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今日の東急デハ5001号の状況(56)

 前回から一月程経ちましたので、所用のため渋谷で乗り換えた際に、急いで写真を撮ってきました。簡単な報告ですが載せておきます。

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by bokukoui | 2010-02-27 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題

鍋焼うどんの探求(4) 太田屋@本郷

 鍋焼うどんの構成要素を探求する(?)本企画、(3)に続いて本郷界隈を巡ります。今回は、東大本郷キャンパスの正門真ん前にある、太田屋「鍋焼うどん」(950円)です。
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by bokukoui | 2010-02-26 23:59 | [特設]鍋焼うどん探求

鍋焼うどんの探求(3) 釜あげうどん 高田屋@本郷

 例によって例の如く諸事に追われて、おまけに機械の調子も怪しいとあっては、思い浮かぶこと多々あってもブログの更新はままなりません。しかし放っておくのも何なので、お手軽企画として先日の「鍋焼うどんの探求」(1)(2)の続きを載せることにしました。つまり鍋焼うどんを鍋焼うどんたらしめる要素、特に具について、具体例の収集に励もうという企画です。単に昼食ついでに写真撮ってるだけといえばそれまでですが。最近原稿料が入ったので、学食のカツ丼(440円)よりも高いものも食ってみようという程度の思いつきだったりします。

 という前口上で、今回は本郷界隈から、釜あげうどん 高田屋「五目鍋焼うどん」(1150円)でございます。
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by bokukoui | 2010-02-26 23:58 | [特設]鍋焼うどん探求

茨城の鉄道の話題~「メイドトレイン」にローカル鉄道観光化を思う

 ここ数日、気候は少しづつ暖かくなっているようですが、小生は相変わらずだるさと眠気が抜けず、いくら早寝をしようとも午前中は身動きが取れません。ついでに機器も歩調を合わせるのか、ネットへも繋がりが悪く、所用のため書いたメールが送信したと同時に消え失せて、ますます気力を削がれています。そうやって用事が片付かないうちに次の締切が・・・

 そんなわけで、何事も思うに任せませんが、前回の記事に引き続き備忘的・・・でもないようなネタに出くわしたので、埋め草に。

 茨城県にあったローカル私鉄は近年日立電鉄・鹿島鉄道が相次いで姿を消しましたが、それに続くかと思われた茨城交通は地方自治体の出資を得て、ひたちなか海浜鉄道として再生しました。で、同社と、以前からの茨城の第3セクター鉄道である鹿島臨海鉄道とで、来月以下の如きイベントを行うようです。


 うーん。
 どういう層を狙ったイベントなんだろう。一般客も当て込んでいるようでもあり、「社長を囲む会」なんてのもあるところを見ると相当濃いめのようでもあり。
 「列車を使ったメイド喫茶」とページタイトルにありますが、イベントの細目を見ると、貸し切り列車の運行や、「メイドさん」の車内販売とか、そういったもののようです。

 どこともご多分に漏れず3セクは経営状況が厳しいでしょうから、外部から持ち込みのイベントで多少なりとも収入があれば、ということとは思いますが、この組み合わせはどうなのかしらん。休業中とはいえメイド方面にも手を出していた者としては、多少微妙な感なきにしもあらず。自称「正統派」としては、メイドさんと組み合わせるなら蒸気機関車でないと、などとは思います。そういえば、昔作った同人誌に載せた19世紀英国のマンガで、婦人子供向けサービスを展開していたミッドランド鉄道を諷して、女性の車掌兼保母さんもそのうち登場するだろう、というのがありましたが、その絵はメイドさんが車掌の帽子を被った出で立ちでした。

 閑話休題、サイトを見ると、BS VISUAL という、鉄道関係の映像作品を制作している会社の、来月限定の企画のようです。本業とどう結びついているのかはよく分かりませんが。ローカル私鉄支援としては、単発ものの企画より、ある程度継続してリピーターを招かないと、手間の割には収入が少ないのが通例ではないかと懸念します。

