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割と普通に本の話

 大学の前の古本屋が五月恒例の2割引セールをはじめたり、またバイトの用事で中野に行ったのでついでにまんだらけの本店に行ってみたり、先日出先で立ち寄った古書店で手元においておきたいと思った本を見つけ、相場をネットで調べたら市場にあまり出ていなくてバカ高く、立ち寄った店の値段はその三分の一以下だったということが判明して早速出かけて押さえたり、と箍が外れたように本を買っています。読む時間も大してないのに。
 いろいろ出かけるついでに、久々に京急の快特に乗って品川から横浜まで移動。品川の跨線橋を渡る時に、下を成田エクスプレスが同じく横浜方面へ向けて走り去っていきましたが、鶴見の駅を過ぎて京急とJRの線路が接近した附近で再会。一旦快特が速度を緩めて並びかけたかと思った瞬間、快特は再び猛然と加速を開始し(絶対わざとやってる)、たちまちのうちに成田エクスプレスを彼方へ置き去ってしまい、ついでに横浜駅の直前でのろのろホームへ入る横浜線直通の桜木町行きも追い抜いて横浜到着。愉快なひと時でした。

 さて、本の話題ついでに最近読んだものすごくどうでもいい本の感想を。

 もう随分前ですが、この記事を書くときに発見してしまった本(正確にはその続篇)をネタで買い込んだという話を書いたのですが、この本を未読本の山に積んでおいたところ、サイズが小さいのでバランスを崩す危険性が高く思われ、さらに先日の展示会で相変わらず頭の中がヨーロッパ近世史・ハプスブルク家(オーストリア家限定)万歳モードになっていた小生はつい手に取ってしまったのでした。
 という次第で引野利秋/ポチ加藤『大陸の女戦士 ヴェルメラント戦記』フランス書院を読んで思ったこと。

 ・・・あ、いやね、もうグスタフ・アドルフ以下三十年戦争の人物を女性化してエロ小説にするという発想自体を云々してもしょうがないし、考証がどうこう突っ込むのも野暮というか無意味としか言いようがないわけですよ。ただ地形とか状況設定とかまんま17世紀欧州過ぎて、もうちょっといじってみろよと言いたくはなりますけど、それもまあもうどうでもいい話です。
 エロ小説としての問題は、登場人物をあまりに多く女性に偏らせたため、道具に頼ったレズ描写ばかりでいまいち盛り上がりに欠けるという点です。いやその辺は個人の好みなのかもしれないけど。
 それでも引っかかるのは、「自称、軍事統計分析者」が書いた割には、なんか三十年戦争っぽさがあんまりないというか、戦争関連の描写を読んでいると第2次大戦みたいな感じがしてしまうのです。ロシア(にあたる物語中の国)がスウェーデン(にあたる物語中の国)に攻め込んで、フィンランド(にあたる物語中の国)で戦うという場面がありますが、なんかこの辺まんま梅本弘『雪中の奇跡』じゃない? この本はとても面白い本で、戦闘描写は精細だけど、第2次大戦における冬戦争(1939~40の第1次ソ芬戦)の本ですよあくまで。
 ちょっと引用してみましょう。
 そこで彼は正面のフィンランド軍陣地を迂回するために狙撃兵部隊を湖の氷上に繰り出した。この何の遮蔽物もない場所で、彼らは湖の縁に布陣するフィンランド軍の機関銃と狙撃兵の火線に捉えられ、何個中隊もまとめて皆殺しにされてしまった。
(『雪中の奇跡』p.101)
 ・・・正面の敵陣を迂回しようと湖の氷上を渡りかけたガルダシア兵は、湖の縁に布陣するスオミ兵の火線に捕らえられ、何個中隊もまとめて皆殺しにされた。
(『大陸の女戦士 ヴェルメラント戦記』p.78)
 うわーよく似てるなー(棒読み)。
 すぐネタが割れるような真似すんなよ。

 三十年戦争の時代の割に、何故か2次大戦ネタとか20世紀の戦史ネタを詰め込んでいるようなところがちぐはぐでいかんですな。グスタフ・アドルフ役と宰相のウクセンシェルナ役、ヴァレンシュタイン役にモンテクッコリ役、なぜかミハイル・ロマノフ役にクロムウェル役(これらは男)がこのエロ小説には出てきますが、他にはそれっぽいのが出てこないのが残念です。トルステンソンもバネールも、マンスフェルトもティリーも、パッペンハイムもガラスも、クリスチャン・フォン・ブラウンシュヴァイクも出てこないのは寂しい。続篇があれば出てくるのかな? 前編には出てたのかな? 話としては肝心の三十年戦争への介入にまで進んでいないみたいだし。
 ただまあ、同情の余地がないわけではないのかもしれません。巻末あとがき紛いコーナーを読むに、登場人物の名が第2次大戦の米軍の提督由来ではないかと嬉々として指摘に及んだ投書を紹介しているのです。要するに日本の軍事マニアの興味関心を考えるに、彼らに世界史の教科書レヴェル以上の三十年戦争への知識を期待する方が無茶で、従って興味を繋ぎ止めるためにある程度2次大戦ネタを投入し、三十年戦争そのもののネタはその分抑制せざるを得なかったのかもしれません。
 しかしそれでも、本来「ネタ」を使うとすれば、知らなくても(専らエロ小説として)楽しめ、三十年戦争のネタを知っていれば随所でニヤリと出来る、そのような作品を書くことは不可能ではないと思われます。そこらへんを安直なネタで埋め合わせようというのは、いやしくも作家として、そして「自称、軍事統計分析者」として、怠惰であると言わざるを得ないのではないでしょうか。
 あとがき紛いコーナーに「前回のものに加えて以下の主要参考文献・・・」として挙げられているのが中央公論社の『世界の歴史』シリーズだったり、菊池良生『戦うハプスブルク家』だったり・・・一体前の巻ではどんな本を参考文献に挙げていたのかは気になります。ジェフリー・パーカー『長篠合戦の世界史――ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年』は流石に使ったんだろうなあ、『雪中の奇跡』は挙げてあるんだろうなあと、そこにだけは関心が湧きます。本文はもうどうでもいいですが。

