『結社の世界史4 結社のイギリス史 クラブから帝国まで』感想など
というわけで、昨年何かの機会(確か生協書籍部の山川出版社2割引セール)で買いこんだ本を最近読んだので簡単にご紹介。
川北稔編・綾部恒雄監修
『結社の世界史4
結社のイギリス史 クラブから帝国まで』
(山川出版社)
歴史上の「メイド」に関心のある向きでしたら、川北稔先生のお名前は皆さんご存知のことと思います。『路地裏の大英帝国』の編者として名を連ねておられる方ですね。
で、その名前に釣られて買った・・・という面もあり、それほど何か期待を持って読んだわけでは正直なかったのですが、これが存外に(というと失礼ですが)面白く読めました。
本書は全部で19本の短い文章を集めたもので、つまり19種類の人的結合を英国史上で取り上げているわけです(他に序章とまとめがありますが)。以下にその19の結社が何かを列挙しておきましょう(本来の各節のタイトルとは違います)。
第I章「宗教と商業――近世の結社」
・コモンウェルス・メン(宗教改革を通じて社会改革を図ろうとした人々)
・都市のフラタニティ(守護聖人の庇護の下俗人が結成した連帯組織)
・在英国の外国人教会
・ピューリタンの独立派(アメリカ植民地やオランダにまたがるネットワーク)
・カトリック同盟(アイルランドのカトリック支配層が結成した組織)
第II章「科学と産業革命」
・コーヒーハウスとクラブ
・王立協会
・友愛組合(相互扶助の共済組合的結社、労働組合などにも影響)
第III章「議会政治と社会運動」
・カールトン・クラブ(保守党の中心メンバーが属し、政治の一角を担った)
・フェビアン協会
・ラファエル前派(ヴィクトリア時代中~後期の芸術家集団)
・チャリティ団体
・ランガム・プレイス・サークル(19世紀後半のフェミニズムの拠点)
・ナショナル・トラスト
第IV章「帝国と結社」
・グルドワーラー(在英シク教徒のシク寺院)
・密輸集団
・クラパム派(クエイカーを中心とした福音思想の人々で様々な社会運動に参加)
・クリヴデン・セット(大英帝国維持のために対ナチス宥和政策を図った人々)
・帝国動物層保護協会
とまあ、近世以降の英国の様々な団体が取り上げられています。全部で300ページほどの本ですので、一つの章はそんなに長くありません。ので、ごく簡単に読むことが出来ます。一つの章の長さがその程度なので、専門的に研究をしたいと思う人にとっては食い足りないところが多いでしょう(巻末に参考文献や出典注は一応付いていますが)。一方で英国史に対する素養が全くない人には、個々の話が細かすぎて訳がわからなくなるでしょう。その点である意味中途半端な本なのかもしれませんが、小生のような大雑把に知っている人間がもう一段教養をつける手引きとして読む分には、とても面白く読めてありがたい本でした。上に挙げた団体の一覧を見て何か関心を抱かれた方は、図書館で該当の章を読まれても良いと思います。そこが面白ければ全部読むと尚一層面白いかも。
では、以下に小生が特に面白いと思った章を幾つか取り上げて、ちょこっと感想など。
プロテスタントのコミュニティが近世のアメリカ独立前から大西洋をまたにかけたネットワークを擁していたという話とか、コーヒーハウスとクラブの違いとか、王立協会がなぜ客観性を重視したかとか、近世も面白い話がいろいろと出てきますが、やはり小生自身の関心の重点である19世紀以降が特に興味深いものが多かったです。
まず挙げたいのは「ラファエル前派」の話ですが、これは個人的に19世紀美術史の本を読んで非常に面白く思ったことがあり、その背景知識を手にいれらたので良かった、ということなので、一般受けするかは判りません。
で、このブログが本来はメイド系同人サークルサイトのおまけだったということを鑑みるに、おそらくそういった方々にもっとも興味深いのはナショナル・トラストでしょう。これは美しい自然や歴史的遺産を、民間団体であるナショナル・トラストが保存管理を行う、というもので、日本でも日本ナショナル・トラストがあります。これがなぜメイド趣味の皆さんに関係があろうかと思われるのかといえば、メイド趣味の方々が好きな貴族のお屋敷、カントリーハウスの類の維持が19世紀末以降貴族の経済的基盤である地代収入の減少や相続税の登場によって困難になる中、その保存に取り組んだのがナショナル・トラストだったからです。
