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京成電鉄創立百周年記念企画(1) 幻の京成第3代社長・河野通

 今日からちょうど100年前の1909(明治42)年6月30日、京成電気軌道(現・京成電鉄)の創設総会が開かれました。それから一世紀、色々ありましたが今日尚盛業中であるのは喜ばしい限りです。
 京成のサイトでも、百周年記念のページを設け、今日を百周年記念としています。
 で、最近の大手私鉄では阪神西鉄が百年史を出しており、京阪や阪急も出すそうですので、京成もここで一つ、と思うのですが、今のところ社史発行のアナウンスはないようです。京成は過去に五十年史ではなく『五十五年史』を発行し、八十年史ではなく『八十五年史』を発行しておりますので、今度も『百五年史』で発行するのでしょうか。実際、成田高速新線開通が来年度ということですので、それで一区切りにしたい、というのならそれはそれで妥当と思います。

 こんなわけで京成のサイトにも歴史を記した年表がアップされております。その中に、次のような一項があります。
(昭和)21年1月19日
後藤圀彦社長辞任、取締役吉田秀彌、取締役社長に就任
 これは正確には、前年の1945年10月末に亡くなった京成第2代社長・後藤国彦の後継社長が、年明けの1月になって正式に決定した、ということです。そして第3代社長が吉田秀彌、第4代が大山秀雄、第5代が20年以上の長期政権を敷いた川崎千春になるのですが、実はこの間、重役会で内定まで出ていながら、第3代京成社長になり損ねた人物がいたというのが今回の記事のお話です。
 これは小生の知る限り、社史などにも今まで出ていない話ですが、小生がたまたま今書いている戦前期電鉄経営史に関する論文の史料調査中に見つけたエピソードでした。しかし指導教官曰く、「論文が冗長だから本題に関係が少ないところは削るべし」とのことで削りまして、その後教官に「エピソードとしては面白いので、本件は何か使い道はないでしょうか」と問うたところ、「うーん、論文にはならんね」とのことでしたので、そして京成の社史もいつ出るか分からんし、『鉄道ピクトリアル』の京成特集号も2007年にやったばっかりだし、京成創業百年を祝して、ここで取り上げようと思った次第です。
 ・・・祝うのに相応しいエピソードかは疑問なしとしませんが。

 今回のお話の出典は、前にも当ブログで書いた野依秀市の話で使いましたが、逓信省官僚で次官まで務め、その後日本曹達社長を務めた大和田悌二の日記です。これは東大法学部が1945年分までをマイクロフィルムに撮影して所蔵しております。このうち、大和田が逓信官僚として第1次電力国家管理実現に務めていた時期については復刻が企図され、1935年の一年分は、1999年に『東京都立大学法学会雑誌』で復刻されています。復刻したのは、かの御厨貴ゼミの方々だそうで、1938年分まで復刻するとその雑誌論文の中で述べられているものの、残念ながら十年経った今でも続きが出ておりません。
 で、この大和田悌二は電力事業の監督(戦前の京成は沿線で電力供給業を営んでおり、また戦前は電気事業の監督官庁は逓信省だった)から京成電軌の第2代社長・後藤国彦と縁が出来たようです。大和田と後藤は大分の同郷出身ということで親しくなり、大和田は退官後京成の取締役に就任、戦後は監査役に代わって長くその地位にありました。大和田と後藤の関係は良好だったようで、旅先で後藤の死去を知った大和田は、日記に新聞の死亡記事を貼って長文の追悼記事を書き、その死を悼んでいます。大和田は旅先から戻ってすぐ後藤邸に弔問に訪れ、遺族と生活について秘かに話をするなど、親密な関係が伺えます。

