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永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント 私的感想

 もうすっかり肝心のイベントから時間が経ってしまい、その間に栗本薫氏が亡くなるという衝撃的な出来事まで起こってしまいましたが、本記事は「『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても・・・」のレポート記事、

・永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(1)
・永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(2)

 のまとめ、個人的感想です。

 レポとは速報性をもって価値とすべきなのに、今さらあんまり意味はない気もしますが、ただ今から感想を書くとすると一ついいことがあって、それは既に出た感想や意見を参照することが可能だということです。この記事では、このイベントに関する批判的な意見を手がかりに、このイベントから読み取れるであろうこと、昼間たかし氏の東大進学の展望などについて、雑駁ながら多少の感想を述べたいと思います。

 ではまず、このイベントに関するネット上の意見で、特に注目すべきと小生が考えたものを以下にご紹介します。

・マガジンひとり
 「イベント『マンガ論争勃発 - 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても…』」


 こちらはレポの方で既に紹介したもので、イベントに実際に来られた方のご意見です。

・Economics Lovers Live
 「近刊:『マンガ論争勃発2』とぬるさ」
 「いかなくてよかった」


 こちらは、『マンガ論争勃発2』でインタビューを受けた、田中秀臣氏(上武大学教授)のブログです。「近刊~」はイベントの前、本が出る時の記事で、「いかなくて~」はイベントについての指摘(来られたわけではない)です。このイベントに登場された塩山芳明氏が、『マンガ論争勃発2』を読んだ感想を「日刊漫画屋無駄話」の「其の2669」(2009.5.18.付)に書かれていますが、その中で「圧巻は田中秀臣(上武大学教授)。この人だけで30ページは読みたかった」と評していた、その田中氏です。

 これらの批判を要約すれば、このイベントが「ぬるく」て内輪向けで、議論を積極的に戦わせるようなものではなかった、田中氏はそれ以前に、『マンガ論争勃発2』自体
 なんか、ぬるいね。やはり論争本というよりも、事実上、論争の骨抜きというかどく抜きになってしまってないか? マンガ業界の縁辺のインサイダーだけでぬるくやりたいんなら論争本の体裁はいらないでしょう。簡単にいうと時間の無駄。昼間さんは勉強会の必要性をブログで書いてもいるけれどもそういう話題につながるようなものにも思えない。昼間さんのこの書き方もなんか「勉強会やる意義あるけどいろいろ問題もありましょうからごにょごにょ」と書いているように思える。
 と批判されております。

 確かにこのイベントは、前半は特におもしろ話的な内容であって論争ではないし、またその話自体もマンガ好き向けの「内部」向けであったといえるでしょう。小生としては、イベントの最後で永山氏の発言の趣旨、表現が面白くなくては何も始まらない、その指摘に鑑みれば「おもしろ」な時間を設けること自体はむしろ良いのではないかと思いますが、しかし昼間氏がそこまで考えてこのイベントのプログラムを定められたのかどうかは存じません。
 田中氏は、『マンガ論争勃発』とか表題に書いておきながら論争になってない、そこが「ぬるい」と感じておられるのではないかと推察します。実際『マンガ論争勃発』シリーズは(小生は『2』をまだちゃんと読んでいないんですが)、「いろんな人の意見を聞く」と謳っていても、聞いた意見やどのように聞くかについて、論争の軸をきちんと設定しているわけではないですね。
 小生思うに、「マンガ論争」といった場合、表現規制の問題(これはマンガ←→マンガの「外部」という対比が大きいでしょう)と、マンガという産業というか文化行為というか、それ自体の直面している問題(これはマンガの「インサイダー」のことが中心になるでしょう)と、二つの大きな軸があるのに、『マンガ論争勃発』ではその区分があまり意識されていないところがあるのではないでしょうか。もともとは表現規制問題(「児童ポルノ法」問題)という、「外部」へ対抗するために「インサイダー」みんなでどうしようか、というのが「マンガ論争」の発端だったという印象があります。扱うべき対象を広げていったのに、対象を扱う意識がそれに応じて広がってきてはいない、という問題があるのだろうと思います。

 もっとも、小生は更にそれ以前の問題があるのだろう、とも思います。上のブログの引用で、田中氏は『マンガ論争勃発2』のようなスタイルでは論争にならない、昼間氏も「勉強会やろう」と書いてはいるようだけど、なんだか「ごにょごにょ」だし、と指摘されています。
 で、ここで勝手に昼間氏の「ごにょごにょ」を忖度するに、『マンガ論争勃発2』の「転換期に来た児ポ法改定反対運動 2008年の運動を総括する」で昼間氏が書かれている、「規制反対運動は非常に敷居の高い趣味の一ジャンルに変貌している」というあたりにその理由があるのだろうと思います。もっと有り体にいえば、人生いろいろと悩んでいるような、自らの性格に悩んでいるような、そんな人が"生き甲斐"を求めて来てしまい、運動自体が自己目的化してしまって、勉強も議論も成立しない状況に陥る場合があり得るということです。これは社会問題全般にありがちなことではあると思いますが(規制推進派も同様でしょう)。

 実際、規制反対運動の中で運動が半ば自己目的化したような運動参加者の行動によって、本来話を聞いて力を貸してもらうはずの一般の"マンガ好き"の一部の人に大変な不快感をもたらすような事態が生じてしまい、その事態の発生そのものには何ら責任のなかった昼間氏が、事態解決のため運動の真意について説明する羽目になっている、そんな状況を小生は一度目の当たりにしたことがあります。
 その際の昼間氏の説明は見事なものだったと思いますが(一応は事態を収められたし)、しかしこのような事態がまま発生しているのであれば、これまでのやり方では「手詰まり感」が出るのも当然でしょう。
 昼間氏は「マンガ論争勃発」のブログで、
・・・オタク分野は1970年代の勃興期以来、これまでジャーナリズムが存在しないまま成長してきた。ゆえに、表現の自由に関する問題でも理論が構築されていないことは、否めない。
 やはり、もっと大勢の人が精力的に学習し知識を貯えていくことは必要だろう。

 で、ここからは宣伝なのだが、先日、私が通っている東京大学大学院情報学環教育部の懇談会で、先生が話していたのだが、もっと東大生以外、他大生や社会人にも入学してもらいたいらしい。
 少々の出費と、時間を融通する気がある人は、ぜひ入学を。たぶん、東京大学の名を冠した教育機関の中では、かなり入学し易いはず。
 と書かれています。
 結局、ちゃんとした議論になっていないと田中氏に突っ込まれるも道理、議論以前の段階にとどまっているのではないか、と思われます。
 小生は最初、『マンガ論争勃発2』という題を聞いて奇異な感を少し受けました。「勃発」というのは、「戦争が勃発した」というように、起こっていない状態から起こった状態への変化を表す言葉なので、「勃発」が継続するのは何だかなあ、前巻で「勃発」したんだから今回は「炎上」とか(「泥沼化」?)にしたらと咄嗟に思ったのです。しかし以上のように考えてみるに、そもそも「論争」の段階に至っているかどうかが先ず怪しく、「マンガ論争勃発」が継続しているということは、とりもなおさず現在もなお「マンガ論争」は夜明け前なのかも知れません。
 そして、議論の土台作りには、インサイダーにとどまらない、広く訴えかける言葉が大事でしょう。その点は、『マンガ論争勃発』に続きがあるなら、改善すべき余地は相当に大きいと思います。もちろんそれは言うは易く行うは難きことで、田中氏の著書にだって、「同じ経済学観や、あるいは面識のある論者間の内向きに書かれた印象」「潜在的な賛同者にしか通じない書き方」という声もあるように。

 以上を踏まえるに、昼間氏の東大進学というのも、上に引用したブログのコメントにあるように、その辺の問題点への対処法の開拓ということなのかな、と思います。『マンガ論争勃発』の続巻がどうなるかは存じませんが、進学によって知見とネットワークを広げ、手詰まりを打開する方法が見出されればと思います。
 昼間氏が「成り上がり者」的で、うまいこと名のある人に取り入ってここまで来たんだ、という趣旨のことを増田監督がイベント中の昼間氏黒歴史暴露大会にて指摘されていたかと思いますが、むしろかかる状況では、「東大」なんて権威も巧みに利用した者勝ちだろうと思います。昼間氏がこれによって、更なる飛躍を遂げることを願ってやみません。

 で、その成果を大ならしむるためにも、引用ブログ記事後段で昼間さんが語っているように、同じ道に進む人を増やすことにも意味があろうと思います。
 先年の『ドラゴン桜』の売れぶりから察するに、「東大」というのはブランド的な価値が一定あるようですので、昼間さんもこれをとことん活用するため、「昼間塾」を作って「わたくし昼間と勉強すれば東大に入れます」との売り文句で人材を集め、勢力拡大を図られるのも一案かと思います。
 昼間さんの指導によって東大に入れるのかどうか、怪しいんじゃね?と疑念を持たれる向きもあろうかと思いますが、きっと大丈夫でしょう。
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 と、那珂川湊先生も太鼓判を押していることですし(玄鉄絢「星川銀座四丁目」(『つぼみ Vol.2』芳文社所収)より)。

 ・・・強引な締めくくりですが、マンガの話なんだから、最後はこんなところで。


※追記:昼間たかし氏が、以上の拙文に関しブログで以下のような記事を書かれております。
「論争以前の問題が山積しているような気が」
「初学者にはなにを教えるべきか」
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by bokukoui | 2009-05-29 23:59 | 漫画

永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(2)

 諸般の事情により一週間も間が開きました。論文書いたり、寝込んだり、引き籠もったり(インフルエンザとは無関係です)していた関係上、続きを書く余力がありませんでした。で、今更感満載ですが、「永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(1)」に引き続き、以下のイベント


 のレポの後半です。

○増田監督のお話

 毎度お馴染み(?)増田俊樹監督の登場。昼間氏は増田監督の映画『おやすみアンモナイト  貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』の脚本を執筆され、その映画が夕張市の映画祭に招待されたとのこと。で、出演された大塚麻恵さんともども壇上に。
 ですが増田監督、「今日は永山さんの出版記念」ということで、昼間氏に対して文句付けモードに。まあそれも無理はないことで、前回のレポで紹介した『マンガ論争勃発2』の奥付の昼間氏の略歴、昼間氏の東大での所属以外にも妙な箇所があるのです。前回のレポに添えた、「マンガ論争勃発2」奥付の画像をよく見て下さい(青い印)。『おやすみアンモナイト  貧乏人抹殺篇/貧乏人逆襲篇』が好評だったのか、『貧乏人一揆編』も製作されるようです(笑・今気がついたけど、「篇」と「編」も誤植ですね)。それだけ、遅れた日程を取り戻して発行すべく急いだ証でもあります。

 で、それから、増田監督が昼間氏と初めての出会い(昼間氏の左翼時代)に遡って、昼間氏の秘話・・・というか黒歴史の数々が暴露され、会場湧きます。昼間氏「この物語はフィクションです」
 壇上の大塚さん、「昼間さんは脚本を書いて下さったり、ジャーナリストの活動をされたり、"昼間先生"だと思ってたのに・・・イメージ崩れました」
 もっとも、大塚さんが以前の古澤克大書記長のイベントのような「汚いものを見るような」恐い目つきではなかったのが幸い。そこら辺から、話の内容の違いを察して下さい。

○市川孝一氏・武田“コックローチ”圭史氏・三崎尚人氏のお話

 ここで再び壇上のメンバーが入れ替わって、同人誌即売会に詳しい方々が登場されます『マンガ論争勃発2』の趣旨から行けば、これこそ真打ち的な内容とも言えます。しかしこのセクションも、実に話が濃密で、特に市川さんと三崎さんがマシンガントークを展開され、ミートチョッパーに撃たれている気分でありました。おまけに時刻が遅くなってきて途中で帰られる来場者の方もおられ、物販を担当している小生はそちらも対応せねばならず、メモが行き届かなかったことを予めお詫びしておきます。

昼間氏
「皆さんには、理念的なことは『マンガ論争勃発2』で語ってもらったので、ここではそれ以外の話を。同人誌即売会の問題について」

市川氏
「随分前に取材を受けたのに、なんでこんなに出版が遅れたの」

永山氏
「それは色々あって・・・」

 しばし言い訳と事情説明から、どういった人にこの本を読んでもらいたいのか、広く読んでもらうため、ひいては売れるための工夫で大変だったというような話に。

市川氏
「分かってくれる人だけこのような本を買ってくれてもしょうがない、それが問題」

永山氏
「なぜゲストが話を戻してくれるのか(笑)、興味を持っている人が買ってくれるのはある意味当たり前。99%の、『表現規制』と聞いても『ナンじゃそれ』という人に知られないと、そのためには売れないといけない」

昼間氏
「女性向けの同人について規制がどうなるか、関心を持っている人はいるのか。武田さんが書かれた『R18の隣』(註:同人誌の性的な表現と規制について解説した同人誌)は売れているのか」

武田氏
「2500ほど」

永山氏
「評論同人としては大したもの」

昼間氏
「やはり同人のやり方もマニュアルがいる時代ですか」

市川氏
「デジタル入稿の普及で、同人誌に関する情報が伝わりにくくなった。デジタルで描いて、印刷のための入稿法を知らない同人サークルが増えた。サークルと即売会、印刷所の関係が遠くなっている。その間をつなぐ方法を、ワープする方法を考えないといけない」

永山氏
「地道にじゃないんだ、ワープなんだ」

 以下ちょっとメモ不整。市川氏と三崎氏がこもごも猛烈な勢いで話されていて、その区別が付いていません。ので、まとめて書きます。市川氏が話された部分が多かったと思いますが・・・

