百合アンソロジー『つぼみ vol.11』 雑感
しかし景気の悪い話ばかりもなんなので、少しは楽しげな話題を。
というわけで、今月発売の百合アンソロジー『つぼみ vol.11』(芳文社)です。今まで vol.6 / vol.7 / vol.8 / vol.10 の感想を発売日すぐに書いていましたが、今回はそんなこんなで、なかなか本書を買う機会も手に取るしおも見いだせず、今頃にまでなって感想を書く次第です。
もっとも、先に書いておくと、感想が遅れたのは決して本号がつまらなかったというようなことではなく、むしろ個人的にはなかなか満足のいく内容でした。あと表紙。メイドさんだわーい(お姫様よりそっちに目が行く・・・)。メイドさんのエプロン姿を堪能するにはむしろ裏表紙の後ろ姿の方がお勧めです!? はともかく、こういう感じの絵は小生好きです。絵師の方についてはよく存じ上げませんが・・・
まず、掲載作品の一覧を掲げておきます。
左 カバーイラスト作品タイトル数は前号と同じくらいで、続き物の比率も前号と同じくらいでしょうか。過半が続き物というこのスタイルで安定しつつあるようです。もっとも、形式は安定したようでも、その中の作家陣は結構入れ替わりがあるようで、新顔の方もかなり多い(多分5名、3割)という布陣です。まだまだ安定よりも積極前進路線か。
箸井地図 カラーイラスト
玄鉄絢「星川銀座四丁目」(話数表示なし)
森永みるく「ひみつのレシピ」9ページ目
天王寺キツネ「ネガ⇔ポジ」前編
東山翔「prism」#2
鈴菌カリオ「花と星」4話
モロやん「苺カーディガン」
塚井ヨウ「とりどりの花」
小川麻衣子「魚の見る夢」第1話
コダマナオコ「レンアイマンガ」最終話
鈴木有布子「キャンディ」第5話
三谷知子「べことてくてく」
天堂きりん「恋するシュガーコットン」
杉浦次郎「わんらぶ」第3話
かずといずみ「トランスフォーム・ガール」
ナヲコ「プライベートレッスン」#6
吉富昭仁「しまいずむ」その16
それでは、いくつかの作品について、なるべく簡潔に感想を。
・玄鉄絢「星川銀座四丁目」
看板連載作品、小学校の先生・湊と彼女が紆余曲折の末引き取った受け持ち児童・乙女のお話。・・・だったのが、乙女ちゃんが中学校に進学して新展開。乙女を塾に行かせる湊先生でしたが、その担当のかなえ先生と、その先生に恋い焦がれる生徒(湊・乙女と逆パターンですな)川口櫻さんが新登場。なぜか乙女が気に障ってしょうがないかなえ先生がきっかけで、湊と乙女の関係にヒビが入る!? というところで終了。言われた通りがんばったのに、言った当人がちゃぶ台返し的に別なことを言い出すことほど、言われた人をがっくりさせることはありません。しかしよくあることですが。言った当人にも概して悪意はないし・・・こんなヒビを、どうまとめていくのでしょうか。
ところで、別に百合に限らずとも、塾講師に恋い焦がれる生徒なんて、そんなことあるんですかね。漫画の中だけですよね。小生は塾講師をうん年やってましたが、チョコレート一つ貰ったことはありませぬ。・・・とかしれっと書いてますけど、当ブログに以前折々コメント下さった昼行灯先生は、なんでもその昔講師バイト時代、中学生の女の子と(以下自粛)
・・・えー、アレな話は置いておいて、ところで今回、この作品は途中で絵の感じがちょっと変わっています。玄鉄絢氏といえば繊細な線でシャープな絵を描かれることは周知ですが、途中で妙に線が太い気がするんです。サトウナンキ氏みたいな、というと大袈裟だけど、ちょっと不思議な気がしました。
・天王寺キツネ「ネガ⇔ポジ」
新顔の方です。高校の新聞部の陶天(すやま)さんは校内屈指の美人ですが、中身は「変態」だったもので、卒業アルバムの写真撮影を生徒会に依頼されるも、撮った写真は『投稿写真』的なものばかりでした。遂に激怒した生徒会長は、投稿写真予備軍の収められたメモリカードを窓外投擲してしまいます。それをがんばって回収したのは、陶天さんにあこがれる後輩の弓道部員・甘露ちゃんでしたが・・・