 社長が死んだ以上、京成としては重役会を開いて後任を決めねばなりません。しかし大和田は日本曹達社長でもあり、その所用で京成の重役会に欠席することになり、事前に連絡に京成に行ったことが、大和田の日記に書いてあります。
(昭和20年)11月1日
○京成本社に赴き、明日の重役会は二本木行きの為欠席につき議事の内容を尋ぬ。重役不在、川崎総務部長在り、社長急死に伴う懇談にて別に議事無き模様とのことにつき辞去す。
 原文の傍点を太字に変えてあります。その他、日記の引用に当たっては新字体に直し、仮名遣いや句読点などを一部修正しています。
 日記中、二本木は日本曹達の工場所在地です。そしてここに出てくる「川崎総務部長」こそ、のちに20年にわたって京成社長を務め、沿線と関係ない東北地方なんぞの土地を買い漁るなどの放漫経営で80年代の京成を危機に陥れた、しかしオリエンタルランド実現に強力なイニシアチブを発揮しディズニーランドを日本に招いた、経営史上評価の難しい人物・川崎千春であろうと思います。
 で、特に重要な議題はないと聞いて二本木に行った大和田でしたが、しばらくして今度は京成の大山専務(のちに第4代社長となる)が大和田のところにやってきます。
11月7日
○京成電鉄大山専務来社。
昨日の重役会にて、社長に河野通監査役を推すこととなれり。後藤社長の遺思(原文ママ)を継ぐと河野氏は称す。陰険、圭角多く、運輸省の評判よからずと、反対説ありしも、他に適当の人も無しとて、結局決定せり。
 赤による強調は引用者が加えたものです。
 重要な議事無しといっていたわりに、次期社長という極めて重要なことが大和田不在のうちに決定されてしまいます(重役会は二回やったのかも知れませんが)。
 しかし、社長が急死したので後継を取締役から選ぶというのなら普通ですが、監査役というのはあまり聞きません。専務がいるなら彼が昇格するのが普通でしょう。京成は初代社長・本多貞次郎も、第2代社長・後藤国彦も、専務から社長になりました(創業当初の京成には、専務はいても社長はいませんでした)。「陰険、圭角多く、運輸省の評判よからず」とはひどい言われようですが、どうしてこの河野通という人物が社長に決定してしまったのでしょうか。

 そして、運輸省の評判良からずという評価に間違いはなく、京成のこの決定に対し運輸省から苦情が持ち込まれてしまいます。大和田の日記を引き続き見ていきましょう。
11月20日
○平山孝運輸次官より、京成電鉄は、後藤社長死去、後任河野通氏に内定の由なるが、長崎前次官の引次(原文ママ)は、大山監督局長京成入りの際、後藤社長と行々社長とする約束なりし趣きなるにつき、省として河野氏の来省を求め、省の意嚮を伝うる考なり。前田米蔵氏相談役につき、了解を得たりとて、趣旨貫徹につき協力を求めらる。余も河野氏が、後藤社長の遺思なりとて社長就任を主張するには同意し難き故協力を約す。

11月24日
平山運輸次官の依頼にて、前田、高梨二氏と会話す。二氏が河野社長に賛成せしは誤りなりと釈明。余は、右重役会に欠席なりしを理由に、尽力捲返すこととす。
 11月7日に大和田のところへ「河野社長内定」を伝えに来た大山専務は、鉄道省監督局長から京成に天下ってきていた人で、この人こそ後藤国彦社長の後継候補だったようです。少なくとも、役所方面はそう考えていたようです。
 で、どういう訳か自分の社長就任を強く主張せず、河野の社長就任を大人しく大和田に伝えに来ていた大山専務でしたが、役所からは大和田を通じて河野の社長就任を阻止せんとしたようです。大和田の日記しか史料が今のところありませんので、大和田中心になってしまうのはやむを得ませんが、大山は何をしていたのでしょうか。

 陰険だ何だと役所から不信感を抱かれていながら、監査役なのに他の専務や取締役を差し置いて、一時は京成社長就任を社内で認めさせてしまった河野通。彼は何者なのか、何でそんなことが出来たのか。
 その理由を探っていくと、戦前の電鉄界で後藤国彦と並んで「電鉄界の両ゴトー」「電鉄界の二人ゴトウ」と呼ばれていた、でも現在の知名度は圧倒的に京成の後藤国彦をしのぐ、東急の事実上の創業者・五島慶太の存在が浮かび上がってきます。その驚くべき関係とは、刮目して次回を待て。

※この記事の続きは以下の通り。
 京成電鉄創立百周年記念企画(2) 「両ゴトー」と渡り合った男
 京成電鉄創立百周年記念企画(3) 「当分」は長かった
 京成電鉄創立百周年記念企画(4) さまよえる京成
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by bokukoui | 2009-06-30 23:54 | 鉄道(歴史方面)

