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アニメ『プリンセス・プリンシパル』第5話「case7 Bullet & Blade's Ballad」における鉄道描写について


 このところのコロナ禍で、自宅から出ないでもエンタテイメントが楽しめるようにと、さまざまなコンテンツがネットで公開されています。有料だったものが無料開放される例も少なくなく、その一つが上に挙げたアニメ『プリンセス・プリンシパル』であります。(10日まで)
 このアニメは、設定協力・速水螺旋人先生ということで私も気になっていましたが(速水作品に関する当ブログの過去記事はこちらなどを参照)、放映当時は見る機会を逸していました。それを、この Hulu の無料放映を機に見た……わけではなくて、もうちょっと前から、バンダイチャンネルの見放題に入っていたことから見始めたのですが、凝った映像と設定、程よく錯綜しつつも説明しすぎない脚本で、飽きる暇なく視聴者を引き込む、まことに素晴らしい作品と楽しく見ています。
 ……というような賛辞は、ちょっと検索してもネットでいくらでも見つかりますので、あえて青臭いことを言えば、このアニメには「壁(隔てるもの)」という一貫したテーマがあり、それが物語の背骨となっているために、見るものを引き込む力強さがあるのだと私は思います。劇中に登場する「ロンドンの壁」がその象徴ですが、身分や民族を隔てる壁、そして心の壁もまた存在します。その壁を超えることができるのは――。必ずしも製作者の意図したことではないかもしれませんが、今日的なテーマでもあります。
 そんなわけで、一周見終わって感心し、今は各話に振られている case 番号順に二回目を見ているところです。

 で、このアニメは、いわゆるスチームパンクの世界観で、蒸気機関を重要な役者に据えており、登場する自動車も蒸気自動車だそうです。となると、鉄道趣味者としては蒸気機関車の登場も期待したいところなのですが……概してアニメでは(マンガでもそんな感じがしますが)、鉄道とりわけ蒸気機関車は重視されない傾向にある気がします。どうも他のメカ、兵器なり自動車なりスーパーロボットなりと比べて、業界人に愛されていないんじゃないかという気がしてしまうのですが……
 ところが、第5話「case7 Bullet & Blade's Ballad」は、まさしく鉄道回というか、最初から最後までほとんど列車が舞台という「神回」でした。列車で繰り広げられる大活劇、血沸き肉踊ります(あとメイド服)。その描写も見事で、ツイッター上で瞥見しただけですが、このような賛辞がいくつも目につきます。
 私もこれらのご意見にまったく賛同しますが、ただそこでマニアの血がむくむくと湧いてきまして(笑)、ちょっと感じた点を手元の本で調べてみたのでした。



 さて、このアニメで舞台となる列車は、港に着いた汽船からロンドンへ向かう一行が乗るものなので、史実でいうサウスイースタン&チャタム鉄道に相当します。で、アニメで大写しになる路線図が、まさに同鉄道のなのです。
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『プリンセス・プリンシパル』第5話より

 これは立派な地図、と思いきや、英語版ウィキペディア(つうか日本語版ウィキペディアにはサウスイースタン&チャタム鉄道の項目自体ありませんが)にそっくりな路線図が……
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英語版ウィキペディア「South Eastern and Chatham Railway」より

 しかし、よく見ると『プリンセス・プリンシパル』製作陣はさすがで、ウィキペディアの丸写しのような芸のないことはしません。ウィキペディアの路線図では、SE&C鉄道の路線に交じって一緒に描かれている、ケント&イーストサセックス軽便鉄道が、アニメの路線図では除かれているんですね。これには感じ入りました。下の地図をご参照ください。
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『British Railways Pre-Grouping Atlas and Gazetteer』よりケント州の路線図
図中緑色がSE&C鉄道の路線で、黒がK&ES軽便鉄道
図中左上に、アニメ中でも名前が出てくるメイドストン駅がある

