三木理史『塙選書108 局地鉄道』(塙書房)紹介
というわけで、表題の本を以下にご紹介します。
三木理史『塙選書108 局地鉄道』塙書房
たまたま本書の新刊紹介をさるところに書くことになり、先日やっとこさ原稿を出してきたのですが、新刊紹介なので内容を紹介しただけで紙数が尽きてしまい、感想などを記すことが出来ず残念でしたので、はみ出した分をブログに転用してやろうというわけです。
それはそれとして、まず順序として本書の内容紹介を。
局地鉄道とは、延長30キロ(20マイル)程度以下の、地域内の輸送にもっぱら従事するような鉄道のことですが、三木先生は前世紀末に『近代日本の地域交通体系』(大明堂・同社は廃業したので古本で探して下さい)、『地域交通体系と局地鉄道―その史的展開―』(日本経済評論社)という二冊の研究書を発表され、局地鉄道研究についての権威(という言い方は仰々しいですが・・・)の方です。で、このたび局地鉄道についてコンパクトな一冊を出すこととなり、当初はこの二冊を一般向けに再構成する構想だったそうですが、著者ご自身が「二番煎じ的」内容に満足できず(「あとがき」p.214)、局地鉄道の通史という新たな形として編まれたものです。内容を以下に章ごとにおおざっぱに要約して紹介しますと、
「序章 日本鉄道史と局地鉄道」で局地鉄道を「小規模な鉄道」の総称と定義し、そのような局地鉄道の研究意義として交通体系の変化、地域社会との関係、鉄道と前近代の連続を挙げ、鉄道史の研究史を整理します。
「Ⅰ 馬力から蒸気機関へ」では、日本の鉄道創業から局地鉄道が誕生する明治中期までを概観し、馬車鉄道や人車鉄道、蒸気動力の軽便鉄道それぞれの発祥を紹介します。
「Ⅱ 鉄道熱と法的規制」では企業勃興期の鉄道熱(鉄道会社設立ブーム)と地域社会への波及、全国に蒸気軌道を展開した雨宮敬次郎を扱います。
「Ⅲ 軽便鉄道の叢生」では、1910年の軽便鉄道法をきっかけとした1920年代前半までの軽便鉄道ブームと、全国へのブーム普及に大きな役割を果たしたコンサルタント・才賀藤吉を紹介します。
「Ⅳ 局地鉄道の様相」では、国鉄の軽便線や、改正鉄道敷設法・地方鉄道法の制定を背景にした地域と鉄道の関係、局地鉄道の鉱山や港湾と結びついた貨物輸送のほか、台湾や樺太、朝鮮、「満洲」の局地鉄道にまで話は及びます。
「Ⅴ 地域統合と戦時体制」では、昭和初期の不況を背景にした交通調整、戦時期を背景とした交通統制により局地鉄道が地域統合へ向かう状況を描き、また戦後の石炭不足期に進められた動力の電化・内燃化にも触れます。
「Ⅵ 高度経済成長から国鉄解体まで」では戦後の局地鉄道について、自動車の台頭による地方の局地鉄道の衰退と、国鉄のローカル線問題、第三セクターの登場を叙述します。
「終章 二一世紀の局地鉄道」では、局地鉄道を取り巻く厳しい現状の中で、観光による新たな需要発掘の事例を紹介しています。
と、本書は二百頁余りの決して大部とはいえない一冊の中で、時代を追って、局地鉄道の持つ様々な性格をあますところなく豊富な実例を以って紹介しています。交通史の入門者向けというのがまず目的の本と思いますが、普通の鉄道好きにも取っつきやすいと思います。コラムや数多くの写真(過半は著者ご自身の撮影というところが、三木先生の「鉄分」の濃さを示しているように思われます)が盛り込まれており、また前著から転載された地図やグラフが載っていて、読みやすさに配慮されています。
ただグラフは、ちょっと見づらいかも知れません。版型の大きな前著からそのまま転載したので縮小されているところに加え、元々情報量が多くて解読に骨の折れる図も少なくないので、より一層目がチカチカするきらいが若干あります。もちろん、虫眼鏡で拡大して読むだけの価値があるのですが、それだけにもったいない気もします。
それはともかく、著者の前著を読んだ小生のような読者にとっても、通史的な整理がされた本書の価値は大いにありますし、リファレンスとして便利です。そして通史的な整理をする過程で新たな見解も盛り込まれていまして、例えば局地鉄道研究ではJR・私鉄という区分が有効性を失っていること、私鉄も大手・中小という区分だけでなくローカル線を有する大規模事業者を「大私鉄」と見るべきなど、賛否はともかく刺激を受けることが出来ます。「前の本の焼き直し」なんて言わせることはなく、三木先生の目論見は達成されていると思います。
とまあ、こんな感じの新刊紹介を書きました。内容を要約したら字数が尽きてしまったし、書評じゃないからこれでいいかと思いましたが、ブログではそっちで書けなかった疑問点なども以下に書いてみようかと。下書きの段階ではそこまで書いていたので、お蔵入りはもったいない、というわけで(笑)