 最後に。
 近世ヨーロッパ(的な世界)を舞台に男装の女性たちを活躍させたいとお考えの方にお勧めの文献があります。表題は『近世ヨーロッパにおける女性の服装倒錯の伝説』という感じでしょうか。
 小生も買い込んだはいいものの、洋書はついつい後回し・・・実質100ページ程度しかない薄い本なんですけどね。
※追記:この本は翻訳書が出版されました→
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by bokukoui | 2006-05-09 23:57 | 書物 | Trackback | Comments(2)

レイモンド・ローウィーと村田蓮爾、ペンシルヴェニア鉄道と『SoltyRei』

 正月に書いた積ん読本一掃プロジェクトの一環として、小島英俊『流線形列車の時代―世界鉄道外史―』を読了(実は一月くらい前ですが)。「流線形時代」などと呼ばれた1930年代を中心に、世界の様々な流線形の列車を取り上げた本です。話題が豊富でそれなりに面白い本ですが、豊富すぎて詰め込みすぎの結果、全体像が分からないような問題点もあります。
 つまり、本書は表題にあるとおり確かに「世界鉄道外史」なのですが、「正史」が分からないと「外史」の面白さは分からないし、読者にそれを期待するのは日本の現状では無理(日本の鉄道趣味者に国粋主義者が多いのか、日本語による世界の鉄道史の概説書というものは存在しない)である以上、個々のトピックを大きな歴史の流れにどう位置づけるかという記述は一定必要であろうと思うのです。
 そして、アマゾンのレビューにもありますが、文章は上手いとはいえないし、記述に曖昧であやふや箇所も少なからずあります。そりゃ知ったかぶりで書かれるより、「よく分からない」と正直に書くだけマシなのかもしれませんが・・・せめて日本関係の箇所だけでも、もうちょっと何とかできなかったのかな。そうしないと、他の箇所の信憑性にも疑義を挟みたくなってしまいます。実際、読んでて「?」な箇所も散見されましたし。
 文句はつけましたが、それでも世界の鉄道史に関する本が少しでも増えることは、大いに歓迎したいところです。

 さて。
 鉄道趣味者ですら関心を持つか怪しい本の話を書いても、当ブログ読者の大半の方には全く関心が湧かないでしょう。そこで、「オタク」方面の方々の目を惹くべく、無謀なタイトルをぶち上げてみました。
 レイモンド・ローウィーといえば、インダストリアルデザイナーの草分けであり、美しくシンプルなデザインで「口紅から機関車まで」手がけた人です。日本ではタバコのピースのデザインで知られていますが、他にもシェル石油のマークだとか、不二家のロゴなんかを創ったそうです。
 一方、村田蓮爾氏はその筋では有名なイラストレーターですね。雑誌の表紙なんかで見覚えのある方も多いのではないかと思います。
 ペンシルヴェニア鉄道とは、かつてアメリカを代表した鉄道会社です。ニューヨーク~シカゴを結び、看板列車のブロードウェイ・リミテッドは世界中にその名を知られた豪華特急列車でした。
 『SoltyRei』は現在木曜深夜にテレビ朝日で絶賛放映中のアニメ。「美少女SFミッドセンチュリーアクション」だそうです(どういう意味だ)。

 以上の四つのトピックで、三題噺ならぬ四題噺をやろうというのですが、まずは一番分かりやすそうな『SoltyRei』から入りますか。
 小生がこのアニメを見ているのは、そもそも園田健一先生(以下ソノケンと呼称)がメカデザインで参加していると聞いたからでした。『GUN SMITH CATS』で人生の方向がどっか間違った人間としては、これは見てみたいところです。そして、ソノケン同様村田蓮爾氏も「コンセプトデザイン」とやらで名を連ねていたのでした。
 で、村田蓮爾氏がデザインしていたのが、登場キャラクターの一人・女盗賊のローズが乗っているバイクなのです。氏のネームバリューゆえか、コスパがこのバイクをモチーフにTシャツを作っていて、それを見ていただくのが一番わかりやすいでしょう。

 ローズバイクのイメージ
※追記:リンク先消滅に付きローズバイクフィギュアのアマゾンのページにリンクを修正。

 さて、アニメの中でこのバイクを見た小生、なんとなく似たような乗り物を見たことがあるような気がしてならなかったのです。そして思いついたのが、レイモンド・ローウィーのデザインしたペンシルヴェニア鉄道の流線形機関車たちでした。「口紅から機関車まで」の機関車たちです。
 幾つか紹介していきましょう。まず、1914年試作、1917年から1928年までに400両以上も量産され、第2次大戦後まで一線で活躍していた名機K4形を1936年に流線形化したのがこちら
 ニューヨーク~ワシントンの電化区間で活躍し、ペンシルヴェニア鉄道(の後身の会社)が経営破綻して旅客列車がアムトラックに移管されても走り続けた、傑作電気機関車GG-1はこちら
 そして、K4の後継機として蒸気機関車の限界に挑戦すべく開発されたものの、ディーゼル機関車の普及で短命に終わった悲劇の機関車S1T1
 どことなく似てませんか?

