禁忌アンソロジー『feroce』雑感
というわけで、今回取り上げますのは、先月末に発売された
です。以前に当ブログでも紹介した(「百合アンソロジー『dolce』雑感 附:百合における「革新派」論」)「百合」もののアンソロジーと同じシリーズというか、同じ企画のもののようで、公式サイトも同じ場所のようです。
今回のアンソロジーは何が「禁忌」なのかといえば、サイトによれば「兄と妹、姉と弟、教師と生徒、人妻……などなど、タブーだからこそ燃え上がる恋愛関係を描きます」ということで、百合よりも間口を広げた感じでしょうか。
で、今回も引き続き当ブログで紹介致しますのは、もちろんナヲコ先生の作品が載っていたからですが、今回は小生の諸事多端のせいなどもあって事前の情報が全然掴めず、発売後ようやく存在を知ったくらいで、しかも少し身辺が片付いた先日、漸く手に入れて一読した次第です。
それではまず、例によって掲載作品の一覧をば。
カバーイラスト 閏月戈、きんくナヲコ先生の他にも、前回の『dolce』から引き続き作品を寄せておられる作者の方が散見されますね。
すめらぎ琥珀「秘密の手伝い」
大塚子虎「ディプラデニア」
桜吹雪ねる「ゼロ距離のキス」
Hisasi「甘いとき」
英田舞「あなたと一緒なら」
にわかいけ「10月の雨のゆくえ」
ナヲコ「アイドル同盟!」
アガタ「自重せよ! 小桃ちゃん!」
かにゃぴぃ「いぬこい」
みなすきぽぷり「少女はふたつめの駅で」
花犬「Paint」
水瀬るるう「やさしい毒」
伊織ク外・飯田のぎ「Dead Thread」
竜太「愛さえあれば大丈夫?」
武内一真「なつのおもいで」
山田いぶき「はじまりは笑顔で」
渡まかな「泪は弧を描いて」
上田裕「おじいちゃんと孫」
ベンジャミン「放課後トイレ妖奇譚 第三夜」
で、その『dolce』の評をした折に小生は、
・・・このテンプレート(引用註:「女の子が女の子に『恋愛感情』を抱き、告白する」ということがストーリーの背骨となっているもの)は古典的な少女漫画の恋愛ものの系譜を引いているのかなあ、ということが浮かんだのですが、どうでしょうか。漫画の伝統に疎い者がこういう話をするのも何ですが、少女漫画の古典的パターンとしてある、「障碍を乗り越えて告白し恋愛を実らせる」というものの、後継ということです。こういうのは概して、告白に至る障碍を乗り越えるところに読者は燃えるわけですが、今では恋愛に関して障碍となるような要素は昔と比べかなり減っているようにも思われます。と述べましたが、今回はまさに「恋愛に至る障碍」そのものをテーマにしてアンソロジーを編んだわけで、小生の見立ては結構いい線を行っていたのではないか、と自画自賛しておきます(笑)
そこで思いついたのは、そんな恋愛に対する障碍の減ってきた時代に、「同性」という新たな障碍を持ち込むことで、古典的少女漫画告白ストーリーのテンプレートに新たな生命を吹き込んで再生させたのかな、ということでした。
ただ、最初に身も蓋もなく全体の感想を述べてしまいますと、皮肉にも「テンプレートに則る」ということの有意義さを一定程度は再確認させられた、という観があります。つまり、「禁忌」というかなり曖昧な、しかも特に今の世の中や、コンテンツ文化の世界の中においてその実態が見えづらくなってきているものを対象としたため、今ひとつアンソロジーとしてのまとまりが見えにくく、また作品としても焦点が定めにくいものが見られるのではないか、と思ったわけです。平たくいえば、「不倫や近親姦もののエロ漫画を寸止めにしたって『禁忌』を表現したことにはならんのではないか」ということです。
それだけ、今のマンガという媒体で「禁忌」とされるような恋愛関係を描くことは難しい(NHKの朝ドラとかならまだ話は別でしょうが)のでしょう。小生思うに、禁忌の恋愛を描くには多分、大きくは二つのアプローチがあって、一つは禁忌の重圧を強調して描いて、それに如何に立ち向かうか(或いは如何にしてその重圧に押し潰されてしまうのか)、という悲劇的手法であり、もう一つは敢えて重圧を無視して、ありえないような世界を描く喜劇的手法、とまあ分類できるのではないかと。で、概してこのアンソロジーでは、ページ数の都合もあるのかも知れませんが、前者のアプローチは弱く、後者の方が軸になっているように思われます。
