平山昇『鉄道が変えた社寺参詣 初詣は鉄道とともに生まれ育った』感想
という前置きで今回取り上げるのは、
平山昇『鉄道が変えた社寺参詣
です。
平山さんは「初詣」を中心に、近代の社寺参詣のあり方について研究を積み重ねられてきており、当ブログでも以前から何度か平山さんの議論は紹介してきました(「電鉄資本と近代家族的ライフスタイルについて」・「JITTERIN'JINNの歌を聴いて思ったこと」)が、昨年10月にめでたく一書にまとまりました。大変喜ばしいことで、内容も新書としてはたいへん重厚でありながら、昔の新聞広告の画像などがふんだんに盛り込まれて面白く、歴史や鉄道に詳しい人もそうでない人も、初詣を知っている人なら誰でも興味深く読める本と、広くお勧めします。
本書の主張を端的にまとめれば、「現在ではすっかり「正月の伝統行事」のように思われている「初詣」は、実は都市から郊外へ延びる鉄道ができたことによって誕生した、まことに「近代的」な参詣行事だったのである」(48頁)ということになります。
もうちょっと詳しく、本書の目次を紹介しておくと、
はじめに
第1章 「初詣」の誕生
第2章 「何事も競争の世の中なり」 鉄道による参詣客争奪戦
川崎大師――京浜電鉄vs官鉄
成田山――成田鉄道vs総武鉄道、京成電軌vs国鉄
伊勢神宮――関西鉄道vs官鉄、大軌・参急vs国鉄
第3章 競争がもたらしたもの(1) 恵方詣の盛衰
第4章 競争がもたらしたもの(2) 二年参りの定着
東京
鹽竈神社
第5章 鉄道と神社の協調と駆け引き 西宮十日戎を事例に
明治改暦から阪神電車開業まで
阪神電車開業による変化――イベントプロデューサーの登場
明治43年の「旧暦廃止」
神社と電鉄の協調と駆け引き
終章
となります。
本書の内容をかいつまんで説明すると、第1章では、江戸時代には存在しなかった初詣がどのように成立したのか、川崎大師の例を中心に(沿線に日本最初の鉄道が開通した川崎大師が初詣の始まりだったようで、「初詣」という言葉も明治30年代までは川崎大師と関係する場合に使われていたそうです)説明します。
第2章では、川崎大師と成田山、伊勢神宮を対象として、複数の鉄道が競合する場合、競争をてことして初詣が盛んになっていたことが描かれます。国営の官鉄や国鉄も、私鉄と競争になっている場合は参詣客向けの宣伝やサービス向上に力を入れており、それは国民教化の政策とは別な理論で動いていたようです。まして私鉄においておや。
第3章では、初詣の原型とされる「恵方詣」について説明し、江戸時代末期に盛んになった恵方詣は鉄道の宣伝にも使われて一時は盛んになったものの、恵方は5年周期でしか巡ってこないので、恵方にあたらない年は鉄道会社が「初詣」という言葉を使うようになって地位が低下し、方角がやや離れていても「恵方」が濫用されるなどしていった結果、恵方詣が埋没していくさまを、関西を中心に解説します。
第4章では、鉄道の宣伝によって参詣のあり方が変わってくる様子を、終夜運転と「二年参り」から、主に成田山と塩釜神社を題材として説明します。終夜運転はもともと、大晦日まで仕事に駆け回る人々のために始められたもの(『世間胸算用』の世界ですね)で、正月の参詣は早くても元旦の朝からだったのが、鉄道会社が競争相手よりも早くお客を捕まえようとするうちに、終夜運転の電車で夜中に初詣に行く習慣が形成されていったとします。
第5章では、視点を変えて初詣される神社に着目します。関西で有名な西宮戎の『社務日誌』を史料として、阪神電鉄との関係を検討します。同時に、明治になって改暦が行われた問題も扱われますが、有名な明治6年の新暦導入は、参詣人の動向にはあまり影響せず、1910(明治43)年に官報が旧暦の併載をやめたことの影響の方が大きかったことを指摘しています。詳細は長くなるので略しますが、神社が企図した行事の日取りや時間と、阪神が宣伝に力を入れたそれとが必ずしも一致せず、両者の間のややこしい駆け引きを経て、現在のような参詣行事が定着していった様相が、詳細に述べられています。
終章では、戦後から現在の初詣については大きな変化はなく、昭和初期に定着したスタイルがおおむね継続していることを示唆しています。
