百合アンソロジー『つぼみ vol.12』雑感 附:『ひらり、』との比較
そんなわけで、今日発売の百合アンソロジー『つぼみ vol.12』(芳文社)です。今まで vol.6 / vol.7 / vol.8 / vol.10 / vol.11 と、ナヲコ先生が「プライベートレッスン」を連載されるのにあわせて感想を書いてきましたが(最初の頃は書いてませんでしたが)、その作品も今回で最終回を迎えました。これを機会に、表題にも付しましたように「百合」アンソロジーについてのまとめ的な話も書いてみたいと思いますが、如上の事情なのであんまり大したことは書けないであろうことはご諒承下さい。
それではまず掲載作品の一覧を。
小梅けいと カバーイラスト今回の特徴? は、掲載作品の数が14本とかなり少なめなことです。しかもこれは「しまいずむ」を2本と数えていますが、今回は後で述べるようにこの2話が続き物になっているので、これを1本と考えれば13タイトルしかないことになります。今までは大体15~18作品くらいあったことを考えると、かなり減った感じがしますが、全体のページ数は今までと同じです。目次を見ると、巻頭にしてカバーイラストと続いている小梅けいと「ウミニソラ」、さらに水谷フーカ「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」がそれぞれ32ページもある(「しまいずむ」は17×2ですが)ので、その辺隔月刊化でより厚みのある作品を展開していこうという考えなのかも知れません。ただやはり、全体の頁が変わらずその結果タイトル数が減っているので、個人的には多様な作品が読めるのが楽しい『つぼみ』としては、やや淋しい印象も受けます。
カズアキ カラーイラスト
小梅けいと「ウミニソラ〜The Ocean Meets The Sky」
玄鉄絢「星川銀座四丁目」(話数表示なし)
森永みるく「ひみつのレシピ」10ページめ
東山翔「prism」#3
吉富昭仁「しまいずむ」その17・その18
水谷フーカ「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」第3話
大朋めがね「Green.」episode:6
縞野やえ「異文化より愛をこめて」
イコール「むすんでひらいて」その2
由多ちゆ「くらいもり、しろいみち」第2話
やとさきはる「センチ・28cm」(話数表示なし)
芥文絵「私の愛する河野さん」
ナヲコ「プライベートレッスン」#7
また、隔月刊化で連載作品が増えたということはこれまでも感じてきましたが、その一方で続き物なのに毎回載るわけでもない作品が多くて、やきもきさせられます。例えば今号で前から続き物の作品は10作品に及びますが、前号にも載っていたのは5タイトルだけです(やとさきはる「センチ・28cm」はもしかすると、続き物の予定ではなかったのかも知れませんが)。一方、vol.11で次回に続きそうに見える作品も10作品あったのですが、vol.12に載っているのはやはり半分の5作品です。予備を多めに準備し、半分づつ続きを載せるとか、そういう方針があるでしょうか?
それでは、個別の作品について、目に付いたものだけですが、なるべく簡潔に述べたいと思います。
・カズアキ カラーイラスト
メイドさん。
・小梅けいと「ウミニソラ〜The Ocean Meets The Sky」
表紙から続けて本篇に、という新しい試みです。ページ数も32ページあり、今回の目玉ですね。
で、お話は、ひょんなことから原因不明で機能停止していた自動人形(オートマタ)を起動させてしまった女子高生の海は、その人形「ソラ」のメンテナンス担当になってしまいます。ソラの願いを叶えてやりたいと奮闘する海の前に、人形の制作者が現れますが・・・。ロボットと人間との「百合」というのは珍し・・・あ、いや、『鋼鉄天使くるみ』以来と考えれば案外古典的? 海の思いを表情豊かに描いている力作と思いますが、ところでソラの方の心はどのように形成されたのでしょうか、それは海が作ったわけではなく、しかし制作者のコピーでもないようで、人が作り出したものでありながら作り出したものにも扱いきれず、受け継がされた者が苦悩するとは時代に相応しい物語ですね・・・って、まあ多分そういう話ではないと思いますが、続篇で何か語られていないところが明かされるのでしょうか。
あと、ただヒロインに蹴っ飛ばされるだけの役割しかない男子科学部員たちに、もうちょっと活躍の場を与えて欲しかったと思います(笑)
・玄鉄絢「星川銀座四丁目」
「横浜新道」登場に思わず喜んでしまうのは小生が横浜市民だからですが、馴染みがあるのはどっちかというと保土ヶ谷バイパスの方なんですが、それはさておき。
