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三木理史『都市交通の成立』紹介

 ここしばらく諸事に追われて研究が進んでいないのですが(ずっとそればっか)、それはいかんとせめて本でも読もうと、最近出された表題の書物を入手し、読了しました。新年度最初の書物紹介として相応しい一冊と思います。

三木理史『都市交通の成立』(日本経済評論社)

 当ブログでも前にご著書を紹介したことのある、三木理史先生の新刊で、2月に出たそうです。本書の目次の概要を以下に掲げます。詳細な目次は上掲リンク先にありますので、ご関心のある向きはそちらを。
序 章 「都市交通」の概念的成立 
 
第一部 都市交通と領域性
 第1章 都市交通の萌芽と領域性  
 第2章 戦間期の都市膨脹と交通調整
 第3章 交通調整の戦前・戦後と都市交通審議会 

第二部 旅客輸送の大量化
 第4章 「通い」の成立 
  補 論 「通い」の再生産構造
 第5章 「都市鉄道」の成立 
 第6章 旅客輸送の高密度化と「都市鉄道」 
 第7章 戦時体制期と「都市鉄道」の展開 
 
第三部 都市交通における物流
 第8章 都市交通と社会資本の利用分担  
 第9章 戦前期の石炭消費と都市内輸送 
 第10章 生鮮食料品輸送と中央卸売市場の成立
 
終 章 「都市交通」の成立
 小生は先日本書を入手し一読しましたが、何分にも300頁を超えるボリュームでもあり、今のところ何か書評出来るほど読めてはいません。とりあえずその内容を雑駁に紹介するのみでご勘弁のほど。

 本書は大阪をフィールドに、「都市交通」というものが如何に形成されたかを様々な角度から検討しています。「都市交通」とは、「都市内交通」と同義ではなくもっと広い概念で、都市内および都市と周辺地域との交通を総称した概念です。ですので、都市と農村とが截然と分かれていた時代には、「都市内交通」はあっても「都市交通」は未成立であって、郊外とか、都市圏というものの成立に伴って、都市交通が形成される、ということなのだと思います。
 で、その都市交通を、本書では

 (1)都市と郊外をめぐる領域性
 (2)その大量性をめぐる問題
 (3)都市における旅客と貨物の関係性

 の3つの論点から分析しています(p.2)。この3つの論点が、目次の第1部・第2部・第3部にそれぞれ対応しています。
 一読した感想を織り交ぜつつ各部を簡単に振り返ると、まず第1部は、「領域性」という言葉に馴染みがなくてちょっと戸惑いますが、本論で主に問題になっているのは、大阪市当局の領域認識ということのようです。大阪市が交通に関して、「市営モンロー主義」などと呼ばれる、市内の交通(昔なら市電、今なら地下鉄・バスなど)を市が独占的に運営すべきという発想を抱いていたことは割合知られているかと思いますが、その市営主義を運営する上で、大阪市がどのような空間認識を有していたか、とまとめられるでしょうか。大阪は数度に亘って周辺町村を合併し市域拡張を行いますが、そのため当初の領域性に基づいて組み立てられた市営主義の交通体系が、市域拡張によるその変化に伴って動揺し、やがて崩壊する過程を描いています。
 これは小生の理解ですが、大阪それ自体の成長や交通機関の発展に伴って大阪の郊外も発展し、当初は新市域としてそれを大阪市の内部に取り込めたのが、郊外が拡大しすぎて市の範囲を遙かに超えてしまい、それに伴って都市交通も大阪の市営主義では不合理になってしまったということでしょう。第3章では都市交通審議会の役割を取り上げていますが、そこで述べられている、かつての都市交通は内務省(→建設省)による都市計画の一部(大阪市のような地方自治体は内務省が監督)と捉えられてきたのが、戦後になって全国的な交通網の一つとして都市交通を捉える運輸省(←鉄道省)の見方が中心になってきたという変化もまた、都市交通が市のレベルで手に負えるものではなくなったことを反映しているわけでしょう。

 第2部は、都市交通を特徴付ける旅客輸送の大量化を扱いますが、まず第4章と補論では、旅客輸送大量化の前提となる、交通機関による通勤通学という習慣の発生を検討し、第5章では都市交通に相応しい鉄道の技術的発展を分析します。技術的発展とは即ち、当初明確に分かれていた鉄道と軌道の相違が、都市交通の発展(による大量・高速輸送の必要性)によって次第に平準化し、更に国鉄も都市部で客貨分離を行うなどして、私鉄の電鉄との間が平準化したことです。章末で三木先生は、このような平準化は戦後の新幹線にも及び、幹線の旅客輸送も大量輸送への対応から、都市交通の電鉄に近づいたことを示唆しておられますが、大変重要な指摘と小生も考えます。
 第6章では、都市交通を担う鉄道の特徴である高密度輸送(ラッシュ)の形成を軸に戦時下の電鉄を検討し、軍需工場への動員などで通勤者が激増したことは、旅客輸送の大量化という観点からすれば、戦前から戦後の高度成長期まで続くトレンドと位置づけます(本章は扱う論点が多岐に亘る分、やや纏めづらい印象があります)。第7章では、第5章の都市交通の技術的平準化と第6章の戦時期のラッシュ対策とを、技術的観点から纏め、戦時期の大量高密度輸送対策は技術の平準化を更に推し進め、戦後の高度成長への対応へつながったとしています。

 第3部は、これまでの都市交通研究で等閑視されがちな傾向にあった、都市の貨物輸送を取り上げます。第8章では都市と都市外との結節点に着目し、水運と陸運が近代以降どのように役割分担を行ってきたか(近世では陸上は旅客、水上は貨物と分かれていた)を検討します。以下の章では石炭と生鮮食料品をそれぞれ取り上げて、都市での貨物輸送の具体的様相を解明します。なかなか史料が少なくて分かりにくい分野ですが、様々な史料を巧みに組み合わせてその様相に迫っています。

 以上、要旨を紹介するだけでもなかなか大変なほど、様々な角度から都市交通を検討し、その画期を戦間期に置きつつも、戦争を挟んだ戦後への連続性を論じている一冊といえるかと思います。フィールドを大阪に絞っていますが、しかし例えば第一部の、都市が発展した結果、市では都市交通に対応できなくなる、などという指摘は、普遍性の高いものと思います。また、戦時期をただ統制に縛られ戦災を被っただけの時代ではなく、戦前と戦後とを繋ぐ役割があることを指摘したことは、大変意欲的で読者として刺激を受けます(三木先生は今までも同様の指摘をある程度されていましたが、本書は幅も厚みも広がっていると思います)。大阪に限らず(もちろん大阪の地域史としても大いに活用できますが)、都市と交通について関心を持つ方はご一読されればと思います。
 小生も一読したのみなので、それ以上のことはなかなか言えませんが、思い付きの範疇を出ないことを断った上で一二指摘をするならば、まずこれは多面的に都市交通を捉えようとされたが故のことと思いますが、部章ごとに交通を見るレベルがかなり異なっているので、総合的な「都市交通」像を思い浮かべるのが難しく感じられるということです。第一部では大阪市の手に負えないほど広がった範囲の都市交通を扱う一方、第三部の貨物輸送は比較的狭い都市内の貨物輸送の話が中心です。また、交通を見る視点が、大阪市当局だったり、郊外の住民だったり、貨物の運送業者だったり、さまざま章ごとに異なっているため、それらが大阪という一つのフィールドでどのように関係し合っていたかがなかなか想像しづらいところがあります。これは今後、研究の進展によって解決されるものだと思いますが。
 あと、個人的には第二部の戦時下の鉄道事業者の経営分析は大変興味深くも、やや手法に疑問を感じるところもないではありませんが、それをいまここで詳細に述べるのは大変だし準備もないので、今後自分でいろいろ調べてみたいと考えています。もう一つ今後に繋がる論点として思いつくのは、第一部での都市の発展により大阪市の交通は大阪市営では運営しきれなくなっていく、という大変興味深い指摘は、他のインフラにも通じるのかそうでないのか、というところで、地方分権だの道州制だの、或いは大阪市と大阪府の一体化だの東京特別区の改組だの、現在政治的なテーマとして浮上しているようなことにも繋がっていくのではないかと思います。