 2年前に「同人誌と表現を考えるシンポジウム」をやったところ、800人集まった。あれで勉強になったという人が多かったが、今まで伝えて来なかったということの裏返し。またやりたいがなかなか暇がない。

 どうやってこのようなことを教えていくか、考えなければいけない。分かりやすくしないといけない、難しいことを言っても分からない。
 コミケでは「コミケットアピール」を出しているが、その書き方が以前と変わっている。以前は「米澤語」とよばれた、"もにょっとした"言葉で書かれていたが、これは行間を読まねばならない。でもそれでは分かってもらえない。そういう時代ではない。みんなに分かってもらえないと、50万人も来るイベントは、やっていけない。
 実際、今まであり得なかったことが起こっている。コミケカタログの、Dr.モローのマンガのネタに事欠かない。

昼間氏
「武田さんのイベントでは、女性参加者が多いが、トラブルはどうか」

武田氏
「時々はある。孫に頼まれて買いに来たようなお婆さんとか」

永山氏
「昔コミケに来ていた、片言のイラン人集団がいた。転売目的だったのか」

市川氏(?)
「体力とかを考えない参加者が昔より増えた。徹夜とかも体力を考えないでするから。この世界自体、全体として変わっている。コミケットは白黒つけない、グレーとしているが、白黒に二極化しているのかも知れない。

 コミケには、昔は先輩に連れられて初めて来たような人が多かったが、今はネットで見ていきなり来る。
 『げんしけん』とか『らき☆すた』とかが良くない。あれを見てコミケが面白いと思うらしい。普通の人が来ても楽しくないですよ。暑いか寒い中で何時間も人混みに並んで、本一冊買って帰るなんて。何か目的がないと楽しめない、辛い。
 イベントは体調を整えて来て。体調が万全じゃないと遊べない。『げんしけん』の斑目(註:コミケ会場で転倒して腕を折り、それを隠してイベントに参加し続けるも、ついにぶっ倒れて救急車で搬送されたキャラクター)は、一刻も早く病院に行ってくれ」

 同人誌即売会のトラブルについての話から、最近の大阪のイベントであった、主催者側の釣り銭が足りないので百円玉を持ってきて下さい、という告知を直前にした話に。混乱はなかったそうですが、なんでもそれは担当者が銀行に一桁間違えて釣り銭を注文したのを、誰も気がつかなかったのだとか。

三崎氏
「武田さんが『マンガ論争勃発2』の中で、かつての幕張メッセでの同人誌即売会中止事件を、『あれは反面教師』というのはどんなものか。自分たちがやったイベントについてそれはどうかと」

武田氏
「インタビューの時はそういう話ではなくて。前後に文脈があっただろ」

 ちょっと昔の話。幕張事件の経緯を知らない若年層もいたので。

三崎氏
「警察は『注意しただけだったのに』とか称していたが、それが新聞に出て中止に追いこまれた」

武田氏
「出しやがった(註:警察がマスコミにリークした、の意か)」

市川氏
「昨夏のコミケで爆破予告があって手荷物確認をした。会場や警察から中止したら、と何度も言われたが、ただ『しません』とだけ言った。いろいろ言うと突っ込まれる」

三崎氏
「コミケなら個人情報が流出しても中止しないでしょ(註:昨年、ある即売会でサークルの個人情報が流出し、中止になった)」

市川氏
「しないね」

昼間氏
「豚インフルエンザが流行ったら」

市川氏
「やります。場は開くから覚悟して来て、と」

永山氏
「それこそさっきの話の通り、体調万全にすればいい」

三崎氏
「mixiを見ていたら馬鹿なやりとりがあった。『インフルエンザが近所で流行っているので、私は即売会に行っていいでしょうか?』 これに答えを書いた奴はもっとひどくて、『主催者様に聞いてみてはいかがでしょうか』 主催者にそんなことまで尻を持ち込むな、自分で判断しろ」

市川氏
「同人も自分の生き方なんだから、自分で決めて欲しい。遊びに来るんだから、遊んで欲しい。そういうことを、いいことも悪いことも、最近は教わってきていないのか」

(ちょっと抜けてるかも)

永山氏
「正論を言いたがり、白黒つけたがる傾向があるのではないか」

市川氏
「錦の御旗が欲しいのだろう。だから『規制して下さい』とかいう。そんなの作ったら守らなきゃいけないじゃないか。そんなことできるのか」

昼間氏
「昨年は同人誌図書館も話題になったが」

市川氏
「コミック1ではあらかじめ同意を得て回収した見本誌を、明治大学に寄贈することにしている。9割は同意してくれている。
 コミケットでも図書館についてアンケートした。条件付きながら一応の賛成を75%から得たので、その条件をどうするか、現在考えている。
 同人誌図書館は閉架式を考えている。しかしコミケの見本誌は、会場のサークル配置の島ごとに、ゆうパックの段ボール2~3箱に入れられている状態なので、本を出すのが大変。いつのコミケのどの場所のサークル、という形でしか探せない。閉架式にした場合、閲覧者が多数いたら、本を出すのが間に合わなくなるかも知れない。
 当初、今年の今頃にはオープン予定だったが、以上のようにいろいろ考えているので、実現は先」

 以下もちょっとメモが不整。市川氏と三崎氏のマシンガントークが混在していると思います。

市川氏(?)
「マーケティングとしても、大手出版社がコミケを見ている。どうすればジャンルコードができるのか、と聞かれることもある。ジャンルコードができるということは、その作品を扱った同人サークルがまとまった数ある、つまり、その作品の確実な固い支持層があるということ。高い商品でも売れるといえる。
 いろいろな形でお互いがうまく行けばいい。一番恐いのは、不況なのに同人ばかり売れている、となって攻撃されること」

三崎氏(?)
「大日本印刷がブックオフの株を買収したが、コミケも買収するのか(笑)。あの買収には何か裏がありそうだが、そのように『大人』の商売人がこの世界に入ってくることが恐い。
 音楽系の同人も最近増えているが、これはマンガ以上に難しい。再販制が存在しなくて、同人サークルとインディーズの区別が曖昧。
 コスプレ写真集のDVDとかはもっと怪しい。同人の建前なのに『定価』が付いてたりする」

市川氏
「コミケは、コミケットアピールとカタログしか発表媒体がなかった。参加者にこちらの考えを伝えてこなかった。それが反省点。サイトの運営をどうするか検討中」

三崎氏
「何でもネットに書けばいいのではない。ネットに書いて喜ぶのはブロガーだけ。確かに伝えるにはナマで話す方がいい」

○「児童ポルノ法」についてなど

 ここでちょっと会場からの要望があったのだかどうだか、昼間氏が「児童ポルノ法」の現状などについて簡単な説明などを。

昼間氏
「まず『児童ポルノ法』については、現在国会が動いておらず、動きはない。しかしこれからは動くだろう。自民党と民主党が案を出している。民主案の方がマシだが、大きくは同じこと。規制にあくまで反対している政党は社民党だけで、力がなく、規制強化は避けられない。何より、皆ちゃんと選挙に行かないと。
 海外での動きがあり、フィリピンで"hentai cartoon"(この英語で検索すると情報が出て来る)、イギリスのゲーム『レイプレイ』批判など。日本にも影響。
 『レイプレイ』騒動について、問題のゲームを製作した会社・イリュージョンに取材を申し込んだが、ちょっとねえ、という反応。同社はその後路線変更しており、今はそのようなゲームを出していない。だから騒動で絶版にしても直接は困らなかった。
 日本のアニメDVDの海外市場は減少している。Cool Japan も終わり」

○鈴木邦男氏のお話

 22時20分頃、『マンガ論争勃発2』の中でもっとも評判の良いページ? の語り手・新右翼の鈴木邦男氏登場。鈴木氏は一水会(註:鈴木氏創設の新右翼団体)のフォーラムを途中で抜けてこちらに来られたにも関わらず、「22時頃お願いします」という予定の登場時間が過ぎても出番が来なかったため、まず登壇するやいなや昼間氏の首を絞めます。

昼間氏
「これが右翼の暴力です」

 で、本題の話に。

昼間氏
「鈴木さんのページは、『マンガ論争勃発2』の中でも評判がいい。実際、何度くらい殺されかけたりしたのか」

鈴木氏
「何度もあったよ」

 で、いろいろと危ない話に。
 また、週刊新潮の赤報隊誤報事件にも話が及び、「日本に一番疑り深そうな彼らを欺すとは、よほどうまく話したのだろうか」うまい作り話が、本当の証言より信用されることも。
 死体をどうしたというような話はここでは公開しかねますので、逆にほほえましい一幕をご紹介。

会場からの声
「先日月蝕歌劇団の公演に行ったら、鈴木さんがいらっしゃいましたが・・・」

鈴木氏
「月蝕歌劇団は、僕はもう旗揚げの頃からずっと見に行ってるよ」

昼間氏
「月蝕歌劇団の出し物といえば、よくみんなセーラー服着て踊ってますが、鈴木さんセーラー服好きなんですか?」

 鈴木氏、昼間氏に絡まれ、莞爾と微笑む。(右翼だけに)

 表現の問題についての鈴木氏のご意見は、『マンガ論争勃発2』本文や、「崩壊日記(出張所)」さんのレポをご参照下さい。メモが不整で・・・
 鈴木氏の最近の活動に話が及び、鈴木氏は和歌山の砒素入りカレー事件の林真須美被告の無罪説を唱えておられますが、その関連の話から裁判員制度について。裁判員制度そのものも報道の自由に関する重要な問題を孕んでしますが、そちらは『マンガ論争勃発2』で取り上げられています。

鈴木氏
「裁判員制度については、時には死刑を宣告するかどうか判断せねばならない、という重みが問題とされることが多いが、むしろ人を裁く喜び、人を死刑にする楽しみを覚えてしまったら、そちらの方が恐い。日本でも百何十年か前まで公開処刑をやっていた。そういうDNAがある」

 鈴木氏のご意見の前段については、小生も全く同意するところです。人を裁く喜び、死刑にする楽しみをもたらす心理は、ここまでの表現に関する議論で指摘された、「錦の御旗」を求め「白黒つけたがる」ものと通底しているでしょう。もっとも後段については、公開処刑は所謂先進国でも日本より廃止が遅かった例もあり(例:フランスは1939年廃止。お祭り騒ぎになったので政府が困って廃止した)、人間に普遍的な問題だろうと思います。
 閑話休題、その他血盟団のような直接行動の話とか、議会制へのロビイングは規制強化側の方が強くなりがちなので、そこでどうするかといった話もありましたが、メモが整っておりませんで申し訳ありません。

○質問のお時間

 最後に、会場からの声に応えるというひとときとなりました。この時間になりますと、ますますメモがいい加減になっているので、内容の至らない点をご寛恕下さい。

 最初は確か、当ブログでもロフトのイベントレポを書いた際にしばしばご登場の赤木智弘氏が飛び入り。その内容は最近話題を蒔いた、煙草が個人の趣味なら子育ても個人の趣味に過ぎない、という議論の件に関するものでしたので、各人適宜検索してご確認下さい。

 ついで声を上げたのは、これもお馴染み山本夜羽音先生

夜羽音氏
「昼間氏は東大に行って何がしたいのか」

昼間氏
「ただ単に『ジャーナリスト』というのでは箔がない、単なるライターでは先が見えない。名を挙げるため。東大の情報学環の研究生は、安価で期間も短いので入った」

夜羽音氏
「表現規制の活動については手詰まり感があるが」

永山氏
「署名活動やロビイングは、金があって有名人がいる方には勝てない。アグネス・チャンが出てきたら叶わない。同じことをやっても駄目。
 ではどうするか、昼間の言うように一人一人が有名になるか、夜羽音のようにマンガ家なら、自分で描け。あんたが自分で描いた政治のマンガはエンタテインメントになってない。面白くないといけない」

昼間氏
「だから自分は、『女性化連合赤軍ゲーム』を提案した(註:詳しくは『マンガ論争勃発2』の、鈴木邦男氏のページを参照)」

永山氏
「だからみんな商売を考えないと。日銭に困っている人には表現の自由の大切さを説いても伝わらない。相手に届くように、表現者が工夫していく必要がある」

 この永山氏が夜羽音氏を叱った言葉こそ、今日の核心となる言葉であったと小生は思います。

会場の声
「コミケのカタログの、Dr.モローのマンガが減ったのが残念。あれはコミケ参加者に、同人のことを『面白く伝える』役割があると思う」

市川氏
「減ったのはページの都合。元々余白に書いてもらうものなので、そのためにページを取るのは難しいが、これからもやっていきたい。今コミケカタログの注意書きは三十数ページもあるが、そんなに長いと誰も読まないので、工夫は必要と考えている」

会場の声
「携帯電話配信コンテンツのマンガは、規制が紙媒体と較べ非常に厳しい。しかしそのことがあまり知られていない」

昼間氏
「コンビニの雑誌の扱いのような、民間企業の自主規制のガイドラインは重要な問題だが、非公開。『マンガ論争勃発』で調べようと思ったが、見せてくれない。困る。
 アマゾンなどでは、売上が小さければ業績に響かないので規制してしまう。そういった規制をすり抜ける方法を考えても良いと思う」

会場の声
「そういった規制を作る場に、表現者も編集者もいないのが問題では」

会場の声(?)
「今の世の中はブログなどの表現者が増えている。表現の問題を自分の問題として考えられるようになれば」

壇上のどなたか(?)
「表現の自由を入り口に、社会のいろいろな問題が見えてくる」

 更に会場の声は幾つかあったのですが、もはや気力が尽きてメモがありません。申し訳ありません。
 ですが、多分最後の質問者の方が、ご自身のブログで経緯を語って下さってますので、そちらを紹介させていただきます。

