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今日の東急デハ5001号の状況(57)

 大体月一回程度のペースで報告しているこのコーナー、2月末以来調査してませんでしたので、年度末ぎりぎりに時間をやりくりして見てきました(この記事は掲載日時をバックデートしています)。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-03-31 23:59 | [特設]東急デハ5001号問題 | Trackback | Comments(0)

天理ギャラリー展示略感~汽車の窓から釜を投げないで下さい

 今月は寒さがぶり返したせいなのか、全く何事も思うに任せず、半日はだるさでへばっているような毎日で、僅かに残った体力も予備校バイトの春期講習に吸い取られてしまいました。そんなわけで肝心の研究が進まず、しかし用事が不良在庫をなし、ますます心身共に懈くなる有様です。ブログの方もそんなわけで、途中まで書きかけていた記事「松田裕之『ドレスを着た電信士 マ・カイリー』略感」「『統一協会が秋葉原でデモ行進』に関連して纏まらぬ思い付き雑彙」も月末になって漸く完成した体たらくです。出来栄えは・・・前者はそこそこと思いますが、後者は書いた当人も・・・?

 それはともかく、書こうと思って溜まっている記事もいくつもあり、とりあえず月内に一つ急いで片付けます。それは一月程前に「【備忘】『鉄道旅行の味わい 食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化』」と題して紹介した、天理ギャラリーの第139回展「鉄道旅行の味わい―食堂車メニューと駅弁ラベルに見る旅の食文化―」を見に行った件です。

 結論を先に書いておくと、数的にはそれほどの展示でもありませんが、面白いことは面白いし、何よりタダとあれば、近くまで行く用のある人は見る価値があるでしょう。今週の土曜日までですので、お急ぎ下さい。感心したのは、図録というか展示品解説の小冊子が結構よくできており、しかも天理ギャラリーが過去行った鉄道関連の展示会のそれも合わせた「鉄道関係図録小冊子詰め合わせパック」とかも販売所に用意されていて、なかなか行き届いていることです。
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天理ギャラリー・鉄道関係冊子詰め合わせと今回の図録
(この写真はクリックすると拡大表示します)

 展示品は食堂車関係(メニューや領収証、ビラなど)と駅弁関係(古今東西の駅弁ラベル)からなっておりまして、それはそれで楽しめますが、個人的に一番関心があったのは、天理教の博物館が何でこんなものを「交通文化資料」などとして集めているのか? ということでした。民俗資料などを集めるのであれば、何となく納得できるのですが。最初は、天理臨で全国からやってきた臨時列車の中から集めたのかと思いました(笑)。
 ちなみに天理臨とは、天理教の祭典に参拝する信者を全国から運ぶための臨時列車群のことで、いまは大部分観光バスになってしまっていますが、往時は西の天理臨・東の創価臨といえば相当な本数が運転されたもので、その受け入れのため桜井線天理駅には長いホームが幾面も設けられています。普段は2両編成の電車とかしか来ないのですが。

 で、天理ギャラリーには学芸員の方によるギャラリートークの日を狙って行ったのですが、学芸員の方の説明を聞いてその理由が分かりました。これは、戦前以来の切符の大コレクターだった山本不二男という方のコレクションを受け容れたものなのだそうです。山本氏は既に戦前、そのコレクションを大阪市に寄贈しようか考えたそうですが、当時の大阪市長・関一にまだ当分は自分で集めた方が良いと忠告され、結局戦後になって天理参考館が、山本氏のコレクションを受け入れるだけでなく今後も収集をすること、整理の嘱託に山本氏を迎えるという条件で引き継いだのだとか。
 そんな次第で天理参考館には何万点もの(数は伺ったのですが失念)鉄道関係の資料が所蔵されており、しかもその数は年々増えているそうです。ちゃんとこの分野担当の学芸員の方もおられ、整理を進めているそうですが、数が多くてなかなか大変だそうです。鉄道関連の文書資料もあるらしく、ひろく一般の閲覧に供されるよう、整理が進むことを祈念します。
 ちなみに切符などのコレクションは、元々の山本氏のそれは台紙に糊でべったり貼り付けて保存管理していました。そのため今回の展示も、台紙もろとも展示されておりました。ちょっと面白いのは、戦前既にコレクターとして名を馳せていた山本氏は展示会などに資料貸与を求められることも多く、その際貸し賃代わりに台紙を作ってもらって保存に使っていたそうです。ので、今回展示されている資料の台紙にも、何とか博覧会記念・何とか交通局、というような(確か熊本だったけかな?)借りた機関の名前が入っていたりしました。
 台紙に糊で貼っていると聞くと、糊が劣化したり変質して資料に悪影響を及ぼさないか心配になりますが、何でも和糊を使っていて、これは粘着力が弱って剥がれることはたまにあるものの、資料を傷めることはないそうです。

