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秋葉原通り魔事件から4年

 時の経つのは早いもので、秋葉原で発生した通り魔事件(無差別殺傷事件)からもう4年も経ってしまいました。裁判は高裁に進んでいたかと思いますが、その他に世を騒がせる話題には事欠かず、ほとんど報じられることもなさそうです。この事件にたまたま遭遇した小生も、加藤被告の裁判を一度傍聴し、その記録と感想を書こうと思いつつ、果たせぬままでおります。
 今なお心の中に何か蟠ったものがないではありませんし、秋葉原の近況についても多少の思いがなくもないですが、うまくまとまらないので、今日はただ静かに手を合わせるのみです。

 蛇足ながらひとことだけ思い浮かんだことを述べますと、秋葉原の事件が象徴的に示したこの社会のある種の亀裂は、その後の震災や原発事故などを経て、よりはっきりその姿を現してきたように思われます。その亀裂にどうやって橋を架けるか、せめてその亀裂に自分が落ち込まずに生きるにはどうすればよいのか、ぼんやりそんなことを考えています。
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by bokukoui | 2012-06-08 12:30 | 思い付き

秋葉原通り魔事件から3年

 時の経つのは早いものです。
 小生の当日の記憶も、やはり多少曖昧になりつつあり、記録を残しておくことの重要さを我ながら感じてはおりますが、しかしまた忘れられないいくつかの断片は、これからも残っていくことでしょう。

 震災で一時中断しましたが、秋葉原の歩行者天国も復活の運びとなりました。これが2年目と3年目の大きな変化でしょうか。報道によりますと、歩行者天国の人出は毎週7~8万人程度と、おおむね以前のレベルに復しているようです。そして今日、現場で特段の慰霊式典などは行われなかったようですが、千代田区長などは献花に訪れていたようです。
 千代田区長が秋葉原の歩行者天国復活を強く主張した中心人物の一人だったとは聞いていますが、追悼はするけれども公式な儀式はしない、というところに、事件の舞台となった地域の微妙な心情が垣間見えるようです。「社会的には」この事件を風化させるべきではないにしても、「地域としては」その記憶を全面的に背負い続けるのに抵抗もあるはずです。地域もまたいわば、勝手に事件現場にされた「被害者」なわけで。
 人出が戻っているそうなので、景気などを考慮に入れても、まずます秋葉原は事件を乗り越えたと言えるのかも知れません。歩行者天国は現状、「なべて世はこともなし」状態だそうですが、それについての評価は種々あるようではあります(個人的には正直、多少はパフォーマーが良くも悪くも賑やかしに来ると思っていただけに結構意外)。もっとも本来事件と歩行者天国の騒動は別個の事態だったはずであり、そのような事象を安易に一緒くたにしてしまうような問題は、今次の震災に関連してもまま見受けられるように思われます。

 この事件から紡がれた言説や、波及した出来事はいろいろありますし、小生自身昨年は一度加藤被告の裁判傍聴の機会を得たり、歩行者天国復活についていろいろ聞き及んでいることもあり、書きたいことはいろいろあるのですが、諸事思うに任せぬ状況にあり、作業に追われて現地に足を運ぶこともままならぬ状況です。
 そのあたりは又の機会に譲り、今日は自宅で一人黙祷を捧げます。
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by bokukoui | 2011-06-08 23:35 | 出来事

秋葉原の歩行者天国復活について思うことなど

 明日23日より、秋葉原の歩行者天国が復活するそうです。
 秋葉原の歩行者天国は、よく知られているように、「オタク」が話題になっていく中でパフォーマンスなどを行う人が増えて問題になっていたところで、2008年6月に通り魔事件が起こって、歩行者天国はとりあえず中止となりました。それから2年半余り、何度も復活が囁かれては流れていましたが、このたびめでたく復活と相成りました。
 たまたま歩行者天国中止のきっかけとなった事件の際秋葉原に居合わせた小生としましては、その経緯にいささかの注目をして参りましたが、ホコ天復活を大変喜ばしく、というか当然あるべきことと思います。
 通り魔事件後、「ホコ天は無法地帯となっていて、いつかこんな事件が起こるんじゃないかと思っていた」などとしたり顔で語る連中が少なからずおりましたが、事実としてはパフォーマンスなどのトラブルに対して地元によるパトロールなどが行われ、既に一定の成果を上げていた(と、少なくともやっている側は思っていた)のであり、そのようなトラブルと突発的な通り魔事件との間に関連性を見いだすのは無理筋と小生は考えます。パフォーマンスを行って目立ちたがる人々、それを見たがる連中の発生し集まる条件が、通り魔を招いたとは考えられません。