 もっとも、アニメに登場した路線図では、ロンドンのターミナルとして太線で強調されている駅が、一般的に有名なヴィクトリア駅やチャリングクロス駅ではなく、といってそこそこの知名度のロンドンブリッジ駅やキャノンストリート駅でもなく、よりにもよって一番マイナーなホーバーン・ヴァイアダクト駅なのは、謎です。これも下の路線図をご覧ください。
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『British Railways Pre-Grouping Atlas and Gazetteer』よりロンドンから南郊の路線図
図中緑色がSE&C鉄道、茶色が後述のLB&SC鉄道
SE&C鉄道のターミナルのうち、ヴィクトリアとロンドンブリッジはLB&SE鉄道と共用している

 余談ですが、ここでネタ本に使った『British Railways Pre-Grouping Atlas and Gazetteer』という本は、イギリスの鉄道が四大鉄道に統合される1923年の直前の路線図をまとめた地図帳です。なにせ鉄道最盛期といっても過言ではない時代の路線図であり、各社の路線が二重三重に絡み合っている地域がざらで、圧倒されます。しかもこの路線図、全線全駅(全駅索引付き)、名無しの貨物支線まで網羅している上に、車庫やトンネルまで記されている、路線図好きの鉄道マニアならこれだけでご飯が何杯でもいただける――いやイギリスだからトーストが何枚でも食えるほど見ごたえのある路線図です。19世紀や20世紀前半の英国文学を繙く際にもお手元にどうぞ。そう、この本の存在も、先日亡くなられた青木栄一先生に教えていただいたのでした……。

 話を戻しましょう。
 謎といえば、実は手持ちの本をちょっと見てみたのですが、プリンセスと堀川公ご一行の列車を牽引する機関車の正体が分からないのです。
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『プリンセス・プリンシパル』第5話より

 そもそも、機関車の色がカーキなんですが、SE&C鉄道の機関車は英国の機関車に多かったグリーンなのだそうです。カーキは割と特徴的な色で、採用していた鉄道はロンドンから海に向かうのは同じでも、南の海水浴場行のロンドン・ブライトン&サウスコースト鉄道でした。客車は王室専用という設定なので、鉄道会社と関係なさそうですが、深紅の塗装はミッドランド鉄道の客車(同鉄道は機関車も赤)らしいですね。画像は割愛しますが、豪華な車内の描写も手抜かりなく、とても素敵です。

 さて機関車の色はまあ、デザインの都合とかあるのでしょうが、さらに謎なのが、このプリンセス牽引機の軸配置なのです。軸配置とは、蒸気機関車の車軸のうち、車体前方にあって主に走行安定性に関わる先輪、動力を伝える大径の動輪、車体後方の主にボイラーを支える従輪の、三種類の車輪が何軸づつあるか、ということです。この軸配置を一瞥すれば、専門家やマニアならば、その機関車がどのような性格(急行用か貨物用か)なのか、とか、どの時代の機関車なのか、とかが大体判断できる、とても大事なものです。だから蒸気機関車が登場すると、まず軸配置は?と気になるのが、鉄道マニアの性というものなのです。
 そこでアニメのシーンを慎重に見てみると……
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『プリンセス・プリンシパル』第5話より