 勝手な思い付きばかりですが、なにがしかピンと来るところのあった方は是非どうぞ。必ずどこかで参考になる本ですので。
 はなはだ雑駁な記事にもかかわらず、毎度ながら完成が遅れ、まことにすみません。
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by bokukoui | 2010-04-21 23:59 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(0)

松田裕之『ドレスを着た電信士 マ・カイリー』略感

 所用に追いまくられたりくたばって寝たりしていて、あんまり本を読んだり、その話をここに書いたりも思うに任せぬのですが、繰り言ばかりも何ですし、今日は頗る面白く、とっても読みやすい本をご紹介。



松田裕之
 本書は、アイルランド系でテキサス出身の女性電信士、マ・カイリーことマッティ・コリンズ・クーン(1880~1971、カイリーは一時結婚していた相手の姓)の伝記を柱に、著者がIT革命の元祖と位置づける電信の歴史(アメリカ限定ですが)を紹介し、19世紀後半から20世紀前半の電信と鉄道の時代のアメリカを描くと同時に、女性と労働のあり方にも話は及んでいます。本書の目次を以下に挙げておきます。なお本書は、振り仮名の使い方にいささかの特徴があるので、必要に応じて振り仮名を括弧でくくって後ろに書いておきます。

まえがき

第I部 女性電信士(テレグラファー)誕生~歴史(ヒストリー)が忘れた物語(ストーリー)
 電信アメリカをめぐる
 電信士はジェンダー・フリー
 鉄道がもたらす自由な天地

第II部 『バグ電鍵と私(バグ・アンド・アイ)』を読む~タフレディの奮戦記
 結婚生活の破綻「あたしゃ奴隷みたいなものだった」
 電信技能の習得「自分と子どもが生きていくために」
 辺鄙な停車場での日常「あんたが50フィートもある化け物に見えたよ」
 一級電信士への道のり険し「あたしゃこれっぽっちの金じゃあ働かない」
 誇りを守るための労働運動「争議中につき電信はいっさいお断り」
 電線でむすぶ絆「そのひととは電信で知り合った」
 放浪のはてにつかんだもの「自分のキャリアに一片の悔いもないね」

第III部 電信の時代と女性たち~IT革命の裏面史
 荒野のバラと電鍵
 失われた女性の声を求めて
 《マ・カイリー》からのメッセージ

あとがき


 小生が本書を知ったのは、速水螺旋人先生のブログで絶賛されていたためですが、同様の経緯を経て本書に辿り着いた人も多いらしいのは、アマゾンで本書と一緒に買われた本や「この商品を買った人はこんな商品も買っています」を見れば明らかです。
 ぱっと検索して見つけた他のネット上の書評も挙げておきます。

日経コンピュータ「ドレスを着た電信士 マ・カイリー」(selfup)
真道哲「『ドレスを着た通信士 マ・カイリー』の感想」(JanJan 今週の本棚)
Fukuma's Daily Record「書評:ドレスを着た通信士 マ・カイリー」

 上に挙げた書評記事のうち下二つの表題が「電信士」でなく「通信士」になっているのは原文のママです。なるほど、電信士の時代は遠くなりにけり。

 で、本書は速水先生が書かれているように滅法面白い本です。男尊女卑の厳しかった時代(19世紀の欧米文化の男女差別は、それ以前の時代と比べても厳しかったといわれます)、身につけた電信技術によって渡り歩いてゆくマ・カイリーの人生は、19世紀のヴィクトリアンな価値観とは全く逆の、男とも対等に渡り合う誇りと強さに満ちています。この時代のアメリカで、電信技術によって身を立てた女性は決して少なくなかったのでした。
 同時に、電信と鉄道によって結びつけられていた時代のアメリカ西部(カナダとメキシコ含む)の様子も、いろいろとうかがい知ることが出来ます。当時は鉄道の運行に電信が必須で、そのため駅毎に電信局が設けられていて、電信の技倆を身につけた者は鉄道伝いに新たな職場を求めて渡り歩いていたのでした。いわば近代の職人であり、それだけに職人同士の連帯も強かったのですが、その内部でも男女平等とはいきません。そこでマ・カイリーの毅然とした生き方が光ってきます。

 速水先生は本書から、「他の作品で使いたくなるネタ」をいろいろ見出されたようですが、アメリカの鉄道好きとしては是非、このような世界を速水先生に漫画化していただきたいところです。所謂「西部劇」と違って、電信と鉄道というテクノロジーがキーとなるだけに、余人ではなかなかネタにしづらいでしょうし。
 営業上の理由から、女性電信士だけでは華やかさ、有り体に言えば「萌え」が足りないと編集部が文句を言えば、ここはアメリカ大陸横断鉄道だけに、駅のレストランのウェイトレス=ハーヴェイ・ガールズを足せば美少女成分(メイド服)も充足、ヒット間違い無しです(笑)。しかし見方を変えれば、西部における女性電信士とウェイトレスって、まさに女性の労働におけるキャリア志向と腰掛け寿退社志向の対立そのまんまですね。ここをうまく盛り込めば、広く一般の鑑賞に堪える作品にも化けられます。

 それはさておき、小生のような鉄道趣味者にとっては、鉄道と電信の密接な関係を確認できたことは大いに収穫でした。マ・カイリーの自伝自体、アメリカの鉄道趣味誌上に連載されたものだったとか。
 上にも書きましたが、鉄道の運行管理には電信が必須でしたので、駅毎に電信局が置かれていましたが、同時にいわゆる商用の電報を扱う電信局、日本なら電電公社のような電信会社も存在しました。既に発展した都市部では電信会社の電信局が商用電報を扱い、一方地方では鉄道の駅の電信局が運行管理の片手間に商用電報も扱っていたようです。
 電信士もこれに応じて、電信会社に所属して比較的一カ所で長期に務める人(本書では「守宮(ホームガード)」と書いています)と、鉄道会社の駅の電信局を渡り歩く人(同じく「流れ者(ブーマー)」)とに分かれていたそうで、マ・カイリーは後者でした。もちろん個々の電信士が時に守宮となり時に流れ者となることもあるわけですが、同じ電信士でも両者の間には対立があり、労働組合も別だったりしたそうです。マ・カイリーが属していたのは鉄道電信士友愛組合(オーダー・オブ・レイルロード・テレグラファーズ、ORT)でした。

 組合の話が出てきたのでちょっと脇道に逸れますが、本書で著者の松田氏は、電信士をドットとダッシュのデジタルな信号によって情報を扱う、IT技術者の先駆的存在と位置づけています。なるほどネットワークを巧みに利用して情報交換を行っている、時には電信士同士がネットならぬワイヤー上で知り合って結婚に至るなど、現在のIT技術者の先駆と思わせる面白い事例には事欠きません。
 ですが、小生が本書を読んで思うには、電信士によって組合の存在はかなり大きいもののようで、マ・カイリーもそれに助けられて仕事を得たり、怪我の治療費を得たりしています。一方ではストライキに参加して電報の送信を断って解雇されたこともありました。業界を横断する大規模な組合が存在し、時にストも辞さないところは、現代のIT技術者とのかなり大きな違いのように思われます。何故そのような差異が出来たのかは、小生のよく知るところではありませんが。
 ちなみに先ほど、電信士とウェイトレスを労働者の二極に見立てましたが、本書の第III部では、女性作家のローズ・ワイルダー・レイン(『大草原の小さな家』原作者のローラ・インガルス・ワイルダーの娘。ローラは娘の勧めで『小さな家』シリーズを書いた)を取り上げ、マ・カイリーと対比させています。ローズも電信士をしていましたが、組合の闘争には距離を置き、それによって会社で一定の出世をすると、電信士を辞めてジャーナリストに転じています。電信一筋のいわば職人肌技術者と、業界にこだわらないキャリア志向。これもまた面白いところです。
 