・Gamer's Blog
「ちょっと真面目な表現規制のはなし」


 以上、概ね満員の盛況で、23時過ぎまで時間いっぱいに行われたイベントの概要でした。物販も結構好調で、『エロ漫画の黄金時代』の売上ぶりには塩山芳明氏も笑顔でした。小生ももちろん一冊購入し、サインをいただきました。実はこれが、この日最大の収穫だったかも。
 このイベントに関する小生の感想などは、別記事にて。

※追記:「別記事」はこちら
「永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント 私的感想」

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by bokukoui | 2009-05-27 23:50 | 漫画

永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(1)

 いろいろお世話になっている、というか小生としてはお願いしたい筋があるので逆らえない、昼間たかし氏から要請があったもので、こちらのイベントに行って物販のお手伝いをして参りました。

『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント

 タイトル長いですね。
 出演者は以下の通りです(上掲ブログより引用+一部加筆)。
市川孝一(コミックマーケット準備会共同代表)
金田淳子(社会学者)
塩山芳明(エロ漫画編集者・文筆家)
武田“コックローチ”圭史(赤ブーブー通信社)
中田雅喜(漫画家)
三崎尚人(同人誌研究家)

増田俊樹(映画監督)
大塚麻恵(女優)

鈴木邦男

永山薫(批評家)
昼間たかし
(ジャーナリスト/東京大学大学院情報学環教育部研究生)


 今回のイベントは、『マンガ論争勃発2』発売を機会に行われたものです。永山薫・昼間たかし両氏は、一昨年末『2007-2008 マンガ論争勃発』を出版されまして、ご存じの方も多いと思いますが、同書はマンガなどの表現の置かれた状況について、さまざまな立場の人の話をとにかく「聞く」ことによって、混沌としたこの状況の羅針盤を掴む手がかりを与える一冊でした(直接「答え」を与えるわけではないのがミソです)。それから一年(の筈が4ヵ月長くなりましたが)、マンガを巡る状況の厳しさは麻生首相になっても変わらず、不景気のためだけではなく更に厳しさを増今日、同書は更にパワーアップして帰ってきました。これは決して修辞ではなく、並べてみると分かりますが、『マンガ論争勃発2』は前巻より厚くなっています。それでいてお値段は据え置きというところが、本書発行への熱意の一端を感じさせます。

 本書の内容についてはリンク先の出版社サイトをご参照いただければと思いますが、著者の方々のブログに参考文献一覧が上がっていますので、リンクしておきます。取材した方々のお名前もネット上に載せればと思うのですが(前巻は載ってるのに)。
 さて、当ブログでは前巻出版時のイベント「マンガ論争勃発番外編-表現の自由と覚悟を問う」のレポを以前掲載しましたが、その因縁で関係者より今回もレポを書けという圧力をかけられております。しかし今回、小生は多事多端につき余裕がありませんので、ごく雑駁なものしか書く余裕がないことをご諒承下さい。くたびれている上に、忙しくて「マンガ論叢勃発2」自体買っていなかったので(この日、物販の仕事ついでに自分で買いました)、いわば予習不足であるため、メモの精度自体下がっています。
 ですので、今検索したところ以下のレポが既に公開されておりましたので、そちらもご参照下さい。

・マガジンひとり
 「イベント『マンガ論争勃発 - 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても…』」


・崩壊日記(出張所)
 「『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても・・・」


・ムキンポの忍者ブログ
「『マンガ論争勃発2』発売記念!! 昼間たかし東大入学お祝いイベント 永山薫vs昼間たかし これが現実だ!と、言われても・・・ 」
(写真中心)

※追記:その後発見したレポを以下に追加します。
・よた話
「『マンガ論争勃発2』発売記念イベント」


・Gamer's Blog
「ちょっと真面目な表現規制のはなし」
追記ここまで
 ではイベントの模様について。

 18時開場19時開始でしたが、開場と同時に10名程度の方が来場、18時半頃で50人程度に達し、19時には80人くらいになっていたのではないかと思います。聞いた話では事前予約が60人を超え、来場者は最終的に100人くらいになったのではないでしょうか。立ち見も出ていましたので。
 19時を少し廻ってイベント開始、まず永山氏登場、「今回のイベントは『漫画論争勃発2』発売記念と、あとなんか昼間が「東大入った」とかうわごとを言ってるので」
 昼間氏はこの四月から東大の研究生になられまして、その所属は「東京大学大学院情報学環境学部」なるところと『マンガ論争勃発2』巻末の著者紹介のところに書かれております。
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『マンガ論争勃発2』奥付より

 へー、情報学環が「情報学環境学部」の略称だったなんて初めて知ったなあ、と思って検索したら引っかかりません。やはり「東京大学大学院情報学環」が正式名称です。「情報学環境学部」なんてのは存在しません。
 ・・・昼間氏は学歴詐称? ニセ学生? 疑惑が深まるばかりです。

 ちなみに壇上には、昼間氏の東大入学を祝して花束が届けられていましたが、送り主は、首ちょんぱで兎角話題になったゲームの製作会社・オーバーフローのメイザーズぬまきち社長でした。

○塩山芳明氏のお話

 閑話休題、まず最初のゲスト・下請けエロマンガ編集者の塩山芳明氏の登場です。氏の最新刊『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』の編集者・奥山さんが、葬式のアナウンスそっくりの調子でナレーションを読み上げて、塩山氏登壇。
 で、メモが不整なので、以下の内容は話された内容のごく一部、とびとびです。

塩山氏
「昔は幾つもエロマンガ下請けの編集プロダクションがあったが、今はほとんどない。編集者も、55歳で現役なのは自分だけ。月刊誌はなくなり、隔月の雑誌をやっている。

 この十年はマンガが没落する十年だった。そんな中で、ティーアイネットは先日創業十周年記念パーティーをやった。今時十周年を祝える会社なんてない。
 ティーアイネットの高橋大編集長様は、週刊少年ジャンプ方式を採っている。連載した漫画家が単行本を出して、売れなかったら即刻切ってもう使わない。ハードボイルドな人。『BUSTER COMIC』のマンガを一部担当させてもらっているが、最初は7、8本やっていたのが今では2、3本に。
 でも十周年パーティーなんてやると駄目になる、潰れる。○周年パーティーやってすぐ潰れたのは多い」

昼間氏
「塩山さんの本(『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』)には、いろいろな人の生きざまが描かれていますが・・・」

塩山氏
「おメェ、『生きざま』って、よくそんな恥語が使えんな」

昼間氏
「・・・えー、その、塩山さんがどうやって娘さんを大学にやったのかとか」

永山氏
「エロマンガバブルの頃は儲かった?」

塩山氏
「儲かった。『体験的在日韓国人損得論』書いてる吉田のバアさんとプロダクションやってたが、毎月『こんなことが続くのかねえ』と言い合っていたのが、十年続いた。
 バブルで、それまで1万だった初版が2万とかになった。それが今では6000とか。印税はこの業界8%だが、6%なんてこともあるのでは。元々久保書店が印税率低かった代わりに単行本を出してくれたが、総久保書店化している。印税が消費税率と同じだとか、最近は改訂前の税率だなんて噂も。
 久保書店はストリッパーが流れ着く場末の小屋みたいなところ」

(メモ欠落)

塩山氏
「田母神さんの娘さんがウチでバイトしてた。最初エロマンガを持ち込んできて、再録本の『キャンディクラブ』に一度載せたが、その後マンガが進歩しないので、バイトの方をやらないかと言った。
 お父さんよりよっぽどしっかりした娘さんだった。
『お父さんと塩山さんは考えが違いますね』なんて言ってた」

※田母神氏の「論文」については、過去に当ブログでも取り上げましたので是非そちらもどうぞ(宣伝)
「アパグループ『謀略に!翻弄された近現代 誇れる国、日本。』瞥見」
「『諸君!』秦郁彦・西尾幹二「『田母神俊夫=真贋論争』を決着する」


永山氏
「最近、都の青少年健全の指定の方はどうか」

塩山氏
「最近はひどい。昔はあまり呼ばれなかったが、最近は規制が公共事業化している。役人が偉そうになった。昔は都の人は、『こんな恥ずかしい仕事やだなあ』という、伏し目がちな感じだった。
 この間都に呼ばれて行ったら、ニシムラというクソ野郎、体育教師の脳味噌筋肉みたいのが出てきた。名刺を見て、『キミ、(註:出版社の)社長じゃないの~』とか抜かす。『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』には間に合わなかったが、もし間に合う時期だったら必ず実名で書いてやった。
 一緒に行った一水社の野郎がペコペコしてた。都の規制はあくまで自主規制なのに、そこまでペコペコすることはない。

 警察は恐い。警察にはペコペコする。ペコペコしないのは末井昭だけだった」

永山氏
「塩山さんは暴力や権力に弱いですからね」

塩山氏
「学生時代デモに行って、殴られるのが恐いから集団の真ん中の方にいたら、一緒にいた女の子に『何隠れてんの! 外に行きなさいよ!』と怒られた。それで左翼やめた。

 都の話に戻ると、石原都政がもう三期目で、石原のような偉そうな規制ぶりが下にまで浸透してしまっている。(註:この辺メモ不整につき言葉が違っているかも)
 ニシムラに『あんた内務省の役人みたいだね、これは自主規制の問題だろ、審議会で決めることだろ』と言ったら、『イエ、審議会は参考にするだけです、
石原慎太郎が決めるんです!』と言った」

永山氏
「語るに落ちましたな」

塩山氏
「空手でもやってたら、こいつ殴りつけてやろうかと思った。
 警視庁は、最近は滅多なことでは呼ばない。今は天下りの利権にもならないのに余計な仕事をしない。80年代の警察はしょっちゅう呼び出していたが、利権もないのによく仕事をしていたと思う。ある意味感心する。

 コンビニは都庁のシマになってる。子供が行くから、と理屈をつけて規制をかけている。コンビニを支配することで出版の支配をしている。そのうちコンビニに都庁の役人が天下りするんだろう。

 聞いた話では、ニシムラという馬鹿は、レディース系雑誌のタイトルの『Secret』が読めなかったとか」

昼間氏
「規制以前に、マンガ自体売れなくなっているのでは」

塩山氏
「その話は松文館の貴志社長に聞いたら。何でも、ネット配信したのを本にしたら全く売れなかったらしい」

 その他、永山氏が「塩山さんは最近文化人ぶってる」と突っ込んだり、塩山氏が『出版奈落の断末魔 エロ漫画の黄金時代』の特大帯のイラストを描いた、いがらしみきお氏との交友を語ったりされ、また会場からの質問にも答えます。

質問
「劇画から美少女マンガへの流れはどうだったのか」

塩山氏
「これはすごかった。劇画が80年代末、いきなり売れなくなった。
 これまで7~8万部から10万部刷ってたのが売れなくなった。だからといって、ロリコンマンガにはツテがないし、勝手が分からないから台割も引けない。
 その頃、桜桃書房が朝日新聞に『編集者・マンガ家募集』の広告を出した。劇画の大手の桜桃でもロリコンマンガのやり方が分からなくて、広告で編集者やマンガ家を集めようとしていた。

 しかし自分は、桜桃のような広告費はなくても、ロリコンマンガを書くような連中は群れたがる、ということを知っていた。千葉の方の・・・(メモ不整)あたりで連中がたむろしているところがあって、一人見つけて後は芋づる。上総志摩とか、中総ももとか。
 ロリコンマンガ家は群れたがる。まったく日本人的な連中。劇画家はもっと孤高。ロリコンマンガ家は逃げる。劇画家は締切守らなくても約束は守る。

 ロリコン漫画誌で一番売れてたのは『ロリポップ』、ではよし、と『ロリタッチ』にした。こういう模倣コピーライトは遠山企画(註:塩山氏が当時いた編プロ)が最初かも」

 その他、いがらしみきお氏の作品についてや、「杉作J太郎はバイトとしては使えない」なんて話が出てました。

永山氏
「印象に残っているマンガ家は」

塩山氏
「最近、鹿とレースクィーンの獣姦漫画描かした、やまだのら・・・」

永山氏(?)
「鹿!?」

塩山氏
「あと阿宮美亜」

永山氏(会場に向かって)
「諷刺というもおこがましい、薄っぺらな国労や日教組の批判を漫画に描いてた人です。ですが塩山さんとは思想が違いますよね」

塩山氏
「右翼にしては芸がある。
 劇画からロリコン漫画に移行する頃は、ああいう中間的な絵の人はよく売れた。阿宮美亜には、麻原彰晃が空中浮遊する漫画があって、よく売れた。でも、日教組にいじめられた右翼の女教師が日の丸に脱糞するコマは、さすがに白くしてしまった」

永山氏
「麻原は刷ったんですか」

塩山氏
「全体に網かけたけどな。
 でも、エロマンガ弾圧の後、劇画は全く売れなくなった」

 塩山氏のお話は大体以上だったと思います。塩山氏、最後に昼間氏に
「おメェ、司会下手だな。おまけに『生きざま』だの『コラボレーション』だの恥語連発しやがって」
 と突っ込んだところに、永山氏が
「昼間はお客の入りが多いとあがるんですよ」
 と、フォローだか追い打ちだかを。

○中田雅喜・金田淳子両氏のお話

 次いで登場したのが、ベテランのマンガ家・中田雅喜氏と、BL評論で有名な金田淳子氏です。永山氏だったか昼間氏だったか、「既に楽屋で、おふたりBL話でものすごく盛り上がってらした」と言ってたかと思いますが、この第2部はお二人がものすごい勢いで喋りまくり、おまけに小生はBLに全く疎いので、メモが更に一層怪しくなっております。中田氏の台詞と金田氏の台詞を混同している恐れも大。いやもうすごいマシンガントークでした。タイフーンとヴィルベルヴィントが撃ちあってるみたいな。