もちろんそれが悪いわけではないのですが、そもそも禁忌とは社会によって定められるものなのに、その視点が薄い作品ばかりを見せられてると、どうもいまいち「どこが『禁忌』なんで?」という気はします。話の軸となっている禁忌で背徳的であるはずの恋愛への、その肝腎の背徳である、という社会に対する緊張関係があんまり見えてこないと、禁忌である意味は乏しくなってしまいます。
また視点を変えてみますと、このアンソロジーで描かれている関係で多いのは、「きょうだい」ものです。で、ややこしいのですが、なるほど近親相姦は「現実として」現在の日本社会では反道徳的であるとされていても、漫画を始めとするオタク文化的な中ではもはや、手垢のついた分野となってしまっているわけです。そこでどのように禁忌であることに説得力を持たせるのか、その辺がアンソロジーの方向性として難しいように思われるのです。
きょうだいの他に、取り上げられているのは、「百合」や教師・生徒ものが多いですが、これらも同様の問題を指摘できそうです。その一方で、「やおい」「BL」「ショタ」というコンテンツ文化で一大勢力を築いているはずの男性同性愛や、身分違いの恋・「家」の呪縛といった古典的な悲恋のテーマは少ないのが、興味深いところではあります。
さて、お堅い話はこの辺にして、個別の作品について、思いつくまま感想を述べさせていただきます。
・ナヲコ「アイドル同盟!」
小生がナヲコ先生の熱狂的ファンであるということを極力割り引いても、やはり本アンソロジー中では巍然として聳え立つ作品と思います。
主人公は女の子のアイドルグループ「ラビッツ」の中の二人、「りん」ちゃんと「とろ」ちゃん。二人は好き合っているけれど、でもラビッツが所属する事務所は「恋愛禁止」で・・・ってそもそもグループ内の女の子同士の恋愛という時点で問題です。「お客さん」の反応というのはまことに恐い「社会」の圧力ですね。
その二人が、ある男の人気アイドルデュオもまた同様の関係にあるということをお互いに知ってしまって・・・というお話。まこと、「百合」でも「BL」でも作品を描かれていて、音楽とアイドルも好きというナヲコ先生の真骨頂な作品でした。二組の「禁忌」が触れあうことで、それぞれの想いもまた動き出す、そんなところがいつもながら素敵です。同性カップル二組という特異なテーマのようでいて、まさに「社会」に対してどう立ち向かって想いを育んでいくかという、「禁忌」なテーマにもまっすぐ適っている作品と思います。
なお、小生はショタとかBL方面には全く疎いのですが、しかしこのマンガのキャラクターで一番かわいくて魅力的に描かれているのは、男性アイドルデュオの「さくや」君だと断然思います。特に彼の「目力(めぢから)」が素晴らしいですね。
一つ残念なのは、これだけのことを描くのにちょっとページ数が足りないということで・・・16ページなんですね。24ページあればとは思いましたが、今回も実にいい作品でした。
・伊織ク外・飯田のぎ「Dead Thread」
本アンソロ中でも個人的に屈指の名篇と思います。ヒロインが監察医で、彼女は死体しか愛せないネクロフィリアだったのです・・・ということはお相手は、本日解剖のために運び込まれてきた死体なのでした。
とだけまとめると、突飛な発想の勝利のようにも思われますが(もちろんアイディアは秀逸さです)、ヒロインが死体を愛する理由、その後のコーヒーよりも苦く後味の残る展開とが、「相手を想う」ということの持つ半面の怖さを感じさせてくれる、見事な作品でした。
・上田裕「おじいちゃんと孫」
本書中最大の問題作? 介護されてるおじいちゃんと孫の女の子の話なのですが、孫の方は手のかかるおじいちゃんに対し「早く死んでくれたらいいのにね」と思っていて、一方おじいちゃんもアレな・・・。笑いも引きつるまさに禁忌なコメディです。おまけに絵が結構可愛くて、しかもあんまりくだくだしくないタイプなので、絵と内容のギャップが引きつりを加速してくれます。忘れられない一篇。