 こういう鉄道イベント自体、地域振興に繋がるかは正直よく分かりません。鉄道趣味者に一大勢力を占める写真撮影派は、自動車で撮影地に乗り付け撮ったら帰ってしまうことが多いので、鉄道どころか地元に一文も落とさないケースも珍しくないと思われます。そこで対策として、海外ではフォト・ラン・バイといって撮影者を先ず列車に乗せ、沿線の撮影好適地で停車して撮影者を降ろし、然る後に列車はバックして撮影用にもう一度走る(蒸気機関車の場合はここぞとばかりに煙を上げる)というのがよくありますが、日本では難しそうですね。保安上の理由が一つ、それから日本の地形上好適撮影地は必ずしも線路沿いではなく、線路から谷を隔てた山の上だったりするので。
 乗りに来る連中はもうちょっとマシですが、それにしたって切符代捻出のために食費切り詰めは通例の連中ですので(笑)、地域振興には限りがあるかなあと。理想的には、鉄道自体の維持にグッズを買いあさるマニアを集め、同時に一般観光客も集めて地域の観光振興に繋がればいいのですが。

 全く適当な思いつきをついでに書いておくと、鉄道の官公吏用、もとい観光利用(我ながらすごい誤変換だ・・・)を介して地域にお金を効率よく落とさせるには、酒を呑ませるのが良いのではないかと小生は思ったりしています。客単価を簡単に上げる方法だし、何より自家用車利用者に対し鉄道が優位に立つ方法だし(笑)。車内で酒を呑まれるのが嫌さにJR東日本は701系を投入した過去の実例からすると、困難も伴いそうですが。
 こんなことを思ったのは、別に「鉄道むすめ」の久慈ありすの好物がホヤだったから、というわけではなくて、内田百閒と宮脇俊三の作品を併読すれば、両者の共通点は車内で呑んでいることだから、です。

 例によって話が逸れまくってますが、来月の該当時期までに諸事の目処が付けば、比較的近隣だし、鹿島臨海鉄道の新鉾田以南は乗ってないし、小生も廃線直前に乗った鹿島鉄道の痕跡も最近探訪した知人のブログによれば案外残っているようで、茨城方面に出かけてみようかとも思いますが、大体こう思っても実現した試しはあまりないのが遺憾ながら近年の状況ではあります。
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by bokukoui | 2010-02-23 23:59 | 鉄道(時事関係)

【備忘】「鉄道旅行の味わい 食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化」

 寒さで縮こまっているのは例年のことですが、小生の体調だけでなく機械もどうもおかしくなっています。しばらく前、ノートパソコンがHDDから激しい異音を発し、さてこそ破損の前兆かとびびっていたことにも震え上がりました。デフラグして、しばらく電源を落として冷ましたら? 今のところ普通に動いているようですが。しかし昨年にデスクトップ機がお亡くなりになって以来、このノート一台で全ての作業をこなし、いつも携帯して使用しているため、過負荷がかかっているのかも知れません。どうも筐体にひびが入って微妙にゆがんでいるような・・・そんな手荒く取り扱ったつもりはないのですが。博論執筆を見据えて新型機導入を検討すべきかも知れません。でもその為には、目前の用事を片付けて部屋の大掃除を・・・と言い続けて何年経ったのでしょう。

 暗い近況報告をしてもどうにもなりませんので、少しは楽しげな話を、自分の備忘をかねてご紹介。先日、大学図書館に張ってあったポスターで知ったイベントです。

天理ギャラリー 第139回展
「鉄道旅行の味わい
―食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化―」


 詳細はこちらのサイト参照。概要を引用しておきます。
 車窓にうつる風景を眺めながらの食事は、単に空腹を満たすためだけのものではなく、風情を盛り上げ旅を強く実感させるものでした。
 本展では食堂車メニューや宣伝チラシなどの資料から、かつて憧憬の対象であった食堂車を取り上げるとともに、全国のバラエティに富んだ駅弁ラベル(掛け紙)を紹介し、鉄道の旅において食事がどのような役割を果たし、変遷してきたかをご覧いただきます。


◆会期/2010(平成22)年2月22日(月)~4月3日(土)
◆開館時間:午前9時30分~午後5時30分
 ※閉館30分前までにご入館下さい。
◆休館日:毎週日曜日
◆入館料:無料
◆会場:東京天理教館ビル9階 天理ギャラリー

