格を有していた。東京電気鉄道は当初川崎電気鉄道と称し、信濃町から渋谷、中目黒、池上を経て川崎に至る路線を構想していた。市内と郊外の直通連絡を志向していたのである。しかし、結局それは実現せず、当初の構想は忘れられて旧市内に閉じこめられ、市電に取り込まれて市内交通になってゆく。
・東京の郊外私鉄については、東京市の市営主義で郊外私鉄が山手線より内側に入れなかった・・・と良く云われるが、東京市に鉄道の免許権限はない。許認可権を持っているのは国で、市は牽制はするが、国は時として免許を与えた。しかし国の方針は揺れ動き、都市交通も振り回される。

・川崎→東京電気鉄道の計画を実質的に引き継いだのが渋谷~横浜の武蔵電気鉄道(1906計画:後の東急へ繋がる)。しかしこの電鉄は高速鉄道(路面電車ではない、専用軌道を有する電車)を志向したため、路面電車と規格が異なり、そのままでは市内直通が困難に。
・1914年に武蔵電気鉄道は市内有楽町への支線を出願し、それは地下式か高架式として、明確に高速鉄道による乗り入れを志向。
・1919年には利光鶴松らの東京高速鉄道(後の五島による地下鉄とは別)が、市内・郊外の半環状線・新宿~小田原の路線を出願。これは市内の計画が却下されて、残りが現在の小田急になる。従来、市内の出願はダミーともいわれてきたが、市内と郊外を一体化した交通ネットワークを志向していたのでは。
・同年、ロンドンを調査した早川徳次等による地下鉄出願。

・一方、1917年には鉄道院主導で東京市内外交通調査会が作られて、東京における高速鉄道計画を策定、私鉄に地下鉄免許が下りる。
・しかし、1923年の関東大震災後、国の政策が転換し、計画が進んでいた東京地下鉄道以外の私営地下鉄の免許を失効させる。代わって市が1926年に免許を獲得。その翌年に、最初の地下鉄・東京地下鉄道が上野~浅草を開業。
・ところが、東京市は起債の許可が政府から得られず、建設資金調達の目処が立たなくなった。そのため、民間から再び参入の動きが出、東京高速鉄道が東京市の免許路線の一部を肩代わりして建設することを要望し、1932年に一部免許を譲受。

・東京高速鉄道の経営を五島慶太が実質的に掌握し、巷間よく知られる東京地下鉄道との対立へ。新橋でぶつかった両線が、乗り入れを巡り衝突。
・割り込まれた東京地下鉄道は、明治時代から市内直通を画策していた京浜電気鉄道(現京急)と共同し、京浜地下鉄道を設立。品川~新橋~浅草の相互直通を構想する。このため、当時の京浜の電車は、第三軌条集電方式である地下鉄用の、コレクターシューが取り付け可能の構造になっていたといわれる。
・そこで五島は「強盗慶太」として東京地下鉄道・京浜電鉄とその関連会社を乗っ取り。これは市内・郊外の統合的運用を意図した、事実上の交通調整となっていった。同じ頃、イギリスではロンドン交通営団が組織され、都市交通が一元管理されていた。

・1932年、東京市の市域拡張(大東京:現在の23区の範囲に)。これにより、広がった市に相応しい交通が必要に。
・大東京の交通調整では省線が重要な要素であったが、その参加が交通調整のネックになった。
・1938年、各地の交通調整を進めるために陸上交通事業調整法成立。交通事業調整委員会を設置。
・その委員会の検討では当初、帝都交通株式会社という半官半民の経営体による統一が検討されたが、結局郊外は地域ブロックごと、旧市内は地上交通を東京市、地下鉄を特殊法人に統合することとなる。帝都高速度交通営団が設立され、私営の地下鉄(計画)も市の計画も、全てを継承した。

・戦後、郊外と市内交通の関係は、相互乗り入れの促進によって改良された。一方経営体の問題は、東京都が戦後、地下鉄を営団へ渡したのは戦時中でやむを得なかったからだと主張しだし、複雑な関係が続くことになる。


 引き続き、久多羅木さんの講演です。久多羅木さんは元々営団地下鉄で長年建設に従事され、交通計画やトンネルなどがご専門なのだそうです。そして営団を辞めて、今は建設会社に勤めておられる由。
 さて、久多羅木さんの講演は、理系だからというのか、パワーポイントによる上映画像が多く、しかしそれはレジュメの形では配布されませんで、またお話全体も多岐に渡って、こういった「講演」の形式にあまりお慣れではなかったのか、話を一本の線でまとめて以下に述べることが難しいので、小生が取ったメモの中から興味深いトピックを箇条書きで列挙していきたいと思います。