湊先生とケンカして、そのケンカの原因作った責任とって!と塾のかなえ先生の家に転がり込んでしまった乙女ちゃん。そんな思いと行動が連動している乙女ちゃんと、あくまで理性的に振る舞って思いを見せないかなえ先生とのやりとりが、所謂「百合」なマンガで描かれる人間関係とは違っているのかも知れませんが、読ませます。しかし連載当初は、思いと行動が直結してる湊先生・思いを見せない乙女ちゃんだったのに、変わって来ましたね。かなえ先生も今後どう変わっていくのでしょう。そしてかなえ先生に振られ、ストーカーと化してる?川口さんも・・・。
・吉富昭仁「しまいずむ」
今回のお話はその16・17で一続きになっています。前に登場した顔の怖い女子高生・あきらに、今回は更なる新キャラを加え、姉妹変態百合ストーリーからちょっと方向転換している感じですが、手短に要約すれば
というところでしょうか・・・? まさか百合マンガで「最大出力33万5千kW」なんて知識が身につくとは。しかもちゃんとそれが一連のお話のオチに繋がっています。土木界感涙の一作。・・・ん、何か間違った褒め方をしてる気もするけど、とにかく本巻イチオシです。
・水谷フーカ「ロンリーウルフ・ロンリーシープ」
だいぶ待たされた第3話。同姓同名で誕生日も一日しか違わなかった、そんなきっかけで出会った二人の垣本伊万里さん(ガテン系のデカ伊万里と小柄でかわいい系の小伊万里)。第2話も結構急転直下な展開で、小伊万里さんの過去とそこからの脱却が語られましたが、今回は更に増して衝撃の急展開。デカ伊万里さんの過去を知る女性・藤見理佳が登場するも、彼女のデカ伊万里さんへの執着は何かおかしい・・・一挙に重くホラーな展開で驚き。藤見は今までの水谷氏の作品ではあまり見なかったキャラクターのように思います。続きが気になって仕方ないので、なるべく早く次回作を読みたいのですが・・・一回が長い代わりに間が空くので、連載で読むとやや展開が急すぎる感じがしなくもないですし。
・由多ちゆ「くらいもり、しろいみち」
これもちょっと間が開いた第2話。人付き合いが不得手で友達がいない翔と、近所の公園で偶然出会った盲目の少女ちはるとの、恋とも友情とも呼びようのない微妙な交流を描きます。絵がちょっと荒っぽい(というと語弊がありそうですが・・・)雰囲気なのですが、それが繋がっているのかどうか奇妙な関係と、不思議と波長が合っているように感じられます。
・やとさきはる「センチ・28cm」
これも vol.10 以来の作品ですが、そっちでは特に続きがある感じではなかったので、もしかすると「好評につき続篇」ということだったのかも知れません。身長176cmのサトと148cmのゆきのカップル?のお話。前回はサト視点でゆきを想う話でしたが、今回は逆にゆき視点。隣の芝生は青いというか、自分にないところは往々羨ましく思えてしまうものですね。当初からの予定なのか結果としてそうなったのかは分かりませんが、高低両方から描かれたことで倍以上楽しめるようになったと思います。
・ナヲコ「プライベートレッスン」
今回で最終回となりました。8月には単行本が出るそうで、今から楽しみです。もっとも、もう少し続くのかと個人的には思っていましたが。ページ数的にはどうなのかな。書き下ろしが期待できそうかな、とも思われます。
最終回なのであらすじの説明などは控えますが、とりこ姉さんといとこのたまこちゃんの、「好き」という特別な、しかし単純に「恋」とも言い切れない、そんなつながりを確かなものにしたくて、でもそれが恐くて、そして最後にそれをそのまま受け入れることで大団円になりました。ただ、はね先輩の結婚式が最後の舞台になるというところは書いておく必要があろうかと思います。「結婚」という社会的に明示された関係で気持ちに一つの区切りを付けることも出来るし(それが一般的なのでしょう)、でもそうでないあり方もある、そういうことなのだと思います。ただ一つ、今回気になったのは、ちょっと言葉による説明が多かったかなというところで、最終回としてたたもうと急いでしまったようにもちょっと思われてしまいました。もちろん、言葉で説明できないことを描き出す、いつもながらの絵の力は今回も楽しめるので、それだけにもうちょっと引っ張っても良かったかなと。
さて、「プライベートレッスン」がめでたく完結したので、それを記念してというわけでもないですが、「百合」なアンソロジーについて友人のたんび氏と先日話した内容を、ここに備忘として書いておこうと思います。氏は『つぼみ』について、これまでvol.3・vol.5 / vol.6 / vol.7・vol.8 と感想を物されていますので参照いただければ幸いですが、氏は『つぼみ』の魅力を認めつつも、「百合」アンソロでは新書館の『ひらり、』をより好みだと仰ってましたが、一方小生は逆で、氏に『ひらり、』を借りて読み、決してつまらないことはないけれど、ナヲコ先生の作品を抜きにして考えても『つぼみ』の方が好みと思ったのです。