 とまあ、展示品より「天理教が何でこんなの持ってるの?」という疑問とその解明が印象に残った展示でした。とはいえそれでは本末転倒なので少々内容に触れますと、一番印象に残ったのは信越本線横川駅の「峠の釜めし」の、昔の包装紙でした。おぎのやの釜飯といえば駅弁業界最大手といっても過言ではない有名駅弁、ご存じの方も多いと思います。それのどこが印象に残ったかって? それは、こんな言葉が印刷してあったからです。

  「お願い
    危険ですから窓から釜を投げずに
    屑物入又は腰掛けの下にお捨て下さい」


 ・・・。小なりとはいえ釜飯の釜は陶器ですから、それなりに重さも強度もあります。これを走行中の列車の窓から放り投げて、万一沿道の人に当たったりしたら命に関わりますね。マナー以前に危険です。
 以前当ブログでは、鉄道と衛生・ゴミ捨てを巡る話題を何回か取り上げ(「鉄道の話題」「鉄道の話(主として衛生に関する話)続き」「鉄道と衛生の話・補足」)、昔は鷹揚というか、衛生に関する水準が低くマナーもそれ相応だったということを紹介しましたが、安全についても似た傾向があったのかも知れません。ちなみにこの包装紙には、「国際観光年 1967」と印刷されていましたので、その頃まではこんなもんだったと推測され、新幹線開業以降、乗客にゴミをゴミ箱に捨てる習慣が出来たという星晃氏の回想とも大体符牒が合います。

 その他の展示として、1905(明治38)年に東海道線の各駅で15銭(今なら1500円くらいか?)の幕の内弁当を買って食べ比べてみた、という雑誌『食道楽』の記事が紹介されていました。おお、テレビ東京旅番組的企画の元祖か? と思って読んでみると、いきなり「腐敗の患なし」などと書いてあって、グルメレポどころか保健所の報告書状態でした。冷蔵庫の普及しない、伝染病も多かった時代を反映しています。もちろん旨いと褒めている駅もあって、その記事では静岡と大阪を東西の優秀駅としています。まあ乗降客が多ければ、品の周りもよく、古いものが紛れ込む危険性も減るでしょうね。
 ところで、上に挙げた図録には、この記事は全文収録されていません。展示会場には全文記されていたのに。「中略」扱いとなった駅は、有り体に言えば「腐敗」してて旨い不味い以前の問題だった各駅なのです。百年も前の話で今の駅弁とは違いますし、腐敗していたのはたまたまだっただろうと、展示でも図録でも断り書きを丁寧に付けており、天理ギャラリーの気の使いようが伺えます。
 このことは小生、帰宅して買った図録をチェックしてから気づきましたが、記憶に頼って図録の欠部分を補うと、堀之内駅(現・菊川)が「鰈の煮物が腐敗してた」、岡崎だか蒲郡だかが「蒲鉾が腐ってる」、京都は「鱧の煮物は昨日の使い回しだろう、六大都市の一つのくせに酷い」とか書かれておりました。かまぼこは幕の内弁当に必須ですが、練り物は足が早いだけに管理も大変だったでしょうね。しかし京都人はやはり伝統的にケチ、もとい、もったいない精神に富んでいたのでしょうか。

 なんだかんだで結構楽しみ、記念品として硬券の切符そっくりに作った入場証まで貰いました。先着順とサイトに書いてあったけど、3月22日まで残っていたのか・・・そういえば展示品解説の時、来場者は30人くらいいたかと思いますが、平均年齢は相当高そうで、小生と同行者の2名のみ年齢が20や30は飛んでそうでした。今後鉄道ものは人が来ないと思われても困るので、気になった方は是非。今週土曜までなので、お急ぎ下さい。
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by bokukoui | 2010-03-31 23:58 | 鉄道(歴史方面) | Trackback(1) | Comments(0)

鍋焼うどんの探求(8) 巴屋@本郷(三丁目)

 タイトルが(7) 巴屋@本郷・・・と酷似してますが、場所がこちらは本郷の三丁目です。地下鉄丸ノ内線の本郷三丁目駅から、おおむね南側が三丁目で、本郷三丁目の交差点を越えて北が四丁目・五丁目・・・となっているようです。同じ本郷通りで、駅を挟んで4~500メートルばかりの距離に、同じ屋号のそば屋さんが2軒あるのでした。
 というわけで、巴屋「鍋焼 並」(1000円)です。
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(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-03-31 23:57 | [特設]鍋焼うどん探求 | Trackback | Comments(0)

鍋焼うどんの探求(7) 巴屋@本郷(五丁目)

 そろそろ春と思ったところで寒さがぶり返し、小生は覿面にやられてしまっている今日この頃ですが、皆様ご無事でしょうか。無事でない小生とて引きこもってばかりもいられず、出掛けた時は温まるものを食べようとこの企画を続けています。
 今回は引き続き本郷から、大通りに面した巴屋「なべ焼うどん」(1300円)です。
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(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-03-31 23:56 | [特設]鍋焼うどん探求 | Trackback | Comments(0)