 『SoltyRei』に出てくる自動車は、半世紀ばかり前のアメ車そのままのイメージで(ソノケンの影響と思いますが、或いは村田蓮爾氏のせいなのかは分かりませんが)、一般的なSFらしいデザインとは趣を異にしています。となれば、ローズのバイクだって四分の三世紀前のアメリカの機関車を元にしていることも、ありえないことではないように思われるのです。
 ・・・でまあ、この推測が正しいかはともかく、せっかく村田蓮爾氏にデザインしてもらったローズバイクなんですが、あんまり活躍の舞台がなかったような。いや、まだ数回放映があるので分かりませんが、どうなのかなあ?
 現在『SoltyRei』は、ソノケンデザインのパワードスーツ着用四人娘のうち二人があぼーんし、物語はいよいよ緊迫の度を加えておりますが、そんなことそっちのけでローズバイクの再登場を毎週祈念しているバカ視聴者がここに一人。
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by bokukoui | 2006-03-03 23:58 | 鉄道(その他) | Trackback | Comments(2)

第三海堡のコンクリート

 2月6日に買い、その時は「いつになったらこの本まで順番が巡ってくることやら」などと書いた『コンクリートの文明誌』を読了しました。「積ん読」本を床に平積みにしており、買った本を上に積んでいくため、後から買った本を先に読んでしまった次第。ああ、一番下の『機密日露戦史』に日の光が当たるのはいつのことやら・・・
 それはともかく、憑かれた大学隠棲氏お勧めのこの本はなかなか面白い本でした。コンクリートの歴史を通じて、コンクリートの研究者である著者のシヴィル・エンジニアへの思いが伝わってきます。扱われている題材が、新幹線の高架橋にコンクリート船、ナチのアウトバーンやフランスのマジノ線と、鉄道・軍事趣味者にとってはそれだけでも充分楽しめます。まあ、トピックがばらばらでやや纏まりがない、「文明誌」というにはちょっと厚みが少ないという嫌いもありますが(この本はどうも普通より厚い紙を使っているようで、見た目の厚さよりは「薄い」本のように思われます)。
 カバーは昭和30年ごろに作られた砂利コンクリートの切断面だそうで、なかなか美しいデザインです。というわけで記念写真を撮ってみました。
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 画像はクリックすると拡大します。
 本の左手にある円筒形のコンクリートは、東京湾に作られた要塞・第三海堡のコンクリートです。背景はCGで再現された第三海堡のイラストを載せた、斯界の権威・原剛先生監修の『日本の要塞』です。
 第三海堡についてはこちらの国土交通省のサイトなどを参照していただければ分かりやすいかと思いますが、明治時代に起工され、約30年かけて大正10(1921)年に完成した、東京湾の開口部に作られた要塞です。なぜ30年もかかったかといえば、海を埋め立てて人工島を作ったためで、そこにコンクリートで砲座や弾薬庫を設けたのです。
 ところが完成直後、関東大震災で人工島が沈下、用をなさなくなってしまいます。かくて第三海堡は要塞としては廃止され、戦後もそのまま放っておかれましたが、東京湾の船舶交通量が増え、また船舶が大型化してきたため、航路上の障害物として問題視されるようになってきました。そこで近年撤去作業が進められており、その際に陸揚げされたコンクリート設備の一部を見学することができます。小生もゼミ合宿の折、指導教官(戦史研創設者)に引率されて見学に行きました。
 実に立派にできていたコンクリートの建造物で、恐るべきことに継ぎ目が殆どなく、昼夜兼行でコンクリートを打ち込み続けたようです。敵艦の砲弾を喰らった際の損害を小さくするためか丸みを帯びた形状をしているものがあるのですが、木を曲げて枠を作ってコンクリートを流し込み、曲面を持った構造物を作っていたことが木枠の跡から分かります。実に丁寧に作られていたわけであり、実際人工島建設時に使われたケーソンはまだまだ使えるということで、どこぞに再利用したとか。

 さて、現在進められている撤去作業は、海に沈んだこれらコンクリートの建造物をクレーン船で吊り上げて回収し、人工島を浚渫するというものです。クレーンで吊るためには、コンクリートの塊に引っ掛けるための金具を取り付ける必要がありますが、その時コンクリートに穴を開け、ボルト(だったかな?)を差し込んで金具を取り付けます。写真の円筒形のコンクリートは、その際に穴を開けてできた削りカスなのです。
 見学時、この削りカスがいくつも転がっているのを引率教官が見つけ貰いうけていたので、小生も一つ記念に頂いてきました。いい土産になったと喜んで帰宅したところ、小生の親は産業廃棄物を拾ってくる馬鹿者と言わんばかりの様子でしたが、某日濃い軍艦趣味者の会合に参加した折この話をしたら、他の人に詰め寄られました――「何で俺の分も拾ってきてくれなかったんだよ?」
 この第三海堡のコンクリート、おそらく大正時代に作られたのでしょうが、断面にとりどりの色や大きさの小石が映え、なかなか綺麗なものです。地質や鉱物の専門家ならば、このコンクリートの骨材の砂利がどこで採取されたものか分かるのかもしれません。専門的なことは小生には分かりませんが、見たところ丸いものばかりなので川砂利らしく、おそらく多摩川あたりで採取されたものかな? と思っています。