・地下鉄の定義はややこしい。ここでは主として地下を運行している事業者の路線、くらいの意味とする。世界最大はロンドンとされるが、地下区間だけを取り上げれば東京は約270キロで世界最大。ちなみに地下第2位はソウル(約260キロ)で、ほとんどの区間が地下。

・東京の地下鉄ネットワークは、世界に例のない特徴を幾つも持っている。相互直通はその一つで、適切な英語の訳語がない。これは日本人の緻密な性格やソフト面のきめ細やかさによるものか?
・また、地下鉄を地上の電車と同じ、20メートル級10両編成の大規模な列車が走るのも割と珍しい。東京では、都営12号線の車輌が他の路線よりも小ぶりだが、あれくらいが地下鉄車輌の世界標準。

・東京の高速鉄道網の整備には、震災と戦災が大きな転機になった。また、1962年の都市交通審議会6号では、地下鉄計画が大幅に郊外に延伸され、郊外との連絡が図られた。

・地下鉄を作る上では、特に建設規格が重要である。(具体的に、トンネルをの掘り方がどのように変わってきたか、図を出して詳しい解説があったのですが、それは残念ながらここでは述べられません。建設中の面白い写真も色々あったのですが・・・)
・地下鉄は排水などの都合上、水平な線路を造ることが出来ない。最緩勾配は2パーミル。
・地下鉄の経費は高い。在来線を東京から下関まで作る費用で、新幹線は名古屋までしかできないが、地下鉄は横浜までしかできない。

・昔、「牛の乳の出が悪くなる」と鉄道建設反対運動があったというが、地下鉄でも反対があった。麻布付近で反対があり、その地域は都電廃止後鉄道がなく「陸の孤島」となった。その後南北線を作ることになって地元に行ったら「反対したのは親爺の代だから、宜しく」といわれた。
・地下鉄建設の問題は、開削工法の場合周辺への影響が大きいこと。そこで周辺への影響が少ないシールド工法が採用されるように。千代田線は20%をシールド工法で作ったが、有楽町線は66%。その後の路線は大部分シールド工法。

・今年開通した副都心線について。副都心線は従来と異なるコンセプトであり、千代田区付近を通らず、副都心の大ターミナルを貫通している。
・郊外から地下鉄に直通した電車が、地下鉄に乗り入れると遅くなるというのを解消するため、副都心線では速達制を重視し、東西線程度の表定速度を確保した。これには平行線の存在もある。
・また、他線との乗り換えを便利に、なるべく歩かずに済むよう工夫した。

 他にも色々あったのですが、図なしでは上手くお伝えできず残念です。余談ですが、昔の鉄道反対云々は怪しいという話(鉄道忌避伝説)はこの本で説明されておりますが、大体その伝説では「宿場が衰退する」「火の粉で火事になり、蚕に悪影響」なのであって、「牛の乳の出が悪くなる」というのは新説な気が。日本では牧畜が盛んではないし、大体コールドチェーンがなかった昔は、牛乳用の牛は町中かせいぜい郊外で飼っていたのではなかったかしらん。
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質疑応答時の会場の様子

 閑話休題、質疑応答の要点は以下の通り。

 まず、司会の早稲田の山根講師が問題提起的な指摘を幾つか。
・早川徳次への影響、震災復興など、後藤新平の存在が大きいのではないか。20世紀の初頭は世界的な都市論ブームで、留学した官僚が欧米の情報を持ち帰っている。後藤もそれに関係。
・地下鉄に於いては、土木技術と同時に電気技術が深く関与している。長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか。現在でも電気技術は重要。

 これらについき、講演者の回答。

久多羅木さん:地下鉄の技術は安全性を重視し、戦前の打子式ATSにはじまり、新幹線より早く日比谷線でATCを導入している。そういった先進性がある。

鈴木さん:後藤の話をしなかったのは、東京の都市計画の中でその話は既に語られており、それとは違う話を今回したかったため。地下鉄については早川の話も以前から有名であるが、五島や早川や東京市を並列的なプレーヤーとして扱ってみた。
 震災以降の、国の地下鉄政策の方針転換(私営容認→市営)は、後藤の影響の可能性はある。
→(山根):後藤はアメリカと縁があり、ニューヨークを真似て市政調査会を作った。都市の拡大を問題視せず、大都市でいいんだ、という開き直りの都市行政となっていくのではないか。それを主導するのが技術官僚で、彼らを支えた一人が後藤。