 そんなわけで、歩行者天国復活に関連して思うことや知ったことを、以下に2・3述べてみたいと思います。

 まず、歩行者天国復活に際して配布されているチラシが何故か小生の手元にありますので、以下にご紹介します。スキャナがないのでお見苦しい点はご容赦下さい。
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歩行者天国再開を知らせるチラシ(表面)
(この画像はクリックすると拡大表示します)

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歩行者天国再開を知らせるチラシ(裏面)
(この画像はクリックすると拡大表示します)

 基本的に歩行者天国の禁止事項の周知が中心で、また「秋葉原協定」の概略が示されています。「秋葉原協定」については当ブログでも以前紹介しましたが、歩行者天国復活のためのルールとして、地域と行政とが締結したものです。どれだけ今まで浸透したかは分かりませんが。
 で、チラシは残念ながらいかにも「お役所」のデザインで、アキバだからと名のある絵師さんに発注した訳ではなさそうです。また、これを見たある方のご感想に、「『~~するな』というべからず集ばかりで、ホコ天を復活することで『元気なアキバ』を作るという本来の目的がかすんでしまっている」というのがありました。全くその通りだと、小生も思います。
 しかし、これまで歩行者天国が廃止されて復活した例はないそうで(秋葉原の場合中止の事情がかなり特殊ですが)、そこで復活をするためには、いろいろと慎重にならなければならない、その反映なのでしょう。それはある程度やむを得ませんが、本来の「街を活性化する」という目的を見失わないよう、今後の展開に期待したいところです。

 さて、本来他にも書くべきトピックはあるのですが、心身の不調により一旦切って、歩行者天国復活後の情報も交えつつ、別記事で書きたいと思います。
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by bokukoui | 2011-01-22 21:14 | 時事漫言

秋葉原通り魔事件から2年にふと思う わたしの「ミケロバ」

 ここ数日、心身ともすっかりどうしようもないだるさに苛まれ、ただなぜか腹ばかり減るという有様で、頭脳の方もすっかり麻痺し、『看板娘はさしおさえ』より難しい書物を読むことも出来ないまま引き籠っておりました。ついでに、日々使っているノートパソコンも、液晶画面のひびが日に日に長さを増し、画面が次第に黒く染まるのみならず、ここ数日は「スタンバイ」機能も使えなくなるという怪しさで、すっかりブログ更新から遠ざかっておりました。
 で、ようやく少しましになったので、日を三日ほど過ぎてしまいましたが、表題の件について何か書こうと思います。いよいよ秋葉原では歩行者天国も復活が決定したそうですし。このことに関連して、当ブログを「秋葉原協定」で検索して訪れて下さった方も少なくないようで、周知のお役に立てたとすれば、結構なことと思います。

 とはいえ、これまでにもいろいろ書いてきたので、改まって何事か書くのも案外容易ではないということに、今過去の記事を読み直して気がつきました。特に、昨年事件から一周年に際し物した二つの記事(「秋葉原通り魔事件から1年」「岩手・宮城内陸地震から一年 そして人を悼むことについて若干」)については、今もなおそこに書かれたとおりのことを思っています。
 改めて一部引用しますと。
 とりとめないついでに、全く個人的にこの事件を振り返ることをお許しいただけるなら、小生自身はこの事件で何か人生に於いて重大な影響があったのか、思い出して恐怖に駆られたりするような心的外傷の類があるのか(ごく稀にメールなどで当ブログの本事件記事に関しコンタクトを取って下さる方々は、おしなべてそういった懸念を示されます。社交辞令なのかも知れませんが)、というと、全然ないんですね。(中略)
 ただ、本当に全然何も感じないと(以前、秋葉原事件に関する宮台・東その他諸氏のイベントに行った際、「事件に出会おうと出会わなかろうと、自分は同じようにこの議論を聞いただろう」と思って苦笑したことがありましたが)、かえってそれ自体が「ひとでなし」みたいで、何となく居心地の悪いような、そんな気分もします。或いは、関係者というには辺境で、部外者的立場を取るには直接的経験に富みすぎている、そんな自分の宙ぶらりんさを反映した居心地の悪さなのかも知れません。
 やっぱり今もそんな感じです。かといって、記憶が単に風化した、というわけでもないつもりです。それは、まず事件の記憶を自分で文字化することで再認識し、その後も関連する出来事に一定の注意を払ってきたから、なのかも知れませんが。