テンダー(炭水車)の側面に「BLENHEIM」と、イギリスが勝利した戦場の名を機関車の名前にして記しているのは、まこと英国機っぽくていいなあと思いますが、肝心の軸配置はどうも、先輪2軸・動輪2軸・従輪2軸のように見えます。イギリスで使うホワイト式という表記法では、4-4-4と書きます。先輪・動輪・従輪の数をハイフンでつなぐんですね。なので私は、サッカーのなんたらカップで世間が盛り上がっていたらしい時、駅のキオスクでスポーツ紙の大見出しに「4-4-2」と大書されているのを見て、「はて、アトランティックが何で日本のスポーツ新聞に?」と首をひねったものでした(アトランティクは軸配置4-4-2の、アメリカでの愛称)。
 で、この4-4-4という軸配置、そもそも世界的に見てもかなりレアなものだと思うのですが、さらにいえばどうにも「英国らしくない」軸配置なのです。2軸の先輪は高速旅客用の通例なのでいいですし、19世紀では動輪2軸の機関車が旅客用では多く、1軸のシングルドライバーというのもイギリスにはたくさんありました。貨物用は1軸では牽引力が不足するので、少なくとも2軸か3軸、19世紀末には4軸のも現れます。旅客機も20世紀に入るころから、客車の重量化に伴い3軸が多数派となります(国によって違いはありますが)。問題は従輪です。

 従輪の役割は、主にボイラーを支えるためです。蒸気機関はモーターや内燃機関と比べ回転数が低いので、スピードを出すには動輪を大きくする必要があります。ボイラー、とりわけ燃料を燃やす火室は、高速旅客機の場合、動輪の上に載せると重心が上がりすぎるので、動輪の間に挟むような配置になります。しかしこれでは幅が制限され、ボイラーの大型化ができません。そこで従輪を設けて、火室を従輪上に置くことで、火室を大きくしてボイラーの出力をアップすることができます。
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齋藤晃『蒸気機関車の興亡』179ページより

 上の図は日本の明治後半の蒸気機関車の例ですが、灰色の部分がボイラーで、下に出っ張っているところが火室です。6700形の動輪にはさまれた狭い火室に対して、6600形は従輪があるので火室が幅広くでき、上下にもゆとりのあることがお分かりいただけると思います。

 そんな効果がある従輪なのですが、動輪以外の車輪を増やすと牽引力としては損なので、なくてすませるならそれに越したことはありません。それをわざわざ2軸もつけるとはどういう場合でしょうか? よほどでかい火室を設けたい、そんな要求があるわけです。これが20世紀のアメリカ機となりますと、長編成の重量貨物を牽引したいとか、旅客列車でもエアコン装備の重量客車が登場したのでパワーを増したいとか、そういう理由があります。
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齋藤晃『蒸気機関車の興亡』282ページより

 こちらの図はアメリカで、大出力旅客機を作るため従輪を2軸にした例ですが、これは1920年代の話です。ちなみにこの、4-6-4の軸配置を、最初に採用したニューヨーク・セントラル鉄道の路線がハドソン川に沿っていたことから、アメリカでは「ハドソン」と呼びますが、これが回り回って『桃太郎電鉄』をつくったソフト会社の名前になります。

 話がそれました。で、従輪を2軸にしたい切実な理由は、重量列車を引きたい以外にもわびしい理由があるのです。それは、使う石炭の品質が悪く、同じカロリーを出すのに大量に焚かなければならない、という燃料事情です。先に挙げた図の6600形は、低品質の常磐炭(福島県産)を使っていた日本鉄道という会社の要望に応えて、アメリカのメーカーがこしらえたものでした。
 余談ですが、同時期に貨物機で9700形というのがあり、これはアメリカで多かった貨物用の軸配置2-8-0(コンソリデーションと呼ぶ)に同じ理屈で従輪をくっつけ、2-8-2にしました。これをこしらえたアメリカのメーカー・ボールドウィン社が、日本向けの機関車だからと、このタイプの軸配置を「ミカド」と名付けて宣伝し、鉄道用語に定着しました。「ゲイシャ」形や「ハラキリ」形にならなくてよかったと心底思います。

