家庭向け電力自由化雑感~『ウチの会社電気売るんだってよ』感想など

東急グループ共通でポイントが有利に溜まるらしい
4月になって新年度が始まりました。で、この新年度からのトピックといえば、やはり家庭向け電力の全面自由化であろうと思います。小生は東急電鉄沿線に現在居住しておりますが、東急は現在のところ電鉄系としては唯一家庭向け電力供給に取り組んでおり、電車やバスの車体にラッピングして宣伝しているほか、主要駅のコンコースに臨時ブースを設けて勧誘しているのが目に付きます。
そんな折柄にふさわしい本の存在を知りまして、いつも戦前の電力業の話ばかりしているのも芸がないかと思いまして、購入一読してみました。関西電力の子会社(電力管理のシステムを構築・運用している会社とのこと)が出版したという本です。


関電システムソリューションズ(株)ビジネスコンサルティング部編
ネット上の紹介記事もリンクしておきます。
で、本書は電力事業の簡単な歴史や概要、手続きの勘所をまず述べたのち、上に挙げた裏表紙側の帯にあるように、電力小売事業を行う上でのポイントを10にまとめて解説しています。その内容は電気料金の考え方という基本的なところから、FIT電気の買取という時事的な問題、今後のガスの自由化までを見据えた幅広いものとなっています。記述は受験参考書のように図が多く、分かりやすく書かれています。
というわけで、電力自由化に際しての事業者側のなすべきことが体系的に述べられており、これは需用者にとっても自由化にどう対応するかの参考にもなるでしょう。さすがに関西電力の子会社がこしらえただけあって、大事なことは洩れなくフォローしており、よくできていると感心します。
すると先に紹介したネット上の紹介記事のように、「こうした事業展開や解説本の出版が関電の顧客を奪っていく新電力に力をつけさせることになるのではと少々心配」になってくるか・・・というと、小生はひねくれているせいか?必ずしもそうは感じませんでした。というのも、本書を読むと確かに電力小売ビジネスでやるべきことは一通り分かるのですが、かといって読んだ後に「これはビジネスチャンス! 参入しないでか!!」といった気分になるような、煽るような本ではないということです。むしろ「いろいろ面倒なのだなあ」と、クールダウンさせる?効果のほうがあるんじゃないでしょうか。
本書の行き届いた点は、電気料金システムや請求手法の解説などの折々に、新規のビジネスのヒント(たとえば、引越しの際の切り替えがチャンスだから引越し業者と提携しよう、などといった)が織り込まれていることです。なるほど、こういうビジネス手法もあるのかと、本書の帯が謳うように「電力のプロがここまで教えていいんかい?!」と感心しますが、裏返していえば、そんな電力小売ビジネスのアイディアなんてものは、関西電力はじめ既存の電力事業者がとっくに検討しつくしているぞ、という自信と余裕の表れのようにも思われるのです。
先の記事に拠れば、本書を執筆された関電子会社の方は「「ビジネスの相手が親会社のライバルでも、関電グループのファンを増やすことにつながり、ともに電力事業を盛り上げていければいい」と説明。太っ腹な関電グループの仲間を増やし、ともに業界を盛り上げていく布石にする戦略なのだという」ということですが、勘ぐれば、長期的には発電力やノウハウで圧倒する自分たちの勝利を確信しているということかもしれません。
さて、この四月からの自由化は家庭向けを含む小口の小売が自由化されるというもので、すでに前世紀末から大口の電力は自由化が段階的に進んでいました。これに応じて新電力(PPS)が数多く登場しておりまして、当ブログでも以前ネタにしたことがありました。で、先日のことですが、電力小売完全自由化を目前にして、そこそこの事業規模を持っていた新電力の日本ロジテック協同組合が電気事業から撤退を表明し、あげく破綻してしまうという事態が起こりました。
いくつか関係する記事をリンクしておきます。
・新電力大手、撤退へ 日本ロジテック協同組合、東電に申し入れ(2月24日付)
・日本ロジテック協同組合は なぜ撤退したのか?(2月27日付)
・ここは酷い右から左の新電力ですね(2月27日付)
・電力大手「経営破綻」のインパクトは大きい 日本ロジテックが資金繰りに窮して店じまい(3月21日付)
・東京商工リサーチ 日本ロジテック(協)(3月25日付)
小生は最初、日本ロジテックが電気事業撤退のニュースに接して、早速同組合サイトを見に行ったところ、会社の近況報告に何の詳細説明もなく「北海道支部を閉鎖いたしました」「中部支部を閉鎖いたしました」とあるのを見て、これは電気事業どころかこの組合自体がやばいのではないか、と驚きました。案の定、同組合は程なくして破綻してしまったわけで、同組合の事業の大半は電力だったことから、電気事業の失敗が破綻に直結したもののようです。