 で、加藤被告の裁判が始まっていることは周知のことで、小生も傍聴を志しつつも諸事情によりいまだその機会に恵まれてはいません。裁判については一般的な報道には多少眼を通しましたが、その中で一つ気になったのがありまして、裁判で事件の目撃者が加藤被告に対し「極刑を望む」旨発言していたことです。
 これには小生いささかの違和感を感じまして、その違和感を上手く言語化できる自信がないのですが、つまりそれは"目撃者"の発言として妥当なものかどうなのか、そのようなことをわざわざ述べる意味は何なのか、そこに違和感を感じたということです。もしかすると、それは"目撃者"たる者のある種当然なすべきことと"世論"に期待されたことであり、よき"目撃者"たる者は当然その期待に応えた、ということなのかもしれません。
 であるならば、決してよき"目撃者"たりえない小生は、そのような立場で公的な発言をすることをしなかったことは、まったく"正当"な判断だったのだと、今にして思います。

 なぜ小生が、よき"目撃者"たりえないと自己規定するかというと、それは上に挙げた一年前の記事の箇所に、一つだけ付け加えるべきことがあるからです。
 秋葉原通り魔事件のような事件に遭遇された方の中には、いわゆるトラウマを負って、人ごみに出かけることが怖くてたまらなくなる、という症状に悩まれている方がいると仄聞します。そのような方への何らかの対応や治療が奏功することを祈念してやみませんが、しかし上掲引用文に述べたように、小生はさようなことはまったくありません。その代わり、別な「症状」が起こっているかもしれません。

 それは、小生は人ごみを目にすると、「ここにトラックで突っ込んだら秋葉原事件を越える死傷者を出せるだろうなあ」とついつい考えてしまうのです。

 表題の「ミケロバ」とは、「挫折禁止」で有名な「げんれい工房」の、一コーナー「言霊参上」の中にある、「新日本語表現」の一つです。以下引用させていただきますと、
「ミケロバ」
「トラウマ」とまでは行かないまでも、それなりのダメージを受けた心のかすり傷。漢字で書くと「三毛驢馬」。
というわけで、それなりかどうかは疑問なしとしませんが、「ネコロバ」でなく「ミケロバ」にするところに並々ならぬセンスを感じ、ここで使わせていただいた次第です。

 しかし、かかる不埒なことを考えずにはいられない徒輩がいるにもかかわらず、そして秋葉原の事件後景気は一段と悪化したにもかかわらず、この事件を拡大コピーしたような事件は、幸いにして起こりませんでした。それは、この事件がやはりあまりにも特異すぎたのか、事件の与えた影響がかえって模倣犯を生まなかったのか、この事件に関する諸言説が模倣犯を防いだのか、ただ単に景気が底を打ったのか、そのあたりは今後検討されるべき課題だろうと思います。
 実は先日、大澤真幸編『アキハバラ発 〈00年代〉への問い』を部屋の片づけ中に発掘し、未読のまま一年半以上放っておいたことに気づいて、急遽読了しました。事件に関する諸言説の一つとして、近日中に本書の感想をものし、あわせて思い出したことなど書ければと思いますが、この調子ではいつになるかは分かりません。
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by bokukoui | 2010-06-11 16:41 | 思い付き

「秋葉原協定」の内容と啓蒙浸透活動、巡回パトロールの状況

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「秋葉原協定」のビラをメイドさんに渡す防犯パトロールのボランティア