東急大井町線溝の口延伸二週間前の状況 高津駅周辺を中心に

 来る7月11日の、東急大井町線の二子玉川~溝の口延伸開業(田園都市線複々線化)が、もう二週間後に迫ってきました。田園都市線の二子玉川~溝の口間を複々線にして、外側を田園都市線、内側を大井町線の線路にするというものです。
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東急の駅に張り出された告知ポスター

 当ブログでも、昨年6月本年2月に、この改良工事の進捗の模様をお伝えして参りましたが、今回はいよいよ開業直前の模様をご紹介しようと思います。もっともこの企画、最初は開業一ヶ月前あたりに・・・と思っていたのですが、所用に追われた上に風邪だなんだで今日にずれ込んでしまいました。

(写真が多いので続きはこちら)
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by bokukoui | 2009-06-27 19:44 | 鉄道(現況実見)

マスコミに批判され抗議を受けて回収・絶版になったゲームの話

 昨日の記事に記したような、性的な表現やオタク文化と表現規制の問題が最近盛り上がっているのは、もちろん直接には「児童ポルノ法」の改正について国会で審議が行われるからですが、その少し前に日本の18禁のゲームが何故かイギリスの議会で糾弾されるという事件があり、それを日本の新聞が報道して、話題になったというのがありました。この件について小生は、ちょうど籠もっていた時期でしたので碌々知らないので、それについてどうこう評論することは出来ませんし今さら意味もありません。
 ですので、真剣な議論よりも混ぜっ返しの雑談ですが、今日の日付を見て思い出したことがあったので、ちょいと一筆。基本的に聞いた話を記憶に頼って書いているので、正確さはあまり保証できません。その程度のものとお考え下さい。

(どうでもいい話なので以下に)
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by bokukoui | 2009-06-25 23:59 | 思い付き

オタクと公務員 カマヤン氏のご意見に関連して&書記長向け新デモ案

 咳が止まらないわ頭は痛いわそれでも締切は来るわと、小生がじたばたと日々を送っております間、世間ではいろいろなことが話題に上っていたようであります。

 さて、論文とお仕事を一区切りして昨日今日と見ていたネットの記事で、大変興味深いものがありましたので以下にそれについて一筆。
 それは、マンガ家にして運動家のご存じカマヤン先生のブログの、ちょっと遡りますが19日付の記事です。

 「我々に足りないものは・・・」

 この記事は、いわゆる「児童ポルノ法」の改訂が、本来の趣旨である児童の人権保護から、関係の乏しいマンガなど実写でないものの表現規制へ逸脱することへの反対運動について、カマヤン先生がそのご経験について振り返ったもので、全部で12項目の箇条書きからなっています。
 そのうち前半の7までは、運動の経験について語られていますが、8以降はそれらの経験に徴して「オタクを官僚として官庁に送り込むべき」という主張をされています。幾つかの項目を引用します。強調は原文の通り。
8;官庁に入省入庁できる能力のあるオタクも一定数いる。だがオタクは、とくに有能優秀なオタクは自滅願望がたいがい強く、入省入庁の能力を持っていてもわざわざ権威のないライターなどになりたがる傾向がある。だから我々はここから先、「運動」を継続発展させるために、入省入庁能力のあるオタクをそそのかし、省庁へオタクを送り込むべきである。省庁内にオタク同志が一定数増えなくてはここから先のマンガ規制反対活動・表現規制反対活動は展開が難しい。たとえば文化庁、経済産業省などに同志を送り込みたいところだ。

9;有能優秀なオタクは自滅願望が強く、自滅願望が強いがゆえにオタクである。よって、我々は有能優秀なオタクを、「省庁に入省入庁し、オタク業界全体のために犠牲になってほしい」と、彼のマゾヒズムを最大限に煽るべきである。たとえば東大生であるオタクは一定数実在する。有名大学の法学部のオタクは一定数存在する。彼らに入省入庁を「オタク界全体の捨石となってくれ」と薦めるべきである。「内部から変えると言って成功した例はない、単に自分ひとりの生活の安定と栄誉のためにオタクを裏切りやがったんだ」という陰口悪口を彼らは必ず言われる、だがオタク界全体のためにそこをどうにか耐えてほしい、と、彼らのマゾヒズムを煽るべきである。また実際に我々の敵並びやっかみ以外の何もできないバカ野郎がそう誹謗するだろうが、誹謗した時には我らのために身を挺して入省入庁した同志を程よく擁護するべきである。同志のナルシシズムを刺激するために。