これについては憑かれた大学隠棲氏のコメントがまとまっていますが、要するに自社が発電力を一定有しているか、あるいは大規模な需用をもっているかでなければ、電気事業を行う意味は乏しいのではないかということです。同組合は発電所を持たず、市場などで買い付けた電気を契約した需用家に卸すという商法でした。同組合自体はもともと電力の大口需用家だったわけではなく、組合の共同購入のような流れで電気事業に乗り出したようです。なので安く買って高く売るという商売なわけですが、新たに市場を開拓するには安く売らなければならず、そもそも利の薄い商売のように思えます。しかも一方で、その安さに見合う電力調達がいつもうまく行くわけではなく、結局破綻したようです。
電力業史を振り返れば、確かに発電を行わず受電で事業を営んでいる事業者は数多くありましたが、それは供給区域の独占や自社の配電網があればこそでした。発電も送電も配電も人様の施設を使った事業による「電力自由化」とはそもそも何なのだろうという素朴な疑問は、素朴であればこそ容易に覆せるものではないように思います。
インフラ事業とはそもそも、多大な投資を必要とする代わりに、いったん事業が軌道に乗れば安定した収益が長期にわたって望めるという性格があります。しかし同時に、設備をちゃんと償却・改良していかなければ、事業がある時から立ち行かなくなる恐れがあり、これは社会活動に多大なダメージを及ぼしかねません。そのためにも、安定した収益の見込めることは大事です。
その点、日本ロジテックのようなモデルは、インフラ事業でありながら資本のまとまった投下を必要としない、一見すばらしいようでそんなうまい話があるのかい?という気もしてくるモデルでした。このようなモデルは、これまで長期にわたって多大な投資がなされ、今後も維持発展のために投資が必要な電力システムに対し、主体的に貢献することなくただ利用料を払うだけ、ということになり、彼らが儲かるとすればシステムの維持が危ぶまれる懸念が出てきます。といって利用料が相応であれば大して儲かるビジネスモデルとも考えにくく、結局存在意義が希薄といわざるを得ないということです。
この辺を、風力発電の専門家の方が厳しくツイートしておられましたので、以下に引用させていただきます。
なぜ来月から始まる電力自由化が失敗するのか、それは自分達の発電所を持とうとする新電力が殆どいないから。また、多くの新電力が実は彼らには割安なFIT再エネにばかり頼ろうおしている。簡単にいえばインフラ屋としての参入という心意気がないからだと思う。現時点で失敗と言っておくことにします
— 翼が折れたきたきつね。もふもふ (@northfox_wind) 2016年3月24日
@rassvet あと、家庭用自由化(電力完全自由化)の後、新電力がどんどん倒産や撤退という想定もしていたのですが、よもやその前に業界大手の日本ロジテック協同組合が撤退及び破綻処理になるというのは驚きました。ただ、今後でてくる新電力の多くが自社電源を持たない点で同じ危険があるかと
— 翼が折れたきたきつね。もふもふ (@northfox_wind) 2016年3月24日
結局この自由化とは「競争のための競争」であって、インフラ事業にわざわざ必要のない「自由化」をさせ、システムをややこしくさせて、企業にはビジネスチャンスがありそうに、需用家には電気が安くなりそうに、安直なイメージを与えるだけではないか、そんな否定的な印象を今のところ小生は拭い去ることができません。生活サービスでお客を抱え込む、最初にあげた東急の電気のような事業展開にしても、ひっきょうオマケの競争であって電力事業の本質を左右するわけではなく、「電力システムにとっては存在価値はなさそう」です。事業としてはうまくいく可能性は大いにあるとは思いますが、それが「電力事業の発展」かどうかは難しいところです。
ただ一方で、とかく批判されがちな(致し方ない面もありますが)既存の電気事業者が、自由化によってこれまで禁じられていた事業展開が可能になるといった面は考えられます。既に東京電力と中部電力が火力発電の統合を決め、さらに東電は石油火力を廃止するといった動きを見せています。
ずいぶん以前に当ブログで橘川武郎『東京電力 失敗の本質 「解体と再生」のシナリオ』『原子力発電をどうするか』という本を紹介しましたが、そこで橘川武郎先生が指摘しておられた、既存電力会社のダイナミズムを再度発揮させるという効果が、すでに出始めているとも考えられます。『ウチの会社電気売るんだってよ』の発行もまた、ダイナミズムの一環といえるかもしれません。
考えてみれば、電力の自由化はこれまで兼業に制約が課せられていた既存電力会社にとってのチャンスでもあります。そして資本の動員力を考えると、むしろ電力会社が他の業界に大資本で乗り込んで引っ掻き回す、なんて事態もありえるでしょう。
そう考えれば、この電力自由化にも一定の意義は見出せそうです――電力自由化に期待している層の考える「意義」とは違いそうですが。あとは、当初の期待通りの効果がすぐに出ないからといって制度いじりを繰り返し、その度ごとに目先の利益だけ掠め取ろうとする連中がインフラ事業を引っ掻き回し、需用家がそれに右往左往させられる、そんなことがないようにと祈念する次第です。
なお本記事では論点の拡散を避けるために、原発との関係については敢えて触れていません。小生の原発への考えについては、先年の『東京電力 失敗の本質 「解体と再生」のシナリオ』『原子力発電をどうするか』の書評記事をご参照ください。特段見解は変わっておりません。