昼間氏
「楽しいお客さんをお迎えしました。マンガ家の中田さんとBL研究者の金田さん。中田さんはロリコン漫画の元祖の『漫画ブリッコ』に描かれ、『ペンギンクラブ』にも創刊号から書かれていました。女性のエッセイコミックの先駆け、というかエッセイコミック自体の先駆け」
と、創刊号の『ペンギンクラブ』なんかを持参して会場に示す昼間氏。

永山氏
「今日はBLというものがどんなに危険で、エロマンガと一緒にしっかり弾圧して貰いましょう、という話を(笑)」

昼間氏
「BLについては、去年堺市の図書館で騒ぎがありました」

金田氏
「図書館から撤去したというBL本のリストが変だった。スニーカー文庫が入っていて変という声もあったが、スニーカーにはルビー文庫に近いものもあるのでこれは必ずしも変ではない。しかし逆に、古典的な大物が入っていない、栗本薫先生の『翼あるもの』とか。中学の頃、私はこれで60回ぐらい抜いたというのに」

昼間氏(?)
「撤去の基準は抜けるかどうかなのか・・・?」

中田氏
「『伊賀の影丸』の拷問シーンがエロい。ああいうので目覚めた。手塚もエロい。意識してエロをやっているのか分からないが、傍若無人」

金田氏
「『七色いんこ』なんて、あれこそ図書館に置いていいのか」

中田氏
「歳取ると、オナニーするとエクスタシーで足がつってしまいイケなくなる」

金田氏
「自分は中学の頃からつってた。運動不足で。でも足がつるのが恐くてオナニーできるか

金子氏(?)
「図書館問題でBL撤去派が、『BLなんて低俗なものが、私たちの敬愛する司馬遼太郎先生の隣にあるのはけしからん』と言っていて、もうおかしいといったら。新撰組が腐女子に人気なのは、司馬遼太郎の『燃えよ剣』のせいなのに(笑)。戦国ものでも、島左近と石田三成とか、『関ヶ原』の影響」

中田氏(?)
「司馬自身は“そういう”人だったのか」

金子氏(?)
「元軍人とかなら、海軍とかでは」

中田氏(?)
「海軍ならね。軍艦だし、海の上で女いないし」

 暴走とどまるところを知らぬお二人のトークに呆気にとられていた会場からやっと手が上がり、「司馬は陸軍ですよ。陸軍の戦車兵」
 それを聞いた中田氏と金子氏、「戦車か」「戦車もいいよね」「戦車でカーセックス」「で、イクと同時に大砲発射して」
 更に金子氏が鉄道擬人化BL同人誌を持ち出して力説されていたかと思いますが、小生も呆気にとられていたのかこの辺メモが欠けてます。もっとも擬人化の必要すら感じない鉄道趣味者の方が変質者なのかも知れません。個人的な話で恐縮ですが、小生はハダカの女の子の写真集や二次元美少女の画集など見ていてもすぐに飽きてしまいますが、電車や軍艦の写真集や図面集は何年経っても飽きることがなく、十数年来眺めて楽しんでいる蔵書も少なくありません。
 気を取り直して次の話題。

中田氏
「自分の若い頃の漫画には、BLというか男と女を変化するメタモルフォーズなのが多かった。
 自分は1954年生まれだが、その頃は女性がもっと抑圧されていた。だから女性が男性のヌイグルミの中に入って自由に恋愛する、というスタイルだったのではないか。そんなに即物的ではなく、シチュエーションにこだわった。即物的なものにドキドキするのは中高生頃。
 自分も即物的な描写(潮吹きとか)はほかの人が一生懸命描いていると、自分は別にいい、特異なところで描こうと思う」

 その後、フィルムセンターで現在やっている怪獣・SF映画特集の話に。これまで低級なものとして、東京国立近代美術館の一部であるフィルムセンターから無視されていたSFやC級時代劇も、やっと扱われるようになった。それは世代交代により、SFなどに詳しい学芸員が着任したから。

金子氏
「自分も大学でBLを研究する時、教授を説得するのが大変。エネルギーの8割は説得、2割で研究」

中田氏
「マンガ家と編集者みたい」

 ここでマンガ家と編集者の話から、中田氏のところに大塚英志がやってきて、ロリコンマンガを描かせた時の話に。何故ロリコンマンガかといえば、

 毛を描いてはいけない
 →毛を描かないで裸を描いたらなんか変
 →ではもともと生えてない幼女にすれば


 という理由だったそうです。ヘアヌード撮ると捕まるから少女の写真集を作ったという、そっちの世界と同じ話ですね。

 中田・金子両氏のトークについてのメモはここまでです。どうもこの辺の話の面白さというか、猛烈な勢いをうまく伝えることができず、申し訳ない限りです。
 で、さすがに一つの記事としては長いし、時間的にもちょうど中間点まで来ましたので、ここで一端切ります。続きはしばしお待ちを。

追記:本記事の続篇はこちら→「永山薫・昼間たかし『マンガ論争勃発2』発売記念イベント概略(2)」
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by bokukoui | 2009-05-20 23:58 | 漫画

ホワイトデー粉砕デモ@池袋の情報 附:小ネタ・「非モテ」の聖地?

 だいぶ日が経ってしまいましたが、去る14日の土曜日に、毎度お馴染み「革命的非モテ同盟」古澤書記長主催の「ホワイトデー粉砕デモ」が行われたようです。
 もっとも、先日の「バレンタイン粉砕デモ」や、更にその前の月の阿佐ヶ谷ロフトでのイベント同様、書記長の告知が今回も比較的遅かったもので、ネットでの事前盛り上がりが全く欠けておりました(バレンタインデモの時のような不評すらなかった)。おまけに当日は悪天候で、ますますデモに向いていない状況であったようです。

 で、小生も用事に追われておりまして、おまけにこの日は最終運行の「富士・はやぶさ」を見に行っていたりもしたものですから、デモについてはレポできない状況でした。ですが書記長がこの記事執筆現在でまだ自分のブログに総括を書いていないこともありますし、秘密工作員トダ氏から入手した画像のみ張っておきます(ので、今回はいつものような各種の写真はありません)。
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デモの横断幕

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デモ終了後、公園での記念撮影

 トダ氏の情報によると、書記長の悪運尽きずというか、この日大荒れだった午前中にもかかわらず、デモの時刻までに雨は上がったそうです。人の集まりも、当初はいつもと同じ面子が十数人程度、で、やはり書記長の準備不足が痛感された(横断幕もその場で布とガムテープで急造したのだとか)のですが、なんだかんだで最終的には新顔の方も見え、人数も二十人くらいにはなったそうです。バレンタインほどじゃないですが、まずまずですね。

 今回のデモについては以上。これ以上書く情報も画像もありません。

 ・・・これだけで記事が終わるのも寂しいので、以下どうでもいいおまけ小ネタをひとつ、「非モテ」関連で。

(あまりにくだらないネタなので続きは以下に)
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by bokukoui | 2009-03-18 23:59 | 出来事

今日の渋谷駅前~「バレンタイン粉砕闘争」見学記2009

 今年もバレンタインの季節がやって参りました。
 となりますと、今年で三回目になりました定例行事、「革命的非モテ同盟」の古澤克大書記長主催の「バレンタイン粉砕デモ」の季節でもあります。
 実のところ、さすがに3回目ともなりますとややマンネリの感は否めないところで、上のリンク先の書記長のイベント説明も簡素ですし、当日配布したビラは基本的に昨年の使い回しだったとのこと。そんなわけで事前のネットでの評判もさんざんだったのでした。小生もまた、相変わらず場所も渋谷だし、変わり映えしなさそうなので、適当に写真を貼り付けて「前回に同じ」とだけ書いておけばいいや、というつもりでした。
 それがどうなったかといいますと・・・

(写真が多いので続きはこちら)
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by bokukoui | 2009-02-14 22:03 | 出来事

「近代日本のおみやげと鉄道」補足・質疑応答摘録

 もう半年近くも前のことですが、歴史民俗博物館の主催する歴博フォーラム「旅-江戸の旅から鉄道旅行へ-」に行き、当ブログにレポを載せました(前篇後篇)。その中に登場した、鈴木勇一郎さんの「近代日本のおみやげと鉄道」が、別のさる学会にて再度発表されました(それも既に昨年末なのですが)。
 で、歴博フォーラムは会場の都合上、あるいはイベントの都合上、会場内からの質問受付タイムというのはなかったのですが、こちらの学会では質問の時間が設けられました。なかなか興味深いやりとりがありましたし、以前の鈴木さんの講演を理解する助けにもなろうかと思いますので、補足記事としてこちらに記させていただきます。小生が取ったメモをもとにしておりますので、文責はすべて小生にあります。質疑が噛み合わないように見えたら、それはまとめのせいです。

 まず、前提としてこちらの鈴木さんの講演要旨をご参照ください。そうでないと、多分意味が分かりません。
 では、以下質疑応答。

・質問1:おみやげには保存期間が大事だと言うが、明治以降のおみやげの保存期間はどの程度か。
→赤福の場合を例に取ると、1日~2日程度。

・質問2:鉄道弘済会のキオスクは弁当を扱わなかったというが、既得権を持つ業者との関係はどうだったのか。
→時代が下るにつれ、駅での販売というのは制度化される。しかし完全に弘済会に一本化されることはなかった。

・質問3:今回の報告では東海道本線のおみやげがメインだったが、東海道以外、私鉄などではどうだったか。鉄道会社自体が自ら売り出したりはしていないか。
→鉄道会社直営おみやげは見あたらない。私鉄の詳細は不詳であるが、山陽鉄道の岡山駅ではキビダンゴが有名だった。ただしこれは「吉備団子」で黍は入っていない。山陽鉄道で売られてメジャーになった。

・質問4:八つ橋の歴史で、同社のサイトによれば七条駅で売り始めたというが、京都駅では売れなかったのか。(註:「七条駅」は奈良鉄道→関西鉄道→現奈良線の京都のターミナルを指す。官鉄→現東海道線の京都駅と違う扱いだったらしい)
→直営か委託かは不明。一次史料がなく詳細不明。
・会場からの指摘:官鉄の京都駅も当時「七条」と呼んでいた。

・質問5:講演冒頭の大英博物館の評価が引っかかる。おみやげが日本特有とするなら、鉄道だけではおみやげの存在は説明できない(発展は説明できても)。近世以来の伝統ではないか。
→この講演では鉄道に引きつけて論じた。近世以前の要素はかなりおみやげに影響している。しかし近世から直線的に今に結びついているわけではない。近代的な装置を媒介として発展。

・指摘1:鉄道唱歌の京都では、「おしろい、紅」が京都の土産で登場、「鷺知らず」という菓子も歌詞に出てくる。
註:鉄道唱歌(東海道篇)の53番。
 扇おしろい京都紅
 また加茂川の鷺しらず
 みやげを提げていざ立たん
 あとに名残は残れども
・質問6:講の影響はどうか。
→共同体が発達していたからこそおみやげが発達してきたのは確か。しかしそれでは、おみやげの現状が説明できない。

・質問7:駅での大量の食事供給という点で、軍の影響は。駅弁の発展には影響していたはず。このノウハウがおみやげに影響していないか。
→軍は自分で食糧供給を行える団体で、そもそもなんで駅弁を使うようになったかが謎。慰問品として名物は利用され、また修学旅行の影響はあったはず。

 以上、かなり活発な質疑があり、それだけこの講演に寄せられた関心も強かったということでしょう。

 余談ですが、講演開始前、鈴木さんに「前回のお話と同じ内容ですか?」と壇の前で小生は伺ったりしていたところ、突然学会の偉い先生が「では始めましょう。墨公委君、司会宜しく」と仰っていきなり司会を仰せつかり、実は結構あがり症なもので内心震え上がりました。が、幸いこれらの質問も無事に捌ききることが出来ました。あとで聞いたところ、偉い先生は前で鈴木さんと小生が打ち合わせをしているのだとばかり思われたそうです。
 あ、でも一つヘマをしたな・・・最後に自分も質問をしたのに、そこを書き留めておりませんでした。そして記事を書くまで間が開きすぎて忘却。無念。

 余談はともかく、大変興味深いお話でした。これをきっかけに、おみやげや駅弁(この両者の系譜が重なるのか違うのか、それも要検討のポイントでしょう)についての研究も深まると、日本の鉄道、ひいては日本文化の特徴を知る上で、少なからぬ貢献がなされることでしょう。
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by bokukoui | 2009-02-06 23:33 | 鉄道(歴史方面)

古澤克大プロデュース 「革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン」

 このブログでは、表題を一行で収めるようにしているので(ブラウザによってははみ出ている場合もあるかも知れませんが)、これ以上表題を長くできませんが、もしきちんと記事の表題をつけるなら、「古澤克大プロデュース 『革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン』見物雑記~両毛線が20分ヘッドだったら赤木智弘氏は幸せになれたか」あたりにしていたと思います。
 というわけで、本記事は Asagaya/Loft A で去る29日行われた、革命的非モテ同盟・古澤克大書記長によるイベントについての記録みたいな何かです。イベントの概要について、書記長のブログから引用しておきましょう。
古澤克大プロデュース
「革命的非モテ同盟~プリン体増殖ドクトリン」
出演
赤木智弘(フリーライター)
増山麗奈(画家)
昼間たかし(ジャーナリスト)
大塚麻恵(女優)
増田俊樹(映画監督)
古澤克大(プリン体27)

概要
あの革命的非モテ同盟による香ばしいニュース群のスピードメニュー化。
女優、言論人、映画人、アーティストが正月ボケに鉄槌を下す!!

