みだれうち漫画感想
※追記:過去の記事も区分けしなおしました。
で、先日の記事で書物の類を買った話をしましたが、あの記事に登場したものの他にも溜まっていたものを含め、漫画は一通り読めたので、簡単に感想を。
・もりしげ『花右京メイド隊 14』秋田書店
いわゆる「メイドブーム」勃興期に棹差して登場し、二度に渡るアニメ化も達成した作品が、「メイドブーム」が拡散し果てる今になって遂に完結。
「昔の」もりしげ作品を知っている者としては、最後は一応納得の行く締めくくりになったように感じられます。もうちょっと何とか、と思わなくもないですが。
・駕籠真太郎『夢のおもちゃ工場』三和出版
表紙画像がないので、駕籠先生のブログにリンクしておきます。
で、最初驚いたのが 「成年コミック」マークが入っているということ。今までの駕籠作品にマーク入りあったっけ? よろず規制が強化されているのか、出版社の意向なのか、連載誌が『フラミンゴ』だったから・・・いや収録作品の半分は『Baby Face』の連載ですか。B.F.誌はスカトロ雑誌でございます。でも英和出版の雑誌で、三和出版じゃありません。個人的な印象では、こういった雑誌は英和出版より三和出版の方がマニアック度が高くて面白・・・いえなんでもありません。B.F.誌は町野変丸が長く連載していることで有名だったような気がしますが、駕籠氏も描かれていたとは知りませんでした。
内容は、抱腹絶倒のギャグ漫画です。少なくとも小生はそう思って読んでます。その奇想にはただ笑い転げるばかり。う〇こ一杯の駕籠ワールドに耽溺して、読後の脳味噌は快便後のごとくすっきりさっぱり。
「成年コミック」の看板を逆手にとって(?)、マニアな性癖の人のための雑誌という舞台を見事に自分の活躍の舞台に作り変えられたのだと思います。「『子ども』には分からない」という意味では、成年マークもまた適切かも。それはマークを制定した連中の考えてた意味とは違ってるでしょうけど。
・園田健一『GUNSMITH CATS BURST 3』講談社
無印のガンスミから十年来の読者としては、前巻でGT500がお亡くなりになった衝撃で続きを手に取るのが怖いような気さえあったのでした(だから漫画が溜まったということもある)。発行の間もかなり開いたような気がします。しかし本巻では新車も登場し、そしてソノケンが銃と車の薀蓄を傾けたいがために(ですよね、どう見ても)ラリーが銃の臨時インストラクターを務めたり、非合法レースをはじめたりしてるんでしょうね。勿論それだけではなく、BURSTで新登場の悪徳警部に加えなつかしのキャラクターも大勢登場して、ついでにRPGまでぶっ放す愉快な一冊でした。話の区切りも良く、これ一冊で充分楽しみつつ次の巻を待てます。
にしても、ムジャヒディン(だろう)もかたなしとはアメリカって怖い国ですね。国内治安があれなら、イラクの治安が内戦状態になったって別の不思議じゃなし(笑)
ともあれ、新キャラ悪徳警部の影で目立ちませんが、ごっついV8アメ車どもの非合法レースを食い止めるためこともあろうにフォルクスワーゲンで出動する(p.89:ビートルはやめたんだっけ?)ロイの職務への献身ぶりに敬礼。
・広江礼威『BLACK LAGOON 6』小学館
こちらは早6巻、という感じです。作者が銃にとことんこだわったアクション作品、という点では上掲ガンスミと似ているようにも見えますが、しかし続けて読んでみると結構相違点も感じられます。
というのも、上に挙げたガンスミバースト3巻で、ラリーが拳銃を2丁同時に撃つなんてのは映画の中の演出であって実際には意味がない、なんて懇切丁寧に解説してくれた後に本作で二挺拳銃(トゥーハンド)のレヴィの撃ちっぷりを読むと、食い合わせが悪かったな、と苦笑してしまうのでした。 ブラック・ラグーンの武器について、以前当ブログでも若干の考察を試みたこともありましたね。
広江氏は銃にこだわるだけでなく、映画的なもの(最近、サントリー学芸賞を受賞してしまった竹内一郎『手塚治虫=ストーリーマンガの起源』に対する批判が盛り上がっているので、「映画的」という言葉を安易に使うと怒られそうですが、ここでいう「映画的」とは、アクション映画でよく見られるような演出、台詞回しなどによって構成された世界、という程度のつもりです)への愛着が深いのか、そういったこだわりを盛り込んだシーンを最も効果的に描くことに力を入れているのだろうと思います。そのため、正確さや考証も、美学のためには犠牲にすることを厭わないわけで、その点真っ正直にラリーが解説を始めてしまうガンスミとは違うように思います。
まあガンスミのアクションだって「ありえない」美学な点では大同小異ですが、描き方というか作品全体を通して読んだときの印象はやや異なって、ブラック・ラグーンは物語としての全体の整合性が結構ワケワカになることがあって、その点レクチャーをおっぱじめていかにも細部にこだわっているかのように見えるガンスミの方が、むしろエンタテインメントとしてお話全体の完成度は高くなっていると思います。(このアクションの美学に凝り過ぎて細部ワケワカになる、という現象は、伊藤明弘氏の作品にも共通しているように思います)
ただ、そのような全体像の破綻が、この作品に限っては、刹那的に生きて死んでゆく暗黒社会の人々を描くのに効果を発揮しているのではないか、そんな気もするのです。
で、本巻ですが、メイド再登場はうーんちょっとどうよ、という感じがして、流石にやや読んでいて引きました。メイドのホワイトブリムがキャップになっている細部のこだわりも、ことこの場合に及んではやや鼻につく感もあります。これは小生が「メイド」について捻くれたこだわりを持っているからかもしれませんが。
衣裳の話でいえば、メイド・ゴスロリ・軍服・セーラー・シスターと一通りやったんだから、次は臓器売買が得意な病院の武装看護婦部隊あたりかと思ったんですけどね。場所的にも。
細かい点では、ダッチとベニーと魚雷艇が久々に出てきたのは嬉しかったですが、バラライカ様はご登場遊ばされませんでしたね。あと、お店の「半壊が15回、ほぼ全壊が6回」にもめげず「イエロー・フラッグ」を経営し続けてるバオこそロアナプラ最強の男と思います。
もう2冊感想を書く予定でしたが、既に充分長いので続きは明日。
いや、色々言ってもM4はでか過ぎますね。その一言に尽きます。あれだけデカイ「箱」を用意して中戦車だの拡張性がどうのと言われても、せいぜいGMに対する敬意が増す程度ですかね。
あれ、何の話だったかな。そうそうSさんの「思いつき」に触発されて「思い上がり」っていうテーマを用意しようと思ったけどやめたってことですか。
違うな。
自分だけが関係あると思ってることだけ書いていったらその末路がどうなるかなんて良く分かってるだろ^^?
確か米軍は魚雷艇や戦車に航空用空冷星型エンジンを転用していたようなことを読んだ覚えがあります。となればラグーン商会と無縁でもないですね。あの魚雷艇、随分広いなあと改めて思いましたが、やはり拡張性を充分用意しておくのがめりけん製品の美点なのでしょうか。
>pgρ氏
表面的なことに惑わされてはいけません。関係は有無ではなく創造するものです。それがアレでも、発言した/書いたという時点で関係は生み出されているのです。微熱はぬるい、梅毒も死に絶えるマラリアの如き高熱こそ。
(元ネタが分からなかった自分にちょっと安心している)