・渡まかな「泪は弧を描いて」
『dolce』でも描かれていた作家さんですね。そちらではコミカルで勢いある展開が楽しい作品でしたが、今回はむしろ重い目です。あんまり内容を細かく紹介することは避けますが、男女の双子の間の思いを描いた作品。学園祭というマンガによくあるシチュエーションで、前世からの因縁というオカルティックな背景と2ちゃんねる家庭板まとめサイトにありそうな修羅場(←こういう説明もどうかと我ながら思うが・・・いやでもそうなんですよ)とが交錯して、報われぬ愛の救われぬ転生を描き、しんみりとしつつも、描写の細部にはコミカルさも健在で、素敵です。
・水瀬るるう「やさしい毒」
こちらも『dolce』以来の方の作品。百合のテンプレートを丹念に描いた前作も良かったですが、今回もいわば比較的「王道」な、男子高校生と女性教師(しかも人妻)の危なさを漂わせた関係を描きます。男子高校生が先生を言いくるめて、彼女の髪をセットさせる・・・というだけといえばそれだけなのですが、そこでの危うさの微細な描き方がホント、読んでいてツボに入ってきます。
・Hisasi「甘いとき」
お屋敷のたった一人のあととりの幼女と、彼女に仕える執事(?)。彼は「花梨様」と彼女を呼んで身辺なんでもお世話を焼き、そのことに喜びを見いだしているのですが・・・絵がなかなかシャープでいい感じですが、なかなか際どい描写もあるものの、途中までは「絵はいいけどエロ漫画の寸止めでもなあ」と思わなくもありませんでした。が、最後の一コマの一言で全てが見事に収まる、まさに「禁忌」というか、公然と語ることのできない愛の形を承知したうえでの触れ合いという、絵柄以上の見事な作品でした。
・かにゃぴぃ「いぬこい」
いくら「禁忌」な愛というお題だからといって、犬ネタが2本もあるとは思いませんでした(笑) ただどちらも、コメディ的なアプローチの作品ですので、安心してお読み下さい? 本作はそのうちの一本ですが、犬の絵がいいと思ったを取り上げてみました。本作は犬を愛するお兄ちゃんと、お兄ちゃんラブな妹との三角関係が面白い展開を見せます。
他の作品にも面白いものもありましたが、ひとまずこんなところで。全体としての企画にはやや?なところもありますが、個別の作品はなかなかとりどりで、それはそれで良かったと思います。
なお備忘までに、ネット上で見つけた『feroce』の他の感想へリンクしておきます(敬称略)。
・漫画まみれラノベづくし「バラエティーに富んだ恋愛対象との背徳的な甘い恋。『禁忌アンソロジー feroce(フェローチェ)』」
・正直どうでもいい「いけないコト、たくさんしようよ。『禁忌アンソロジー feroce』」
・実妹ゲームブログ「『禁忌アンソロジー feroce』の感想」
・kuroinunoouの本棚(ブクログ)「禁忌アンソロジー feroce (マジキューコミックス)」
「百合」に縛るよりはいろいろあって面白いとも言えますが、アンソロジーとして「一冊」読む感じという点では、テンプレートがなさ過ぎて散漫になってしまっているともいえ、難しさも感じました。小生は基本的には、あんまりテンプレに則るよりは、とりどりな方が好きなのですが、あんまりばらつくとクオリティも保てなくなるのかも知れません。またばらつきといえば、「禁忌」という大雑把な区切りのため、たとえば「百合」読者の場合は「百合」の作品しか関心がないために、内容がばらついていやだ、というような感想もあるようです。これは読者の方に問題があると思いますが・・・。
とはいえ、ナヲコ先生も快作を連打してくれたし、他にも何人か小生にとってツボの作家さんも見いだせましたので、本アンソロ編集部におかれましては、引き続き意欲的な本を編んでいって欲しいと思います。
※追記
このアンソロジーの続刊?が出ました→百合アンソロジー『dolce due』略感