◆列品解説(ギャラリートーク)
 日時:2010(平成22)年3月5日(金)・3月22日(月・祝) いずれも午後1時30分より
 担当:乾誠二当館学芸員

◆先着500名様に開催記念券を進呈いたします。

◆主な展示資料
○食堂車関係
 ・山陽鉄道 神戸自由亭販売品目録 明治32年
 ・鉄道省 食堂車絵葉書 戦前
 ・仙台ホテル 食堂車メニュー 昭和3年
 ・日本食堂 ビュッフェ絵葉書 昭和34年
 ・日本食堂 食堂車案内リーフレット 昭和26年
○駅弁ラベル
 ・東海軒 鯛飯御弁当 静岡駅 昭和4年
 ・阿部弁当店 いかめし 森駅 昭和30年代
 ・富山ホテル支店 鱒乃寿し 富山駅 戦前
 ・崎陽軒 シウマイ 横浜駅 昭和29年
 ・筑紫軒 かしわ飯 折尾駅 戦前
 ・萩乃屋 御弁当 大津駅 大正9年
 ・石蔵屋 御弁当 門司駅 戦前
 来週月曜日からの開催です。無料なのに学芸員によるギャラリートークもあるんですね。開催記念券狙いまでするつもりはありませんが、どちらかのギャラリートークを狙って行ってみようと思います。

 ところで、今突然、ブラウザ(IE)上で、「右クリック」が全く無効になってしまいました。どういう原因なのか、しかしこれはブログやメールを書く上ではまことに不便な事態です。設定をいじった覚えもないのに。
 これもまさか本体の不具合が影響しているのか、そんなことはないと思いたいのですが・・・

※追記:右クリックは復活しました。

※更に追記:この展示会、ギャラリートークの日に行ってきました。こちらをご参照下さい
 →「天理ギャラリー展示略感~汽車の窓から釜を投げないで下さい」

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by bokukoui | 2010-02-20 23:59 | 鉄道(その他)

「螺子の囁き」に蒸機が出たので『COMICリュウ』3月号雑感


 19日には4月号発売だというのに今頃3月号の感想を書くわけですが、そもそも今まで『リュウ』を買っていた書店がいよいよ置くのを止めたらしく入手が遅れたことに加え、所用に追われて買っても読む暇が全然なかったもので、つい先週になってようやく読むことが出来ました。
 で、多忙なので感想はスルーせざるを得ないかと思っておりましたが、表題のように速水螺旋人先生の連載イラストコラム「螺子の囁き」が、1月号に引き続き鉄道ネタが出たので取り上げておきます。

 で、前回記事を書いた2010年1月号の「螺子の囁き」は、アメリカの流線型蒸気機関車を取り上げていましたが、今回はヨーロッパ編といったところです。
 主役はドイツの流線形蒸機・05型。ナチスが威信をかけて1935年製造させ、蒸気機関車として初めて時速200キロの壁を破った車輌です。空力性能を追求して足元まですっぽりカバーした流線形が特徴。・・・なんだけど、やっぱ「いもむし」のように見えてしまいます(笑)。速水先生も書かれていることですが、ドイツ人が技術的に理詰めで作ったものより、アメリカ人がコマーシャリズムばりばりで作ったものの方が一見してキャッチーではあります。もっとも、蒸気機関車のマニア筋に言わせれば、当時のドイツ国鉄の蒸機設計は保守的で、英米のものほど面白みはないといいます。これはいつぞや巡洋戦艦「金剛」の講演会でもお話をされていた、髙木宏之さんのご意見の受け売りですが。髙木さんは口癖のように仰ってました、「ドイツの蒸機はイモ蒸機」と。
 「イモ」繋がりというわけでもないですが、「いもむし」といえば、いつぞや紹介した本にあるようにこの時代は流線形時代なんていいまして、05のように時速200キロの高速性能のために流線形が必要、というほどの高速でなくても、矢鱈と流線形が流行ったもので、日本の名鉄にも「いもむし」の愛称を奉られた電車がありました。比較的近年まで活躍していたのでご存じの方も多いと思いますが。で、電車の場合は窓があるので、「いもむし」的鈍重さを和らげて軽快さを生み出すことが出来るのですが、蒸気機関車のボイラーを覆った場合は・・・スマートにしようとすればする程、のっぺりしてしまう面はあります。