さて、昨年亡くなったイギリスの著名な歴史学者 E.ホブズボームに『創られた伝統 THE INVENTION OF TRADITION』という有名な本がありますが(有名だよね?)、本書が提示するのはまさに、日本近代でひとつの「伝統」が創造される一連の過程です。「伝統の創造」というのは実は、結構いろいろなところに見られるものですが、寺社といういかにも「伝統」そのもののような(歴史的由緒が最大の資産であるような)存在と、鉄道という近代技術の象徴のようなものとの組み合わせとの着眼が見事ですね。
そして、「神社参拝」という行事からは、一見「国家神道による明治政府の思想統制が云々」という話になりそうなのが、実は鉄道会社の集客作戦が最大の原動力で、国家の一機関たる国鉄も私鉄に負けじと競争に励んだ結果、気づいたら当然のように「初詣」という習慣が出来上がってしまっていた、というのが何とも面白いところです。
よく歴史を題材にして、「日本の伝統が~云々」と説教をしたりもっともらしい「日本人論」を展開したりする人がおりますが、まあ大体のところ、そういう「伝統」というのはこういった「創られた伝統」であることがほとんど、といって過言ではありません。一方で、いかにも近年の風潮のように思われていることが実は、昔から似たようなことは存在していた、というのもよくあります。
本書は多くの日本人にとって身近に経験のある初詣を介して、そういった歴史や伝統というものに対する通俗的な思い込みや語りが抱える問題を、明確にしてくれているところに、大変おおきな意義があると思うのです。
小生の研究課題である電鉄業の歴史に照らしてみても、本書の説くところは大いに参考になるもので、電鉄沿線といえば郊外住宅に百貨店に宝塚、と「モダニズム」で近代的な生活文化の導入役となったことにスポットが当たりがちですが、同時に初詣のような「伝統」的行事の振興(それらモダンな生活スタイルとうまくマッチングさせた形で導入しているのがポイントでしょう)にも関わっている、というのは忘れてはならない点と感じました(71-72頁)。最近は電鉄業史の研究でも、このような方面への注目も唱えられつつあり、その潮流にも棹差した研究として重要と思います。
もっとも、紙数の問題もあるのでしょうが、まだまだ触れられていない点も多いように思われます。最大の疑問としては、初詣は鉄道会社の宣伝によってもっぱら作られた、としても、鉄道会社の宣伝がいつもいつも成功したわけではないだろう、ということです。本書でも、西宮戎の二月十日戎が不振に終わったことが述べられていますが、受け入れられたものとそうでないものとの差異については、もうちょっと説明が欲しいと思われます。
ネットではよく、「マスコミの陰謀」「電通の陰謀」などという言葉を振りかざす人がいますが、マスコミにしたって広告代理店にしたって、いつもいつも宣伝作戦が成功しているわけではないでしょう。もちろん宣伝しないよりはした方がいいでしょうし、ことに競争の激しい業界では、他社がやったからには我が社も引けない、という場合も多いでしょう(初詣もそうですね)。ですが、一つの成功した宣伝の裏に、あまりうまく行かなかった多くの宣伝、忘れてしまいたい黒歴史と化した大失敗の宣伝がいくらでもあるはずです。
そんな中で初詣は大成功の事例なわけですが、それが成功しかつ現在でも興隆しているのは、宣伝の受け手である消費者の側にも、それを取り入れるメリットがあったはずで、そこらへんはどうなのか、ということです。
実は、この件については以前、小生は本書の著者・平山昇さんの学会報告でちょっと伺った覚えがあります。今記憶に頼って述べれば、明治維新後の文明開化の流れで、特に知識人層については、社寺参詣を「迷信」として退ける傾向があったそうです(庶民はあまり変わらなかったにしても)。それが、日本の近代化が進む中で、「伝統」として見直されてゆき、明治神宮の造営をきっかけに、旧来型「迷信」とは違った「近代的」な行事として、知識人層も社寺参詣をするようになった、というのです。
本書の内容と考えあわせると、これは初詣の形がだいたい固まってきた時期とも大体符合していそうで、そうなると初詣で最大の参詣者を誇るのが、神社業界では「新参者」の明治神宮というのも納得がいきます。初詣の話をして、最大手の明治神宮の事例研究が本書にないのはやや残念ですが、昭和に入って初詣が「伝統」視される状況については平山さんも別書を予定しておられるそうで(130頁)、今後に期待したいと思います。