 2008年の通り魔事件以来、歩行者天国が中止されている秋葉原ですが、最近歩行者天国復活への動きがぼつぼつ伝えられています。以前から地元による防犯パトロールは折々行われてましたし、当ブログでも昨年12月の大規模な「安全・安心パレード」について報じました。また、秋葉原では今年に入って防犯カメラが設置されましたし、先月末には「秋葉原協定」というものが官民合同の検討会によって結ばれまして、これはルールを定めて街の安全・安心を作っていこう、というものだそうです。これも歩行者天国の復活に向けた活動の一環と言えるようです。あのような理由で歩行者天国がなくなったことは、事件に巻き込まれた者としても腹立たしいことでしたので、復活は大変望ましいことと思います。
 で、その秋葉原協定に関する資料を、たまたま小生手に入れまして、またこれもたまたまですが、本日行われた秋葉原の防犯パトロール(これは秋葉原協定の周知も兼ねていたそうです)の様子もある程度判明しましたので、以下にお伝えします。今「秋葉原協定」で検索してみましたところ、既に策定から半月を閲するにも関わらず、その内容の具体的紹介がネット上で見つかりませんでした(千代田区万世橋署のサイトにも見あたらず)し、また関係者からネット上での広報を歓迎する旨聞き及んでおりますので、以下に紹介させていただきます。

(引用が長いので続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-05-15 23:59 | 時事漫言

【備忘】今月の秋葉原通り魔事件公判日程

 小生も1月に初公判の傍聴を試みたものの、二十倍程度の倍率の前に抽選漏れとなった秋葉原通り魔事件の公判ですが、その後あまり情報がなく、小生も多忙でこっちに手が回っておりませんでしたが、さる方面から今月の公判予定をご教示いただいたので備忘として。
 今月の公判は、9日(火)、11日(木)、15日(月)だそうです。先月もそれほど頻繁に公判が行われたわけではなく(公判前手続きが進んで最近は昔よりペースがアップしているそうですが)、今月もこの3回だとか。
 9日と11日については裁判所のサイトに傍聴券交付情報が出ています。以下抜粋。
裁判所名 東京地方裁判所 刑事第4部
日時・場所 2010年03月09日 午後0時55分 東京地方裁判所正面玄関1番交付所
事件名 殺人等 平成20年合(わ)第491号
備考 <抽選>当日午後0時55分までに指定場所に来られた方を対象に抽選します。開廷時間は午後1時30分です。

裁判所名 東京地方裁判所 刑事第4部
日時・場所 2010年03月11日 午前9時25分 東京地方裁判所正門玄関1番交付所
事件名 殺人等 平成20年合(わ)第491号
備考 <抽選>当日午前9時25分までに指定場所に来られた方を対象に抽選します。開廷時間は午前10時です。
 裁判所も「通称:秋葉原通り魔事件」とか「いわゆる秋葉原無差別殺傷事件」などと書いてくれるほど親切ではないので、「平成20年合(わ)第491号」というのを覚えておく必要があります。

 初回公判でも20倍以下の競争率でしたので、その後の関心の低下を考えれば、この3回に足を運べば一回くらいは傍聴できるのではないかとも思われます。しかしあいにくと諸事山積の上、体の具合も思うに任せず(多くの方に連絡の不義理をしていて申し訳ありません)、特に9日は無理で、何とか11日と15日はと思います。同道して下さる奇特な方がおられましたら、なお有り難く存じます。
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by bokukoui | 2010-03-05 21:17 | 出来事

秋葉原通り魔事件の公判の傍聴を試む

表題の如く、秋葉原通り魔事件の初公判が本日開かれます。

たまたま事件に遭遇した者として、傍聴を志し東京地裁に足を運びました。

無論傍聴希望者は裁判所前に行列をなしており、抽選となりました。

結果は外れ。また出直しです。

意外だったのは、傍聴券が四十何枚かに対し、希望者が七百七十何人かくらいでしたので、倍率は二十倍にもなっていないようです。正確な数字はあとで確認します。

(現在出先で携帯電話より更新。このあと所用で大学図書館に籠るので、画像など詳細は今夜更新予定)

※以下は翌々日更新

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-01-28 09:34 | 出来事

秋葉原の「安全・安心パレード」 或いは美少女ゲームと「環境浄化」

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 秋葉原の中央通りを自由に行き交う人々。これはかつての歩行者天国の情景かといえばそうではなく、先月のものなのです。