非モテについてかなりガチでトークバトルをする予定です。すごい濃厚な時間にしたいと思いますのでぜひお越し下さい。!!
 読んでみても何だかよく分からないイベントではありますが、まあ訳の分からない、内容がありそうでないようなスローガンの作成は古澤書記長の得意とするところですので、奇異とするには当たらないかも知れません。小生は書記長に前々日、急遽電話で呼び出され、ものすごく用事が立て込んでいたのですが、やむなく駆けつけました。なにせ書記長、このイベントについて、友人に対しても前々日にしか連絡せず、あまつさえ自分のブログに記事を立てたのも同じ日で・・・この不手際の理由は、この記事の最後で明らかにします。

 とまれ、木曜日の阿佐ヶ谷ロフトAには、このような看板が立っておりました。
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阿佐ヶ谷ロフトAのこの日の看板

 ところで「プリン体増殖ドクトリン」とは何ぞやと書記長に問うたところ、「飲みながら打ち合わせていていて、『プリン体』って何か怪しい響きだよね~、と決まり、その後話が逸れて『ロシア軍のドクトリンは・・・』とミリタリー話を始めたら、ドクトリンというのがかっこよさげと言われて決めた」らしいです。大体書記長が碌でもないことをやらかすのは、飲み会の勢いで決めたことが多いような気がしますが・・・一昨年の「アキバ解放デモ」とか。まあ書記長は確かにビールがお好きですし、それを評してラーゲリ緒方氏(革非同機関誌『KAMPANIA Vol.1』の Cauchy緒方氏)曰く「書記長は重ビール主義者だ」と言っていたくらいなので、それはそれでいいのかも知れませんが、「非モテ」とは関係ないし、大体この日の話にも関係がなかったような。

 で、今日の本題の話ですが、この集まった面々がどういう繋がりかといいますと、元々去年増田監督がプロデューサーを務めた映画「窓辺のほんきーとーく」のトークショー「ロスジェネ世代の愛と性を探る」に、昼間氏の司会のもと赤木・増山両氏が呼ばれ、そこでの議論が白熱して到底時間内に収まらず、その続きをやろうという企画が元々あったそうです。
 ここに書記長がどう関係するかという話ですが、元々いろいろ知り合いだったにせよ、確か映画にエキストラで出てたんだったけ? 昨年末にコミケで、革非同のブースにて女優の大塚麻恵さんが、「メイド服」(絶対領域有)で売り子をして下さったのも、この縁だったかと思います。ちなみにその時、ブースで売り子をする大塚さんと書記長の様子を、携帯電話で撮影している胡乱な中年男がおり、さては「ヲチャ」かと思ったら増田監督だった、なんてことがあったとか。
 というわけで、今日の企画は、まず赤木←→増山の対立軸があって、赤木側に古澤書記長、増山側に昼間氏が加わって議論を進め、第2部からは増田監督と大塚さんも加わるという展開の予定だったようです。赤木・増山両氏のこの席へ臨む意図は、それぞれのブログにありますのでそちらをご参照ください・・・と思いましたが、そんなに長くもないので引用させていただきます。
○赤木氏
 以前にのトークショーで不完全燃焼に終わった増山さんとの対談が再び。
 私がどんなことを言うかといえば、多分「お金がなければ恋愛はできない」ということを言います。結論だけを言ってしまうと、資本主義社会においては「お金=社会性」だからです。
 まぁ、そんな感じで。
(引用註:原文ママ)
○増山さん
赤木智弘さんとマジバトルをする予定です。
モタざるものモテるものも助け合える世界をつくれんもんかなー。
というかみんなメディアのモテル モテない報道にだまされ過ぎ!
良いじゃないか,モテなくて!というある種の覚悟は素晴らしいのだが、
別に女に持てる為にあの手この手を尽くして行く必要もないのだが、
正社員や家族の居る人を憎むっていうのは、どうかと。
確かに正社員の連合が御手洗なんかとつるんで「ワークシェアリングは安易な賃下げでは・・」と言ってるのを聞くと、確かに赤木さんの言う事も納得するけれど。
あー論理的に攻撃されそうだから、もう少しいろいろ調べて明日闘えるようにしておこう。
私は赤木さんのエッセイとか鋭くて好きな部分もあるけど、
未だに「希望は戦争(男が重宝されるから)」なんて
容認できないよね。イヤだよ戦争は!
 今回は、上でも書きましたが、書記長自身によるネット上の宣伝が行き届いていたとは言えず、開演時に集まっていた聴衆は20人かそこらだったでしょうか。聴衆の中には書記長のデモでもお馴染みの Gonzalezさんが開演前に駆けつけておられ、面白い画像を見せていただきました。youtubeにでもアップされればまた取り上げたいと思います。結局、延べ人数で来場者は四十数人程度だったようです。結構顔見知りが多かったような気がします。

 さてさて、では議論の中身本体はどうなったのでしょうか。
 先に結論を書けば、議論はあっちこっちに拡散しまくってまとめるのがなかなか困難(特に第2部が)でした。しかしそれは必ずしも悪いことではなく、「モテない僻み」で一蹴されがちな「非モテ」が、話の持って行き方次第では僻み以上の話にはなるということでもあります(革非同の同人誌『KAMPANIA』に赤木氏が寄稿された内容も、それに通じることでした)。ただ、そこをどう話を延ばしていくか、というところで、そこはあらかじめ決めていなかったのか、やはり責任は書記長に帰せられるところがあるんじゃないかと思います。
 というわけで、今回のレポは従来のような逐語的なものではなく、大雑把に議論の構図のうち思い出せることのみを略述するという形にとどめさせていただきます。第1部の一部トピックについては、比較的議論の筋が明確(論者が事前に準備していたのでしょう)なので、そこはある程度細かく書きますが、全部をその調子で書けるほど記録もないし、土台手間もかかるので、その辺ご諒承下さい。
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出演者一同(第2部開始時の様子)
左から古澤、増山、赤木、大塚、増田、昼間の諸氏(敬称略)

 まずは第1部、最初は「モテと貧乏」という流れで、自動車の話が。これは以前のトークショーで、赤木氏が「車がないとモテない」という発言をしたのがきっかけだったそうです。

赤木氏「車がないとモテないというのは、高級車とかではなく、車がないと人間としての生活が出来ないという地方の問題。自分は実家暮らしの時自転車に乗っていたが、それでは知り合いと会うことも出来ないし、ロードサードの店舗に買い物に行くのも不便」
 ここで客席から Gonzalezさんが手を挙げて発言、「自分は赤木さんの住んでいた佐野の隣の足利出身だが、あの辺では車がなくて平日の昼間に男が自転車に乗っていると、まず不審者かキチガイ扱いされる」

 「モテ」の象徴になるように、夢やあこがれの対象だった性格と、すっかり普及してそれが前提となってしまった性格(特に地方で)と、今の自動車はその二面性を持っています。前車を運転することは快楽ですが、後者を運転することは苦役でしかありません。「非モテ」を論じるのに往々空論的な話になってしまいがちな傾向がありますので、こういう物的な話はそれより意味がありますし、話が広く発展していくきっかけにもなります。小生も車と「モテ非モテ」の関係については、ブログで書いたりしたこともありました。

 ですが、その後壇上の議論は以下のような経緯を辿りました。
増山さん「車がないといけない、金がかかるというけど、いくらいる?」
赤木氏「車持ったことないから知らない」
 ここで書記長が「買うのに百何十万、維持費が年間数十万」と発言し、いや中古の軽ならそんなにかからん、書記長は何の話をしているのだと突っ込まれ(どうも5ナンバーの新車くらいのつもりらしい)、しまいに革非同公用車のベンツ話に逸れていきました。
「(北関東のような所では)車がないと社会に入れない。自分のように一度上京してしまうと、地域との縁が切れてしまう」
 という、赤木氏の重要な指摘もあったのですが。

 話を戻そうと昼間氏、「『非モテ』といって女の子の注目を集めたいのか?」と、質問を振り、赤木氏「古澤氏は知らんが自分はそんなことはない」と切り返します。
増山さん「赤木氏は地元で学校に通っていた頃、モテたいとは思わなかったのか」
赤木氏「そんな余裕はない、家で悩んでいるので精一杯」
昼間氏「でも東京に出たら変わりませんか」
赤木氏「変わる。自分も一時は彼女がいた」
 赤木氏の彼女についてはこれ以上追求はされませんでしたが、
「自分は『非モテ』とは一度も言ったことことはない。車云々は一般論」
 つまり、自分は「非モテ」ではないと言いたかったようです。で、赤木氏のこの自己認識のお陰か、このイベントの当初の構図自体があとでひっくりかえってしまうのですが・・・

 この後増山さんが、赤木氏が唱える承認の問題について問い、赤木氏は現在の地位を得て、最近東京にも出てきて、人とコミュニケーションできるようになった、佐野にいてはダメだったと語ります。
昼間氏「では丸山真男をひっぱたくより、地方の男に『東京に出ろ』と言うことではないか」
 これに対し増山さんが、東京一極集中がこれ以上進むのも問題だし、これからは地方で農業なんてことも、という意見を述べたところに、古澤書記長が地方の保守性を指摘したり、なんて一幕も。

 次いで、赤木氏の「恋愛も経済問題だと思う」という発言から増山さんと議論が。
 それに対し増山さんが「生活にお金はいるが、恋愛で大事なのは心を開くこと。赤木さんは、あれで恋愛できない、これで恋愛できないと言ってばかり。仮性包茎みたい。ムケないと」
 そして、二人で暮らした方が生活費は安上がりだから貧乏人こそ恋愛すべきである、と語る増山さんに対し、赤木氏は別れた時のリスクが高い、ネットで人を探して契約してルームシェアする方が安全であると主張、増山さんに「考えすぎ」と突っ込まれていました。
増山さん「赤木さんはどれくらいなら恋愛できるのか」
赤木氏「普通の生活をしていること。車を持って貧困ではない、年収200万以上くらい。子供が出来ることも考えると、先の見通しがないと。だからセーフティネットが必要」

 この辺から話は「非モテ」に戻ってきます。
増山さん「非モテの、恋愛の土俵から降りる、というのは賛成。芸能人のニュース的な『レンアイ』より、ダイレクトに生きたい。そこは賛成するが、その後の目標は?」
赤木氏「自分も非モテが何を目指すのか分からない」
 赤木←→増山が対立軸の筈だったのに、両氏が一致して古澤書記長に向かいます。
書記長「独身寮と共済組合」
 会場、ややがっくり感が。

 それから増山さんが書記長に「モテのルールに囚われすぎている」とお説教し、「見た目ばかりで判断するのはダメ」と反論する書記長に、「それは常識的な身だしなみで、人を外見で云々以前の問題」とぴしゃり。(小生のメモに「鼻毛の話」という謎の言葉が記されているのですが、はて何だったっけか?)
 更に赤木氏も書記長に対し、「何故非モテの人は、モテたいのかどうかと聞くと『モテたくはないけど・・・』と言いよどむのか」と迫ります。言い淀む書記長。
 かくて、当初の古澤=赤木vs.増山=昼間の構図は、古澤vs.赤木=増山=昼間になってしまい、書記長は集中砲火を浴びるのでした。
 昼間氏これを評し「赤木氏は男にモテるが、古澤氏は・・・?」と発言。
 私見では、書記長もやはり「モテ」ていると思います。突っ込みを入れずにはいられなくなるという形で。

 第1部の最後に、赤木氏が再度恋愛と経済の関係を提起します。増山さんの生活もお金があるから成り立っていると発言。
増山さん「すべて金に換算するのは(赤木氏の)悪い癖。一番大事なのは人間関係。年越し派遣村の人にも何人か取材したが、やはり人間関係が切れて落ち込んでいっている。
 だらしない人というのは一定数いる。そういう人を受け入れるキャパシティがコミュニティにあったが、それが失われた」
 繋がりを重視する増山さんに対し、「非モテ」(非コミュに近い)側から反発が。
古澤書記長「コミュニケーション能力がないからハブられて死ね、というのは新自由主義と同じ」
赤木氏「だからセーフティネットが必要。増山さんは『自己責任』側寄り」

 ここの対立こそ、赤木←→増山の最大のポイントであろうかと思います。
 貧困や格差などの問題に、繋がりを求めてやってきた(そして今も行っている)増山さんの活動自体を赤木氏は評価しつつ、そういった活動で救われるじゃないか、と困っている人に向かって言うことの問題を指摘します。それでは、困っている人は活動で救われるべきで社会の問題がそのままに覆い隠されてしまうという謂と思います。困っていない多くの人々は、活動で救われればいいと問題を片付けた気になってしまい、活動で救われない人はこぼれ落ちます。だからこそ、国が面倒を見なければならない、そういった趣旨かと思います。
 一方増山さんは、繋がりを作っていく活動の意義を見いだされているわけですが、議論がやや噛み合わないような感もあり、なかなかこの両者の溝は埋まりそうにありませんでした。増山さんは赤木氏の回答に満足せず、やや苛立ったのか、「赤木さんは幸せになりたくないのか」などと発言されていました。

