今日でおしまい
小生の知り合いにはどういうわけか法科大学院生が多いのですが、皆さんあまり楽しそうではなく、制度の批判について水を向けると、検事の論告求刑宜しく滔々と説かれる方が少なくないような気がするのは、必ずしも小生の偏見や交友関係の偏りばかりに原因を求める訳にもいかないのではないかと思わなくもありません。
ともあれ、受験者の皆様、お疲れ様でした。
一応小生はこのブログで、特定の読者個人を想定した内輪ネタはなるべく控えてきたつもりですが、今日はこう書かずにはいられなかったということをご諒承ください。
某法科大学院に通っているさる後輩が、その学校の教師も学生も「サヨク」ばかりだと言い、またここの女性とのコミュニケーションが取りにくい、扱いが難しいといっておりました。
一方、同じ学校に通っているさる女性の方は、この大学院の男は「保守的」な連中が多く、女性観もその例に漏れなくて、付き合いにくいと言っておられました。
同じ学校なのに対照的な意見、法科大学院に苦情があっても、その内実は様々といえるみたいですね。
・・・って、よく考えれば上の二人の意見は実は矛盾していないのか・・・それはもっと哀しいことかもしれません。
特定の人の話で済みません(とりわけ心当たりのある方には)。でも、この二つの意見のような関係は一般化することが決して出来ない問題ではない、そのように思うのです。
政治的には左でも女性観は保守的ということはありえますしね。
というか、左か右か、保守かリベラルかというのは、
各人間が自分を数直線のゼロにおいて判断してしまうので・・・
マイルド右から見たらリベラルが左に見えたり、
ピンクがアカに見えたりするものなのでしょう。
非常によくあることです。ありすぎて困るというか。
逆があんまりないのは不思議ですけど。
往々にして「右」「左」というのは、まず先に相手があってそれに対するアンチとして存在したりします。彼らが批難して止まないものこそ彼ら自身の鏡像だったりするわけで、実は批難する対象をもっとも必要としているのは批難する主体である、ということは多いに考えられることです。
ある立場を取る時には、「それが自分にとって意味があるかどうか、利益になるかどうか」をよく考えるべきだと思います。それは利己主義ではないはずです。その根底がない政治的立場は、もっともらしいお題目があればあるほど、結局は題目に流されただけということになりますから。
このブログに挙げたような場合は・・・性差が生き辛さを生む場合としては、女性の側により強い必然性がある場合はまだ充分多いように思われます。一般論としては。
生活費は男性が主に負担するものだと思っていたりしますから、
女性ばかりが被害をうけるわけではないのですが・・・
リベラルな男性が、
「女性は政治に興味がないからもっと持つべきだ」
とおっしゃると、そりゃそうだなとは思うのですが、
「政治がしっかり語れても、役に立たないどころか、
逆に女らしくないと煙たがる男性がいまだに多いからですよ。
みんなに求められてればとっくにそれに応えてますから・・・」
と言いたい気持ちにもまあなりますね。
現に、女性だって、美しくなることにはこんなにがんばってる
じゃないですか。ダイエットもメイクもフアッションも。
多少しんどくてもみんながんばってますよ。
男性が求めれてくだされば、
きっと女性はわりとなんでも応えますよ。
全くご指摘の通りだと思います(苦笑)。
自分の理想(妄想)を一方的に押し付けて勝手に世の女性に絶望する、という場合もあろうかと思います(経験者談)。
>teさん
求めるのに応えるのは女性の側が一方的にするものでもなく、男女相互にボチボチ譲歩して落ち着くところに落ち着けばいいのではないかと思います。
妥協点の位置は時と場合により、としか言いようがないと思いますが(いつもながら具体性に乏しい・・・)、あんまり相手の要求に振り回されるとお互い疲れるので。あと主体性を発揮する必要性の無い局面でも主体性を求められるのも、相当疲れます。
・・・結局怠け者の意見だなこれ。(人に要求するのも面倒なのです)