富岡製糸場見学記(1)
上信電鉄は随分前に乗って以来。その時は確か西武の中古車に乗ったような記憶がありましたが、今日出会った電車はなにやら独自車輌(250形らしい)でした。なんとなくディーゼルカーっぽい印象を受けましたが、今は亡き新潟鐵工所の産であればそれもまた納得。
それはともかく、上信電鉄の高崎駅で早くも「富岡製糸場を世界遺産に」の看板が出迎えてくれました。

電車に揺られて富岡へ。40分近くかかり、結構距離があります。駅前の公衆トイレが上信電鉄名物の小型電気機関車デキ1型(ドイツのジーメンス社製)を模した形になっているのが面白いところです。屋上のパンタグラフは廃車派生品でも載っけたのでしょうか。

但しその前に腹ごしらえを。駅から南下して国道に出たところにある「飯島屋」という食堂でラーメンを食べました。全く余談ですが、線路のそばに「東苑」という味噌ラーメン屋があり、ここが結構有名らしいのですが、日曜定休のため行けず。群馬で味噌というのも変なようですが、実は群馬のラーメンの主力は味噌だそうです。更にどうでもいい話ですが、インスタントラーメンの定番「サッポロ一番」(味噌ラーメンを全国に広めた)を作っているサンヨー食品はもともと群馬は前橋で創業した会社で、今でも本社工場は前橋にあるとか。
そうそう、飯島屋のラーメンですが、ごく普通の醤油ラーメンでした。特に凄いインパクトのある味というわけではありませんが、元来醤油ラーメンがそんなに好きではない小生でも素直に食べられた、万人向きの安心な味だと思います。あと安いのもよし。写真を撮るのを忘れたので、行った人の写真つきブログをご紹介。
このお店で注文取りや配膳をしてくれたお婆さんは、随分腰が曲がっていて、その点が心配です。末永くご健康で。

国道を下仁田方向へ暫く進むと、右手に竜光寺という寺があります。ここに富岡製糸場の工女の墓があるというので参詣。寺は幼稚園を併設していて、本堂は随分と綺麗な感じでした。その裏手の墓地に工女の墓があり、解説の看板や位置を示す標柱も立っていますが、肝心の工女の墓石はささやかなもので(三井時代の合葬したのを除く)、苔むして名前も没年も判読しがたくなっています。世界遺産をめざすなら、墓石も綺麗にしてはどうかと思わないでもありません(名前くらいは読めるように・・・)。
そんな思いを抱きつつ墓地に佇んでいると、曇天を貫いてでかいチャイムの音声が鳴り響きました。正午です。日曜日に学校がやっているわけはありませんから、これが塩山氏が怒りを表して止まぬ、製糸場と並ぶ富岡名物・防災無線なのでしょう。チャイムならまだしも、この音量で朝の7時半から「節水のお願い」やら、夜の九時半に「防火のお願い」やらをやられたら、そりゃうるさいだろうな、と思ったのでした。世界遺産に富岡製糸場が指定されたら、この防災無線で市じゅうに伝達するのかもしれません。
世界遺産といえば、この寺の境内にもあり、その後町の数箇所でも見かけましたが、こんなのぼりを立てて世界遺産指定運動をしています。

長くなりそうなので明日に続きます。

ナヲコ先生のサイン本プレゼント企画があるらしいので『ばんがいち』を立ち読みできるコンビニを探して十数件巡ったもののどこにもなし。やはりケチなことを考えるものではない。

20年前ですか? リンクしたサイトでは1992年が最古の発見例になっていましたが、それは新発見ですね。一つ国会図書館で調査しましょうか(笑)
『ばんがいち』8月号を、上記のプレゼント企画に応募するべく買ってしまいました。真っ先に投稿欄を探し、そして三峰徹氏の投稿を見つけて安心しました。
防災無線は、まずハザードマップを作って、しかる後危険そうな地域に配置すれば充分でしょう。そして、今時の機械なら、毎日試験放送をしなくても済む程度の信頼性は確保できそうな気がしますよね。なにより、「わが国では到る所に拡声装置があり、それはどういうわけか文化普及の証拠のように見なされているけれども、これは実は逆に文化の遅れの現れであり、知的怠惰を奨励するものなのである」と、ソルジェニーツィンが半世紀前のソ連を舞台にした小説で登場人物に語らせているくらいで・・・