 以上の話を理解する上では、このブログで以前お伝えした、新宿ロフトプラスワンで行われた、宮台真司・東浩紀・切通理作・雨宮処凛らの諸氏が出演したイベント「秋葉原通り魔事件──絶望する社会に希望はあるか」及び、過去の赤木氏が登場した阿佐ヶ谷ロフトのイベント「ロフトA メディア時評~世界のアキバのいま」で指摘されたことが参考になると思われます。
 ロフトプラスワンのイベントでは、「包摂」が解決の処方箋として示され、貧しくとも楽しく生きる生き方が大事(増山さんの活動もその路線に繋がるものでしょう)とされる一方、「包摂が大事、気楽に生きればよいといっても、それによって格差などの問題をそのままにしてしまって良いのか。包摂と同時にそういった問題の解決も図る、二方面作戦が必要ではないか」(切通理作氏)という指摘もされていました。

 で、以下私見ですが、赤木氏は所謂「自己責任論」を強く否定するため、国が責任を持って社会政策により生活を保障し格差を是正する(団塊世代から氷河期世代に所得移転する)べきであると主張しておられます。つまり、自分は何も悪いことはしていないのに苦しい目に遭っているのはおかしい、という思いが背後にあるのでしょう。それが、増山さんのような意見を否定することに繋がるのでしょう。
 もちろん小生も所謂「自己責任」論に与するものでは全くありません。しかし、だからといってそれは自分で行動を起こす可能性を否定することと同値ではないと思います。赤木氏は大変峻厳なものの考え方をされるように思われ、そしてそれゆえに氏の意見が鋭く人の心を打ち、今日氏の名を高からしめたのだと思いますが、その峻厳さが、罪なくして困窮した者は天に救われるべきという思いになり、自己責任論の肯定に繋がりかねない実践活動への冷淡な見方(そして増山さんと乖離)を招いたのではないかと、勝手ながら考えた次第です。
 これは、以前の阿佐ヶ谷ロフトのイベントで、ご自身の意見を「諦めの論理」「他の状況が変わることで変わるしかない」と述べておられたことにも通じます。同イベントの質問コーナーでもやはりこれに繋がる指摘がありました。
 このような、天が誤っているから天が変わるべきであって、自分の行動に意義はないという考え方が、周囲の状況がどうあっても、自己の幸福追求を周囲と共同して行うべきである、という増山さんのような立場からは、苛立ちを引き起こされるものだったとは容易に想像が出来ます。だから、「赤木さんは幸せになりたくないのか」という発言が出て来るのでしょう。

 さて、以上が第1部で出た話で、以後増田監督と大塚さんを壇上に迎えて、更に混沌と第2部に突き進むのですが、残念ながら第2部はろくすっぽメモを取っておりません。ただ、議論の大きな枠は、第1部で大体の所は出てきていたと思います。
 ですので、もう既に充分にこの記事は長すぎますし、以下はごく簡単に、記憶にあるいくつかのことを書きますと・・・

・大塚さんの、貧乏だけど明るく生きてきた、という話に会場感動。特に増田監督が。
・映画の話がいろいろと。
・小向美奈子逮捕に関連して、芸能界の売春はあるのか、ということについて。増田監督が衝撃的内容を延々語られましたが、ここに記すのは控えておきます。

・赤木←→増山論争のもう一つの大きな軸として、戦争について。
 旦那さんがガザで取材中の増山さん、「希望は、戦争」と戦争を持ち出すことを厳しく批判。赤木氏、戦争は最後のゴールであって、その手前でとどまれば良い、といった趣旨の返答。一応それでその場はまとまってしまった感じ(個人的には以前、赤木氏に戦争についてお伺いした際の印象、赤木氏の"戦争"はスウィフト的レトリックのように見えるがそうとも言い切れない、というのは払拭されませんでしたが・・・)
・元自衛官の書記長が横で茶々を入れる。
・ちなみに、赤木氏の見たことのあるガンダムは、ゼータとダブルオーだけだそうです。

・会場からの声を拾うコーナーで、聞き覚えのある声の人が長々と質問(意見開陳)。昼間氏、「夜羽音先生、話長いから最後にして下さい」とあしらう――山本夜羽音先生が来ていたんですね。
・その夜羽音先生、赤木氏には初代ガンダムを見るべきと唱え、書記長には山本直樹作品(題名失念)で「美人は頼めばやらせてくれる」という一節があることを強調。この含意を汲み取るべきだと主張。
・そこで増田監督が書記長をそそのかして大塚さんに「お願い」させようとするも、書記長の頼み方がなっておらず一蹴される。
・グダグダ展開の中、書記長がキャバクラ話や「女は金で買える」的暴言を吐いたためか、壇上で書記長を見る大塚さんの目つきが怖い。「汚いものを見るような」という修辞が現実であることを実感。いやー女優さんはすごいな(演技でなく本気だったら・・・)。後で伺ったら、赤木さんの発言を書記長がしばしば制止したのが良くないと思われたそうです。

 とまあ、グダグダなりにいろいろ話題が出て盛り上がりました。
 そうそう、運営費の足しにと、出演者がものを持ち寄って福袋を作ったりもしました。それは書いた本などを入れたり、増山さんは似顔絵色紙を描いて下さったり、というものだったのですが、赤木氏の持ってきたものが・・・
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赤木氏、美少女ゲーム『AIR』を寄贈
(この写真はクリックすると拡大します)

 古本の場合、著名人の蔵書だったものは「手沢本」などと呼ばれて価値がついたりしますが、「手沢エロゲー」という概念はまだ存在しなさそうです。 
 赤木氏曰く、話題作なのでやってみたそうですが、ケータイ小説同様感動のガジェットをばらまいておけば感動させられるという感想を抱かれ、以後ケータイ小説を許せるようになったそうです。

 イベント自体は、人数はさほど多くなかったとはいえ、参加者の満足度はそれなりにあったと思います。「非モテ」からの話の広げ方もいろいろできたわけで、ただ話しきれる時間がなかったからまた、という感もあり、またやればという感を抱かれた方もいたようです。出演者の方もそう思われたのであれば、結構成功だったといえるでしょう。
 もっとも、書記長自身は終了後失敗だったと頭を抱えていて、つまり入りがあまり多くなくて赤字が出たら次はしにくい、ということだったようです(正式な決算は聞いていませんが、大体トントンだった模様)。多少の赤字は宣伝費と考えれば必ずしも不合理ではないと思うのですが。
 増田監督曰く、書記長は「百人は動員します」と事前に豪語していたそうですが、ブログの記事アップがイベント前々日で、友人に電話を回したのも同じ頃というのでは・・・
 で、議論の途中で書記長が集中砲火を受けたり、動員が予想より振るわなかった、最大の要因は書記長の準備不足にあったと思うのですが、その最も有力な原因と推測されるのは、現在書記長が Hearts of Iron 2 に嵌っているからだろうな、やっぱり。
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by bokukoui | 2009-01-31 23:47 | 出来事

戦前の映画を見た話(亀井文夫作品2点)

 少し旧聞に属する件ですが、前月の浦嶋嶺至(礼仁) 画業20周年トークイベントに行った際、たまたま出会った昼間たかし氏に教えていただいた昔の映画の上映を見に行ったので、そのことを忘れる前に書いておこうと思います。といっても、既に充分時間が経ってしまっているので、結構あやふやなのですが・・・何しろ映画というのは、メモを取るのがなかなか難しいもので。

 見に行った映画とは、上のリンクにある通り、亀井文夫監督作品の「姿なき姿」(1935年・29分)と「支那事変後方記録 上海」(1938年・77分)の二本立てです。映画館に映画を見に行ったなんて何年ぶりだろう。酒井翁メイド系映画(?)を見に行って以来かも。
 場所は京橋のフィルムセンターです。そういや中島らも『なにわのアホぢから』の中のひさうちみちおの漫画で、「京橋で映画を見る」というと、東京ならフィルムセンターに行くことだけど、大阪ではポルノ映画を見る意味になるというネタがありましたな。

 閑話休題、先に結論を書けば、二本とも非常に面白く鑑賞し、時間があっという間に過ぎました。もっともそれは、映画としての出来の善し悪しを云々するというよりも、「歴史の史料として」非常に面白かったということなので、映画ファンの方からすれば邪道な感想かも知れません。ただ、史料として見るならば、コマ送りでじっくり見たい所で、映画館で一通り見るだけではかえって欲求不満が溜まる感もないではありません。
 以下うろ覚えですが、個々の映画について印象に残っていることをつらつらと。

 まず、戦前の日本最大の電力会社であった(最大の民間企業でもある)東京電灯のPR映画「姿なき姿」について。小生は電力業の歴史にも少なからず関心がありますので、この日見に来た最大の理由でもあります。
 昭和初期の日本の電力は水主火従(特に東京電灯は水力依存傾向が強かった)でしたので、大規模な水力発電所の映像が続々と流れ、インフラ好きにはたまりません(フーヴァーダムの迫力には残念ながら負けますが)。火力発電所も紹介され、確か「お化け煙突」の千住火力も出てきましたっけ。
 このような大規模な水力発電所を建設するには、まず山を切り開いて資材運搬手段を講じねばなりません。今なら道路でトラックですが、戦前のことですから軽便鉄道を敷設して建設資材を輸送します。その模様が数多く出てくるので、画面から目が離せません。そもそもこの映画自体、軽便の機関車が大写しになって始まっています(文脈がちょっと分かりにくいのですが)。
 その中で、確か大井川の開発だったかと思いますが、橋を架けて川を渡る軽便鉄道の背後に、もう一本川を渡らない別な線路があって、二本の列車が同時に走っているという、模型のレイアウトのような情景がありました。あれはどこなんだろう。
 映画の最後は、冬の送電線を守る作業の大変さを写しています。新潟県や長野県から山を越えて東京まで延びる送電線を、雪をスキーで乗り越えて保守するのですが、ナレーションでは、食料を運び上げておいた山小屋に冬の間中こもって保線員は作業をするとのことでした。大変な作業であることはもちろんですが、この地域の住民にしてみれば、降雪で農作業が出来ない時期の間じゅう衣食住東京電灯持ちの賃金仕事というのは、合理的なものだったのかも知れないとも思われました。
 映画では、電気が産業や生活に不可欠になっていると強調するシーンがあり、そこで流線型の電気機関車・EF55が疾走しているのはよく分かるのですが、電気の使用例として「劇場照明」が挙げられているのが、何だか突飛な例に思えました。しかもその劇場、羽根をつけたおねいさんたちが階段で隊列をなしてダンス・・・ヅカか。いや、東京電灯だから東京宝塚劇場? というところでやっと気づいたのですが、1935年当時の東京電灯社長は小林一三だったのでした。成程。

 「支那事変後方記録 上海」の方は、日中戦争初期に占領された上海の模様を撮影した宣伝映画です。しかし一見しては声高なプロパガンダ映画ではなく、むしろ淡々と戦闘が終わった上海の情景を描写しています(そのように作られています)。
 これは盛りだくさんで、市街戦の跡であるとか、揚子江(の支流)に浮かぶ各国軍艦、航空機の出撃前状況や防空戦闘の説明など、陸海空すべての状況が盛り込まれています。市街戦では、共同租界との境界線にあったことを利用して、国府軍が最後まで抵抗した有名な倉庫の状況が分かります。市外だけでなく、郊外で激戦が展開されたクリークの様子も映し出されます(この戦闘に関しては、以前紹介した『第百一師団長日誌』が良い史料になります)。軍艦関係では、連装砲塔を4基備えたイタリア巡洋艦(多分。連装砲塔の二門の砲の間隔が狭いので。実は仏艦の見間違い?)や連装砲塔3基備えたイギリス巡洋艦(多分)が大写しになりますが、艦名が分からない辺りが我ながらヘタレでありました(ご存じの方がおられましたらご教示下さい)。

 雑駁な感想ですが、「聖戦完遂」的なスローガンの単純な連呼ではなく、むしろ戦闘の過酷さを示唆させるような、そんな印象を受けます(そのため現在でも尚鑑賞に堪える作品となっているのでしょう)。兵士の戦死した地点に、木柱に「誰それ戦死之地」と記した慰霊碑を建てた情景が、随所に織り込まれています。市街戦に関して、「世界に類例のない激戦」といったようなナレーションもあったかと思います。
 実際、第1次大戦の陣地戦の経験を積んだドイツから導入した技術を活用し、中国軍としてはもっとも装備も練度も高い部隊が投入された上海戦は、大変な激戦であり、日本軍もその突破には様々な工夫と大きな犠牲を必要としました(詳しくは上掲リンクの『百一師団長日誌』参照)。その直後の第2次世界大戦の奔流の中で霞んでしまいましたが、当時としては確かに、一時代を画した戦場であったのでしょう。そして、その激戦という背景があったからこそ、その直後の南京事件へと繋がっていくのです。
 で、あからさまな戦意高揚でない、むしろ犠牲の大きさや激戦を強調する、一歩間違えば厭戦機運にも繋がりかねない、この映画が当時の軍に許されたのは、一時代を画した戦場ということを軍も感じていたからなのかも知れません。これは全くの思いつきですが。

 ところで、やはりプロパガンダ映画といえば、子供の扱いが大事ですね。この映画でも例に漏れず、子供が登場します。それもご丁寧にも、在上海在留邦人の子供と、中国人の子供と、両方を写しています。
 また、動物も同じような、プロパガンダの道具として使われるものでしょう。平和の演出に有効ですから、犬猫もこの映画に何度も登場したかと思います。ですがその中で、海軍陸戦隊の水兵さんが犬を連れて出かけるシーンがあったのですが、どういうわけかその犬、四本の足を全力で踏ん張って、首輪につけた縄を引っ張る水兵さんにちっとも従わないのです。映画だということで無理に引っ張り出されて不機嫌だったのか、はたまた抗日精神旺盛な愛国犬だったのか。

