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没後65周年記念企画・小林一三伝記本読み比べ

 年も明けてひと月近く経ってしまいましたので、ここらでブログの更新をば。
 去年の年明け企画は前年に読んだ本の紹介でしたが、今年はその企画をできるほどの蓄積がないので、代わりに小林一三の伝記本を読み比べるという企画としました。当ブログの読者の方には小林の人となりについては説明不要でしょうが、小林は1873年の1月3日に生まれたのでその名があり、そして1957年の1月25日に亡くなっています。今日は亡くなって65年の忌日にあたるわけですね。




 ではまず、比較的近年出版のこの本からご紹介。

 老川慶喜『日本の企業家 5 小林一三 都市型第三次産業の先駆的創造者』PHP(2017)です。老川先生といえば鉄道史の大御所といっていい方ですが、その先生がPHPの叢書の一冊として書き下ろしたものです。
 老川先生は、中公新書で三巻本の『日本鉄道史』を書かれているなど、鉄道史の叙述者として定評があります。しかし決して小林の業績を鉄道に限らず、都市型三次産業の形成者として、バランスよく描いているのが特徴です。まず最初に読むなら、この一冊といっていいのではと思います。


 ただ敢えて難を言えば、バランスの良さを讃えておいて矛盾するようですが、無難だということです。つまり、先行研究をよく踏まえてバランスの良い記述に努めているために、これはといった目新しい印象はあまりありません(最初に読む人には特に問題になりませんが)。また、これは小林の伝記ほぼすべてにいえることですが、『逸翁自叙伝』にやや引きずられた感もあります。
 老川先生が関わられた鉄道史の伝記本では、他にも小林一三について触れたものもあるのですが、それについては以前当ブログで書評しましたので、そちらに譲ります。

 今度は逆に、古い方の伝記として、生前に出版された三宅晴輝『日本財界人物伝第五巻 小林一三』東洋書館(1954)を挙げましょう。三宅は経済に関する読み物を戦前から数多く書いた人です。古い本なので「日本の古本屋」などで探してもらうしかありませんが、まあそこまで探して読む本かといえばやや微妙ではあります。アマゾンでは小林没後に改版された1959年版が売られているようです。


 で、この本は今読むとさすがに古さが……とはもちろん言えるのですが、一方で小林の伝記の基本形はもうすでにここで確立されている感じはします。小林の自伝として名高い『逸翁自叙伝』はもう出た後(1953年出版)なので、基本的な史料が同じなのですね。


 基本的な史料が同じ結果、どういう語り口になるかというと、文学青年が心ならずも銀行に就職し、つまらなくなって飛び出して、見込み薄とされていた電鉄の経営者になり、そこで住宅開発という新機軸を打ち出し、文学青年の心を生かして宝塚を始め……という感じになるわけです。この手の小林伝についての始祖というべき三宅著の特徴を挙げれば、東宝関係にはやや手薄な代わりに、東京電灯経営者としての面(これは阪急・東宝中心の著述では薄くなりがち)に比較的濃いめということが挙げられます。これは生前に出たものだったということも影響しているかもしれません。

 小林に関する本としては、ノンフィクションノベル形式のものも数多く出ています。その代表的なものを挙げれば、やはり小島直記『鬼才縦横 小林一三の生涯』でしょう。もともと1983年にPHPから出ましたが、日経新聞社から2012年に文庫化されています。小島は伝記作家として活躍した人です。


 小島著の特徴は、前半生の文学青年の銀行員時代に半分を割いていることで、これは小林の伝記にはよくある構成ですが、やはり『逸翁自叙伝』の影響の強さをうかがわせます。しかし同時に、後半生に小林が大臣に就任したことを批判的に書くなど辛口の評価もかなりあることが、特徴といえます。小島は小林と交流の深かった電力業経営者・松永安左エ門の伝記も書いているのですが、書くまでも自由主義経済を貫き、戦時中に隠遁を決め込んだ(せざるを得なかった)松永に対して、小林が統制経済を掲げた内閣の大臣になったことを批判します(小林は大臣としては統制経済の骨抜きに努力するのですが)。


