続々地歴教育雑感
こんなことをのんびり書いていたら、明日から急遽地理の授業をすることになったので、今急遽慌てて準備中です。
さて、改めて昨日の続きを考えます。歴史の学習の理解が断片的で、流れをつかんでいない、これが問題点だということです。つまり歴史の語りが単語の羅列であって、ストーリーになっていないんですが、実はこれを説明する方が難しい、ということです。抽象的な理屈を理解してもらうのは難しく、また歴史の入試の出題形式も、流れの説明よりも語句など細部を問うものが多いため、学習形式も断片的知識の詰め込みになってしまいがちなのです。ですが、これが歴史科目の学習を苦手にしている理由でもあるでしょう。訳も分からず大量の知識の記憶を強いられて押しつぶされてしまう危険性があるでしょう。
要するに歴史のストーリーとして説明するという技能の涵養が求められていないための問題と思います。そういった説明を求める問題は記述形式になって、採点が大変なため出題されることが少ないのでしょうが・・・。
斯かる状況のもと、一応塾で世界史を教えている者としては、何がしかストーリーを作って教える必要があると考えているのですが、その際に思うのは、マルクス主義的唯物史観というのは結構スグレモノなのではないかということです(笑)。発展段階論や階級闘争の図式を単純に歴史の各局面に当てはめて解釈ばかりしていては、もちろん現在の研究水準においては意味を持ちませんが、しかし教育用の見取り図としては結構有効なようにも思います。
もちろんそれは見取り図であって、単純すぎるその視角は修正される(少なくとも、修正されるべき余地が多大に存在しているということを認識する)ことは事後的に必要ですが、それは大学に入って歴史系の授業を一つ取れば解決されうるのではないかと思います。以前教育に関して些か駄弁を弄した際に、渡辺次男の参考書を取り上げて、受験勉強は大学に入って「あんな下らない勉強をさせやがって」と息巻く時に決着する、という話を紹介しましたが、最後の仕上げは大学に任せてしまっても塾としてはそれでいいのかもしれません。もちろん、修正の可能性の示唆自体は授業中にしていますけど。
というわけで、発展段階論と階級闘争の他、いろいろなネタ本から仕込んで、種々の大雑把な流れの見取り図を作成して授業をしているわけですが、実際に効果が上がっているのかは正直なところ分かりません。単純な事実の羅列よりは有効であると信じてはいますが、詰め込み授業=歴史とばかり思っている人に抽象的構造を教えるのは、実感が全くつかめず、余計あやふやにしてしまう危険性は認めざるを得ません。
ああ、やはりここは "History of the World" とか、こないだちょっと記事を書いた Europa Universalis 2 とか、そういうのをやった方がいいんじゃないかというお約束のオチになりそうだなあ。抽象的な理屈や大雑把な流れと、個々の出来事とを連携させて把握する手がかりにもなるとは思うんですけどね。
などと理屈をつけて、くそ忙しいはずなのにまたちょっとEU2のヴェネツィアをいじくってしまいました。
かくて領土はビスケー湾からウラル山脈まで・・・と思ったら、東の方にこんな領土がついてきました。
しかし本土との間が何故かシビル=ハン国とかウズベク=ハン国に分断されてる・・・どうやってロシアは植民していたんだか。
いい加減長すぎて話がとっちらかってるので、もうちょっと軌道修正して、続きは次回。