 話を『コンクリートの文化誌』に戻すと、この本はシヴィル・エンジニア=土木技術者が日本では「土建屋」と批判的なニュアンスを含んだ言葉で呼称されていることを嘆き、それは土木業界自体の体質、政官財の癒着に問題があると論じています。このことを考える上では、新藤宗幸『技術官僚 その権力と病理』が非常に良い参考になると思います。官僚論は色々ありますが、技術官僚の問題について触れたものは他にあまりありません。ただ、この本の技術官僚の歴史についての記述では昔の鉄道に従事した技術官僚は余り触れられていないので、そこは発掘の余地があるかと密かに考えています(けど、全然手をつけていない)。他に大淀昇一『技術官僚の政治参画―日本の科学技術行政の幕開き』という本もありますが、この本は宮本武之輔という特定の技術官僚に傾斜している部分が多く、また技術官僚への批判的視点が弱く、技術者の参画が問題を解決するという考えのようで、「科学技術」という言葉の成り立ちなど興味深い点も勿論ありますが、総合的な視野という点で『技術官僚 その権力と病理』の方がお勧めかと思います・・・って品切れなんですね。とほほ。

 長々書いてきましたが、良い本というのは一冊読むとさらに他の本が読みたくなるような本なのでしょう、多分。
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by bokukoui | 2006-02-25 23:43 | 歴史雑談 | Trackback(2) | Comments(3)

ここ何日かの買物

 昨日一昨日の拙文に複数の方から様々なコメントをいただき誠にありがとうございます。
 アメリカのインタアーバンとの比較論は、洋書を読んで(一冊定本らしいのを買った)また色々検討してみたいと思います。おそらく、路面電車の公営化というファクターが、経営面のみならず技術面にも影響を与えたのではないかと考えているのですが・・・まあ、この辺は思い付きです。

 先日、畏友仙地面太郎氏ご推薦の漫画・山名沢湖『レモネードBOOKS』を購入しました。本好きな(作中では「オタク」呼ばわりされています)男の子と普通の女の子の、絵柄も相俟ってほんわかな気分にさせてくれる恋愛模様を描いた作品。本を巡る様々な事柄をテーマに、のんびりとお話は進んでいきます。

 絵柄は、小生としてはなかなか好みのタイプです。お話も時にはこういうのを読むのも結構なものです。本好きならば作中のエピソードに思い当たることも多いでしょう。だから本が好きな人には結構お勧めではないでしょうか、ちょうど仙地氏が小生に薦めてくださったように・・・

 といった感じの『レモネードBOOKS』の書評は、ネット上でも既に見つけることができました。いや、基本的にはその感想に異存はないのですが、ただ一つだけひっかかってしまうことがありまして。
 「本が好き」「読書が趣味」という時の「本」って、なんだか小説を指すことが圧倒的に多いんじゃないだろうか、ということです。しかし小生はあんまり、いや全くといっていいほど小説を読みません(漫画は読みますが)。現在の蔵書に占める小説の比率は3%くらいです。本は好き、読書は趣味、のつもりなんですけど・・・。そこに微妙な疎外感を感じてしまったりもするのでした。
 本を良く買うといっても、小説以外の本、例えば歴史に関する本を集めていると、「本好き」ではなく「歴史好き」に分類されてしまうように思います。まあそれはそれで正しいのですが、小説以外の本を好きだといっても本好きに入れてもらえない、というのは、そこまで小説が特権的存在でなくったっていいだろう、という気も少しはするのです。

 そんな小生、今日も今日とて町田に研修で呼び出され、そのついでに近くに高原書店という古書店を発見、訪問しました。今月一杯20%引きという宣伝に惹かれたのです。
 行ってみると、小さなビルとはいえ1階から4階まで全館本に埋もれているという、なかなかいい感じ。みすず書房や法政大学出版局だけ集めた棚があるという辺り、本好きのスノビッシュな心をくすぐります。職場が変わってジュンク堂に行けなくなってしまった代わりに、今度はここに通うことになりそうです。価格はあんまり安くないような気がするけど・・・
 で、二割引きにつられて、財布の中身あるだけはたいて購入。

・松村金助『鉄道功罪物語』大阪屋号書店
 1929年発行、時事新報の鉄道記者が書いた鉄道に関する解説・評論本。この頃から強く唱えられる交通統制の世論形成にも影響した(と思う)。これが箱付きで手に入ったんですから結構嬉しい買物。あとは清水啓次郎の『私鉄物語』が欲しいなあ・・・あれはアテネ書房から復刻が出てるけど。
・A.J.P.テイラー『目で見る戦史 第一次世界大戦』新評論
 訳がアレだという噂もあったような気もしますが、定番ということで。安かったし。リデル・ハートよりこっちが先かな。
・武知京三『近代日本と地域交通(日本資本主義叢書)』臨川書店
 鉄道史の著名な研究者による本。武知氏は特に西日本の私鉄研究の著作が多い方で、本書も実は大阪電気軌道・参宮急行電鉄と、伊勢電気鉄道という、現在の近鉄に繋がる鉄道の研究書(日本全国扱ったわけではありません)。氏の本は何冊か持っており、図書館で借りて読んだものもありましたが、これは読んだことがなかったので。

 残念ながら財布の都合上、『ハルツームのゴードン』は断念しました(笑)。まあこの本はちょくちょく見かけるしね。
 ・・・って、結局読むより買うペースの方が速いではないか。ああ、「積ん読」山がまた高くなる・・・
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by bokukoui | 2006-02-24 23:59 | 書物 | Trackback | Comments(2)