 話を戻して、鉄道と電信がこのように密接に関係しているため、電信士は鉄道の無賃乗車証を手に入れることができ、そのため鉄道に乗って新たな職場を探しに行くことも出来たのでした。
 で、日本ではこのような現象はなかったと思いますし、そもそも女性の電信士がいたかどうか寡聞にして存じません(電話交換手は有名ですが)。※追記:日本の逓信省にも女性の電信士はいたそうです。何で日本ではそうならなかったのかと考えれば、やはり明治以来電信が官営で、それこそ“軍事警察機構”の一端を担っていた、からなんでしょうか。日本では鉄道も明治末年には国有化されて、全国的な国鉄(帝国鉄道庁→鉄道院→鉄道省)となっており、国鉄は国鉄で独自の電信電話網を持ち、郵便局の電信とは全く別個となっていたと思います。
 余談ですが、しかし日本の私鉄では似たような話があって、日本の電鉄会社の多くは戦前電力供給業を兼業していた(電力会社が電車も動かしていた)ため、電鉄と電力の労働者同志は「電気事業」ということでお互いに連帯感を持っていました。そのため電鉄の労働者は電力会社の労働者と家族をタダで電車に乗せてやる代わりに、電力労働者は電鉄労働者の家の電灯代を半額に負けてやっていたそうです。これを止めさせたのが、阪急社長から関西電力初代社長に転じた太田垣士郎でした。

 閑話休題、このように国営では電信士の組合も出来ず、どこ行っても国営なのですから流れていく先もなく、マ・カイリーのような話は日本では生まれくかった・・・いや、鉄道でも満州に流れるケースがあったので、植民地まで広げれば似た例はあり得るかな?
 で、どうも台湾に行った電信士の話を扱った本があったような、どっか目録で見たような気がしたのですが、先日某所で偶然見つけました。それはこんな本です。

『通信技手の歩いた近代』
 オチはお分かりと思いますが、この本を書かれたのも、本書と同じ松田裕之氏でした。
 で、ぱらぱらとめくってみたところ、なるほどこの本も『マ・カイリー』と似ている、何が似ているといって著者のノリの良さ(笑)です。『マ・カイリー』は、既に上で「守宮(ホームガード)」や「流れ者(ブーマー)」のような、英語の俗語をうまく訳して振り仮名に原語をつけるという、特徴ある振り仮名の使い方をしていますが、それだけでなく、振り仮名をいろいろ遊び心ある使い方をしています。
 例を挙げれば、「新米(かけだし)」「相棒(パートナー)」「将来(これから)」「高等技能(かみわざ)」「閑話休題(それはさておき)」「筆者(わたし)」等々。これが、マ・カイリーの自伝の、如何にも姉御肌を連想させる語り口の翻訳と相俟って、本書を読む読者に躍動感を与えています。小生は、これはてっきりマ・カイリーの自伝に合わせたものと思っていましたが、『通信技手の歩いた近代』もまた同様のようでした。松田氏のセンスだったようで、だとすればマ・カイリーの自伝も実に幸福なことに、まこと適任の方を訳者・紹介者として得ることができたのだなあと思います。
 『通信技手の歩いた近代』も買って読みたいところでしたが、見つけた某所は書店ではなく、持ち合わせもなかったので、残念ながらまだ手に入れていません。そのうちに、と思っています。最近逓信省のこともにわか勉強中で、電信のことももうちょっと知らねば、というところです。

 以上長くなりましたが、本書は読みやすく小説のように面白く、それでいて様々な読者にいろいろな角度で興味を惹くであろう豊かさを持っています。小説顔負けに面白くて、しかし研究者の著作なので、文献目録や索引まできちんとついているのが有り難い限りです。
 ただ、附属の地図はあまりにも雑駁で、中学校の地図帳みたいです。本書中に数多く登場する、マ・カイリーが勤めた鉄道会社の簡単な路線図くらい載せられればよかったのに、と残念に思われます。あと本書143頁で、引退したマ・カイリーが年金を貰う際、勤務した記録が消滅して「消えた年金記録」状態になっていた鉄道会社があったことが述べられていますが、そこで「シカゴ・ミルウォーキー鉄道、セントポール・アンド・パシフィック鉄道」とあるのは、シカゴ・ミルウォーキー・セントポール・アンド・パシフィック鉄道(通称:ミルウォーキー鉄道)の一社の名前の誤植と思います。同社はマ・カイリーの生きていた時代だけでも、三、四度は破産していたと思うので、勤務記録も消滅しちゃったんでしょうか。

 記事の完成が大幅に遅れ、読者の皆様には大変失礼しましたことをお詫び申し上げます。
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by bokukoui | 2010-03-18 23:59 | 書物 | Trackback | Comments(2)

「螺子の囁き」に蒸機が出たので『COMICリュウ』3月号雑感


 19日には4月号発売だというのに今頃3月号の感想を書くわけですが、そもそも今まで『リュウ』を買っていた書店がいよいよ置くのを止めたらしく入手が遅れたことに加え、所用に追われて買っても読む暇が全然なかったもので、つい先週になってようやく読むことが出来ました。
 で、多忙なので感想はスルーせざるを得ないかと思っておりましたが、表題のように速水螺旋人先生の連載イラストコラム「螺子の囁き」が、1月号に引き続き鉄道ネタが出たので取り上げておきます。

 で、前回記事を書いた2010年1月号の「螺子の囁き」は、アメリカの流線型蒸気機関車を取り上げていましたが、今回はヨーロッパ編といったところです。
 主役はドイツの流線形蒸機・05型。ナチスが威信をかけて1935年製造させ、蒸気機関車として初めて時速200キロの壁を破った車輌です。空力性能を追求して足元まですっぽりカバーした流線形が特徴。・・・なんだけど、やっぱ「いもむし」のように見えてしまいます(笑)。速水先生も書かれていることですが、ドイツ人が技術的に理詰めで作ったものより、アメリカ人がコマーシャリズムばりばりで作ったものの方が一見してキャッチーではあります。もっとも、蒸気機関車のマニア筋に言わせれば、当時のドイツ国鉄の蒸機設計は保守的で、英米のものほど面白みはないといいます。これはいつぞや巡洋戦艦「金剛」の講演会でもお話をされていた、髙木宏之さんのご意見の受け売りですが。髙木さんは口癖のように仰ってました、「ドイツの蒸機はイモ蒸機」と。
 「イモ」繋がりというわけでもないですが、「いもむし」といえば、いつぞや紹介した本にあるようにこの時代は流線形時代なんていいまして、05のように時速200キロの高速性能のために流線形が必要、というほどの高速でなくても、矢鱈と流線形が流行ったもので、日本の名鉄にも「いもむし」の愛称を奉られた電車がありました。比較的近年まで活躍していたのでご存じの方も多いと思いますが。で、電車の場合は窓があるので、「いもむし」的鈍重さを和らげて軽快さを生み出すことが出来るのですが、蒸気機関車のボイラーを覆った場合は・・・スマートにしようとすればする程、のっぺりしてしまう面はあります。

