気がついたら二月も終わりになってしまいました。用意していた記事が諸般の事情で形にする暇がなく、しかしブログの更新なしに月を終えるのも残念なところ、ちょうど告知したい件がありましたので、場末のブログですが、多少なりとも宣伝になることを期待して更新しておきます。
というわけで、さる2月25日付で、
廣田誠・山田雄久・加藤諭・嶋理人・谷内正往 共著
『近鉄・南海の経営史研究 兼業をめぐって』五絃舎
が発行されました。近鉄と南海の歴史について、兼業に着目して研究した論文を集めた論文集です。
多角化してコングロマリット化した電鉄企業が、都市形成に大きな影響を与え、しかもそれが百年以上現在進行形で続いている、というのは、世界でも稀にみることで、日本の近代の特徴といっても過言ではありません。日本の電車は、技術的にも経営手法的にもアメリカの影響が濃いといえ、台車はアメリカのボールドウィン社(の国産パチモン)かブリル社製、電気機器はウェスティングハウスかGEというのが昔の日本の電車の定番で、電車の元祖たるジーメンスなんかはマイナーな存在にとどまりました(イギリスのデッカーの制御器は結構多かったけど)。ところがお手本のアメリカでは、自動車の普及が急で、1930年代に電車はほとんど滅亡してしまいます。生き残った電鉄は、日本と逆に旅客をやめて貨物専業になり、わずかに存続した都市の電車も大部分公営化されました。ヨーロッパではもとより都市の電車は公営や国営が中心です。
しかるに日本では、民営の電鉄が百年以上も盛業中で、国営や公営の方が民営化される有様です。最近はJR北海道の経営危機などで、公共交通の公営の意義が見直される向きもなくはないですが、今なお世論の向きは「国営・公営=非効率、民営=効率」というものでしょう。これは国鉄改革の影響が大きいでしょうが、国鉄民営化にしても、民営の大手私鉄というモデルがあったために国民が受け入れた面はあるのではないでしょうか。
このように民営の電車が活発であるのが日本の特徴なのですが、その経営が多角的で、電車から不動産や流通を中心に、最近は保育園から警備会社まで、なんでもかんでもやっているというのが、活発さの何よりの例でしょう。そしてその淵源は、やはり百年近く前に遡るものです。ですので、日本の近代、とりわけ都市について、世界の中での特徴を捉えたいと思ったならば、電鉄業の多角化を調べてみるというのは大変有効な手段といえます。
というわけで、電鉄業の多角化の歴史についての研究自体は、これまでもかなりありました。ただ、そのおそらく過半が、日本型電鉄経営のモデルとされている、小林一三による阪急の経営に偏っているのは否めません。これに五島慶太の東急と堤康次郎の西武を足せば、研究の八割を超えるんじゃないかと思います。そして、結局は「小林一三は偉かった」という「神話」を繰り返すだけに終わってしまい、結果的に阪急の宣伝に手を貸すことになってしまいます。
そう、阪急当局はかなり意識的に小林一三の神話を企業イメージに利用しています。だから同社はそのイメージを壊されることを警戒し、社史を作るときも外部の経済史や経営史の専門家を起用せず、社内で済ませています。近年の社史ですと、阪神・京阪・近鉄・西鉄あたりの社史は、外部の専門家が中心となって作成した立派な内容のものですが、阪急はそういうことを敢えてしないのです。経営史の大御所である宮本又郎先生は、ある学会の時にこんなことを仰ってました。
「関西には、個性的な経営者で有名で、社史をまともに作らない会社が三つある。阪急・松下・サントリーだ」
私見では、これに日清食品も加えていいと思います。
話を戻して、そういうわけで阪急以外の電鉄の多角化の研究というのは、それほど多くないのですが、小林一三神話の再生産ばかりしていても新しいことが分かるわけではありませんので、今回紹介する本が編まれる意味もあるわけです。
この本は、経営的には観光業が有名なものの他はあまり知られていない近鉄と、総じて地味といってよい南海とを取り上げ、その歴史に遡って、兼業の実態を明らかにしたものです。その内容はどのようなものか、目次を以下に挙げます。
まえがき(谷内正往)
第1章 大阪鉄道の再建人 佐竹三吾(谷内正往)
第2章 近代大阪における私鉄経営の多角化と沿線開発 帝塚山学院と近鉄学園前住宅地の開発を中心として(山田雄久)
第3章 南海鉄道の兼営電灯電力供給事業 戦前期南海の最大の兼業(嶋理人)
第4章 戦前期高島屋における南海鉄道・阪神電気鉄道との協業とターミナル・デパート経営構想(加藤諭)
第5章 私鉄の流通事業参入 南海鉄道を中心として(谷内正往)
第6章 南海・近鉄とプロ野球 球団と球場の歴史的展開から見た(廣田誠)
と、近鉄と南海について、住宅開発や電力業、デパートにプロ野球とさまざまな兼業をとりあげて論じています。さらにおまけとして、各章ごとにコラムもついています。
全体で200ページほどで、それほど厚い本ではありませんが、内容はいろいろ多岐にわたっており、日本の都市史や経営史の研究者でなくても、鉄道趣味者や地元の歴史に関心のある沿線住民の方がたにも面白く読んでいただける内容ではないかと自負しております。
……え、何が自負かって? そう、実は私も、この本で一章書いています。どの章かは……このブログの過去記事を瞥見すればどこかすぐ分かりますね(笑)
というわけで、共著の本が出たのでご紹介、という宣伝記事でした。実は、今までも書店に並ぶ本に書いたことはあったのですが、表紙と背表紙に名前が載っているのは初めてだったもので、正直なところけっこう嬉しかったもので。
ちなみに本書は、流通事業についての章を書かれている、谷内正往先生が企画されたもので、当初の構想からは紆余曲折がだいぶありましたが、谷内先生の粘り強いご尽力のお蔭で、めでたく形になりました。本来なら、著者名の筆頭に、一回りでかい活字で谷内先生の名前を印刷して然るべきなのですが(一人だけ二章書いてるし)、最後にご自分の名前を載せたところに先生の奥ゆかしさがあります。
出版元の五絃舎は、以前にも谷内先生の本を出されており、今回もその縁で、とのことでした。本書87ページの地図は、私がトレーシングペーパーに手書きで描いた原図を、綺麗にトレスしてくれており、編集者の方にも感謝に堪えません。
五絃舎から以前に出された谷内正往先生のご著書
『戦前大阪の鉄道駅小売事業』(2017)と『戦後大阪の鉄道とターミナル小売事業』(2020)
本記事トップの写真は、献本が届いたので喜びのあまり撮った画像です。
……いや、本来ならば出版社なりネット書店なりのサイトの画像を使う方がいいと思うのですが、今日時点でもまだネット上に情報が全然出ていないようで、検索しても見つかりません。少部数の専門的な本とはいえ、少しでも多くの方に読んで欲しいので、非力ながらまずはこのブログで宣伝の口火を切っておく次第です。サイト上で購入できるようになりましたら、また改めてツイッターなりで告知しますので、どうぞよろしくお願いします。