 私は松永安左エ門の伝記もいくつか読みましたし、研究もそれなりに読んでいるつもりですが、概して松永を書いた人は、同じ電力業経営者でもある小林について、低く評価する傾向があるように思います。ただそれは、両者の経営スタイルの違いや、電力業へのスタンスの違いに起因するものであって、単純に小林を下げればいいものとは思いませんが、その辺の詳細はまた機会があればしたいと思います。

 ノンフィクションの読み物的なものから近年出版のものを一つ挙げれば、北康利『小林一三 時代の十歩先が見えた男』PHP(2014)があります。著者の方は松下幸之助の伝記とかも書いているそうです。


 この本もそれほど目新しいとは感じませんでしたが、小林の電力業経営者の面をそれなりに触れているところは、評価できるポイントだと感じます(まあ私が電力業史もやっているからではありますが)。

 このような小林の伝記はほぼどれも、開業できないと悲観されていた箕面有馬電気軌道を、沿線に住宅地を作ればうまくいくと小林が考えて引き受けたと書きます。しかし、電車が通れば地価が上がるのは普通に考えれば当たり前です。問題はどうやって適地を手に入れるかなのです。『逸翁自叙伝』によった多くの本は、電鉄の信用がないのを逆手に取って土地を安く買った(どうせ破綻して捨て値で土地を投げ出すだろうから回収できる?)と書きますが、考えてみればこれは論理的に変です。信用のない会社にはそもそも売らないか、売るにしても現金一括払いを要求するでしょう。有利な土地をまとまって買うのには、会社の信用はあるに越したことはないのではないでしょうか。
 この点について、実は沿線の村が、折からの地方改良運動を背景に、財政基盤強化のため村有地をまとまって売ったという背景があるのです。これは『日本不動産業史―産業形成からポストバブル期まで―』という論集に、中村尚史先生が書かれています。しかしどういう訳か、小林本はどれもこれを参照していないように思われます。

 
また箕有電軌が、都市間を結ぶ阪神や京阪と比べて見込みのない電車だったとは、『逸翁自叙伝』が強調することですが、初期の電車は遊覧客を多く当て込んでおり、箕有電軌も遊覧電車としては沿線に社寺なども多いので、それなりに有望だったとは、鈴木勇一郎『電鉄は聖地をめざす 都市と鉄道の日本近代史』が指摘しているところです。


 鈴木勇一郎さんの小林一三論は、論集『鉄道と商業』に寄稿された論文でも展開されており、通説的な小林像の見直しのためには、これもぜひ併読されるべきものであると思います。


 『逸翁自叙伝』に引きずられることを意識して避けたといえる小林伝としては、何といっても阪田寛夫『わが小林一三 清く正しく美しく』河出書房新社(1983)が挙げられます(書影は1991年の文庫版です)。


 本書は、小林の事績のうちでも、宝塚の文化的側面を中心とした内容ですが、『逸翁自叙伝』の逸話をいくつも再検証しています。
 例えば、小林が三井銀行を辞めて新設の証券会社に入るべく大阪へ赴いたとたんに株価が暴落した、という逸話について、実際には株価暴落後に打ち合わせたうえで大阪へ行った、などと検証しており、小林研究の上で重要な指摘をいくつもしていると思います。読み物としてもたいへん面白いです。
 ただ、『逸翁自叙伝』の冒頭の印象的な逸話である、慶應義塾に入るため上京した時に初めて海を見たという話についての、当時山梨県から上京する際は富士川を下って東海道線で上京したので創作ではないか、という『わが小林一三』の指摘は、近年新資料が見つかって、上京は笹子峠越えと分かりました。当時は中央本線開通前なので、山梨から上京するには富士川経由の船か、のちの中央線ルートを馬車などで移動するかなのですが、小林の当時の日記が見つかって、後者の方法で上京したことが確かめられたのですね。とはいえ、『逸翁自叙伝』に頼り切らない阪田著の姿勢には、学ぶところは多々あります。

 新史料に基づいて小林像をアップデートする試みをした著作としては、伊井春樹『小林一三の知的冒険 宝塚歌劇を生み出した男』本阿弥書店(2015)が挙げられます。


 伊井氏は池田文庫の館長も務められ、新史料を発掘して著作をまとめられました。『小林一三の知的冒険』は、韮崎での少年期を中心に、小林の文化的側面に的を絞った著作です。これまで知られていなかった史料、小林の未刊行の日記や未発表の小説草稿などを利用して、小林の文化的性格を深く掘り下げて検証しています。
 伊井氏には『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』ミネルヴァ書房(2017)という著作もあり、こちらは宝塚ができるまでの前史を論じて、「動物園やったけど失敗しました」で片づけられがちな箕面での文化事業を丹念に検証しています。併読すべきでしょう。


