「安全・安心」とは? 秋田内陸縦貫鉄道殺人事件
さて、「復興支援」とは銘打っていますが、観光旅行には使いづらい時期でもあることですし、おそらくこの切符のユーザーは、新青森まで延伸した東北新幹線の初乗りを図る鉄道マニアが多いのではないでしょうか。「はやぶさ」本格運転開始まで待とうと思っているうちに震災で乗れなくなってしまった、そこで今回この切符で、なんて鉄道趣味者は小生の周囲だけでも複数おります。
で、それはまず時宜に適った用途だとは思うのですが、折角の乗り放題切符ですし、行きも帰りも同じ経路というのも芸がありません。そこで小生がお勧めしたいコース案が、行きか帰りに秋田内陸縦貫鉄道を経由してみる、というものです。時刻表調べてないけど(苦笑)、「はやぶさ」と「こまち」を組み合わせれば一日で廻ってこられるはず。
地方鉄道の現況に多少関心のある方でしたら、現在経営が振るわず廃止される恐れのある鉄道として、秋田内陸縦貫鉄道がそのランキング上位候補に挙がっていることはご存じでしょう(「とれいん工房の汽車旅12ヵ月」さんのこちらやこちらなどご参照下さい)。秋田内陸縦貫鉄道は、旧国鉄の阿仁合線と角館線を第3セクター化し、中間の工事中だった区間を完成させて1989年に全通させたものですが、距離が長い一方沿線が深い山で元々人口が乏しく、観光地としても沿線の森吉山は、どうも一般の知名度が低く、経営は振るいませんでした。
で、長い枕でしたがこれから本題。
今世紀に入ってから、沿線の人口減はますます進み、経営不振は深刻な問題となって、しばしば存廃が議論されるようになります(前秋田県知事はどうも廃止の意向が強かったらしい)。2002年から「頑張る3年間」と銘打って沿線自治体との連繋の元、イベント列車運行や各種企画切符、サポーター制度の導入などの施策を打ちますが、効果は限定的でした。正直、開業後十数年もイベント列車の運行がなかったというのも驚きですが・・・やや引っ込み思案な経営姿勢だったのでしょうか。
そんなわけで2002~04年度の3年間の経営改善が限定的だったことから、またぞろ存廃問題が起こりますが、2004年度末(つまり2005年3月)に一応存続は決定します。ただし、毎年沿線自治体の補助金を削減し、最終的に半額とすることとされました。
かくてしばらくは持つかと思われたのも束の間、2006年には県議会で知事が補修費用を理由として、またも存廃検討を口に出します。そこで沿線自治体も、なお一層の利用の促進を図ることとし、観光の掘り起こしとともに通学利用の増加も検討されます。ローカル線事情に多少なりとも通じておられる方でしたら、高校生の通学がローカル線にとって重要な顧客ということはご存じと思います。前にも当ブログの記事で紹介しましたが、地域交通の専門家曰く「観光客百人の運賃収入は、沿線の高校生一人が自転車通学に切り替えることで吹き飛んでしまう」のです。
ところが。
そんな秋田内陸線にとって重要な2007年度、沿線の小中学校が通学を全面的にスクールバスに切替え、ざっと定期客100人が減少してしまいます。この経緯について、秋田内陸線のサポーターとして長年活躍されている方のサイト「クマさんの鉄道と環境の民俗学」を引用させていただきます。「秋田内陸線Photo Album 2007」の2007年3月8日付け記事からです。
北秋田市教委の信じられない対応!確かに、これは奇妙な対応です。沿線で色々利用促進団体を作って運動中なのに(もっとも、ちょっと調べてみるとあっちこっちで同じような団体があるようで、横の連繋とか全体像がちょっと分かりにくいのですが)、そして観光客についてはなかなか効果もあったようなのに、真逆のことをやっています。これって社長=市長の背任行為? かはともかく、ローカル線に与える通学生の重要性がよく分かる数字ではあります。
(前略)
さてさて、ショッキングなニュース。北秋田市教育委員会が、すでにスクールバスに転換を決めている森吉中、合川の小学校の通学に加えて、阿仁地区の小中学校の通学も、内陸線からスクールバスに替えるというのです。もう、何を考えているのでしょうか。「スクールバスにしたら部活ができない」という保護者の声も。
今年度、小中学生は合わせて98人が内陸線を利用していました。これは、輸送人員に表すと、年間7万人に当たります。50万人のうちの7万人、ですよ!