10;官庁においてオタクの数は少ない。よって入省入庁が無事できれば、オタク関係の行政はそのオタク同志がほぼ一手に扱うことができる。このオタク同志はオタク同志としてのアイデンティティが強く、「官僚なんかよりもライターに本当はなりたかった」という自滅願望を抱えている限り、官僚的出世よりもオタク界全体のための行政に身を粉にして奮闘してくださるはずである。ついでに言うと、日本においては、日本以外でもそうなのだが、官僚が同時にライターをなしている例は多く、歴史に名を残している文筆家の多くは官僚を兼業している。官僚であることはライターであることにプラスこそあれ、実は何の妨げにもならない。また文筆家として大成したいことがその願望の最たるところである場合、いつでも官僚を辞職し、文筆一本で立つこともできる。あからさまに言われることはほとんどないが、日本においては、官僚出身である文筆家と、非官僚出身文筆家との間には、出版業界ならびに社会からの扱いにおいて、物凄い開きがある。文筆家として後世名を残すために官僚となることは実はたいへんに有効有益だ。
 なるほど、なるほど。
 さて、このようなお題であれば当然発言を期待されるであろう、そしてカマヤン先生も期待していたであろうネット上の著名人といえば東大アニ研出身のオタク評論家・イラストレーターの有村悠氏に他ならないでしょうが、有村氏はご多忙なのかご関心があまりないのか、カマヤン先生の呼びかけに「はてなブックマーク」で短く答えられたのみですので、呼ばれてもいないのに小生が勝手に一筆。

 「オタク」の勢力を増したい時には数に算入され、そうでないときは無視される鉄道趣味者の世界では、鉄道が大好きで、運輸省に入って、文筆家としても名をなした、といえば私鉄史研究の大御所である和久田康雄氏のお名前が浮かぶわけで、「先例」がないわけではありません。しかし、官僚とは組織で仕事をすることが他の仕事に較べても重要ですから、官僚個人が政策に大きな影響を及ぼせるわけではないでしょう。
 和久田氏の場合でも、九州赴任時に西鉄の福岡市内線廃止と地下鉄建設が都市交通審議会で答申され、欧州のように折角の路面電車を改良して生かす方法(最近話題のLRTの先駆的手法)を取ればいいのに、と個人では思いつつも、市民集会で答申の内容を弁護することになってしまって「あまり楽しいことではなかった」(『私鉄史探訪60年』マイロネBOOKS p.178)ということもあったそうです。

 途中まで書いて数年間ほったらかしの「東京大学オタク物語」に記した如く、官僚を輩出するような学校は元々オタクが比較的多いところと思います。ですから既に、それなりの人数のオタクが各官庁に浸透しているものと思われます。今も活動されているのか存じませんが、90年代にはNHK狂育というサークルが『霞ヶ関グルグル』なんて官僚内幕同人誌なんぞ作っていたことがあったくらいで。※追記:検索したところ、今でも活動されているようです。
 小生の知っている範囲でも、官舎で「ふにふに抱き枕」の類と同衾している国家一種官僚が複数いましたし、またお役所からいただいたボーナスを、コミケで『マリみて』同人誌に大部分突っ込んでいた人とかも知っていますが、既にブックマークでも指摘されている通り、別段それが政策に結びつくわけではないですし、趣味をおおっぴらにしているよりも、仕事と趣味の区別はうまくつけているのだろうと思います。何より官僚組織とはチームプレイで仕事をするところでしょうし。

 「有能優秀なオタク」に自滅願望が強いのかどうかは小生には判断しかねますが、そうなのであればカマヤン先生の仰るような展開もある程度望めるかも知れません。しかし、むしろ逆に、オタクとして自分は抑圧されてきたという意識が強すぎる場合、反動として出世願望というか権威主義というか、そういうのに取り付かれて役所という権威を目指すという事例もあります。そのような場合は、有村氏の指摘されるが如く「ネット右翼」的というか、少なくとも表現規制反対といった考えとは距離のありそうな、そのような役人になってしまうかも知れません。
 急いで付言しておけば、お役所もさすがに、そのような抑圧の反動としての権威主義に取り付かれたような人物は、大概面接でふるいにかけているようです。小生の高校の同窓生で官僚になられた方々を思い浮かべても、やはり優秀な方が多いと思います。そりゃ中には、同窓生が集まると「あいつはまだ汚職で捕まってないのか」といわれる人もいますが。