 ますます話がそれました。イギリスに帰ってきましょう。
 で、イギリスの石炭事情はというと、これはもう、南ウェールズで産する機関車用石炭の最高峰・カーディフ炭が容易に入手できるという、日本なんぞとは比べ物にならない恵まれた事情にありました。『プリンセス・プリンシパル』では列車の屋根の上で格闘戦やってますが、あれももし常磐炭なんぞ焚いていた日には、煤だらけでアンジェもトカゲのように黒くなってしまったでしょう。イギリスの蒸気機関車がカラフルなのに、日本が黒一色なのは、国鉄への統合が早かった事情もあるでしょうが、やはり無煙炭を焚くよりも掃除が大変という、石炭事情も影響したでしょう。
 余談ですが、かつて『びんちょうタン』というアニメが放送されたとき、私はこれは、桁違いの海外産強力キャラ「かーでぃふタン」や「あぱらちあタン」、いっぽうでいまいち萌えない「じょうばんタン」などが続々登場するのではないかと期待して見てみたのですが、製作陣は石炭への関心がなかったようで残念でした。いや、常磐炭にもそれなりの使い道があって、関東地方の家庭の風呂焚き用とかですね……
 ……えー、話を戻すと、つまり良質の石炭が入手できるイギリスの蒸気機関車は、わざわざ従輪を2軸もつけてまで、ばかでかい火室を設ける必要がなかったのです。蒸気機関車の世界最高速記録を持つ、英国が誇るA4形マラード号でも、従輪は1軸しかありません。だから私は、そこに違和感を感じざるを得なかったのです。ざっと手持ちの本をひっくり返してみましたが、後ろに石炭と水をしょってるタンク機関車はいざ知らず、別車両になっているテンダー機関車で動輪2軸・従輪2軸のものは、イギリス機では見つかりませんでした(厳密には、ブースター付き機関車というのが少数いますが、まあ見た目が全然違います)。
 なお従輪を2軸にするさらにわびしい理由として、日本の国鉄がやったことですが、貧弱な線路でも大きめの機関車を走らせるために、車軸を増やして一軸当たりにかかる重量を減らしたというのがあります(牽引力は損する)。具体的にはC60・C61・C62・D60・D61・D62ですね(けっこうあるな)。ただしこれも、路盤のしっかりした英国では考えにくいことです。

 とまあ、ちょっと(書いているうちにちょっとじゃなくなった……)文句をつけてみましたが、列車を舞台にした『プリンセス・プリンシパル』の活劇シーンは素晴らしく、ネタバレになるのであまり詳しく書きませんが、危機に陥った列車を止めるシーンで、ちゃんと加減弁オフ⇒逆転機フルギヤ⇒ブレーキ操作という手順を踏んでいたのは、感動しました。加減弁は出てきたとしても、逆転機なんて言葉がアニメで聞けるとは思ってませんでしたから。

 しかしそこでちょっとやり過ぎてしまった感もあるのが、「バイパス弁を開ける」という操作でした。バイパス弁というのは本来、惰行時にピストンの動きを軽くすることで、惰行の効率を上げるものです。言い換えると、自動車でいうエンジンブレーキがかかるのを防ぐものなのですね。
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清水昭一「蒸気機関車の基礎講座」215ページより
 だから、すでに気づかれている同好の士の方もおられたように、緊急停車ならわざわざバイパス弁開ける必要ないんじゃないか、というところが引っ掛かります(通常の運転動作ならそれでいいのです)。
 さらに言えば、さっきの従輪同様、バイパス弁自体が「英国らしくない」装備なのです。というのも、バイパス弁は加速した列車が惰行に移った時に、効率よくレールの上を滑っていくことで、ちょっとでも燃料を節約しようという、悪く言えば貧乏人の発想のケチ装備なのです。だから日本の蒸機には必須アイテムでしたが、石炭が質量とも豊富なイギリスの発想ではないのです。確かドイツで装備されていて、そこから日本に来たものではないかと思います(髙木宏之さんにお会いできたら聞いてみよう)。