「統一協会が秋葉原でデモ行進」に関連して纏まらぬ思い付き雑彙

 先週当ブログで報告した「統一協会が秋葉原でデモ行進 『児童ポルノ規制強化』を訴える」の件ですが、折からの東京都青少年健全条例改訂問題(上掲リンク先に解説あり)とも絡んで、望外に多くの方に閲覧いただいたようです。その後当ブログで、該当の件に関し多少の補足訂正記事を書きましたが、本来その際に本件に関する個人的見解やいただいた反響に関して書いてみるつもりが、多忙と体調不良で延び延びになっておりました。一週間経って今更の感もありますが、物言わぬは腹膨るるとも申しますし、適当に思い付きを挙げてみたいと思います。来るべき条例継続審議に際して、なにがしか議論の一助になればと思いますが、あまり役には立たないとは自覚しています。
 なお、当ブログではこれまでも、このような表現規制に関する記事をいくつか掲載してきましたので、関連する記事にタグを附しておきます

(以下は断片的思いつきなのでお暇な方のみどうぞ)
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by bokukoui | 2010-03-27 23:59 | 思い付き | Trackback(1) | Comments(0)

取手市埋蔵文化財センターで鉄道交通展&小池滋先生講演会

 表題のような展示が現在行われ、またこの週末には如上の講演会があるそうです。
 けしからん事に取手市埋蔵文化財センターにはウェブサイトがなく、市役所のサイトは前回の展示企画の終了のお知らせしか載っておりませんが、地元紙のネット版に記事がありましたのでご紹介。

 常陽リビングニュース「取手の鉄道交通展」
 取手の鉄道交通の歴史をたどる企画展が、4月18日(日)まで取手市埋蔵文化財センターで開かれている。午前10時~午後4時半、入館無料。

取手は古くから水戸街道の宿場町として栄え、明治29年に日本鉄道土浦線が開通し取手・藤代の両駅が開業したのを始まりに、4年後には藤代-龍ケ崎に龍ケ崎鉄道、大正2年には取手-下館に常総鉄道が開通し県南の中核都市として成長した。

今展には同市の鉄道交通の歴史を写真や当時の沿線図、時刻表、沿線名勝案内、絵はがき、大正末期から昭和初年にかけて計画されたが幻に終わった「筑波高速度電気鉄道」の沿線開発計画図、終戦後に撤退した鉄道連隊の資材が入った部品箱「一〇〇式鉄道牽引車第三属品箱」などが展示される。

期間中の3月27日(土)午後1時半と3時からの2回「ひたちレイルクラブ」による鉄道模型運転会が行われ、28日午後1時半からは取手市役所内福祉交流センターで「鉄道とミステリー小説」と題して日本シャーロック・ホームズ・クラブ会員の小池滋さんが講演。4月10日(土)午後1時半からは公開講座「日本鉄道土浦線の路線策定~龍ケ崎・流山の反対はなかった」が開かれる。いずれも予約不要。
 体調が許せば、日曜日小池先生の講演会を聞きに行きたいところです。

 統一協会関係の記事の纏め的なものなどを考えていなくもないのですが、またそれより前の記事出書きかけのままのもあったりしますが、今週は万事不調で寝てばかりいて何も進みません。機械の調子も微妙だし。なんともかんとも。
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by bokukoui | 2010-03-26 23:59 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(0)

「統一協会が秋葉原でデモ行進」の補足情報

 昨日当ブログで報じ、思いがけず多くの方にご注目いただけた「統一協会が秋葉原でデモ行進 『児童ポルノ規制強化』を訴える」の件ですが、この統一協会のデモの参加者が執筆したブログが見つかりましたので、とりあえず紹介しておきます。
 その他補足事項などもいくつか。

(引用が長いので続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-03-21 23:50 | 出来事 | Trackback | Comments(4)

統一協会が秋葉原でデモ行進 「児童ポルノ規制強化」を訴える

 書きかけの記事も完成していないのですが(※追記:今は完成しています)、緊急の話題なので急ぎアップします。
※追記:補足情報あり→「『統一協会が秋葉原でデモ行進』の補足情報」

 本日正午頃、秋葉原でデモ隊に遭遇しました。デモの詳しい経路は分かりませんが、山手線のガードをくぐり、ダイビルとUDXビルの間を通って、ソフマップのビルの横の交差点で中央通りに出た模様です。3年前の「アキハバラ解放デモ」のルートの逆コースでしょうか。
 そのデモ隊は百名以上と思われます。揃いの紙のサンバイザーみたいのをかぶり、手書きではない印刷による幟およびプラカードを所持していることから、相当に組織化され、資金的裏付けもあるデモ隊と思われます。
 小生は写真を取り損ねましたが、同道した友人が撮影したものを以下に掲げます。なにぶん突然のことでしたので、デモ隊の先頭の横断幕を写真に収めることが出来ませんでしたが、掲げている幟やプラカードと同様の趣旨であったことは確かです。写真はクリックすると拡大表示しますが、後刻、より大きな写真に差し替えます※追記:大きめのサイズの写真に差し替えました。