 『小林一三は宝塚少女歌劇にどのような夢を託したのか』では、宝塚新温泉でプールをやったけど水が冷たくて失敗したので、プールを観客席に・脱衣所を舞台にして少女歌劇を始めた、という『逸翁自叙伝』の逸話を再検討し、新聞史料から、初めから劇場とプールの二毛作?を狙っていたことを指摘しています。このように新聞を中心とした新史料から新たな知見を数多く与えてくれる本なのですが、文化的側面にとことんこだわっているため、ないものねだりではあるのですが、鉄道に関する表現には首をかしげるところが散見されます。もちろん著作の価値を損なうほどではないですが。

 最後に、読んで面白いという点ではピカ一だけれども、評価の難しい本を紹介します。鹿島茂『日本が生んだ偉大なる経営イノベーター小林一三』中央公論新社(2018)です。

 まずこの本は、読み物として箆棒に面白い本です。それはさすが鹿島先生というべき語り口の素晴らしさによるところが大きいですが、類書と比べても小林の仕事をもっとも幅広く叙述し、大臣時代や戦後の活動などにもかなり紙幅を割いているのは、特筆されるべきことです。鹿島著も『逸翁自叙伝』の影響が濃いのは類書と同じですが、公刊されているにもかかわらずなぜか利用されてこなかった『小林一三日記』(小林の日記のうち飛び飛びの時代を収録した三巻本)を、丁寧に読み込んで活用しているのは、本書の優れた点と思います。

 ただ一方で、鹿島先生の小林愛は痛いほど伝わってきますが、さすがに「贔屓の引き倒し」なところがあるんじゃないかというのが本書の難点です。小林が人口学的見地からビジネスを展開したというのは面白い着眼点ですが、正直これは論理が飛躍していないかと感じてしまいます。人口増の時代に適したビジネスを小林はした、というのが鹿島先生の主張ですが、むしろ戦前は人口増は「どうやって食わすか」という難問と受け止められていました。小林も「この狭い国土でどうやって行くか」という論をしており、一般的な人口観からそう隔たっていたとは考えにくいです。
 むしろ鹿島著の指摘では、小林が欧米を旅して、家族の形成パターンが日本と違うことに気づいてビジネスに反映させた、という指摘の方が説得的で、面白さも大きい点だと思います。小林の家族観というのは、もっと掘り下げて論じてもいいテーマだと私は考えています。
 本書の贔屓の引き倒し極まれり、と思うのは、戦後の東宝争議、「来なかったのは軍艦だけ」と言われた大争議をめぐっての記述です。これを鹿島著では、「ヴェノナ文書」によって「コミンテルンの陰謀」だとしているのです。ネトウヨかよ!
 「ヴェノナ文書」を根拠に、歴史は変わった!と叫ぶ西尾幹二先生を、秦郁彦先生がそんなことないよと冷静にいなした対談は、もう十年以上前です。いくら小林をほめたいからといって、「小林はコミンテルンの意図をくじいたのだ!」と陰謀論に陥るのはいただけません。
 というわけで、鹿島著は面白さの点では小林伝中出色ですが、といって手放しに誉めるには贔屓の引き倒しでとんでもないことも書いており、評価が難しいのです。鹿島先生の見事な語り口に飲まれずどう読みこなすか、読者の器量が問われる本というべきかもしれません。

 以上、小林一三に関する本を思いつくまま挙げてみました。これだけいろいろ語りたくなる、それだけ小林は興味深い人物といえますが、それでもまだ語られていないことも探してみれば結構あるものです。私自身、小林を語るに際しての多少の独自案がなくはありませんので、いつか自分でも小林伝を書いてみたいと思っています。

※本記事は2022年1月3日のツイートをもとに、加筆修正したものです。



by bokukoui | 2022-01-25 22:28 | 鉄道(歴史方面) | Comments(0)

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