クールビューティーに見えて中身が・・・な陶天さんのキャラクターがなかなかです。そして、一途に陶天さんにあこがれていたかに見えた甘露ちゃんが終盤で態度を変えたのは何故か、続きが気になる作品です。
・鈴菌カリオ「花と星」
この作品の基本設定は vol.8 の感想で書いたのでそちらをご参照下さい。
で、中学の時の卓球のライバルだった花井さんと星野さん、互いに相手への複雑な感情が空回りして行動に繋がってしまい、その行動がまた感情を振り回す、そんな振り子状態がしみじみおかしいお話も、今回で一歩接近。最後のページの二人の表情がいいですね・・・って、これで終わりなのか知らん。それは流石に寂しいですね。
どうでもいいことですが、電車通学の花井さんを星野さんが見送るシーン、描かれている電車は明らかにJR(旧国鉄)の201系電車です。最近まで「中央線のオレンジの電車」で親しまれていた車輌ですね。そして線路の描写は明らかに単線です。201系の運用範囲で線路が単線のところというと・・・このお話は青梅線か五日市線の沿線のお話なのでしょうか。意表を突いて富士急沿線とか? あと鈴菌先生、今度は架線柱も描いて下さい。
・塚井ヨウ「とりどりの花」
これも新顔の方の作品。4コマ形式の、最近よくあるタイプの漫画です。芳文社らしいといえばそうですね。
で、本作は初っ端から意表を突かれます。何となれば、「百合」を標榜したアンソロジーの漫画なのに、主人公の女の子田之中涼女(すずめ)が幼馴染みの男の子の美鶴(みつる)君に告白されてOKするところから始まるわけで。
以前ちょっと書いたこともあるのですが、「百合」作品を評するのに「百合度」なる謎の尺度を振りかざしたりするのはどうかと思うわけで、そういう視点からは本作のような展開は論外とされる懸念もあります。しかし、百合である理由が「女の子を描きたいから」なのか、「男を描きたくないから」なのか、というのは結構重要な違いでないかなということで、畏友の腐男子・たんび氏が、最近のやおいは男同士の愛という形式に価値を見出すのではなく、女を排除したいだけのが増え、つまらないのが多いと嘆いておりましたが、その裏返しのようなことになってしまっては残念です。「百合」作品での男子キャラクターの活躍というのは、蕎麦屋のメニューにおけるラーメンとカレーの位置づけくらいには研究に値するだろうと思います(笑)
話を戻して、このカップルが入学した高校で美少女に運命の出会いをし、「昨日の恋人は今日の恋仇!」となるわけですが、決して修羅場ではないコミカルな展開なので楽しく読めます。キャラクターが揃ったところで終わり、という感じなので、是非続篇を期待。
・小川麻衣子「魚の見る夢」
こちらも新顔の方の作品。重く暗い雰囲気の百合作品です。「黒百合」とか「鬼百合」とでもいうのでしょうか。
巴と御影の姉妹。ある朝巴が目覚めると、なんと首に首輪が巻かれて鍵がかけられていた・・・それは妹の御影の仕業。何を考えているのか分からない妹に戸惑いつつも心配でならない姉。姉を拘束したがる妹。その背後に垣間見える、父子家庭内での・・・と、ずっしり重い展開。今後どうなるのか期待大。
個人的な好みの範疇を出ませんが、絵も好きです。あっさりとした(あんまり細々と描き込まない)絵ですが、細すぎない線の息づかいが表情を豊かにしているような感じです。
・コダマナオコ「レンアイマンガ」
華やかな作品を描くのに当人は暗くてダサい漫画家・黒井先生と、黒井先生の作品にあこがれてその担当編集になった羽田さんのお話もいよいよ最終回。いろいろあったけど良い最終回でした。「百合」というと恋愛関係がクロースアップされがちですが、強い絆から何かを作り上げていく本作のような作品がもっとあればいいのにと思います。
・天堂きりん「恋するシュガーコットン」