 イモイモ繰り返すのも何なのでこの辺で止めておきますが、蒸気機関車の流線形というのは畢竟キッチュなところに魅力があるのだろうと思います。そこら辺が速水先生の興を誘ったのかも知れません。流線形蒸機は直後の第2次大戦で手が回らず、ほとんど流線形のカバーを剥がされてしまうのですが、蒸機マニアの中には(小生もそうですが)、外されたあとの、いかにも蒸機らしいフォルムの方が「美しい」と思う人も少なくないのです。
 電車にしても日本の場合、流線形で有名な「流電」モハ52系という国電が戦前にありましたが、使いにくいというので増備車輌は前面に貫通扉をつけて普通の電車らしい顔になりました。多少は流線形の名残で洗練されたところがあり、電車マニアは「半流線形」を略して「半流形」などと愛称をつけていましたが、実のところマニアからは流電より半流の方が人気があったかも知れません。
 余談ですが、世間が「韓流」ブームに沸いていた時、小生の知人のさる鉄道マニアの方は、「なんで今頃“半流”がブームなんだろう?」と本気で思ったそうです(笑)
 閑話休題、キッチュとなればソ連に流線形蒸機があればさぞかし味わい深いものになると思いますので、もしそんなのがあったのなら、速水先生には是非今後「螺子の囁き」に登場させていただきたいと思います。

 その他のマンガについても思いつくまま簡単に(と書いて簡単に済んだ試しがあまりありませんが)。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-02-18 23:59 | 漫画

革命的非モテ同盟「2.13バレンタイン粉砕デモ」@渋谷 顛末記

 寒い日々が続きますが皆様お変わりないでしょうか。小生は例によって元来の眠気と懈さに加え、寒さで半ばくたばり、あまつさえ指先の皮膚が酷く荒れて、資料をめくるという本業にも支障が出ている有様です。
 そんな日々ではありますが、浮き世のしがらみで、先日告知した、毎度お馴染み革命的非モテ同盟の渋谷における「2.13バレンタイン粉砕デモ」をちょっと見てきましたので、簡単にご紹介。公式ブログにデモの実施報告はありますが、写真はないようなので。
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歩道に向けた横断幕を掲げた今回のデモ


(写真があるので続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-02-15 19:34 | 出来事

【告知】革非同「2.13バレンタイン粉砕デモ」@渋谷

 例によって例のごとく、お約束の季節になりまして、関係者からの要望もあったので、告知しておきます。

「2.13バレンタイン粉砕デモ」

日付:2010年2月13日(土)
時刻:15時集合、15時半デモ出発(開場14時半、解散16時を予定)
場所:渋谷・神宮通公園


 毎年恒例の、「革命的非モテ同盟」のバレンタイン粉砕デモです。過去のデモについては当ブログの関係記事一覧をご参照ください。
 今回のデモの詳細情報については、公式サイトおよび公式ブログをご参照ください。集合場所である神宮前公園の地図は当ブログのクリスマスデモの記事にも掲載しております。
 古澤克大終身名誉書記長は、最近腰痛に苦しんでいる由で、腰の具合が良ければ当日参加との噂があります。その割に「はてなブックマーク」は更新しているようですが・・・どんな姿勢でネットしてるのやら。

※告知記事なので、書き込んだ時間と記事に表示されている時間は異なります。

※追記:デモは無事開催されました。
 写真はこちら→「革命的非モテ同盟「2.13バレンタイン粉砕デモ」@渋谷 顛末記」

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by bokukoui | 2010-02-13 15:00 | 出来事

「建国記念の日」に思う 「条件付き愛情」的な「愛国心」

 今日は「建国記念の日」ですが、この日が実証史学的に根拠がないという話は重要とはいえどありふれておりますし、どだい小生は古代史のことがさっぱり分かりませんので、その辺はとりあえず措いておいて、前々から思っていたことを少々備忘録的にまとめておこうと思います。昨年、当ブログでこのような記事を書いたせいか、2ちゃんねるで当ブログの筆者が「在日」認定されるという椿事もありましたわけで、これも機会かと。
 当ブログでこの手の話題を扱ったものといいますと、上掲「外国人参政権・夫婦別姓反対デモ」以前にも、田母神俊雄氏の「論文」についてとか、その田母神論文について秦郁彦先生と西尾幹二氏が今は亡き『諸君!』誌上で行った対談についてだとかもご参照いただけると有り難く存じます。
 といっても別段目新しいことを書くつもりはないです。