 余談ですが、止まらない蒸気機関車を止める非常手段というか裏技に、カウンタープレッシャーブレーキというのがあります(のちに改良されて正規のブレーキになったが、真空ブレーキや空気ブレーキが登場すると廃れた)。これはどうやるかというと、逆転機を後進いっぱいに入れて、加減弁を全開にします。つまり走っている最中に、いきなり後進全力にするわけです。蒸気機関車は弁装置の性格上、こういうことができます。これをやると車輪は空転して火花を散らし、時には煙室が炎上し、挙句の果てにはレールも機関車もぶっ壊れるそうです。映像的に派手そうですがどうでしょう。

 というわけで総括すれば、『プリンセス・プリンシパル』の第5回は鉄道大活躍の神回ですが、惜しむらくは石炭への愛が若干足りなかったのではないか、というのが私の感想です。スチームパンクなんですから、燃料の石炭にもぜひぜひ一層の愛を注いで、劇場版が製作されればと願う次第です。
 そして石炭へ愛を注ぐことは同時に、鉄道への愛を注ぐことにもなるのです。日本の経済学史上の偉人である隅谷三喜男先生は、古典となった『日本石炭産業分析』において、石炭産業とは運搬業であると喝破されました。そしてつい先日亡くなられた日本の鉄道史の泰斗・青木栄一先生は、鉄道とは石炭を運ぶ限り安泰だと語っておられました。石炭と鉄道はまことに縁が深いものなのであります。
 さらにこの第5回で登場した蒸気機関車は、色こそ違え、第11話でもそっくりのが登場しています。
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『プリンセス・プリンシパル』第11話より

 私には最近のアニメの技術的なことは分かりませんが、どうもこの機関車、3Dモデルを作って動かしてるんじゃないか、という気がします。なのでせっかくのモデルですから、劇場版でも再度の活躍が期待できそうです。その際に大変だとは思いますが、できれば従輪を1軸減らしてくれると、私は嬉しいです(笑)
 ただこの画像を見ると、ポカミスでしょうが、機関士も機関助士もいません。そういや第5話も機関士一人だけで助士がいなかったような……

※加筆
 後で気が付きましたが、第10話でも同じ機関車のモデル(色は第11話に同じ)が登場しています。さらに客車も、第5話と全く同じモデル(色もこれは第5話と変わらなさそう)のようですが、第5話では車内は(警備陣乗務用のためか)アメリカ式の中央通路式だったのに対し、第10話では欧州で一般的だったコンパートメント式になっています。第10話では機関車にちゃんと機関士が乗務していましたが、助士の姿はやはり見えず。

 ところで、ネットで主にミリオタが使う言葉なのですが、私がどうも好かないものに「英国面」というのがあります。イギリスの個性的な、日本人の感覚では理解しがたいような兵器などをおちょくって呼ぶ言葉ですが、でもそういった工業製品にはそれなりの事情があるわけです(作った奴の趣味だった、ということもないではないですが、それは個人の問題であって「英国」の問題では必ずしもありません)。そこに注目しないでは、表面的な面白さで対象を消費するだけに終わってしまいはしないでしょうか。

 「英国面」と呼べそうな、イギリス流の機関車の「美学」みたいなのは、確かにあります。ある条件下で生み出された技術とデザインの体系というべきものです。先にお名前を出した髙木宏之さんの用語を借りれば、practice(手法体系)といいます。私が従輪やバイパス弁にこだわったのは、それがプラクティスに関わっているから(この場合は燃料事情に由来)なのです。体系があって、そこからある細部が導き出されるのです。
 さらには、機能とはあまり関係ないデザインについても、時代や会社や国による積み重ねというものがあり、体系というものがあるのです。その体系があるゆえに、機関車を見て「あ、イギリスっぽい」とか「アメリカっぽい」という「らしさ」が生まれるのです。
 これは、「らしさ」こそ大事な、こういった舞台設定の考証にも大きく関わります。『プリンセス・プリンシパル』では例えば、レンガのテクスチャをちゃんと全部イギリス積みにしているなど、「らしさ」には細部まで注意が払われていることには私も感心し、楽しく見させてもらいました。ただやはり、蒸気機関車については、もうちょっと業界の方に「らしさ」について注意を払ってほしかった気はします。
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『プリンセス・プリンシパル』第5話より
奥が敵役のタービン機関車、手前がプリンセスお召列車
手前機関車の煙突直後のコブが砂箱(と思われる)

