秋葉原通り魔事件から10年

※未完です

 早いもので、秋葉原で2008年に起こった通り魔事件から10年も経ってしまいました。小生はこの事件が起こったとき、たまたま秋葉原におりまして、そこで見たことをその日のうちにこのブログに書きました。

 10年経っての報道にはそれなりに目を通しましたが、今でも被害者の中には後遺症に苦しむ方もおられるとのことで、胸が痛みます。小生の場合は、過去の回顧記事でも書いたように、なにがしかの「トラウマ」を残したということもなかったのですが、それは上掲の記録を自分でまとめることにより、ある種の「心の整理」ができたということ、また共に事件に遭遇した友人が複数おり、この経験について忌憚なく話すことができたということが幸いしたのかと、今にして思います。

 さて、このブログでは事件が起こってから数年間は、折に触れ秋葉原関係のことを書いておりましたが、ここ数年間は中絶しておりました。ブログの更新自体も年単位で停まったりしていたように、私生活が仕事や博士論文執筆で多忙になったこと、大学院の在学年限が切れて退学したので秋葉原まで定期券で行けなくなり足が遠のいたこと、加齢のせいかよろず気力体力の萎えが著しいことなどの諸事情によります。とはいえさすがに十年の区切りには、少し思い出話を書いておこうと思います。




 そもそも、小生が秋葉原の街に足を突っ込むきっかけは、2006年の「6・30アキハバラ解放デモ」がきっかけでした。このブログでも詳細なレポと関連記事を書きましたので、とりあえず一番まとまっている(他の記事にもリンクがある)記事を貼っておきます。

 このデモは、2006年末に旗揚げした「革命的非モテ同盟」が、他の同じような面白団体?と連合して行ったもので、ふとしたきっかけから革非同と縁ができた小生も、見に行きました。その記録が上掲記事です。このデモは意外なほど多くの人が集まって、当時歩行者天国でのパフォーマンスなどがしばしば見られた、アキバの混沌とした性格をよく表したイベントになりました。ところがこれが、「過激派の関与」などというあらぬ噂をネットで流され、いろいろと揉め事になったものでした。
 揉め事の中で、革非同の古澤書記長やその同志たち(小生含む)は、ネットで勝手な噂話を垂れ流し、自分は何も行動しないのに他人をあげつらうネット民に憤慨しました。まあ、書記長はそういったネットの揉め事にネットで対抗するのが大好きで、それが他の革非同に協力していた人々(含小生)を一再ならず苛立たせたりしたわけですが・・・。とまれ、三度の飯よりネットの好きな書記長に苛立ちつつも、革非同に当時関わっていた人々(含小生)は、ネット上の宣伝活動よりも、地道な活動でもう一度秋葉原と向き合い、革非同の活動を立て直そうということになったのです。

 そこで目をつけたのが、折から始まっていたことを新聞報道で知った、Akiba Smile! の清掃ボランティア活動でした。毎週日曜日、歩行者天国の日の清掃ボランティアです。折から秋葉原の歩行者天国では、コスプレなどのパフォーマンスがしばしば見られるようになって、話題になる一方、迷惑で困るといった声も出ていました。そういった秋葉原の事情を反映して、地元の商店会などが中心となって、秋葉原タウンマネジメントという組織を作り、街の「健全化」を図ったと、まあそんな感じだったようです。革非同一同はこれに着目し、2008年の春ごろから毎週、何人かがこの活動に参加して、秋葉原の地域への浸透を図ったのでした。
 そう、なぜ小生と古澤書記長、そしてあと2人の革非同関係者が2008年6月8日の秋葉原にいたのか――それは本当は、清掃ボランティアのためだったのです。10年前に書いた上掲記事は、事件について覚えていることは極力正確に、ほとんど残らず書きましたが、一つ敢えて書かなかったことがありました。それが秋葉原にいた理由です。それは、革非同が秋葉原の地域活動に参加しているということが、件のネット上でいちゃもんをつけたがる連中に知られて、余計な妨害なぞされてはたまらない、という理由でした。当時は真面目でしたが、今にして思えば過敏な配慮だったかもしれません。しかしそれくらい、ネット上でのいちゃもんは腹が立ち、神経に障ることではあったのです。

(続きは気が向いたら)

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by bokukoui | 2018-06-08 23:59 | 思い付き | Trackback | Comments(0)

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