 さて、この「支那事変後方記録 上海」はDVD化されているようです。小生、この映画もできればコマ送りで見たい、さっき書いた巡洋艦の他にも、鉄道に関するシーンで復旧した駅に列車が入ってくる、その機関車がどうも大陸に送られた1435ミリゲージ改造9600形のような気がして、他にも確認したい所は多々ありましたから。で、アマゾンで見つけてちょっと覗いてみたのですが・・・
 同じシリーズで「南京 戦線後方記録映画」というのもあります。これにアマゾンでつけられたカスタマーレビューの酷いこと酷いこと。日本軍公認の映画を根拠に「虐殺事件はなかった」と言い切るというその神経は信じがたいものです。当然その映画に何を写すかは、軍の意向が反映されないはずはないですから(完全に意嚮そのまま、ではないにしても)。史料批判ということを知らないのでしょう。
 興味深いのは、「南京」については8件のレビューがあるのに比し、「上海」には一つもないということです。これは虐殺まぼろし説を批判している側にも言えそうな問題点ですが、上海があったからこそ南京もあったわけで(映画も上海・北京・南京と三部作になっているそうで)、その関係は念頭に置かねばならないでしょう。南京だけが歴史の中に漂っているわけではないのですから。そして、映画やその制作者の評価はまた別でしょう。

 で、その「上海」をアマゾンのページを改めて見ると、驚くべき発見がありました。これは経時的に変わるかもしれませんので、画像の形で取り込んで示します。以下の画像をご参照下さい。
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 ・・・・・・。

 「類似した商品から提示されたタグ パンツじゃないから恥ずかしくないもん

 もう詳しく解説する気はありませんので、意味の分からない方はご自分で検索してください。
 結局、「南京」は南京事件ということでしか興味を抱かれず、「上海」は趣味の偏ったミリヲタのみが関心を示したということになります(「南京」の「類似した商品から提示されたタグ」には、「チャンネル桜」が出てくる)。
 ・・・なるべく本はアマゾンではなく、神保町で買いたいと思います。

 嗚呼、昔の映画を見て面白かった、ということを書きたかっただけなのに、何でこんなハナシになってしまうのでしょうか。亀山監督、申し訳ありません。
 最後ぐらい真面目にまとめれば、映像資料の活用については、歴史学の研究はまだあまり多くを蓄積していない、現状のごたごたはそれ故の一時的な(将来解決せられるであろう)問題である、そう信じたいものです。
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by bokukoui | 2008-12-27 23:55 | 歴史雑談

昨夜の渋谷界隈~「12・23クリスマス粉砕デモ」観察記録

 今日はクリスマスイブですが、クリスマスといえばヴァレンタインデー・ホワイトデーともども毎度お馴染み古澤克大書記長の「革命的非モテ同盟」のデモの季節です。
 今年は書記長のデモの件がヤフーのニュースでも報じられ、ついでに「昨年の様子」ということでヤフーから当ブログの昨年の「クリスマス粉砕デモ」の記事にもリンクが張られ、アクセス数がどえらい数になっておりました。二日で元に戻りましたが。
 ちなみに小生がそのことを知ったのは、突然書記長が小生に電話してきて「ヤフー見てみ」と嬉しそうにご注進してくれたからであり、別にアクセス解析で気がついたわけではありません。しかしあの当ブログの記事、書記長が去年やらかした plummet 先生への贈賄騒動についても報じていたから、大概の人が忘れた不祥事を発掘する効果もあったんじゃないかと・・・

 というわけで、クリスマス関係の暇ネタを探している一部マスコミにとって、実は結構報道価値を認められるに至ったらしい(これは考えてみれば大したことです)書記長のデモが23日に行われましたが、小生は翌日ゼミ報告を控えており、多忙に付きブログ記事執筆は困難と思われました。が、秘密工作員トダ氏からのタレコミ等により、今年もデモに関する情報をまとめてお届けします。

 今年のデモは、場所こそお馴染みの渋谷でしたが、時間が夜19時という、そもそもデモなんかあまりしなさそうな時間帯でした。書記長曰く、昼間は右方向の方々が街宣活動をしているため、警察との調整の結果こうなったのだそうです。
 かくて日もとっぷり暮れた夜19時過ぎ、宮下公園には30人に近い人が集まっておりました(「主催者発表」は60人)。更に数名のお巡りさんと、取材陣も何人かいたそうで。
 今回はヤフーの宣伝が効いたのか? 人数もこれまでになく多めで、新顔の方も何人もいたのは慶賀の至り。去年はフランス人取材班が来ていましたが、今年もその際に来ておられたフランス人留学生の方が今年も来ておられました。更に、古澤書記長ともども革非同デモに当初から参加されていたGonzalezさんが今回も横断幕を用意しておられましたが、そのGonzalezさんが同志(?)のポーランド人の方を伴われておりました。国際色豊か。
 去年のデモでサンタにガスマスクの格好だった方は、(※追記:別の方だったそうです。訂正します)今年は着ぐるみで登場され、また外に女装ハルヒコスがいたりパンクファッションがいたり、彩り様々だったようです。まあ、女性はいなかったわけですが(身内の見物人にはいた由)。
 また、以前から何度か参加されていた、ファシスト団体「黒い旅団」(都知事選で名を馳せた外山恒一のファシスト団体「我々団」と東京支部が、外山氏の九州への拠点移動に伴い独立した団体)の山田惣氏も参加。元自衛隊員というのは、「ファシスト」としては筋がいいですね。

 自衛隊といえば、書記長の自衛隊時代以来の友人の方が持参された、差し入れの日本酒を開け、デモ隊は気勢を上げます。
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乾杯の音頭を取る書記長

 そんなこんなでそろそろ人も集まってきた所で、トラメガを取って書記長がアジ演説を行い、場を盛り上げます。
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アジ演説をする古澤書記長 トラメガを支えるのはGonzalez氏

 アジ演説は格好が大事で中身はどうでもいいので、内容の紹介は省略。というか情報なし。
 更にデモ開始まで時間が多少あったため、数名の有志がマイクで一口演説を。Gonzalezさんは秋葉原通り魔事件で今年は「非モテ」が注目を浴びた年であった旨を語られ、また山田旅団長も一席語られたかと思いますが、そこでGonzalezさんが「ポーランド人が来ている場でファシストは如何なものか」と突っ込むと、山田旅団長「ピウスツキー将軍万歳!」なんてネタをやって更に突っ込まれておったとか何とか。

 そうこうするうちに時間となり、デモ隊は宮下公園を出発します。
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宮下公園を出発するデモ隊

 今回、秘密情報員の扱ったカメラの性能の限界上、写真の出来があまり宜しくないことはご諒承下さい。一応以下の写真はクリックすると拡大表示します。
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渋谷公園通りを堂々下るデモ隊

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同じく渋谷公園通り 店の照明とイルミネーションの中を行進

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丸井の前を進むデモ隊、祝日で繰り出している群衆の注目を浴びる
(写真が暗いのはご容赦下さい)

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109前にて、群衆(カップル多し)の注目を浴びる
携帯電話でデモ隊の写真を撮る人も続出
(この写真は拡大表示しません)

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ハチ公前を行くデモ隊

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渋谷駅東口交差点を行くデモ隊

 かくてデモは無事に終わり、宮下公園にデモ隊は戻ってきました。
 今回のデモでは、書記長が風邪気味で不調との由で、Gonzalezさんがメガホンを握ることが多かったと仄聞しますが、また他にも交代でシュプレヒコールを上げていた方もおられたそうですが、全体としてシュプレヒコールに勢いがあり、なかなかいい感じのデモというのが終了後の声でした。沿道の反応も悪くはなかったようで、無視されることは一番辛いわけですから、カップルの話の種にでもなっていれば上出来でしょう。携帯電話などで写真を撮っていた人は相当数いました。
 夜にデモをするというのもあまり例のないことではないかと思いますが、これもむしろ人出が多い時間帯に当たって良かったとも。また、声は夜の方が通るのかも知れません。今後も夜にデモをやるとすれば、電飾でも導入できれば更に宜しいでしょう(笑)
 というわけで、デモ終了後の情景。
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デモ終了後の模様
左から山田旅団長、Gonzalez氏、古澤書記長

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報道陣から取材を受ける書記長

 今回は報道陣も何人か来ており、また、遠巻きにデモを観察している連中も数名いたとのことです。何でも東スポにこのデモの記事が翌日掲載されていたそうで、また某テレビ局関係で何かの材料に、ということで撮影に来ていた人がいたそうです(「非モテ」よりは、秋葉原事件関係か労働問題にむしろ軸足があったようです)。
 ネット上のこのデモに関する記事としては、現在発見できた所では

・うらたん「渋谷でクリスマス粉砕デモ!非モテ同盟」
・ムキンポのはてな日記「12・23クリスマス粉砕デモ&忘年会」
・chez sugi「The First of the Three Spirits」
・Wild Flowers「クリスマス粉砕デモ」


 があります。
 またこの翌日、24日に高円寺で、「素人の乱」主催のクリスマス粉砕デモがあったそうで、Gonzalezさんほかそちらに参加された方もおられたようです。

 その後の忘年会では、種々の話題が議論されたものの、例によって例の如く、「非モテ」の話はほとんどされなかったとか何とか。秘密工作員の情報では、「中世から近代に至る多摩の歴史」などが論じられていたということです。更にはこの居酒屋にいたデモ関係者中、カップルが二組いたという反革命的な情報も寄せられております。
 また、書記長が先日ネット上で発表し、一部で絶賛?された卒業論文(前半後半)も話題に上りました。もっとも、この論文については本年4月に書記長周囲で輪読&討論会をやった(ここでいう「査問会」)ため、論文そのものよりはネット上の意外な反響についてのものが多かったようですが。
 書記長が論文をネットに載せたので、4月の討論会の内容についても、近日中に何らかの形でご興味を抱いた方が読めるような環境を整える予定です。詳細はそのうち。

※追記:討論会(合評会)の内容をアップしました。こちらへ→合評会本篇補遺と解説
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by bokukoui | 2008-12-24 23:38 | 出来事

ミニシンポ@地下鉄博物館「東京の地下鉄の歴史と都市交通」聴講記

 今日は新幹線の初代車輌・0系が記念運行も終わって完全に引退した日だから(参考ニュースリンク:こちらこちら)なのか、Googleのトップ画像が↓
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なんて風になってまして驚きましたが、それなりに鉄道の歴史が世間の人々の耳目を惹くようになってきているのでしょうか。0系の車輌は確か鉄道博物館に収められると聞いていますが(現在あるのはカットボディのみ)、何せ走行できる路線が限られている以上、動態保存や復活運転は多分不可能でしょうね。蒸気機関車なら、とりあえずレールさえちょこっと引けば、「動かす」だけは出来ますが、電車(しかも交流25000ボルト)ではそうも行きません。可能な限り鉄道車輌は動く形で保存するのが望ましいのですが・・・。

 というわけで、新幹線やグーグルとは何の関係もありませんけれど、鉄道への広い関心?ということで、表題の如きシンポジウムというか講演会が地下鉄博物館という公開の場で先月開かれました。小生それを聞きに行っておりましたのですが、諸事に追われて2週間も経ってしまいましたので、いい加減忘れたり資料を亡くす前に記録を記しておきたく。
 このミニシンポとは、交通史学会が例会を兼ねて企画したもので、詳細はリンク先を参照していただくとして、要点を抜粋すれば以下の通りです。
テーマ:「東京の地下鉄の歴史と都市交通」

鈴木勇一郎 氏
「戦前東京の地下鉄計画」 

久多羅木吉治 氏(東亜建設工業株式会社 技術部長) 
「東京圏における高速鉄道の歩みと未来」
 鈴木勇一郎さんは、以前歴博フォーラム「旅-江戸の旅から鉄道旅行へ-」にて、「近代日本のおみやげと鉄道」という、とても楽しい講演をされた方です。
 さて、小生は交通史学会の会員ではありませんが、たまたま研究室に告知のハガキが貼ってあってこれを知り、、地下鉄博物館にて公開で行う、というのであれば、そして鈴木さんの講演であれば、これはと思って聞きに行った次第です。幾人かの友人にも本件のことを伝えておいたところ、2名の同道者も集まり、子供の頃以来行ったことがなかった地下鉄博物館に足を運びました。
 交通史研究会の会員は、申し出れば無料で入館できたそうですが、我々は非会員なので210円払って入館します。で、講演開始までに博物館を見学・・・というほど時間がなかったので、とっとと講演会場に。
 交通史学会がどれほど会員がいてどの程度活動しているのか、小生は全く存じませんが、例会となればそれなりの人数が来ているだろうと思ったところ、案外少なくて30人ほどでした。ということは我々が1割・・・来場者はやはり年齢層の高い男性が多かった気がしますが、趣味者なのか若めの方もおられましたし、またどういうわけか、こういう場所ではあまり見かけないうら若き女性3人連れがいました。

 閑話休題、講演の内容をかいつまんでご紹介しましょう。

 まずは鈴木勇一郎さんの講演「戦前東京の地下鉄計画」です。
 この講演の概要は、日本最初の地下鉄を実現したとして名高い早川徳次の東京地下鉄道は、東京市を含めた様々な地下鉄計画の中の一部を担っていた存在であるということ、結果的に東京地下鉄道は東急を築いた五島慶太の傘下に入りますが、それは五島の私利私欲だけではない五島なりの交通調整(様々な交通機関や事業者が入り乱れると、混乱して効率が低下し利用者の不便にもなるので、政策的にそれを調整すること)の考えがあったこと(しかし結局東京の交通調整は営団が出来たのみ)、といった辺りにあります。以下箇条書き。