 イモイモ繰り返すのも何なのでこの辺で止めておきますが、蒸気機関車の流線形というのは畢竟キッチュなところに魅力があるのだろうと思います。そこら辺が速水先生の興を誘ったのかも知れません。流線形蒸機は直後の第2次大戦で手が回らず、ほとんど流線形のカバーを剥がされてしまうのですが、蒸機マニアの中には(小生もそうですが)、外されたあとの、いかにも蒸機らしいフォルムの方が「美しい」と思う人も少なくないのです。
 電車にしても日本の場合、流線形で有名な「流電」モハ52系という国電が戦前にありましたが、使いにくいというので増備車輌は前面に貫通扉をつけて普通の電車らしい顔になりました。多少は流線形の名残で洗練されたところがあり、電車マニアは「半流線形」を略して「半流形」などと愛称をつけていましたが、実のところマニアからは流電より半流の方が人気があったかも知れません。
 余談ですが、世間が「韓流」ブームに沸いていた時、小生の知人のさる鉄道マニアの方は、「なんで今頃“半流”がブームなんだろう?」と本気で思ったそうです(笑)
 閑話休題、キッチュとなればソ連に流線形蒸機があればさぞかし味わい深いものになると思いますので、もしそんなのがあったのなら、速水先生には是非今後「螺子の囁き」に登場させていただきたいと思います。

 その他のマンガについても思いつくまま簡単に(と書いて簡単に済んだ試しがあまりありませんが)。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2010-02-18 23:59 | 漫画 | Trackback | Comments(6)

たまには『COMICリュウ』1月号雑感 「螺子の囁き」蒸機ネタなど

 ふとここ一年の当ブログの記事を振り返り、鉄道・歴史ネタに偏っている傾向をはしなくも感じ、そこでちょっと傾向の違う話題を・・・と思ったけど、結局鉄道になりそうな。

 というわけで、以前は毎月書いていたのが、今年に入って諸事多忙などの理由により中断気味のこのコーナーですが、久々に一筆してみようかと。
 今号は、いつも本誌を小生が買っている書店に何故か置いておらず入手が遅れ、その後も諸事に追われて読んだのは最近のことでした。以前にも売り切れていたらしきことがあり、今回も同様と思いたいのですが・・・。 

 ところで以前、単行本化希望と当ブログで書いた吉川良太郎 / 黒釜ナオ「解剖医ハンター」ですが、先月無事単行本が出ていました。これは早速購入して読みましたが、単行本になった方がより多くの読者に受け入れられやすい作品と思います。『ジキルとハイド』『ドリトル先生』のモデルとなったという、18世紀英国に実在した医師・・・というか生命の秘密の探求者・ハンターを主人公にしたストーリーですが、同時に時代柄「七年戦争」「キャプテン・クック」なんてあたりに惹かれるような方も是非にどうぞ。



 話を『リュウ』本誌に戻します。

(続きを読む)
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by bokukoui | 2009-12-16 18:32 | 漫画 | Trackback(1) | Comments(0)

三木理史『塙選書108 局地鉄道』(塙書房)紹介

 諸事に追われている上に体調も例によって例の如く怪しげで、眠気や消化器の不具合につきまとわれている今日この頃ですが、ブログの更新がぼちぼちなは多忙とともに機械的事情というこれまた毎度の事情です。まあそんな愚痴を言っていてもしょうがないので、そんな諸事の一つの副産物をば。

 というわけで、表題の本を以下にご紹介します。

三木理史『塙選書108 局地鉄道』塙書房

 たまたま本書の新刊紹介をさるところに書くことになり、先日やっとこさ原稿を出してきたのですが、新刊紹介なので内容を紹介しただけで紙数が尽きてしまい、感想などを記すことが出来ず残念でしたので、はみ出した分をブログに転用してやろうというわけです。
 それはそれとして、まず順序として本書の内容紹介を。

 局地鉄道とは、延長30キロ(20マイル)程度以下の、地域内の輸送にもっぱら従事するような鉄道のことですが、三木先生は前世紀末に『近代日本の地域交通体系』(大明堂・同社は廃業したので古本で探して下さい)、『地域交通体系と局地鉄道―その史的展開―』(日本経済評論社)という二冊の研究書を発表され、局地鉄道研究についての権威(という言い方は仰々しいですが・・・)の方です。で、このたび局地鉄道についてコンパクトな一冊を出すこととなり、当初はこの二冊を一般向けに再構成する構想だったそうですが、著者ご自身が「二番煎じ的」内容に満足できず(「あとがき」p.214)、局地鉄道の通史という新たな形として編まれたものです。内容を以下に章ごとにおおざっぱに要約して紹介しますと、

 「序章 日本鉄道史と局地鉄道」で局地鉄道を「小規模な鉄道」の総称と定義し、そのような局地鉄道の研究意義として交通体系の変化、地域社会との関係、鉄道と前近代の連続を挙げ、鉄道史の研究史を整理します。
 「Ⅰ 馬力から蒸気機関へ」では、日本の鉄道創業から局地鉄道が誕生する明治中期までを概観し、馬車鉄道や人車鉄道、蒸気動力の軽便鉄道それぞれの発祥を紹介します。
 「Ⅱ 鉄道熱と法的規制」では企業勃興期の鉄道熱(鉄道会社設立ブーム)と地域社会への波及、全国に蒸気軌道を展開した雨宮敬次郎を扱います。
 「Ⅲ 軽便鉄道の叢生」では、1910年の軽便鉄道法をきっかけとした1920年代前半までの軽便鉄道ブームと、全国へのブーム普及に大きな役割を果たしたコンサルタント・才賀藤吉を紹介します。
 「Ⅳ 局地鉄道の様相」では、国鉄の軽便線や、改正鉄道敷設法・地方鉄道法の制定を背景にした地域と鉄道の関係、局地鉄道の鉱山や港湾と結びついた貨物輸送のほか、台湾や樺太、朝鮮、「満洲」の局地鉄道にまで話は及びます。
 「Ⅴ 地域統合と戦時体制」では、昭和初期の不況を背景にした交通調整、戦時期を背景とした交通統制により局地鉄道が地域統合へ向かう状況を描き、また戦後の石炭不足期に進められた動力の電化・内燃化にも触れます。
 「Ⅵ 高度経済成長から国鉄解体まで」では戦後の局地鉄道について、自動車の台頭による地方の局地鉄道の衰退と、国鉄のローカル線問題、第三セクターの登場を叙述します。
 「終章 二一世紀の局地鉄道」では、局地鉄道を取り巻く厳しい現状の中で、観光による新たな需要発掘の事例を紹介しています。

 と、本書は二百頁余りの決して大部とはいえない一冊の中で、時代を追って、局地鉄道の持つ様々な性格をあますところなく豊富な実例を以って紹介しています。交通史の入門者向けというのがまず目的の本と思いますが、普通の鉄道好きにも取っつきやすいと思います。コラムや数多くの写真(過半は著者ご自身の撮影というところが、三木先生の「鉄分」の濃さを示しているように思われます)が盛り込まれており、また前著から転載された地図やグラフが載っていて、読みやすさに配慮されています。
 ただグラフは、ちょっと見づらいかも知れません。版型の大きな前著からそのまま転載したので縮小されているところに加え、元々情報量が多くて解読に骨の折れる図も少なくないので、より一層目がチカチカするきらいが若干あります。もちろん、虫眼鏡で拡大して読むだけの価値があるのですが、それだけにもったいない気もします。
 それはともかく、著者の前著を読んだ小生のような読者にとっても、通史的な整理がされた本書の価値は大いにありますし、リファレンスとして便利です。そして通史的な整理をする過程で新たな見解も盛り込まれていまして、例えば局地鉄道研究ではJR・私鉄という区分が有効性を失っていること、私鉄も大手・中小という区分だけでなくローカル線を有する大規模事業者を「大私鉄」と見るべきなど、賛否はともかく刺激を受けることが出来ます。「前の本の焼き直し」なんて言わせることはなく、三木先生の目論見は達成されていると思います。

