雑感 COMICリュウ編集部編『非実在青少年読本』(徳間書店)
COMICリュウ編集部編
最近話題になっている東京都青少年健全育成条例の改正問題、「非実在青少年」と称してマンガなどの表現を不当に取り締まる恐れのある条文が提案された件(本件については当ブログの過去記事でもいくつか紹介しました)に関して、先日当ブログでも報じましたが、左のような書物が徳間書店の『月刊COMICリュウ』編集部によって編まれました。小生は以前より『リュウ』誌を愛読しており、また青少年健全育成条例などの問題にも多少の関心を持っている者としては、やはり本書は手元に置かねばと思い、先月31日の発売日に入手しました。
で、同書を一読しましたので、以下に簡単な感想を述べておきます。なお、今検索した時点では、他に同書の感想はまだ上がっていないようですが、サイト「天使行路」さんが編集部に同書について問い合わせをされた記事「非実在青少年読本の版元に聞いてみました」がアップされております。参考になるところの多い記事ですので、リンクしてご関心のある方の参照を乞う次第です。
それでは本題に。時間的余裕などが乏しく個別の記事に関する感想を書く余裕がないので、概観的な感想にとどめます。
本書は表紙に「2010年東京都青少年健全育成条改正案について皆で考えてみた!」とあるように、本件の政治的経緯を解説するというより、このような規制について、表現に携わる人々がどのように考えているかを伝えることに力点が置かれているのが特徴です。巻末「あとがき」に大野修一編集長が、当初は条例改正案を巡って起こった出来事を時系列を追って纏めようとも考えたけれど、「あまりにも膨大」であってそれは断念し、「僕はどちらかといえば『何がおきたか』以上に、それについて『誰がどう考えたか』のほうが気になるタイプなので、結局こういった作りの本になりました」(p.114)とのことです。
その、本書の「作り」とは、まず巻頭に都条例の現行条例と改正案とを比較対照して掲載し、それから条例の問題点について、藤本由香里・山口貴士・兼光ダニエル真・宮台真司など、これまでの改正反対運動でもお馴染みの方々の解説を加え、そしてインタビューや座談会、100名以上の関連業界の関係者へのアンケートが掲載されています。政治的な動きについてはほとんど触れられておりませんので、『リュウ』6月号(4月発売)を読んだ際、読者投稿欄の編集部コメントに感じた疑問のようなことは、起こっていません。とりあえずその点は安心です。
条例の問題点に関する解説は、小生が今まで見聞したいくつかのイベントなどで解説された内容と同じことですが、このようにハンディな形で纏められたために参照しやすく、便利です。宮台真司氏は以前のイベントで、このような表現規制に関する問題の論点は、90年代の頃から既に出尽くしていて、同じことを何度も言わされている、というような発言をされていたかと思いますが、基本の論点と情報をしっかり確認しておくことは、ものごとの基礎として大事でしょう。ネットで最新の情報ばっかり追っかけていると、あらぬ方向へ逸れていったりすることもままありますし。
また本書が広く(だといいんですが・・・)店頭に並ぶことによる、この問題についての訴求効果も大きいものと思います。
さて、本書の最大の特徴は、やはり100人を越える諸表現の関係者より集められたアンケートであろうかと思います。上掲「天使行路」さんによる大野編集長へのインタビューでは、「誤解を受けると困るのですが、賛成するわけではないが反対するつもりで作ったわけでもないんですよね」というコンセプトではあるものの、マンガや小説やアニメなどの創作・評論に携わる方々にアンケートを採ったため、「結果としては反対」になったと語られています。実際、アンケートを一読しても、ほとんどの方が反対で、一部どちらでもない・どうでもいい・わからないなどが散見されますが、もちろん積極的に条例案に賛成というのは皆無です。
これによって、表現に携わる人々がこのような条例案に対し、多大な懸念を持っていることが示されたわけで、そのことの意義はまず大きいと思います。これまでこの問題に関心を持たなかった、表現の自由云々のようなことにもそもそも関心はないしあんまり野放図でいいとも思わないけど、多少はマンガを読んだりするような、つまり数としてはもっとも多いであろう中間的な人々が、誰か知っている作家の名前が載っていることをきっかけに手に取ったら(どうでもいい話ですが、表紙の地のデザインには、ピンク色でアンケートに答えたり寄稿した方々の名前が列挙されているのですが、表紙の女の子の頭上の、一番目に付く所に並べられている名前が「大暮維人」「香山リカ」「ゆうきまさみ」「宮台真司」あたりなのは、きっと狙ってるんだと思う)、表現規制の問題点を理解してくれることを期待できそうです。