さてさて、個人的な自慢話になりますが(笑)、小生は本書を発売後まもなく購入して読みましたが、その後しばらくして、著者の平山さんから本書の入った封筒が届きました。で、先述の、「伝統の創造」を身近に感じさせ、安直な歴史語りを戒める一助ともなって意義が大きいと思います、という感想を礼状代わりに送ったところ、平山さんから返信をいただきまして、重要な論点もあろうかと思うので以下に簡単にご紹介致します。
小生の「伝統の創造」による「右傾化」「保守」のようなものに対する批判的視点に対し、平山さんが指摘されたのは、新しい行事のはずの初詣が、昭和初期になると「すがすがしい」「心地よい」ものとして語られていることについてより考えるべきではないか、ということでした。単に「伝統の創造」という観点から批判するだけでは、初詣のような行事に対し「すがすがしい」「心地よい」という気持ちを抱いている人に十分な説得力がないのではないか、そのような行事での「心地よい」感覚の共有(これにはメディアの影響が重要であろう)に対し、高圧的に理屈で対抗しようとしても、受け入れられず返って孤立してしまう懸念さえあるのではないか、とのご指摘でした。
これは確かに重要なことで、こと小生のようにひねくれた人間が陥りやすいパターンでもあり、ここに記して深く戒めとした次第です。
で、せっかくのご指摘なので、個人的にこれらの点について、もうちょっと考えてみました。
(かきふらい『けいおん!』1巻(芳文社2008)84頁)
先に挙げた当ブログの旧記事でもちょっと書いたことですが、仮に1クール12話で1年間を描く学園物萌え深夜アニメがあったとします。そうすると、だいたい5話あたりで登場人物たちが海水浴に行く、いわゆる「水着回」があります。そして往々次の回は夏祭りに行くのであって、勝手に名づければ「浴衣回」となります。で、学園祭を経て3話くらいあとにクリスマス回があって、その次に正月となって初詣に行くのですが、ここは「晴着回」と呼べますね。で、次の話がバレンタインと。これがメディア的に描かれた、ステロタイプな「1年間」ということになります。
平山さんのご指摘にもあったように、こうしてメディアで共有された行事というのは、商業的な盛り上げとも相乗して、粘り強く続くものです。で、初詣の歴史において、本書で示されているように、初詣が信心を離れて行楽の一環として持続していること、本書には触れられていませんが明治神宮のような「近代的」形態となることで神社参詣が盛り返したこと、を考えると、実のところ「伝統」というのは一種のイベントの口実の一つで、口実の中でももっとも強固なもの、と考えるべきなのかもしれない、と思うに至りました。
よくクリスマスについて、本来はキリスト教の聖なる儀式のはずなのに、お祭り騒ぎとするのはおかしい、と主として非モテ界隈から(笑)文句が出ます。それはもっとものようでいて、実は本質ではないのでしょう。本質はお祭り騒ぎで、クリスマスは口実なのです。その点では、初詣もまた、正月にどこかへお出かけする口実という面があり、以前に当ブログの記事でもちょっと検討したように、夏祭りもまた同様に、綿菓子とりんご飴を食べヨーヨーを釣って型抜きをする口実なのです。
クリスマスの時、キリストの教えに思いをはせる日本人がほとんどいない(日本のキリスト教徒は人口の0.1%くらいだったと思います)のと同様、初詣に際し参詣した社寺に祀られた神仏について考える日本人もそう多くはないでしょう。先日テレビで、初詣界の大御所・川崎大師は寺なのに、神社のように拍手を打って参詣する人が多い、という話題をやっていましたが、そのことが初詣の性格をよく表しているともいえます。毎年川崎大師に初詣をする約300万人のうち、何人がいったい弘法大師との関係を知っているのでしょうか。
皮肉にも、これら宗教的行事に淵源を持つイベントは、「伝統」を掲げつつも「脱宗教」化することによってこそ、近代のイベントとして定着しえたのであって、初詣とクリスマスは等価なのだ、と小生は思うのです。
マンガやドラマのようなメディアの中でも、初詣や夏祭りの「晴着回」「浴衣回」に際し、その社寺の由緒と関連付けて描かれることはまあほとんどないでしょう、と小生は今、手元の『Aチャンネル』を読みながら思うのであります(小生はナギ派)。
(黒田bb『Aチャンネル』2巻(芳文社2011)72頁)