 以下の写真をご覧下さい。

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 これらの写真から読み取れる、プラカードや幟の文言を列挙します。

「純潔教育の推進!! 過激な性教育の追放!!」
「世界の平和は家庭から 家族の絆を大切にしよう」
「エイズ防止は純潔教育から 性のモラルを確立しよう」
「純潔と貞操を守ろう」
「夫婦別姓法案反対」
「援助交際反対!」
「出会い系サイト 有害サイトを廃止しよう」
「児童ポルノの規制を強化しよう」
「不倫はやめよう」
「有害情報から青少年を守ろう」


 「純潔教育」という言葉ですぐにピンと来ました。彼らは明らかに統一協会です。
 同じサンバイザーをつけて、沿道でビラを配っている人々がいます。そのビラは以下の通りです。
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 この写真はクリックすると拡大表示します。同じビラを2枚貰い、表と裏を並べて撮影してあります。一部読みにくいところがありますがそこの文言は「日常の会話を通して心のふれ合い、親子の絆を確認し合っているか、子供から慕われ尊敬される親になっているか」です。
 これに類似したビラは、統一協会の推進する「純潔教育」の宣伝として、過去にも撒かれており、小生も見た記憶があります。

 デモの文言、ビラの内容から彼らが統一協会関係であることを確信した小生ですが、だめ押しにビラを撒いていた、気の弱そうな若い男性に、真っ向から聞いてみました。

「あなたがたは統一協会ですか?」
「はいそうです」


 我ながらこう聞く方も聞く方と思いますが、答える方も大概です。

 その後多少のやりとりをしました。下っ端のビラ撒き要員の発言であってこの団体の公式見解でもないでしょうが、少なくともこの統一協会中枢部が、下っ端にどのようにこの運動を説明しているのか、ということは窺い知れるかと思います。
 で、彼らは「純潔教育」を推し進めているわけですが、何故に秋葉原でこんな活動を今日行ったのか、その事情を聞いてみました。皮肉な言い方をすれば、秋葉原に集うオタクな人々ほど、ある意味「純潔」や「貞操」を守っている人々はいなさそうですから――それこそ、魔法が使えてしまいそうなほど。それは貞操を守るというより、放擲する機会に恵まれなかっただけかもしれませんが。

 やや要領を得ないところもありましたが、彼の返答は「秋葉原という街は、性的に問題ある表現が多いから」ということのようでした。小生は上に書いたように、秋葉原の性的な表現の受容者は概して「純潔」「貞操」についての問題と縁遠い人々ではないか、ということを指摘しましたが、彼は小生の言わんとすることが分かっていなかったようです。
 記憶に頼って書くので正確さは保証しかねますが、小生のツッコミに対し彼は、「え、その、この街の文化が悪いのではなくて、問題のある人が集まってくるので」のようなことを言い出しました。
 論点がずれてる上に理屈も破綻しているので、とりあえず小生はこう畳みかけました。「それはおかしい。この街の文化に親和性のある人が集まってくるのだから、両者は分けられないでしょう?」これに対する彼の反応は、小生の想像を超えたものでした。

「シン・・・ワ・・・セイ?」

 彼は親和性という言葉を知らなかったのです。
 ここで小生は、彼が統一協会関係者であるということからして、韓国から動員されたのではないか? と想像せざるを得ませんでした。多少やりとりに引っかかりを感じなくもありませんでしたし、またこれはデモ隊のシュプレヒコールを聞いていた友人たちの意見ですが、どうもシュプレヒコールの調子に微妙な違和感を感じたということもあります。これは実証のしようもありませんが。もちろん彼が、語彙に乏しい人だっただけかも知れませんし。
※追記:彼らは主に足立区・荒川区から来たそうです(補足情報記事参照)。韓国からというのは気の回しすぎかと自己批判して補足しておきます。