小生は以前どこぞに書いた覚えがあるのですが、日本の「メイド」好きが矢鱈と英国貴族のお屋敷が好きだけど、英国人がヴィクトリア朝を回顧する眼差しは(ちょうど現在の日本の「レトロ」ブームのように)栄光の時代を懐かしむ、というバイアスがあるわけで、それを日本人までが鵜呑みにするのは如何なものか、なんて難癖をつけた覚えがあります。で、ナショナル・トラストのそもそもの誕生の際の大義名分も、「美しい英国」を後世に伝えることで「愛国心の涵養」をはかるという、やはりそういった眼差しから始まっているということが、本書の中で述べられており、いささか小生の関心を惹いたのでした。そもそも、だからこの団体の名前は「ナショナル」トラストなんですね・・・。ただ、「愛国心」を涵養する際に、こういった実物保存という物質的な手段を採ったということはやはりまた興味深いことで、今から百年前のナショナリズム全盛時代に愛国心涵養のため始まったものが、今尚その存在意義が認められて活動している、ということは、当初の目的はともかく、行っていたことに時代を超えた意義があったということになります。その辺が日本の昨今の「愛国心」を巡る議論とはレヴェルの違うところですね。
あ、そういえば日本ナショナル・トラストの最大の出資者は、日本財団でしたっけ・・・。
小生が日本の「メイド」好きに抱いた疑問として、みんなそんなに貴族様が好きだけど、やっぱヴィクトリア朝の主人公は商工業や専門職に従事したブルジョワジーじゃね? てのもありますが、貴族のお屋敷に対抗するにブルジョワジーがどんなところに住んだかといえば近郊住宅地(カントリーハウスはお客の接待という公的目的が大きいのに対し、近郊住宅地は家族団欒という内向きでプライベート重視なところが最大の相違。これ参照)といえます。ではその近郊住宅地の発祥はどこだったかといえば、ロバート・フィッシュマン『ブルジョワ・ユートピア 郊外住宅地の盛衰』という頗る面白い本(この本も機会があればじっくりご紹介したいところです)に拠れば、18世紀末ロンドン郊外のクラパムであるといいます。・・・そう、本書に出てくる「クラパム派」の人々こそ、郊外住民のご先祖様なのです。
クラパム派の人々は、地代収入に依拠した貴族と異なって、商工業に従事した上層ブルジョワジーでした。クラパム派にはクエイカーも多かったそうですが、クエイカー教徒は例えば初期の英国における鉄道建設の中心的役割を担った(その成功を見てから初めて保守的な貴族層が鉄道に投資するようになった)という話もあり(この本参照)、社会運動にとどまらない関心を惹きます。
クラパム派の思想は福音主義で、取り組んだ運動は奴隷廃止や動物愛護などであり、今日の社会運動の系譜のみならず、道徳的価値観の形成という面でも色々な影響があるのではないかと思います。ちなみに、このクラパム派の文化的状況については、その末裔に当たるE.M.フォースターがおばの伝記である『ある家族の伝記 マリアン・ソーントン伝』で詳しく述べています(小生も以前取り上げました)。
簡単に感想を書くつもりがえらく長くなってしまいましたね。しかしこのように、今まで読んできた様々な本やそこから得た知識が繋がっていくというのは、何にもまさる快楽であります。そのような触媒となってくれたということは、この本は小生にとってやはり大変面白かった、ということですね。
あとちょっとだけ、これは本当に簡単に補足。
シク教徒の話もそもそもそんなにいるのか、というところから始まって興味深かったりしますが、クリヴデン・セットの話が「メイド」好きには面白いかもしれません。というのも、カズオ・イシグロ『日の名残り』の主人公の執事・スティーブンスが仕えていたダーリントン卿のモデルがクリヴデン・セットだというのです。この章を読めば、『日の名残り』の背景がわかって、更に興味深く読めるようになるでしょう。
最後の動物保護団体の話も面白いです。イギリス領ウガンダなぞの野生動物を保護するというのですが、その目的はなんと金持ちの英国人が狩猟をする際の獲物を確保することにあったんだとか・・・。なのでその「保護」の際には、設定した保護区から、長年狩猟生活をしていた原住民を追い出してしまいます。そんな帝国主義的団体が、しかし現在の国際的な自然保護団体へと性格を変えていくというのもまた興味深いですね(さっきのナショナル・トラストともちょっと通じるかも)。
あと日本の商業捕鯨への批判って、1930年代からあったんですね。どうもこの章を読んだ印象では、スポーツである狩猟を正当化して商業捕鯨を批判するように、アマチュアはよくても商売はよくない、というような、いかにも19世紀的な発想が今尚影響力を持っているのかもしれない、なんてことを思いました。オリンピックはあのざまですが。
とまあ、何か自分の知識・興味・関心に引っ掛かるところのある人には、面白く読める本なのではないかと思います。
※追記:ナショナル・トラスト関連の英国史の文献についてはこちらも
本書でラーゲリ氏のご参考になるのは、やはりグルドワーラーが如何にして英国社会に浸透していくかというところじゃないかと。