 上に掲げた過去の記事では、他国や自分に同調しない者に対してむやみと攻撃的になることを「国を愛する」と呼ぶべきではないと主張し、西尾氏の議論が他者への攻撃性によって連帯した「内輪ぼめ」で成り立っていることを山本七平を引用しつつ指摘しました。それらを少しまとめてみようというのが本稿の趣旨です。
 そこで「条件付き愛情」という概念が、少し手がかりになるのではないかと、全くの思いつきですが頭に浮かんだ次第。
 ここで先に「条件付き愛情」のことをちょこっと説明しておきます。小生がこの言葉を知ったのは、ずいぶんと昔のこと、カマヤン先生が児童虐待について述べた文章の中でのことでした。今その出典がどこだったか思い出せないのですが、「条件付き愛情」で検索すれば、今のご時世有り難いことにいろいろ出てきます。とりあえず安直に Wikipedia の該当項目を引用しておきます。
条件付きの愛情
本来、親は子供に無条件で愛情を注ぐものであるが、親の愛情が無条件の愛ではなく、何らかの付帯義務を負わせる「条件付きの愛」であることが問題となる。これが継続的に行使される家庭では、子供は親の愛を受けるために、常に親の意向に従わなければならず、親との関係維持のために生きるようになり、この時点で親子関係は不健全であるといえる。主に幼少期からこうした手段が用いられ始め、子供の精神を支配する手段として愛情を制限する。

この手段は子供が成人する段階になっても継続され、引き続き成人した子供(Adult Children)の精神を支配する。実はこの状況は非常に多くの家庭に存在しており、子供は常に不健全な状況にさらされている。しかし、第三者からは一見してこのような家庭は何ら問題のない普通の家庭として認識される場合が非常に多く、「条件付きの愛」はしつけや教育と称される家庭の病理性の深さを象徴する現象であり、最も基本的な精神的虐待である。しかし現実に、無条件の愛を常に実行できるかというと、これは極めて難しく、健全な家庭を目指すには「条件付きの愛」を減らし、可能な限り無条件の愛を与える方法を親自身が訓練・勉強する必要があるだろう。
 あと、関連しそうな項目もリンク

 当ブログの過去の記事で批判した田母神氏は、確か国会で「日本はいい国だと言ったら辞めさせられる。悪い国だと言い続けるのがいいのか」と発言したかと思います。昨年『笑っていいとも』に出演した際にも同趣旨のことを発言しておりました。この発言に典型的に見られるものは、田母神氏を支持する方々、例の「外国人参政権反対」の人々にもその傾向を強く見いだすことが出来ますし、西尾氏もまた同様であります。彼らは「日本は『正しい国』『良い国』でなければならない」と思い、彼らの価値観に於いてそれに反するようなことを述べると、もれなく「非国民」「在日」認定が待っている、という次第であります。あれだ、昔の教科書に書いてあった「日本ヨイ国、強イ国。世界ニカガヤクエライ国」って感じですね。
 ですが、小生思いますに、「日本が良い国で強い国だから愛する」というのは、日本に生まれ育った者の「愛国心」としては、全く覚悟が足りない、といわざるを得ないのであります。もしどこかの国に移民しようと思って諸国の事情を検討し、その結果として「アメリカは正義の国、神の国!」と星条旗に忠誠を誓うのであれば、それは構いません。しかし、自分が望むと望まないのとに関わらず、ある国に生まれ育ってしまった場合、そのように考えることは、合理的ではありません。

 親と同じで、生まれる国は自分では選べないわけです。その親子と国・住民との関係は、もちろん単純なアナロジーには出来ませんが、選び得ない宿命に対しどう対処するのか、という点では参考になり得るところもあると考えます。世の多くの愛は、愛する主体が選択的に選び取った対象へのものですが、生まれ育った国への「愛国心」は、選びようもない存在としてここにあるものへの対応ですから。
 で、ここの愛を混同しますと、あたかも親が子供に向かって「おまえはうちの子じゃない」と精神的虐待を加えるように、国に向かって「こんな“恥ずべき”過去がある国は“自分の”国じゃない」と言い出したりするわけで、さてこそ「歴史修正主義」に走ると同時に、何かしらそういった問題点が自国に存在するのは、自国に含まれない分子=他国や「非国民」「在日」の仕業だという陰謀論に走るのでしょう。
 親子関係などですと、それこそ虐待や家庭内暴力によって、表面的には責任を他者に押しつけて自己の思うがままの世界を構築するということが可能ですが、しかし国という大きな対象ですとそうはいきません。独裁者でもない限り個人の好き勝手になるものではありません。そこでどうするかというと、勝手に犯人捜しをして、そこを無闇と攻撃する、という行動形態になるのでしょう。