 小生はついで、何故今日デモをしたのか、ということを聞いてみました。それは、多くの方が既にご存じでしょうが、東京都が「青少年健全育成」のためと称して、マンガなどの中で18歳以下に見えるようなキャラクターの性的表現のみならず暴力的表現などを取り締まるという、「非実在青少年」規制問題というのが持ち上がっているからです。これは知れ渡るにつれて反対運動が盛り上がり、昨日の都議会の委員会で「継続審議」とされ、とりあえず先送りとなって決まりはしませんでしたが、依然として危機的な状況にあります(リンク先は統一協会のオタク攻撃に詳しいエロ漫画家・カマヤン先生のブログです)
 この問題については、情報を集積した「東京都青少年健全育成条例改正問題のまとめサイト」があり、またこれは『エロマンガ・スタディーズ』の著者永山薫さんツイッター経由で知ったのですが、有名サイトGIGAZINEにわかりやすく情報量も多い解説「『非実在青少年』問題とは何なのか、そしてどこがどのように問題なのか?」あります。
 このように先月から今月にかけて、秋葉原的な表現の世界への圧力が目に見えて高まっていただけに、そんな中で統一協会が秋葉原に乗り込んできたとなれば、両者の間に何らかの関連性を疑わないわけにはいきません。この東京都青少年健全育成条例改正問題については、その推進勢力にキリスト教系の婦人団体が存在しておりますが(例えばこちら参照)、思想的傾向からいえば統一協会も相乗りすること自体は、ありそうなことです。
 で、いろいろ問いただしてみましたが、要領は得ませんでした。デモは「一月くらい」前から予定されていたそうです。ただ、この統一協会のビラ撒き氏も、この青少年健全育成条例改正の件自体は知っていました。

※追記:都条例改正関係の話題は以下もご参照下さい。
「どうする!? どうなる? 都条例 非実在青少年とケータイ規制を考える」
「それでも、オタク達は『自民党』を選んだ」

 むしろ聞き捨てならないのは、条例の話に続いて彼が口にしたことでした。何でも、このような「純潔教育」を訴える街頭行動は今回が初めてではなく、昨年10月に渋谷でも行っていたそうです。これは初耳でした。しかも彼曰く、「渋谷では警察と地元の皆さんにも趣旨に賛同していただいて、そういう活動をしました」との由。
 渋谷の街作り的なことと統一協会については、NPO「ガーディアン・エンジェルス」が渋谷で活発に活動しており、彼らと統一協会の関係が疑われていることは、渋谷駅頭の東急デハ5001号改造設置(という名の産業遺産破壊)が「民間交番」の名目で行われた件と絡めて、当ブログでも以前お伝えしました。もしそのような「腐れ縁」があるのなら、渋谷で「純潔教育」宣伝活動を行ったことは符牒が合います。
 そしてビラ撒き氏は言葉を続け、「秋葉原でも警察のご協力を得て、今回の活動をしています」と発言しました。そりゃまあ、どんな阿呆なデモでも、手続きに則って申請すれば警察は受け付けてデモ警備や交通整理をしてくれることは、法の原則からいって当然ですし、"阿呆"なデモを少なからず経験した小生自身も見てきたところです。この発言に、それ以上の含意があるのかどうかは不明です。

 ただビラ撒き氏も、秋葉原について「地元の協力」は口にしませんでした。実はこの日、秋葉原では、来月からの監視カメラ導入もあり、地元の方々によるパトロール(普段もある程度やっていますが、年度末ということもあって大規模なのだそうです)が行われたそうで、小生はそれに関わっておられる地元の防犯協会のある方に、直接デモを見た足でお話を伺いました。以下は全く小生の文責ですが(これまでの箇所もそうですが)、秋葉原の地元では今日のデモについて全く何も知らず、聞いていないということでした。そんな連中を関わらせる訳ないだろう、という感じでした(当たり前ですが)。
 とすれば、渋谷の「地元」も、どこまで実態が伴っていたのか、怪しいところかも知れません。

 以上総括しまして、このデモから見てとれる、ある程度確実性のありそうなことは、

・統一協会が「東京都青少年健全育成条例」問題に関わっている / 関わろうとしている
・統一協会は秋葉原を「性的に問題がある」存在で、攻撃の標的と見なしている


 となりましょう。
 ただ、昨日条例が継続審議になったので、ちょっと一息ついたオタク連中をビビらせてやろうと、統一協会が今日デモをした・・・ということはなかろうと思います。デモ申請はデモの72時間前までに行わねばならず、大体統一協会だって昨日の今日で160人(と、ビラ撒き氏は言ってました)と必要機材を動員するのは難しそうですし。

 継続審議になったとはいえ、状況が危機的であることには変わりありません。本条例の問題点はあまりに多く、ちょっと考えても、実際の児童虐待とは直接的関係が考えにくい表現規制をすることは頓珍漢ですし(最近話題となったいくつかの幼児虐待死事件は、この条例によって防げるでしょうか? 児童相談所の予算人員を増やす方が遙かに直接の効果が見込めるのではないでしょうか)、そもそも表現を都が一方的に決めつけて裁断することが不当ですし(かつてソ連時代、ノーベル賞作家ソルジェニーツィンは、「文学に無知な人々が文学に対し恣に権力を振るうことは不当である」と、検閲制度の廃止を訴えましたが、国外追放されました)、何より「青少年健全育成」の名の下に、人が頭の中で妄想すること自体を法で規制するという、表現の自由以前に思想信条の自由を平然と踏みにじるものです。