 そこで改めて、『プリンセス・プリンシパル』の蒸気機関車を見直すと、気になるのが砂箱の形なんです。砂箱とは、空転を防ぐために線路に撒く砂を収めた箱で、ふつうボイラーの上に置かれます。ボイラーの上には、蒸気溜めと砂箱と、二つでっぱりのある機関車が多いです(例外も多い)。
 で、砂箱は別に四角い箱でも構わないし、そういう機関車も(戦時急造とかで)結構ありますが、そういうところのデザインに、けっこう各国ごとの個性なんかが出たりするのです。で、率直な印象を言えば、この砂箱はカッコ悪いというか、「イギリスっぽくない」気がしてなりません。なめくじが這ってるみたいじゃないですか。ボイラー上になめくじ這わせて平気なのは、イギリスではなく大日本帝国鉄道省です。この砂箱にはプリンシパルがない、と白洲次郎の霊が乗り移ってきます。
 煙室まわりの雰囲気とか、ちっこいキャブとか、動輪のスプラッシャー(動輪上部のカバー)などは実に「らしい」のに、どうしてここだけ手抜かりなのか、残念でなりません。

 私は日本の古い私鉄電車が専門で、それほど蒸機には詳しくありませんが、でもそこそこ写真を見ていると、何となくヴィクトリア朝イギリス「らしい」機関車デザインの感覚が見えてくるのです。ありていに言えば、この砂箱ドームの形は、日本の国鉄型蒸気機関車のC55やC57(1930年代設計)のそれにそっくりで(これらの機関車のドームは蒸気溜めと砂箱を一体化している)、19世紀イギリス「らしさ」がないんです。もっとこう、たおやかな形なんです。あるいはいっそ、砂箱のドームがないんです(砂箱をランボード上に置く)。ついでに言えば煙突の形もそうで、日本の昭和の蒸機みたいです。これももっと、曲線的な形なのです。
 敵役のタービン機関車がいかにもアメリカンなマッシブさで、プリンセスお召列車の機関車の英国調と対比をなしているのは見どころになっているだけに(時代考証的には飛んでても)、どうもここが惜しまれてなりません。「らしさ」というのは、往々こういうところに出てくるのです。私にとって蒸気機関車のドームのふくらみの曲線が持つ官能性は、本作におけるドロシーの胸のラインくらいには気になるものでした(私はドロシー推しです)。
 とまれ、機関車のデザインにも国などによる体系があって、それは結果的に「ヘン」に見えてもそれなりの系譜があるのであって、安直に「英国面」とか笑いものにするのは、感心しがたい態度と私は思います。

 むしろ考えてしまうのは、あれだけ他のメカなどはカッコよく素敵に、無茶でも無茶なりに美意識というか強引な説得力あるデザインをできたスタッフの方々が、蒸気機関車となると意外とこだわってないのがなぜかということです。私だって別に、19世紀に実在しなかったからダメ、なんてことを言うつもりはまるでありません。「らしさ」で世界観を構築してくれれば、「らしさ」優先でもちろんいいのです。その「らしさ」なりの考証として、時代の枠を踏み越えるのは構わないのですが、「イギリスっぽさ」の枠まで超えてしまうのは、やはりちょっと、不思議ですらあります。
 改めて考えると、スチームパンクでは蒸気機関車がかえって出てきづらい理由は、分かる気がします。実在しなかった「蒸気航空機」や(蒸気エンジンの飛行船はあったっけかな)、実在したけれどマイナーな存在にとどまった「蒸気自動車」などなら、自由に想像の幅を広げることができます。しかし「蒸気機関車」というのは実在し、一時は世界を風靡するほど種類も数もたくさん作られ、技術的にも様々な試みをされた(第5回で登場した蒸気タービン機関車とか電熱でお湯を沸かす蒸気機関車とか)だけに、自由な想像のできる幅が狭まってしまいます。そこらへんは、蒸気機関車はもっとも代表的にスチームな存在だけにパンクではない、という皮肉がありますね。
 でも改めて実在の蒸気機関車の最末期、ずいぶん前にこのブログで取り上げた、第二次世界大戦後にもなって蒸機の限界を突き詰めようと作ったペンシルベニア鉄道のS1とかT1とか見直すと、パンクだなあと思うのです。実在するスチームパンクといいますか。ついでに会社の経営的にもパンクしてたし……(ペン鉄道は赤字になって蒸機をひっこめディーゼル化しました)。