本書は上に書いたように、三木先生の前著2冊をベースに再編したものですが、そこに新たな観点も加わっているのです。それはよいことなのですが、同時に一つ問題もはらんでいると感じました。
三木先生の前著では、「局地鉄道」とは、全国レベルの交通網(江戸時代~明治半ばまでは海運、その後鉄道が取って代わる)に接続する、地域内で完結した小規模な鉄道、具体的には軽便鉄道のような地域に根ざした小私鉄が取り上げられており、「局地鉄道」の定義がはっきりしていました。本書では、視野を戦後まで広げ、ローカル私鉄だけでは局地鉄道のみを語ることは出来ない、新幹線やごく一部の幹線以外のJRも地域的な輸送を中心に行っている局地鉄道であると指摘され、国鉄の地方交通線を取り上げています。
確かにローカル私鉄だけでは、地域内で完結する小鉄道を論じるに不足というのはもっともと思います。ですが、そうやって話を広げていくと、はてではどこまで「局地鉄道」なんだろうかと、定義が変わってしまっているのではないかと思われるのです。
本書では序章で、小規模の定義として20マイル(約30キロ)以下という数字が出てきますが、その後の論ではその距離に特にこだわっているということはなさそうです。それはむしろ、時代に合わせて柔軟に解釈する方が妥当だとは思いますが、であれば時代毎の交通体系の変化に合わせて、局地鉄道自体の定義づけももうちょっと明確に変遷を意義づけていってもいいのではないでしょうか。同様に「地域内で完結」の地域の様相も変化しているわけで、思いつきですが、交通機関の高速化・市町村の合併の進展によって、明治時代なら30キロで良かった「局地」が、今はもっと広範囲になってしまっているとも考えられないでしょうか。
以前、三木先生の『水の都と都市交通』を読んだ時だったかと思いますが、三木先生は地域ごとの私鉄の統合について、不況を背景に昭和初期から進められていた「交通調整」と、戦時下の「交通統制」とを区別するべきことを強調されていました。それは全くもっともな、従来混同されやすかった問題点でした。しかし三木先生は同書の後ろで、「スルッとKANSAI」も交通調整だ、のようなことを書かれていたもので、その当時読書会のご指導を仰いでいた某先生が「これでは何でも交通調整になってしまう」と指摘されておりました。何となく類似した傾向を感じないでもありません。従来の定義づけでは見えてこないところを踏み出して興味深い指摘をして下さった反面、踏み出した原点が曖昧になってしまったと申しましょうか。
とまあ、この点については疑問も感じましたが、おそらくこの点は今後検討せらるべきであって、本書の価値を大きく損なうものではないと思います。若輩者の放言と言うことでご海容の程。
ちょっと検索してみたところでは、以下のような感想がネット上で見つかりました。
・久安つれづれ日誌さん「『局地鉄道』(三木理史著 塙選書)を読みました。」
拝読する限りでは、鉄道にある程度関心をお持ちでも、マニアや専門というわけでもない、そのような読者の方のようで、そのような方に面白く読まれたということは、本書の目的は充分達成されているものと思います。
ただそれだけに、本書に固有名詞の間違いが散見されたのは、初めてそのような情報を得る方にとってちょっと問題と思います。小生が気がついた範囲で以下に指摘しておきます。
・10頁:中国鉄道は現JR因美線ではなく津山線・吉備線
・185頁:瀬棚線は新潟県ではなく北海道
・186頁:臼ノ原→臼ノ浦、石狩炭田→石狩沼田
・189頁:明和線→明知線(多分)
三木先生ほどの方が斯様な間違いをするとは、上手の手から水が漏れるということもあるのだなと思いますが、どっちかというと編集部の問題かも知れません。
以上、長々と書いてまいりましたが、ローカルな鉄道の歴史や、地域と鉄道の関係に興味のある方は是非どうぞ。
※追記:三木先生の『都市交通の成立』の紹介はこちらへどうぞ。
ご指摘の通り、多少の興味がある程度で、この本を読ませてもらいましたが、いくつかの誤りがあるのかなと思いつつ、総じての内容は決して本書の意義を失うものではないのかなと感じている次第です。
貴殿のブログも、時折覗かさせていただきます。不愉快なコメントをのこずかもしれませんが、黙殺くださいませ。
箕輪さまのような方に読まれて面白いと思われたのでしたら、三木先生も狙い通りと喜ばれると思います。
当ブログは話題が書き手の性格故にとっちらかっておりますが(苦笑)、歴史系を中心に鉄道系の話題が多いと思いますので、時々でも見ていただけたらと思います。宜しくお願い申し上げます。