 続いて、会場から出た質問。

・90年代に営団民営化の話が出てから、副都心線の構造が変わったようだが、その辺りの背景は。
→(久多羅木):営団の民営化は営業状態と関係なく、特殊法人改革の一環として行われた。営団民営化という決定自体は、閣議決定では4、5回されている。民営化の結果、白金付近は複線になった。

・帝都交通株式会社とはどのような構想か。
→(鈴木):各私鉄と省線を含めて会社を作ろうとしたが、省線参加が大きな問題になった。

・東京市としても地下鉄の位置づけが不明確。
→(鈴木):地上の交通(路面電車)から高速鉄道に移行すべきとは認識していた。だから経営も引き続き市が行う、という発想を持っていた。

・地震の際、地下鉄にいたらどうすればよいか。
→(久多羅木):地下鉄の構造物は、大地と共に揺れるので、地上より相対的に安全。自分なら地下鉄に避難したいくらい。但し怖いのはパニック。

・東京の地下鉄建設が終わったら、技術者集団はどうなるのか。トンネルの多い新幹線などに転身するのか、海外に打って出るのか。
→(久多羅木):今後も大深度地下は活用されるだろう。

 この辺で、時間いっぱいになりました。
 なかなか面白い話でした。個人的には、やはり歴史的な方向に関心が向いてしまいますが、久多羅木さんの建設秘話的な麻布地区住民の声は興味深く、こういう話をもっとたくさんしていただければ、と思わずにはいられませんでした。
 歴史方面でいえば、山根さんの「長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか」というご指摘はなかなか面白いと思いました。ただ、長距離送電の実用化それ自体がもたらすのは、端的に言って電力の価格が低下するということですが(供給量が増えるから。また、大規模な水力発電は、将来の需要増を見込んで作られるため、建設当初はどうしても余剰電力が生まれる。そのため電力会社は余剰分を安売りして電力需要を開拓しようとするので、電力の活用が進む)、電力が安くなるだけでは地下鉄建設の強いインセンティヴになるのかどうか。地下鉄の運営に際し、電気代が直接的にどこまで重要かは検討が必要です。むしろ、社会での電力の活用が進むことで、電気産業全体が栄えるという間接的な形で関与しているのではないかと思います。電力会社と鉄道会社は、資本・技術・経営の各面で関係が深いので、この方向はもっと追求されるべきと小生は考えています。
 東京の交通調整について、鈴木さんの講演では鉄道省の行動の経緯がやや弱いと感じました(と、ご本人に後で言いました)。なかなか分かりにくいのは確かなのですが。しかし、当時の交通調整委員会の議事録など読んでも、省線は都市交通で重要な存在なのに、交通調整への参加を渋り、「線路が繋がっていて駅も共用しているから、新法人には出資できない」と主張したり、出資するにしても運営は鉄道省が委託という形で行う、と主張したり、揉めています。結局委託では見目の前を通り過ぎただけで意味がない、と委員会で一番文句を言っていたのは堤康次郎でした(衆議院議員の資格で参加)。
 鉄道省は巨大な現業部門と、交通事業の監督部門とを同時に抱えており、しかも都市交通上重要な存在なのに、現業部門の中では「全国の交通体系が国鉄の任務であって、都市交通はおまけに過ぎない」と軽んじられ、その捻れが、おそらくは戦後に至るまで様々な問題を引き起こした(反って良かった面もあるかも知れませんが・・・)といえます。そして東京市(→東京都)は、自分こそが中心と自負してみても、結局自分の力では出来ずじまいで他の当事者から経営能力を疑われたり。実際東京の都市交通は、市や都の範囲を超えているわけですが。
 となると、世界に比類なき相互直通運転の発達も、こういった戦略レベルでの当事者のごたごたを、現場の作戦レベルで解決しちゃった・・・という、ある意味「日本的」なことだったのかも知れません。そしてそれに協力的だった、満員電車の乗客の存在と。 
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by bokukoui | 2008-12-14 23:36 | 鉄道(その他)

京急・弘明寺駅の「青い光」による投身自殺対策

 今日は小生、大学院のゼミに行っておりましたが、「人身事故で・・・」と1時間も遅れてしまった人がいました。帰路、駅の電光掲示板を見たら、それとはまた別に何か事故で電車が遅れていたようです。そんな日に表題のようなニュース(最新ではないのですが)が目に止まりましたもので、元京急の弘明寺駅利用者として、大変関心を惹かれました。
 詳細は以下の読売新聞記事参照。

