王の蹉跌~レックスグループMBO雑考続き
さて、レックスグループの総帥・西山知義氏が、常々「感動創造」なるスローガンを呼号しているにもかかわらず、今回の件で株主に対してそれと逆な振舞をした理由ですが、小生が思うにまずそもそも株主について考える度合いがあまり高くなかったのではないかと思われます。なんとなれば昨日の記事で散々ネタにした件の小冊子の中で、株主について触れた箇所が実は案外少ないということから思いついたのですが。「株主重視の経営」なんてフレーズは、ここ十年で耳にタコが出来るほど普及したように思いますが、どうも西山氏の経営理念の中では、顧客に対するそれと比べ株主に対する配慮は低いように思われます。
ではそれは何故か、ということを更に考えれば、結局レックスグループとは西山氏がオーナー経営である会社だから、というところに帰着するのではないかと思います。株主≒西山氏でしたら、株主利益云々を言わずとも、従業員に西山氏の経営理念なるものを注入すれば、それで事足りることになるでしょう。
何やかんや言っても、これだけ大きなチェーンを築き上げたのですから、西山氏のこれまでの経営手法が全く間違っていたわけではないでしょう。しかし、一軒だけとか数店舗程度のお店と、千を越える店舗や種々の業態を抱えた企業の経営とでは、おのずと異なる点が出てくるはずです。
小生思うに、本件の示したことは、レックスグループというのは結局「西山商店」であり、そのグループ規模に相応しいだけの経営体制に進化できなかった、ということなのであろうと見ています。予算の修正を何度も繰り返したこともその表れでしょうし、この記事中で西山氏自身が認めている「懸案となっている経営課題としては◆社員の負担感の増大から来る組織風土の悪化◆経営管理体制構築の遅れ◆既存業態の継続的にブラッシュアップする仕組みとブランディング化の遅れ──など」といった問題もそれと関連していると考えられます。
件の小冊子で株主のことよりも遥かに多く述べられていることは、顧客に対する「感動創造」でした。成る程外食産業という性格からすればそれは重要なことでしょうし、これまでの同グループの成長からすれば一定の成果はあったのでしょう。しかし、「こだわりの職人が作る菓子店」「頑固おやじのラーメン屋」と、従業員数千人店舗展開千店の企業グループとでは、同じ様な調子で経営できるものでもないでしょう。
今回の件についてネットで調べたところ、株主優待廃止を怒る声が多かったということを昨日触れましたが、上場して株主優待をやって個人投資家をひきつければ、「顧客=株主」という図式が出来上がることになります。これはうまく行けば、会社のファンに株を持ってもらうということで、安定した株主になる可能性があります。しかしそこで蹉跌をきたすと、両方を失う結果になってしまいます。そのことが将来的に同グループにどのような影響をもたらすかは、興味深いところです。
まあ、そんなことを考えたのも、小生が電鉄業史なぞやっていて、「沿線の定期客全員に株主になってもらって、電車は無料で動かせば良い」と言っていた小林一三の言葉なぞが念頭にあったせいなのでしょうが。 (※鉄道業はどんなに小規模でも、個人事業ではない公共性の高い株式会社であり、外食産業のような企業の成長の結果としての企業統治形態の変化への対応、といった課題が生じることは少ないと思われます)
では最後に、将来予測なんてあたるはずがないということを承知の上で、今後のレックスホールディングスの向かうであろう方向を考えてみましょう。
MBOによって非上場にするというのは、いわば企業の形態がより「個人商店」的なものに近づくという風に解釈できるのではないかと思います。そして、「個人商店」的状況下で西山氏は業績を挙げてきたという過去の実績があります。したがって、上場を廃止して西山氏がより得意とした経営形態の時代に戻そうと図ったことは、氏からすれば高い合理性があるように思われたのではないかと思います。
しかし、既にレックスホールディングスがこれだけの規模の会社になってしまっている以上、グループを解体して縮小するのでない限りは、結局大企業に相応しい経営形態を構築しなければ問題の解決にはなりません。そして、そのような問題を解決するには、むしろ市場の判断に身を委ねた方が合理的であるようにも考えられます。MBOがそれに相応しい解決手法となるかといえば、「個人商店」的なものからの脱却が必要なのに、むしろそれを強化するようなことをしてしまうようでは、本末転倒と申せましょう、投資ファンドが果たして経営改革にどこまで乗り出してくるのでしょうか? 資産切り売りで食い逃げされたり(成城石井ならきっと高く売れそう)するオチに終わったりしないか、将来が懸念されます。
要するに、急拡大はかえって危険な場合もある、ということでした。
ちなみに、昨日の小冊子の一番最後のページには、以下のようなことが書かれています。改行も原文のまま引用します。
もしも、あなたの周りにというわけで、株主の「感動」を踏みにじった西山氏のことをご自身に知らせて差し上げようと思ったのですが、生憎と連絡先を存じ上げないので、ネット上という公共の場に公示することでそれに代えたまでです(なんだか役所の送達の告示みたいですな)。
このマニュアルに書かれていることと反する
行動をとる人がいた場合には
速やかに正してあげてください。
それでも直らない時には、どうぞ私に知らせて
ください。
私達の活動の全ては、
「感動創造」という理念に基づいたもので
なければならないのです。西山 知義
以下余談。
小生は来週の学会報告に備え、今は亡き百貨店「白木屋」(→東急百貨店日本橋店)について先行研究を調査せんと考え、論文検索のデータベースに「白木屋」と入力してみました。すると小生が探していたような論文は1本しか見つからず、最も多かったのが居酒屋チェーンの方の「白木屋」に関するものでした。
では雑誌記事・掲載論文は居酒屋白木屋の何を取り上げていたのでしょうか? そう、それは残業代を踏み倒されたという事件にまつわるものだったのです。週刊新潮の「酷使・ピンハネする白木屋」(正確な表題は失念)といった記事に始まり、そして訴訟を起して勝利した従業員たちが闘いを綴った手記であるとか、法廷闘争に関して法律家が解説した記事とか・・・。この事件の場合は勝利したようなので何よりでしたが、最近は残業代を払わなくて済むように労基法を変えちゃえという話もあるご時世なので、油断は出来ません。
ともあれ、外食産業に関して言えば、結局はいずこも同じ秋の夕暮れ、ということのようで。
※追記:この話の続きはこちら