近代家族幻想と電鉄会社との日本的関係性

 下の記事の続きです。

 『もうあなたは幻想の女しか抱けない』は女子高生の援助交際に多くの紙数を割いていますが、援助交際を生む温床は家庭で父親が娘に「清く正しく美しい」聖なる少女像を押し付けるという抑圧にあり、しかも皮肉なことにその男どもが、聖少女幻想に浸りたいために女子高生を買うのであると説明しています。この少女像は近代家族幻想の一翼を担うものといえますが、それにしがみつく男の幻想が援助交際を生む一因となっているわけですね。
 同書にこんな一節があります。(p.85)
 コギャルが演じる「女子高生の原型は、明治時代に生まれた。社会学者の宮台真司は共著『サブカルチャー解体神話』(パルコ出版)の中で、「近代日本に初めて成立したこの少女の、非性的で『清く正しく美しく』という<理想>が、明治末から大日本帝国へと続く<秩序>に一体化していた」と記述している。
 さらに戦後、日本の近代化、経済大国化のために掲げられた、「健全で文化的な家庭」という国家目標にとって、この「清純無垢な少女」の幻想は非常に好都合だった。
以上の箇所です。元の『サブカルチャー解体神話』を読んでいないので、この宮台氏の指摘がどういう文脈なのか小生は存じませんが、速水氏(あ、そういえば速水由紀子氏は確か宮台氏の事実上の結婚相手であったような)の本を読んでいる時にこの一節を読んで思いついたことを以下に述べておきます。

 時代の変わり目にあるべきライフスタイル像を求めて人々が彷徨う、というのは間々あることです。
 フランスの場合、19世紀に台頭してきたブルジョワジーが、経済力はつけたものの、そして数度の革命で政治力も拡大したけれど、ライフスタイルの点では貴族とどう対抗していいか分からない。そこへ現われたのが世界初のデパートであるボン・マルシェであり、ここへ行ってお勧めの品を買い揃えればたちまち立派な文化っぽい生活が手に入ってしまう、そのような巧みな売込みを行ったのでありました。詳しくは鹿島茂『デパートを発明した夫婦』、高山宏『世紀末異貌』あたりをご参照ください。前者は良く売れたので多分今でも簡単に手に入るでしょう。後者は小生も探しているものの手に入らず、遂に禁断の最終奥義を使ってしまった記憶が・・・
 まあとにかく、ボン・マルシェの経営者ブーシコーは一時代を画したライフスタイル、貴族のそれを巧みに取り入れたブルジョワジーのライフスタイルを作り上げた立役者の一人だったわけです。そして、このブルジョワジーのライフスタイルこそ、今日の我々のライフスタイルの源流に他なりません。近代家族という像も、この中に含まれます。

 さて、では日本でブーシコーに当たる人物はいるでしょうか。日比翁助?(注:三越を呉服屋からデパートに作り変えた経営者) うーん、しかし三越がライフスタイルの提供というところまで踏み込んでいたかとなるとちょっとどうかなあ。中産階級向きとは言いにくいですよね。
 小生が日本版ブーシコーに擬したいのは、阪急の経営者である小林一三です。
 彼がデパート経営者であることは勿論ですが、よく知られているように彼は電鉄創業に当たって沿線の土地を買収し、近郊住宅地として売り出しました。そして、その住宅地に住む層(中産市民層)に相応しい娯楽を供し、ひいては運賃収入にも寄与すべく、宝塚に少女歌劇団を創設します。
 そう、「清く正しく美しく」、これは宝塚の理念ですね(あ、「非性的」ってのとも符牒が合ってそう)。実はこの文句ができたのは1933年ごろだったそうで、この頃宝塚は東京進出を図っていました。そしてその時、小林一三は「今までの俳優は花柳界の連中と付き合っていて低俗だ」と放言して物議を醸します。うーん、まさに「不道徳」なものを排除する中産階級的近郊住宅的理念ですな。(阪田寛夫『わが小林一三 清く正しく美しく』による。使ったのは文庫でなく単行本)

 話がちょいと先走りました。
 振り返ってみると、明治維新から20世紀初頭までの日本はある意味単純で、外国=欧米列強に植民地支配されないための富国強兵路線に突き進んでいました。そして産業革命を一応達成し、日露戦争でロシアをへこませるに至ったわけですが、さてそうしてみると次に何をしたらいいのか分からない。「不可解」と叫んで華厳の滝からダイブする青年もおりました(これは1903年ですが)。この日露戦後の閉塞感は大江志乃夫『凩の時』とか読むといいんじゃないでしょうか。
 阪急(の前身の箕面有馬電気軌道)の創業はちょうどその頃でした(1910年開業)。そして阪急は沿線開発を通じ、近代化の中で生まれてきた中産階級にライフスタイルをパッケージングして売ることに成功します。都市の煤煙を離れた環境の良い近郊住宅地に住み、旦那は電車で会社に通い、休日には宝塚のような「健全な」娯楽に家族で出かける。まさにもって中産階級的近代家族のありようを形にしたわけです。家と環境まで売るあたり、ブーシコーより気合が入ってますな。後には周知の通りターミナルデパートを開業し、消費生活も囲い込むことに成功します(住宅開発の当初にも消費組合を作ろうとしていますが、これは失敗していました)。
 交通公社の『旅』という雑誌(今は新潮社に売っちゃいましたが)の、昔の面白い記事を集めた本があります。この中に、関西私鉄の副業について述べた1936年の記事があり、勿論真っ先に阪急が取り上げられているのですが、その文句がいかしてます。