「水着回」「浴衣回」のナギは、髪が縦ロールにグレードアップしているのがチャームポイントですが、
ユー子の水着フィギュアはあっても、ナギの水着フィギュアは発売されていません・・・
イベントの口実として「伝統」というのが持つ強さは、類似のイベントでそういった裏づけを持たないものを想定して比較してみることで、より一層明らかになるように思われます。
これも当ブログの過去記事でちょっと書いた気がしますが、「水着回」の海水浴について考えてみると、近代以降の海水浴の定着には、「健康によい」という理由で最初海外から取り入れられ、それが関西の阪神・南海、関東の京浜のような、沿線に海水浴の適地がある鉄道会社の宣伝(新聞社がタイアップ)によって普及したという歴史があります。ひところ、京浜急行の海水浴臨時列車といえば、鉄道マニアをも驚愕させるような壮烈なダイヤを組んでいたものでした(ニコニコ動画の「迷列車シリーズ」などで各人周知されたし)。
しかし最近では、電鉄会社が海水浴のために臨時列車を出すことはほとんどありませんし、京急の夏ダイヤも十年以上前になくなったと聞いています。最大の理由は自動車の普及にあるにしても、根本的には昔ほど皆が海水浴に行かなくなったということは否定できないでしょう。
もう一つ、もっと明らかな凋落を見せている季節物行事といえば、スキーでしょう。これまた映画『私をスキーにつれてって』に象徴されるごとく、若い者はスキーに行くのが当然、みたいな風潮がひところは存在していたと思われます。スキーについても、かの国土開発に代表されるように、電鉄系資本がかなり活動しているそうで、また国鉄も往時はスキー臨時列車をたくさん走らせていたものでした。
ですが、スキーと索道に詳しい畏友の東雲氏によると、最盛期に800箇所くらいあった日本のスキー場は、今や600箇所くらいにまで減少しているそうで、スノーボードもブームいずくんぞ(没落ぶりは今や普通のスキーよりひどいそうです)という状況だそうです。
萌えアニメとかでは、「水着回」の需要から今でも登場人物は海水浴には行きますが、スキーはそういったメディア露出すら減っているような感もあります(メディアを小生はそんなによく観察しているわけではないですが)。美少女フィギュアの水着バージョンや浴衣バージョンは売れても、スキーウェアバージョンは、まあ売れないでしょうな・・・。
こうしてみると、ある種の「国民的行事」の定着にはいろいろな要因が絡み合っていて、「資本の陰謀」で片付けられるものではないと思われます。そう簡単に宣伝どおりに皆が踊ってくれれば、資本も広告代理店も楽でしょうが、どう考えてもそうではないですよね。
その中で、「伝統」というのをうまく取り込めた場合、行事の定着と存続には有効だという例に、初詣は位置づけられそうです。近年では「恵方巻」が候補となりそうで、これも「海苔屋やコンビニの陰謀」だけではない何かがあったのです。そして行事が一旦ある程度まで普及すると、それこそ「一人で過ごすクリスマス」のように、行事に参加しないことが疎外感をもたらすような風潮もできるのでしょうね。といって、スキーのように一度は参加しないことに疎外感を持たせられそうなほどの普及を見せたイベントが衰退する例もあるわけで、こと持続性に関しては「伝統」の有効性は、その性格上当然といえば当然ですが、強いものと思われます。
それではこうした行事に、人々は何を求め、なぜ参加するのでしょうか。
先にも述べましたように、小生としてはこのような行事は、飲み食いや宴会、お出かけなどのエンタテインメントの口実ということなのであろうと考えます。本書の寺社参詣にしても、戦時下に「愛国」的な行事として奨励されていたことはあるにしても、それに乗っかる側もこれを口実とすれば戦時下でも行楽に行きやすい、という面があります。電鉄会社の参詣広告なんかでも「愛国心」を表に打ち出していますが、実際のところは何であれ乗ってくれればよかったわけです。
行事として盛り上がり、商売する側にもありがたいのは、何かの消費を伴う行動です。供給側にとってありがたいのは自明ですが、消費者としても、非日常的な消費行動を堂々と楽しめるわけですね。ただ、スキーが凋落して恵方巻が台頭したのは、日本の長期的経済不振で、金も時間もかかる季節の行事より、手軽で身近に楽しめるものへシフトした、ということでしょうから、いささか寂しくもありますが、そういった非日常的な行動をする時、というのは人間が生きていくうえで必須の存在であって、時代の状況にふさわしい形で行われていくのでしょう。