 とまあ、こんな感じの新刊紹介を書きました。内容を要約したら字数が尽きてしまったし、書評じゃないからこれでいいかと思いましたが、ブログではそっちで書けなかった疑問点なども以下に書いてみようかと。下書きの段階ではそこまで書いていたので、お蔵入りはもったいない、というわけで(笑)

 本書は上に書いたように、三木先生の前著2冊をベースに再編したものですが、そこに新たな観点も加わっているのです。それはよいことなのですが、同時に一つ問題もはらんでいると感じました。
 三木先生の前著では、「局地鉄道」とは、全国レベルの交通網(江戸時代~明治半ばまでは海運、その後鉄道が取って代わる)に接続する、地域内で完結した小規模な鉄道、具体的には軽便鉄道のような地域に根ざした小私鉄が取り上げられており、「局地鉄道」の定義がはっきりしていました。本書では、視野を戦後まで広げ、ローカル私鉄だけでは局地鉄道のみを語ることは出来ない、新幹線やごく一部の幹線以外のJRも地域的な輸送を中心に行っている局地鉄道であると指摘され、国鉄の地方交通線を取り上げています。
 確かにローカル私鉄だけでは、地域内で完結する小鉄道を論じるに不足というのはもっともと思います。ですが、そうやって話を広げていくと、はてではどこまで「局地鉄道」なんだろうかと、定義が変わってしまっているのではないかと思われるのです。

 本書では序章で、小規模の定義として20マイル(約30キロ)以下という数字が出てきますが、その後の論ではその距離に特にこだわっているということはなさそうです。それはむしろ、時代に合わせて柔軟に解釈する方が妥当だとは思いますが、であれば時代毎の交通体系の変化に合わせて、局地鉄道自体の定義づけももうちょっと明確に変遷を意義づけていってもいいのではないでしょうか。同様に「地域内で完結」の地域の様相も変化しているわけで、思いつきですが、交通機関の高速化・市町村の合併の進展によって、明治時代なら30キロで良かった「局地」が、今はもっと広範囲になってしまっているとも考えられないでしょうか。
 以前、三木先生の『水の都と都市交通』を読んだ時だったかと思いますが、三木先生は地域ごとの私鉄の統合について、不況を背景に昭和初期から進められていた「交通調整」と、戦時下の「交通統制」とを区別するべきことを強調されていました。それは全くもっともな、従来混同されやすかった問題点でした。しかし三木先生は同書の後ろで、「スルッとKANSAI」も交通調整だ、のようなことを書かれていたもので、その当時読書会のご指導を仰いでいた某先生が「これでは何でも交通調整になってしまう」と指摘されておりました。何となく類似した傾向を感じないでもありません。従来の定義づけでは見えてこないところを踏み出して興味深い指摘をして下さった反面、踏み出した原点が曖昧になってしまったと申しましょうか。

 とまあ、この点については疑問も感じましたが、おそらくこの点は今後検討せらるべきであって、本書の価値を大きく損なうものではないと思います。若輩者の放言と言うことでご海容の程。
 ちょっと検索してみたところでは、以下のような感想がネット上で見つかりました。

・久安つれづれ日誌さん「『局地鉄道』(三木理史著 塙選書)を読みました。」

 拝読する限りでは、鉄道にある程度関心をお持ちでも、マニアや専門というわけでもない、そのような読者の方のようで、そのような方に面白く読まれたということは、本書の目的は充分達成されているものと思います。
 ただそれだけに、本書に固有名詞の間違いが散見されたのは、初めてそのような情報を得る方にとってちょっと問題と思います。小生が気がついた範囲で以下に指摘しておきます。

・10頁:中国鉄道は現JR因美線ではなく津山線・吉備線
・185頁:瀬棚線は新潟県ではなく北海道
・186頁:臼ノ原→臼ノ浦、石狩炭田→石狩沼田
・189頁:明和線→明知線(多分)

 三木先生ほどの方が斯様な間違いをするとは、上手の手から水が漏れるということもあるのだなと思いますが、どっちかというと編集部の問題かも知れません。

 以上、長々と書いてまいりましたが、ローカルな鉄道の歴史や、地域と鉄道の関係に興味のある方は是非どうぞ。

※追記:三木先生の『都市交通の成立』の紹介はこちらへどうぞ
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by bokukoui | 2009-11-28 23:59 | 鉄道(歴史方面) | Trackback | Comments(2)

ナヲコ『なずなのねいろ』各巻のウェブ上感想リスト

 今月発売のナヲコ先生の『なずなのねいろ 2』の紹介記事を先日当ブログでも書きましたが、あんまり自分でもいい出来とも思えないので、そこで自分で書いてダメなら人のを読めばいい(?)ということで、ネットでの同書の感想をいろいろ集めてみました。まあこれまでも、何かの折に触れ検索して見つけたのをブックマークしたりしていたので、その成果の放出ということで。
 あるお題について、検索して発見したものを網羅的にリストを作って片端から読んでいくという作業は個人的には嫌いではないし、日常的にやっていることでもあるのですが、最近革新官僚のことをにわか勉強していて、奥村喜和男の著作リストなぞこしらえて片端から読んでいくと、さすがに脳みそが多少くらくらしてきた感もありまして(苦笑)、心安らぐリストでも見たい気になったかなと。

 徳間のサイトに出たのでリンクしときます。

(続きは以下に)
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by bokukoui | 2009-10-24 23:59 | 漫画 | Trackback(1) | Comments(0)

ナヲコ『なずなのねいろ 2』(リュウコミックス)発売

 多忙でくたばっているうちに、めでたかるべきこの発売日も、鉄道記念日も過ぎ去ってしまっておりました。
 というわけで、やや出遅れましたが、ナヲコ先生の新刊を手に入れました。

ナヲコ『なずなのねいろ 2』
 前巻が出てから一年と三ヶ月、めでたく2巻が出ました。
 今回は特に特典などの情報がありませんでしたので、大学の近所の某書店で購入。いかにも「街の本屋さん」な規模の店なのに、『なずなのねいろ』2巻を平積みにしていて感心。1巻も並べてあるし。少しでも多くの人に手にとってもらえればと思います。

 ところでふと冷静になって思うに、小生は『なずなのねいろ』1巻の感想をこのブログでちゃんと書いていません。それどころか『からだのきもち』も、いやいや遡れば『voiceful』だって書いたかどうか。『なずなのねいろ』1巻&『からだのきもち』発売の時は、記事が変な方に逸れていったし(それが当ブログの仕様といえばそれまでですが)、『voiceful』の時もあんまり大したことは書いてませんね。あ、最近も『つぼみ vol.3』掲載の「プライベートレッスン」の事を書いてませんな。
 言い訳になりますが、自分の好きなもの、それも特にこのような、自分の心の奥深くにしみこんでくるような作品について語ることは、とても難しいことです。下手に分かったように分析してしまうと、自分の受けた感興を自ら制約してしまうことにもなりますし。むしろ自分でも分からないことにこそ価値があるのかも知れません。
 ですが言い訳ばかりなのも何なので、内容紹介がてら簡単に。