 ですので、役所に人材を送り込んでも、直接的な効果を過大に見積もることは出来ません。しかし組織で仕事をする役所ですから、組織の一系統に浸透するほど、上から下までオタク文化に理解のある人が一通り配置されれば、組織として理解ある方向に動きうるかも知れません。
 そして、実はこれまで着実に、オタク的素養を持つ人材は送り込まれてきているのです。ですからいつかその日が・・・? でもそうなったらなったで、省庁間の縄張り争いになったりして。
 とまれ、そうなるとますます日本のオタクの未来は、官僚とオタクの揺籃の地としての灘と開成のアニ研・漫研などが握っていることになりそうな・・・大学は大きすぎて、同じ大学を同じ年に出た程度ではなかなか人的ネットワークになりづらいところがありますので(慶應は違うのか?)。

 さて、そんなカマヤン先生のブログの22日付の記事「「人権」対「表現の自由」という偽の図式」では、「革命的非モテ同盟」古澤克大書記長に対し以下のような呼びかけがされています。
古澤克大書記長にはそのスキルを恃み、「国会前コスプレなんちゃってデモ」開催を期待したいところであります。「オタク=犯罪者」という宣伝戦が規制派から議員に対し繰り返し行われています。この宣伝戦を腰砕けにするための示威活動はあってしかるべきだと私は考えます。議事堂前・議員会館前の歩道は、慣例的に政治主張する場として黙認されています。そこにおいて、20人程度の、もっと多くても当然かまいませんが、「笑える」「ユーモアを非オタクにも感じさせる」コスプレ集団が「表現規制反対」「アニメーターの生活向上を」と、数日、アニソンなどを歌いつつ(つまり存在として無害であることを暗に示しつつ)議員関係者の目に触れることは政治的にたいへん有意義であります。ぜひ検討を願いたいところであります。公安やらが発狂すること請け合いですが、これは意義があります。
 この呼びかけについて「月よお前が悪いから」のartane氏が同日付「一年早かったのかもしれない」「(無題)」「d:id:furukatsu氏への公開の呼びかけ」の一連の記事で共同の用意がある旨を発言しておられます。

 カマヤン先生に認められるとは、書記長も出世したなあと羨ましく思うことしきりですが、これらの呼びかけに対する書記長の返答はあまり明確ではありません。22日付「我々は断固として表現を守り抜く」は、時系列的には呼びかけへの直接の返答ではないでしょうが、具体性に欠けるといわざるを得ませんし、23日付「id:artane氏へ」の内容も共同に前向きとは思われません。もちろん、当ブログでも詳細に報じた「アキハバラ解放デモ」関係(「革非同・古澤克大(フルカツ=furukatsu)書記長観察記」のタグをクリックされたし)の事後処理問題は尚意味あることですが、それだけに簡単にはできないことかも知れませんが。
 ですが、コスプレ大好きなはずの古澤書記長(コスプレキャバクラに通い詰めて借金作ったほど)が、カマヤン先生の呼びかけに対し反応が鈍い最大の要因は、うまうまと地方公務員になりおおせた書記長自身の本質的に有する「小役人」根性だろうと思います。

 とはいえ、カマヤン先生のご提案された「国会前コスプレなんちゃってデモ」ですが、面白そうとは思いましたが、どんな形であれアニメやマンガのコスプレであった場合、公安や多くの議員の方にとっては理解不能な、訳が分からず気持ちの悪いものとしてスルーされてしまう懸念もまた大きいと思われます。うまくやれば一般人に「無害」をアピールすることは出来そうですが。
 で、ここで小生がハタと思いついた一案は、少なくとも公安や「お堅い」保守的な人に対して一定の効果が期待できそうな、そして書記長の人脈が生かせそうな、そんなコスプレ? 的なデモの方法です。