ではこの両者にどういう違いがあるのか、ある時二人で茶飲み話に比較論を試みました。この両者の比較を試みた先例としては、「おれせん」さんの「総論としての『百合漫画』、各論としての『つぼみ』『ひらり、』」がありまして、我々も基本的にはそのご指摘におおむね妥当だと思うところです。我々が雑談して思い至ったことは、
・『つぼみ』はエロ漫画を描いていた作家が多く見られるのに対し、『ひらり、』はやおいを描く作家が多く見られる。
・『つぼみ』と比べ、『ひらり、』の方がより女性作家の比率が高い。
・『つぼみ』と比べ、『ひらり、』の方がより学園を舞台とした作品の比率が高い。
といったことでした。こういったことから、たんび氏曰くは、氏の考える「百合」のテンプレートに対し、『ひらり、』の方がより忠実な作品で構成されている、ということです。一方『つぼみ』の方はとりどりで、とはすなわち、『ひらり、』の作品のほとんどはそのまま『つぼみ』に持ってきて載せられそうだけど、逆は必ずしもそうではないだろう、ということです。氏はあけすけにこうのたもうたものです、「『ひらり、』に『しまいずむ』はどう考えても載らんでしょう」
で、もちろんどっちの路線が良いかは読者次第なので、「両者がそれぞれの個性を発揮して活発になってくれるといいですね」というところなのですが、その点でいえば今回の『つぼみ』は『ひらり、』寄りの傾向を示したのかな、と思います。例えば「私の愛する河野さん」は、同僚の女性が好きな主人公が告白できず悶々とするという、「百合」王道正攻法な作品ですし、縞野やえ「異文化より愛をこめて」も、みんな女の子というだけで、恋愛ものの王道じゃないかなと思います(縞野やえ氏の作品は、vol.10 の「ガールは待ったなし」も、特異なギミック一点を除けば、案外王道といえるかもしれません。もっとも今回は、ギミックであるところのアメリカからの転校生の性格付けが、さすがにちょっとあざとかったかなと)。これらの作品がつまらないなんてことは全くないのですが、全体としての方向性としては、前回の vol.11 くらいにとりどりだった方が、小生としては雑誌としての個性を発揮する上では、有利でないかと思う次第です。まあ小生のような読者は少数派かも知れませんが・・・別に「百合」はどうでもよくて、ナヲコ先生が描いてたから雑誌買って、そうしたら面白い作家さんが何人もいたのでその方々の別な(百合でない)単行本も買って、という展開でしたので。
まとめれば、それぞれのタイトルとは裏腹に、『つぼみ』はどこか「百合」らしかったら(女の子がそれなりに出てきて関係を結べば)、あとは好き勝手にひらり、と飛んでいくような傾向が特徴で、一方『ひらり、』は「百合」らしさをより突き詰めようと、花開くよりもつぼみのなかに要素を凝縮していくようなところが特徴なんじゃないかと思います。タイトル交換したらどうかと。そして最低ルール守ればあと好き勝手、なのはエロ漫画に通じ(最近のはなかなかそうもいかないこともある、とも聞きますが)、読者の求めるテンプレにより忠実であろうとするところがやおいに近いのかも知れません。
小生は、ジャンルの定義やテンプレにこだわることは二次的な問題で、まず面白さの可能性を広げておく方が、結果的にはジャンルの発展にも繋がると考えます。しかし、まだまだ「百合」の規模では、それはリスキーな方針なのかも知れません。
あと最後にもう一つ、折角隔月発行になったのに、最初にも苦言を呈したように、連載作品の半数が1回おきかそれ以上の間隔を開けてしまうので、結果的に季刊より頻度が下がってしまうのは残念です。単行本をきちんと出す方針のようですが、みんなが単行本待ちになってしまったらアンソロとしては本末顛倒ですし。
だからここはもう、月刊化しかないですね。作家陣もだいぶ厚くなっていますし。経費がかかる? いいじゃん、芳文社は『けい〇ん!』で大儲けしてるんだから、これぐらいの投資は大丈夫でしょう(笑)
というわけで、斯界の一層の発展を祈って、本稿をひとまず締めくくります。
『少女セクト』は名作ですね。とはいえ、女の子しか出てこないエロとはいえ、「百合」とは少し毛色の違った(違ったところに魅力のある)作品と思います。
ナヲコ先生も昔『ホットミルク』や『アリスの城』で描かれた作品の中に、女の子しか出てこないのが幾つもありましたが、これも同様かと。
あと、エロといえば小梅けいと氏は確か、『花粉少女注意報』で2007年頃エロマンガで一番売れた人だったかと。うろ覚えですが。