 1巻でギター少年・伊賀君が、三味線少女のなずなに出会ってその音に惹かれ、三味線部を作ろうと伊賀君が言い出します。それをきっかけにふたりの周りの人々が動き出して・・・てなところで2巻に入り、なずなの過去が語られ、それを知った伊賀君やなずな本人とその周りの人々が・・・と書いてみると、つまり「お話」としては1巻からそれほど「進んで」いるわけではないんですね。まだ正式に三味線部発足してないし。
 ですがこの巻では、伊賀君によって「文化祭に出る」という、学園ものらしいといえばらしいような目標が掲げられました(もっとも、『voiceful』の最終話が、公開録画に出て始めて人前で歌うことだったのと同じなのかも知れません)。で、思うにこれは、この作品自体にとっても「進むべき目標」として設定された様なものだなあ、などと思います。本巻では動き始めた人々の心を丁寧に描写していて、それはとても丁寧なのですが、そのためお話としてはなかなか先に進んではいきません。それはおそらく、ナヲコ先生がこの作品をどう進めていくか試行錯誤しておられるのだろうと思うのです。で、最初「文化祭」なんてありきたりの学園ものみたいだな~と一瞬でも思わなかったと言えば嘘になりますが(苦笑)、考え直せば目標を定めるということにはそれなり以上に意味があるのだろうな、と思うに至りました。だからますます、続きが気になるのですが。

 とはいえ、作品(のキャラクター)と作者を重ねて見てしまうというのは、感想としてはどうなのかな、と我ながら思わないではいられません。長年追いかけている作家さんだけに小生自身がそう思うことはやむを得ないとしても、感想としての普遍性には欠けてますね。そして、音楽という形の表現に悩むキャラクターに、漫画で表現する作家さんの仮託を読み取りたがると言うことは、畢竟その読者自身が作家さんに対して何かを表現することへの想いを仮託したがっているということに過ぎず、自分に跳ね返ってきてしまうことに苦笑するのでした。
 まあ、つまり、小生はこの漫画を大学帰りに買ってその晩に感想を書いているわけですが、何しに大学に行ったかと言えば、編集者・・・もとい指導教官に論文のダメだしされてたからだったのでした。

 結局『voiceful』の時と同じような落ちになってしまいましたね。芸がない。
 まあ、芸なしではありますが、せっかく今月はナヲコ先生の単行本も出たし雑誌連載も再開のようだし、来月はまた『つぼみ』が出るようで次回予告にもお名前があったし、ということで、今月から来月半ばまで勝手に「ナヲコ作品販促月間」とでもして、積み残している感想などを書いていければと思います。

※追記:「販促月間」第2の記事はこちら→
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by bokukoui | 2009-10-15 23:59 | 漫画 | Trackback | Comments(0)

『COMICリュウ』9月号雑感・伊藤伸平先生、中原淳一をパクる?

 時代の先端の女子高生は軽音楽じゃなくて三味線、軽音部なんか廃部にして三味線部にとっとと改組すべし、と昨今の世相を慨嘆しておられる同志は、多分全国に百人くらいはいるんじゃないかな・・・と思う今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。小生は相変わらず不調の極みで、暑さ負けの上に睡眠も乱調で活動効率が著しく低下しております。コンピュータの方も暑さのせいか無線LANに胡乱な振る舞いが多く、こちらも活動効率が低下しております。先日憑かれた大学隠棲氏のご尽力で廉価に新たなノートパソコンを導入し、図書館での資料打ち込みの効率の向上を狙いましたが、そんなこんなでまだその真価を発揮するに至っていないのは遺憾です。更に、いかに世間の相場から見て廉価とはいえ、諸般の事情によりここしばらく資金繰りも苦しく、何事も思うに任せません。
 そんな小生の身辺状況はどうでもいいのですが、何か書く気力も落ちているので、今日のところは小ネタを一つ。

 ここ半年以上中絶していたこのコーナーですが、止めていた理由は一つにはナヲコ先生の「なずなのねいろ」がしばしば休載していたことで、全般的な気力の減退もありますが、最大の理由は面倒だったの一言に尽き、雑誌自体は毎月読んでおりました。『月刊COMICリュウ』はマイナーもいいところの雑誌ですが、最近は連載作品の一つでライトノベル(神楽坂淳著)からコミカライズされている「大正野球娘。」がアニメ化されていまして、そんなわけで今月発売号の本誌の表紙も「大正野球娘。」が飾っています。
 で、小生も専門からして大正時代を扱った本作を結構注視しておりますが、今月号の表紙を見ていてふとあることに気がつきました。本誌の表紙は公式サイトから見られますが、クリックしていただくのも手間なので、肝心な部分を以下にアップしておきます。
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『月刊COMICリュウ』2009年9月号表紙
「大正野球娘。」キャラクター(左:鈴川小梅、中:小笠原晶子、右:川島乃枝)

 ここでは、お嬢こと小笠原晶子の衣装に注目しておいて下さい。
 で、以下に示しますのは、大正時代から昭和初期にかけての女学生の文化や風俗をグラフィカルにまとめた弥生美術館・内田静枝編『女學生手帖 大正・昭和 乙女らいふ』(河出書房新社)に掲載されている、中原淳一が雑誌『少女の友』に描いた洋服のファッションガイドです。
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中原淳一「『少女の友』ファッション・ブック」より「シクラメン」
(『女學生手帖 大正・昭和 乙女らいふ』p.29より引用)

 中原が亡くなってからまだ四半世紀くらいしか経っていませんので、著作権法上問題が厳密にはあるかも知れませんが、批評上必要な範囲の引用ということでご諒解の程。

 で、これはきっと、コミック版を描かれている伊藤伸平先生が、ネタ本に『女學生手帖』を使ったんだろうなあ、と思った次第。
 もちろんパクリを云々なんてつもりは小生には全然ありませんで、むしろ「大正」「女学生」というのでネタ本を探せば、最初に突き当たるのは間違いなく本書なので、大正時代に野球をする話の筈なのに何故か扉絵でソ連戦車T-34/85が疾走している(しかも見開き)ような、原作蹂躙上等な本コミカライズといえど伊藤先生はちゃんと調べるところは調べておられるのだと納得した次第です。もっとも今月号の本誌連載でも、何故か戦闘ヘリアパッチが乱舞して終わってましたけど・・・。
 ただ、『女学生手帖』の記事によると、中原淳一が「女学生服装帖」を雑誌『少女の友』に連載していたのは1937年から1940年にかけてのことだそうで、ここに挙げた衣装は1937年8月号の附録なのだそうです。つまり昭和12年ですね。一方「大正野球娘。」の年代設定は大正14年=1925年・・・さすがお嬢、流行を十年以上も先取りしてる!?

 「大正野球娘。」関係はまだ色々ありますが、それはまたの機会にして、ちょこっと今月号を始め最近の『リュウ』について書いておきます。

 ここ半年あまりの『リュウ』における最大の収穫は、何といっても吉川良太郎 / 黒釜ナオ「解剖医ハンター」です。近代医学前夜の18世紀英国を舞台とした作品で、やはりこの時代はもっと扱われて然るべき面白さがあると思います。設定を抜きにしても、絵と話とがうまく波長が合っている感じ。連載希望。単行本化更に希望。

 速水螺旋人「螺子の囁き」は毎回楽しみ。特にこの半年で一番衝撃的だったのは、無火機関車が登場したこと。機関車と産業機械のあいのこみたいなものですが、よくまあこんなのをと感心。
 最近の「鉄道ブーム」的風潮で、鉄道を題材にしたマンガが幾つも出ているようで、小生も幾つか集めましたが(そして最近一つ記事を書きましたが)、そういうのを読むにつけ、何度でも言いますが、『速水螺旋人の馬車馬大作戦』所収「頭上の装甲列車」は鉄道マンガ(厳密にはマンガじゃないけど)の極北というべき傑作だなあと痛感しています。

 ナヲコ「なずなのねいろ」、秋には単行本2巻が出るそうで一安心。最近はリカコさんの活躍ぶりが目立ちますが、そんなこんなでみんなが動き出した分、全体のお話の進み具合はやはりゆっくりです。なかなか三味線部が始動しないのは、何かを「始める」ことに至る心の動きが現在のところはテーマになっているためであって、いつまで経ってもまともに野球をしない同誌の某野球マンガと理由は異なってるだろうと思います。

