『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』瞥見
で、ちょっと遅くなりましたが、百周年の年度末には社史も完成しまして、憑かれた大学隠棲氏経由でそのことを知った小生、早速注文した次第。一般頒布限定1000部のことでしたが、幸い入手することが出来、先日近鉄百貨店から我が家に送られて参りました。
で、当ブログでは過去に阪神の百年史と西鉄の百年史を手に入れて紹介しておりましたので、今回も一筆。といっても、いろいろ忙しかったりくたびれていたりして、ろくすっぽ読めておりませんが・・・まあ瞥見ということで。
まず外形ですが、「大きい」。西鉄もそうでしたが、A4サイズです。梱包されて届いた時はこんな感じでした。
大きさのみならず、フルカラーの紙面構成も近鉄の社史は西鉄のそれと似たところがあります。ただし、編集サービスを提供しているのは、西鉄が大日本印刷なのに対し、近鉄は凸版印刷です。大手印刷会社が社史の編集サービスを行うのは、最近多いようです。
いまのところ、三木理史先生が執筆された戦前の部分を瞥見しただけですが、感想をざっと述べます。
まず、全体のボリュームが多いといっても、書くこと自体が多いので、個々の記述はそれほど細部に裁ち板分けではない印象を受けます。しかし幅広く抑えるという点では、数多い被合併会社を丹念に集めているようで、近鉄の成り立ちのややこしさは充分くみ取ることが出来ます。
ややこしい全体像を分かりやすくする工夫の一つとして、各章の末尾などに「鉄軌道線の推移」というページが設けられ、時代の節目ごとに近鉄に至るばらばらの会社がその時点でどのような状況だったか、簡単な経営比較と共に載せられています。個別に前身の会社を追うと全体像が分かりづらくなるのは避けがたいですが、それを緩和する試みですね。
で、一昨年のさる学会で、三木先生が当時執筆中だったこの近鉄百年史について報告されたのを伺ったのですが、それがこの「鉄軌道線の推移」の元となるお話でした。各時代ごとに後に近鉄となる多くの会社を、仮想的に一つの集団としてまとめて見る(「仮想近鉄」という格好いい呼び方をしてただけに社史に使われていないようでちょっと残念)ことで、大軌が合併の核となったことに一定の必然性があったことを指摘しておられたように記憶しています。
更に余談ですが、その学会には『事故の鉄道史』『続・事故の鉄道史』(共に日本経済評論社)の共著者である網谷りょういちさんが来ておられまして、三木先生への質問タイムで真っ先に「事故のことはちゃんと載ってますか? 隠したりしませんか?」と三木先生に詰め寄っておられたのが印象に残っております。三木先生は隠すようなことはしない、特に会社から筆を抑えるよう言われたことはない、と答えておられたと思います。
なお、その網谷さんは、残念ながらこの社史を見ることなく、昨年の8月に亡くなられたそうです。合掌。
左に掲げた書影は、近鉄史上最悪の、生駒トンネル内でブレーキの壊れた電車が暴走して、花園で専攻電車と衝突した事故の研究が掲載されている、『続・事故の鉄道史』です。社史を確認しましたが、事故のことはちゃんと触れられていました(さほど詳しくもありませんが)。
話を戻しまして。
読んでいて目を惹かれたのが、地図の多さと見やすさです。フルカラーの美点が特に強く生かされていると感じられます。鉄道の歴史だけに地図は数多く必要ですが、色分けを駆使することで、実現した路線以外の当初計画や未完成に終わった路線など、同じ地域での多層的な歴史が見て取りやすくなっています。これはやはり地理学者である三木先生のお陰でしょうか。ちなみに、三木先生の旧著(当ブログでも『局地鉄道』『都市交通の成立』を紹介しました)で似たような地図に見覚えのあるのもありましたが、フルカラーのお陰で見やすさも段違いです。
あ、でも41頁の国有化直前関西鉄道の地図で、関西本線が大和川を2回渡っているのは厳密には間違いだな。あの区間の付け替えは1932年だから・・・と、重箱の隅を突く腐れマニアはともかく(苦笑)、多くの人にややこしい鉄道の歴史を理解しやすくするために払われた努力には、大いに敬意を表する次第です。
ただ、個人的関心である戦前期の電力兼業については、一通り触れてくれてはいますが、惜しむらくは供給区域の完全な地図が載っていないようです。現在の市と対照した、供給対象町村一覧はあるのですが・・・ちょっと残念。まあ自分でやれということか。
もちろん、各時代ごとに電気事業についての記述はそれなりにされていると思います。ちなみに当初、大軌の沿線に供給していた電気は25ヘルツだったそうで。それが大正半ば以降、関西標準の60ヘルツに統合されていったとのこと。電源を自家発電から買電に切り替える動きと並行しているようです。
その他、巻末には資料編もかなり充実していて、営業報告書の抜粋が付いているのは有り難いことです。
というわけで、近鉄一世紀の歴史を広く知らしめようという思いを感じ取ることの出来る一冊でした。今後、もうちょっと読み込んでいこうと思います。限定1000部といわずもっと刷っても良さそうなものですが、経費の都合でしょうか。
それにしても、社史を百貨店の通販で売るというのは、如何にも私鉄コングロマリット的で、ちょっと面白かったですね。