 この条例は、6月に再度審議されるそうです。危機的ですが、多少の時間は与えられました。今回のデモを通じて、統一協会という難物が規制推進側としてはっきり名乗りを上げたことは、反対運動の厳しさを痛感せずにはいられません。しかし一方、統一協会は「カルト集団」として、いわばパブリック・エネミーとしての認知も相当されています。このような問題については、賛成推進派も反対派も、派自体は人口の中で多数を占めているわけではなく、多くは無関心だったり「どっちでも」くらいです。この場合、統一協会というカルト集団が、規制推進に絡んでいることを指摘することにより、多数を占める中間派を、「性的な表現が野放しなのがいいとも思えないが、統一協会の主張はもっとヤバい」と思わせられれば、反対運動には有利でしょう。
 しかしまた、「人を呪わば穴二つ」とも申しますように、ネガティヴ・キャンペーンは諸刃の剣です(昨年の自民党惨敗のように)。もしこれで、「統一協会」という敵を得たために、反対運動が変に暴走する結果になっては逆効果です。既に、外国人参政権反対運動を行っていた人々が暴走した事例もあるようですし。本来、敵を攻撃するより味方を増やすことが重要で、ネガティブ・キャンペーンも叩くのはあくまで手段に過ぎません。そこは慎重にならねばなりません。

 えらく長くなってしまいましたが、とりあえず以上で一区切りとします。

※追記:補足情報あり→「『統一協会が秋葉原でデモ行進』の補足情報」

※さらに追記:本記事への非公開コメントを以下の記事で公開しています。
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by bokukoui | 2010-03-20 18:05 | 出来事 | Trackback(1) | Comments(26)

速報 統一教会が秋葉原で街宣活動

160人程度が「純潔と貞操を守ろう」「児童ポルノの規制を強化しよう」などとプラカードを掲げてデモ行進

詳細は後刻 写真も掲載予定

追記:詳細はこちらの記事をご参照下さい。
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by bokukoui | 2010-03-20 11:57 | Trackback | Comments(2)

松田裕之『ドレスを着た電信士 マ・カイリー』略感

 所用に追いまくられたりくたばって寝たりしていて、あんまり本を読んだり、その話をここに書いたりも思うに任せぬのですが、繰り言ばかりも何ですし、今日は頗る面白く、とっても読みやすい本をご紹介。



松田裕之
 本書は、アイルランド系でテキサス出身の女性電信士、マ・カイリーことマッティ・コリンズ・クーン(1880~1971、カイリーは一時結婚していた相手の姓)の伝記を柱に、著者がIT革命の元祖と位置づける電信の歴史(アメリカ限定ですが)を紹介し、19世紀後半から20世紀前半の電信と鉄道の時代のアメリカを描くと同時に、女性と労働のあり方にも話は及んでいます。本書の目次を以下に挙げておきます。なお本書は、振り仮名の使い方にいささかの特徴があるので、必要に応じて振り仮名を括弧でくくって後ろに書いておきます。

まえがき

第I部 女性電信士(テレグラファー)誕生~歴史(ヒストリー)が忘れた物語(ストーリー)
 電信アメリカをめぐる
 電信士はジェンダー・フリー
 鉄道がもたらす自由な天地

第II部 『バグ電鍵と私(バグ・アンド・アイ)』を読む~タフレディの奮戦記
 結婚生活の破綻「あたしゃ奴隷みたいなものだった」
 電信技能の習得「自分と子どもが生きていくために」
 辺鄙な停車場での日常「あんたが50フィートもある化け物に見えたよ」
 一級電信士への道のり険し「あたしゃこれっぽっちの金じゃあ働かない」
 誇りを守るための労働運動「争議中につき電信はいっさいお断り」
 電線でむすぶ絆「そのひととは電信で知り合った」
 放浪のはてにつかんだもの「自分のキャリアに一片の悔いもないね」

第III部 電信の時代と女性たち~IT革命の裏面史
 荒野のバラと電鍵
 失われた女性の声を求めて
 《マ・カイリー》からのメッセージ

あとがき


 小生が本書を知ったのは、速水螺旋人先生のブログで絶賛されていたためですが、同様の経緯を経て本書に辿り着いた人も多いらしいのは、アマゾンで本書と一緒に買われた本や「この商品を買った人はこんな商品も買っています」を見れば明らかです。
 ぱっと検索して見つけた他のネット上の書評も挙げておきます。

日経コンピュータ「ドレスを着た電信士 マ・カイリー」(selfup)
真道哲「『ドレスを着た通信士 マ・カイリー』の感想」(JanJan 今週の本棚)
Fukuma's Daily Record「書評:ドレスを着た通信士 マ・カイリー」