なおこういったイベントの変化については、それが行われる主体が家族単位か、友達同士が多いのか、カップル中心か、という面に着目するのが有効ではないかと、小生は現在考えています。
というわけで、クリスマスはパーティーの口実、初詣はお出かけの口実だと小生は思いますが、休みが一致しやすいという理由はあるにせよ、パーティーでも飲み会でもお出かけでも、したければ時間のあるときにすればいいのです。何も混んでいるときに行かなくてもよさそうです。
そこで出てくるのがメディアの存在で、本書でも初詣を中心とする正月行事の定着にメディアによる「正月」イメージの創出によるところが大きいと示唆されていますが(138頁)、イベントというものは大勢で同時に参加しているという感覚を得ることによって、より爽快感などが増すものなのでしょう。単なる個人的行事よりも社会的な行事の方が、価値が大きいように思われるのは、行事は人が「社会で」生きていく上でも必要なのだと考えれば、至極当然です。
で、より多くの人が楽しめることが大事なのですから、そこで「このイベントの謂れ因縁は・・・」「このイベントの正しい作法は・・・」などと講釈を始めると、楽しみに水を差されてしまうと思う人が多くなってしまうのでしょう。本書では、初詣が流行って定着した理由には、その「曖昧さ」があったと指摘されています(129頁)が、重要な点です。
実際には初詣は、社寺の由緒に頓着しない参拝で、いわば脱「宗教」化したイベントともいえるのですが、そのように中身のない「伝統」だからこそ、誰しも口実に使いやすかったのでしょう。それでいて「伝統」の装いをまとっていますから、口実とするだけの説得力があるようにも思われやすかったのでしょう。中身が曖昧なゆえに、皆が「共有」できるという幻想を抱け、イベントとしての魅力を増すことになったのでしょう。
本書の内容は斯様に、社寺にとって地雷ともなりかねない方向へ発展する恐れがあるのですが、その神社業界最大手の神社本庁が発行する新聞『神社新報』のサイトが、本書を好意的に評しているのは、ちょっと面白くもあります。
このように話を広げていくと、当ブログの常ながらまとまりがつかなくなるので、強引にまとめに入りますと、「人は何を求め生きるのか」「世界の中で人は自分の存在をどのように認識するのか」という大変大きな問いに通じる問題が、鉄道会社が乗客を少しでも増やそうと宣伝にあの手この手を講じるという、身近である意味みみっちい話とリンクしてくる(しかも鉄道会社の側は、そんな大きな問題に頓着しているわけではない)ところが、学問というものの面白くも意義あるところで、本書は手軽な新書で楽しく読めながら、そういった学問の深淵を覗かせてくれる可能性を持っている、大変素晴らしい本だと思います。
まあ小生は、当ブログを以前から読んでいただいておられる方には自明のことでしょうが、「世間でやっているから」と同じようにやることにしばしば疑問を感じ、「歴史的」にそれはどうなのかとほじくり返すことに楽しみを覚えるたちなので、つらつら考えるに、より一層、自らの社会不適合ぶりを痛感させられたような気も若干しますが・・・。
ともあれ、本書が多くの人に読まれ、平山さんの懐が潤い、次に何かの機会でお会いできたら一杯おごってもらえることを期待して(笑)、当ブログにしては珍しく?なるべく褒めて書評を書いてきましたが、これでひとまず終わりとします。今後とも、今回の記事で取り上げたようなテーマについては、小生も考えていくつもりです。
参考:『鉄道が変えた社寺参詣』のネット上感想まとめ(敬称略)
・読書メーター「鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った (交通新聞社新書)」
・ブクログ「鉄道が変えた社寺参詣―初詣は鉄道とともに生まれ育った」
・IK journal 「鉄道と社寺参詣のかかわり」
・軌楽庵のつれづれ日記「『鉄道が変えた社寺参詣』(平山 昇・著)」
・東京西郊日誌「鉄道が変えた社寺参詣」
・灰は灰に「初詣は鉄道会社の集客戦略から生まれた?」
・熊式。「鉄道が変えた社寺参詣 初詣は鉄道とともに生まれ育った」
・エキサイトレビュー(近藤正高)