 しかしそれは愛と呼ぶにはあまりに偏頗と小生は考えます。小生思うに、「愛国心」とは、まず前提として自分の生まれ育った国について知り、どのような蓄積の上に自分が存在しているかを考え、その存在全てを、“恥ずべき”過去をも含んで受け容れた上で、はじめて構築されるものではないかと。こんな所があると愛する上で嫌だからなかったことにする、なんて我が儘を言っているようでは、愛国心の妙諦に至ることは出来ません。欠点を把握した上でこそ、愛となり得るのです。もちろんそこまで見通した上で、やはり愛する気にはなれない、という結論も存在はしうると思います。親子でもどうにも縁切るしかない例はままあるわけで。
 しかしながら、「愛する」というのであれば、問題も恥も欠点も含んだ上で先ず受け容れることなくしては、愛は、児童虐待的な無体な攻撃衝動にすり替わってしまうでしょう。

 親子の愛情のアナロジーを持ち出したついでに、もう一つ付け加えておくと、もちろん虐待やネグレクトは行けませんが、あんまり密着しすぎるのも親子関係として問題があります。親子といえど別人格ですから。
 で、こっちの問題点を「愛国心」に準えて考えますと、それはさっきの欠点隠しの逆で、何か日本に関する良いことがあった場合、「日本の誇りに思う」などと安易に言ってしまうことになるかと思います。言っている当人は「愛国心」のつもりなのかも知れませんが、例えば日本の研究者がノーベル賞を取ったり、スポーツ選手が金メダルを取ったにしたりしても(ああ、もうすぐ憂鬱な季節が始まる・・・)、偉大なのはその当人と当人を支えた人達であって、別段国籍や民族が同じだからと言って「自分の」誇りにしていい道理にはなりません。むしろそれは、他人の褌で相撲を取るというか、もっと言ってしまえば人様の功績を勝手に私物化していることになるのではないでしょうか。

 例えば小生の趣味的に思いつくことでいえば、日本の鉄道のダイヤが世界的に見ても極めて正確で、それも戦前からそうだったことを、「日本の誇り」と他国の人に向けて一般の日本人が言うことは正当性があるでしょうか。鉄道関係者が「これは昔からの日本の誇りです」と胸を張っているならば、どうぞその伝統を引き継いでがんばってください、というところですが、そうでもない人がイタリア人(例に他意はないです。最近イタリアの鉄道はあんまり遅れないらしいし)に向かって言うのは変じゃないかと。
 小生思うには、他国に対し関係者が誇りうるような何かが自国に存在する場合、第一にその受益者はその国民ですので、そういったものを構築した先人や、今その維持発展に努めている関係者への感謝の念を持つことは大変妥当でありそうすべきですが、それは「誇る」とは違うでしょう。ノーベル賞なり何なりのような偉人が登場することは、その国の豊かさになにがしか貢献したことになるでしょうから、そのことに対し感謝を捧げるにしても、「誇る」のではないと思います。
 誇っていいのは、それがどんなにささやかなことであっても、自分で成し遂げたことではないでしょうか。

 これを先ほどの「愛国心」の話に引き戻すと、まさにケネディの演説の台詞そのまんまになってしまって苦笑するしかないのですが、人様に責任転嫁して悪口を言ったり、人様の業績を我が物顔で語るよりも、自分がどんなささやかなことであっても、周りを豊かにするようなことが出来たのか、それが大事ということになります。ましてや、勝手に自分が愛するものだからといって欠点を抹殺し、異なる意見の持ち主に難癖をつけ、自分が直接関わったわけでもない美点に勝手に一体化するという、「愛国心」を唱えながらその実自分では何もしていないに等しいようでは、「愛国心は悪党の最後の隠れ蓑」ということになってしまいます。このことは広く世界に普遍的に見られる弊ではありますが。
 親子関係の安定も、畢竟は相互に依存でも抑圧でもない、個人としての尊重と肉親としての紐帯の平衡の上に成り立つでありましょう(もちろんこれは理想であって、そううまく誰もが行くわけじゃないにしても)が、「愛国心」もまた、国への冷静な眼差しと、生まれ育った国全てを受け容れつつも、安易にそれと自己を一体化しないこと、纏めればラーゲリ氏お得意の台詞「Study hard」ってことになるのでしょう。
 つまり、「愛国心」を語れるほどになるのは結構大変だよ、安易に言ったら笑われるよ、ってことです。書いている当人も日々修行中であります。