割引率が高く、区間が短いために、収入の減少は600万円程度だそうですが、来年は「43万人」という輸送人員が保証されてしまったようなものです。これが与える影響は、単なる減収にとどまりません。去年の今頃は、森吉中のスクールバス通学の生徒を内陸線に替えようとしていた同じ市教委なんです。しかも北秋田市の市長は内陸線の社長!
開いた口がふさがらないとはこのことですが、黙っているわけにはいきません。インタビューでは「地元の通勤・通学定期の利用者を増やしてほしい」とさりげなく話しただけですが、出るところに出て、言わせてもらうつもりです。
観光客は、私の「意見文書」にも書きましたが、大幅に増えています。旅行会社のツアー客は3年間で5倍増なのです。観光シーズンの休日は、車両と人員を総動員して輸送している状況。でも、ベースになる定期客が増えなければ、足腰が弱まります。
これに負けてはいられないので、春の活動を考えています。
で、このバス切替が経営に具体的にはどんな影響を与えたか、秋田県庁のサイトに県の関与した第3セクターの経営の概要についてまとめたページがありますので、そこにある各年次の報告書を元に近年の利用客数の推移を見てみると、こんな感じです。
・2005年度: 512,507人というわけで、2007年度はサポーターの方の予想にもあったように、7万人近い急激な減少を見せました。上に挙げた経営概要の平成19年度のを見ますと、
・2006年度: 500,194人
・2007年度: 443,170人
・2008年度: 470,541人
・2009年度: 482,068人
・・・定期外利用は・・・前年比107%と伸びましたが、定期利用は通学定期において小・中学生のスクールバス転換による大幅な減少により71.8%となり減少に歯止めがかからなかった。・・・と、何と3割も定期客が減っています。もとより秋田内陸線は少子化や沿線の過疎化で定期客は毎年1割近いペースで減っていましたが、それにしたって3割減はとんでもない話です。翌年度以降は、どうも児童に利用が多少戻った節があり、また北秋田市役所が市役所職員に通勤利用をさせるようにした(12名→84名に増加したとか)こともあってそこそこ回復基調にあるのは幸いですが。
さて、では一体、何で秋田内陸線にとどめを刺しかねない、小中学生のスクールバスへの転換という事態が2007年度に起きたのでしょうか。
これは『鉄道ジャーナル』誌の2008年8月号の、鈴木文彦氏執筆の記事にさらりと書いてあったのですが、2006年の4月から5月にかけて秋田県藤里町で発生した、小学生連続殺人事件によって、PTAが強くバス通学を望んだ、そのためなのだそうです。
あの事件は当時、様々な角度から広く話題にされましたが、何とこんな所まで影響を及ぼしていたのでした。
率直に小生の印象を言えば、そもそもあの事件は家庭内およびその近辺で起こったものであり、通学手段と何らかの関係があるとは思われません。どう考えても、同種の事件の発生を防ぐためにスクールバスを導入する意味があるようには考えにくいところです。まして事件の実態が不明な直後ならばともかく、一通りは捜査が行われた翌年になってわざわざ切り替える意味は、ますます見いだせそうにありません。
反面、藤里町は秋田内陸線の沿線ではありませんが北秋田市の隣接自治体ではあり、それだけ周辺に与えた精神的動揺が大きかったのであろうとは推察されますが、それへの対処としても正直、合理性はあるのでしょうか。屁理屈を捏ねれば、家庭→スクールバス→学校という空間の中を行き来するだけより、社会的に開かれた鉄道を経由した方が、まだ家庭内のトラブルで子供が孤立している状況を周囲に知られる機会が増えるんじゃないか、とすら思われます。
これはまあ強引とは書いた当人も思いますが、しかしある問題に対し合理性をいささか懸念される手段を採ることを求められてしまうような、このような例は枚挙に暇がないわけで、それだけ「安全・安心」というものの難しさを感じます。特にこのように、1年近く経ってなおこのような手段が採られるということには、考え込まされるところがあります。リテラシー云々しても多分、解決の手段にはならないのでしょう。
別な角度からこれを考えてみますと、一般に鉄道という交通機関は、他の交通手段と比べ、「安全」であるという通念は、日本で概ね共有されているものと思います。子供の「安全」を気遣う保護者に、鉄道が「安全」というメッセージを送れなかったとすれば、これは秋田内陸線の存続についても、懸念される材料といえそうです。もっとも、そのような「安全」と、なにがしかの事件が起きた際の周辺の「安心」とは、別なものではあるのでしょうが・・・