 それは、自衛官を集めてデモをするというものです。

 現職の場合は法的な問題が懸念されますが、元自衛官・予備自衛官であれば問題はないものと思われます。予備自とデモに関しては、「アキハバラ解放デモ」後に元自衛官である書記長がクリスマス粉砕デモを打った際、「予備自衛官がそんなことをするとはけしからん、自衛隊内の然るべき筋に通告する」と主張した、これは現職の自衛官の方がいたというような話があり、その際に書記長周辺が調べた範囲では法的な問題はないはずという結論になっていました。小生も今、法律の専門家に電話して聞いてみましたが、よほどのことがない限り問題にならないと思われる旨でした。ちなみにその現職自衛官の方々は書記長デモを監視に来たそうで、その監視姿を怪しんだ公安に職質されたとか何とか。
 公的セクターの中で、自衛隊はオタクの浸透率の高さでは恐らく最高ではないかと思います。元自衛官のさる方に聞いた話では、自衛隊員は体育会系・オタク・その他に分類されるくらい、オタクが目に付くです。このブログでも以前、隊内で美少女ゲームが流行した結果「うぐぅ小隊」なる渾名が付いた部隊があったという話を書きましたし、別な筋から聞いた話では、砲兵隊の演習時に観測将校が、弾着が大幅にずれている旨を砲兵に電話で連絡したら(註:用語が旧軍ですが、自衛隊用語はよく知らんので、そのようなものと解釈して下さい)、電話口の返事が

 「え~、ぶっちゃけありえな~い!」

 だったとか。これだけプリティでキュアキュアな自衛隊の関係者であれば、デモの趣旨に賛同してくれる人もいるでしょう。現職の場合は確かに政治的行動は困難ですが、元ならば問題はないでしょうし、うまいことに自衛隊は組織の性格上、年齢の若い「元」が大勢いるわけです。
 で、作業服を着て分列行進でもやればいいのではないでしょうか。「保守的」な人に対して、より大きな効果を上げるものと思われます。そして次の日には、全然違う格好で現れると、公安もますます混乱することでしょう。左寄りの人たちは困惑するかも知れませんが。

 ちなみに、日本の政治的街頭行動の歴史を振り返りますと、大正年間の確か川崎造船所の労働争議だったかと思いますが、鎮圧に憲兵隊が出動したところ、それに憤慨した労働者たちが軍服を着用し(戦前ですから徴兵経験者が大勢います)、憲兵隊に対し自分たちも国家の一員なのだと主張して立ち向かったという話があります。これは確か、竹村民郎『大正文化帝国のユートピア』に書いてあったと思いますが、現物を図書館に返却してしまったので細かいデータを確認できていません。
 とまれ、市民の運動を考える上では、案外この方法はオーソドックスともいえるのであります。

 読み返すと、我ながら例によってまとまりのない文ではありますが、一応まとめてみるとこんな感じでしょうか。
・カマヤン先生ご提案の、オタクの官僚化はある程度進んでおり、将来オタクへのシンパシーが生まれる可能性はあるが、過大な期待はすべきでない。
・現在の公的機関中、構成員に占めるオタクの比率が最も高いのは恐らく自衛隊であり、手っ取り早くアクションするなら「元」の人は誘えるかも知れない。

※追記(2009.6.25.):一つ書き忘れていましたが、もし(元)自衛隊員表現規制反対デモをするならば、そのスローガンとしては以下のようなものが考えられます。
「自衛隊は災害救助に際し、思想信条で区別などしないし、してはならない。万一の有事の際も同様である。脳内の思想嗜好がどうあれ、差別をしないことが我々の死守すべき原則である。それに反するような法制度には賛同しがたい」
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by bokukoui | 2009-06-24 23:15 | 思い付き

岩手・宮城内陸地震から一年 そして人を悼むことについて若干

 20名を超える死者・行方不明者を出した、岩手・宮城内陸地震から一年が過ぎました。つい先日になって漸く遺体の発見された方がおられたそうですが、今なお発見されない方もあり、また復興については今なお、という状況のようです。

 地震発生の日付は2008年6月14日ですが、昨年もこの日付で地震と追悼記事を書いておりますように、地震当日は一日出かけていて何も知らず、翌日になって知人からの連絡で岸由一郎さんの遭難を知ってびっくりしたという経緯があり、小生としてはこの日付で書く方が何となくしっくりします。
 今思い起こすに、岸さん遭難の連絡を受けた時も出かけていましたが、それはちょうど、自分も出くわした通り魔事件から一週間後の秋葉原に行っていた折でした。その時は、電話で聞いただけで何ともピンと来ないというか、全く実感が湧かないというか、不思議な感じでした。