「人生は阪急から阪急へ」

 また話が脱線気味ですね。いつものことですが。
 結局どういうことかというと、日本の現在の社会問題は近代家族が曲がり角に来ていることに起因しているものがいくつもある、その近代家族が如何にして広まったか、近代家族幻想は人々に如何にして刷り込まれたかを探っていくと、日本では電鉄会社の果たした役割が非常に大きいのではないか、ということです。しかもその流れは戦前から高度経済成長以降まで連続しているのです(「アメリカ占領軍の陰謀」ではありません)。電鉄会社は、近代家族の理念――「清く正しく美しく」――を目に見える形で示し、しかも一定の財力があれば手に収めることができるようにしていた訳です。
 阪急が梅田の百貨店を兼ねたターミナルビルを建て直すそうです。もったいない、歴史的価値から保存すべきだという声があり、小生もできれば保存して欲しかったと思いますが、反面これは近代家族像を売りつける電鉄商法が終焉を迎えたということを象徴しているのかもしれませんな。

 ところでここまで書いてきて、「近代家族」についての説明を一言もしていないことに気が付きました(苦笑)。皆さん大体はご存知かと思いますが、今から説明するのも面倒なので、できれば落合氏の本とか読んでください。
 近代家族の説明を端折っても随分と長くなってしまいました。まあ、明日は帰宅が遅く日付変更前に更新するのは無理そうだし、今日の更新は本記事ということで。
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by bokukoui | 2006-02-23 02:29 | 鉄道(歴史方面) | Trackback(2) | Comments(4)

男と女を巡る何冊かの本を読む

 2月8日に買ったと書いた『電波男』を読んでいます。同じ日に読んでしまっていた『嫌オタク流』があっさり短時間で読みきってしまえたので、これもすぐだろうと高を括っていたら見当違いでした。どうにもひっかかってしょうがない。いや、端々に「これはネタですよ」と言いたいのであろう記号がちりばめられているので、まあそうなんだろうと思って読み流したいのですが。

 で、時々中休みして、フェミニズム方面の積み本を片付けています。先日は落合恵美子『近代家族とフェミニズム』を読み、大変面白く勉強になりました。
 今日は速水由紀子『もうあなたは幻想の女しか抱けない』(アマゾンの書評はちょっと・・・なので、別な書評を紹介)を読了。なるほど、細かいところに関して突っ込みたいところはいろいろあります。事例は興味深いけれども、そこから結論に飛躍が見られるような、分析がちょっと乱暴でない? という箇所もあります。例えば「ロリコン」を巡る言説とかは。でも全編を通読した時、そこに通底する作者の主張には引き込まれてしまいます。あてがいぶちの幻想に寄りかかって生きるのではなく、己の実存を見つめ直せと。そりゃ、言うは易く行なうは具体的には難しいこと、「本当の自分」とか安易に言うべきではない、綺麗事に過ぎない、と言ってしまえばそれまでですが、でもそう言って片付けてしまえないだけの読後感がありました。

 『もうあなたは幻想の女しか抱けない』で言う「幻想」というのは、端的に言ってしまえば中産階級的近代家族をあるべき理想像として受け入れ、それ以外の自分の生き方を見出せなかった、その枠をはみ出るようなものを芟除してきた、そのような生活を支えた心性を指しているといえます。そして、近代家族というものが曲がり角に来ている時代に、それを認められずしがみつくのが悲喜劇を巻き起こしているが、その幻から自由になればよいのである、そのように纏められましょう。
 最近の世相を見ていると、「道徳教育で家族の崩壊を防ぐ」と主張し、幻想をより強化する方向で対応していこうとする人々がいるようですが、それは結局問題を先送りし余計傷を深くするにしかならないのではないかと思うのです。そして、道徳云々以外の幻想を強化する別ルートが「萌え」のようにも考えられます。そうすれば、近年のオタクと保守思想の親和性を整合的に説明できますね。

 もうちょっと続けます。
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by bokukoui | 2006-02-22 23:50 | 歴史雑談 | Trackback(1) | Comments(2)

『阪神電気鉄道百年史』を読む

 昨日入手した『阪神電気鉄道百年史』ですが、第3章まで(戦前部分)読了。

 何はともあれ大きくて立派です。外箱の大きさはミリで測って273×203×63くらいですか。
 記念撮影。
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 コンピュータ(DELL製品)の上に載っけてみました。背景は気にしない方針で。
 ついでに大学から借りてきた『八十年史』と並べて撮影。
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 相当に厚くなっています(627ページ→918ページ)。でも筆者の研究対象である戦前についてのページ数は減っているという罠。

 で、戦前の部分をざっと読みました。
 今回の『百年史』は関連事業を含めた阪神グループ全体像を描き出すことに力点を置いたそうです。戦前に関していえば、不動産業についての叙述が充実していたように思います。阪急に先駆けた経営構想を持っていた、ということを強調しているのかな。特に甲子園開発(球場だけではなく、住宅などを含めた開発全体)については地図も詳しく読み応えがありました。ただその分、稼ぎでは不動産業を大きく上回っていた最大の兼業部門である電灯電力業についての叙述は、やや少な目のように感じました。
 阪神電鉄創業時、技師長の三崎省三がアメリカに渡って、技術や経営に関する調査を行っているのですが、百年史ではこれに関する記述がかなり詳しかったのが嬉しいところでした。日本の電鉄を知るためにはアメリカの電鉄を知らねばならない、と最近考えている筆者としては心強い限りです。でも三崎が視察した「シカゴ・ミルウォーキー電気鉄道」(29ページ)って所謂ノースショア・ライン(Chicago North Shore & Milwaukee Railway)のことなのかな? できれば原史料が読みたいです。ノースショア・ラインはじめアメリカのインタアーバンについて日本語で一番詳しいサイトはこちらなので皆熟読するように。
 前作に引き続き、経営史としての分析が中心になっており(そのため技術的な面がやや等閑に付されている憾みがありますが)、部門別収益の評価などは筆者が修論でやったこととかぶるため、今後も精読して参考にしていきたいと思います。資料編も充実していて大変便利。