 「青い光」で飛び込み防げ!京急・弘明寺駅、設置後ゼロに

 新聞記事は消える恐れが高いので、念のためウェブ魚拓も取っておきました。
 記事の主要な内容は以下に引用しておきます。
 防犯効果があるとして街路灯に用いられるようになった「青色照明」を、鉄道会社が踏切や駅ホームに、飛び込み自殺防止の目的で導入する動きが広まっている。

 実際に自殺防止に役立つかどうかは専門家の間でも意見が分かれているが、すでに青色照明を設置している鉄道会社は「それまで毎年起きていた自殺がゼロになった」などと効果に手応えを感じている。

 京浜急行は今年2月、横浜市南区の弘明寺駅で、ホームの端の照明8基を青色に変えた。同駅では前月の1月、ホーム端の人けのない場所で2日続けて夜間に飛び込み自殺があった。同駅は、未遂も含め、毎年2、3件の飛び込み自殺が起きており、「自殺を1件でも減らすため、できることはなんでもしてみようと、わらにもすがる思いで始めた」(同社鉄道本部安全対策担当)という。

 同社によると、同駅では青色照明設置後、飛び込みは起きていない。

 JR東海も今年8月以降、愛知や岐阜、三重県で、東海道線や中央線などの踏切計10か所に試験的に青色照明を設置し、効果を探っている。JR東日本やJR九州でも、導入に向けた検討を始めている。

 鉄道会社の中で青色照明をいち早く導入したのはJR西日本だ。車が強引に踏切を渡るケースが後を絶たず、頭を悩ませていた同社は、2006年12月以降、大阪府と和歌山県を結ぶ阪和線などの踏切計38か所に青色照明を設置。その結果、夜間の車の踏切事故がゼロになり、飛び込み自殺もなくなったという。
(以下略)
 弘明寺駅は踏切(品川方)とトンネル(浦賀方)とに挟まれた駅で、踏切については以前ちょっと思い出を書いたことがありましたが、そういえば当時通勤していた父が「通勤していた期間中、何人かはねられた」とか言ってましたっけ。その当時の弘明寺駅は橋上駅舎ではなかったので、遮断機強行突破を図る輩が今よりも多かったろうと思いますが、これは自殺ではなくて事故ですね。あまり自殺の話を聞いた覚えはありませんでした。

 記事(もしくは魚拓)には駅の写真がありますのでそれを見ますと、なにぶん夜でないと照明の効果が分かりませんから、画面がくらいので状況がよく分からないのですが、青い照明はトンネルの側に設けられているようです。このトンネルはそう長いものではなく、昼間ならば向こう側が透けて見える程度だったかと思いますが、夜ともなれば暗さをより一層かき立て、自殺者をその闇の中に誘い込む機能を持っていたのかも知れませんね。
 もっともそれならば、ホームの照明の色を変えるのではなく、トンネルを明るくしても同じような効果があったかも知れませんが。
 或いは、中央線なんかにはかなりありそうなことなのですが、一度「飛び込み名所」となりますと、また次も・・・という現象もあったのかも知れません。こうなってしまうと、なかなか手の打ちようが難しいですね。

 新聞記事の末尾で「慶応大の鈴木恒男教授(色彩心理学)」が「青色を見ると落ち着くという実験データはあるが、珍しい色だから人目につくため、犯罪や自殺を避けようという意識が働くことも考えられる。ただし、明かり一つですべて食い止められるという過大な期待は禁物」とあるように、この照明の結果のみで自殺が減ったと言い切るのは早計かも知れません。
 ですが、同じ駅で続けて自殺が起きたら、それこそ弘明寺の坊さんを呼んで祈祷でもしたくなるところでしょう(本当にやったとしても関係者を笑う気にはなれません)。ある駅で自殺が多くなりやすい原因(そしてなくなる原因)というのは相当複雑そうで、そうそう分かるものではないでしょう。だから、「藁にもすがる」ような試行錯誤をするしかないのでしょうね。

 しかし、この「青い光」というネタを早速こういうネタにする辺り、bogusnews も案外鉄道ネタ好きですな。もっともこの「青い光」では、常磐線が一日運休したような気が・・・
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by bokukoui | 2008-12-12 23:59 | 鉄道(時事関係)