 岸さんの人となりなどについては、リンクを張った小生の昨年の記事やウィキペディアをご参照下さい。
 事件から一年の時を経て、幸いにというか、鉄道に関するブーム?は根強く続いているというか、拡散しつつもそれなりに落ち着いて続いているような感じです。JR東日本の鉄道博物館の成功に嫉妬したのか、JR東海も対抗して博物館を作るそうで、このような状況でこそ岸さんのように、詳しくてかつ子供や普通の人に面白さを説明するのに長けた人材が必要なのに・・・(もっとも商業主義的色彩の強い鉄道博物館と、岸さんの思想・活動とは乖離している面があり、もし岸さん存命の場合それが表面化した可能性は否定できません)。
 小生はことによると来月、くりはら田園鉄道の跡地に足を運ぶ機会がありそうなので、その際に岸さんが志した事業の現況(地震でこれも一頓挫という話も漏れ聞きましたが)を見ることが出来れば、と思います。


 このような追悼の言葉は昨年も書きましたし、また小生もこれに補足してまだまだ詳しく書くことは出来ます。しかし、書いていてふと思うのですが、自分にこのようなことを書く資格があるのかと思うこともあります。

 このブログの前回の記事は秋葉原事件一周年についてでしたが、そこで書ききれなかった「追悼」のことについて、岸さん個人の追悼とは離れてしまいますが、地震と通り魔と連続して考えると頭の中でもやもやすることがあって、何か形にしたいと思います。論理的でもない思いつきですが。

(全く個人的なとりとめもない思念であることをご諒承下さい)
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by bokukoui | 2009-06-15 23:59 | 思い付き

風邪ひいてます

今週に入ってからずっと発熱の上、喉の奥が潰瘍のような? 状態になっており、如何ともしがたい状況です。論文もブログも書いていられるような状態ではない時に限って、締切がわらわらと・・・
まあ、インフルエンザではないようですが。
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by bokukoui | 2009-06-11 20:12 | 身辺些事

秋葉原通り魔事件から1年 とりとめもなく

 秋葉原で7名の死者を出した事件から今日で一年になります。
 あくまで管見の範囲ですが、新聞ではある程度、関連した報道がなされているようでしたが、一方ネットのニュースでは案外話題になってはいないようです。事件の性格上、むしろ逆の傾向を示して然るべき気もしますが、そんなものなのでしょうか。もっとも報道も、いまさらナイフの規制の話だとか、歩行者天国の話題だとか、防犯カメラを設置する話などで、何か新たな展開があるという様子でもなさそうです。また、犯人である加藤被告の公判も、昨年10月の起訴以降、まだ始まる時期は確定していないようです。
 さて、小生も、たまたまこの事件に当日居合わせて一年になったわけですが、一年を経て心に浮かぶことを、思いつくままに少し書いてみたいと思います。本来ならば、この事件を扱った書物を読んで感想などでも記そうと思っていたのですが、なかなかそのような時間的余裕もなく、それはまたの機会に。

(全くとりとめもないのでその点をご諒承下さい)
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by bokukoui | 2009-06-08 23:59 | 出来事

分冊百科『歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』近日創刊

 諸事多忙なうちに月も変わりました。

 今日からNHK教育の「知る楽」という番組で、毎週月曜日全8回に渡って「鉄道から見える日本」という企画をするそうですが、その「語り手」が原武史氏。うーん・・・
 このような番組があることを小生は全く存じませんでしたが、図らずも複数の方からこの番組の存在についてご教示を受け、これは毎週視聴して批評記事を書けということかと思いましたが(笑)、目下のところは多忙でそんな余裕はありません。録画はしておきましたので、そのうち見ようと思います。

 ところで、鉄道ブームといえばまだ続いているようで、今月16日から全50巻の分冊百科で朝日新聞社からこのようなシリーズが発刊されるそうです。

 現在の鉄道に乗るばかりではなく、鉄道の歴史にも注目が集まるのは結構なことと思います。小生が聞いた話では、この分冊百科の歴史記事の執筆陣には、阪神の社史西鉄の社史の執筆者の方もおられるそうで、その記事の内容には充分期待が持てると思います。ご関心のある方は一つ如何でしょうか。
 個人的には、このシリーズが売れて、翌年に「私鉄編」が出ればいいなあと思います(笑)国鉄・JRだけでは日本の鉄道の特徴の半分しか抑えられませんので。
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by bokukoui | 2009-06-01 23:59 | 鉄道(歴史方面)