 書こうとすればいくらでも長くなってしまうので、この辺でひとまず筆を措きます。
 ネット検索すると、一部マスコミが「阪神の百年史には村上ファンドが出てこない」ということばかりネタにしていることが分かりますが、そんな目で見るばかりではもったいなさ過ぎる話です。まあ、社史の存在が世に知れ渡ったという点ではいいのかな。
 でも阪神に手紙を出すとき、「貴社いよいよご清栄のこととお喜び申し上げます」という定型文を書いてみて、少し心が疼いたのは事実ですが。
 とはいえ、もはや村上ファンドの阪神になっている以上、この手紙は村上ファンド宛でもあるのだろうかと、「法人」というものの意味にもまた少し悩んでみたりもしたのでした。
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by bokukoui | 2006-02-04 21:18 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(3)

「ランペルール」は積んだまま

 「今年の目標」達成のために、まず読みやすそうな一冊を手にとって見ました。
 松村劭『ナポレオン戦争全史』原書房、昨年末に出たばかりの本です。
 「広く浅い」戦史好きとして、ナポレオンものにも興味はありました。今までにヴィゴ=ルシヨン『ナポレオン戦線従軍記』(面白い)だとか、ニコルソン『ナポレオン一八一二年』(これもなかなか)とか、さてこそトルストイ『戦争と平和』(読むのに疲れた。特に最後が)やら、こないだ『女騎兵の手記』やら、一部を扱ったものを多少読んではいましたが、ナポレオニックの全体像は一通り抑えておきたいとかねがね思っていました。そこで店頭で目に付いた時、原書房だし、著者の名前もどこかで見たような気がするし、買ってみたんですね・・・

 以下感想を箇条書きで。
<良い点>
・簡単に読める。
・時系列順に網羅してある。

<悪い点>
・記述が平板かつ簡潔過ぎて、正直面白くない。
・地図の出来がはなはだお粗末で見にくい(ニコルソンの本の方が遥かに良い)。
・部隊編成などについて表がなく分かりにくい(これもニコルソンの以下略)。
・本文と地図で地名の表記が一致していない箇所があった。
・初版とはいえ誤植・脱字がえらく多い。
・出典注もなく(これは一般書なので別にいいんだけど)、参考文献が5点しかないのでネタ本探しにも使えない。 
・ゲリラが嫌いなのは結構だがその書き方はいかがなものか(他の出来がよければ気にならないんだけど・・・)
・ナポレオンの不倫は彼の戦略と如何なる関連があるのでせうか。

<結論>
戦史研の会報も総力を挙げればこれくらいは書けると思う。

 なんか悪口になっちまいましたね。まあ冒頭のロシアとスウェーデンの関係については初めて知ったので、全く意味が無かったわけではありません。
 それにまあ、表題の通り「積みゲー」だった光栄の最高傑作とも言われる「ランペルール」(日本製唯一のナポレオン戦争キャンペーンゲーム)に手をつけようかという気くらいにはなりましたしね。マニアからは「なぜ光栄は続編を出さないのか」といわれる本作ですが、日本ではやはりナポレオニックは受けが悪いようです。昔、ボードのシミュレーションが栄えて衰退した頃の俚諺に、「ナポレオンものを出した日本のゲーム会社は必ず潰れる」ってのがあったと、古参の人に聞きましたが・・・光栄だけが例外らしいです。

 以下余談。
 上の記事を書くために、アマゾンで「ナポレオン」「戦記」などと入れて検索していたら、こんな本がひっかかりました(リンク先18禁につき注意)。
戦雲たちこめるヴェルメラントに来訪したレーナ&ステイシア。そこで彼女たちの見たものは、国家に虐げられる民衆の姿だった。レーナはあらゆる政 (性)戦略を駆使してヴェルメラントの独立を目指すが…。自称、軍事統計分析者の引野利秋が創りだす世界を千之ナイフの濃密なイラストで彩る官能の仮想シミュレーション戦記。
 ・・・「自称、軍事統計分析者」ってなんだよ。
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by bokukoui | 2006-01-12 21:50 | 歴史雑談 | Trackback | Comments(7)

大塚英志・杉浦守『オクタゴニアン』

 また一つカテゴリを作ってみました。「書物」はさまざまな書物(漫画や雑誌類、同人誌も含めるつもり)について、購入したものや読んで思ったことなどを綴るという、ごくありきたりな分類です。「書評」と名乗る程のものでもないので、まあこうしようかと思います。
(※追記:その後「漫画」カテゴリの設置に伴い、分類を変更しました)