本作もまた今号の問題作、といえそうです。主人公の小学生(中学年くらいか)の千明は、男の子として育てられたけど、「ぼく 男の子じゃないもん」と女の子の格好をしている・・・これは「男の娘」なんてより、性同一性障害なのでしょうか(明確な説明はありません)。で、同級生の女の子に「女子だって言いきるなら 証拠を見せてよ」とスカートをずり下ろされかかっているところに通りかかったのが、パティシエの女性・清香でした。で、清香は女性のパートナーと一緒に店をやっていたのですが・・・「きっと思いどおりりにならないことの方が多い」生き方を選ばずにはいられなかった、そんな二人の触れ合いを描きます。
先に「問題作」と書いたのは、性同一性障害のようなキャラクターはあんまり「百合」に出てこないような気がするからですが、「普通じゃない」という障碍を乗り越えていくというところは同じですね。何度も読み返したくなる作品でした。話は重いけど絵は馴染みやすく可愛い、というのも良きかな。
・杉浦次郎「わんらぶ」
まさかまだ続くとは思いませんでした。
と、前も同じことをやった覚えがありますが、飼犬のモプコが何故か犬耳少女になってしまうこの話、これまでモプコを溺愛していた飼主の夢子ちゃんが主人公でしたが、今回は妹の純子ちゃんがモプコを犬耳メイドにしようと大奮闘。一応シリアス目に次回に続くようですが、やはり基本は変態ドタバタ漫画ですね・・・って、まだ続くんかい!(笑)
・ナヲコ「プライベートレッスン」
従姉妹同士のとりこ姉さんとたまごちゃんの、ピアノレッスンを通じた関係を描く作品も6話・・・いや、5.5というのがあったから実質7話目か。今回は残念ながらページ数はやや少なめ。然し展開上は転換点。
たまごちゃんがはねさんのところへ行ったり、サイドストーリーに入ったり、と紆余曲折を経て、思いを確かめるべくピアノ抜きでとりこ姉さんに会いに行ったたまこちゃん、ひょんなことからとりこ姉さんのところにお泊まりすることに。思い詰めてとりこ姉さんのところにきたたまこちゃん、ずっと表情が硬いのが、最後とりこ姉さんと一緒に食事をして仄かな笑顔を浮かべるところで、読む方もほっと息を抜きますが、ここで次回に続く。引っ張りますね。
はじめてとりこ姉さんのところで夕食をとり、初めてのお泊まり・・・という区切りになる回でしたが、読みながら最初「あれ? たまこちゃんとり姉のところでご飯いつも食べてなかったっけ?」と一瞬疑問に思ってしまったのはここだけの秘密。『なずなのねいろ』と混信しとるがな(苦笑)
ああ、簡潔にしようと思ったのに例によって全然簡潔になりませんでした・・・これ以外の作品も面白かっただけに残念ですが、もはや力尽きたので終わらせていただきます。一言だけ触れれば、久しぶり登場の作者の三谷知子「べことてくてく」は前作がなかなか良かっただけに期待してましたが、前回と傾向は異なる路線でしかもしみじみお腹が空く(?)良い作品でした。鈴木有布子「キャンディ」は新展開で引っ張っていいところで終わるし、森永みるく「ひみつのレシピ」も主人公・若月の料理部部長への思いが更に暴走して一回転したところで次回は合宿篇と引っ張るし、新顔の方の作品も連載作品も充実していて結構な限りです。特に今回は、結構今間だとは違ったパターンの作品が多かった印象があり、二桁号数になっても変に落ち着こうとしないところ、今後も期待が持てます。
・・・んが、ふと思い返すと前号第1話だった由多ちゆ「くらいもり、しろいみち」は載ってないし、水谷フーカ「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」の次もいつになったら・・・充実して作家陣の層が厚くなったのは有り難いですが、その分登場頻度が減っても痛し痒しです。原発の非常用電源でもあるまいに、作家陣を二重系にしなくても、と思いますが、とまれ、この辺で。
※追記:続巻の感想はこちら→ vol.12