 上に挙げた書評記事のうち下二つの表題が「電信士」でなく「通信士」になっているのは原文のママです。なるほど、電信士の時代は遠くなりにけり。

 で、本書は速水先生が書かれているように滅法面白い本です。男尊女卑の厳しかった時代(19世紀の欧米文化の男女差別は、それ以前の時代と比べても厳しかったといわれます)、身につけた電信技術によって渡り歩いてゆくマ・カイリーの人生は、19世紀のヴィクトリアンな価値観とは全く逆の、男とも対等に渡り合う誇りと強さに満ちています。この時代のアメリカで、電信技術によって身を立てた女性は決して少なくなかったのでした。
 同時に、電信と鉄道によって結びつけられていた時代のアメリカ西部(カナダとメキシコ含む)の様子も、いろいろとうかがい知ることが出来ます。当時は鉄道の運行に電信が必須で、そのため駅毎に電信局が設けられていて、電信の技倆を身につけた者は鉄道伝いに新たな職場を求めて渡り歩いていたのでした。いわば近代の職人であり、それだけに職人同士の連帯も強かったのですが、その内部でも男女平等とはいきません。そこでマ・カイリーの毅然とした生き方が光ってきます。

 速水先生は本書から、「他の作品で使いたくなるネタ」をいろいろ見出されたようですが、アメリカの鉄道好きとしては是非、このような世界を速水先生に漫画化していただきたいところです。所謂「西部劇」と違って、電信と鉄道というテクノロジーがキーとなるだけに、余人ではなかなかネタにしづらいでしょうし。
 営業上の理由から、女性電信士だけでは華やかさ、有り体に言えば「萌え」が足りないと編集部が文句を言えば、ここはアメリカ大陸横断鉄道だけに、駅のレストランのウェイトレス=ハーヴェイ・ガールズを足せば美少女成分(メイド服)も充足、ヒット間違い無しです(笑)。しかし見方を変えれば、西部における女性電信士とウェイトレスって、まさに女性の労働におけるキャリア志向と腰掛け寿退社志向の対立そのまんまですね。ここをうまく盛り込めば、広く一般の鑑賞に堪える作品にも化けられます。

 それはさておき、小生のような鉄道趣味者にとっては、鉄道と電信の密接な関係を確認できたことは大いに収穫でした。マ・カイリーの自伝自体、アメリカの鉄道趣味誌上に連載されたものだったとか。
 上にも書きましたが、鉄道の運行管理には電信が必須でしたので、駅毎に電信局が置かれていましたが、同時にいわゆる商用の電報を扱う電信局、日本なら電電公社のような電信会社も存在しました。既に発展した都市部では電信会社の電信局が商用電報を扱い、一方地方では鉄道の駅の電信局が運行管理の片手間に商用電報も扱っていたようです。
 電信士もこれに応じて、電信会社に所属して比較的一カ所で長期に務める人(本書では「守宮(ホームガード)」と書いています)と、鉄道会社の駅の電信局を渡り歩く人(同じく「流れ者(ブーマー)」)とに分かれていたそうで、マ・カイリーは後者でした。もちろん個々の電信士が時に守宮となり時に流れ者となることもあるわけですが、同じ電信士でも両者の間には対立があり、労働組合も別だったりしたそうです。マ・カイリーが属していたのは鉄道電信士友愛組合(オーダー・オブ・レイルロード・テレグラファーズ、ORT)でした。

 組合の話が出てきたのでちょっと脇道に逸れますが、本書で著者の松田氏は、電信士をドットとダッシュのデジタルな信号によって情報を扱う、IT技術者の先駆的存在と位置づけています。なるほどネットワークを巧みに利用して情報交換を行っている、時には電信士同士がネットならぬワイヤー上で知り合って結婚に至るなど、現在のIT技術者の先駆と思わせる面白い事例には事欠きません。
 ですが、小生が本書を読んで思うには、電信士によって組合の存在はかなり大きいもののようで、マ・カイリーもそれに助けられて仕事を得たり、怪我の治療費を得たりしています。一方ではストライキに参加して電報の送信を断って解雇されたこともありました。業界を横断する大規模な組合が存在し、時にストも辞さないところは、現代のIT技術者とのかなり大きな違いのように思われます。何故そのような差異が出来たのかは、小生のよく知るところではありませんが。
 ちなみに先ほど、電信士とウェイトレスを労働者の二極に見立てましたが、本書の第III部では、女性作家のローズ・ワイルダー・レイン(『大草原の小さな家』原作者のローラ・インガルス・ワイルダーの娘。ローラは娘の勧めで『小さな家』シリーズを書いた)を取り上げ、マ・カイリーと対比させています。ローズも電信士をしていましたが、組合の闘争には距離を置き、それによって会社で一定の出世をすると、電信士を辞めてジャーナリストに転じています。電信一筋のいわば職人肌技術者と、業界にこだわらないキャリア志向。これもまた面白いところです。
 
