割と普通に本の話
いろいろ出かけるついでに、久々に京急の快特に乗って品川から横浜まで移動。品川の跨線橋を渡る時に、下を成田エクスプレスが同じく横浜方面へ向けて走り去っていきましたが、鶴見の駅を過ぎて京急とJRの線路が接近した附近で再会。一旦快特が速度を緩めて並びかけたかと思った瞬間、快特は再び猛然と加速を開始し(絶対わざとやってる)、たちまちのうちに成田エクスプレスを彼方へ置き去ってしまい、ついでに横浜駅の直前でのろのろホームへ入る横浜線直通の桜木町行きも追い抜いて横浜到着。愉快なひと時でした。
さて、本の話題ついでに最近読んだものすごくどうでもいい本の感想を。
もう随分前ですが、この記事を書くときに発見してしまった本(正確にはその続篇)をネタで買い込んだという話を書いたのですが、この本を未読本の山に積んでおいたところ、サイズが小さいのでバランスを崩す危険性が高く思われ、さらに先日の展示会で相変わらず頭の中がヨーロッパ近世史・ハプスブルク家(オーストリア家限定)万歳モードになっていた小生はつい手に取ってしまったのでした。
という次第で引野利秋/ポチ加藤『大陸の女戦士 ヴェルメラント戦記』フランス書院を読んで思ったこと。
・・・あ、いやね、もうグスタフ・アドルフ以下三十年戦争の人物を女性化してエロ小説にするという発想自体を云々してもしょうがないし、考証がどうこう突っ込むのも野暮というか無意味としか言いようがないわけですよ。ただ地形とか状況設定とかまんま17世紀欧州過ぎて、もうちょっといじってみろよと言いたくはなりますけど、それもまあもうどうでもいい話です。
エロ小説としての問題は、登場人物をあまりに多く女性に偏らせたため、道具に頼ったレズ描写ばかりでいまいち盛り上がりに欠けるという点です。いやその辺は個人の好みなのかもしれないけど。
それでも引っかかるのは、「自称、軍事統計分析者」が書いた割には、なんか三十年戦争っぽさがあんまりないというか、戦争関連の描写を読んでいると第2次大戦みたいな感じがしてしまうのです。ロシア(にあたる物語中の国)がスウェーデン(にあたる物語中の国)に攻め込んで、フィンランド(にあたる物語中の国)で戦うという場面がありますが、なんかこの辺まんま梅本弘『雪中の奇跡』じゃない? この本はとても面白い本で、戦闘描写は精細だけど、第2次大戦における冬戦争(1939~40の第1次ソ芬戦)の本ですよあくまで。
ちょっと引用してみましょう。
そこで彼は正面のフィンランド軍陣地を迂回するために狙撃兵部隊を湖の氷上に繰り出した。この何の遮蔽物もない場所で、彼らは湖の縁に布陣するフィンランド軍の機関銃と狙撃兵の火線に捉えられ、何個中隊もまとめて皆殺しにされてしまった。(『雪中の奇跡』p.101)
・・・正面の敵陣を迂回しようと湖の氷上を渡りかけたガルダシア兵は、湖の縁に布陣するスオミ兵の火線に捕らえられ、何個中隊もまとめて皆殺しにされた。うわーよく似てるなー(棒読み)。(『大陸の女戦士 ヴェルメラント戦記』p.78)
すぐネタが割れるような真似すんなよ。
三十年戦争の時代の割に、何故か2次大戦ネタとか20世紀の戦史ネタを詰め込んでいるようなところがちぐはぐでいかんですな。グスタフ・アドルフ役と宰相のウクセンシェルナ役、ヴァレンシュタイン役にモンテクッコリ役、なぜかミハイル・ロマノフ役にクロムウェル役(これらは男)がこのエロ小説には出てきますが、他にはそれっぽいのが出てこないのが残念です。トルステンソンもバネールも、マンスフェルトもティリーも、パッペンハイムもガラスも、クリスチャン・フォン・ブラウンシュヴァイクも出てこないのは寂しい。続篇があれば出てくるのかな? 前編には出てたのかな? 話としては肝心の三十年戦争への介入にまで進んでいないみたいだし。
ただまあ、同情の余地がないわけではないのかもしれません。巻末あとがき紛いコーナーを読むに、登場人物の名が第2次大戦の米軍の提督由来ではないかと嬉々として指摘に及んだ投書を紹介しているのです。要するに日本の軍事マニアの興味関心を考えるに、彼らに世界史の教科書レヴェル以上の三十年戦争への知識を期待する方が無茶で、従って興味を繋ぎ止めるためにある程度2次大戦ネタを投入し、三十年戦争そのもののネタはその分抑制せざるを得なかったのかもしれません。
しかしそれでも、本来「ネタ」を使うとすれば、知らなくても(専らエロ小説として)楽しめ、三十年戦争のネタを知っていれば随所でニヤリと出来る、そのような作品を書くことは不可能ではないと思われます。そこらへんを安直なネタで埋め合わせようというのは、いやしくも作家として、そして「自称、軍事統計分析者」として、怠惰であると言わざるを得ないのではないでしょうか。
あとがき紛いコーナーに「前回のものに加えて以下の主要参考文献・・・」として挙げられているのが中央公論社の『世界の歴史』シリーズだったり、菊池良生『戦うハプスブルク家』だったり・・・一体前の巻ではどんな本を参考文献に挙げていたのかは気になります。ジェフリー・パーカー『長篠合戦の世界史――ヨーロッパ軍事革命の衝撃1500~1800年』は流石に使ったんだろうなあ、『雪中の奇跡』は挙げてあるんだろうなあと、そこにだけは関心が湧きます。本文はもうどうでもいいですが。
最後に。
近世ヨーロッパ(的な世界)を舞台に男装の女性たちを活躍させたいとお考えの方にお勧めの文献があります。表題は『近世ヨーロッパにおける女性の服装倒錯の伝説』という感じでしょうか。
小生も買い込んだはいいものの、洋書はついつい後回し・・・実質100ページ程度しかない薄い本なんですけどね。
※追記:この本は翻訳書が出版されました→