・戦前東京の地下鉄は、早川徳次を中心とする東京地下鉄同の物語としてもっぱら語られ、五島慶太の東京高速鉄道と新橋で争い、遂に乗っ取られる経緯はかなりよく流布した話である。しかしこれは、東京の地下鉄の中では一部の話に過ぎない。相対化の必要がある。
・この講演では、地下鉄だけでなく、明治から蓄積されてきた様々な都市交通を語る。その際、市内・郊外交通の関係と、経営体のあり方という二つの視点から俯瞰する。問題提起的な話。

・東京史における市街電車の成立は、1903年の東京馬車鉄道・東京市街鉄道・東京電気鉄道の三社が誕生したことによる。この三社がまもなく合併して東京鉄道になり、1911年に市有化される。
・これらの市街電車はしかし、市内交通機関にとどまらない性格を有していた。東京電気鉄道は当初川崎電気鉄道と称し、信濃町から渋谷、中目黒、池上を経て川崎に至る路線を構想していた。市内と郊外の直通連絡を志向していたのである。しかし、結局それは実現せず、当初の構想は忘れられて旧市内に閉じこめられ、市電に取り込まれて市内交通になってゆく。
・東京の郊外私鉄については、東京市の市営主義で郊外私鉄が山手線より内側に入れなかった・・・と良く云われるが、東京市に鉄道の免許権限はない。許認可権を持っているのは国で、市は牽制はするが、国は時として免許を与えた。しかし国の方針は揺れ動き、都市交通も振り回される。

・川崎→東京電気鉄道の計画を実質的に引き継いだのが渋谷~横浜の武蔵電気鉄道(1906計画:後の東急へ繋がる)。しかしこの電鉄は高速鉄道(路面電車ではない、専用軌道を有する電車)を志向したため、路面電車と規格が異なり、そのままでは市内直通が困難に。
・1914年に武蔵電気鉄道は市内有楽町への支線を出願し、それは地下式か高架式として、明確に高速鉄道による乗り入れを志向。
・1919年には利光鶴松らの東京高速鉄道(後の五島による地下鉄とは別)が、市内・郊外の半環状線・新宿~小田原の路線を出願。これは市内の計画が却下されて、残りが現在の小田急になる。従来、市内の出願はダミーともいわれてきたが、市内と郊外を一体化した交通ネットワークを志向していたのでは。
・同年、ロンドンを調査した早川徳次等による地下鉄出願。

・一方、1917年には鉄道院主導で東京市内外交通調査会が作られて、東京における高速鉄道計画を策定、私鉄に地下鉄免許が下りる。
・しかし、1923年の関東大震災後、国の政策が転換し、計画が進んでいた東京地下鉄道以外の私営地下鉄の免許を失効させる。代わって市が1926年に免許を獲得。その翌年に、最初の地下鉄・東京地下鉄道が上野~浅草を開業。
・ところが、東京市は起債の許可が政府から得られず、建設資金調達の目処が立たなくなった。そのため、民間から再び参入の動きが出、東京高速鉄道が東京市の免許路線の一部を肩代わりして建設することを要望し、1932年に一部免許を譲受。

・東京高速鉄道の経営を五島慶太が実質的に掌握し、巷間よく知られる東京地下鉄道との対立へ。新橋でぶつかった両線が、乗り入れを巡り衝突。
・割り込まれた東京地下鉄道は、明治時代から市内直通を画策していた京浜電気鉄道(現京急)と共同し、京浜地下鉄道を設立。品川~新橋~浅草の相互直通を構想する。このため、当時の京浜の電車は、第三軌条集電方式である地下鉄用の、コレクターシューが取り付け可能の構造になっていたといわれる。
・そこで五島は「強盗慶太」として東京地下鉄道・京浜電鉄とその関連会社を乗っ取り。これは市内・郊外の統合的運用を意図した、事実上の交通調整となっていった。同じ頃、イギリスではロンドン交通営団が組織され、都市交通が一元管理されていた。

・1932年、東京市の市域拡張(大東京:現在の23区の範囲に)。これにより、広がった市に相応しい交通が必要に。
・大東京の交通調整では省線が重要な要素であったが、その参加が交通調整のネックになった。
・1938年、各地の交通調整を進めるために陸上交通事業調整法成立。交通事業調整委員会を設置。
・その委員会の検討では当初、帝都交通株式会社という半官半民の経営体による統一が検討されたが、結局郊外は地域ブロックごと、旧市内は地上交通を東京市、地下鉄を特殊法人に統合することとなる。帝都高速度交通営団が設立され、私営の地下鉄(計画)も市の計画も、全てを継承した。

・戦後、郊外と市内交通の関係は、相互乗り入れの促進によって改良された。一方経営体の問題は、東京都が戦後、地下鉄を営団へ渡したのは戦時中でやむを得なかったからだと主張しだし、複雑な関係が続くことになる。


 引き続き、久多羅木さんの講演です。久多羅木さんは元々営団地下鉄で長年建設に従事され、交通計画やトンネルなどがご専門なのだそうです。そして営団を辞めて、今は建設会社に勤めておられる由。
 さて、久多羅木さんの講演は、理系だからというのか、パワーポイントによる上映画像が多く、しかしそれはレジュメの形では配布されませんで、またお話全体も多岐に渡って、こういった「講演」の形式にあまりお慣れではなかったのか、話を一本の線でまとめて以下に述べることが難しいので、小生が取ったメモの中から興味深いトピックを箇条書きで列挙していきたいと思います。

・地下鉄の定義はややこしい。ここでは主として地下を運行している事業者の路線、くらいの意味とする。世界最大はロンドンとされるが、地下区間だけを取り上げれば東京は約270キロで世界最大。ちなみに地下第2位はソウル(約260キロ)で、ほとんどの区間が地下。

・東京の地下鉄ネットワークは、世界に例のない特徴を幾つも持っている。相互直通はその一つで、適切な英語の訳語がない。これは日本人の緻密な性格やソフト面のきめ細やかさによるものか?
・また、地下鉄を地上の電車と同じ、20メートル級10両編成の大規模な列車が走るのも割と珍しい。東京では、都営12号線の車輌が他の路線よりも小ぶりだが、あれくらいが地下鉄車輌の世界標準。

・東京の高速鉄道網の整備には、震災と戦災が大きな転機になった。また、1962年の都市交通審議会6号では、地下鉄計画が大幅に郊外に延伸され、郊外との連絡が図られた。

・地下鉄を作る上では、特に建設規格が重要である。(具体的に、トンネルをの掘り方がどのように変わってきたか、図を出して詳しい解説があったのですが、それは残念ながらここでは述べられません。建設中の面白い写真も色々あったのですが・・・)
・地下鉄は排水などの都合上、水平な線路を造ることが出来ない。最緩勾配は2パーミル。
・地下鉄の経費は高い。在来線を東京から下関まで作る費用で、新幹線は名古屋までしかできないが、地下鉄は横浜までしかできない。

・昔、「牛の乳の出が悪くなる」と鉄道建設反対運動があったというが、地下鉄でも反対があった。麻布付近で反対があり、その地域は都電廃止後鉄道がなく「陸の孤島」となった。その後南北線を作ることになって地元に行ったら「反対したのは親爺の代だから、宜しく」といわれた。
・地下鉄建設の問題は、開削工法の場合周辺への影響が大きいこと。そこで周辺への影響が少ないシールド工法が採用されるように。千代田線は20%をシールド工法で作ったが、有楽町線は66%。その後の路線は大部分シールド工法。

・今年開通した副都心線について。副都心線は従来と異なるコンセプトであり、千代田区付近を通らず、副都心の大ターミナルを貫通している。
・郊外から地下鉄に直通した電車が、地下鉄に乗り入れると遅くなるというのを解消するため、副都心線では速達制を重視し、東西線程度の表定速度を確保した。これには平行線の存在もある。
・また、他線との乗り換えを便利に、なるべく歩かずに済むよう工夫した。

 他にも色々あったのですが、図なしでは上手くお伝えできず残念です。余談ですが、昔の鉄道反対云々は怪しいという話(鉄道忌避伝説)はこの本で説明されておりますが、大体その伝説では「宿場が衰退する」「火の粉で火事になり、蚕に悪影響」なのであって、「牛の乳の出が悪くなる」というのは新説な気が。日本では牧畜が盛んではないし、大体コールドチェーンがなかった昔は、牛乳用の牛は町中かせいぜい郊外で飼っていたのではなかったかしらん。
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質疑応答時の会場の様子

 閑話休題、質疑応答の要点は以下の通り。

 まず、司会の早稲田の山根講師が問題提起的な指摘を幾つか。
・早川徳次への影響、震災復興など、後藤新平の存在が大きいのではないか。20世紀の初頭は世界的な都市論ブームで、留学した官僚が欧米の情報を持ち帰っている。後藤もそれに関係。
・地下鉄に於いては、土木技術と同時に電気技術が深く関与している。長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか。現在でも電気技術は重要。

 これらについき、講演者の回答。

久多羅木さん:地下鉄の技術は安全性を重視し、戦前の打子式ATSにはじまり、新幹線より早く日比谷線でATCを導入している。そういった先進性がある。

鈴木さん:後藤の話をしなかったのは、東京の都市計画の中でその話は既に語られており、それとは違う話を今回したかったため。地下鉄については早川の話も以前から有名であるが、五島や早川や東京市を並列的なプレーヤーとして扱ってみた。
 震災以降の、国の地下鉄政策の方針転換(私営容認→市営)は、後藤の影響の可能性はある。
→(山根):後藤はアメリカと縁があり、ニューヨークを真似て市政調査会を作った。都市の拡大を問題視せず、大都市でいいんだ、という開き直りの都市行政となっていくのではないか。それを主導するのが技術官僚で、彼らを支えた一人が後藤。

 続いて、会場から出た質問。

・90年代に営団民営化の話が出てから、副都心線の構造が変わったようだが、その辺りの背景は。
→(久多羅木):営団の民営化は営業状態と関係なく、特殊法人改革の一環として行われた。営団民営化という決定自体は、閣議決定では4、5回されている。民営化の結果、白金付近は複線になった。

・帝都交通株式会社とはどのような構想か。
→(鈴木):各私鉄と省線を含めて会社を作ろうとしたが、省線参加が大きな問題になった。

・東京市としても地下鉄の位置づけが不明確。
→(鈴木):地上の交通(路面電車)から高速鉄道に移行すべきとは認識していた。だから経営も引き続き市が行う、という発想を持っていた。

・地震の際、地下鉄にいたらどうすればよいか。
→(久多羅木):地下鉄の構造物は、大地と共に揺れるので、地上より相対的に安全。自分なら地下鉄に避難したいくらい。但し怖いのはパニック。

・東京の地下鉄建設が終わったら、技術者集団はどうなるのか。トンネルの多い新幹線などに転身するのか、海外に打って出るのか。
→(久多羅木):今後も大深度地下は活用されるだろう。

 この辺で、時間いっぱいになりました。
 なかなか面白い話でした。個人的には、やはり歴史的な方向に関心が向いてしまいますが、久多羅木さんの建設秘話的な麻布地区住民の声は興味深く、こういう話をもっとたくさんしていただければ、と思わずにはいられませんでした。
 歴史方面でいえば、山根さんの「長距離送電技術の実用化が地下鉄を可能にしたのではないか」というご指摘はなかなか面白いと思いました。ただ、長距離送電の実用化それ自体がもたらすのは、端的に言って電力の価格が低下するということですが(供給量が増えるから。また、大規模な水力発電は、将来の需要増を見込んで作られるため、建設当初はどうしても余剰電力が生まれる。そのため電力会社は余剰分を安売りして電力需要を開拓しようとするので、電力の活用が進む)、電力が安くなるだけでは地下鉄建設の強いインセンティヴになるのかどうか。地下鉄の運営に際し、電気代が直接的にどこまで重要かは検討が必要です。むしろ、社会での電力の活用が進むことで、電気産業全体が栄えるという間接的な形で関与しているのではないかと思います。電力会社と鉄道会社は、資本・技術・経営の各面で関係が深いので、この方向はもっと追求されるべきと小生は考えています。
 東京の交通調整について、鈴木さんの講演では鉄道省の行動の経緯がやや弱いと感じました(と、ご本人に後で言いました)。なかなか分かりにくいのは確かなのですが。しかし、当時の交通調整委員会の議事録など読んでも、省線は都市交通で重要な存在なのに、交通調整への参加を渋り、「線路が繋がっていて駅も共用しているから、新法人には出資できない」と主張したり、出資するにしても運営は鉄道省が委託という形で行う、と主張したり、揉めています。結局委託では見目の前を通り過ぎただけで意味がない、と委員会で一番文句を言っていたのは堤康次郎でした(衆議院議員の資格で参加)。
 鉄道省は巨大な現業部門と、交通事業の監督部門とを同時に抱えており、しかも都市交通上重要な存在なのに、現業部門の中では「全国の交通体系が国鉄の任務であって、都市交通はおまけに過ぎない」と軽んじられ、その捻れが、おそらくは戦後に至るまで様々な問題を引き起こした(反って良かった面もあるかも知れませんが・・・)といえます。そして東京市(→東京都)は、自分こそが中心と自負してみても、結局自分の力では出来ずじまいで他の当事者から経営能力を疑われたり。実際東京の都市交通は、市や都の範囲を超えているわけですが。
 となると、世界に比類なき相互直通運転の発達も、こういった戦略レベルでの当事者のごたごたを、現場の作戦レベルで解決しちゃった・・・という、ある意味「日本的」なことだったのかも知れません。そしてそれに協力的だった、満員電車の乗客の存在と。 
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by bokukoui | 2008-12-14 23:36 | 鉄道(その他)