 話を戻して、鉄道と電信がこのように密接に関係しているため、電信士は鉄道の無賃乗車証を手に入れることができ、そのため鉄道に乗って新たな職場を探しに行くことも出来たのでした。
 で、日本ではこのような現象はなかったと思いますし、そもそも女性の電信士がいたかどうか寡聞にして存じません(電話交換手は有名ですが)。※追記:日本の逓信省にも女性の電信士はいたそうです。何で日本ではそうならなかったのかと考えれば、やはり明治以来電信が官営で、それこそ“軍事警察機構”の一端を担っていた、からなんでしょうか。日本では鉄道も明治末年には国有化されて、全国的な国鉄(帝国鉄道庁→鉄道院→鉄道省)となっており、国鉄は国鉄で独自の電信電話網を持ち、郵便局の電信とは全く別個となっていたと思います。
 余談ですが、しかし日本の私鉄では似たような話があって、日本の電鉄会社の多くは戦前電力供給業を兼業していた(電力会社が電車も動かしていた)ため、電鉄と電力の労働者同志は「電気事業」ということでお互いに連帯感を持っていました。そのため電鉄の労働者は電力会社の労働者と家族をタダで電車に乗せてやる代わりに、電力労働者は電鉄労働者の家の電灯代を半額に負けてやっていたそうです。これを止めさせたのが、阪急社長から関西電力初代社長に転じた太田垣士郎でした。

 閑話休題、このように国営では電信士の組合も出来ず、どこ行っても国営なのですから流れていく先もなく、マ・カイリーのような話は日本では生まれくかった・・・いや、鉄道でも満州に流れるケースがあったので、植民地まで広げれば似た例はあり得るかな?
 で、どうも台湾に行った電信士の話を扱った本があったような、どっか目録で見たような気がしたのですが、先日某所で偶然見つけました。それはこんな本です。

『通信技手の歩いた近代』
 オチはお分かりと思いますが、この本を書かれたのも、本書と同じ松田裕之氏でした。
 で、ぱらぱらとめくってみたところ、なるほどこの本も『マ・カイリー』と似ている、何が似ているといって著者のノリの良さ(笑)です。『マ・カイリー』は、既に上で「守宮(ホームガード)」や「流れ者(ブーマー)」のような、英語の俗語をうまく訳して振り仮名に原語をつけるという、特徴ある振り仮名の使い方をしていますが、それだけでなく、振り仮名をいろいろ遊び心ある使い方をしています。
 例を挙げれば、「新米(かけだし)」「相棒(パートナー)」「将来(これから)」「高等技能(かみわざ)」「閑話休題(それはさておき)」「筆者(わたし)」等々。これが、マ・カイリーの自伝の、如何にも姉御肌を連想させる語り口の翻訳と相俟って、本書を読む読者に躍動感を与えています。小生は、これはてっきりマ・カイリーの自伝に合わせたものと思っていましたが、『通信技手の歩いた近代』もまた同様のようでした。松田氏のセンスだったようで、だとすればマ・カイリーの自伝も実に幸福なことに、まこと適任の方を訳者・紹介者として得ることができたのだなあと思います。
 『通信技手の歩いた近代』も買って読みたいところでしたが、見つけた某所は書店ではなく、持ち合わせもなかったので、残念ながらまだ手に入れていません。そのうちに、と思っています。最近逓信省のこともにわか勉強中で、電信のことももうちょっと知らねば、というところです。

 以上長くなりましたが、本書は読みやすく小説のように面白く、それでいて様々な読者にいろいろな角度で興味を惹くであろう豊かさを持っています。小説顔負けに面白くて、しかし研究者の著作なので、文献目録や索引まできちんとついているのが有り難い限りです。
 ただ、附属の地図はあまりにも雑駁で、中学校の地図帳みたいです。本書中に数多く登場する、マ・カイリーが勤めた鉄道会社の簡単な路線図くらい載せられればよかったのに、と残念に思われます。あと本書143頁で、引退したマ・カイリーが年金を貰う際、勤務した記録が消滅して「消えた年金記録」状態になっていた鉄道会社があったことが述べられていますが、そこで「シカゴ・ミルウォーキー鉄道、セントポール・アンド・パシフィック鉄道」とあるのは、シカゴ・ミルウォーキー・セントポール・アンド・パシフィック鉄道(通称:ミルウォーキー鉄道)の一社の名前の誤植と思います。同社はマ・カイリーの生きていた時代だけでも、三、四度は破産していたと思うので、勤務記録も消滅しちゃったんでしょうか。

 記事の完成が大幅に遅れ、読者の皆様には大変失礼しましたことをお詫び申し上げます。
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by bokukoui | 2010-03-18 23:59 | 書物 | Trackback | Comments(2)