 例によって話は拡散してとどまるところを知りません。しかし、こうやって作品を肴にいつまでも語っていたくなる、そんな素敵な作品に出会えたことこそ「オタク」の本懐のはずです。私のこの雑文を、「老害のたわごと」という今どきの「オタク」は結構いそうですが、入れ込んだ作品にこれだけ一人で考えをめぐらせる妄想力も、妄想の基盤の知識もないなら、それはただの「大衆的消費者」だ、君にはプリンシパルがない、と開き直ることにします。
 というわけで、コロナ禍で延期になった映画や設定本を、楽しみにしています。それまでは、Hulu は残念ながら10日までですが、バンダイチャンネルはまだ当分見放題なので、テレビ版を深掘りして待つとしましょう。あとコミカライズ買います。

・参考文献
『British Railways Pre-Grouping Atlas and Gazetteer』5th ed.
清水昭一「蒸気機関車の基礎講座」『Rail Magazine 日本の蒸気機関車』ネコパブリッシング(1994)所収
齋藤晃『蒸気機関車の興亡』NTT出版(1996)
高畠潔『イギリスの鉄道のはなし 美しき蒸気機関車の時代』成山堂書店(2004)

※本記事は2020年5月1日にツイートした内容をもとに、大幅に加筆修正して画像を加えたものです。


・追記小ネタ

二週目の鑑賞中、とりわけ視聴者からの評判も高い(と思う)第6話「case18 Rouge Morgue」で、面白くも不思議なことに気が付きました。
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『プリンセス・プリンシパル』第6話より

 この回の舞台となっているモルグ(死体置場)の壁に、何か地図が張ってあります。よく見ると、濠や川の形が、江戸城と隅田川そのもの――つまり東京の地図なのです。なぜ死体置場に東京? 今の日本は死体置場のごとき暗黒の世だという製作陣の政治的意図か!?
 冗談はさておき、この東京の地図は、『プリンセス・プリンシパル』の設定年代の19世紀末ごろのだろうと思われます。日比谷あたりが公園化されている一方、どうも東京駅はないように見えます。これははっきりとはしないのですが、路面電車の線も引かれているように見え、すると明治末年(20世紀初頭)くらいの地図ということになります。どうも、goo 古地図の、明治地図によく似ているような気が(寺院を赤く塗ってあるところとか)。
 ツイッターでこのことを書いたら、どうもいままで気が付いた人は(あまり)いなかったようなので、ちょっと嬉しくなりました(笑) それにしても、噛めば噛むほど味の出る、スルメのような作品だと感心することしきりです。

※これは5月21日にツイートした内容をもとに加筆しました。

by bokukoui | 2020-05-08 23:59 | 鉄道(歴史方面) | Comments(2)

Commented by 12345 at 2020-06-10 19:35 x
ボッコウは国境を何だと思っているのか聞きたい。
Commented by bokukoui at 2020-06-14 23:32
そうですね、「国民国家の輪郭線」だと思っています。
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