 さて、その第一号は、大塚英志作・杉浦守画『オクタゴニアン(1)』角川書店(角川コミックス・エース)です。小生は鉄道趣味者なものですから、書店の店頭で「オクタゴニアン」という名前と表紙の客車のイラストを見て、即決で買ったものです。この客車のイラストは河原匡喜『連合軍専用列車の時代』からの転載なのですが、その本も当然持っていたので、何だこれは、と思ったのです。作者大塚英志というのはその後から気が付きました。
 オクタゴニアンというのは、河原氏の著作の表題にある占領時代の連合軍が使っていた専用列車の中でも、第8軍(だから「オクタゴン」)の司令部専用列車のことです。そして、原作者の大塚氏は、
 占領下の日本を「北神伝綺」「木島日記」のような伝奇的手法で書いてみたい、そして、その際、主人公としてコンビを組むのは昭和天皇の影武者だった男と本当の顔を持たないスパイMだという構想は昔からあった。(中略・しかし)「占領軍」や「アメリカ」の側を視覚的に象徴するキャラクターがどうしても思いつかなかったので作品として形にならないでいた。しかし、先に引用した河原匡喜著『連合軍専用列車の時代』、そして同書の収録された黒岩保美氏の筆による占領軍専用列車の美しい見取り図を見た時、イメージは固まった。キャラクターではなく、オクタゴニアン号に占領軍、そしてアメリカを象徴させることを思いついたのである。(「あとがき」より)
 のだそうです。小生は正直な所、「伝奇的な手法」に馴染みもなければそもそも好きでもないのですが、実在の人物や事件、そして噂や伝説を巧みに取り込んで描かれた本書は結構面白く読みました。雑誌廃刊などゴタゴタがあるようですが、続篇が早く出ることを期待しています。

 何で小生が本書を面白いと思ったか、それをちょっと述べさせていただきたいと思います。
 占領下の日本で、大混雑な上にボロボロな列車を横目に走る連合軍専用列車を、占領軍そしてアメリカの象徴として使うというのは面白い発想です。しかし、アメリカの象徴にされたこの列車、正体を明かせば御料車の10号と11号だとか、マイロネ38 1だとか、スイロネフ38 1だとか、要するに純正日本製の車輌な訳で(実は厳密に調べてはいないんですが、この時代の客車ならもう台枠の鋼材なども多分国産でしょう)、それが中を改装して白い帯を入れただけでアメリカの象徴になってしまうところが面白いですね。大塚氏は、オクタゴニアンを同時に「『戦後』の一つの象徴」としても捉えておられる由ですが、オクタゴニアンの車輌が日本製だったということは、占領とその中で作られた戦後日本の体制は、アメリカの一方的な押し付けというよりも日本側との共同作業であった面があるのだ、ということを表しているようですね。これを「スキャパニズム」(SCAP=連合軍司令部とジャパニーズの合成語)と言う人もいます。

 で、ですね、ここまでなら同じことを思った読者もいるかもしれないんですが、さらに鉄道趣味的思考を続けるとまた違うことも言えそうです。
 『オクタゴニアン』の表紙に描かれている車輌(元御料車10号)は、所謂展望車というやつで、表紙の絵でいうと右端に展望デッキがついています。展望車は、戦前の特急『富士』超特急『燕』だとか、戦後の『つばめ』『はと』に使われ、現在も一両保存されていたかと思いますが、この展望車という発想はまったくアメリカの真似をして日本でも作ってみたものだそうです。このことは国鉄の技術者として著名な星晃氏(『連合軍専用列車の時代』の情報提供者の一人でもあります)が述べておられることですのでまず間違いないでしょう。どうも欧州の鉄道にこういうのはないらしいですね。
 ちなみにあの展望デッキ、吹き曝しなので走行中に行く人などいなかった、と宮脇俊三氏が『時刻表昭和史』の中で書いておられ、実際には駅で偉い人の見送りをする時ぐらいしか使われなかったようですが、政治家が駅で停車中に展望デッキに演説するということは間々あったようです。有名な例では1915年の総選挙で大隈重信が行った「車窓演説」がありますが、これもアメリカの・・・えーとセオドア・ルーズベルトがそんなことやったという話をどっかで読んだような気がしますが、誰か知りませんか?
 あとこの車輌が履いているイコライザー式三軸台車も、技術的にはアメリカ系なんじゃないかと思います。

 要するにですね、アメリカの象徴とされたオクタゴニアンの車輌は日本製だけれども、その設計思想はアメリカの例を多分に参照にしたもんじゃないかということです。となれば占領軍とともに戦後日本を作り上げた日本側もまた元々アメリカの影響を受けていたわけで、そもそも日本の近代自体がアメリカへの憧れのようなものをばねに動いてきたんじゃないか、とか思われるのです。そこら辺を無視して、憲法とか何だとかアメリカの押し付けであると批難しても、下手をすると足元を掬われる結果になるんじゃないかと思います。なんてことをうだうだ考えるきっかけになったわけで、その点で大変面白い漫画だった、という次第です。
 ただし、大塚英志氏が以上のような技術史的および鉄道史的論点にお気づきになっておられたかどうかは、小生の存じ上げるところではありません。
 ちなみにこちらの「人気シリーズ既刊本」では何故か『オクタゴニアン』が無視されているんですが・・・人気ないのか、もしかして。

 ここのブログはメイドやら制服やらを扱うサイトの一部門のそのまたおまけコンテンツだった筈なので、当記事を訳も分からず読まれたであろうメイド趣味の皆様に、河原氏の著作から小ネタを提供しておきます。
 オクタゴニアンの主であったアイケルバーガー第8軍司令官、奥さんの名前をエマさんといいます。アイケルバーガー中将は太平洋戦争中、司令部専用機のB17を奥さんにちなんで「ミスEM」と名づけていたそうです。
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by bokukoui | 2006-01-01 22:41 | 漫画 | Trackback | Comments(0)