 すっかり時機を逸した話で申し訳ありませんが、昨年12月19日に秋葉原で行われた、安全・安心をアピールしたパレードの話題をお届けします。これは秋葉原通り魔事件後、防犯に地域ぐるみで取り組んでいることをアピールするものだそうで、千代田区や地元の商店会などが肝煎りのもののようです。何でも、事件以後中断している歩行者天国をどうするのか、今年春には討議に入るのだとか。
 秋葉原通り魔事件にたまたま遭遇してしまった小生としましては、この街の行く末にいささかの関心を抱かずにはおれませんでしたが、幸いある方面からこのパレードに関する画像などを入手しましたので、ご紹介する次第です。紹介が遅れましたのは、ここしばらくどうしようもないだるさと眠気で思いのままにことが進まず、そんなときに限ってアルバイト何ぞで僅かな活力も吸い取られてしまっていたためです。何卒ご諒承の程。

(写真が多いので続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-01-22 23:59 | 時事漫言

岩手・宮城内陸地震から一年 そして人を悼むことについて若干

 20名を超える死者・行方不明者を出した、岩手・宮城内陸地震から一年が過ぎました。つい先日になって漸く遺体の発見された方がおられたそうですが、今なお発見されない方もあり、また復興については今なお、という状況のようです。

 地震発生の日付は2008年6月14日ですが、昨年もこの日付で地震と追悼記事を書いておりますように、地震当日は一日出かけていて何も知らず、翌日になって知人からの連絡で岸由一郎さんの遭難を知ってびっくりしたという経緯があり、小生としてはこの日付で書く方が何となくしっくりします。
 今思い起こすに、岸さん遭難の連絡を受けた時も出かけていましたが、それはちょうど、自分も出くわした通り魔事件から一週間後の秋葉原に行っていた折でした。その時は、電話で聞いただけで何ともピンと来ないというか、全く実感が湧かないというか、不思議な感じでした。

 岸さんの人となりなどについては、リンクを張った小生の昨年の記事やウィキペディアをご参照下さい。
 事件から一年の時を経て、幸いにというか、鉄道に関するブーム?は根強く続いているというか、拡散しつつもそれなりに落ち着いて続いているような感じです。JR東日本の鉄道博物館の成功に嫉妬したのか、JR東海も対抗して博物館を作るそうで、このような状況でこそ岸さんのように、詳しくてかつ子供や普通の人に面白さを説明するのに長けた人材が必要なのに・・・(もっとも商業主義的色彩の強い鉄道博物館と、岸さんの思想・活動とは乖離している面があり、もし岸さん存命の場合それが表面化した可能性は否定できません)。
 小生はことによると来月、くりはら田園鉄道の跡地に足を運ぶ機会がありそうなので、その際に岸さんが志した事業の現況(地震でこれも一頓挫という話も漏れ聞きましたが)を見ることが出来れば、と思います。


 このような追悼の言葉は昨年も書きましたし、また小生もこれに補足してまだまだ詳しく書くことは出来ます。しかし、書いていてふと思うのですが、自分にこのようなことを書く資格があるのかと思うこともあります。

 このブログの前回の記事は秋葉原事件一周年についてでしたが、そこで書ききれなかった「追悼」のことについて、岸さん個人の追悼とは離れてしまいますが、地震と通り魔と連続して考えると頭の中でもやもやすることがあって、何か形にしたいと思います。論理的でもない思いつきですが。

(全く個人的なとりとめもない思念であることをご諒承下さい)
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by bokukoui | 2009-06-15 23:59 | 思い付き

秋葉原通り魔事件から1年 とりとめもなく

 秋葉原で7名の死者を出した事件から今日で一年になります。
 あくまで管見の範囲ですが、新聞ではある程度、関連した報道がなされているようでしたが、一方ネットのニュースでは案外話題になってはいないようです。事件の性格上、むしろ逆の傾向を示して然るべき気もしますが、そんなものなのでしょうか。もっとも報道も、いまさらナイフの規制の話だとか、歩行者天国の話題だとか、防犯カメラを設置する話などで、何か新たな展開があるという様子でもなさそうです。また、犯人である加藤被告の公判も、昨年10月の起訴以降、まだ始まる時期は確定していないようです。
 さて、小生も、たまたまこの事件に当日居合わせて一年になったわけですが、一年を経て心に浮かぶことを、思いつくままに少し書いてみたいと思います。本来ならば、この事件を扱った書物を読んで感想などでも記そうと思っていたのですが、なかなかそのような時間的余裕もなく、それはまたの機会に。

(全くとりとめもないのでその点をご諒承下さい)
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by bokukoui | 2009-06-08 23:59 | 出来事