 他にも、『ルー=ガルー』の連載終わったけど樋口先生は再登場しないのかな(是非希望)とか、『エマノン』ちゃんと載ってるなあとか、下らないと思っていた見ル野栄司『敏腕!インコさん』が何ヶ月も読んでいると面白く感じられるようになって困ったなあとか、いろいろなくもないですが、取り敢えず今日のところはここまでで。
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by bokukoui | 2009-07-30 20:45 | 漫画 | Trackback | Comments(4)

笹田昌宏『あの電車を救え! 親友・岸 由一郎とともに』紹介

 昨年の岩手・宮城内陸地震で亡くなられた、交通博物館学芸員の岸由一郎さんについては当ブログでも過去に何度か触れ、先日も岸さんが地震に巻き込まれる遠因となったくりはら田園鉄道の廃止後の現況と保存について紹介しましたが、その岸さんの活動をまとめた本が出版されました。
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 アマゾンによれば発売日は明日23日だそうで、そのためか現在のところ出版元のJTBパブリッシングのサイトにはまだ案内がありません(奥付では8月1日発行となっています)。しかし近日中には店頭に並ぶものと思います。小生はちょっとしたご縁がありまして、発売前に本書を一冊戴き、その帰途に読み切ってしまいました。それだけ引き込まれる内容で、ご関心のある方には是非お手元に置いていただきたい一冊と思い、ご紹介する次第です。

 本書の著者の笹田昌宏さんは、岸さんの長年のご友人で、『全国トロッコ列車』を岸さんと共著で、本書と同じ版元から出されています。
 本書では、岸さんの関わったさまざまな鉄道の保存活動、具体的には都電や京福電鉄、蒲原鉄道、新潟交通などのエピソードを中心に、交通博物館や鉄道博物館のことも触れられています。日本の各地の保存活動に、いわばそのハブ的役割を果たしていた岸さんの存在の大きさが、改めて痛感されます。
 鉄道の歴史に興味のある方に是非読んでいただきたいのはもちろんですが、扱われている保存活動の対象が全て鉄道であるとはいえ、単にその世界にとどまらない価値があると思います。それは、歴史と現在の人間とをどうつなぐかという大きく普遍的な課題に対し、ものを残すという活動を通じて、一つの偉大な活動の先例を示していると小生は思います。
 あとはこの先例そのものを、歴史的な事項にしてしまわないのが、肝要なことです。

 個人的に知っている方々やエピソードなども出て来るので、あんまり客観的な感想をうまく記すことが出来ませんが、多分小生のそのような感情を抜きにしてもなお、鉄道や近代史や博物館に興味を持たれる方にとっては、手許に置く価値のあろう一冊と思います。
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by bokukoui | 2009-07-22 23:39 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(2)

鉄道と漫画・MATSUDA98篇 19才の「鉄道むすめ」はなぜ死んだか

 当ブログでは前にも「鉄道とマンガの話」なるシリーズをやっておりましたが、久しぶりのその続き、みたいな話です。
 先日、書店で平積みになっていたのを何気なく見かけ、つい購入してしまったのがこの一冊。

MATSUDA98
『鉄道むすめ~Terminal Memory~

 左の書影はオンライン書店boopleから引用しましたが、実際の色調より濃いめな感じがしますので、(※追記:boopleがなくなったのでアマゾンに差し替えました)作者のMATSUDA98さんのサイトの画像を参照されるのが宜しいかと思います。サイズも大きいし。


 「鉄道むすめ」という、鉄道の現業従業員の制服姿の美少女フィギュアのシリーズがあるということは知っていましたが、フィギュアには関心がないので特に注意を払ってはいなかったところ、マンガになっていたのには驚きました。というか、どうやらフィギュアから小説やらゲームやら実写ドラマ(!?)やらにメディア展開し、これはゲームを漫画化したものらしいです。うーん・・・
 小生はそれだけいろいろ展開しているらしい「鉄道むすめ」業界については全く疎いので、これから自分が書く感想がとんでもなく頓珍漢ではないかという恐怖に襲われましたので、まずは斯界に通じておられる先達の方々の感想を、検索して発見した範囲でご紹介したいと思います。

・「こばぴょんのブログ」さん
・「アーリオ オーリオ」さん
・「mujinの日記」さん
・「Planetary Diary」さん
・「それは舞い散るマッチのように(ただいま受験生!!)」さん
・「日々に暮らす」さん
・「マンガ肉が足りないっ!」さん
・「睦月堂工房」さん
・「みきろぐ♪」さん
・「青い留置線・改」さん
・「犀の目ぶろっぐ」さん
・「ゆな日記」さん
・「3日坊主のメイドさん」さん
・「びぜんやのみたものよんだもの」さん
・「side=2」さん

 数多く見つかりました。なかなか人気のようですね。感想を書かれている方は、どちらかと言えばマンガや「萌え」方面にご関心の方が多いようで、鉄道も好きそうな方も見受けられますが、そういう人以外にも浸透することに成功しているようです。しかしこうなると、がっつり鉄道のことを書くつもりの小生はやっぱ頓珍漢なのかと・・・
 本書は3部構成で、それぞれが前後編に別れています。前篇は雑誌記者(男)が各々の鉄道を取材に行って「鉄道むすめ」に案内してもらい、後篇が彼女たちのエピソードになっています。取り上げられているのは順に、銚子電鉄・三陸鉄道・広島電鉄です。個人的には以前どれも乗ったことがあるもので(三陸鉄道は全線乗ってないと思いますが。確か小本から岩泉にバスで抜けたので)、その折のことを思い出しつつ読みました。昔行った時はまだ「己斐」駅だったなあ・・・

 小生の感想ですが、女の子の絵はとても可愛いし、お話もラブコメ的なのではなくて、鉄道を舞台とした職業意識とキャラクターの成長がテーマとなっている真面目なもので、それに観光案内というか地域振興的な要素も盛り込まれています。鉄道会社も随分協力的なようで、このマンガとタイアップしたスタンプラリーをやっているそうです。
 このような、「美少女」+他の何か、的なものについて、当ブログでは以前『おしおき娘大全集』を酷評したことがありましたが、このマンガ版『鉄道むすめ』はそのような問題はありません。絵師のMATSUDA98さんは、鉄道なんか知識もないし描いたこともない旨を書かれていますが、やはり現地取材の成果か、情報もいろいろ盛りだくさんで、面白く読めます。もしかすると「鉄道むすめ」抜きの番外編取材マンガが一番面白かったり? かはともかく、他の「萌え」+ネタ的なものと違い、見に行って乗って感じることができるものだけに、ちゃんと取材すれば、他のその手のものが陥りがちな弊を免れた、地に足の付いたものになるのだろうと思います。
 このような媒体を通じて、直接観光収入に結びつくという形でなくても、鉄道への認知度と好感度が上がることは、現今の社会情勢に照らしても結構なことと思います。否、むしろ直接的な収益よりも、無形の好感度の方が重要かも知れません。結局、銚子や三陸のような鉄道の存続は、地元の支持にかかっているわけですから。また広島も、路面電車が存続できたのは、警察が軌道内自動車乗入禁止に理解があったことが一因と聞きますが、これも地元の理解なくしてはできないことです。

