雪の日にあったまる画像を
なんですが、そんな雪の日に相応しく、しかし見ていて暖かい画像を張っておきます。
ちなみに、小生の愛読書で、当ブログでも何度もネタ本に使った、青木正児『華国風味』(岩波文庫)所収の「末茶源流」によると、五代末宋初の文人陶穀の『清異録』という本には、「近世には茶を湯に注いで湯紋水脈をして物の象形を成さしむる妙訣が行われて、これを茶百戯といい、禽獣虫魚花草の類を現しわし、繊巧なること画の如くであるが、ただ暫くの間ですぐ消滅してしまう」ということが書かれており、中には四つの茶碗に抹茶を点てて、それぞれに湯を注いで詩を一句づつ書き、合わせて絶句一首になる、なんて芸当をした僧もいたとか。
ラテ・アートというと新しい物のようですが、実は中国では千年以上前に、抹茶で同じことをやっていたバリスタみたいな人たちがいたのでした。青木博士も「まずわが国のお茶坊主とか宗匠とかに類するものであったろうが、鹿爪らしく作法ばかり講じて一向芸のないわが国の茶匠より、幾ら芸術的で機がきいているか知れない」なんて書いてますが、しかしせっかくの抹茶中華芸術も、中国で抹茶が流行らなくなるにつれて衰退してしまったのでしょう。なぜ抹茶が中国で衰退し、日本では残っているのかは「末茶源流」では論じられていませんが、手間の問題か他の飲食物との関係なのでしょうか。
なおラテ・アートには、ミルクを注いで作るものの他に、型やパウダー、濃いエスプレッソ抽出液など他の材料や道具を使って作る物もある(上掲写真のもこっちのやり方だと思います)そうですが、宋代の抹茶アートの方でも、紙の型を抹茶の粉を使ったり、松や銀杏の実なんかを使う技法もあったそうで、そんなところもよく似ていて面白いですね。
最近は抹茶ラテなんてのもよくありますから、せっかくなので誰か、数百年の時(中国の抹茶は明代に消えたそうです)を越えて、「茶百戯」の復活を試みてみてもいいんじゃないでしょうか。抹茶ラテ・アートというのは検索してみたらありましたが、茶道界も一つ、刷新を図ってはどうかと。