しかし小生思うに、本書の最大の効能は、おそらくこの問題に一定の関心を持つ、コンテンツ消費に熱心な層、早い話が規制反対の「オタク」的な人達にこそあろうと思います。
といいますのも、百名以上の方々が述べている意見は、大筋では規制反対であっても、どうしてそう思うのか、何が問題だと捉えているか、それは各人相当の幅があるわけです。つまり、同じ「反対」のように見えてもその中に多様性があること、それが認識できることが重要だと考えます。
小生はこれまで、所謂「オタク」が敵味方に世界を峻別する傾向を有することが珍しくないのではないか、それは実のところ、このような表現規制を推進したがる人々に類似しているのではないか、という懸念を当ブログで何度か述べてきました。3月に秋葉原で統一協会に出会った時の感想や、「オタク」の政治的傾向に関する私見、先月の豊島公会堂での「非実在青少年とケータイ規制を考える」イベントレポ、更には極例として小生身辺の後輩の話など、自分でも振り返ればしつっこく書いてんなあ(苦笑)という感もありますが、こと今回のような件は、どうしてもそのような見方に必要以上にはまってしまいがちです。一定程度確実に「敵」を想定出来てしまうだけに。
しかし、敵味方に峻別する発想は、ある瞬間の決着には必要であっても、長期的には弊をもたらす恐れもあります(「規制賛成か反対か」で議論すること自体が問題だ、と本書のアンケートに回答された方もおられました)。一つにはそれは、「味方」は同じ価値観だと思い込みがちなところです。そうではないのだ、しかしそれでも共に役立つことはある、ということを、本書の多様な反対論のあり方を読んで認識すれば、或いは価値観の異なる人間を無闇と敵視せず、ぼちぼちスルーして喧嘩しないで済むように、立ち回れるようになっていけるかも知れません。これは本書で、東浩紀氏が述べていたことにも通じるかとも思います。
思いの外長くなりました。
あと一つ二つ書いておくと、「スペシャル座談会 吾妻ひでお×山本直樹×とり・みき」はもうちょっとページ数が欲しかったなあという気がしますが、いろいろなエピソードが盛り込まれていて、深刻なお題とは別に笑ってしまいます。その笑いこそが大事なのだとも思います。
ついでに補足しておくと、先月発売の『月刊COMICリュウ』7月号掲載の、とり・みき&唐沢なをき「とりから往復書簡」はまさにこの「非実在青少年」を扱っています。とり氏が座談会の模様を漫画化していますが、大野編集長の描かれぶりが・・・興味のある方は是非どうぞ(まだ店頭にあるよね?)。
ただそれを読んで思うのは、同書の鈴木みそ氏の作品を貶すつもりは全くないのですが、ギャグマンガでこのよう問題を扱うのはなかなか大変だなあ、ということです。分かりやすくすると面白さが減るし、面白くすれば分かりにくくなる傾向はどうしてもあると思われます。
とまれ、様々な形で少しでも多くの関心を本書が惹くことを祈っております。
余裕が出来れば、補足で個別記事への感想を追記するかも知れません・・・余裕が出来たためしなんか無いけど(苦笑)
※とかいいつつ加筆。個別記事へではなく、全般的な話ですが。
上に挙げた『リュウ』7月号の「とりから往復書簡」で、唐沢なをき氏が子供の頃のエロ本との思い出をマンガに描いています。で、「大丈夫だから! 最低でも漫画家くらいになれるから」と力説されてますが、これを読んでふと思ったことが。
青少年健全育成条例については、「こんなのを読んだら子供に悪影響がある」「そんなのない、純粋培養された方が危険」という一つの対立軸があります。そこで、かつて子供だった人々に、「自己形成とエロメディア」というお題のアンケートを取った調査はないのでしょうか? 高橋鐵の『生心リポート』みたいな(古っ)。あまりないのであれば、定性的にメディアと青少年の成長とを検討する上で、大きな参考となりますし、また幅広い年代に取れば時代による変化も分かるはずです。今回の『非実在青少年読本』が、コンテンツ生産者へのアンケートによって構成されているのに対し、消費者のそれもあれば(無論生産者は同時に先鋭的な消費者でもあるわけですが)、おそらく規制の意義得失を問う上での、よい参考となるのではないかと思います。思い付きですが。
もしこのような調査を載せた研究があるのでしたら、是非ご教示下さい。
ちなみに小生の場合、幼少の砌愛読した「エロ」メディアというとまず思いつくのは・・・名和弓雄と豊田穣とかか? あ、マンガじゃないな・・・つうか何か間違っている気が・・・間違った人間なのは否定しませんけど・・・