 という感想を抱きましたが、一方で多少改良して欲しい点も感じたので、絵とお話とでそれぞれ一点づつ。

 絵については、女の子はそらもう可愛いんですけど、鉄道車輌がいまいち可愛くないのです。鉄道の絵に間違いがあるとあら探しをしたいのではありません、むしろ本作の車輌の絵は正確です。写真資料を活用しているのでしょう。でも、その正確な車輌の絵と、「萌え」な美少女の絵を並べると、どうもしっくり来ない感じを受けてしまいます。お互いに浮いてしまうというか。
 では「可愛い」鉄道車輌の絵は、といって小生が即座に思い浮かべられる実例は、『速水螺旋人の馬車馬大作戦』巻頭を飾る「頭上の装甲列車」しか思いつかないのですが、「メカ」全般となれば宮崎駿『雑想ノート』も挙げられるでしょう。これらの作品では、美少女とメカとが一つの世界に馴染んでおり、しかもデフォルメされたメカの描写が、写実性と両立しているのです。
 もっともそれは、マンガの歴史において、女の子を漫画的にデフォルメして描く技法が長年にわたって発達してきたのに、メカものの中でも特に鉄道車輌については発達してこなかったせいもあるんじゃないかなと思います。それは昔、『アドルフに告ぐ』を読んでいて、手塚治虫以来の理由があるんじゃないかと思ったことがありますが、話が逸れるのでその話はここまで。

 お話については、銚子電鉄の章でせっかく、取材に来た記者が「鉄道むすめ」さんに「今日つくしさんがするべきことは観光案内なんかじゃなかったんじゃないですか?」という台詞があったのに、地域の乗客の影が薄かったのは残念だなあという気がちょっとしました。結局、外から来る人の視点にとどまっていて。
 どこで読んだか聞いたか忘れましたが、ローカル私鉄の経営について印象に残っている言葉に、「観光客100人が乗った売上は、沿線の高校生一人が自転車通学に切り替えることで吹き飛んでしまう」というのがあります。「ローカル線研究をするなら先ず沿線の高校に行け」とは、地方鉄道研究第一人者の方から聞いた言葉でした。黒部峡谷鉄道のような例もありますが、やはり鉄道の多くは、沿線の顧客あってこその存在でしょう。そしてローカル線の場合、その中心は高校生と老人である場合が大半です。
 というわけで、制服の女子高生をいっぱい出して、「鉄道むすめ」との間で「百合」風味も交えれば売上がさらに2割増し・・・になるかな?(笑)
 もっとも、では日常を支える安全や安心、を中心に据えたら、「鉄道むすめ」より「鉄道おばさん」の方が適切な気もしてきます。ロシアの電車みたいな。

 てなわけで、今まで敬遠していた「鉄道むすめ」ものでしたが、このマンガはなかなかと思います。改良を加えて続きを・・・と思ったら、どうも連載終了したみたいですね。残念。
 フィギュアからの展開なら、小説や実写ドラマと較べても、マンガというのはもっとも素直そうな選択なのに、案外扱いが軽いですね。これもやはり、マンガの文法で鉄道車輌を「可愛く」書く手法が確立されていないから、なんでしょうか。

 さて、既に充分長いですが、本書では安全を守るという鉄道員の責務が一つのテーマになっており、また広島電鉄のところで戦時中の女子職員の話が出てきたので、ふと思い出したことがあり、この機会に書いておきます。
 お話の前に、文字ばかりでも何なので一枚。
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新潟電鉄(のち新潟交通)の戦時中の女性車掌
『新潟市史 通史編4 近代(下)』(新潟市)p.427より

 『日本民鉄電車特集集成 第2分冊』という、『鉄道ピクトリアル』誌の過去の記事から私鉄電車に関するものを集めた本(この本自体発行以来30年経ってますが)が小生の蔵書中にありまして、当時東武鉄道の杉戸教習所長であった早川平左衛門という人の書いた「今にして思う」という文章が気になっています。以前読んでいたのですが、最近調べ物で本書をまた繙き、思い出したのでこの機会に。
 この記事が何年に書かれたかが記載されていないのですが、三河島鶴見の事故からさほど経っていない時のようです。昭和40年前後でしょうか。
 この記事は、戦時中東武で起こった「社有史上最大」の事故について、直接は書いたものです。1945年4月11日、東武伊勢崎線剛志~新伊勢崎間で、タブレット扱いの間違いから下り貨物列車(蒸気機関車牽引)と上り電車が正面衝突し、死者58名、負傷者240名に及んだという大事故でした。早川氏はこの事故を回想し、原因について以下のように述べます。
 今にして思う、応召者は日を追って増加し、男子従業員は極端に減少したので、これが補充のため職場に働く女子従業員を運転士に養成する方針を樹て、直ちに実施されたのである。養成期間は電車構造と機器の取り扱いにつき2~3週間、電車運転見習約1カ月を目途に15人が養成され、単独作業についたのであった。なお内1名は単独仕業いくばくもなくして、当社佐野線渡瀬駅構内において正面衝突事故を惹起し、19才を一期に女子運転士初の犠牲者として惜しくも鉄路に散華したものである。本件(註:伊勢崎線の正面衝突)運転士もまたこれに準ずる短期養成者であって、今にしてこれを思えば教育の徹底と指導の充実によって、よくこれを防ぎ得たものとして惜しまれてならない。
 小生が知る限り、空襲に巻き込まれて亡くなったのは別として、女性の運転士が事故で殉職したケースはこれしか聞いたことがありません。しかし、本件は詳細が分からず、東武の社史にも東武労組が作った三十年史にも記載がなく、日時も状況も分からないのは悲しいことです。どなたか詳細をご存じの方がおられましたら、是非ご教示下さい。

 この事故(伊勢崎線も佐野線渡瀬駅も)の原因について、早川氏は要するに、戦時中のこととはいえ訓練が不十分だったことに帰していますが、どうなのでしょうか。確かに戦争中に事故が多かったことは事実ですが、他の会社も同様だったのでしょうか。
 戦時中の男手不足を補った女性運転士については、『鉄道ピクトリアル』2007年3月臨時増刊号(通刊787号)の京成特集号に、白土貞夫「京成の女性運転士第一号 髙石喜美子さんに空襲下の運転の想い出を聞く」という興味深い記事があり、元女性運転士の方にインタビューをしています。その中で、髙石さんが受けた講習について、「講習は津田沼教習所二階で行われ、最初の1ヵ月間は運転法規、続いて車庫での実習が1ヵ月、最後の1ヶ月が私達がお師匠さんと呼んでいた指導運転士が付き添っての見習い運転でした」と語っておられます。
 これを東武と比較すると、京成が教育に3ヵ月かけたのに対し、東武は1ヵ月半に過ぎません。戦時中とはいえ、やはりあまりに焦りすぎて時間をかけなかったことが、東武で19才の女性運転士が殉職してしまった原因の一つなのかも知れません。せめて京成くらいかけていれば・・・髙石さんの回想に事故で死者が出た話はありませんので、京成ではそのような事態はなかったようです。
 髙石さんの回想には、床下のラインブレーカーが火を噴いたので、火事になっては大変と感電の危険も顧みず「夢中で屋根に駆け登ってパンタグラフを下ろした」という、職業意識を感じさせる話もあります。当時の電車は車内からパンタグラフの操作ができなかったんですね。また、妹さんも京成で車掌を車掌をされていたんだとか。

 女性と鉄道の仕事の関係については、まだ書きたいこともあるのですが、最初のお題から外れまくってるし(いつものことですが)、充分長いのでこの記事はここら辺でいったん打ち切ります。
 次回の続篇「もっとも過酷な仕事に従事した「鉄道むすめ」たち~8メートルの雪を除雪せよ」(仮題)をご期待下さい。

※追記:続篇が完成しました。こちらへ→「もっとも過酷な「鉄道むすめ」の仕事 8メートルの雪を除雪せよ 附:飯山鉄道の隠しておきたい歴史」
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by bokukoui | 2009-05-12 23:52 | 鉄道(その他) | Trackback(1) | Comments(13)