と、まさに「風評被害」を被ってしまった秋田内陸縦貫鉄道でしたが、近年は沿線で韓国の人気ドラマの撮影が行われたとかで、韓国はじめ台湾などからの海外観光客も結構増えていたそうです。考えようによっては、東京駅から乗換一回で乗れる路線なのですから、売り込む余地はまだありそうです。ただ、森吉山の知名度が、白神山地や岩手山に比べ悲しい程低いのですが。
ですが、「風評被害」といえば、今次の震災と原発事故により、秋田内陸縦貫鉄道で近年増えていた海外観光客は、今年度は望めそうにありません。西日本ならまだしも、東北地方ですし。そんなわけで、来月か再来月に一日をJR東日本パスに費やそうと考えておられる同好の士の方々におかれましては、一つこの巡り合わせの悪いこと夥しい秋田内陸線の乗車をご検討いただけましたら幸いです。
まさにご指摘の通り、秋田内陸線は沿線の山が深すぎてこれという名所に乏しい憾みがあります。山の深さそのものは大したもののようなのですが。といって通過交通がのぞめるでもなく・・・難しいですね。
14:08発 新青森
[ 39分 ] JR奥羽本線(普通) [弘前行き]
14:47着14:54発 弘前
[ 1時間2分 ] JR奥羽本線(普通) [秋田行き]
15:56発 鷹ノ巣
15:58着16:04発 鷹巣
[ 54分 ] 秋田内陸縦貫鉄道(普通) [阿仁合行き]
△16:58着17:13発 阿仁合
[ 1時間23分 ] 秋田内陸縦貫鉄道(普通) [角館行き]
△18:36着 角館
を経由、こまち140号(1844⇒2308)で東京に戻れます。
ただし、小生の場合は「あけぼの」全区間乗車も目的なので。もうしわけございませんが……
さて、実はお示しいただいた上掲のコースでは、秋田内陸がやや夕刻にかかる難があります。おそらく逆回りの方が、秋田内陸乗車目的ならば合理的のようです。具体的には
東京640→こまち115号→1049角館1113→急行もりよし→1309鷹ノ巣1422→1545新青森1617→はやぶさ506号→2024東京
だそうです。朝が早いですが、これなら急行「もりよし」に乗れますし、「はやぶさ」にこだわらなければ秋田内陸で途中下車なども可能ようです。このルートを巡るマニアは多いんじゃないでしょうか。実際、行く人に教えて貰いました(笑)
コメントありがとうございます。なかなかそのようなお声が資料を調べても見えにくいので、大変参考になります。
利便性の話ならそれは妥当なことと思います。ただそれを「安全・安心」と無闇と結びつける状況は、あまり好ましくないことのように思います。
どのような話し合いがなされたのかは分かりませんが、藤里の事件ばかりでごり押しした訳ではないと思います。
元々スクールバスはあったので、スクールバス廃止に関して話し合われたのではないかと思うのですが・・・電車からバスへという図式ではないと思います。
電車利用の減少に関しては、通勤・通学・通院に不便なダイヤ&料金だということが影響していると思います。
都会と違い本当に車がないと何処へも行けませんから。
廃止派も存続派も日常の利用客のことは全然考えてないな~というのが周辺住民の本当の気持ちだと思います。騒いでいるのは利用客じゃないですからね。
どちらが正しいということは永遠にないと思います。
ちなみに不便なのは鉄道に限らず、バス・タクシーまでも不便です。
長々と失礼しました。
度々ありがとうございます。
元からスクールバスがあったなら、この時点で切り替えても鉄道利用客の急減はなさそうですし、もしかすると長い路線なので、ところによって違ったのかも知れません。
もしどこかでスクールバスをやったなら、それは他でも同じような対応をして欲しい、という要望も出るでしょうね。ことによると事件がそのきっかけになったのかな、と想像しています(そういう使われ方は、もしあったなら、あまり良くないとは思います)。
利用客が少ないので減便・値上げ→ますます利用減、という構図はこれまで無数にありましたが、それに対しなにがしか対応できたというケースは少ないのが残念ながら過去の実例で、分かっていてもなかなかどうしてよいのか、分かりません。
昔は鉄道が出来れば沿線が発展する期待がありましたが、鉄道があるからと行って地域の過疎化を食い止めることにはなりませんので。
鉄道があっても沿線の役にあんまり立っていない、ということはままありますが、なくなったからといっていいことがあるわけでもないですし・・・(県の財政は別として)
しかもご指摘の通り、鉄道がなくても他の公共交通でカバーできるかというと、それも難しそうで、では全部自家用車と割り切ってしまって良いものなのか・・・
ご指摘の通り正解のない問題ですが、少しでもましなことができるよう、実例を集めて検討することは必要だと思っています。
いろいろとありがとうございました。