 あんまりまとまらんけど、とりあえずこんなところで。

※追記:関連した内容の記事→「『「在日企業」の産業経済史』の著者・韓載香さんのことばにつらつら思う」
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by bokukoui | 2010-02-11 23:59 | 思い付き

鍋焼うどんの探求(2) 家伝?の鍋焼うどん

 一年以上ぶりに「食物」カテゴリの記事を書いたから、というわけでもありませんが、(1)に引き続き、鍋焼うどんについて一筆。
※追記:結局「[特設]鍋焼うどん探求」カテゴリを設けました。

 世間一般の人々にとって、鍋焼うどんは外食するものなのか家で作るものなのか、どのようなイメージなのか分からないのですが、とりあえず小生にとっては「家で食べるもの」でした。それもあんまり季節を問わず(笑)。
 で、そのレシピという程でもありませんが、鍋焼研究?の初手として、小生の脳裏に刻み込まれた鍋焼うどんの“標準”をご紹介してみようかと。

 まず、麺を用意します。市販の茹で麺を使うのが楽ですが、以前同人誌に書き、その後増補改訂してウェブ上に上げた電波記事「万国のヲタクよ、観察せよ!~『はじめてのおるすばん』と鍋焼うどん~」にも書いたとおり、個人的好みとしては乾麺を別茹でしたものが好きなので、まずそこから。
 余談ですが、上掲記事は書いた当人としても結構気に入っているもので、美少女ゲームの類を評するのに、あずまんのごとくデリダだラカンだと並べるよりも、「鉄の胃袋」石毛直道先生の著書なんぞをネタにする方が、遙かに「恰好いい」と、小生は本気で信じ込んでいます。
 閑話休題、まず麺を茹でるところから。
 
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 拙宅では、うどんの乾麺は合田平三商店の「あさひうどん(太口)」を長年愛用しております。腰がしっかりとしており結構です。釜揚げでもなかなかいけます。お値段もお手頃かと。
 ついで、土鍋に湯を沸かしてだしを作ります。
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 まあこれは面倒なのでインスタントに。ヒガシマルのうどんスープが拙宅の定番です。
 で、ゆであがった麺を入れて卵を落とします。
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 ここらへんまではどこでも大して変わらないでしょうが、問題はこの後、具に何を入れるかです。
 で、拙宅では概ね以下の通りとなっております。

 ・卵
 ・鶏肉(あれば豚肉などを加えることも)
 ・油揚
 ・茸類(椎茸とかエノキとか、冷蔵庫の在庫次第)
 ・麩

 で、こんな風になります。
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 その他、冷蔵庫の在庫次第でいろいろ加えたりもします。揚げ玉を入れてみたり、最後にネギを刻んで入れてみたり。もっとも、調子に乗って具を入れすぎると、途中で吹きこぼれたりする惨事もありますので(未だに良くやる)、何事もバランスが大事です。
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 大体こんな感じで、具が煮えて卵が固まってきたら出来上がり。
 このようにして作ると、肉や油揚などからもスープが出て、それがだしに混ざって、全体として味が一体になるような気がします。具を別に調理してから入れるだけではそうはならないわけで、そこが具の多い五目うどんやおかめうどんと鍋焼うどんの大きな差ではないか、と個人的には思っております。

 もし読者の方で、「これが入ってネェものは鍋焼うどんとは認めん!」というご意見などありましたら、ご教示下されば有り難く存じます。
 以後引き続き、小生の財力の持つ範囲で、市中の鍋焼うどん事情を探求していくつもりです。しかしのんびりしていると、シーズンが終わってしまいそうですね(苦笑)。

※追記:てなわけで(3)へ続く
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by bokukoui | 2010-02-09 23:58 | [特設]鍋焼うどん探求